いろいろあったその翌日。
落ちつきつつあった暑気が、幼馴染の少女の門出を祝福するかのように、ふたたび上昇をはじめた。
開け放たれた窓からきつい陽光のさしこむ、蒸し暑い部屋の隅でひざをかかえる少年。
彼の力ない視線のむこうでは、
ベッドの上にだらしなく寝そべりながら浴衣の胸もとにうちわで風を送る美女と、
部屋の中央で一糸まとわぬ白い身体をさらす眠たげな目の少女が、
まるで何事もなかったかのように淡々と言葉をかわしている。
「萌えとエロの違いについての議論は結局決着をみませんでしたが」
金糸ようになめらかな長い髪を指にからめ、中性的な美貌に艶やかなほほえみを浮かべながら、天使は少女を見やる。
「だから戻って来られたというわけではないですよね?」
幼女と呼ばれてもおかしくないような背丈の死神は首をふり、起伏のない口調で、
「我とそなたがこれ以上話しても詮無いであろう」
それと、と天使はつづけて訊ねる。うちわで部屋の隅をさしながら、
「あれだけ印象的に退場したのに、こんなにあっさりと姿をみせていいんですか。もう彼には二度と会わないのでは?」
「それは早計というものである。あれはそなたが述べていたことを実践しただけだ」
「私が?なにかいいましたっけ?」
死神は小首をかしげて、
「我の自己演出法に関して意見を申しておったであろう。いくらか思うところがあったのでそなたの忠告を受け入れることにしたのだ」
「つまり、建御さんの前で買ってもらった服をぬぎすてたり、別れの挨拶をしたのは演出だったと」
「然りである。迫るばかりが能ではない。男のヤらせてくれるのではないかという期待をさんざ煽った挙句に袖にすることで、
建御のなかに我の肉体を惜しむ気持ちを発生させることが目的であった。昨夜は一晩中、薮蚊にたかられながら橋の下で過ごした。
それもタメをもたせるためである。難儀であった」
天使は優雅に苦笑する。
「いささか効果がありすぎたようですね。昨日から彼はあのままですよ」
死神の茫洋とした視線が、うずくまる少年をとらえる。
「うむ。だがこれは我ひとりのせいばかりではあるまい。そなたや悪魔、それにあそこにいたこの男以外の人間どものせいでもあろう。
それにしても建御がこうまで脆いとは思わなんだが」
「しかたないでしょう。建御さんが聞いたことを考えれば、むしろこれで済んだのは幸いではないですか。
私は彼が発狂でもするんじゃないかとひやひやしてましたよ」
「建御がそなたに襲いかかり、肉体的充足を得ようとこころみるのではないかと期待していたのであろう?
我を相手に底のしれた嘘をついてもお互いにつまらんだろうが」
「心配していたのは事実ですよ。遊び相手がいなくなると、悪魔さんが仕事を終えるまで無為に過ごさなくちゃいけませんからね。
何事ももはや退屈ではありますが、退屈の種類くらいは自分で選びたいところです」
「では我も選ぶとしよう。そなたとの会話はこれで打ち切りたいがどうか?」
「ええ、結構ですとも。私も昼寝に戻ります」
浴衣姿がぱたりとベッドに伏せるのを見返りもせず、死神は建御の目の前に音もなく移動した。
ひざを折り、少年と目線の高さをあわせる。
「そなたには我の声が聴こえているのか?我は帰還してもかまわぬのにわざわざそなたのもとに足を運んだのである。
つまらぬ手間までかけてそなたの肉欲を喚起せんとつとめたのである。多少の反応があってもよいのではないか?」
建御は指のつめを噛みながら、焦点のあわない視線を宙へとさまよわせている。
埃の微粒子が陽光の帯のなかを静かに浮遊するのを、目で追うように。
「この世の真実がそれほどに堪えたか。おのれを市場にひきすえられ潰される家畜どもと同じ存在だと知ってそこまで気を落とすのか。
我は残酷だったか、建御?」
少女の細い指さきが建御の顎をもちあげる。
暗い泉のような瞳が、少年の濁りきった双眸をのぞきこむ。
「そなたが見たもの、聞いたことこそが世界だ。それから目をそむけようが直視しようが、抗おうがあきらめようが、未来を見ようが追憶に浸ろうが、
なにも変わらないし変えられない。なにもだ。
だからそなたがそうして怯えているのも、それで気が済むならそれはそれでいい。
絶望のシステムなど、我や天使や悪魔にとっては全くどうでもいいものだ。
海中の蛸が体色を変えようが、人間どもが地獄の釜の底でのたうちまわろうが、我らの仕事も、そなたらの役割も寸毫も揺るがない。
世界のことわりの内側で、人間風情がどのように騒ごうと、それは予定調和の茶番劇だからな」
建御はなにもいわない。もちろん、彼が口を開こうが閉じようが死神にとってはどちらでもいいことだ。
だが、少女はなおも言葉をつむぐ。少年のこころに織り込むように。
「建御よ。そなたには恩がないでもない。正確にいえばそなたの親の出資によるわけだが、あのごちゃごちゃした布切れを我にまとわせてくれたな?」
死神は立ち上がり、建御のひたいに労わるようにそっと指をあてる。
「絶望のシステムは我らに関わりなしとさきほど我は口にした。しかし考えてみればそうとも言い切れぬ。人のこころが絶望であふれれば、
現在のような人間の安定供給は行われなくなるかもしれん。ヒトの生殖とは未来への希望をはらもうとする行為だからな。
希望絶望いずれも幻想に過ぎぬとはいえ、前者が人間の繁殖をうながし後者が阻害するなら、我としても職務上の関心を寄せざるを得ない」
死神の舌っ足らずな能弁はそこで途切れた。
つづけることができなかった。
紺地に紫陽花の図柄をあしらったすずしげな浴衣。
それをゆったりと纏う女が、少女に覆いかぶさっていた。
静かに死神の脇に立った天使が、死神のちいさな頬を両の手のひらに挟みこみ、親鳥が雛にエサをあたえる体勢で、
少女の言葉を吸いとっていた。
死神が抵抗しないのを感じると、天使はより深いくちづけを求めて、少女の唇を割ろうとする。
長身にひかれ、死神は爪先立ちになった。
天使は腕のなかに少女を抱き寄せ、少女の口腔へ侵入するために、かたちのいい歯列を、その根を舌でなぞり、わずかな隙をつくろうとする。
だが天使の情熱的な愛撫は、死神のひややかな態度を崩せない。
眉をそばだてることすらない無感動な表情のまま、死神はするりと拘束から逃れた。
「我は建御に話しかけている途中である。どういう意図をもって邪魔だてするのか」
天使は失われた温もりを惜しむように、少女を捕らえていた腕をみつめてから、
「すみません。邪魔するつもりはなかったんですよ。ただね、建御さんに語りかけるあなたの横顔があまりに可愛かったので、つい」
「つい我に欲情したか。しかしそなたは女性体である。我に牡の汁を浴びせることはできぬであろう。そなたが男性体であれば、
粘膜による接触を行うのも一興であったかもしれんが」
「牡なんてつまらないものですよ?基本的に摩擦と排泄にしか興味がないですからね。特に建御さんくらいの年頃なら、立てて入れて出して終わりです。
蟻の巣穴に棒切れをつっこむアリクイでも、もう少し繊細でしょう。そのくせ自信をなくさないようアフターケアをしてあげるのは女性の役なんですからね。
面倒ばかりです。私は死神さんにはもっと素晴らしい初体験をもってもらいたいですね」
「遠慮しておこう。そなたの提案は初期の命題に反するからである」
「そうですか」
天使は絹のように柔らかくほほえむと、避ける間を与えずに死神の細腕をつかんだ。
「それじゃあ、やっぱりこうするしかないんでしょうね。あなたが悪いんですよ?死神さん」
ふたたび死神のうすい唇を奪うと、天使はそのまま少女をベッドに押し倒した。
大人の力に組み敷かれ少女はうごけない。
それでも死神が表情に怯えを浮かべることはなく、天使の長髪が垂れかかってくるのを鬱陶しげによけようとするだけである。
その様がか弱い抵抗にでも見えたのか、少女を見おろしながら、天使は口もとをほころばせる。
「本当に……鎌をもたない死神なんて、ぜんぜん怖くない」
「鎌?あれはただの飾りだ。そなたが知らぬわけもあるまい」
「承知していますとも。私がいいたかったことはね、死神さん。あなたがとても非力だということですよ。武器をもたない事の確認は、
それを強調するための方法です」
天使は死神のなめらかな首筋に口をつけ、鎖骨のくぼみまで軽やかになぞる。
皮膚をつたうくすぐったいような感覚に少女はすこし顔をしかめる。
「あなたには絶対後悔させませんよ。永遠に忘れられない一夜をともに過ごしましょう」
「まだ昼である」
獰猛な笑みが天使の美貌を翳らす。
「いつか陽は沈みます。それまでじゃれあいながら待ちましょう」
「我の諾否に関わらず、か」
「私の指にあわせてあなたの可愛らしい喉がどれだけいい音色を響かせるか、今の私はためしてみたくてしかたないのです。
ええそうです。これからじっくりと、あなたにはご自分の身体のあたらしい使い方を教えてさしあげますよ」
天使の楽しげな様子を、喋るタワシを見るような目で眺めていた死神は、
「いかにも自己陶酔的な世迷言であるな。むつみあう者の言葉とは総じてそのようなものであるのか?」
「即物的であるばかりが良いわけではありませんよ。大胆な表現は薬味として使うにとどめるのがいいのです」
「これがそなた好みの演出であるか」
「そうです」
「そうか」
「あなたが悪いんですよ死神さん。あなたが建御さんに語りかけるあのどこか切なげな表情、そして声音にふくまれる微量の潤い。
あんなものを見せられたらね。意外性の演出としては非常によくできていましたよ。効果のあった相手は別ですが」
天使は嘲るように笑う。
「気付いていますか?あれではまるで――」
瞬間、ニヤつく天使の腕の下から、死神の身体が空気のように消える。
どのような体捌きがそれを可能にしたのか天使にはわからない。
わからないままにふたりの体勢は入れ替わっていた。
気がつくと、死神が、仰向けにされあっけにとられている天使を、無表情のまま見下ろしていた。
「……気分が変わった。そなたのやり方を試行してみるのも悪くないかもしれぬ」
死神は天使の腰のうえに馬乗りになると、浴衣のあわせに繊手をさしいれた。
布地を押し上げる豊かなふくらみが、少女の銀杏のような可憐な手のひらに包まれる。
死神は揉みほぐすように、ゆっくり力をこめる。天使はヒクリと身体をふるわせた。
もともとだらしなくひらいていた胸もとが、少女の手のうごきにあわせてさらに乱れる。
「なかなかいい反応だな、天使」
死神の言葉にふくまれた毒に、天使の肌がかすかに紅潮する。
予定と異なる展開に戸惑っているのか、顔から笑みが消えた。
天使は逃れようとするかのように身をよじり、
「……死神さんが攻めですか?初めての時は、経験者がリードした方が……」
「別にかまうまい。もしも我の手際が悪ければ改めてそなたが主導すればよいまでのこと」
死神は浴衣のしたをまさぐりながら、ついさっきされたことをなぞるように、天使の青白い肌に唇をあてた。
肩先を起点にして、鎖骨を経由し、首筋をのぼって、天使のふくよかな唇に到達する。
ところどころで少女の歯がつけた薄赤いしるしと、唾液のあとを残しながら。
「ええ……っと、し、に……がみ、さんは……初めて、なん……ですよ、ね?」
「そなたの判断をいつ我が肯定したのか?」
少女は荒々しく天使の口をふさぐと、無防備な口内に舌をいれた。
内壁をなぞり、奥に隠れようとする天使の舌をなんなくからめとり、逃げようとしても追いすがり、
抵抗の意思を失うまでもてあそぶ。
唾液が泉のように湧く。天使がむせないように、死神はそれを汲み出しては飲み下した。
少女の喉の鳴る音が天使の耳を犯し、その麗貌を飾る驕慢な笑みにわずかなおびえの色を生じさせる。
長いながい口づけを、死神は唐突に切り上げた。
ふたりの唇のあいだに不透明なつりばしがかかる。
「ふぁ……ひう……」
目を閉じ、荒い息をつく天使を無視して、死神は浴衣の帯に手をかける。
「いや、すべては脱がさぬほうが良いか。その方がそなたも蹂躙される悦びをより満喫できるであろう?」
死神は天使の肩に手を置き、布地をつかむ。
そのまま腕を乱暴におろす。
天使の絹のような肌が、きれいに剥き出しにされる。
かたちの崩れない双のふくらみが、乱れる吐息にあわせてかすかに揺れる。
「そなたはどこを責められると嬉しいのだ?そなたの協力があれば、円滑に作業を進められる」
「……こうた、い……しませ……んか」
未だ状況が把握できていない阿呆を見下すように、死神は言った。
「むむ。どこやら手落ちでもあったか。だからそなたの助言が要るというのだ」
「……くあっ」
乳房の先端が、死神の口中でねぶられる。
堪えきれず天使から呻きが漏れるまで幾度も甘噛みをくりかえし、唇のあいだで挟んでころがす。
口を離すと、視線を逸らそうとする天使を見上げ、小馬鹿にしたように言う。
「経験豊富な、そなたのな」
片手におさまらない豊かなふくらみを、無心にこねまわしながら、嘲意をこめて少女は語る。
「天使よ。そなたの戯れ言を聴きながら、我はふと思い出したぞ。幾歳昔の事かは忘れたが、悪魔の獄舎に囚われた、間の抜けた天使がいたという話を」
「……」
天使の身体がほんの僅かな時間、硬直した。
気づく者などいないはずの、瞬きするほどの間。
死神は無表情に語りつづける。
「どれだけの時をその場で過ごしたのかは知らぬが、さぞや難儀であったろうな。
悪魔たちはそなたらや我らと同様、拷問と陵辱を悪くない退屈しのぎだと考えているゆえ」
「あ……う……あ」
天使の下腹部へ、ちいさな手のひらが優しく肌を撫でながらおりていく。
脇腹のひきしまったラインを、くすぐるようになぞる。
「どのように凝った手口を用いたものだろう。その辺における悪魔どもの発明の才はきわだっているからな。湿った暗い部屋のなかで、
休む間もなく欲望の限りを尽くしたり尽くされたりしたのであろうな」
「くっ……あぁ」
指が締められたままの帯を跨ぎ越し、なおも下る。
同時に死神の腿が、ゆるく閉じられていた天使の両脚を割ってさしこまれる。
抵抗はなかった。
「気の狂うほどの悦楽。是非にも我も味わってみたいものである。その者のよろこびの深さは如何ばかりであったろう。なあ、天使」
少女の膝が、浴衣の合わせ目を徐々に広げながら、脚の付け根をさぐる。
肉づきのいい脚が、ふくらはぎ、膝、腿と、幕があげられたように観察者の前に晒される。
死神の小さな膝頭が、天使の愛撫にあわせてゆるやかにくつろぎはじめた部分に辿りつくと、金色の下草に包まれたそのかたちをなぞるように、柔らかく撫
でさするように、ゆっくりとうごく。
「抗いの言葉をふみにじられ、男たちのものを含まされたのであろうな?濁った液をどれだけ飲み込まされたことか」
「ひぅ」
「この場所にも」
死神の冷えた指のさきが膝の代わりにあてられる。
周辺を、立てた指さきが気ままにスキップし、敏感な箇所に氷をあてられたような感触に天使は呻く。
「おそらく濃くて熱いものがたっぷりと注がれたのであろう。内も外もどろどろに汚されて、さぞや壮観だったであろうな」
「……ぁ」
「彼奴らは」
天使は両腿を閉じて抵抗しようとするが、死神は難なく侵入する。
天使の、もっとも秘められた入り口から、潤いを帯び始めた、体内へと。
「雌犬を調教する」
二本の指を、貪るように乱暴にかきまわした。
それまでの、どちらかといえば相手の身体をおもんばかっていたように見えた行為が、一転して暴力の気配をはらむ。
指が、締め付けてくる肉の抵抗を打ち壊そうとするように曲げられ、天使はのけぞる。
「方法を」
死神が内壁を指の腹でこする。爪がひっかかっても気にせずに。
みじかく悲鳴をあげ、背中をそらせながら、天使は両手で死神を阻止しようとするが、手の甲で軽く払われる。
そのまま、少女はなんら配慮をふくまない無造作な態度で、尖りきっていた芽を歯で摘んだ。
「……いっ!」
「熟知しているのだ」
ほらそれでもそなたはあふれるのだから、と死神は指を引き抜き、てらてらと輝くその証拠を、天使の腹にぬりたくる。
「そなたは淫らだ、天使」
部屋を満たす弾けるような少女の笑い声。
天使は呆然とその様を見つめ、自分の身体が、主の意思に反して、少女に屈服しようとしている事に気づかされる。
呼吸の乱れはもはやとまらない。
「うああっうあああああああああ」
支配されている。あの時と同じように。湿った暗い部屋。男の匂い。暴力の記憶。
死神のしたで一際激しく身体を震わせ、そして天使は征服された。
少女はあえぐ雌犬の耳に舌をさしこみながら、ささやく。
「まだ終わりではない。夜の帳も下りていないのだから。さきは長いぞ、天使よ」
「ひあっ……くぁ……もう……も……う……やめ……あ!ああうっ」
喘ぎは死神の指が塞ぎ、言葉はふたたびむしりとられた。
払暁。
「天使がたわけた事を口にしたせいで、いささかムキになってしまったようである。我はもう去る。その前に」
死神は建御に穏やかに語りかけていた。
少年は座ったまま眠っている。
「そなたに、一度だけ肩入れしよう。たとえそれが幻であろうとも、そなたは希望を必要とするようだから。
本当は我を陵辱させてやろうかとも思っていたのだが、残念ながらそなたは好機を逸したぞ」
死神は身をかがめ、建御のひたいに顔を近寄せ――接吻した。
短い間。少年から離れると、少女はつぶやく。
「これによりそなたのこころは儚い拠り所を得るだろう。この行為がそなたの絶望を引き伸ばしただけではない事を、せめて祈ろう」
それ以上一瞥もせずに踵を返すと、部屋のドアに向かい、ノブに両手をかけ、腰を引きひっぱる。
「……たしかに、我は何故このような事をしたのであろうな。酔狂である。そうだな、建御、もしもこのさき、
またぞろそなたと相まみえる機会があったなら、その時にはそなたが萌え狂うような答えでも用意しておこうか」
あいた隙間から廊下に出ると、肩でドアを押して閉じた。
そして死神はその部屋と世界から多分、退場した。
こうして四日目が終わり、死神の退場ではじまった五日目も無為に過ぎた。
六日目、建御は天使とともに旅に出る事を決める。
「行くぞ、クソ天使。いやでもお前には役に立ってもらうぜ」
「すっかり元気になってしまいましたね。まあ意気消沈しているあなたも退屈ですが」
「悩んでいても仕方ないからな。とりあえず、カミナを連れ戻す。悪魔の相手はお前がしてくれ」
「そう都合よくいきますかね」
「いかせるのさ」
自身の胸を満たす不思議な高揚感に若干の違和感をおぼえつつ、建御は断言する。
過去二日間の記憶が曖昧である事に疑問を感じながら、天使は裏に悪意をひそめたほほえみを返す。
まずは旧友に別れを告げるため、ふたりは歩き出す。
七日目以降の物語は未だ書かれていない。