「はぁっ……」
情欲の名残と息切れの残滓を混ぜた呼気を吐きながら、白井はうつ伏せに身を倒した。
安い枕と、安いシーツと、それなりのベッドが軽いその身を受け止めてくれる。
キルトもかけないその裸身は、湯気を上げていた。
情事の直後のシャワー。ビジネスホテルの室温を決めた相手は、低めの気温が好みらしい。
「にゃー、ため息交じりとは、ちょっとショックだぜぃ」
シャワーを浴びる様子もなく、添い寝する様子もなく。
精を放ち、ティッシュペーパーで後始末をしてから椅子に腰掛けたままの金髪の男が、言った。
「……今のは自己嫌悪のため息ですの。貴方の手腕に対する不満では、ありませんの」
頬にかかった髪を、襟元に払いあげながら言葉を返す。
彼とのコトはこれで3度目。
だが名前も、素性もしらない。
ただただ、道で行き会い、そのままホテルに入る。それだけの関係だ。
「男的立場から言えば、それはそれで凹むものがあるんだぜい?」
「……」
失礼しましたの、とは言わなかった。
相手はきっと、碌でもない人種だ。そんな相手に気を使う必要はない。
そもそも彼の口調に、自責の念は見当たらないのだから。
「ひとつ、聞いてもいいかにゃー?」
「……名前と学校と、能力について以外なら」
特に用もなく、道を歩く。そのときに纏う衣は、常盤台のものでなく、普通の私服だ。
髪をといてある。きっと、白井が白井だとわかる者は誰もいないだろう。
「なんで俺と、こんなことしてるんだ?」
そう問いかけてこた声は、今まで聞いていたふざけた口調とは一線を画したもの。
「わたくしの敬愛する人が、その意中の方と想いを遂げましたの」
また下がってきた髪を、掻きあげる。
「その、意趣返しですわ」
「……」
誰に対しての意趣返しかは、相手は問い返さない。
ただただ、ため息をひとつ、ついただけだった。
「じゃあつまり、俺は当て馬というわけだにゃー」
「ええ、まさにそのとおりですの。……申し訳ありません、遊びなれているようでしたので、声をかけさせていただきましたが……」
「いや、いいんだぜぃ。おっしゃるとおり、それなりに『そういうこと』には慣れてるからにゃー」
苦笑する相手。
それは白井の言葉に対する自嘲だけではなく、まるで『浮気を自戒する男』のようだ。
(……本気の相手がおられるご様子)
胸の中に浮かぶは、本命とともにある、白井の本命の笑顔。
辛い。
だから、身を汚す。
行きずりの、誰とも知らぬ者に身を任せることで。
だってこうしなければ、きっとわたくしはおねえさまのあいするひとをころしてしまうから。
けがれているわたくしは、しめったいしのしたにいる蟲。
蟲には、しっとなんてぶんふそうおうだもの。
白井は身を起こす。
薄い胸が、フルリと小さく震えた。
「また、もし次に街中で会えたら、お相手願いえますか?」
「時と、事情によるけど――」
「ならばその時に」
相手の言葉を遮って、白井はベッドから降りる。
白い裸身は、いまだ未発達。性交渉に向いているとはいえない。
しかし彼女はそのまま、相手の正面に立った。
「でも」
「?」
「今日はまだ、次ではありませんわよね?」
首をかしげ、可愛らしく笑みを浮かべる。
男を誘うように。
雄に媚びるように。
「……」
相手は何も言わない。そしてきっと、あざといこちらの仕草も見抜いているだろう。
……泣きそうな、喚きそうな、白井の内心も、あるいは。
相手が、ニヤリと笑う。
偽悪的。
「ヤリたいないから、もう少し相手をしてもらうかにゃー」
伸ばされる手は、薄い陰りの股間に滑り込んだ。
相手の舌は、薄桃色の乳房に伸びてくる。
(……あぁ)
ビリリ、と走る快楽。
しかしそれ以上に、白井の身が味わうのは、名前も素性も知らぬ相手の、真心。
やさしく、やわらかく、きっとこの人は、愛されないかなしみを知っている。
「ふぅ、あっ、はぁ……」
指の動き。
舌の動き。
そして、心の動き。
自由に動く両手で、相手の頭を抱きしめながら、白井は鼻にかかるような喘ぎをもらす。
しかしそのあえぎは、聞くものによっては、泣き声に聞こえたかもしれなかった。
……かも、しれなかった。