某学園、朝の職員室。  
事務机に向かう教師達の間、床に足が届いてないまま作業を進めている小柄な体躯を見かけたら。  
それは我らが担任、月詠小萌に他ならない。  
   
とある上条の変貌騒動 行間保管(小萌編)  
   
(ふう……これで最後です。どうやら朝のHRには間に合ったようなのですよ)  
一人一人の状態、能力をもとに個々に合ったカリキュラムを組み立てる作業。  
一クラスの生徒全員のためにそれを作るのには、相当な手間と労力が必要である。  
だが、小萌はそれを惜しまない。今期のカリキュラムも、何日も前から彼女が誰の手も借りず完成させたものだった。  
この辺りの真面目さというか面倒見の良さとかいう所で、周りの職員から密かに尊敬を集めていることを彼女は知らない。  
時計を確認すると、時刻は始業の10分前。  
(少し早いけれど……)  
やるべきことは既に済んでいる。  
小萌は一足先に、生徒の待つ教室へ足を運ぶことにした。  
   
   
自身より高い背の人ごみの中を、トテトテとかいう擬音の似合う足取りで道行く幼女……いや、小萌先生。  
時折、挨拶をかけつつかけられつつ。こういったやりとりを日常のごとく行い、進む途中のこと。  
   
登校してくる大勢の生徒の中に、見慣れた黒のツンツン頭を見つけた。  
小萌は若干目を見開いて、  
(あれは……上条ちゃん? 今朝は珍しく早いのですよ)  
と思いつつ、後を追うように歩く。ついでに後ろ姿を確認するが、やはりあの補習常連の自称不幸少年、上条当麻に間違いはない。  
だが、その背中には奇妙な違和感があった。  
(? ……上条ちゃん、背が伸びましたか?)  
その事自体は、姿勢の違いから起こる錯覚である。  
だが、そもそも上条当麻は朝からあのように背筋をきちんと伸ばして過ごす男だったろうか。  
答えは否。むしろ朝どころか、常に猫背気味だったような気がする。  
違和感はそれだけにとどまらない。彼とすれ違った生徒達の何人かが、ギョッとした表情で距離を置いている。  
それも、忌み嫌うような動きではなく、高潔すぎて近寄りがたいといった感じで。  
彼のことはそれなりに理解しているつもりだが、小萌にはこの違和感に思い当たることはない。  
 
(うーん……? まあ、とりあえず挨拶でもしてみるのです)  
熟考するも無駄と判断。  
こちらから声をかけ、さりげなく探った方が手っ取り早いだろうという結論に達した頃、  
小萌は少し早足になって少年との距離を縮めつつ、  
「上条ちゃーん?」  
彼の名前を呼ぶと、  
   
「ああ、小萌先生。どうもおはようございます、またお会いできて光栄です」  
   
……振り向いた。  
満面の笑みを湛え、後光を纏い、整った白い歯を輝かせて。  
上条当麻であって、明らかに上条当麻ではない何かが。  
「…………えと、かみ……じょう、ちゃん、ですよね?」  
思考が石化しかけるのを何とかくいとめる。  
その異様な出で立ちに思わず一歩退きながら、目の前の何かが上条当麻であることの確認をとる。  
「嫌だなあ、何を仰いますか。俺はいつもの、貴女の上条当麻ですよ?」  
そう言いつつ、ソレは丁寧ながら軽快さの見える足取りで小萌に近づいていく。  
どうやら本当に上条当麻本人であることに間違いなさそうだ。  
だがそれよりも、貴女の、と不意打ちで言われた小萌の顔が、彼の足取りの不気味さを訝る感情を吹き飛ばし、茹で蛸のごとく赤面した。  
「か、か、か、上条ちゃん!? そ、そういう誤解を招く言葉はメッ! なのですっ!! 何を言ってもあ、明日の補習は無くなったりは、しませんですからね!」  
努めて冷静を装おうと、早口になりながら少し厳しいことを言うが、悲しいかなところどころ舌を噛んでいて酷く動揺しているのは明白である。  
上条はそれを暖かな瞳で見つめつつ、フッと笑うと答えた。  
「ええ、勿論ですよ。明日の放課後を心待ちにしています。ちょうど二人きりにもなれますしね」  
「ふ、ふたっ……っ!」  
現実として小萌が突きつけた言葉は、今度の補習は上条だけであるという際どい現実に柔らかく包まれて返された。  
倍返しカウンターを食らった小萌の顔から湯気が立ち上り始めている。  
思考が乱れ、もはや視線すらどこか遠くを見つめた状態。  
そんな、呆然直立不動になった小萌の脇に、上条は背を合わせるようにそっと屈みこむと、  
止めを刺すかのごとく、耳元に優しく囁いた。  
「その時は俺からも……いろいろ、教えてさしあげます」  
 
 

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