トライアングルにはいくつかの種類がある。  
 
辺の長さが全て同一の正三角形、その逆で辺の長さが全て異なる不等辺三角形、  
その他諸々。  
 
差し詰め、俺たちの関係は二等辺三角形ってとこだろう。真琴を底辺にして、  
バランスよく俺と千昭がいる。  
 
――それが3人の関係が成り立つ絶妙なバランスなんだ――  
 
と、思っていた。  
 
ところが今日、新たな結論を導き出してしまった。  
 
――底辺にいるのは実は真琴ではなく千昭なのかもしれない――  
 
少なくとも、俺にとっては。  
 
 
 
『ねぇ、功介!何か言ってよぉ!!ねぇっ、功介ってばぁ〜〜っ。』  
 
目の前で泣きじゃくる真琴を前に、俺は、どうしていいのかわからずにただ困惑していた。  
 
 
なぁ千昭、こういう時どうしたらいいんだろうな?  
お前だったらこの状況をどう扱うんだ?お前だったらどうする?  
俺はこんなの、さっぱりわからないんだ。千昭、どうしたらいい?  
 
 
 
心は騒いでいたが、不思議と頭は冷静だった。  
 
どうしてこんなことになったんだ?  
 
 
 
事の発端は、つい3時間前に遡る。  
 
 
 
受験の追い込みのために最近はお預けにしていたキャッチボール。  
ところが今日の放課後、息抜きに、もしくは気晴らしに、と、  
誘ったのはどちらだっただろう。今となってはどうでもよいが、  
とにかく真琴と二人でくだらない冗談を言いながら、他愛もない話をしながら、  
ただキャッチボールを楽しんでいた。  
 
そうして30分くらい過ぎた頃だろうか。  
ただ、なんとなく聞いてみただけなんだ。  
 
 
「なぁ、真琴。」  
『んーー?』  
 
「千昭からなんか連絡来たか?」  
『へっ?・・・・えっと・・・あーー・・・』  
 
高く上げた球を随分と弱くなった日差しとにらめっこしながら、真琴が手を伸ばす。  
 
『ま、まだない・・・!痛っっっっ!!』  
 
キャッチミスで額に直撃。  
 
「おい大丈夫か?」  
 
真琴のもとに駆け寄る。  
 
『ハ、ハハ、だいじょぶだいじょぶ!』  
「ちょっと見せてみろ。」  
 
と、傷を見ようとして差し伸べた手を、真琴は、  
 
『大丈夫だって!』  
 
と強く払いのけた。  
 
 
 
『もう、大げさなんだよ、功介は!』  
「おい真琴・・・。」  
 
 
『大丈夫なんだから、ほんとに・・・。』  
 
 
 
見下ろした真琴の顔は、嘘をついていた。  
自分に言い聞かせるように放たれた真琴の言葉だけが、妙にリアルだった。  
 
「うち、寄って行けよ。」  
『いいよ!ちょっと冷やしたらよくなるから!』  
「いいから!痕に残ったら困るだろ?」  
『別に・・・!』  
 
真琴は勢いよく言いかけた言葉を、ぐっと勢いよく呑み、  
一呼吸置いた後に、  
 
『・・・・・・・・やっぱ困る。』  
 
と、小さく独り言のように囁いた。  
 
「真琴・・・。」  
 
 
ついさっきまで元気だったのに、急に調子が変わった理由を、なんとなくわかった気がした。  
 
その発端を作ったのが、自分のほんの些細な疑問だったことに少し心が痛んだ。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ほら、後ろ乗れよ。」  
『ありがと・・・。』  
 
真琴の自転車に二人で跨り、ゆっくりと漕ぎ出すと、冷たい風が肌を撫でる。  
そう言えば、うるさかった蝉の鳴き声はもう聞こえないし、肩を越す蝶々もいない。  
喉も、渇かない。  
 
もう、10月も終わろうとしてんだもんな・・・。  
 
千昭が発ってから、既に3カ月が過ぎていた。  
 
「どうだ、まだ痛むか?」  
『ちょっとね。』  
「ジュースでいいだろ?」  
『ありがと。』  
 
診察を終えた真琴を、部屋へあげた。  
ベッドに腰掛ける真琴に向かって缶ジュースを放る。  
 
「ま、大したことなくてよかったよ。」  
 
全治1週間程度の打撲らしい。  
それを聞いて一先ず安心したが、問題は真琴のこのテンションだ。  
 
どうしたもんか・・・。  
 
「家まで送ってやろうか?」  
『もうちょっとここにいる。』  
 
「そうか。俺は構わないからさ。」  
 
こちらの顔を見ようともしない真琴は、  
不機嫌ではないが、明らかに何か言いたげだった。  
 
どうしよう・・・・。  
 
会話を探すが何も見つからない。それも当然だ。  
同じ教室で隣りの席、話したいことは朝一に話す真琴。  
昼休みからさっきのキャッチボールの時までに、  
「魔の質問」の前に一通り話し尽くしてしまった俺。  
 
そもそも話すことが何もなくなったからふいに浮かんだ千昭のことを聞いたんだ。  
 
くそっ・・・。  
 
自分の部屋なのに居心地が悪く、全然落ち着かない。  
 
・・・・・・・。  
 
何か思い出せ。何か。真琴に話せそうなこと。  
 
 
話せないことなら一つあるけど、それは話したくない。  
 
 
とうとうこのなんとも言えない沈黙の長さに耐え切れなくなって、  
 
「あ『あのさぁ。』  
 
!  
 
やべ、話し出し被った・・・!  
 
一人慌てているのをごまかそうとさえする前に、真琴が続けた。  
 
『未来ってどれくらい先のことを言うのかな?』  
「はぁ?」  
 
突拍子のない質問に突拍子のない声が出る。  
 
『普通未来ってどれくらい先のことを言うの?』  
「そりゃ・・・。」  
 
なんて漠然とした質問だ。  
 
『ねぇ功介。』  
 
明らかに俺が何かを答えることを期待してる顔だ。  
 
「そりゃ・・・これはあくまで俺の持論だが、「将来よりは遠いが永遠よりは近い」  
 くらい先のことじゃねぇか?」  
 
なんて漠然とした答えだ!  
 
自信も根拠もなければセンスもまるでない答えに自分でも嫌になる。  
 
 
『そんなのわかんない!!』  
 
正論だ、真琴。お前の意見に心から同意だ。  
 
 
『未来で待ってるって言われても、あと何年こんな気持ちでいたらいいの!?』  
 
『5年!?10年!?』  
「お、おい、真琴・・・。」  
 
 
な、なんだ?なんのこと言ってるんだ?  
 
 
『私、その時にはもうおばさんになってるかもしれないんだよ!?』  
「真琴!落ち着け!」  
 
 
『もう私かどうかなんてわかんなくなってるかもしれないんだよ!?』  
 
『ねぇっ、功介!!』  
 
 
 
こちらを見上げた真琴の顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。  
 
 
 
 
 
『ねぇ、どうしたらいいの?功介ぇ〜〜・・・。』  
 
真琴は、再び顔を下げると号泣し始めた。  
 
 
 
そして、今に至る。  
 
 
 
『ねぇ、功介!何か言ってよぉ!!ねぇっ、功介ってばぁ〜〜っ。』  
 
目の前で泣きじゃくる真琴を前に、俺は、どうしていいのかわからずにただ困惑していた。  
 
 
なぁ千昭、こういう時どうしたらいいんだろうな?  
お前だったらこの状況をどう扱うんだ?お前だったらどうする?  
俺はこんなの、さっぱりわからないんだ。千昭、どうしたらいい?  
 
 
「真琴・・・・・。」  
 
静かに隣りに腰掛けて、真琴の震える肩に手を伸ばしかけた時、  
 
っ・・・!  
 
ふいに過去の映像がフラッシュバックした。  
 
そういえば、こんな状況前にもあったな・・・。  
 
 
いつだった・・・?やめろ、思い出すな。  
 
それはちょっと苦い過去なはずだ。  
 
それも、つい最近の。  
 
『功介先輩・・・。』  
 
一緒に自転車に乗ってから手を繋ぐまで1カ月。  
手を繋いでから小鳥が啄ばむような空気より軽いキスをするまでまた1カ月。  
そして、啄ばむようなキスから舌を入れたのはついさっき。  
 
『功介先輩・・・私まだ・・・・・。』  
 
俺の顔を見ながら、隣りで小さく震える藤谷の方に手を伸ばして、  
そっとベッドに横にした。  
 
『待って、待ってください、功介先輩・・・!』  
 
聞こえないふりをして、ブラウスのボタンを一つ一つ、  
震える指先が直に藤谷の身体に伝わることのないように、  
平静を装いながら慎重にはずしていく。  
 
開いたシャツから覗いた小ぶりな胸と、予想通り清楚な下着。  
 
『功介先輩!私まだ心の準備が・・・!』  
 
最後まで言い終わるか言い終わらないかのうちに、藤谷に体重をかけ、  
右手を彼女の胸に、左手をスカートの中に入れ、内ももをつかんだ瞬間、  
 
『いやぁっっ・・・!』  
 
両肩をとても非力な、でも、  
藤谷にとっては全身全霊を込めた力で、強く跳ね返された。  
 
「藤谷?」  
 
ふと彼女の顔を見ると、  
 
あ・・・・。  
 
『うっ、うっ、怖いよぅ・・・・。』  
 
彼女は泣いていた。  
 
 
 
『ごめんなさい功介先輩!私まだ・・・まだ・・・・。』  
 
「ごめんっ、ごめん藤谷・・・!」  
 
 
泣き止まない藤谷を安心させてやりたいと思って、  
下になっているままの彼女を両腕で包もうとした時に、  
 
『ゃああぁぁ〜〜〜っ!!』  
 
彼女は咄嗟に強引に身体を丸め、胸を隠すように、  
というよりは守るように、両腕を交差して、足をぎゅっと閉じ、  
いっそう激しく泣き始めた。  
 
「藤谷・・・・・・。」  
 
 
俺が、再び行為を始めると勘違いしたらしい。  
 
 
とにかく、明らかな拒絶だった。  
 
 
藤谷はそれからたっぷり小一時間は泣いていた。  
俺は、どうにかして安心させてやりたかったが、もう触れることすら出来ずに、  
目と鼻の先にいる彼女をただ前に、タオルケットをかけてやって、  
 
「ごめんな・・・。」  
 
と、時折謝るのが精一杯だった。その度に首を横に振る藤谷の心遣いが心底辛かった。  
 
 
せめて家まで送ってやろうと自転車に乗せた。いつもなら腰に遠慮がちにそっと  
回ってくる彼女の腕が、その日は嫌がっているように感じた。  
 
 
その夜、  
 
――今日はほんとにごめんなさい。明日また学校で。  
 
と、彼女からメールがあった。  
 
 
謝られるのは本当に辛い。その度に自責の念にさいなまれるからだ。  
謝らなきゃいけないのはこっちなんだ。待ってと言われたあの時に、  
最初のボタンに手をかけたあの時に、情欲と本能に負けちまって、  
いくつかの言葉に託した彼女の思いの深さを見抜けなかったのが落ち度となった。  
 
あの時気づいていたら・・・・・。  
そうすりゃあんな思いさせずにすんだんだ。  
 
と思う反面、  
 
謝るくらいなら拒まないでくれよ、って言うか、  
もしまだその気になれないんだったら部屋にあがらないでくれ。  
その前に断ってくれよ。「今日は用事があるから」とか、こっちが察することのできるようなベタな言い訳でもよかったんだ。  
せめて有頂天になる前に、その気になる前に、もっと言うなら  
舌を挿し込む前に・・・。  
 
とか、腹の底に潜んでいる自分本位な黒い感情もにわかにあった。でも、  
実際に彼女に言うのは間違っているとわかっていた。だから、  
 
――謝んなくちゃいけねぇのはこっち!ほんとごめんな。  
   明日またキャッチボールしようぜ(^-^)  
 
と、複雑な自分の本心に盛大に嘘をついて、返信した。  
 
 
まぁいいさ。これで藤谷と元通りうまくやれるなら。  
 
 
 
だが翌日、藤谷はグラウンドには来なかった。  
 
 
思えばその件からキャッチボールと疎遠になったんじゃないだろうか。  
 
そして、キャッチボールだけならまだしも、藤谷とも。  
 
 
 
『ねぇ、功介〜〜〜っ。』  
「っ・・・!」  
 
 
い、いかん、トリップオフしてた。  
 
 
俺の名前を呼ぶ真琴の声に意識を真琴へと戻した。  
 
気がつけば、俺の腕の中に身を預けるようにして、胸元で泣いている。  
その光景はなんだかとても切なくて、やりきれなくて、  
 
伸ばしかけていた手をそのまま真琴の肩に置き、抱き寄せた。  
 
 
「ほんと、どうしたらいいんだろうな?」  
 
 
「俺にもわからないんだ・・・・・・。」  
 
 
 
お前のことも、藤谷のことも。  
 
 
 
嗚咽がだんだんと消え入り、やがて長い沈黙と抱擁だけが残った。  
ずっと長いあいだ体勢を変えることなく真琴を抱きしめているから、時折力の加減がわからなくなって、  
思い出したようにぎゅっときつく抱きしめると、真琴も同じように返してきた。  
 
その行為と、鼻先をくすぐる真琴のシャンプーの匂いと、頬に寄せた痛々しい額からダイレクトに伝わる体温が、  
いやに嬉しくて、いつの間にか心地よい充足感で満たされていた。  
 
 
 
 
 
『ねぇ功介。』  
「ん?」  
 
『空、真っ暗になっちゃったね。』  
「ん?あぁ、ほんとだな。」  
 
どれくらい時間が経ったんだろう。  
 
窓から入るわずかな光を頼りに、枕元に転がしている目覚まし時計で時間を確認すると  
21時をまわったところだった。  
 
「そろそろ帰るか?」  
 
と尋ねると、真琴は  
 
『まだ帰りたくない。』  
 
と、泣き疲れた声でぼそりと呟いた。  
 
 
「そうか。」  
 
 
仕方ない。今日はとことん付き合うか。  
 
 
「じゃ、とにかく電気を――。」  
 
点けようと立ち上がりかけた俺に制止を促すように、  
 
『待って功介!』  
 
と、真琴が制服の袖を少し強く引っ張った。  
 
 
『電気、点けなくていいから。だから・・・。』  
「え・・・?」  
 
 
『もう少しこのままでいさせて。』  
 
 
「あ、あぁ・・・。別にいいけど・・・・・。」  
 
 
 
なんだろう、真意が読めない。  
 
 
 
結局、何をするでもなくその場に座りなおすと、  
真琴が少しだけ体重をかけるように肩に寄りかかってきた。  
 
 
 
・・・・・で、どうしたらいいんだ?  
 
また抱きしめてやるべきなんだろうか。  
さっきは抵抗なかったが、いざ「このままで」と言われると、  
どの状態の時だったのか変に意識してしまう。  
そもそも「このままで」って、体勢のことじゃなくて照明のことなんじゃないか?  
 
色々思案していると、  
 
『ねぇ功介。』  
 
真琴の不機嫌な声。  
 
『さっきと違う。』  
 
ふくれっ面をしてこちらを見る。  
 
 
なんだそりゃ?  
 
「何が?」  
『さっきと違う。』  
「どこが?」  
 
『さっきはもっとあったかかった。』  
 
そう言うと顔を前に向きなおして、両腕で俺の右腕にぎゅっとしがみついた。  
そのまま話し続ける。  
 
『ねぇ、この体勢疲れちゃった。』  
 
あぁ、俺もだ。  
 
『横になってもいい?』  
 
腕を解きながらもう一度こちらを見て、ベッドをちょいちょいと指差す。  
 
「いつも勝手に転がってるだろ。何を今さら・・・いっ!?」  
 
 
言い終わらないうちに真琴は制服のジャケットを脱いでいた。  
 
「おいっ、おま・・・何で脱いでんだよ!?」  
『なによ、ジャケットのまま寝転がるとゴワゴワして気持ち悪いから脱いでるだけじゃん!』  
 
あ、あぁ、そうか。そうだよな。  
そんなの長い付き合いでとっくに知ってることじゃないか。  
なに動揺してんだか・・・。  
 
『ふーーーーーーっ!』  
 
こちらの気も知らずに、真琴はベッドの上で気持ちよさそうに身体を伸ばしている。  
 
ったく・・・さっきまでぎゃんぎゃん泣いてると思ったらこれか。  
でも、正直安心した。  
 
暗闇に慣れてきた目で真琴の表情を見ると、  
泣き腫らした顔はひどかったが笑顔が戻っていた。  
 
「風邪ひくなよ。」  
 
肩まで毛布をかけてやると、  
 
『ヘヘ、あったかーーーい。』  
 
と、嬉しそうに笑う。  
 
 
「ほら、これ。」  
『何?』  
 
「ジュース、まだ開けてないからそれで目冷やせよ。ちょっとは腫れが引くぞ。」  
『やだっ、そんなに腫れてる!?』  
 
「や、そんなに腫れてないけどせっかくあるから。」  
 
ほんとはひどく腫れてるけど。  
 
いくらかぬるくはなっていたが、まだ適度に冷たさを保っていたジュースを真琴に渡した。  
真琴はこちらの言うとおり目に当てて、  
 
『気持ちいーーー・・・。』  
 
と言った。  
 
「熱持ってる部分に冷たいの当てると気持ちいいだろ?」  
『うん!さっすが、医学部目指してる人は違うね!』  
 
「別に勉強したわけじゃねぇよ。体験談から。」  
 
 
今思えば何で話してしまったんだろう。  
多分、センチな気分の真琴に何時間も付き合っていたせいだ。  
いや、それは口実で、  
 
ほんとは藤谷とのことで感傷的になっていたんだ。だから、思い出に浸ってしまった。  
 
とにかくその時は、「そんなの誰でも知ってるだろ」とかなんとかの、  
真琴を体よく丸め込むくらいの簡単な言葉が、すぐには出て来なかったんだ。  
 
 
「夏にさ。」  
『うん。』  
 
「藤谷と公園で話してたんだ。太陽が照りつけててすっげぇ暑くてさ。」  
『・・・うん。』  
 
「ジュース買おうかって言ったら、あいつ、1本全部飲めないって言ったから、  
 じゃあ二人で半分しようってなって。」  
『うん・・・・・。』  
 
「で、ジュース買って、開ける前に首とかほっぺたとか冷やして。  
 で、唇も焼けてたから唇も冷やしたらそれが結構気持ちよくってさ。」  
 
「お前もって藤谷に渡そうとしたら、あいつ、いい、って遠慮するから。」  
 
「気ぃ遣ってんじゃねーって、リラックスさせようと思ってちょっかいかけようとしたら、  
 なんかこう・・・目が合っちまって・・・。」  
 
「思わずキスしちゃったんだよな・・・。そしたら、俺の唇すっげぇ冷えてて、あいつの唇は  
 すっげぇ熱くて・・・それがなんか気持ちよくて、何回も、何回も・・・。」  
 
あっ!!  
 
しまった!!  
 
話しながら、当時の思い出や感触を記憶の中で噛み締めていたせいで、自分の犯した失敗に気が付くのが遅かった。  
言い終わったすぐ後に、押し寄せてくる後悔の波。  
 
 
『なによ!何かと思って聞いてれば果穂ちゃんとのノロケぇ!?』  
 
 
真琴が勢いよく上半身を起こした。  
 
 
「ち、違っ・・・!!」  
『違わない!!』  
 
『今そんな話聞きたくない!!』  
 
俺だってしたくねぇよ!!  
 
「悪かったよ!!」  
『許さない!!』  
 
「真琴!」  
『こんなの要らない!』  
 
そう言うと握り締めていたジュースを俺に向かって投げつけようとするもんだから、  
 
「やめろって!!」  
 
真琴の両肩をがっしりとつかんで制した。  
 
 
小さな肩は、冷え切っていた。  
 
 
 
「ごめん・・・・・。」  
 
ジュースを持ったまま、真琴の右腕がだらりと下がる。  
 
『・・・ないで・・・・。』  
「え・・・?」  
 
『独りに・・・・しないで・・・・。』  
「真琴?」  
 
『功介まで、いなくならないで・・・!』  
 
 
ぱっとこちらを見上げた真琴は、また大粒の涙をいくつもいくつも流していた。  
 
 
『ぃやだよぉ〜〜、功介ぇ〜〜〜。』  
「真琴・・・・・。」  
 
すがるように、俺の胸元を両手でつかむ。  
 
『千昭もいなくなって、野球も出来なくなって・・・っ・・・っ・・・!』  
 
『今度は功介も果穂ちゃんと仲良くなってっ・・・!』  
 
『キャッチボールも、カラオケもっ・・・、放課後の寄り道も・・・っ・・・。みんな、みんな・・・』  
 
『なくなっちゃう・・・!』  
 
 
『私、独りになっちゃうよぉっ・・・!!功介ぇ〜〜〜っっ!!』  
 
そう言うと、顔を突っ伏して、胸の中でわんわん泣き出した。  
 
 
真琴の切実な叫びと訴える顔に、心がひどく締め付けられて、  
どうしようもない気持ちになって、思わず、  
 
 
「真琴・・・俺はどこにも行かないよ・・・。」  
 
肩をつかんでいた両腕を伸ばし、どの時よりもずっと強く抱きしめた。  
 
 
 
『本当?』  
「あぁ、行かない。」  
『ほんとにほんと?』  
 
「あぁ。」  
 
 
 
そして、俺はまたしてもここで地雷を踏むことになる。  
 
 
 
 
「千昭が戻ってくるまではな。」  
 
 
 
 
『なんでそこで千昭の名前が出てくんのぉっ!?』  
「はぁっ?」  
 
真琴が胸元から逃れ、俺の視線を捉える。  
もう泣いてはいなかった。  
 
『なんで!?私は功介に聞いてるんだよ!?』  
「だって、それは俺じゃなくて・・・!」  
『功介なの!』  
「なんで!?」  
『なんででも!』  
「違うだろ!」  
 
「お前・・・!ほんとに側にいてほしいのは・・・!」  
 
千昭だろうが、と言いかけた言葉をそのまま呑んだ。  
 
どうやら今度は地雷を踏み外したようだ。  
そして、踏み違えてほんとによかった。  
 
そうだ、真琴だってわかっているんだ。  
側にいてほしいのは千昭だけど、いくら願ったってあいつは側にいない。  
でも孤独を独りで乗り越えることもできないから、だから、  
こうして俺にすがってるんだ。  
 
『ねぇ功介・・・。』  
「ん・・・?」  
 
『キスして。』  
「は?」  
 
『キスして。』  
「ちょっと待て・・・!」  
 
なんでそうなるんだよ!側にいるのとそれはまた別問題だろうが!  
 
『話をふったのは功介だよ。』  
 
はい、とジュースを手渡す。  
 
話・・・?  
 
「なっ・・・!あれはふりじゃねぇっ!!」  
 
ジュースをベッドに放って真琴の方を向き直すと、  
 
『お願い・・・・・。』  
 
真琴の顔は真剣だった。  
 
 
『1回でいいから、誰にも言わないから・・・。』  
 
 
 

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