上条 当麻の右手は230万分の1のイレギュラーである。  
それは謂わば『不思議を否定する不思議』。  
それが異能の力であるならば、ただ触れただけで打ち消してしまう右手。  
例え超光速の化学兵器級の雷の弾丸であろうと。  
例え数千度にも至る炎の剣であろうと。  
例え世界中を例外無く巻き込む大規模の不思議であろうと。  
その右手は認めない。  
ただ、それは異能の力に対してのみである。  
喧嘩では相手の拳を受ける程度にしか役には立たないし、スタンガンを食らえば痺れるし、ライターの火で火傷もする。  
ごく普通の高校生である上条にはいざという時に何の役にも立たない右手だった。  
詰まる所。  
いくらその右手が世界中の不思議を片っ端から消し去ろうと、無駄なことがあるという事実。  
それはどこから来たのか新型ウイルスを貰って熱を出し、どこから出回ったかブッ飛んだ新薬を服用してる上条に圧倒的な現実となって現在進行形で素敵に襲い掛かっていた。  
 
「(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……熱い、だるい、死む……)」  
学園都市に林立する建物の内の一つ。平凡な高校の男子寮の内のまた一つの部屋。その室内のさらに一つの区画。  
バスルーム。  
バスタブは、布団で溢れていた。  
そう聞くと、その発想は無かったと思うのは当然だが、この部屋のバスルームはただのバスルームでは無い。  
部屋の主である上条の寝室も兼ねているのである。  
色々と複雑な事情があって現在に至るのだが、ここでは割愛する。  
ともかく今浴槽の底には顔を真っ赤に全身汗だくな上条が沈んでいて、その上に何枚もの布団が堆く積み上げられている。  
前述の通り上条は謎の病気と変な薬で割と本気でピンチだったりする。  
うーんうーんとうなりながら、ただ時が過ぎ熱が引くのを待つことしか出来ない。  
薬を服用してから余計に悪くなった気もする。  
「(うー……やっぱ金が無いからって格安の新薬なんて買うんじゃなかった……やべえぞこれ、は……)」  
ぐらぐらと脳味噌が煮立つかのような熱。体が飴細工のように溶けていく錯覚。自分が最奥から違う何かに組み替えられていく幻想。  
やがて上条の意識はブツンと途切れ、穏やかな寝息が布団の隙間から漏れ聴こえた。  
 
 
焼いてない食パン二枚。レタスを千切っただけのサラダ。牛乳。  
上条の部屋に居候する大飯喰らいの銀髪シスターインデックスが死力の限りを尽くして用意した朝飯がこれだった。  
「ふ……ふん! 私だって科学の手先の力を借りなくたって一食ぐらい作れるんだもん!」  
えへーんと無い胸を張るインデックスの後ろをなごーと鳴いて三毛猫スフィンクスが通過した。  
そんな彼女の前に並ぶお粗末な料理―――改め、食材群は、熱を出して寝込んでいる上条の為にと奮闘した結果である。  
本来ならお粥でも作って食べさせるべきなのだが、そこまで器用ではないインデックス、普通の朝食(の、微妙な劣化版)を作るのが精一杯だった。  
そうしてくぴくぴと牛乳を飲んでいると、バスルームに通じる扉が開いた。  
「あ、おはようなんだよとうま。体はだいじょ……ぅ、ぶ……?」  
ぱあっと笑みを作ってそちらを向いたインデックスの表情は次第に固まり、声も細くなり、そして唖然として止まる。  
開いたドアから漂う花の香り。眩い光が溢れている。  
そしてそこから出てきた上条は、  
 
「やあ、おはようインデックス。今日も可愛いなあ」  
 
どこかが明らかに変だった。  
 
 
「とう、ま……? え? あ、あれ? とうまだよね? あれ? でも私の知ってるとうまは背景に薔薇なんて咲かないかも」  
あるぇーと首を傾げるインデックス。その頬は可愛いと言われ、わずかばかり赤くなっていた。  
そんな彼女に、上条(?)はアメリカンな動きで額に手を当てて、はっはっはと爽やかに笑った。  
「何を言ってるんだインデックス。俺はいつもこうだろう? いつもいつでも、俺はお前だけを、想ってるんだぜ?」  
ズキューン! とかそんな擬音が響いた。  
色んな意味で目を覆いたくなる笑顔の上条とそれに対面してすっかり茹で上がってしまったインデックス。  
「ば、ば、ば、ばかなことっ、言ってないで、早く朝ごはん食べるんだよとうま! 今日は、わ、私が作ったんだから!」  
「作った」……と言うより、やはり「用意した」と言った方が適切な朝食をじゃじゃーんと大袈裟に見せ付ける。  
しかし。  
「い、インデックスが!?」  
ズギャーン! 、と。  
じゃじゃーんを遥かに越えるオーバーリアクションをかましたのは上条だ。  
「ああ……あのインデックスがこの俺の為に朝食を用意してくれるなんて、うれしいよ……」  
頭を振り乱して叫ぶ上条に、インデックスは少々―――かなり引いている。  
「でも……インデックス」  
「は、はひ!?」  
名前を呼ばれ、ビクンと震えるインデックス。  
上条は優雅な足取りで(これがまたなんとも気持ち悪い)インデックスに歩み寄ると、その顎に手を添え、くっ、と持ち上げる。  
そして、  
 
「朝食もおいしそうだけど―――インデックスの方がもっとおいしそう、かな?」  
 
 
「それじゃいってくるぞー兄貴ー」  
爽やかな朝。  
土御門 舞夏は義理の兄である土御門 元春の部屋から出てくる所だった。  
……理由は問わないのが筋である。  
舞夏が部屋のドアを閉めて歩き出すと、背後。土御門の部屋の隣室から甲高い悲鳴が響いた。  
「きああああああああああああ!!!」  
舞夏はその声に一瞬驚くが、また知人の上条 当麻が友人のインデックスに狼藉でも働いてこれから噛み付きタイムに以降するのだろうと適当に判断して、足を動かす。  
すると。  
「だ、ダレカタスケテー!」  
と絶叫してインデックスが上条の部屋のドアを蹴破って飛び出してきた。  
「おーどうしたシスター。いつもと違って血相変えてー」  
その様子にさすがに若干驚いた舞夏が尋ねると、インデックスはそこで初めて舞夏に気づいたらしく、駆け寄る。  
「まままままままいかー!!」  
がばーっ! と舞夏に抱きつくインデックス。  
「落ち着け落ち着けシスター。どうしたー? また上条 当麻とケンカかー?」  
訊くと、インデックスはとうま!と叫んでまた顔を青くする。  
「あれは……あれはとうまじゃなかった! とうまじゃなかった! いやむしろとうまなんて人間もとからいなかったのかも!」  
血相を変えてそう叫ぶインデックスを舞夏はぽむぽむと撫で付けて落ち着かせる。  
「だから落ち着けシスター。居候先の家主の存在を記憶から抹消するなー」  
「だ、だってだって! 私の知ってるとうまはあんな……わたしに、あんなこと……ぁぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」  
涙目で舞夏に訴えるインデックスの顔が、真っ青から真っ赤へ移り変わっている。  
舞夏は自分にしがみ付いてる忙しない銀髪シスターを眺めて考える。  
上条に何かあったのだろうか?  
昨夜の内に兄の土御門に聞いた話によると、高熱を出して寝込んでしまっているらしい。  
だから精のつく料理を作って持っていってやったりもしたのだが、まだ治ってないのだろうか。  
熱で錯乱した上条がこの見た目かわいらしい幼女に手を出すのと言うのはありえなくはない話だ。  
そんなことを考えていると、開け放たれたままの上条の部屋から、話題の人物、上条 当麻が出てきた。  
が。  
 
「おや? 舞夏じゃないか、おはよう!」  
しゅたっ、と。  
白い歯を覗かせて軽快に右手を挙げて挨拶をする上条を見て、舞夏も事の重大さを理解した。  
気持ち悪い。  
「ひ、ひああああ来た!?」  
サーッとインデックスの顔から血の気が引く。舞夏のメイド服を掴む手がぎゅうと強くなる。  
「う、うむー。確かににあのキモいのが上条当麻だとは信じたくないなー知り合いとして」  
「で、でしょでしょ!? あんなの私のとうまじゃないかも!」  
「シスター。焦ってるのかわざとなのかとんでもないこと口走ってるぞー」  
少女が二人身を寄せ合ってそんなことを喚いていると、  
「はっはっは、インデックスー、舞夏ー」  
上条が右手を挙げたままの格好で軽やかに走ってきた。  
満面の笑み、輝く白い歯、軽快な動作。  
不気味だ。  
「あああああとうまが来る!とうまが来るー!」  
「うおおおー? 確かにあの上条 当麻には空恐ろしいものを感じるなー。ていうか逃げるぞシスター」  
言うが早いか、二人は踵を返しエレベーターに飛び込む。  
上条は寸でのところでエレベーターの扉に阻まれた。  
「は、はあ……これで一安心かも……」  
ずるり、とエレベーター内の壁にもたれかかって尻餅をつくインデックス。舞夏も安堵の溜息をつく。  
「やれやれだー。しかし上条 当麻はなんであんなことになってるんだー?」  
「う、うん。それは私にもわからないんだけど、やっぱり熱のせいじゃないかな……とうまには呪いとかは効かないし」  
のろい? と舞夏が首をかしげていると、ちーんとエレベーターが一階に到着した。  
ゴゥン、と重い音を響かせ扉が開くと。  
 
目の前に上条 当麻が立っていた。  
 
「………………」  
インデックスの沈黙。  
「………………」  
舞夏の沈黙。  
 
そしてインデックスと土御門 舞夏は、上条のいろんな意味でとても書けない行為と言葉攻めにより、精神面を重点的に辱められた。  
 
這う這うの体で逃げ出した二人は街へ出る。  
舞夏は自分の通う学校へ。  
そしてインデックスは、助けを求めるべくなるべく知り合いの多い場所―――すなわち、上条の学校へ。  
その行動が、結果として変貌した上条の魔の手の被害者を増やすことになるとは、錯乱状態のインデックスには考え付かなかった。  
 
 
 
上条 当麻の通う学校は、上条の住む学生寮からやや離れた所にある。  
がむしゃらに走って行き着くような距離ではない。  
それでもそこにインデックスが辿り着いたのは、生物としての本能が仲間の多い場所に知らずの内に導いていたからだろうか。  
久しぶりに学校に潜り込んだインデックスは、記憶に従ってまっすぐ上条の教室を目指した。  
 
始業のチャイムがゆっくりと迫る朝の教室。  
中では吹寄 制理と姫神 秋沙が他の女子のグループに混じって朝のおしゃべりを楽しんでいたりする。  
その近くでは青髪ピアスが男子生徒達としょうもないトークで大いに盛り上がっていたりと騒がしい。  
「にゃー。諸君おはようですたーい」  
そこに入ってきたのは土御門 元春。上条とインデックスと愛しの義妹との追いかけっこなど知らずにのんびり登校してきたらしい。  
入り口付近のクラスメートが何人か土御門に挨拶を返し、そのまま井戸端会議に移行する。  
その次の間に。  
「だれかたすけてー!!」  
「げぶぅ!?」  
戸の前に立っていた土御門の背骨ど真ん中に、突如現れた銀髪シスターの頭骨がフード越しに叩き込まれた。  
土御門はそのままの格好で前方にすべるように吹き飛び、窓ガラスを叩き割って校庭に吐き出されて行った。  
数名の善良なクラスメイトが  
「つ、土御門ー!?」  
「土御門が上条のツレにロケット頭突きを喰らったー!?」  
「左Bだ! 1/8で暴発だー!」  
と叫びながら校庭を見ている。  
頭突きした角度のまま床に倒れこんだインデックスに、彼女の友人である姫神が近寄る。  
「ちょっと。大丈夫? というか。何事」  
その後ろから歩み寄るのは吹寄だった。ポケットから小さいパックの牛乳を二つ取り出し、一つは自分で飲みだす。  
「その子……上条の近所の宴会要員だったかしら? 打ち上げとか鍋とかの時ばっかり見かけるけど」  
まあ。そんな感じ。と姫神。  
一方倒れてぴくりともしなかったインデックスは、吹寄の言った「上条」という単語に反応。体が再起動される。  
「ぜ、ぜはーっ! とうまー!!」  
絶叫。  
「あの上条」の存在を、さっきの全力疾走→頭突きで体力を使い果たしていたという記憶と共に呼び起こしたのだ。  
「たすけてえええ! あいさたすけてえええ! とうまが私を私をとうまがあああああ!!」  
絶叫。  
このまま行くと泡でも吹いて倒れてしまうのではないかと戦々恐々するクラスメート達。  
とりあえず吹寄がおっかなびっくりパックの牛乳を放ると、ヂュバァ! と一息で飲み干した。  
カルシウムが増えたおかげか、幾らかは落ち着いたらしいインデックスが顔を上げる。  
心配そうに、あるいは心底不思議そうにこちらを見る姫神に向かって今朝の惨劇を語――ろうとした。  
不意に、姫神の視線が自分より上を通過した。  
倒れたインデックスの話を聞くべく膝を折ってしゃがんでいた姫神が、まっすぐ前方を見ている。  
それはつまり、インデックスの後ろ。  
「? あいさ、どうしたの? 後ろがどうか――ッ!?」  
そこまで言って、インデックスは一つの可能性に至った。  
 
来た、のか?  
 
まさか。この距離。なぜここが?高熱なのに。逃げ切ったの筈。舞夏は無事?だけど。もしも。そうだったら。逃げなくちゃ。早く。早く。  
一瞬で津波のような情報を処理したインデックスが、それでも動きは錆付いた玩具のように、ゆっくり、硬く。振り向く。  
そこにいたのは。  
 
「…………」  
そこに立っていたのは身長135cmのディープアダルト、我らが担任月詠 小萌だった。  
禁書と、窓の外の土御門に意識を割いていたクラスの面々が小萌先生に注目する。  
まばらに朝の挨拶が投げかけられるが、小萌先生は無反応だ。  
普段ならまず入ってくると同時に元気に挨拶する彼女なだけに、皆訝しんでいる。  
俯くその顔を姫神が覗き込めば、何故か髪の毛にも負けない桃色。  
「……小萌。先生?」  
姫神が声をかけた。  
呼ぶ声に、小萌先生がぐわっと顔を上げた。上げて、  
「きゅう〜」  
倒れた。  
顔面が桃色から真っ赤に変色。耳とか頭から煙を噴き上げ、目を回して床に倒れこむ。  
教室内は騒然。ここはいつから迷子センターになったのだろう。  
しかし、問題は小萌先生では無かった。  
倒れた小萌先生のいくらか後方。  
誰かが立っている。  
姫神と吹寄があ、と声を上げる。  
他のクラスメイトがなんだどうしたと覗き込む。  
倒れた小萌先生から視線を戻したインデックスがひッ、と悲鳴を漏らす。  
 
そこに立っていたのは、上条当麻。  
 
朝の校舎を浚う風が、その男の背後で薔薇の花弁を散らしたように見えた。  
 
 

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