森の中に佇む一件の家。わずかに開いた窓の隙間から日の光が差し込むが、部屋の中は薄暗い。微か  
 
に布の擦れる音と、人の喘ぎ声が聞こえる。  
「あっ……ク・オルティス……!」  
「アイリ……挿れるぞ」  
 どうやら閨事の真っ最中らしい。と、そこに。  
「やあ、アイリ! 猪の干肉をおくれ!」  
 威勢よく窓から顔を覗かせた小さな妖精に、アイリは危うく悲鳴を上げそうになった。  
(ファージルロッド!?)  
 
 
 
 ここはノーマ・カーの森。ゼリクの最後の末裔と妖精たちが静かに共存する、国王の領地である。  
 ク・オルティスがこの地に代官として新しく就任したのは数年前のこと。夜明けの空のような赤毛と  
 
凛々しい容姿、武道大会では連戦連勝と名高い騎士だが、アイリの家の前でぐるぐる歩き回り、扉を叩  
 
こうとしては迷う姿はとてもそうとは思えない。  
「もう一回練習しておこう……久しぶりだなアイリ、いや、五日前に来たばかりだが……えー、今日は  
 
大事な話がある。わたしと……け、けっ、けっこ」  
「ク・オルティスさま」  
「うわっ!」  
 いきなり後ろから声をかけられて挙動不審になりながら振り返る。そこには、ローグの称号を持つ薬  
 
師であり、この森にたった一人で住んでいるアイリがいた。かつて亡き兄の代わりに男装し、ゼリクの  
 
血に縛り付けられていた彼女であったが、今はその運命から解放され、すっかり女性らしい装いをして  
 
いる。  
 繊細な顔立ちと腰まで届くたっぷりとした栗色の髪。それは以前魔導士サイが魔法で変えた彼女の姿  
 
そのままだったが、その瞳だけは違う。何かに怯えるようだった伏し目がちから、まっすぐ前を向く明  
 
るい榛色になっていた。  
「すみません留守にしていて。薬草を取りに行ってたんです。お待たせしてしまいましたか?」  
 そう言う彼女の腕の中には、薬草でいっぱいのカゴが。  
 まさか一時間近くプロポーズの練習をしていたなどとは言えない。  
「いや、さっき来たばかりだ」  
「よかった。どうぞお入りになってください。あ、」  
 
すっ、と彼女の白い手が伸ばされ、騎士の肩に触れる。  
 微かに、甘い香りがした。  
「葉っぱ。ついてました」  
 アイリが木の葉をかざして微笑む。  
 その瞬間。ク・オルティスは何かに突き動かされるように、アイリをかき抱いていた。  
「えっ!? あ、あの……」  
 赤くなって慌てるアイリ。それに構わず、抱きしめる彼女の髪に顔を埋め、甘い匂いを胸いっぱいに  
 
吸いこむ。  
ク・オルティスは会ったばかりの頃のアイリを思い出していた。「アイン」と名乗り、借り物の人生を  
 
生きていたアイリ。一度はその手を離してしまったアイリ。自分のこともク・オルティスのことも忘れ  
 
てしまったアイリ。  
 あの頃の彼女はこんな風に屈託なく笑い、彼に触れることなどなかった。そう思うと、アイリへの愛  
 
しさが溢れだしてしまったのだ。  
 もう二度と離したくない。  
 ク・オルティスは腕をほどくと、頬を染めて目を見開いている彼女の両手をとった。そのまま静かに  
 
跪く。目をそらさず、神聖な気持ちで告げた。  
「アイリ、愛している。わたしと結婚して下さい」  
 
 アイリは目が熱くなり、涙が流れるのを止めることができなかった。  
「っ!? ア、アイリ、今すぐにというわけではないんだ。お前が望むなら何年でも待つし、森から離  
 
れたくなければ、ここでわたしも一緒に住む。館へはたまに帰ればいいし、誰にも反対させない」  
 アイリの涙をどう受け取ったのか、立ち上がったク・オルティスは必死に言葉を尽くす。  
「だから……どうか、拒まないでくれ」  
 その顔はまるで迷子になった子どものようだ。そう思ったアイリはくすりと笑って、はらはらとこぼ  
 
れる涙を拭う。  
「ク・オルティスさま、わたしは悲しくて泣いているのではありません。嬉しくて、幸せすぎて泣いて  
 
いるのです」  
 惹かれてはいけないと思いながらも、恋焦がれずにはいられなかった。泡が消えるほどの時間でも一  
 
人の少女として彼と向き合いたかった。騙している苦しみに、胸が張り裂けそうだった。  
「お受けします、ク・オルティスさま……ああ、これが夢なら覚めないで……」  
 ク・オルティスはこの世で一番美しいものを見るような顔になり、そして喜びを表すため、もう一度  
 
彼女を抱きしめた。  
 
 二人は抱きしめ合い、唇を重ね、もつれ合いながら家に入った。  
 ク・オルティスはアイリの顔を手で挟み、角度を変えて何度もキスをする。最初はついばむように。  
「っ……ん……!」  
 キスは徐々に激しくなり、濃厚なものに変わっていく。舌の表面が擦れ合う刺激に、アイリは思わず腰を震わせた。  
 ク・オルティスは怯えて逃げようとする舌を自分のそれに絡ませ、最高にいい夢でも見ているかのように目を閉じている。  
少しばかり直情径行なのが欠点のこの騎士は、己の欲望にも素直なようだ。貪るようなキスに苦しくなったアイリが顔を逸らそうとするのを許さない。  
「……はぁっ!」  
 ようやく唇が離れた時はアイリは顔を真っ赤にして肩で息をしていた。  
「もう……止めてください、ク・オルティスさま」  
「”ク・オルティス“だよアイリ。”さま“はいらない」  
 唇を尖らせるアイリの頬を撫で、もうお前は私の将来の妻なのだからと囁く。  
「アイリ、お前はこれが夢なら覚めるなと言ったね。  
これは夢じゃない。わたしはその証を、お前と確かめ合いたい。お互いの温もりを」  
 その意味するところを悟り、アイリはこれ以上ないくらいに顔に血を上らせる。耳も首も真っ赤だ。  
 けれど、はい、と蚊の鳴くような声で返答した。  
 
 ベッドがゆっくりと二人の重みを受け止める。アイリはそれだけで目眩を起こしたような気がした。  
ク・オルティスは逃げ腰のアイリを安心させようとキスを繰り返す。唇、頬、首、と場所を変えてくち  
 
づけながら服を脱がす。  
 アイリも恐る恐るク・オルティスの服に手をかける。  
 シュッとベルトの擦れる音がやけに大きく響いた。  
 
互いの唇から甘い吐息と濡れた音が響く。裸の体を絡み合わせ、ク・オルティスはアイリの肌を余すところなく愛撫した。  
小ぶりだが形のいい胸を掌でそっと包み込む。こねるように揉みしだくと、アイリは小さく喘いだ。  
 「ぁ……んんっ…っ」  
 あまり変な声は出したくないと、唇を噛むアイリの腰がぴくんと跳ねた。  
緊張と羞恥で熱くなった肌は、しっとり汗ばんでク・オルティスの掌を吸い寄せる。  
 この色付きと湿り気を緊張ではなく快感からくるものにしたいと、ク・オルティスの手は遠慮を捨てる。  
 すっかり硬くなった乳首を指の腹で捏ね、反対の手は脇腹を辿って下肢に届く。  
「あ! だめっ……ンッ!」  
「声を抑えるなアイリ。お前の可愛い声を聞かせてくれ」  
 こう言って、口を覆うアイリの手をつかんで除けた。  
 潤んできている瞳が心細気にク・オルティスを見つめる。自分の手によって官能的な声が引き出される。  
愛撫する側にとって嬉しいことこの上ない。  
「これの置き場はこっちだろう?」  
 アイリの腕が誘導されてク・オルティスの首の後ろに回される。アイリは救助された遭難者のようにしがみついた。  
 
「これを使えばいいんだな?」  
「は、はい……沢山……使ってください」  
 ベッドサイドに置いた小瓶を手に取るク・オルティスに、消え入りそうな声でアイリが答える。  
それはアイリが作った肌荒れを予防する軟膏で、まさかこんなことに使うなんてと目が泳いでしまう。  
 すでにそこは潤っていたが、初めてのアイリになるべく負担をかけさせまいと、ク・オルティスは丹念に秘所に軟膏を塗りこむ。  
指が襞をかき分けゆっくり抜き差しされる。中は温かく柔らかいが、それ以上にきつく狭かった。  
 慎重に、慎重に。  
 ク・オルティスは逸る心を抑えて自分に言い聞かせる。  
アイリを傷つけることは絶対に避けなければならないからだ。   
「ふっ……あ……ク・オルティス……さ、ま」  
「”さま”はなしと言っただろう?」  
 鼻先にちょこんとキスされ、アイリはくすりと笑って言い直した。  
 
「……もう、大丈夫ですっ、から……っ」  
 指の挿入は最初こそきつかったものの、ク・オルティスの献身的な愛撫によって二人が結ばれる所はすっかり解されていた。  
違和感のかわりに痒いような、もどかしい気持ちになって、アイリはク・オルティスを求める言葉を口走る。  
我慢の限界に来ていたク・オルティスもそれに応えた。  
「あっ……ク・オルティス……!」  
「アイリ……挿れるぞ」  
 
 その時。  
「やあ、アイリ! 猪の干肉をおくれ!」  
 ファージルロッドの無遠慮な登場にアイリは目を見張る。が、かろうじて悲鳴は飲み込んだ。  
 森の妖精たちはク・オルティスのような普通の人間には見えないのだ。  
このいたずら好きの妖精が騒ぎをおこしてク・オルティスに気付かれる前に出ていってもらおうと、アイリは今までの甘い気分も忘れて言った。  
「い、今はダメ。少し待ってちょうだい」  
「えっ? さっきわたしが欲しいと言ってくれただろう?」  
 それを自分に言われたものと捉えたク・オルティス。怪訝な顔でアイリを見つめる。  
「いえ、そうじゃないんです!」  
「では、いいな」  
 慌てて否定するアイリに、ク・オルティスは腰を進めようとする。  
「ダメっ」  
 ファージルロッドにク・オルティスとの睦み合いを見られたアイリはどうしていいかわからなくなってしまった。  
混乱して涙が溢れてくる。  
「その子を苛めるんじゃない、モースの騎士。おいらがちゃんと見えてるだろう」  
 と、ファージルロッドの言葉に、アイリは固まる。  
「……!?」  
「はは。悪かった」  
 実は、ク・オルティスは魔導士がアイリと彼を引き合わせた時から、妖精が見えるようになっていたのだった。  
それをアイリが知らないのをいいことに、下手な芝居をうったのだ。いささか度が過ぎる冗談だった。  
呆然とするアイリと苦笑いするク・オルティス。二人を後に、ファージルロッドは邪魔したな、と消えてしまった。  
 
 
 その後。  
 生まれて初めて女性に引っぱたかれるという経験をしたク・オルティスは、くっきり手形のついた顔  
 
を散々従者のキサルにからかわれた。  
 それはアイリが「モースの奥方」と呼ばれるようになってからも続いたという。  
 
 
 

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