糟糠の妻、って言葉を聞いてから糠漬けを作るようになった。
自分でも不思議だと思う。
積極的に自分から動く方でもないしテレビドラマの一言が何時までも心に残るようなことだってなかった。
ただ、浜面が「学園都市じゃうまい糠漬け食ったことないんだよな」何て言ったから。
うん、じゃあ私が作ってあげるよなんて。
安っぽいよね。
スーパーに行けば糠漬けのキットもあったけれども、それじゃだめだと思った。
お米屋さん探して糠を分けてもらおうと思ったけれどもお店そのものがなかった。
考えてみれば農作物もビルの中で全部作っちゃう学園都市で副産物でできた糠なんて取っておく訳がないんだよね。
薬品もいっぱい使ってるし。
別に外の世界の人みたいにそういうことがらに嫌悪感を感じる訳じゃないんだけれど。
でも浜面が私の食事とかに変な薬が混じってないかすごく気にしてくれてるんだから私もこだわらないと嘘だと思った。
小麦粉とビールで糠が作れるってわかってから糠漬け作りはじめたんだけれども、なかなかうまくいかなかった。
時間が短いと味が薄いし長ければ糠の臭いが強くなりすぎる。
毎日手で撹拌して空気を入れて菌を生かさなきゃいけないし増えすぎないようにときどき辛子で殺菌しなくちゃいけない。
あと、野菜の旬も重要だった。
年がら年中取れる野菜だとやっぱり味に限界があるから結局自分で育てることにした。
茄子は虫がすごくよるから大変。でも農薬は使いたくない。
キュウリは形にこだわらなければ無農薬でどんどん作れた。
大根は大きいのは無理だから二十日大根を育ててるけど小さすぎて浸かる時間の調整が難しい。
結局、試行錯誤は一年続いた。
野菜が旬になった真夏の日、ようやく納得のいく糠漬けが作れた。
本当に糠臭くなったけれども、充実していたと思う。
浜面も美味しい美味しいって喜んでくれた。
糟糠の妻ってこういう意味なんだね。
別に糠漬けだけ作っていた訳じゃないし、この人が喜んでくれるレシピはいくつもあるのだけれども。
きっとどんな雑誌にものってない、オシャレなんて絶対言えない料理とも言えないこの料理を私は誇りに思っているし、そうなれたこと、そう生きれたことをすごく感謝している。
あとは、糟糠の妻って言葉の半分が叶う日を待つだけなんだけれど、昨日デザインリングの領収書を浜面のズボンから見つけたんだよ。
待ってるよ。糠みそ臭い女だけど幸せにしてね。
未来の、わたしだけの、旦那様。