いつの頃からかは覚えていない。それくらい自然に彼女は私の心の中に入り込んできた。
市原琴音―がさつで、騒々しくて、成績は下から数えたほうが早い問題児。
それでいて気さくで人懐っこいからクラスでは女子にも男子にも好かれていた(恋愛対象
ではなかったようだが)。
初めて会ったときの会話は今でも鮮明に思い出せる。
「おはよー!わたし市原琴音。琴音って呼んでね。いやー、今日は本当にいい天気だね!
私達の中学校生活の始まりにふさわしい日だよ。もう昨日はどきどきして眠れなかった
んだ。あなたは?あ、そーいえば名前、聞いてなかったね。あなたの名前は?」
「・・・青山薫。」
「うんうん、青山薫さんね。ねえ、薫は眠れた?」
「・・・は?」
「やっぱり眠れなかったんだ。そうだよねー、わくわくするよね。なんか遠足の前の日って感じ?」
「・・・何が?」
「入学式で居眠りしないようにお互い気をつけようねっ」
第一印象は最悪に近かった。この会話で好印象を抱ける人がいるなら紹介してほしい。
ただ、彼女に少しばかり興味がわいたのも事実だ。自慢じゃないが、私は愛想がいいほうではない。不機嫌なときは両親でさえ話しかけてこない。
それなのに琴音は不機嫌モード全開の私に、最後まで笑顔で話していた。その笑顔がまぶしかった。
私には笑いながら気軽に話し合える友達なんていなかったから。
私にとって他人は自分のための駒でしかなかったから。
私に利益の無い人間にはまったく興味がなかったはずなのに。
入学式の間、私の隣で大口あけて居眠りしている琴音から、何故か目が離せなかった。
琴音とは中学校三年間同じクラスだった。入学式の後も琴音はなれなれしく話しかけてきた。私が冷たく拒絶しても、次の日には平気で私のところに来る。
うざったい。最初のうちはそうとしか思えなかったはずの琴音。それなのに。
「おはよー、薫。昨日のドラマさぁ・・・」
朝の他愛ない会話に始まり。
「今日いい天気だから屋上で食べよっか。」
お弁当を一緒に食べて。
「新しいクレープのお店できたんだって。寄っていこう!」
一緒に帰って。
気がつけばいつも一緒にいるようになった。薫、と呼び捨てにされるのも、もう気にならない。
楽しかった。初めてできた友達。いや、私の親友。このままずっとそばにいてほしい。
こんな気持ちになったことはなかった。ちょっと戸惑ったけれど。けして不快ではなかった。
むしろドキドキして、その高揚感が心地良い。私はこのとき浮かれていた。
だから気付けなかったのだ、遠くない未来に必ず訪れる最悪の事態を・・・。