白く弱い照明の光や、コンピュータの稼動音で、  
段々意識が戻ってくるのがわかった。  
「おはよう、いや、おかえりかな、マミヤ・チアキくん…いえ…」  
 
徐々に目を開けると、自分を見下ろす細身の女性のシルエットがぼんやりと現れる。  
千昭は、がばっ、と急に起き上がる。  
 
短く切りそろえられた栗色の髪。そしてそれと同じ色の瞳。  
ほとんど真っ白といっていいほどの肌。折れそうなほどの細い身体。  
体力も落ち、色素も薄くなってしまったこの時代の人間の典型的な姿だった。  
白く光沢のあるワンピース。くびれたウェストが目立つ。  
 
「う…あぁ…」  
「そう、m7325くん、この時代に…おかえりなさい」  
そう言うと彼女は席に戻り、青く光るモニタを見つめる。  
 
「ああ…うぅ…」  
頭を抱える千昭――この時代ではm7325と呼ばれているが――は、  
2006年の出来事と何度ものタイムリープで疲れきっていた。  
体力も消耗していれば、記憶の整理もできない。  
 
ショートカットの女性…f5226はそんな千昭に気づくと、また彼の元に近づく。  
「ふむ…もう少しお休みなさいな」  
無表情で緑色に発光するペンのようなものを彼の額にかざすと、  
千昭はまた意識を失い、深い眠りについた。  
 
数分後。  
ポーンとチャイムが鳴りひびき、2層構造のこの部屋の上部の扉が開く。  
同じように白い肌をした、初老の男性が入ってきた。  
「f5226、試験はうまくいったかね」  
 
「問題ありませんわ所長。ただ――」  
 
「なんだね」  
 
「m7325ことマミヤチアキの記憶整理を試みているのですが、  
彼自身がどうやらそれを拒んでいるような状態でして」  
 
「行き先…今回は2006年だったか…の記憶が消せないと?」  
 
「そうなんです…彼と、彼の持って行った装置によるタイムリープと  
その結果は全てモニターしていますが…私にはわかりませんが  
彼にとっては深く心に刻まれた事ばかりなのかもしれません」  
 
「そうか。とりあえずモニター結果の分析を続けてくれ」  
チャイムの音と共に所長は部屋を出て行った。  
 
「何がそんなに良かったっていうのよ…あんな野蛮な時代の」  
「戦争とか…凶悪犯罪…信じられない」  
 
f5226は、ぶつぶつと文句を言いながらキーボードを叩いていく。  
千昭の、真琴の、タイムリープが時系列で表示されていく。  
 
「この女の子…派手にやってくれるわねぇ…まぁ未来に対する  
悪影響は無いみたいだから良いようなものの」  
画面には飛び跳ね、転げまわる真琴が映し出されていた。  
 
また、千昭がキャッチボールをする姿も映し出される。  
色素レベルも体力も2006年の人間に比べて遜色ない千昭は、  
タイムリープの被験者として選ばれたが、それにしても  
生き生きと動き回る彼の様子に、f5226は目を奪われた。  
 
「次 なにか変わった記憶は?」  
コンピュータがf5226の音声を認識した。  
とある女性が映し出される。データベースが反応した。  
「わー、偶然ってあるもんね…1980年代後半、m2352が接触した女性だわ」  
 
画面には、にこやかに千昭に話しかける芳山和子が映し出されていた。  
 
しばらく画面を見つめるf5226。  
「ちょっ… これ 接触規定違反でしょう?」  
ソファでぴったりとくっついて座る千昭と和子。そしてキス。  
それどころか抱き合ったかと思えば衣服を脱ぎだす和子。  
お互いの身体を求め合う二人が、青いモニタに淡々と映し出されていた。  
「ちょ…こんなの…こんなのって…」  
 
顔を真っ赤にしながらも、f5226はそれから目を離せずにいた。  
千昭の肉棒をほおばり、吸いたてる和子。  
ごくん、と、喉が動く。  
 
画面の中の2人は切ない表情を浮かべながら身体を重ねていた。  
再生スピードを上げても、なかなか終わる気配がない。  
f5226は次第に体の芯が火照るような感覚に襲われた。  
「これが…せっ…くす…」  
 
この時代では、とうにそのような慣習は無くなっている。  
人間の生殖能力自体が低下したせいもあり、双方のDNAからシミュレートした  
クローンのようなものが子供として提供されるのみであった。  
 
ぽん  
 
f5226の肩に、ふいに誰かの手が乗せられる。  
「ひっ?!」  
がたたん!  
画面の中での行為に目を奪われていた彼女は、突然の事に  
驚いて椅子から落っこちてしまった。  
 
「そんなに驚く事はないでしょ」  
千昭…いや、m7325だった。先ほど眠らせたばかりなのに、もしかして  
ずっと後ろで見られていたのだろうか?  
 
手を差し出す千昭。  
その手につかまることなく立ち上がるf5226。  
どういうわけか、恥ずかしくて彼の顔を見ることができない。  
「あれは明らかに接触規定違反よ…所長に報告すれば、あなたは罰を受けるわ」  
 
「そうかもしれないけど、あの時代の人間は普通にやってることさ」  
「だからって…」  
「だから、あれが自然なんだよ」  
「そう…だけど…」  
彼女がうつむくと、綺麗な前髪がさらりと垂れて表情を隠した。  
 
千昭がやさしくf5226の手を取る。  
「大丈夫、君だってあの頃に一度行ったことがあるんだろう?  
ってことは、基準値より体力レベルもある、その他の能力もね」  
 
「あたたかいのね…あなたの手…この時代の人たちって、みんな  
ひんやりしてるから…」  
「君の手だって、あたたかいよ、サトミさん」  
「それは過去に行くときの名前…今はf5226…」  
 
タイムリープを使って上手く歴史を変え、もはや崩壊寸前の  
この世界を救おうというのがこの研究所の任務だった。  
そのために集められた数少ないタイムリープ適合者のうちの、若い2人。  
お互いに、不安感や重圧、寂しさというものはあった。  
 
「わたし、恐いの…やっていけるかどうか」  
そういうと、サトミは千昭にすがりついて、泣いた。  
折れてしまいそうに細い身体を、やさしく受け止める千昭。  
 
タイムリープ用のベッドに腰掛けて、二人はしばらく抱き合った。  
お互いの匂いが、心臓の鼓動が、抑えられない衝動を生み出す。  
 
ちゅ  
 
サトミは、モニタの中で和子がやっていたように、千昭の頬に  
キスをした。  
「わ…」  
「ふふ、また驚いてる」  
 
ちゅー  
 
唇に、今度はもっと、長いキス。  
モニタの青い光が映り込んだサトミの瞳を、千昭は心底きれいだ、と思った。  
 
「少し、こうやってていいかな、千昭くん」  
頷く千昭。  
 
モニタの光の中で、一つのシルエットとなる二人。  
 
「あったかい…」  
一筋の涙がサトミの頬を伝う。  
 
それを見た千昭は、和子が自分の胸の中で流した涙を思い出した。  
真琴や功介や、学校の後輩達の笑顔や涙も。  
自分の正体が真琴にばれてしまった以上、もうあの時代で彼らに  
会うことはできないのだ…そう思うと、自分も涙が出てきた。  
 
二人は、お互いの涙を指先でぬぐい。お互い泣いている事に  
少し可笑しくなり、向かい合ったまま、少し笑った。  
 
その時、アラート音とともに、モニターのグラフの曲線にねじれが生じた。  
それは千昭が過去に行ったことが原因で、未来に影響が出たということを  
表していた。  
 
我に返った二人にも、新たな記憶が発生する。  
 
「わ、私は分析に戻るね…」  
サトミことf5226は、そう言って静かに席に戻った。  
 
「俺は…行く所が…出来た」  
千昭も立ち上がる。  
「うん、行くといいよ。きっと、いいことが待ってる」  
 
二人は明らかな笑顔で見つめあった。  
 
千昭はこの人もまばらな白い未来都市の中を「ライブラリ」と呼ばれる施設へ向っていた。  
ただひたすらに走って。  
 
歴史に変化が生じた今、「ライブラリ」の収蔵品にも、ある変化があるはずだと。  
千昭は自分の直感を信じた。  
 
白い巨大な円筒形の建物。  
広大な内部は、目的の場所へ移動するのにも時間がかかる。  
走る千昭の足音だけが響いていた。  
 
絵画展示スペース。  
千昭はある確信を持ってそこに入った。  
 
「あった―」  
 
白梅ニ椿菊図、と呼ばれる絵画。  
 
ついにこの絵が、自分の前に現れた。  
思わず額にしがみつき、絵を見つめる。  
 
「ビーッ」  
「収蔵品に触れないで下さい」  
無機質な合成音声とアラートが鳴り響くが、千昭の耳には入らない。  
 
ぱたっ。  
1枚のカードが額の裏から落ちてきた。  
 
「これは…」  
 
21世紀ではポラロイドと呼ばれる、1枚の写真。  
かなり色あせているが、浴衣姿の、笑顔の真琴が映し出されていた。  
下の余白部分には[また会えるよね]とだけ、彼女の字で書かれていた。  
 
「この絵…あいつが…」  
また涙がこぼれた。  
 
「浴衣…そういえば…俺…見てぇって言ったよな…はは…」  
くしゃくしゃと強引に涙をぬぐい、写真を懐に収めると、彼はライブラリを後にした。  
 
 
 
それから何ヶ月かして。  
 
所長によると、世界は良い方向に動き出している、ということだった。  
千昭の周りで何か変化があったかというと、そうでもないのだが、  
以前感じていたような不安が無いのと、皆の表情が一様に明るい事。  
それだけでもいいのかな、と思った。  
 
またあの写真を見る。また会える。きっと会える、今はそんな気がしてる―  
千昭はすこし目を閉じると、そっと、写真を引き出しにしまった。  
 
〜おわり〜  
 

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