よくやるよ、という辺りの視線が痛い。  
「なぁ……少し離れてくんない?」  
「やだ」  
 即答即効大否定である。  
 ツンツン頭の上条当麻は右腕に絡まる化粧っ気のない(実際は僅かながらにしているのだが)勝気な少女を振り払えない自分にうんざりとしていた。  
 しかしながらいつものように「不幸だー!」と叫ぶことはしない。  
 実際問題、これを不幸と言ってしまえば周りの同年代の学生たち(男)にぼこぼこにされるだろうし自分でも不幸だと思えないのだ。  
 いつもの大安売りのスーパーである。  
 ぎりぎりに駆け込んで特売を逃すという当たり前の不幸を克服するために絞った知恵は特売三十分前にはスーパーに到着しているという決断だった。  
 これでも少なめに見積もった数字だというところが上条当麻の上条当麻である所以である。  
 財布を落としただの犬の尻尾を踏んだだの、不幸というよりは注意力散漫なんじゃね? という突っ込みのある事柄の多発事項は相変わらずだがおかげでここのところ特売を逃すようなことは無い。  
 もっとも、これには一つ大きな要因がある。  
 上条当麻の成績は若干だが上昇中なのだ。その恩恵として補習の数がぐっと減ったのである。  
 それでも出席日数不足がちの彼が補習ゼロになる日はまだまだ遠そうなのだが、現実問題として彼の生活は楽になった。  
 それこれも腕に絡みついている少女のおかげである。  
 肩口までの茶髪のショートカットに白い花の髪飾り。整った顔立ちは勝気でありながらも優しさを秘めていて上条を見上げる瞳は僅かに綻んでいる。  
 最低でも強能力者以上の能力者でなければ外国の王族であろうとも入学を拒否するという名門常盤台中学の制服を身に纏っていることがますます周囲の目を引き付ける。  
 ましてや彼女が学園都市でも七人しかいないという超能力者の第三位だとわかれば大騒ぎになるだろう。  
 幸いというか、メディアへの露出が多い割にカリスマ性というものに欠ける(というよりは映像では伝わらない健康的な空気が周囲に気づかせない)おかげでせいぜい「あの野郎見せびらかしやがって」程度の視線で済むのだ。  
 もっともそれでも針のムシロであることに変わりは無い。  
 学校帰りに待ち伏せを喰らって「特売があるから先に部屋で待っていろ」と言ったのに「ついてく」と言われた時点で何かしらの違和感は感じていたはずなのに。  
「……御坂」  
「なに?」  
「もう少し離れてくんない?」  
「い・や・だ」  
 もはや何度目だか覚えていないやりとり。  
 とりあえず日用品を買おう。石鹸とかシャンプーとか安いし。と浴槽関係を見て回っている時からこのざまである。  
 制服というのは軍服からの転用だ。本来機能的なものであり欲情を誘うものではない。  
 それでもこれだけ身を寄せつけてくれば御坂美琴の柔らかな肢体を感じざるを得ない。  
 動揺を隠そうとできるだけ視線を合わせないようにしているのだが視線を遮断すれば脳のメモリはどうしても触覚の方に割かれてしまう。  
 肘のあたりに当たる柔らかな感覚に思わず喉が渇く。  
 ツンとデレの幅が激しい彼女だったが一線を越えてしまったことで抵抗が薄くなったのか今日は上条が押されっぱなしだ。  
 加えて特売前の人の多さがそのまま視線に転換される。否応なしに感じ取ってしまう。  
(俺の意識しすぎ……じゃないよなぁ?)  
 視線は「うわ、よくやるよ。爆発しろ」「もげてしまえばいいのに」「上条君。なんで。そんな小娘と」などと上条を告発してくる。  
 二人の顔を見比べて上条の方が下だと品定めする分にはまぁ耐えられるが生温かい視線で「お幸せに」などとくれば上条は思わず悶えてしまうのだ。  
 そんな上条の苦悩を腕に絡む小悪魔は楽しそうに眺めていたりもする。  
 そして上条もそんな少女を独占している現状に酷く満足していたりもするから性質が悪い。  
 やはり御坂美琴という少女は愛らしいし甘えられて悪い気はしない。ただバカップルに上条がなりきれないだけだ。  
 こてん、と頭まで上条の肩口にかけてきて美琴が甘い声を出した。  
 
「そういやさ、私待ち受け変えたんだよね」  
 左腕を上条の右腕に絡ませたまま美琴が制服のスカートのポケットから緑色の何かを取り出す。  
 ゲコ太という車酔いの癖があるカエルのキャラクターのストラップのついた、そしてそのカエルのデザインの携帯電話。  
 丸耳の形の二つの突起物がついた機能性には欠ける外観のそれをぱかっとあけて上条に画面を突き付ける。  
「なっ!?」  
 そこには上半身裸の上条が口の端からよだれを垂らしただらしない顔をして眠りこけている姿があった。  
 薄暗い画面でもそれがどのような行為の後のものだかは一発でわかるだろう。  
 ちなみに、今のところそのような状況を撮られる可能性はただの一回しかない。  
「なんていうのかなぁ。無防備になるとアンタも可愛い顔するのよねぇ」  
「ば、馬鹿っ! お、お前、御坂っ! け、消せっ!」  
「消してもいいけどすぐ元に戻せるわよ? 上書きしなければメモリの残存データから簡単に復旧できるもの」  
「じゃあ上書きしなさいっ! っていうかして! してくださいっ!」  
「い・や・だ☆ 私だって一生に一度の経験なんだけどさ?  
 まぁ黒子に見られたら面倒なことになるけど、寝顔ぐらい自由にさせてもらう権利はあると思うのよね。  
 腕を組むなとか言われたり名前で呼んでくれなかったりってこっちの言うこと聞いてくれないんだから」  
「いや、あのね? 上条さんにも世間体ってものがありますのでしてね?  
 このスーパーには毎週お世話になっているし次から行き辛くなっちゃうと困りますのよ?」  
「ふぅん。そうなんだ。私と一緒にいると世間体がおかしくなるんだ。へぇえ。そんな風に思ってたんだ、知らなかった。  
 一回でも抱いちゃうと男は女に興味を失うって本当なのね」  
「あのね? ワザとだろ、ワザとからかってるんだよね?」  
「しーらない」  
 はぁ、と大きなため息をついて上条は項垂れる。  
 惚れた弱みというやつだ、勝てるわけがない。なんとかうまいところ交渉して妥協点を構築するしかない。  
「せめて、手を繋ぐくらいにしてほしいんですが。あと、名前については熟考します……」  
「うーん、しょうがないなぁ。じゃあそこらあたりで手を打ってあげようじゃない」  
 すると意外とあっさりと美琴は腕をほどいた。そして改めて上条のすべての幻想を殺す右手を握り締める。  
 上条はほっとしたがそれでもどこか心の一部が残念に思っていることに気づかなかった。  
 
「ふぅ……」  
 なにかいつも以上に疲労を引きずりながら上条当麻は御坂美琴を連れて自室に戻ってきた。  
 なんだかんだと途中で会話しながら歩いてくるといつも以上に時間を使ってしまっていた。もう空がオレンジ色に染まっている。  
 八階建ての学生寮の一室である上条の部屋はすぐ傍まで押し寄せてきている隣の寮の陰にあって直射光は入ってきづらいがそれでもオレンジ色の空気が流れ込んできていた。  
 同居人はもういない。  
 すべてが終わって科学と魔術との間に線引きがなされて、彼女とは引き離されることとなった。  
 とはいっても月一ぐらいで訪問してくるし最近白いシスターが必死に覚えた携帯電話のメール機能で毎日のようにやりとりをしている。  
 どこそこのお魚が美味しかっただのなんだの、意思疎通のネタは尽きない。  
 今でもときどき目で追って探してしまうぐらいにあの生活の色はこの部屋に濃く残っている。  
「はい、お茶」  
 鼻歌交じりの小悪魔成分たっぷりの御坂美琴が氷をたっぷりと入れた冷茶を上条の前に差し出した。  
 ちょこん、と上条の隣に座る。  
「ん、ありがとな」  
 上条は一気にあおった。冷たい液体が胃の腑に満ちていく。  
 美琴はそんな上条を横目で見ながら一口お茶を飲んで言った。  
「……あの子のこと、考えてたでしょ?」  
 げふ、と上条がむせる。お茶が完全に胃の中に入っていなかったら噴き出していただろう。図星にも程があった。  
「やっぱり。まぁ、仕方ないけどね。アンタたち仲良かったし。記憶を失ってからの家族、だったんでしょ?」  
 ほう、と丸い息を吐いて美琴が少しだけ寂しそうに笑う。  
 御坂美琴は上条当麻の複雑な過去も様々な出会いと別れを知っている。  
 今自分が上条の隣にいることで上条の隣に座れなかった様々な少女たちがいることも知っている。  
 しかし柄ではないと思ったのか笑みの方向性を切り替えて一層明るく笑った。  
「でも今度の週末来るのよね? 楽しみにしなさいよ」  
 嫉妬がないと言えば嘘になるが努めてそれは見せない。過去のことだからとすべてを切り捨てることができる男ではないことは百も承知している。  
 それに、あの白いシスターだって別に嫌いではないのだ。  
 確かに多少ウマの合わないことはあった。  
 しかし一度腹を割ってみれば互いに尊重できる部分があることを見つけることが出来た間柄でもある。  
 彼女が上条を悪からず思っていたのは知っていたし、それでも男女の関係を結んだのだ。  
 そのこと自体に後悔は無いが多少なりとも後ろめたい部分はある。  
 敬意と贖罪、とまで言うには言葉が過ぎるが、そのような観点から御坂美琴は上条当麻とインデックスという名の銀色の髪のシスターとの関係を受容している。  
 もちろん上条当麻の隣に座る権利を譲るつもりはこれっぽっちもない。  
 だからこそ日々の努力を欠かさないのだ。  
「ところでさ、アンタずいぶんと疲れてるみたいね」  
「あのね、だれのせいだと思っているのでせう? 上条さんの精神はすっかり擦り切れてしまいましたよ!」  
「ったく、無謀なことを平気でやる度胸はあるくせに私と腕を組むのはいやなんだ。スキンシップはしたのに」  
「……あのね、あのね? やっぱり人の目があるっていうのは重要な視点ですよ?」  
「上手いこと言ったつもり? アンタまだ私と付き合ってるって自覚ないんでしょ」  
「そんなことはありませんのよ? 正直、美琴といると楽しいし、可愛いし、嬉しくなるんだけどどうにも照れが先行しちゃうというか」  
「ふぅん……じゃ、特訓しようか」  
 言って、美琴がビニールの買い物袋に手を突っ込んでごそごそと何かを取り出す。  
 手のひらに収まった小さなそれはピンク色のパッケージの入浴剤だった。緑色の髭のあるカエルがプリントされているのはご愛敬だろう。  
「え? み、美琴さん?」  
「正直言うと私もハズいんだけどさ、暗い所で一回だけじゃない、私たち」  
 
 言葉通り耳まで真っ赤に染め上げた御坂美琴がそれでも真正面から上条当麻を見据える。  
 こくり、と細い喉が動いて乾いた粘膜に唾液を送り込むさまを上条は見遣る。  
 強気で真正面な性格に隠れがちな華奢で細い肩が微妙に震えていた。  
「これね、新製品でね? 十秒で普通のお風呂を泡風呂に変えてくれるの。透明なお風呂だとやっぱり一気に見えちゃうからさ、これで少し練習しない?」  
「れ、れんしゅうって……」  
「すきんしっぷの、練習」  
 慌てたような凡庸な口調で上条が返す。しかし目は泳いでいた。  
 泡風呂なんてテレビの向こう側でしか見たことは無いし、体験してみたくないかと言われれば諾としか言いようがない。  
 しかも可愛い恋人の裸体が――正直まだ緊張してしまうのだけれども――本当の意味で一糸纏わぬ生まれたままの姿を拝めるのだ。  
 淡い明りしかない薄暗い空気の中でくらくらしながら終えた行為は十二分に素敵なものではあったけれどもすべてを目の当たりにしたわけではない。  
 あまりにも魅力的な提案に心臓は昂ってきている。  
 大体、つい先ほどの買い物のときだって柔らかな体を押し付けられて甘い体臭を嗅いでしまっているのだ。  
 少年の若い性欲が抑えられるものではない。  
 それを自覚している分だけ上条は自制しようとする。  
「だめ?」  
 だが、それを察してか、悲しそうな目をして少女が上条を見上げた。うっすらとだが目尻に涙の滴が溜まっているようにも見える。  
 いくら紳士を自称するとはいえ男は性欲のケダモノに変わりは無い。しかも女の涙は最強の武器だ。  
 上条当麻の自制心はぽっきりと折れた。抵抗する少女を無理矢理押し倒し脚を広げ秘所にペニスをぶち込むところまで一気に想像してしまう。  
 ぞわわ、と背筋に淡い鳥肌が立つ。自制心の折れた場所がささくれだって上条の胸の中を突き刺す。  
 左右に泳いだ瞳の中でほんのわずかだけ、理性が残っていた。  
「そ、その、せめて、目隠しを……」  
「ったく、もっと積極的になりなしよ。私だってそれなりに勇気振りしぼってるんだからさ。  
 ……一応認めてあげるけど、身体洗う時だけだからね?  
 湯船の中だったら泡で見えないんだし。暗がりと変わらないでしょ?」  
 条件を出したという時点で了承のサインだということに上条は気付かない。  
 実は二秒で目尻に涙を浮かべられる御坂美琴は心の中でにんまりしながらもその条件を飲んだ。  
 ピンクというよりも真紅に近いココロの色の中で、恋人を騙す罪悪感など感じず少しでも距離を縮めることを喜ぶ。  
 銀髪のシスターのことで嫉妬はしないと決めているが不安でないわけではない。  
 そして、一線を越えても積極的になってくれない恋人と僅かながら溝ができてしまったことも敏感に感じ取っていた。  
 恋愛の初体験者同士によくある互いを思うあまりのすれ違いだ。それが蟻の一穴になることもままあるという。  
 だからこそ、もっと自分を求めてほしいと願ってしまうのは我儘ではないだろう。  
 やはり不安なのだ。いくら超能力者としてもてはやされていても御坂美琴はただの女の子でしかない。  
 見せびらかすように腕を組んでみたのも自分の中の弱い部分を少しでも消したいからだ。  
 行動的には積極的になったように見えても心の内側は何も変わっていない。  
 一緒にいた居たい。求められたい。もっと見てほしい。  
 だから黒いしっぽが生えてきたって神様も見逃してくれるはずだ。  
 天使のように微笑む悪魔の可憐な嘘を経験の少ない上条が見破れる道理なんてなかった。  
 
「きゃははっ、やだ、くすぐったい!」  
「うっさい! 美琴、少し黙れって!」  
 バスタオルで前だけを隠した美琴の背後の上条当麻が華奢な背中を洗っている。  
 FRPの床に直接膝をついて洗い椅子に座った白い肉体に奉仕している情景だ。  
 簡単にタオルでまとめた後ろ髪に日ごろ見ることのないうなじがまだ上条のまぶたの裏に焼きついている。  
 狭い浴室だ。互いにしゃがんでいるとはいえ空間は狭苦しい。ただでさえ響く少女の声が固形物のように積み重なる。  
 垢落としのナイロンタオルではいささか刺激が強いと言われ、仕方なくじかに素手で背中を洗っているために上条の顔は赤い。  
 インデックスが使っていた柔らかいスポンジはもう捨ててしまった。柔らかすぎて上条には合わなかったのだ。  
 やはり女の子の華奢な体とガサツな男の肉体とは別物なのだ。  
 御坂美琴もまた上条と同様に頬を染めているがこそばゆい刺激の反射そのものだろう。けらけらと溢れる嬌声を隠すこともできずに笑い転げている。  
「うう、不幸だ……」  
 あまりにも暴れるものだから滑り落ちつつある目隠しのタオルを元の位置にもどしながら上条は思わずいつものセリフをこぼしてしまう。  
 途端、美琴の顔つきが一変した。  
 ぶっすぅ、と自分で口で言いながら頬を膨らます。  
「ちょっとぉ、仮にも付き合ってる女の子と一緒にお風呂入ってて不幸ってことは無いでしょう?」  
「いや、おっしゃるとおりなんですけどね。でもね、上条さんのSUN値はどんどん削られていっている最中でございましてね!?  
 お前なぁ、いい加減にしておかないと本当に大やけどするぞ!? いつまでも紳士ではいられないのですよ!」  
「……そんなの、構わないのに、さ」  
 泡まみれの背中をぐい、と押しつけるように上条の足の間に座り込む。  
 くるくる変わる声色がやけにしおらしく、しかも目隠しをしているとはいえ細かな泡の向こうの背中が自分の胸板に押しつけられたことが分からないわけがない。  
 上条は激高した直後であるのに冷水を背中に浴びたように意識が明瞭に輪郭を持って、そして腕の中よりももっと近くにいる少女の存在が赤くなるのを理解する。  
「おわり! もう洗うの終わり!」  
 肋骨の内側で狭苦しいとばかりに心臓が暴れている。  
 上条は自分の興奮を否定するように言い切って御坂美琴を突き放した。  
 ちくしょう、なんでここに水着とかないんだよ、と今更のような後悔を心の中で呟く。  
 興奮は顔を赤くするだけではなく下半身にも血を送っている。  
 実際問題として、耐えるのは苦痛なのだ。放置プレイは上条にはできないらしい。  
「……当麻、前は洗ってくれないの?」  
 だが、御坂美琴の追い込みは終わらない。  
 残念そうな響きの声は上条の心臓を鷲掴みにした。  
 ぶはぁ、と思わず噴き出した。思わず鼻先を抑える。鼻血は出ていない。  
 大げさに背を仰け反らせたので僅かに目隠しがずれた。  
 自分の肩越しに上条を見上げるおしゃまな瞳と視線が合う。嬉しそうに笑っている。  
「お、お前な……」  
 浴室の熱気も肉体を上気させている。少年の若いペニスも限界を超えて膨らんでいる。付け根から天を目指して突き上げて亀頭が赤黒く張っている。  
 いくら腰にタオルを巻いているとはいえどもその程度で隠しきれるものではない。  
 陰嚢に何か重いものが溜まっていて今にも噴出しそうだ。  
 そして、一度女の肉を味わってしまった以上自分の右手を使うつもりになどなれない。  
 そのような現状を理解していてもがっつくように美琴を求めるのは恋人の人格を軽視する行いのような負い目を少年は心の内に感じていた。  
 
「洗ってくれないんだ。そっか、当麻が洗ってほしいんだ。やだなぁ、言ってくれないと分かんないよ?」  
 くるり、と上条の距離の中で身体を反転させて、美琴が上条を見上げた。  
 どきん、と痛く心臓が鳴る。少女は上条の左手に収まっているボディソープを取り上げて両手で擦って泡を作りだした。  
 まだずれたままの目隠しごしに裸形の少女の姿がそのまま見える。  
 小ぶりなむき出しの乳房。白くすっと細いくびれ。意外と肉付きのいい太股に隠れて股間は見えない。  
 日ごろ少年のように元気に駆け回る姿ととても重ならない。  
 そして信じられないほど無邪気なあどけない顔。  
 無意識のうちにペニスの先から先走りが零れた。  
 上条の存在を忘れたように大量の泡を作り出していた美琴がその泡を自分の前面に塗りまくる。  
 たちまちのうちに白い肌がもっと白い泡の中に埋もれていく。  
 なにをするのか、と不審に思った瞬間には強く抱きつかれていた。  
「ちょ、美琴、お前……」  
「身体で洗ってあげるね。恥ずかしいけど、特別だから」  
 耳元で淫らにささやかれて上条の意識は文字通り貫かれた。瞬間に喉が干上がる。  
「うわっ……」  
 衣服越しでとは比較にならないほどに柔らかな乳房。たちまちのうちにひしゃげて薄い肋骨の向こうの心臓の鼓動が伝わる。  
 先程目視したとおり瑞々しい肌は乳房に負けないほど柔らかいのに一瞬で元に戻る張りを備えている。  
 当たる角度が変わるだけで形が変わる。まるでプリンのようにふるふるとする肉体。  
 だがその内側には明確に筋肉と骨格があって、それがあまりにも華奢すぎてもし抱きしめたら崩れ落ちてしまいそう。  
 湯につかったわけではないのに湯あたりしたように赤い肌になった美琴が心の底から幸せそうに甘える。  
 もちろん、気づいている。上条の股間の異物に。息苦しいほど心臓が高鳴っている。  
 柔らかな肉体のごく一部、乳房の先端だけが硬くなって上条の肌の上で小生意気に自己を主張していた。  
「み、美琴……やばい……」  
 ペニスには触れられていない。  
 否、かすかに少女の下腹部や太ももに当たることはある。  
 それほど強い刺激ではない。だが状況が異常なまでに感じさせる。  
 ぞくぞくと背筋に鳥肌が立って射精欲が目の裏側を白く光らせ始めた。頭が煮え立ちそうになっている。  
「も、もういいから! もうやめてくれって!」  
 距離を置こうと少女の肩口に手を置いた。そのつもりだった。  
 だが過剰な泡と微妙な距離がちょっとした偶然を生み出す。上条の右手はまるで狙ったように御坂美琴の乳房をつかんでいた。  
「ひゃん! や、やだ、ちょっとそこ弄らないで!」  
 見た目と裏腹に余裕がなかったのだろう。悶えながら舌っ足らずの声で悲鳴をあげる。  
「ん……やだ、ダメ……私が、洗ってあげるんだから……私が、当麻の、特別になるの……」  
 言って、細い腕を上条の背中に回し美乳をますます押しつけてくる。  
 もうとうの昔に目隠しは外れている。  
 目の下の肉がつりそうになっている。  
 美人だし可愛い部類ではあるが突出しているわけではない。  
 たぶん、クラスに一人二人はいるレベルの、美人。  
 だが誰よりも美しくいとおしく思える少女が顔を真っ赤にしてしがみついてきている。  
 強気で勝気で弱さを見せることを嫌っているはずなのに切なそうな顔で見上げている。  
 思わず少女の背中に腕をまわしていた。  
 
「あは……」  
 小さな唇から丸い吐息が零れた。  
 上条の背中に回っていたはずの腕が解かれて胸板の上に乗せられる。  
 美琴に負けないほど硬くなっていた乳首が指先で引っかかれた。  
「ぬおっ……」  
「あはは、硬くなってる。ねぇ、男の人でも乳首って気持ちいいの?」  
 少女のそれと比べれば極小といえるサイズ。そしてくすぐったいだけのはずの場所が燃えるように熱い。  
 濡れた瞳に見上げられるとその熱がますます広がってしまう。  
 悔しさがあるのかますます押しつけてきた御坂美琴の乳首は先ほどよりも硬く尖っていた。  
 乳首と乳首とが擦れ、両者ともくぐもった悲鳴が漏れる。  
 上条は美琴の背中に回した両手を必死に握りしめた。  
 目もつぶってしまいたいのに身体が言うことを聞かない。  
 ささやかに浴びせられる吐息に魔法でもかかっているのだろうか。  
 妖艶な響きが上条の肉体を上条の意識から奪い取ろうとする。  
(く、くそう……わかってんのかよ! 俺だって余裕なんかないんだからな! めちゃくちゃにしちまうぞ!  
 本当にレイプしちまいそうなぐらいなんだからな!)  
 必死に気張っているがペニスは正直だった。痛苦しいと上条を責めてくる。どろどろのマグマが今にも噴出しそうだ。  
 もどかしくて切なくて、密室である浴室と二人の熱気がまるで固形物のように撫でてくる。それだけで先走りが溢れて止まらない。  
 なのに。  
 少女の白魚のように細い指が絡んできた。  
「うおっ!!??」  
 性神経の塊に触れられ、擽られ、握られて上条が頓狂な悲鳴を上げる。  
 眉は寄り目は見開かれ背が反る。  
 鈴口から根元まで、器用に開かれた手と指とが上条のペニスに過剰な刺激を与えて思わず少女を強く抱きしめていた。  
「きゃっ!」  
 二人の肋骨に美琴の小さな乳房が潰される。胸板に突っ込むようによろけた美琴は反射的にペニスを強く握ってしまって、限界を超えた上条の背中をさらに強く突き飛ばした。  
 熱いそれを少女の牝の本能が扱かせる。  
「やん、当麻の、熱くて、熱くて、熱い……大きくなってる……私の手の中でびくびくしてるよっ!」  
 過剰な泡を纏った手がアクセル限界で根元から先端までピストン運動する。  
 やや余り気味の皮膚を突っ張って陰毛の奥にまで下げたかと思えばエラと鈴口にまで引きずり上げて擦り上げる。  
 亀頭の段差など関係なくすべてを巻き込んでいく。  
 そのたびに上条の快楽が加速する。  
 ただでさえ限界を超えているのだ。過剰な追加攻撃が異常なまでに性感を高めていく。  
 密室で二人の汗が雲を作るように籠って一つのかたまりになっていく。  
「う、わああっ、美琴! ダメだ! 出るっ!!!」  
 肉茎が大きく広がる。尿道が拡張される。  
 作られた空間に精液が殺到して先端が決壊する。  
 脳みそが脊髄を下って股間に落ちて吐き出されそうな、そんな幻想。泥沼のような今からすべてが解放された今へと書き換えられていく。  
 疼きが収束して一つのかたまりになる。美琴の手の中ではじける。  
 もともと、この小悪魔の肉体を洗うという状況だけでも少年には手一杯だったのだ。  
 はなから結末は見えていた。  
 それが、訪れた。  
「出るっ! み、美琴っ! 出ちまうっ!! 手を離……」  
 最後まで言うことはできなかった。  
 劣情を爆発させながら天を仰ぐ。成層圏の上まで突き抜けそうな感覚と地獄に突き落とされるような法悦。  
 落雷に射抜かれたように肉体は真っ二つになりただひとつの形として少女の手の中で崩壊した。  
 
「ああああ……!」  
 無様に下半身を突き出しながら上条当麻が射精する。  
 圧倒的な質感の澱みを解放しながら生臭い液体が可憐な少女の手の中に押し込められる。  
 溢れ出て包囲を突き破り生臭い匂いを撒き散らす。  
「あはっ☆ ……たくさん出したんだね、当麻……」  
 一気に軽くなったペニスをそれでもまだ扱きながら御坂美琴がうっとりとした表情で笑った。  
 淫婦、と正に呼ぶべき表情で。  
 愛おしくてたまらないと刺激を続けながら目と鼻の距離で上条を見上げる。  
「ちょ、ちょっと待て! イったばかりで敏感なんだから! うぉ!」  
「でもぉ、もう大きくなってきてるよ?」  
 精液そのものも潤滑材にしてぬちゃぬちゃと扱かれるペニスは既に硬さを取り戻していた。  
 いや、むしろますます張って大きくなっているかのよう。  
 そして上条当麻はこれだけ心地よく射精したばかりだというのに明確に足りないものを感じていた。  
 感じてしまった。  
 さらに愛撫を加えようとする恋人の手を握って抑える。  
「……とうま?」  
 欲情した恋人が訝しそうに小首を傾げた。  
 その声も、仕草も、かつて同じ屋根の下で過ごした銀髪の少女によく似ていた。  
 しかし上条は一瞬たりともそうは思わなかった。  
 御坂美琴。  
 それだけで十分だったしそれだけが必要だった。  
「……したい」  
「え?」  
「美琴を抱きたい。美琴の中で射精したい。思いっきり出したい。全部俺のものにしたい」  
 心に入っていたのは良心だったのか良識だったのか。  
 それが抜け落ちていた。  
 代わりに獰猛なまでの獣欲が荒々しく雄たけびを上げている。  
 見境なく奪うように押し倒すことは無くとももう止めることなんてできない。  
「お前のせいだからな。もう耐えられない。めちゃくちゃにしたい。細胞の最後の核酸まで俺のものにしないと収まらない。  
 俺だけのものにする。他の何も考えられないようにしてやる」  
 すらすらと、これまで思っていても口に出せなかった言葉が吐き出される。  
 下品で、不器用で、知性の欠片もなくて、だからこそ混じりっ気なしの百パーセントの本心。  
「えっと、その……当麻?」  
 つい今しがたの自分の行為を忘れたのか、御坂美琴がか細い声で不安そうに声を漏らす。  
 しかし、十秒ほどの沈黙の後、今度は力強いはっきりとした声で応える。  
「いいよ。当麻の好きにしていい。壊してもいいよ。当麻にだったら、私なんだってしてあげるしさせてあげる。  
 私は当麻の特別になりたいから。当麻だけのスペシャルになりたいから」  
 最後の鍵が壊された。  
 獣欲に塗れても宣言しなくては生きていけないような実直さのある少年から呵責というものが取り除かれる。  
「いいんだな? 本気で壊しちまうぞ、もう止められないから、俺」  
「止めなくていいよ。信じてる。どんなふうになったって私を抱きしめてくれるって」  
 精液に濡れたままの手をペニスから解いて少女が上条の膝の上に座った。  
 少女を両腕で強く抱きしめる。  
 どちらからともなく唇を求めあう。  
 唾液を交換し合う。  
 その唇が離れたとき、白い糸がすっと流れて静かに落ちて消えた。  
 

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