千昭が居なくなってもう一週間。私はとうとう進路を決めた。
「バカか、お前はっ!」
職員室に響き渡る担任の怒声も気にかけなかった。
「こんな大学の政経学部、お前が通る訳無いだろう!」
なぜかって、簡単なこと。
「本気ですよ、先生」
本気だから。
攻介と三人組とは今も野球してる。
相変わらず三人組はくっ付いたまま、解散しないままで。
日差しの強い日の、彼女達の日焼け対策のすごい事。私がクリームを塗る間に、三人はもっと沢山の色んな薬品を塗っていた。勧められたけど、断った。
魔女おばさんのところにも時々遊びに行く。…で、たまに勉強を教えてもらったり。
結局、魔女おばさんには全部話したんだ。
話すことが余りにも膨大だし、私にとって特別な事だったから、整理して話すのも大変だったし、泣いてしまう事もあった。それでもおばさんは静かに、それでいて興味深げに私の話を聞いてた。せかす事無く、待つ事もなく、私の話を聞いてた。
全部話し終わった後、思ったとおり、おばさんは微笑んだ。
「話してくれて、ありがとう」
そう言って紅茶をつぎ足してくれた。私の長きに渡る話への感想ともいえない返事は、たった一言だったけど、何となくそれでいい。
たとえ様も無いシンパシズムをその一言が表していたような気がしたから。
夏はあっという間に過ぎていて、私の肌があんまり焼けていない事が周囲の驚きを買った。
野球をする事が少なくなったからかな。功介も一緒に家の中で勉強してくれた。ますます関係を怪しまれたけど、私達は白けにも似た表情で「違う」と繰り返していた。
野球の代償は大きく、模試の成績は確実に良くなってる。功介の伸びの方が上だと言うことがちょっと気に食わないけど。
そんなこんなで目標もチラチラとこちらの眼に届くようになってきた。最初は呆れているだけの担任の顔が真剣になってきているのが嬉しい。
私は確実にやりたい事へ進んでいる。実感がある。それでも、それでもやっぱり………
「会いたいよ」
魔女おばさんの問いかけにしては、随分簡単に答えられたと思う。
「寂しくない訳無いじゃん」
求愛を続ける儚い命たちは、未だ外で騒ぎつづけている。それが実る、実らないは二の次であるかのように。
「…そうね」
緩やかな微笑みで肯き、おばさんは紅茶を啜った。
「でも私、約束したから。今はその事だけ」
その言葉にますます目を細めたおばさんは、机の上を指先でなぞりながら(それが何かの暗示かどうかは分からないけど、よくおばさんはこう言う意味ありげな仕草をする)、私に話し掛けた。
「真琴」
「ん?」
「私ね、今のあなたが素晴らしいと思う」
「へ?」
「あなたは走ってるわ。待つでもなく、歩いているでもなく、飛んでいるでもなく」
「はぁ」
「それでいいの。あなたにとってそれが、不可逆である物に対して一番の付き合い方だと思う」
「………うん?」
「……フフ…」
今日が、今までの魔女おばさんの中でも一番よく分からない日だったと思う。時計の秒針の音の方がまだ何を言っているか分かると思う。時間刻んでますよって。
さてその帰り道、あのあぜ道。日が傾いていて、時刻は違うけどあの日を思い出すような景色だった。
何となく座り込んだ土手でぼんやり太陽を眺めていた。川縁では飽きもせず子供が石を投げている。
このまま生きてって、やりたいことやって……それが叶った時には……
「もう一回、会いたいな」
そう、こんなとこで、別れた時のように…まあ、無理だけどね。
「あー、カップルだ」
「カップルだ」
「ヒューヒュー、熱いねー」
「カップルカップル〜」
………? 私、今独りなんですけど…
「うっせー、バカ!」
後ろからの怒鳴り声に子供達が慌てて自転車をこいでく。私の視界にはそれが映ってる。
だけど。
だけど私の耳は、さっきの怒声の主の声を聞き、頭は、誰なのか確かめようと記憶と照らし合わせ、心は…震えてる。
頭がしきりに振り向けと命令してる。でも心の震えが身体に伝わって、首が動かない。
「やっぱ、走ってきたな」
「なんで、ここに居るの」
そういい終わった後の私の歯は、閉じきらずにカチカチと音を立てている。
「はぁ? 言っただろうが、『未来で待ってる』って」
だって、そう言う意味じゃないと思って…
ようやく全身があるべき作用を始める。手始めに目から水が溢れてくる。
追随して鼻から水が出る。足が身体を擡げる。そして足が、手が声の方向へ伸びていく。
「う、うぁ、う、ぐぅ、ひっ、う、うあああぁああ!」
そして最後に、喉が嗚咽としゃくりを繰り出す。
身体は投げ出され、受け止められた確かな温もりで、感情の制御はますます利かなくなった。
千昭…千昭……!……ちあきぃ!
千昭の家に案内されたときは、もうすっかり暗くなっていた。家族には連絡してある。
積もる話、ううん、何てもんじゃない。分からない事も沢山ある。冷静には程遠く、覚束無い思考で疑問をまとめるけど、収拾がつかない。
「ホラよ」
そうこうしているうちに千昭から無骨なマグカップが差し出される。
「あ、ありがと」
温かいコーヒーが入ったそれを受け取ると、一口飲んでテーブルの上に置いた。
千昭も自分のマグカップを向かいに置くと、腰をかけた。
「…………」
お互い黙ったままだった。だって、何から聞いたらいいの? なぜここに居るの? いつ来たの? 未来には帰ったの? ひょっとして帰ってないの? だったらなぜ?
「俺さ」
切り出したのは千昭だった。それがいい。きっと今の私の下手な聞き方より、千昭の方が上手く疑問に答えてくれる。
「いったん、未来に戻ったんだ」
やっぱり。もどったんだ。
その景色を見て驚いたよ。空は広いし、人は多い。公園があって、そこでガキが野球やってんだ。
新聞には一面にデカデカと野球の逆転勝利の見出しがあるしさ。
不覚だったけど…泣いちまった。
「ほー、と言う事は、私、上手くやったって事じゃん!」
得意げに、誇らしげに、私は指でブイを作って見せた。
でも、それ以上に嬉しそうに、得意げに、千昭は笑ってた。
「でもな、絵は残ってなかった」
「へ」
とたん、自分の表情の色が消えるのが分かる。
「まぁ聞けよ、これからが、今俺がここに居る理由だ」
それから数日たって、ある疑問が湧いた。真琴は一体どうやってこんな世界に変えたんだって。
そんで、過去を少し調べてみた。びっくりしたよ。お前は47歳で死んでたんだから。
死因は焼死。すげえ偉い政治家なのに独り、テロで燃えてる美術館の中に「アイツとの約束があるんだ!」と言い残して突っ込んでいったんだとよ。
それからお前の生き方に感銘を受けたとかどうとかで、色んな奴らが動いてくれて(功介もいたぞ)、そんで、その絵は無いけど今のままの未来の世界(つまりお前が望んだ世界だな)は出来た訳だ。
「あ……」
何となく死刑宣告を読み上げられている気がしたけど、余りにも遠すぎて、実感が無かった。なんせ30年先の焼死も70年先の老衰死も、私にとっては遠い未来でしかないんだから。
「で、それが何で今ここに居る事に繋がるの?」
「分かってねえなあ」
我が意を得た顔で千昭は笑った。
「お前と絵を守る為だろうが」
ちょ、ちょっと、ヤバ、それ…
「やっぱお前、俺がいねえと駄目だからな。俺が、お前守って、絵守って、未来も守る。それも、お前と一緒にだ」
「分かったか? だから……ん?」
やっぱり、私の身体はあるべき作用を起こす。席を立ち、コイツの前に立つ。そんで…
ガバッ
「っ、うわっ! きゅ、急に抱きつくな!」
だって、それ…! めちゃくちゃかっこいいじゃん!
しばらく私達は抱き合ってた。
ふと、あることに気が付いた。…00……!?
「ちょ、ちょっと!」
「あぁ?」
「こ、これ!」
指を差した先―――腕の数字を千昭は「何がおかしいんだ」とばかりに見る。
「お前にもあるだろ? これ」
「いや、そうじゃなくて、……0じゃん」
「…いんだよ」
ドタっ
視界が天井に変わる。虚の内に千昭が割り込んでくる。
「責任とってもらうからな」
そうか。そゆことか。
「分かった。わたしに任せてよ…!」
私と千昭の唇が、ゆっくり合わさった。
なんていってるけど、すごく不器用で下手くそなキス。
唇だけのはずなのに、歯がぶつかったり、鼻が当たったり。
千昭の口の中はコーヒーの匂いがした。
「ずっと、こうしたかった」
「私も」
「ずっと、好きだった」
「…私も」
初めてのキスは、多分、こんなもんでしょ。
千昭はまた学校に戻った。留学ってことになってたから、私ほど驚いたり喜んだりする人は居なかった。けど、多分功介は私と同じくらい喜んでだと思う。
それからは、功介と三人組と、私と…千昭。
六人で野球してる。勉強もしてる。変わったのは……千昭が彼氏として居るってこと。
功介も「コノヤロウ!」と頭をぶん殴って千昭を祝福した。
魔女おばさんも、どこかこうなる事が分かっていたような落ち着きぶりで祝福してくれた。
ま、そんなとこかな。
こんな私と千昭だから、初のエッチはそう遠くないことだった。
……え、詳しく知りたいの? いやー、やらしーねぇ皆さん。じゃあ、初めてのことだけ。
「なあ」
いつもの帰り。功介達と別れて10分後。
「今度の土曜、俺ン家こないか?」
これは向こうもそうだけど、私も私なりに、かなり冒険したと思う。考えてみて。告白されることも気が動転して、なかった事にしてしまう私がだよ?
「うん、行く。行くよ」
私達の顔が赤いのは秋の夕暮れのせいだけじゃない。暗黙での行われる行為の暗示とそれを受け入れた事による気恥ずかしさだ。
「じゃ、じゃあよ、晩の6時頃にこいよ。ナイター見よう」
「そ、そうだね。そうしよう」
私達は、メインディッシュを待ちきれず、前菜によだれを垂らした事にしてごまかしているバカみたいだった。
それでさ、ナイター見て、ご飯食べて、いい感じになってベッドイン、とか想像したでしょ? 甘い。若人はそんなんじゃ済まないの。
私達はメインディッシュ→メインディッシュ→デザート位が丁度いいフルコースなの。
土曜の午後6時。約束どおり、私は千昭の家を訪ねた。
「おーい、ちあきー、来たよー」
実際、メチャクチャ緊張してた。空元気でもこんな声出して無いと、心臓の音すら聞こえそうだった。
ドアが開いて、千昭が出てくる。千昭も何処か落ち着かない感じだった。
「入ってくれ」
リビングへ向かいながら、更に緊張をほぐす為の雑談は続く。
「今日さ、プリンもって来たよ。家から取ってきた」
「ああ、わりいな」
リビングに入ると、冷房の効いている涼しさが気持ちよかった。
で、当然感想を言おうとしたの。
「あー、涼し……」
ドサッ……
言い終わる前に私の視界は天井に変わった。2度目だ。
また虚をつかれた私の前に、千昭が覆い被さる形で現れる。前と違う、揺れる瞳と赤い頬がやたらと印象的だった。
「ちあ」
とっさに唇を被せられた。口の中に千昭の舌が入ってくる。今度はいちごみたいな匂いと甘い味がした。さっきまでいちごの飴でも食べていたのかな。もちろんそんなこと考えている暇なく、驚きと息苦しさでつい口を離してしまう。
私も、千昭も。荒い息が互いの鼻先に触れてて、眼はどっちも離れる事が無かった。
しばらくの後、もう一回唇が重なる。今度は私も舌を出して千昭のと絡ませる。
どっちの唾だか分からないけど、舌先は少し泡だって、そこを起点に全身が熱くなっていくようだった。
お互い鼻息が容赦無くぶつかってて、目は開けなかったけど、すごくエッチな気分になってた。
再び口が離れたとき、千昭は別の動きに出た。私の胸の上に手を置いた。
ビクッと震えた私は、少し申し訳なかった。
「…小さいから」
そしたら、コイツ何て言ったか。
「…いや思ってたよりかは大きい」
もうその言葉で嬉しいやら腹立つやら恥ずかしいやら。
「……普段の私をどんだけ小さいと思ってたんだっ!」
「いや、わりいって」
「そりゃ確かに小さいよ! 小さいけど小さいなりに…ひゃあっ!」
黙らせるように千昭が胸をもみ始める。びっくりしてあげてしまった声の後は、ずっと抑えてた。
くすぐったい中に、ちょっとの気持ち良さがあって、変な声があがりそうだったから。千昭はもみながら、柔らかいだのなんだのと感想を漏らす。
どんだけ私が恥ずかしがってるか分かってない!
「ひうっ」
このとき、私はこの喘ぎ声が人生でトップ10に入る失敗だと思った。
それ位恥かしかった。
胸の先っちょをこねくり回すように弄り始めたからだった。さっきより鋭い快感がきて、甘い声がでて、ますます気分がエッチなほうに昂揚してくる。
「気持ち良いか…? 真琴…」
「ん…ストレートに聞かないでよ…」
服越しの愛撫に悶えながら、私は気持ちよさと恥ずかしさを頭の上でせめぎ合わせてた。
「や、ちょ、待って! やっぱせめてシャワー浴びてからに…」
私は大慌てで股間を両手でブロックしていた。そこはやっぱり乙女のたしなみ。
実は昨日の晩に念入りに洗ったけど…一応ね。
「そんなの良いって。もう、我慢できねえよ…」
そんな切なそうな声あげるな。我慢しろ。こっちも我慢してるんだから。そんな制止を聞こうとせず、千昭は両手を振り払った。
千昭の手がスカートの中に入り、ショーツ越しに私のアソコに触れる。
敏感に反応してしまう身体が情けない。
千昭はそのままショーツの先に指を入れると、一気に下までずり下ろした。
「わ、わわっ」
慌てふためきながらも、私はされるがまま。スカートもホックを外され、テーブルの下へ。
隠すものを全て失って露わになったアソコを見て、千昭が唾を飲む。
育毛剤かけてやろうかと思うくらい伸びてこないうぶ毛は、むしろ大事なところを見せびらかそうとしているかのように嫌味ったらしく、黒かった。
チュク
「!?」
すごくいやらしい、ねちっこい音が聞こえた。それから指の進入と強い刺激を感じた。
私が濡れてる…? 最初は信じられなかった。けど、続く音と襲い掛かってくる快感に思考は途絶えさせられ、
ただ大きくなる音と千昭の「すげえ濡れてる…」と言う言葉が、動かない証拠として私の発情を教えていた。
それから何分経っただろう。高まってくる気持ちよさとそれを求める欲求。
喘ぎ声が失敗などといつ言ったのか。既にトップ10は埋め尽くされてた。
「うあっ、あん、あ、ああっ!」
なんだか次第にフワフワしてくる。脳裡が全部白に書き換えられるような感覚が全身を襲った。
「だめ、ちあきっ、何か変! 何か…っああぁあぁああ!」
パチッと何かが光った気がした。絶叫をあげ、私は強い電気を喰らったように全身を反らし、痙攣しながら脱力した。
「イったのか、真琴…」
これがイクって事なの…? 乱れた吐息を漏らしながら、目で千昭を探した。
ギョッとした。千昭の下半身も何も隠すものが無かったから。屹立して、空をむいている千昭のソレは、脈打ち、何かゴムのようなもので覆われている――――コンドームだ。
「真琴…いいか…?」
少し躊躇いがちに千昭が尋ねる。力が入らない体のままで、私はできるだけアソコを開いて見せた。
「責任とるっていったでしょ…? ……来てよ…」
私のその仕草が効いたのか、千昭は堰を切ったように私の上に覆い被さった。そして狭い割れ目を押し広げるように強引に突き入れていく。
少し痛かった。けど奥への到達は思いのほか早く来たし、それよりも気持ち良さが先立ってて、大して気にならなかった。
「…真琴、大丈夫か…?」
千昭は、やっぱり戸惑いがちに、躊躇いがちに尋ねる。
「もう、口数が少ないなあ」
私は、実はそれが不満だった。
「いつもの千昭らしく、もっと大雑把にやったら?」
「そりゃお前、そうしたいけど、お前の身体傷つけるかもと思うと…」
「私は、痛いときは痛いって言う。知ってるでしょ?」
「……言われてみりゃあ、そうだな」
「でしょ?」
……………………………ぶ、
「「あっははははは!!!」」
「そうだそうだ! 確かにお前はそう言う奴だ! 無言での気イ回しなんて無意味なストレート女だ!」
「でしょ? だから…」
状態を起こして、千昭に抱きつく。
「思いっきりやって。私が痛いって言うまで」
返事の代わりに、腰の上下運動が再開される。それも激しく。
「んっんっんっ…ふあ、ち、ちあ、きぃ…」
腰が浮いて再び入って。内側から来るどうしようもない気持ち良さがまた私の頭を白く塗り替え始める。
「真琴のナカ…絡み付いてくるようで、強く締め付けるようで…すげえ気持ちいい」
「言うなぁ! いう、ん、なぁ…!」
いつの間にかクーラーが止まっていて、私達は汗ぐっしょりで求め合っていた。
時々、千昭が私の太ももを擦るときがあった。
「やめ、ふ、ふと、いの、気にしてる、の、知ってる、んあ、でしょ…!?」
「俺、これくらいのほうが好きだ」
「ばかぁ!」
気恥ずかしさと嬉しさで出た言葉はそれだった。もう、私に余裕は少しもなかったから。
おまけに、千昭も速度を更にあげ始めた。
「んっ、だめ! ま、また…クル! 何か変なのがきそうなのっ! なのにこれ以上したら…!」
「くう…俺も、いきそ…」
「あ、ああ、だめ、くる、くるくるクル! イクっ!」
「ちあき! ちあっ、きぃ…!」
「真琴ッ…!」
私の上体が大きく反り返った。次に千昭が大きく震える。ドクン、という振動が続けざまに起こり、それと共に千昭のソレの先が大きくなるのを感じた。
私は脱力すると、再び痙攣を起こしながら、千昭の元に倒れこんでいった。
結局、その後もご飯食べずにずっとしてて、疲れきって眠ったのは9時くらい。
眠る前にお互いに「ペース考えなよ」と言い合って、初めての夜は終了。
バカみたいでしょ? 魔女おばさんも笑ってた。
こんな風に新しい日々が始まってったんだ。また時々こういうお話もするよ。それじゃ!