「あ、降ってきた……」
縁側にいた貴明が俄かに曇ってきた空を見上げる。
「え、もう? 大変、お布団取り込まなきゃ!」
部屋で寛いでいた環が慌てて貴明の横を抜け、物干し場に駆け出していく。
「手伝うよ、タマ姉!」
貴明も環の後を追う。
ポツ……ポツ……と振り出した大粒の雨は、数分もしないうちに本降りとなり、激しい
雷雨に変わっていった。
* * *
「タカ坊、はいタオル」
「ありがとう、タマ姉」
二人は何とか布団を取り込むと居間に戻ってきた。幸い、本降りになる直前に取り込めた
ので布団も二人も少し濡れた程度で済んだ。
「タカ坊のお陰で助かったよ。お布団、少し濡れたけどダメにならずに済んだし」
環が感謝の気持ちを込めて微笑む。その笑顔を見ると貴明はタオルで頭を拭く振りをして
顔を隠してしまった。
(あの笑顔……たまらないんだよなぁ……)
普段はエキセントリックでわがままな暴君なのだが。
「どうしたの?」
環がひょいとタオルを退けたので貴明は慌てた。にやけている表情を見られただろうか?
「な、なんでもないよ……ねぇ、雨戸閉めたほうがいいんじゃない?」
貴明がごまかすように縁側を見る。雨は地面を叩きつける様な豪雨となり、時折空には
稲光が走っている。
「いいよ、風は強くないし……それに、ちょっと見ていたいの」
「雨を?」
変な事を言い出すんだなぁ……? と言うように貴明が振り返る。環はじっと庭の木々が
雷雨に晒されているのを見つめていた。
「うん……タカ坊は思い出さない?」
「なんの事?」
「『あの時』もこんな感じの雨だったよね? 小さい頃、タカ坊と二人っきりで雨の中で
閉じ込められた、あの時――」
「あ――」
貴明も思い出したようだ。『あの時』も今と同じく、環と二人っきりで突然の俄か雨を
見ていた。今と違うのは、あの時はどこにも逃げられない閉ざされた空間で――そこでは
貴明と環にとって一生忘れられない出来事があった。
* * *
「フン、また環か。おい、貴明。お前、いつも女の守られて恥かしくねーのかよ?」
近所でも札付きの悪がきが、環の背後で震える貴明をせせら笑う。
屈辱的な言葉を聞いても貴明は反抗心をむき出しにしようとしなかった。いつも頼ってる
『タマ姉』のスカートの裾に隠れるようにしゃがんで震えているだけだ。
「何言ってんのよ! アンタ達こそ寄って集って一人の下級生をいじめて、恥かしくない
の!?」
環がキッと悪ガキ達を睨みつける。貴明と違って怯むところなど全く無い。
まだ成長過程のほっそりした体にはクリーム色のタンクトップのミニのワンピース。
素足には赤いサンダル、肩までのショートカットの髪には同じく赤の大きなリボン、と
格好は女の子らしいし、それらがとてもよく似合う可愛らしい顔立ちをしているが、
今は眦をつり上げて自分より頭一つ大きな男の子達を睨みつけている。
いじめっ子VS環。貴明達の遊び仲間ではいつもの光景だが今日は相手が3人。かなり
分が悪い様に見える。相手もその優位性を十分わかっていて、ニヤニヤ笑いながら
ゆっくりと詰め寄って環達を取り囲んだ。環は背後の貴明にも気を配りながら、油断なく
真正面の悪ガキを睨みつける。
どうやらそいつが親玉らしい。巨○軍の野球帽を前後反対に被った上級生で、環より
頭一つ背が高く、横幅や腕の太さは比較にならない。体重は倍ぐらい違うかもしれなかった。
左右の斜め後方にいる二人も、ノッポとデブの特徴があるが、それぞれ環よりも大きい。
一見すると勝ち目は無い様に見えた。
(タカ坊は喧嘩が始まったら逃げて)
(えっ……! でも、タマ姉は……?)
(わたしはこいつらを引きつけておくから。さっきタカ坊が小さい子達にしてあげたよう
にね)
こんな時だが貴明は環が微笑んでいるのを感じた。「えらいゾ♪」と誉めてくれるように。
この状況になったのは、貴明が起因していた。貴明より小さい子達が公園で遊んでいる
場所で、悪ガキ達がボール遊びを始めたのだ。固くて小さいボールは小さい子達の近くを
通過し、危険だった。そして、バットで打った打球がある少女のお腹に当たったのを見た時、
貴明はたまらなくなって悪ガキ達に注意した。それを逆恨みされ、取り囲まれたのだ。
自分ひとりならさっさと逃げるところだが、小さい子達に危害が及ぶのを惧れ、その子達が
避難するのを待つように貴明はその場を動かなかった。そして囲まれて袋叩きにされ様かと
言う時に、子供達から知らせを受けた環がすっ飛んできて貴明の前に立ちはだかったのだ。
貴明は安堵すると共に、今まで夢中で忘れていた恐怖を思い出し、環の後ろに隠れて震えた。
カッコ悪い――と思っていたが、タマ姉はそんな自分を誉めてくれた。
貴明には勇気百倍になる言葉だったが――。
(だけど、タマ姉。今日は相手が悪いよ。一緒に逃げようよ)
(無理ね。こうなったら逃がしてくれないよ。それよりタカ坊だけでも逃げて誰か大人の
人を呼んできて。いい?)
(う、うん……)
自分と環が別れれば、悪ガキ達は環を狙うだろう。彼らは前にそれぞれ単独で彼女にやっつ
けられた事がある。その恨みを持っているはずだ。それを晴らしたいが、1対1では
勝てないので今まではその機会が無かった。だが今は3人いる。これならば流石の環にも
後れを取る事はない。いや、もしかしたらこういう状況になるようにわざと子供達や貴明に
因縁をつけていたのかもしれなかった。
(あいつらの狙いが最初からタマ姉だったら……)
貴明は罠にはまった気がしていた。正面の野球帽の大将は環のスカート付近にチラチラ
視線を走らせていた。残りの二人も環のお尻辺りを見ている。
(お前ら、ヤラシイ目でタマ姉を見るな……!)
心の中でそう思ったが口に出せない――さっき誉められたばかりだが、不甲斐ない自分が
貴明には許せなかった。
だが、今はそんな事をくよくよしている場合じゃない――。
「タカ坊、行くよ!」
環はわざと大きく声に出して言った。貴明にもそれは想定外だったが、相手はもっと意表を
突かれた様で動きが一瞬止まってしまう。その隙を環は逃さなかった。
「タカ坊、前に! えーーーーーーいッ!!」
環は正面の野球帽に思いっきりタックルした。小さいが強烈なパワーで体当たりする。
「げふっ!? う、うわっ!!」
不意を突かれた野球帽は環を受け止めきれず、環の体ごと後ろ向きにひっくり返った。
貴明はその二人の脇を抜け、囲みを突破する。
「タカ坊、走って!」
環はそう言うと馬乗りになって野球帽を何度も叩いた。小さな拳を振りかざし、野球帽の
胸元や顔に何度も何度も叩きつける。
「待ってて、タマ姉!」
貴明はさっきの割り切れない思いを忘れ、環の指示に従って公園の外に向かって走る。
「逃げるな、こいつ!!」
環達の背後にいたノッポが追いかけて貴明を捕まえた。
「う、うわっ!?」
追いすがられるように捕まった貴明は暴れるが、相手に下半身を絡められ、逃げられない。
(痛っ!)
貴明の右足に痛みが走る。どうやら絡まれた時に変な方向に捻ったらしく、力が入らない。
「タカ坊!」
それを見た環が野球帽から離れてノッポの足にタックルした。ノッポの運動靴の踵が環の
口元にあたる。
「ぐッ……!」
口の中を切ったらしく、環の口中に生臭い鉄の味が広がった。しかし、相手を止める事に
成功し、ノッポは貴明の体を離して転倒した。
貴明はノッポの縛めから脱出する。
「こいつ……!!」
間合いをおかず、デブが環を羽交い絞めしようと飛んできた。しかし、環は身を沈ませて
後ろ蹴りをデブの腹に叩き込んだ。スカートが翻って純白のパンツが丸見えになるが、
構っていられない。
「ぐへぇ……!!」
蛙が潰れたような悲鳴をあげてデブが蹲る。なんと3人の上級生が環一人に地面に這い
蹲らされた。
「へへ〜〜ん、アンタ達、全然弱いよ! それでも上級生!?」
環は地面に倒れた3人を見下ろして中指を立てて挑発する。自分もタックルした時に
口の中を切ったり、馬乗りになった時に膝小僧をすりむいたりしていたが、気にも留めない。
(タマ姉、すごい……)
そう思いながら、貴明は痛む足を引きずって公園の出口に向かう。さっきの様に走れないが
これで大人達に通報できれば悪ガキ達を懲らしめる事が出来る、と思った。
しかし――状況は次の瞬間、暗転した。
「なめんなよ!」
挑発に逆上したノッポとデブが二人掛りで環に踊りかかった。環はノッポに蹴りを叩き込み、
デブを捕まえてそのどてっ腹をぶん殴った。
「ゲフッ!?」
「ぐえっ……!!」
二人を同時に倒した環。だが、相手はもう一人いたのだ。
「こいつ! 女のクセに!!」
「……!?」
環の背後から襲い掛かった野球帽は環がノッポとデブを攻撃した隙に彼女の背後に回り
込んだ。そして、完全に死角となっているその位置から思いっきり足を振り上げて
環に向かって後ろから蹴りを叩き込む。
蹴りは環の太股の間を抜け、ズムッ……☆!!と真下から垂直に、ぱんつの上から環の
股間にめり込んだ。
「☆◆%〇#……!! $●▽★&%……!!」
声にならない悲鳴をあげて環の体は内股の格好になり、その形で硬直した。
「タマ姉……!!」
ほとんど公園の出口近辺にいた貴明が叫ぶ。「どうだ! こいつめ!」と、野球帽が
快哉を叫ぶ声が公園に響いた。
「う……ぐ……。あッ……!」
苦悶の呻き声をあげ、環はスカートごと股間を押さえ、内股になりながら膝から崩れて
その場に座り込んだ。
「ううっ……。あうぅ……」
立膝状態から体をくの時に折って苦しむ環。その額からは苦痛を表す様に冷たい汗が流れ、
キュッと縮まった全身は小刻みに震えていた。
* * *
「はん! ザマァミロ! 女だってそこを蹴られたら痛てぇだろ!?」
野球帽が環の髪を掴んで上を向かせ、挑発する。流石の環にも今は瞳に光が無かった。
汗びっしょりの顔を真っ赤に染め、ひたすら押し寄せる痛みに耐えるばかりだ。
「お前らもやってやれよ。こいつには恨みあんだろ」
野球帽に唆されてノッポとデブも環を引き起こす。
「くっ……!」
環は両手を掴んで引き起こされたので、痛む股間を押さえる事が出来ず、内股になって
もじもじする。遠目からはおしっこをガマンする様な格好にも見えた。
「ああ、俺は頭突き食らったかな。こんな風に!」
環の両肩を掴んで正面に回ると、ガツン! とノッポは環の前頭部にヘッドバットを
叩き込んだ。衝撃でお気に入りの赤いリボンが吹っ飛ぶ。
「あぅ……う!」
くらっ……と軽い脳震盪を起こしてよろめく環を、デブががっしりと捕まえた。
「俺はチョコマカと動かれて何度も殴られたり蹴られたりしたっけ。だからこうやって
捕まえたら、こっちのもんだ!」
デブは環を正面から抱きしめるとその腹に彼女を乗せるようにして思い切り締め上げた。
プロレスのベアハッグだ。
ぎりぎりぎりぎり〜〜〜……。環のほっそりした胴体に容赦ない負荷が掛かる。
「きゃああああ〜〜〜!!」
背骨に激痛が走り、環が絶叫を上げた。大きく仰け反って苦悶の表情をしながら、どうにか
して逃げようとポカポカとデブの頭を叩くが、この体勢では力が入らない。
「パワーで女が男に叶うもんか! そりゃああ〜〜!!」
調子に乗ったデブが力を見せ付けるように更に力を振り絞って環の細腰を締め上げる。
「あああああぁ〜〜〜〜!!」
環の絶叫は貴明にも聞こえた。今から大人を呼びに言って間に合うのか? 痛む足を堪え
ながら、彼は一瞬考えてから、悪がき達に見つからないように出口と反対方向に動いた。
「お前らばっかり楽しまないで、俺にも遊ばせろよな」
大将の野球帽がニヤニヤと笑って両手を広げて構えている。よこせと言う意味なのだろう。
デブはそれを見て、環をベアハッグから解放した。背中の激痛と息苦しさから解放された
環は半ばぐったりしていたが、ノッポとデブに両脇を抱えあげられ、無理矢理立たされる。
「う……ううっ……」
力なく呻く環の尻に、二人は足をあてがい、前方に蹴りだした。
「ひゃう……!?」
勢いに押され、たたらを踏みながら野球帽の方に走らされる環。野球帽は環を受け止める
瞬間、右膝を突き出した。環の股間に当たるように――。
ズンッ☆!! と重い衝撃が環の股間から脳天にまで響き渡った。
「ぐは……ァ!!」
野球帽の膝は環のスカートの中に飛び込み、白いパンツの股間の股布辺りに深く食い
込んでいた。二人に押された勢いのあまり膝蹴りがカウンターとなって急所に命中し、
環は悶絶する。二度に渡って急所攻撃をされては流石に気丈な彼女も立ってるのは
無理だった。
「ああぁ……! うっ……くっ!! ……ぁあああああ〜〜〜!!」
野球帽に縋るようにして倒れこんだ後、あまりの痛さに環はそのまま地面に倒れた。
蹴られた股間を押さえて左右に転がりながら、反射的にバタバタとサンダルの足を
動かして悲鳴をあげる。
「くぅぅ……!! うぁあ……!」
目に涙を維持ませながら、懸命に我慢して立とうとするが、すぐに痛みに耐えられ
なくなり、また地面に突っ伏す。
縋った拍子にどこかに引っ掛けたのか、スカートの裾が破けている。股間を押さえて
クネクネと悶える環の破れたスカートから見える白い太股とお尻のパンツが、悪ガキ達の
視線を釘付けにした。
「クックック……狙ってやったぜ」
「面白れぇ〜、これがあのガキ大将の環かよ?」
「ざまぁねーな、まったく」
恥かしい急所を蹴られ、悪ガキ達に嘲笑を浴びせられる屈辱――苦痛に悶えながらも
環は誰が何を言ったかをしっかりと覚えた。絶対に、仕返ししてやる――。
「なんか、エロくね? このカッコ……」
野球帽がオヤジの様な好色な目で悶絶する環を見つめる。
確かに、顔を上気させて苦しそうに息を荒くしながら股間を押さえて喘ぐ姿は、自慰を
彷彿させた。蹴られた当人がそれどころではないのは額に浮かぶ嫌な汗と苦悶に歪む表情で
明白なのだが。
曇天が急に厚くなり、辺りが暗くなっている。時折稲光らしきものも見えたが、美餌を
目の前にした悪ガキ達は、それに気を配る余裕が無い。
「もっといじめてやろうぜ、こいつ」
野球帽が環の破れたスカートを爪先で掬い上げ、パンツを完全に剥き出しにした。
むかれた白い太股に軽く蹴りを2,3発入れる。軽い蹴りだったが、苦悶に喘ぐ環には
響くらしく、小さく何度も呻き声をあげている。
「お前ら、こいつの足を持って広げろよ」
野球帽が残虐な考えを面にした表情で残る二人に命令する。ノッポとデブは意味を理解
したらしく、内股で倒れている環の足首をそれぞれ両手で掴んで左右に広げた。
環の白いぱんつが全開になり、無防備な股間が3人の目に晒される。そして広げた
足の間に野球帽が立った。獲物を前に舌なめずりする肉食獣の様な視線で環を見下ろ
している。
「や、やめ……」
環が初めて不安げな声を出した。何をされるか理解したのだろう。だが、それは逆に
3人の嗜虐心を煽るばかりだ。こうしてみると環は可憐な美少女だ。普段の暴れっぷり
とのギャップも、加虐者の愉悦を大きくする。
「へっへっへ……」
下品な表情を見せながら、野球帽は運動靴の足を環の広げられた股間に乗せ、そのまま
無慈悲に踏みにじった。グリッ!と大事な所を踏みつけられた環は悲鳴をあげる。
「うぁあ……!! ああッ!!」
上半身を左右に動かし、髪を振り乱して悶える環のリアクションに悪ガキは興奮し、
更に何度もグリグリと股間を踏みにじった。綿製のぱんつがその動き通りに捩れ、まだ
開花していない割れ目に食い込んで責め苛む。
「やめて……! いや! いや!!」
環は懸命に悪ガキの足を退けようとして両手で掴んで押し戻そうとするが、悪ガキが
少しタイミングを外すと、手が外れ、また元通りに股間を踏まれる。
「うぁ……! あっ……! あっ!!」
その時に小さく蹴られる形になり、蹴りが命中する度に環の上半身は反り返った。
「どうやらココをいじめられるとだいぶ効くようだな……じゃあ、思いっ切り蹴って
やるか。金的蹴り……いや、女だからマン的蹴りだな」
野球帽の下品な表現にノッポとデブもいやらしい笑いで同調する。
その光景を下から見上げて環は観念した。貴明は何とか逃げたようだけど、足を痛めて
いる。大人達を呼んで来るにはまだまだ時間がかかるだろう。多分、自分が助かるには
間に合わない。
ポツン――。
と、水滴が地面に仰向けで寝ている環の頬に掛かった。
(雨――?)
空を見上げるといつの間にか暗雲が垂れ込めている。もうすぐにわか雨が振るかも
しれない。
(びしょ濡れになれば――ごまかせるかも)
酷い目に遭ったのを貴明に見られるのは嫌だった。
(タカ坊が頑張ったからお姉ちゃんは助かったんだよ――)
そう言って誉めてやりたかった。あの子は小さい子達を助ける為になけなしの勇気を
振り絞ったんだから、その気持ちを台無しにしたくない――。
「さぁ……そろそろ止めを刺してやるぜ」
野球帽の声に環は我に返る。いつの間にか悪ガキはスカートを捲り上げ、白いパンツを
丸出しにしていた。その部分を狙って蹴りこむつもりなのだろう。
「やるんなら、さっさとやりなさいよ。このヘンタイ!」
環がキッと下から睨み返した。どんなに不利な状況でもこんなやつらに気後れするつもりは
全く無い。だが、今の状況では、その気概は悪ガキ達を悦ばせるだけかもしれない。
「じゃあやってやらぁ。泣かせてやるからな。後悔するなよッ!!」
(タカ坊……!!)
環はもう何も言わず、ギュッと目を瞑る。衝撃を堪えられるように体に力を込めて相手の
急所攻撃を受ける覚悟をする。それで痛みが軽減する事はあまり無いだろうが。
そして、野球帽が足を振り上げ、そのまま蹴りこむように環の股間を踏もうとした、
その時――!
「うわわわぁああああああああ〜〜〜!!」
雄叫びとも悲鳴ともつかぬ叫び声がその場に響き渡る。
「う、うわっ!?」
「なんだ!? ……ぎゃん!!」
近くの潅木の植え込みの影から貴明が3人の悪ガキに対し闇雲に突っ込んできたのだ。
貴明の決死のタックルを受け、デブとノッポが吹っ飛ばされた。環の両足が自由になる。
「なんだ、てめえ!? 逃げたんじゃなかったのか!!」
大将の野球帽も驚いたがそれが貴明だとわかると逆に怒り心頭になって怒鳴りつけた。
そして迂闊にも環に背を向けてしまう。
「た、タマ姉……! イタッ!」
足を引きずりながらの突貫だったので貴明も苦悶に呻いた。その貴明に野球帽が踊り
かかろうとした瞬間!!
キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン☆!!
実際にそういう音が聞こえたわけではない。……が、男達からすればそんな音が聞こえた
様な気がした。貴明も例外ではない。
(た、タマ姉……)
貴明は喜びと、悪ガキに対する一抹の同情の気持ちが湧いたのを感じた。
そう――環は見事に野球帽の背後から金的蹴りを食らわせていたのだ。今までの仕返しと
ばかりに。その躊躇も容赦もない蹴りを見て、貴明を含めた3人の男の子は竦み上がる。
「自分で食らいなよ、ばぁ〜〜〜か!」
泡を吹いてピクピクと悶絶する野球帽を罵り、環は髪をかき上げた。破れたスカートを
風に靡かせ、ツンと澄まして倒した相手を見下す姿が妙にカッコ良い、と貴明は思った。
* * *
「フフン……キンケリ一発でもう終わり? 男の子って情けないわね〜♪」
環はせせら笑いながら白目をむいて気絶している野球帽の尻に蹴りを入れると、
腰を抜かして倒れているノッポたちの方に歩いていった。
「う、うわ……」
「な、なんだよ……ひっ!」
しゃがみ込んだまま後退りしようとする二人に迫り、ノッポだらしなく広げられた足の
間の地面をドン!と踏みしめる環。無論、パンツは丸見えだろうが構う様子は無い。
「アンタ達もあいつと同じ目に遭ってみる?」
にんまりと微笑む環は悪魔の様に見えただろう。さっきまでの可憐な美少女とは正反対の
変貌振りに今度は二人の上級生が恐懼する。
「た、たすけて……」
ノッポは恐怖のあまりガクガクと震えた。環の足が自分の股間に近寄ってくる。男の急所を
狙っているのが明らかな様子に、ノッポとデブは泣きそうになった。
「たすけて……か。情けない……」
ハァ……と溜め息をつく環。
「アンタ達、ほんっとに弱い子達にしかでかい顔できないのね? さっきまでの調子に
乗った態度はなんだったの?」
情け無さそうに見下ろす環に対し、悪ガキ達は何も言い返せない。
「じゃあ、降参するんだね? これに懲りたら小さい子達に意地悪しないでよ?
今度そんなところを見かけたら……どうなるかわかってるでしょうね!?」
言うや否や、環はデブのこめかみを掴んだ。そのままギリギリと握力で締め上げる。
プロレスのアイアンクローだ。環の必殺技である。
「ひっ……! ぎゃああ……!!」
「う、うわ……」
デブの悲鳴にノッポも腰が抜ける。環のこんな細い腕のどこにそんな力が……?
「わたしの力って非力だと思った? パワーなら勝てるってさっきは言ってたよね?」
デブの顔面を持ち上げて更に捻りこむように押し倒す環。ミシミシと骨が鳴り、デブは
激痛に泣き叫んだ。
「痛い! 痛い! 痛い〜〜!! わ、わかりました〜〜!! 力でも環さんには
勝てません! だから離して……!!」
「いいよ、離してあげる………でも、子供達を苛めた罰は受けなさい……エイヤ!!」
「ぎゃああああああ〜〜……!!!」
みしみしみしみしぃ〜〜〜……!!
環が最後の力を入れてから離すと、デブは崩れるように膝から落ち、そのまま前に
倒れこんだ。その凄惨な光景に一人残されたノッポの顔は恐怖に歪んだ。
環は悪鬼の様な笑みを浮かべると、ゆっくりとノッポに迫り、腰が抜けてだらしなく
開かれた股間を見つめた。
「次はコレをそこに使うかもしれないから。そうなったら男の子廃業だよ♪」
環が指を鳴らしながら舌なめずりするような表情で『睾丸潰し』を予告すると、ノッポは
その場で漏らしてしまった。人間が恐怖のあまり壊れてしまう姿を貴明は始めてみた。
「うっぷ……汚いなァ。……もういいから、さっさとこの二人連れて巣に帰りなよ」
どうやらノッポは後片付けの為に助けておいたらしい。だが、環に対する恐怖は一番
植えつけられただろう。今後、大将の野球帽が逆上して何かを仕掛けようとしても、
こいつが必死で止めるに違いない。
「ひゃ……ひゃい……!!」
半泣きになって環の指示通り、気絶している仲間を引きずって公園の外に連れ出すノッポ。
その姿を見送りながら環は何も言わなかった。心なしか顔が青白く、表情を隠すように
俯いている。
「タマ姉……?」
二人だけになった公園で貴明が不審に思って環に声を掛ける。
「タカ坊……周りに誰もいない?」
俯いたままの環が貴明に問いかけた。何か焦るような口調に感じる。
「うん……あいつらは行ったよ。今は俺とタマ姉だけ。それがどうかしたの?」
「そう……よかった……」
「た、タマ姉……!? あっ!!」
それだけ言うと環は貴明の胸に倒れこんだ。とっさの事で支えきれず、環を抱えた状態で
貴明は尻餅を突く。
「イタタ……。だ、大丈夫!? タマ姉!!」
貴明に抱えられた状態で環は苦悶に喘いでいた。額からは嫌な汗が噴出し、ぐったり
している。下半身は股間に手を挟んで内股になっていた。どうやらソコが痛かったのを
ずっと我慢してたらしい。女の子だって股間は急所。そこを何度も蹴られたり踏まれたり
したのだから当然である。むしろよくここまで我慢が出来たと言うべきか。
「タマ姉、しっかり…………あ……」
先程からポツポツと降ってきた雨は次第に大粒になり、降り方も激しさを増してきた。
「や、やばいよ……これ……」
貴明は咄嗟に雨宿りを出来る場所を探した。円形の多人数が滑れる滑り台が目に入る。
それは複合遊具で、内部は大きな空洞で、コンクリート壁の小さな洞窟状のアドベンチャー
遊具として子供たちがカクレンボしたり出来る場所になっていた。
「と、とりあえず、あそこへ……うっ!」
足が痛む上に自分より大きな環を抱えている。貴明の移動は困難を極めそうだ。
その時、環のリボンが落ちているのを見つける。貴明はそれも拾い、ポケットの中に
入れて環の体を懸命に背負った。
(タマ姉は苦しんで頑張ったんだ。俺だって……!)
そう思い、何とか環を背負う重労働に悲鳴をあげながら、懸命に頑張って空洞に連れ
込む事に成功した。
雨は貴明達が避難を終えるのを待っていたかのように、急に激しさを増していった。
雷鳴が轟き、バケツをひっくり返したような天然のシャワーが公園だけでなく、世界中を
覆ったような気がした。