『とある上条の変貌騒動』吹寄編 行間保管用
体を包む、柔らかい感触。
窮屈だが決して痛くない程度に抱きとめられ、吹寄は自失から立ち直りつつありながら、なおも何を言えばいいか分からず唇を震わせている。
目の前に居る、自分を抱きしめている少年は、いつも会っていたはずのクラスメート、上条当麻。
付き合い柄、こんな時ならばいつも頭突きをして叩きのめすだけのはず。
耳に唇を寄せてきているなら、その顔面に一発入れてやるだけの話だったはず。
……なのに。
どうしても、できない。眩しくすら感じるこの少年の笑みを、一度も崩せていない。
「……足りなかった?」
少年の一言。
低く、どこか艶めかしさすら秘めた声。
おそらく自分だけにしか聞こえていないであろう囁きが耳をくすぐった途端、吹寄は耳から全身にかけて痺れるような感覚を覚えた。
縫いとめられたかのように、体が動かなくなる。
「、え? ぇ?」
クラスメート達の騒がしく飛び交う声が、段々と聞こえなくなるかのような錯覚。
生暖かい吐息が耳元を通り過ぎただけで、既に熱く火照っていた全身が、さらに茹る。
そんな、今までに無く動揺した素振りの吹寄を、今までにない妖艶とも意地悪ともとれる笑みで見つめる上条。
だが、見ているだけでは終わらない。
さらに唇を寄せ、桃色に上気した吹寄の耳たぶを、そっと唇だけで挟んだ。
「!?」
思いもかけぬ行動に目を見張る吹寄。
それを知ってか知らずか、挟み込み捕らえたそれを嬲るように舌先で突付く。
「ちょ、やめ……な、にを、」
寒気にも似た甘美な感覚が舐められた耳たぶからその周りへと発散する。
あまりに不意打ちな、刺激の強すぎる少年の行為についに抵抗の声が出た。
だが、少年はやめようとしない。それどころか、一旦耳を食んでいた唇を離したかと思うと、耳の内側を舌でぺろりと舐め上げられた。
「んっ、ぁ……」
僅かに身じろぎする吹寄を腰に回した左手だけで抑えつつ、
「……どうかな。まだ、足りない?」
またも、妖しさを秘めた低い声で囁く。
「ぁっ、ぅっ、ぅっ……」
眠たそうに瞼が下がり、瞳を潤ませた元・鉄壁の女は、もはや幼児退行を起こしたように言葉を話せない。
誰も見たことがないであろう彼女の妖しく艶に満ちた表情を、上条は哀れむように眉を下げながら見つめた。
「可哀相に……。ごめんな、すぐに楽になるから。頼むから、もう怒らないでくれ」
上条が吹寄の頭を両手で挟むように包み、またもその大きな額を啄ばむように……。