11月中旬。木枯らしが吹き抜ける、そろそろ肌寒い季節のことである。
学園都市は現在「一端覧祭」という一大イベントのために大賑わいの真っ盛りであった
そんな中、気忙しそうに雑事をこなしつつ駆け回るツンツン頭の男子高校生が1人。
その高校生――上条当麻はと言えば、10月中旬からこっち、丸々一ヶ月学校をすっぽかすと言う
現役学生にあるまじき所業により、人の倍の労苦を余儀なくされていたわけなのだが、実はその一ヶ月、
彼が実は戦場の皆勤賞を頂く大活躍をしていたことなどは知る人ぞ知る程度でしかなく、
彼を馬車馬のようにこき使う、とある同級生の巨乳実行委員にとってはどうでもいいことなのだった。
しかし、そのような溜まりに溜まった学生の義務のツケを払わされている状況であっても
戦場の出席日数だけは着々と増えていく。このままだと彼の留年はほぼ必至であると言えた。
数々の招かれざる珍客。「魔神になるはずだった魔術師」オッレルス。
目下の敵組織『グレムリン』の武闘派構成員「戦争代理人」雷神トール。
彼らとの邂逅により、様々な経緯があって上条は「窓の無いビル」に囚われたとされる
1人の女性を助け出しに行く運びとなったわけだが――
――その道中。見れば、何やら女子高生と女子中学生が路地道のど真ん中で口論をしている。
一端覧祭中だし、こんな夕方でも市街は学生達で溢れかえっている。
ならばこのような路地でも何人かの学生がいても不思議ではないのだが・・・
あー、面倒だな、このまま突っ切っちゃおうか、と考えた上条は、不意に
その二人の顔に何となく見覚えがあるような気がした。
1人は、上条と同じ高校の制服を着た野暮ったい黒髪カチューシャの少女。
女生徒の冬服の生地は結構厚手であるにも関わらず、その盛り上がった胸は強固に自己主張していた。
もう1人は、長い黒髪を縦ロールにしたメイド服姿の少女。
アキバの電気街で猫耳でもくっつけて歩いてそうな、あからさまにパチモンくさい風貌の少女。
しかしこちらの胸の自己主張はかなり控えめであった。
「………ところで、少々真剣に質問するんだが、東欧で上条当麻にメロメロにされたってマジ?
もしそうなら、これ以降はドロドロの昼ドラタイムに突入するわけだけども」
「ふっ!風評被害だっ!どこから出てきたんだそんな噂っ!!」
……何やらお取り込み中のようである。
上条はくるりと回れ右をして迂回路を選択した。
カチューシャのほうが何者かをハッキリ理解したが故の行動である。
多少遠回りになり時間も掛かってしまうだろうが、回り道をすれば得られる虎子のために
無用の虎穴に入るほど上条当麻は好奇心旺盛な人間ではない。君子は危うきに近寄らないのだ
「……と、こいつはこんなことを言っているがお前はどう思う上条?詳しく聞きたいところだが」
5mほど離れており、身も隠してたはずだがあっさりと特定されていた。しかもカチューシャ――雲川芹亜はこちらを向いてもいない
背中に目があるかのような不気味なカンの良さだが、それだけでは済まない裏技があると最近になって学習しつつもあった。
ともあれ、名指しで呼ばれて逃げ出したのでは後日どんな目に遭わされるのか知れたものではない。
ここは正直に出て行って、なるべく穏便に手早く短く切り上げてもらうのが最善の策であろうと判断した。
「……あー、こんにちは雲川先輩。こほん。……えっとですね」
ワザとらしい咳払いなどを交えつつ、ゆっくりと雲川のもとに歩を進める上条。
ここで余計な言い訳で回避しようとすれば、この女はすぐにそれを看破して畳み掛けてくる。
それを理解するがゆえに、上条は敢えて誤魔化しを避けた。ここはあくまで直球勝負!!発するセリフは――!
「……すいません雲川先輩!俺今から重大な用があります!先輩に構っていられません!通してください!!」
「却下だ」
一瞬、青春スポ根ドラマかと見紛うほどの熱い勢いで、手に汗を握りつつ斜め45度に全力で頭を下げての男の嘆願に還ってきた回答は実に簡潔だった。
「……………」
しばらく、空間を静寂が支配する。上条は頭を下げたまま黙して顔を上げずに固まったままである。対する雲川は腕組みなどをして不動の構えだ。
「……GO!!」
嘆願はムリであると判断した上条は顔を下げた状態のまま、スプリント選手のスタートダッシュのように頭から飛び込み姿勢の全力疾走を開始した!
あわよくばこのまま雲川を素通りして逃げ切れないものかと思っての算段だが――
「可愛い奴だな。未だにそんな手が通じると思っているとは」
トップスピードに至らないとは言え、すれ違いざま涼しげに上条の襟首を後ろから片手で掴み、ぐいっと自らの手元に引き寄せる雲川。
猛スピードを急停止させられたことで襟首がきゅうっと絞まり、思わず気が遠くなる上条。
そして、そのまま後ろから上条の顔を覗き込みつつそっと手を回す。
「……あ、あの、『当たっている』んですが」
「…無論『当てている』のだが?何だそれが言わせたかったのか。助平なやつめ」
上条を後ろから抱き締めている形の雲川の胸は、押し当てた上条の背中に突起物で字を描くような勢いで踊っていた
「…違いますよっ!先輩のエロい思考と一緒にしないでくださいっ!」
「その歳で何をウブいことを言っている。お前はエロいことを考えたことがないとでも?
それともお前は、自分がエロいことを知られるのが恥ずかしいと思っているのか。馬鹿なやつめ
お前ほどの年頃の男は須らく性欲が服を着て歩いているようなものなのだ!だからこそエロは悪くない!エロは正義!!
むしろエロを誇れ!俺はエロいんだぞと窓のないビルのてっぺんに上って100回叫んでみろ!!」
「断固お断りしますッ!!」
何が悲しくて学園都市230万人の学生の視線を一身に浴びつつ変態宣言をした上で警備員に逮捕されなきゃならないのだ
後日の新聞のトップ記事を見たらきっと小萌先生も両親も泣くだろう。想像するだに恐ろしい
……もっとも、その窓の無いビルこそが現在の目的地であることを思えば、色々な意味で洒落になっていないのが皮肉と言えば皮肉だが
「全く嘆かわしいことだ。知っているか上条。近年の世界の深刻な少子化。つまりは新生児の出生率の低下とは
世の男どもがお前のような草食化の一途を辿っているからだということを。
それはひとえに危機意識の欠如。生命の危機に瀕しないオスは自分の胤を後世に残すことに関しての積極性が失われるのだ
つまるところ、お前は平和ボケしているがゆえに女性に対してここまでさせてしまっている状況でも肉食の目覚めがだな」
「人を不能みたいに言うな!こう見えても俺だってそれなりに女に対する興味はあるっ!
ていうか世界中の女性がみんなアンタみたいなカマキリ女だったらどんな男も裸足で逃げ出すよっ!!」
「ほほう。カマキリか。上手いことを言うじゃないか。では行為のあとは文字通りの意味で『食べて』しまおうかな?」
「アンタが言うと洒落になんないからやめろっ!」
黒髪の肉食獣は酷薄な微笑を浮かべながら舌なめずりをする。思わずゾゾッと底冷えのするような表情だ
「まあいいだろう。私はそんなことが言いたかったのではないのだ。場所を変えよう上条。ここでは落ち着いて話も出来ん。
幸い今は一端覧祭の準備中だ。その辺の喫茶店でも腰を据えてゆっくりと――」
「だから、俺はどうしても外せない用があるって―――」
「いい加減にしろぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
そんな掛け合いは、1人の少女の怒声によって寸断された。
最初から目の前にいたが、今まで掛け合いに入るに入れず放置され続けたメイド姿の中学生だ。
「なんなんだお前らさっきからイチャイチャとっ!人のこと忘れすぎにも程があるだろう!
Gめ!!キサマはこの私の前にその男を引っ張り出して何か私に都合の悪いことを聞きたかったのではないのか!!?それはどうした!!」
ともすれば墓穴を掘らんばかりの少女の言動だが、それでも言わずにはおれなかった。
少年との仲にツッコまれるよりも、このまま自分が無視されたままイチャイチャ展開が進み続けることのほうが耐えられなかったのだ。
「……ん?何だまだいたのか愚妹よ。とっくに帰ってしまったものかと思っていたぞ」
「――――――――――ッッッッッ!!!!!!!」
雲川芹亜はニヤニヤしながら、頭のてっぺんを突き破らんばかりの妹の憤慨ぶりを眺めている。
「え、えーと、なんかお忙しそうですしそれじゃ俺はこれで」
もちろん、その間も上条の首に回された両手の力は微塵も揺るがなかった。どうしても離す気はないらしい。
「まあそういうな上条。我が親愛なる妹のたっての要望だ。本筋に戻ってやるから泣いて喜ぶがいい妹よ」
あの、これ以上目の前の中学生を追い詰めないで下さい先輩、あの子そろそろブチ切れて跳びかかって来そうな顔してるんですが、
と忠告したい気もしたが、どうせ聞き入れてもらえないこともわかっていた。
「あ、あの、先輩。わかりました。逃げませんから離してください」
とりあえずここは譲歩の一手だ。食い下がれば食い下がるほど掛かる時間は長くなる。ならば敢えてこの茶番に付き合って
さっさと用件を済ませてもらうのが得策。ならばこの先輩の妹(?)と言う子の介入はむしろ渡りに船と言えた。
「さて上条。早速だが質問をしよう」
ようやく本題に戻ってきたことで雲川妹――鞠亜が思わず身構える
この底意地の悪い姉が何を言い出すか知れたものではないが、何を言おうが全てを即座に否定するための構えである
頭の中では既に目の前の二人が何をどう言ってどういう受け答えをするのか、会話の流れのシミュレートを既に終えていた
「上条当麻」という男の印象がバゲージシティで初めて出会った時とはまるで異なるものであったために若干の修正が必要であったが
事前にたっぷり知識として溜め込んでいた噂話とこれまでの会話だけで判断材料は十分と言えた。
このようなクソ女の姉と呆れるほどに朴念仁の男から導き出される流れとは全て、姉の妄言を彼が否定することで構成される
ならば彼が否定した話の流れに追従する形で二対一で姉を押し戻すのが最善の流れと言えよう。
さあ来いクソ女。第一声は「お前はこいつ(妹)のことをどう思う?」か?もっと突っ込んで「こいつはお前にイカれてるんだとさ」か?
何を言おうが根も葉も無い事実無根なのだ。火種の無い火元から火事は起こらない。存在しない事実などどれだけでっち上げられようが
いくらでも潰せる!!
「お前実はこいつのことさっぱり知らないだろ?」
「はい」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
一瞬思考が停止した。
待て落ち着け。どんな流れであろうと切り返せるように数百パターンの流れを構築しておいたはずだ。
はずなのだが、それでも言葉に詰まる。言葉が出てこない。これまでのシミュレートを全てちゃぶ台返しされた気分だ。
「よし、改めて紹介してやろう。こいつが我が残念な愚妹、雲川鞠亜だ」
「鞠亜か。よろしくな。名乗り忘れてたかもしんないけど、俺は上条――」
「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
雲川鞠亜のあらん限りの絶叫が夜の学園都市路地裏にこだました。
「わっ!私は!!あの時からずっとあんな『御伽噺の中の伝説の戦い』が脳裏に焼きついて離れず!
眠ると一日一回はお前の背中が出てきたぐらいのアレだったのにお前は何だ!私のことを覚えていないだとっ!?」
「い、いや、覚えてはいるよ?いるけど状況が状況だったしさ、目の前のマリアン相手にするのに手一杯で
正直お前の顔をロクに見ていなかったと言うかぶっちゃけそれどころじゃなかったというか特にどうでもよかったというか」
「ど、どうでも!どうでもいいだとっ!?私のことがどうでもっ!!?」
「あ、いやちょっと待て。今のは言葉の綾でだな、何と言うのか説明が難しくてだな。」
「聞いたとおりだ妹よ。この男は『お前だから助けたわけじゃない』『その場にいた者が誰であっても良かった』と言うことだ」
全く持って身もフタもないことをスパッと言う雲川先輩。
「正確には、木原加群に導かれてバゲージシティに着いた折、『たまたま遭遇したのがお前だった』ということだ。
自分の運の良さを誇れ妹よ。世界唯一の幻想殺しの戦いを特等席で拝めるチケットがタダで舞い込んできたのだからな」
「良かったなあ妹よ。ここで挫折を味わったことでお前という女のレベルは確実に上がったぞ
それこそがお前のスタイルであったのだろう?喜べ。心優しき姉がお前の修行に手を貸してやったのだから」
「私はっ!適度にプライドを傷つけて耐性を得られるように鍛えたかったのであって
再起不能になるまで木っ端微塵にしてくれと頼んだ覚えは無いっ!!」
「むう。実は既に再起不能レベルまで行っていたのか。これは度し難いな。まさかそこまでダメージを受けるほどの
メロメロぶりだったとは流石の私も予想外だったぞ」
「っっ………………!!!!!!」
語るに落ちたという勢いで、完全に絶句してしまう鞠亜。
小刻みに肩を震わせ、目にはうっすら涙まで溜めているありさまである
上条としても流石になんだか居たたまれなくなってきたので、優しく声を掛けてみる
「え、えーっと、鞠亜、だっけ?大丈夫だぞ。俺はあの時のお前の声はしっかり覚えていた。それは確かだ」
直後、ぶちっ!という音が聞こえた気がした
それと同時に、雲川鞠亜の姿が上条の視界から消えた。
同時に、何か下方向から鋭くて尖った硬いものがアゴに直撃した…気がした。
一瞬で吹っ飛ばされたために何が起こったのか正確に把握し切れなかったためだ。
しかし雲川芹亜は見ていた。鞠亜は一瞬で上条当麻の足元まで間合いを詰め寄り、
大地に手をつき、身体を伸び上がらせた上で両足を揃えた逆さ蹴りでアゴを蹴撃したのだ。
「……トドメだったな。色んな意味で」
うわぁぁぁぁ〜〜〜〜ん、と言う声が聞こえてきた気がしたがすぐに小さくなっていった
声の主が全力で彼方の方向へ走り去ってしまったためだ。
「まあ、アレはアレでいいとして」
吹っ飛ばされた上条につかつかと歩み寄り、抱え起こして気付けしてやると
「さて、邪魔者が消えたところで今度は私の本題だが」
「もうカンベンして下さいっっ!!」
****
「何だ。結局こっちに来たのかよ。」
第七学区。その廃ビルの一角に佇む金髪の少年は、軽い調子で声を掛けてきた。
「……つか、何があったのお前」
金髪の少年――雷神トールは、戦う前から既に顔を真っ赤に腫らしている上条に、怪訝な顔を向けた。
「うるせえ。こっちの都合だ。それよか、さっさと『用事』を済ませようぜ。
俺はもうこれ以上殺せない幻想を相手にするのは真っ平なんだ」
上条の脳裏に、腹を空かせた修道服の同居人や勝手に持ち場を離れたことで憤慨しているであろう
カルシウムの足りなさそうな一端覧祭実行委員の顔が浮かぶ。
ともあれ、今はフロイライン=クロイトゥーネの救出が最優先だ。その他は後で死ぬほど謝り倒せばいい。
今度は出来る傷がアゴだけではすまないかもしれないが、と別の意味で覚悟を決める必要があった。
かくして上条当麻は再び戦地へ向かう。またも、顔も何も知らない縁もゆかりもない女を助け出すために。
そしてそれこそが、上条当麻の形であると自分に再認識させるかのように、その足は進み始めた。