「いやー今日は宿が見つかってよかったんだよー」   
 そう呟いて、三蔵法師は托鉢の成果をたんまり溜め込んだおなかをさすり、嘆息しました。彼女の前には弟子三人の  
総計よりも多い量の器が、ひとつ残らずスッカラカンになって転がっていました。  
「…お師匠。豚の妖怪の俺より多く喰うってのも修行僧としてどうなんですかね」  
それがいつもの事だとは分かっていても、呆れ果てた口調で黒髪の少年は返しました。  
「まぁまぁ八戒さん。法師がご満足なさる量のご飯が食べられるってことは、それだけこの村が平和だってことじゃ  
 ありませんか。ここの治安が良いということは、今日は安心して眠れるってことですよ」  
「…そういうもんかね、悟空」  
「そうなんだよごのー。一杯のお茶、一椀のご飯が食べられることに感謝しなくちゃいけないんだよ。仏様のご加護が  
 私たちについているんだよ」  
「へいへいわかりましたよお師匠さん。あと悟能言うな悟能て。原作読んでない読者が混乱するだろ」  
「もう八戒さんったら、メタいことは言っちゃダメですよ」  
苦笑いしながら黒い髪の少女は器を重ね、井戸へと向かっていきました。  
屋外では一足先に食事を済ませた赤髪の巨漢僧兵が煙草をふかし、夜空に輝く月を眺めていました。  
 
「沙悟浄さん、椀を洗いますから少しどいてくださりませんか」  
「ん。ああ、悪いね悟空。こういうのは君が一番得意だからね」  
そう言うと沙悟浄と呼ばれた赤毛の大男は井戸の端から腰を上げ、「馬に飼葉やってくる」と言い残してそのまま厩の方に  
歩いて行きました。  
その後ろ姿を見やり、悟空は小さく呟きました。  
「本当に、安心してぐっすり眠れそうな夜だ…」  
 
 
彼女たちは唐の皇帝から「天竺まで行って経典を取りに行ってほしいって余は余は言ってみたりー」との勅銘を賜り、  
東海竜王より遣わされた天下一の名馬と共に旅をしている道中でした。途中九九八十一の災難を乗り越え、立派な僧となって  
天竺に着くという過程が大事なのであり、「悟空が筋斗雲でとってくればいいって余は余は(ry」などと野暮なことを考えては  
いけないわけですね。  
三蔵法師=禁玄奘は当時まだ14歳の女の子でしたが、天が遣わした彼女を守護する三人の妖怪との出会いにより、閉ざされた  
部屋の中しか知らなかった彼女の世界は、大きく広がっていきました。  
 
一人は、赤毛がトレードマークの巨体の和尚、捲簾大将沙悟浄(=ステイル・マグヌス)。  
一人は、(誰もやりたがらなかったのでくじ引きで選ばれた)馬鍬使いの武僧、天蓬元帥猪八戒(=上条当麻)。  
そしてもう一人は、三大妖怪の紅一点にして天下無双の如意槍の使い手、斉天大聖孫悟空(=五和)。  
 
かくて四人と一頭は、襲いくる妖怪変化魑魅魍魎を千切っては投げ千切っては投げ(死語)ながら、天竺のお釈迦様の元へ  
ありがたーい経典を取りに今日も旅を続けていたわけです。  
 
さて、満天の星空にぽかりと空いた銀の穴が頭上に来た頃、三蔵法師一行は宿の主人から貸し出された四組の蒲団を綺麗に  
川の字(+1)に並べ、眠りについていました。弟子の三人は後退して馬番兼三蔵の護衛として起きていたのですが、今夜その  
役目を果たしているのは八戒でした。中華風というよりアラビアンな印象を受ける衣装を身にまとった少年は、九歯の馬鍬を  
携えあくび交じりに縁側に腰掛けて庭園を眺めていました。残りの面々はこの世の春と言わんばかりに爆睡していました。  
「ここでも桜は烏斯蔵(うしぞう)国と変わんないんだな」  
故郷の事を思い出しながら、八戒は頬杖をつき、月明かりに照らされた桜の木をボーっと眺めていました。  
その時です。  
「_____________ッ!!」  
不穏な気配を感じ、八戒は馬鍬を手に取り後ろを振り向きました。  
そこには寝間着姿の悟空が、にこやかな顔を浮かべて立っていました。  
ほっと胸を撫で下ろし、八戒は「脅かすなよ」と馬鍬を握る力を緩めました。  
 
「もう交代の時間だっけ? いつもより早くないか?」  
「いいんですよ八戒さん。昨日は私明け方しかやってませんでしたし」  
 
月光を受けて、悟空の頭にはめられた禁固呪(注1)がキラリと光りました。  
離れの白壁と月の銀の光に照らされた悟空の扇情的なボディラインに、八戒は少しだけドキリとしました。しかしその直後に  
自らの名前(注2)を思い出し、コホンと咳払いしました。  
「じゃ、じゃー俺寝るよ。明けになったら沙悟浄起こしといてくれ」  
そう言って八戒が悟空の横を通り抜けようとした瞬間に、彼女は笑顔を崩さずに口早に告げました。  
 
「あら八戒さん、何故眠る必要があるんですか?」  
 
「え」  
キョトンとした顔で、八戒は真横に立っている悟空の方に首を向けました。  
「いや、何でって。俺もう18時間くらい寝てないし」  
「ふふふ、無粋ですね八戒さん」  
口元に手を当て、上品そうに悟空は笑い、庭の桜の木を指さしました。  
「こんなにきれいな夜桜と望月のコントラスト、そうそう見れるものじゃありませんよ。もう少し眺めていませんか」  
 
何だコイツ、と八戒は胸の奥で訝しがりました。  
このエテ公は(酔った勢いで)天上界をメタクソに破壊しつくし、(下界に天上のイザコザを持ち込ませないために)  
道教仏教連合軍相手に無双し、敵と見るや否や(三蔵を守るという名目で)生身の人間だろうがボコボコにするようなヤツ  
なのです。  
それが何をトチ狂ったか急に花鳥風月にワビサビなどを求めだしたのだから、共に旅を続けてきた八戒にとっては不思議で  
なりませんでした。  
 
「…あんたもそういう所見せることあるんだね」  
「はい」  
笑みを浮かべ、二歩進んで悟空はその場で足を止めました。  
見張り交代と判断した八戒は馬鍬を室内の壁に立てかけ、そのまま歩を進めて行きました。  
 
そのことを見届けて、悟空はニィッと口角を吊り上げ、夜空の月めがけてクイと指を2本立てました。  
 
   「あなたといっしょだと、ね……っ!」  
 
 
              バキコォン!!  
 
 
実際にそんな音がしたわけではありませんでしたが、八戒の脳裏にはそのような音が響きました。  
次の瞬間、八戒の全身の骨格筋がコンクリートのように固まりました。  
「な…ッ!! な、何しやがったんだ、テメェ!」  
自らの背後で天の道を往き総てを司る男のポーズを取る姉弟子に対し、硬直を免れた声帯筋を振るわせて八戒は声を荒らげ  
ました。それに対して悟空はフッと小さく吐き捨てるように笑い、流し目で八戒の後姿を見ながら告げました。  
 
「…須菩提流七十二変化、鬼鋼金縛の術」  
 
そう答えるとくるりと踵を返し、悟空は石像のように動けなくなっている八戒にゆっくりと歩み寄りました。  
「あ、先に言っておきますがどんなに大きな声を上げても無駄ですよ。私が髪の毛を抜いて変化させた眠り虫を、母屋にも  
 離れにも飛ばしておきましたから…」  
言い終わる頃には、悟空の柔肌はぴったりと八戒の背に押し付けられ、彼女の細い両腕は八戒の腰と胸に絡みついていました。  
はぁ、と熱い吐息が八戒のケモノ耳にかかり、暖かで豊満な双丘が薄い寝間着と僧衣越しに彼の体に密着しました。体中の  
血管に海水が流し込まれたような感覚に八戒の心臓は高鳴りましたが、金縛りはその感覚に体を震わせることすら許しません  
でした。  
「ねぇ八戒さん・・・寝ずの番をやってみませんか・・・? この空を覆い尽くす星々と、桜吹雪を目に焼き付けて…」  
 
 月影で黒く覆われた彼女の口角は、天に輝く月と同じように不気味なまでに吊り上がっていきました。  
 
 
「互いに肢体を絡ませて、夜が明けるまで愛し合いながら、ね」  
 
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 |(注1)観世音菩薩が『悟空が暴走しつる時にはこの金輪をば締め付けし呪文を言ひけるのよー』と三蔵法師に渡した金輪。|  
 |(注2)八戒とは僧侶が守るべき八つの戒めの事。覚えてないけど確か貞操についての言及もあったと思う        |  
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