前が見えなくなるほどの大雨だった。
「お約束だよなあ……」
本当なら外に出るのも勘弁して欲しかったのだが、こんな状況下でも、と言うか、こんな
状況だからこそ外出しなければならなくなるのが、上条当麻が不幸であるという証明な
のだろう。
詰まるところ、冷蔵庫が空っぽだったのである。
傘を差していても太腿から下は3分でずぶ濡れになってしまったし、時折り横殴りになる
雨に、結局は全身が濡れてしまった。
インデックスが月詠小萌のところへお呼ばれに行ってしまい、まあ、自分が食う物ぐら
い何でもいいやと思っていたのだが、今日、炊飯器に放り込む米も無い状態では買い物
に行かないわけにも行かないというものだ。
「炊飯器だけセットしてシャワー浴びちまおう……」
学生寮に向かって曲がり角を曲がった。
誰かが、大雨でさっさと閉店を決め込んでしまった店の軒先で雨宿りをしている。良くあ
ることだ、不運だったなあ、と、特に気にすることもなく通りすぎようとして――
「あれ? 御坂じゃないか、どうしたんだこんなとこで」
雨宿りをしていたのは、名門・常盤台中学の制服に身を包んだ、学園都市でも7人しか
居ないというレベル5の少女、御坂美琴だった。
いつもなら当然スルーされるはずの場面。
何故か、今回に限って上条が先に美琴に気が付いた。
「へ? あ、アンタ――」
「どうしたんだよこんなところで。傘、無いのか? そういや降り出したのも突然だったしな
あ。俺も振り出してから出かけるのは嫌だったんだよ」
上条から声を掛けられ、逆に何と言っていいのか判らなくなってしまったのは美琴の方
である。
「なんだ、ずぶ濡れじゃないか……。御坂の寮って遠かったよな? 傘、使うか? こっち
はもうすぐそこだから、走るしさ」
いつもとは逆の展開に途惑って、話しかけられている内容もいまいち聞き取り切れてい
なかった美琴だったが、上条の住まいが近くだということだけが、突然鮮明に頭の中に
入ってきた。
濡れて気持ち悪いやら冷たいやら、何だか考えるのも鬱陶しくなってきたところに現れ
たのが上条だった。呆然と話しかけられるのを眺めているうちに、いろいろと思い出してく
ることもあるわけで。
「どうした御坂?」
自分の顔を上条に覗き込まれて、考えもまとまらないままに言葉が口をついて出た。
「あ、アンタねえ、女の子がずぶ濡れで居るのを傘だけ持たして帰れですって? いま
言ったわよね、近くなんでしょう? 案内してタオルの一つくらい貸しなさいよ」
言ってから自分が何を言ったかに気付いたのだが、後の祭りである。
「あ、ああ、こっちだ……。あ、か、傘、入れよ」
上条も、予想していなかった展開に途惑っているようだ。が、美琴自身、言ってしまった
台詞に顔が火照る。見つからないように顔を伏せた。
「寒いのか? あ、この建物だ。こっちこっち」
「な、なんでもないわよっ」
結局、口答えをしてしまう自分を半ば忌々しく感じつつも、上条の部屋に辿り着いた。
「ほら」
バスタオルを投げ渡される。
「ああ、冷てえ、ほんとずぶ濡れになっちまったな」
靴下を洗濯機に放り込みながら上条が言う。
「よく拭いとけよ、風邪ひくぞ?」
言いながらも上条は買い物袋を覗き込んだり、自分の髪を拭いたりしていて特に美琴
に注意を払っている様子はない。
(ここまで来て、それでもスルーされてるの私?)
何だかイライラしてくる。――実際は、寮に入るとき美琴が濡れ透けになっているのに
気付いて、あえて見ないようにしている大人な上条だったのだが――
そう言う状態であることに自身が気付いていないばかりに、『いつものように』スルーさ
れていると思いこんでしまった。
(ちょっとは心配する素振りくらい見せたらどうなのっ)
無用な腹立ちだけが募る。何とか注意を引こうとして、ほんの思いつきが口をついて出
た。
「そうだ、シャワー貸しなさいよ。バスタオルはこれでいいわ。後でその乾燥機で制服乾
かすから、その間アンタのシャツで我慢したげるから出して」
へ? と上条が美琴の台詞を咀嚼しようとしている間に、美琴自身も自分の言ったこと
を理解した。
(ちょーっ、ちょっ、ちょっとお、なに言ってんのよ私ーっ! シャ、シャワーって! あーで
も言っちゃったしこいつたぶん駄目だって言わないだろうしきゃーっきゃーっ)