「不幸だー…」
ニ限を終えた休み時間に少年、上条当麻はそう呟く。
浴槽の中で寝るという無理な体勢が祟ってか朝から体の節々は痛いし、朝食の大半を一人と一匹の居候に平らげられたものだから腹は減るし、授業は分からないし、約二名の馬鹿はベストのバストサイズは幾つだという論議で五月蝿いし。
まあそんなのはいつもの事だ、上条は日頃から不幸な人間である故その程度の事ではまいったりはしない。
何が彼を机の上に潰れるような状態にさせているのか。
結論から言うと一人の少女の視線の所為である。
上条が伏せていた顔を上げるとその少女としっかり目が合い、慌てた様に少女は目をそらす。
(上条さんが何をしましたかー? …どう考えてもこの間のアレだよなあ、ワザとじゃなかったんだけどやっぱショックだったのかなあ…)
などとむくりと起き上がり鈍い頭を捻ってウンウンと唸る姿は傍からみてかなり不審で周囲の人間は軽く引いている。
少女の名は姫神秋沙、上条のクラスメートである。
とある事件がきっかけで知り合い、それからいい友人としていい関係を結んでいた、はずなのだが。
数日前に彼女のブラを外してしまうというそれだけ聞けばセクハラにしか取れない不慮の事故があったのだが、その日からどうも彼女の様子がおかしい。
上条の事をやたら見る、そのくせ目が合うと先ほどのようにすぐにそらす、話しかけようと近づくと露骨に避けられる。
(…嫌われた?)
女というのはデリケートなもので些細な事で酷く傷つくらしい、とそういった事にひたすら鈍い上条なりに理解はしている。
そんな女の子である姫神にブラホック外しなどという、そんな上条ですらおいおいそりゃまずいだろうよと分かる行為をかましたのである。
嫌われても、避けられても無理はない。
そう結論が出ると急に力が抜けて上条の頭は机に叩きつけられた。
その上条の奇妙な動きに周囲のクラスメートは我関せずと自然と距離を取る。
姫神はそんな上条を変わらず、ちらちらと見続けた。
ほんのりと、頬に朱を差して。
放課後、上条は数日かけて出した解決法を実行に移そうとしていた。
とにかく謝る、土下座でもなんでもして謝る。
なんとも単純だが彼にはそれ以外に何も浮かばなかった。
そもそも避けられているのだからどう謝るのかという問題もあるがとにかく勢いで行くしかない。
「おっしゃー!!こうなったらやぶれかぶれだ!待ってろよ姫神!!」
「うん。待ってるけど。そんな大声出すとびっくりするよ」
どわぁっ!?と上条は心臓を跳ね上がらせながら飛びのいて振り向く。
そこにはこの数日殆ど会話もできなかった姫神が立っていた。
その顔はいつもと違って上気したように赤く染まり、視線が落ち着かない。
何にせよこうして面と向かって話せるというなら上条にとっては好都合だ。
「あー姫神、その、話があるんだけど」
そう切り出すと姫神は更に落ち着きを無くしたようにする。
「待って。えっと。ここじゃ恥ずかしいかも」
言われて上条は気付いた、確かにここで掘り返しては何の反省にもなっていない、まだ他の生徒も残っているのだ。
「あ、そっか、わりぃ気が回らなくて」
「こっち。きて」
姫神は上条の手を引いて歩き出して、戸惑いながらも上条はそれに従う。
手を繋いだまま廊下をしばらく歩き、階段を昇り一つの教室に入る。
第三能力訓練室、と名付けられたその部屋はその実殆ど使われていない机や椅子専用倉庫と化している空き教室である。
「ここなら。誰もいないし誰も来ない」
そこで姫神はようやく名残惜しそうにしながらも手を離す。
「こんな場所あったんだな…知らなかった」
上条はあたりを見回す、空調は入っているが掃除は余りされていないのか少しホコリっぽい。
20ほどの机が教室の後ろ側に山積みにされ、部屋全体の2/3程が開けた空間となって広がっている。
その開けた中心に二人は向き合って立っていた。
少しの沈黙。
奇妙な緊張感に上条が固まって声を出せずにいると姫神が切り出した。
「あの。丁度いい場所を探すのに。少し時間がかかった」
「え、ああこの場所か。良く見つけたな」
というより謝るのは自分なのにどうして姫神が場所を探すのか、と上条は疑問に思うが姫神は構わず続ける。
「あと。その。心の準備にも」
「はい?」
準備?心の?
上条が疑問符を大量に浮かべるていると姫神はこれ以上無いほどに頬を染めて胸元へ手を当てて言った。
「でも君も悪い。あんな事わざわざしないでも。言ってくれればいいのに」
疑問符が3倍に増える。
そして姫神は上条の疑問と違和感を解決する言葉を口にした。
「揺れてる。胸が見たいならそう言ってくれれば良いのに」
上条は疑問符を回収する間もなくそこで完全に思考が凍りついた。
姫神は構わず背中に手を回して自らブラのホックを外す。
そのまま身体を捩ると上条の目の前でセーラー服の裾からピンク色の布がハラリと零れ落ちた。
特に気にする事も無く、彼女は腕を組んで胸を強調するように持ち上げる。
するとその二つのたわわな膨らみが服の上からはっきり揺れるのが見て取れる。
「…。どう?」
「……………………どう、と言われましても」
たっぷりと間を置いて、ようやく上条はそれだけ言葉を捻りだす。
フリーズした脳がようやく動きだし、目の前の状況をそう必死に分析するが処理が追いつかない。
ただ悲しいかな男の性、健康体青少年の上条の視線だけはしっかりこれでもかと主張する少女の膨らみに釘付けになっていた。
「君は。欲張り」
上条がそのまま硬直して何も言わずにいると姫神は覚悟を決めたようにして組んでいた腕をほどく。
するとまたその乳房が魅惑的に揺れて更に上条の視線を誘った。
視線を受けながら少女は唇を強く結び、制服の裾に手をかける。
そのままゆっくりと、だが迷わずに上半身を包む一枚の布をたくし上げていく。
そして彼女の乳房の下半分が見え、桜色の突起がさらけ出されようとした時。
少女の手は止まった、少年の手によって止められた。
「姫神、それ以上はダメだ」
そこには先ほどまでの腑抜けた顔ではない、怒りの入り混じった真剣な眼差しを真っ直ぐに少女に向ける男の姿があった。
「俺は姫神がそんな事をするのを望んでないし、望んでたとしてもお前がそんな事に応える必要はない」
姫神の手を掴んだまま言い聞かせるように上条は言う。
対して姫神は逃れるように目を伏せた。
「ごめん。君を困らせてしまった。私なんかにこんな事されても。迷惑なだけなのに」
悲しそうに、諦めたように声を漏らす。
「君が。わざとやったわけじゃないなんてわかってた。だけど君に。助けてもらって。救ってもらって。その代わりに私が出来る事なんて。これくらいしかなかったから。だから」
姫神が最後まで言葉を紡ぐことは無かった。
上条が姫神の両肩を掴んで引き寄せ、無理やり自分の方を向かせたからだ。
「あのな、姫神。俺は今メチャクチャ腹が立ってる、何でか分かるか?」
真っ直ぐに見据えられて、姫神は視線だけでも逃れようと瞳を逸らす。
「それは。私なんかが…」
「それだよ」
消え入りそうな声に被せて上条は言う。
「私なんか、私なんかとか言うんじゃねーよ。お前は俺にとって大切な人間だ。『なんか』じゃねーし変な義理感じて身体で払うような真似なんてして欲しくもないんだよ」
姫神は、聞いた言葉が信じられないというように上条の顔を見上げて目をぱちくりとさせる。
「き、君。今。なんて」
「何度だって言ってやる。お前は俺にとって大事な人だ。だから自分をもっと大切にしてくれよ…じゃないと、勝手かもしんねーけど俺が悲しい」
上条は自分の正直な気持ちをそのまま伝える。
そして正直な想いこそ、人の心を真っ直ぐに打つ。
姫神は自分の胸の中に満ちていた靄が目の前の少年の言葉で、打ち払われたのを確かに感じた。
自らの鼓動が高鳴るのが分かる。自分の顔が朱に染まっているであろう事も、うっすら涙が浮かんでいる事も。
「君は。いつもそうだね」
嬉しそうに、くすぐったそうに小さな笑みを浮かべて両肩に置かれた上条の手に自分の手を重ねる。
掌に伝わる無骨だが暖かい大きな感触。
「君は。いつだってそうやって辛い幻想を打ち砕いて。小さな暖かい幻想を守ってくれる」
上条の胸に小さな衝撃。
姫神が体を預けるように上条の胸に額をあてたのだ。
「だけどね。君の言った事。少しだけ違うよ」
その体勢のまま、姫神は続けた。
「私は。義理や恩義でこんなことしたんじゃない」
少しの間。
上条は少女の重みを胸に感じながら言葉を待つ。
そして。
「君が。好き」
自らの正直な想いを、少女は少年に伝えた。
「君が好きだから。だから何でもしてあげたい。助けてもらった事の恩が無いといえば。ウソになるけど」
零の距離で、少女は告白を紡ぐ。
少年の張り裂けそうに高鳴る鼓動は姫神の額へと直に伝わっているのだが、自身の鼓動にかき消されて彼女はそれに気付く事さえできない。
「それに。こうでもしないと『敵』に勝てない」
普段の姫神なら決して口にしないであろう言葉。
それはとても小さくてすぐ傍にいる上条ですら聞き逃すような声であったが。
それでも上条の言葉が、大切だと、大事だという言葉が彼女に力を与えていた。
「遠くから見ているのは。もうやめた。私は。前にすすむ」
そう言って姫神は顔を上げ、真正面から少年を見据える。
彼女の顔は今までに見せた事の無い決意の表情。
対する上条の顔は赤く、呆けたような実に間抜けな顔をしている。
そのなんとも腑抜けた顔が余りに彼らしくて思わず姫神の口元が緩んだ。
「私は。どんな答えでも受け入れるよ。もちろん君が。受け入れてくれるのが。一番いいんだけど」
聖女のような、慈母神のような優しい笑み。
上条は何も言わなかった。何も言えずにいた。
分からないのだ、彼女にどう応えればいいのか、自分の気持ちがどこにあるのか。
嬉しい、少女の告白は飛び上がるほど嬉しい。だが自分にそれに応える資格があるのか。
姫神の事は好きか、当然好きだ。大事だと、大切だと言った言葉に偽りは無い。
それは男女と間柄としての好きか、分からない。上条にとって彼女は友人であり仲間で、守りたいと思う人で。
上条当麻は恋愛という事に疎い、普段から考えた事も無い。
鈍い頭を捻って考える、が未熟な少年は恋愛という物が考えれば正しい答えが出るものでないという事に気付けない。
そんな上条を見かねた姫神が助けを出す。
「答えられない。そういう答えも受け入れるよ。望みが無いわけじゃない。はっきり断わられるよりずっといい」
先ほどとは少しだけ違う、力強く可愛らしい、少女の笑み。
こんなに豊かな表情ができたのかと上条は思う。
目に見えて表情が変わっているわけではない、顔の表面の動きはささやかな物でいつもの無表情な姫神そのものだ。
それでも上条には彼女が満面の笑みを浮かべているように感じられた。
「それで、いいのか?」
情けなさを感じながら上条は言う。
「無期限というわけじゃないけど。待つよ。それに努力もする」
姫神はそこで顔を伏せたと思うと、体を上条へと近づけた。
元々姫神は上条に寄りかかるような体勢だが、それでも無理やりに隙間を埋めようと体を寄せる。
少女は今ノーブラである。本来胸の膨らみを包むはずのささやかな刺繍のほどこされた下着は彼女の足元に転がっている。
当然、胸は上条の胸板に強く押しあたりその整った形を歪めている。
突然の感触に上条の心臓はバコーンッ!と跳ね上がる、姫神の心臓も破裂せんばかりに跳ね回る。
二つの鼓動が重なる。
「ど、努力?」
「うん。努力」
どこか間抜けな問答。
上条が一歩下がる、姫神が一歩進む。更に一歩下がる、一歩進む。下がる、進む。
そして壁際。
上条は下がれない、姫神はこれでもかと身体を寄せる。
暖かく、柔らかい感触を上条は体全体で感じる。
特に下腹部の少し上に当たる二つの膨らみの感触は凶悪で、上条の意識は嫌でもそこに向けられる。
一度意識してしまうと洒落にならないほど心地よい柔らかさに頭がクラクラし、更に微妙な硬さを持つ突起の存在に気付き生唾を飲む。
「ひ、姫神さん?」
「嫌?」
姫神は頬を染めて可愛らしく首をかしげる。
嫌なわけないです!!と心の中で叫ぶが微かに残った理性が歯止めをかける。
いいのか?それでいいのか上条当麻?このまま流れに身を任せて本当にいいのか?
「…君は」
いつまで経っても逃げ腰の上条に姫神は一転、呆れたように言う。
「いくじなし」
「がふぅ!?」
さらりと男としてかなりきつい単語を投げかけられて上条は怯む。
「腰抜け。へたれ。臆病者。甲斐性なし。ED」
「まてええええええい!!最後のだけは断じて違うと上条さんは主張しますよ、男として!!」
精神的にかなり足に来るダメージを受けながらも何とか反論する上条。
すると少女は色めかしい微笑を浮かべる。
「うん。確かに最後のは。違うね」
その時、上条の下半身にくすぐったい感覚が奔った。
「おああっ!?ひ、姫神!?」
小さな、白い手が上条の苦しそうにいきり立ったそれを服の上からなぞる。
「き、きみの。すごいね」
その感触に驚いたのか珍しく姫神の声が上ずった。
しかし彼女の手は止まらず、上条の形を確かめるように彼の股間を撫でる。
「ちょ、ちょっとタンマー!!! マジでやばいですって姫神さん!!」
「タンマなし。やばくない。大丈夫」
三言返答、姫神は止まらない。
服越しの手の平の感触に上条のそれは震え、さらに硬さと大きさを増す。
姫神は真っ赤に肌を染めながらも、興味深そうに、感心したように手を動かす。
(ワッツハップン!?何ですかこの状況は!?不幸少年上条さんにこんな幸せドキドキエロスイベントが起こる訳ないのにー!!)
上条当麻は状況を整理する。
黒髪の綺麗な巫女さんのクラスメートに、人気の無い空き教室で、柔らかな胸を押し付けられ、下半身を恥ずかしそうにその小さな手で弄られている。
それは彼にとって突然記憶を失ったり、学園最強とタイマンバトルをしたり、200人のシスターと喧嘩をするよりも非現実的な出来事である。
非日常に脳が追いつかない。
夢の中の出来事のように現実味が無い。
それでも身体に伝わる熱が、感触だけが嫌に生々しい。
喉がカラカラする、体が熱い。
熔けそうな脳で上条は思う。
姫神という少女はこんなに積極的だったのかと。
もちろん彼女の事を全て知っているなんて自惚れているつもりは無い。
それでも自分の知っている少女とのギャップに戸惑いを隠せない。
「むう。これでもダメか」
姫神はそう言って寄せていた体を離した。
そして深呼吸をすると再び制服に手をかける。
「やっぱり。視覚的に刺激が足りない」
そろりそろりとセーラー服がめくり上げられる。
白い透き通った肌が、上条の前にさらけ出されていく。
今度は上条は止めなかった。
少女の無言の圧力があったことがひとつ。告白を経て意識するようになった少女の素肌に見とれていたのがひとつ。そしてもうひとつ。
「どう。かな?」
服はこれでもかとたくし上げられ、少女の上半身は何にも遮られること無くむき出しになっている。
全体的な肉付きが良いながらもくびれたウェスト、飛びぬけて大きい訳ではないが整っていて男でなくとも触れたくなる様なバスト、その先端でささやかに主張するピンクの突起。
もうひとつ。そんな少女の身体が、寒さからではなく確かに小さく、本当に小さくだが震えていることに気付いたから。
「え。あぅ?」
気付けば上条は姫神へと歩み寄り、その細い身体を抱きしめていた。
彼女は決して積極的な人間というわけではない。それが上条の知る少女の姿で、本当の姿でもあるのだろう。
そんな彼女がこれだけの事をするのにどれだけの覚悟が必要だったのか。どれだけの勇気が必要だったのか。
自分の気を引く為に身体の震えも隠して、あらゆる手を尽くす少女がいじらしくて、応えてあげたくて。
「もしかして。効果。あったかな?」
震える声。恐れでも悲しみでもなく、抑えきれないというような喜びで。
「ああもう、滅茶苦茶あったよ、ありました。姫神さんの魅力にクラクラです」
上条は思う。
まだ自分の気持ちがどこにあるのか分からない。それでもこの少女を抱きしめたいという気持ちは本物で。
正しいかどうかは分からないけど、間違っているのかもしれないけれど。
今だけは、姫神に応えようと。
そんな心中を察したのか気付いていないのか、姫神は嬉しそうに目を細めて強く抱き返す。
そうして二人は夕日の教室で何も言うこと無く、ただ静かに抱き合いお互いを感じ続けた。