「ったく、もたもたしてんじゃないわよ田村ぁ!」
「……す、すいません。」
僕と彼女、住吉美寿々は今日も今日とて依頼人の声を聞きに動き回っている。
今回は若い女性から痴漢の相談を受けたという事で、依頼者の元へ電車で向かう最中だ。
先生の荷物と自分の書類等々の大荷物を抱えてホームで待っていると、程無くしてその電車は到着した。
「わ…。丁度通勤通学の帰宅ラッシュで電車、混んでますね…一本遅らせます?」
「はぁ?ゆとりは時は金なりって言葉も知らないの?!」
「……すいません…僕が軽率な事を言いました…。」
いかにもな満員電車に思わず提案すると、いつも通り厳しい否定が返ってくる。
すぐに目くじらを立てるその癖さえなければ、かなり可愛い顔してるのになぁ…この人。
心の中でそんな事を呟きながら、発車を告げる音楽に急かされるように電車の中に乗り込んだ。
──ぎゅう。
車内は予想以上の混雑ぶりで、
あれよあれよと言う間に僕達は乗り込む客に圧され、乗った方とは反対側のドアの端にまで追い込まれてしまった。
すし詰め状態の車内は男の自分でもきつい。心配になって、隣に居る小柄な女性に声をかける。
「……大丈夫ですか、先生?」
「正直、あんまりいい気分じゃないけど…駅に着くまでの我慢でしょ。平気。」
飄々とした態度でそう返してくるけれど、やっぱり少し彼女は苦しそうだ。
着こんだコートが車内では暑いのか、うっすらと白い額に汗を浮かべていた。
なんというか、少し…色っぽい……。
──がたんっ。
「うわっ!」
「きゃっ」
密かに邪な事を考えていた途中、いきなり列車が動き出した。
ぼんやりしていたせいでバランスを崩し、隣の先生に向かってつんのめりそうになる寸前で、なんとか踏ん張る。
結果、思いっきり至近距離で彼女と向かい合い、人の波に挟まれる形になってしまった。
「すいません、住吉先生…」
「……。電車にも満足に乗れない訳…?」
すっかり口癖になってしまった謝罪の言葉を言えば、先生は呆れた口調で溜息をついて。
その吐息が、至近距離すぎて僕の首筋にもかかった。
伏せ目がちにした大きな瞳も、折れそうに華奢な肩も、とにかく今は近い。
(ああ…こんなに近くで見るなんて色んな意味で恐ろしくて出来なかったけど…肌、綺麗だなぁ。)
(首も細い、鞄を握ってる指も。ほんとに俺より年下の女の子なんだ。)
(これだけ細けりゃ胸はまぁ、小さくても仕方ないよな……。胸…は…。)
「…っ!」
…ッ…ぅ。ヤバ、い……。
目の前に居る可憐な女性、鼻腔をくすぐるシャンプーの香り。
そして微かに、ほんの微かにだが柔らかい感触を自分の胸板に感じる。
先生、当たってる、当たってます……、い、いや、ヤバいぞこれ、ヤバイヤバい…ッ。
下半身の一点めがけて、じんわりと血が集まって行くのが解る。
これは、まずい。今起こってしまうには最悪の、男の生理現象だ。
「(お…落ち着け、落ち着け俺…落ち着いて素数を数えるんだ…っ!!)」
万が一こんなところで勃起してしまったら、社会的にも人間的にも再起不能になる事は明白だ。
なんとか自制心を利かせて、興奮しかけた自分自身に訴える。…が。
──がたん、がたん。…ふに、ふに。
電車の不規則な揺れに合わせて、柔らかな胸の膨らみが定期的に押しつけられる。
正直、試験勉強に仕事にと忙しさに追われて最近ご無沙汰な体には、刺激がキツ過ぎる。
…ズっクン。ズっクン。
ズボンの中で、今にも勃起しそうになっている下半身。
ごくり、と思わず喉を鳴らしてしまってから、慌てて相手の顔を見ると、いつも通りの涼しい表情。
……よかった。気づいてない、みたいだ。
そう思い、無意識に入れていた体の力を抜いた、瞬間。
「っ!!ぅ…!」
それまでずっと同じ体勢で挟まれていた住吉先生が、
不意にカバンを持ちかえようと…指先をもぞもぞ動かしたのだ。
そのもぞもぞが、よりにもよって、あそこに、ジャストミート。
すり……と、かすめるように、僕の崩壊寸前の理性で抑え込んだ部分を擦り上げた。
…当然、激しく暴走しそうになる下半身。
「…っっ〜…!」
(が…我慢だ…っ、我慢……!勃起したら…人生終わるぞ…俺…!!相手を誰だと思ってんだ!!)
奥歯を噛みしめて、必死に耐えてしまう。こんな顔見つかったらもうその時点でアウトな気もするが。
…それなのに無情にも、追い打ちとばかりに住吉先生の指はもぞもぞと必要以上に動き、こちらの理性を削り取っていく。
つん、つん、と白く細い指先がズボンに包まれた亀頭部分をかすめ
そのたびに布地が擦れて、勃起を催促するように、もどかしい刺激が下半身を襲う。
(……ああ……もう、駄目…だ…っ…。)
耐えきれず脂汗を浮かべ、せめて腰を引こうとした瞬間、信じられない声がした。
*********
(ああ、神様助けてください。)
(俺の理性はまさに風前の灯です。助けてください!たすけてください!!)
「……たすけて……。」
………え?
自分の下半身で起こる理性と誘惑の狭間で、勝手に戦っていた僕の耳元に一瞬聞こえた声。
その弱弱しさに最初は幻聴かと思ったが、違う。紛れもなく、彼女の声だ。
「…田…村、たす、けて……後ろ……」
「せんせ…」
「……ち、かん……されてる、私…」
「!」
蚊の鳴くような小さく弱い訴えに、先程までの昂ぶりから急激に血の気が引く。
急いで先生の後ろに目をやると
いつから居たのだろう、背後にぴったりとくっつき、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべた男が立っていた。
不自然にもぞもぞと動いていたのは……そうか、そのせいか。
「……お、しり…触られて、る…。っ助けて……おねがい……」
きゅっと眉間にしわを寄せ、唇を噛みしめて屈辱に耐えている彼女のその姿を見た瞬間
自分の欲望なんかよりも遥かに上回る、別の感情が沸き上がり。
──気が付けば、痴漢野郎の腕を思い切り捩じり上げていた。
「ッ…行政書士の田村です。失礼ですが、ご同行頂けますか?」
───
場面は変わり、ここは駅のベンチ。
最小限に怒りをこらえてこらえて、我ながらドスの効いた声で痴漢を捕えた後は、時間が目まぐるしく過ぎて行った。
まずは駅員からの誘導尋問。そのあと警察が来て事情徴収。
…こんな時、本当に被害者側は大変で、辛い。
実際、何人もの関係者に根掘り葉掘り状況を説明していた住吉先生の、いつもと違う曇った表情は、
まるで狼の群れの中に居る子ウサギの様で、見ていられなかった。
そして正直今も、見ていられない。
「…依頼者の方には緊急の用事が入ったと連絡して、後日改めさせて貰いました。」
「……。」
痴漢を警察側に引き渡してから、彼女は一切何も言わず、ずっとうつむいたまま座っている。
僕はというと、死ぬほど不甲斐ないが、かける言葉をぐるぐる考えて、考えて。
結局、事務的な言葉しか言えずに、空気を途切れさせていた。
(…いや情けなすぎるだろ、俺…!)
心の中で自分に喝を入れたその時、シンクロした様に目の前の相手がつぶやく。
「……情けない……。」
「…へ?」
「……。……あは、私、なっさけない…。
今まで痴漢事件なんて何度も取り上げて、当然のように解決してきたのに。
いざとなったら…何にも出来なくて、田村に「助けて」…だって。…ふふ、あはは。」
そう自嘲気味に笑う先生は、あのやり手の住吉美寿々ではなかった。
…だから。つい。
「いけませんか…なにも出来なくて。」
「…田、村?」
「あなたは被害者ですよ?
誰だって、突然見ず知らずの第三者から何かされれば、普通は戸惑います!何も出来なくてあたりまえでしょう!
ましてあなたはまだ若くて可愛らしい女性ですっ。助けを求めて犯人を捕まえる、それが最善の策だったじゃないですか!
自分ひとりで何でも解決しようと思わなくたって、別にいいじゃないですか!……ぁ。」
………しまった。
頭に血が上って、売り言葉に買い言葉の様に大声で捲し立ててしまった。
それにハタと気づいて相手を見ると、予想通りびっくりした表情で
ただでさえ大きな瞳を更に丸くし、ベンチに座ったままこっちを見てくる。
…ああ、ごめんなさい、また出過ぎたこと言ってキレられるフラグですね、ごめんなさい。
「…。……。………っぷ。」
「…ふふ、あはっ…はははっ!
やだ、田村ちょーうざーいっ。バッカじゃないの、いっちょまえに偉そうに。」
「…………すいま、せん」
…笑った。キレてない。笑った。
よかった…と、謝りながらも安堵する。
やっぱり自分の知る住吉先生は、若干生意気で腹黒でも、こんな風に強気で笑っていた方がいい。
その方がずっと──。
「…若くて可愛らしい女性、ね。」
「ッ!」
「ふぅん、田村って私のことそういう風に見てるんだぁ…?」
「い、いやいやいやっ!見てませんし!思ってないし!」
「どーだか。さっき電車内でも、やたら鼻息荒くしてたし」
「ッッッ…!」
それを言われると、辛い。
鼻息どころか、もう少しで下半身も荒ぶりそうな勢いでした、と告白したらきっと殺される。
ああ、思い出したら又少し興奮が…って、これじゃ痴漢を捕まえた示しがつかない。
もう死ねばいいのに、俺の性欲。
…そんな風に脳内で格闘しながら改めて彼女を見ると、
真っ白な頬や耳までが、ほんのり桃色に染まっていた。
寒さで冷えてしまったのだろうか、と、心配になって声をかける。
「住吉先生、寒いですし今日はもう帰って下さい。事務所の雑用は僕がやっておきますから」
「…むり。」
「…は?」
「……だから、情けないって…言ったでしょ…。」
「…え?」
「……腰、ぬけちゃって……。うごけ、ない。」
*************
「……あの、いやほんとに、散らかってるんですけど…。」
「お邪魔しまーす」
「…話、聞いてます?」
更に所変わって、ここは僕の自宅アパート。
腰が抜けてしまい動けなくなった住吉先生に肩を貸し、タクシーに乗り込んだ後
当然、彼女の家を目的地に指定しようとしたのだが…あっさり、それを拒否された。
「なんであんたを私の部屋に上げなきゃいけないのよ、何されるか解んないでしょ。ふざけないでよ。」
…だ、そうだ。
(…俺の部屋ならふざけてないんだろうか。何されても解……いやいや。)
玄関先で体をゆっくりおろし、もどかしそうに靴を脱ぐ先生の姿を見て、小さく首を振る。
電車内での一件。もちろん痴漢は心底許せなかったが、
その前の密着した柔らかい感触と、指先の刺激が…今も脳裏に焼きついている。
………これは、まずい。
本格的に溜まっているのかもしれない。
住吉先生には悪いが、体を休めたらなるべく早く帰ってもらおう。
「とりあえず先生、お茶…飲みますか?」
「田村んちのマズいお茶なんていらない。」
「…はぁ。」
さっきのしおらしい少女は何処へ消えてしまったのだろう。
先生はいつの間にかいつも通りに復活し、きょろきょろと部屋の中を観察しはじめていた。
「それより、お願いがあるんだけど。」
「…はい。」
「シャワー貸して。」
「…ぶっ!!」
「きたなっ!ちゃんと床拭いときなさいよ?
…それと、なんでもいいから、着替えも貸して。気持ち悪いから洗濯したいの。」
てきぱきしすぎてツッコミが追いつかない。
お茶を零した床を拭きながら、相手の顔を見上げる。
「…いや、じゃあ自分の部屋に帰った方が」
「イエスかハイで答えなさい。」
*
───シャアアアアア。
聞きなれたシャワーの音が、薄い壁の向こうから聞こえてくる。
自分の部屋なのにやたらと居心地が悪い。
(……どうしてこんな事に……。)
自問自答を繰り返して、そわそわと落ち着きなく部屋中をうろついていると
程無くして浴室の扉が開き
石鹸の良い香りを纏った彼女が、ゆっくりと部屋に帰ってきた。
「ねぇ…これ………。」
「っ…」
戻ってきたその姿を見て、一瞬息を飲む。
そもそも真面目に一人暮らしをしている男の家で、
女の子に貸す服の準備なんてある訳がない。…少なくともうちにはない。
だからとりあえず一番清潔そうな衣類をタンスから引っ張り出して、苦肉の策で渡した。のだが。
「……こういうのが、趣味なの?」
「ッッ違います!いや…今アイロンかけてあって、一番いい服がこれしかなかった…の…で。
…て、ゆうか、先生、下は…?」
「……大きいから、これ一枚でいい。」
ほっそりした体を包み込む一枚の白いYシャツ。
それはそれは良く似合っている…が、華奢な住吉先生にはサイズが大きすぎたらしい。
陶器の様な乳白色の首筋や、すらりとした脚が、どれも惜しげもなくむき出しになっている。
…まずい。このチョイスは外れだ。当たりだけど外れだ。どうしよう。
「…どこ見てるのよ。」
「見て、ません…」
「………嘘付き。」
指摘されて視線を泳がせると、ふいに、相手の気配が近づいて来るのが解る。
まともに顔が見れず、床に落とした視界の中に、ゆっくりと白い素足が近づいて
……僕の鼻先ほどの距離で、止まった。
「…っ…住吉、先生…?あ…の…。」
まさに目と鼻の距離、と呼ぶに相応しい近さで、向かい合って座る。
一体何が目的だ。なんか怖いぞ。いい匂いだけど怖いぞ。…でも、それより何より……。
(…近い、近すぎる。早く、早く離れてくれ!じゃない…と…っ……。)
甘ったるい石鹸の香りに、ひと回り大きなシャツの隙間から見え隠れする、真っ白い鎖骨と胸。
もう限界……とばかりに僕のムスコは大きくなり始め、ズボンに不自然な膨らみを作っていく。
……ああ、頼む、頼むから気付くな、気付かないで…下さい……!!
「……田村………勃ってる……。」
「…ッ!」
……気付か、れた。
視線が、股間に突き刺さる。動かぬ物的証拠を見られてしまった。
…セクハラで訴えられて莫大な慰謝料を取られて、身ぐるみ剥がされて東京湾に埋められる…。
そんな恐ろしい想像とは裏腹に、
心臓はバクバクとうるさいくらいに高鳴って、一気に体温が上昇する。
「…なに…よ。痴漢から助けてくれた時は、ちょっとかっこよかったのに…。
ココ、こんなにさせてたら……説得力…ない、じゃない…。」
「…すいま……せ……、……ッッ…」
…つ、い。
細い人差し指がズボン越しの、欲で膨らんだ部分をかすった。
途端、電車内のあの指先を思い出して、更に興奮してしまう。
「ねぇ…どんどん大きくなってくけど…?なに、期待してんのよ…ド変態…。」
「っ……すいませ、ん…………」
「………バカ。」
喉がカラカラに渇いて、どうしても情けない声が出る。
ふと目が合うと、氷の様に冷たく睨まれると思っていたのに
彼女も僕に負けないくらい赤い顔をしていて、驚いた。
なんだ、その表情……可愛い。
「…住吉…せん…」
「……黙って。」
「ッ…」
黙れ、と言われて固まっていると、柔らかい手のひらが形を確かめるように、何度も股間に触れる。
それだけでも腰が浮いてしまうくらい気持ちが良くて、ぎゅっと目を瞑ると
ベルトが外され、下腹部がひんやりと外気に晒される気配がした。
「…ふん…。こんな…ガっチガチにしちゃって……ばっか、みたい……。」
……ちゅ。
「〜〜〜っっ!!」
充血してぱんぱんに膨らんだ勃起の先に、柔らかい唇の感触。
思わず腰を引こうとすると、追いかけるように指先が根元をきゅっと掴み、優しくしごき始める。
…なんだこれ、白昼夢?あまりの事に頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
「…ッッ…ぅ、ぁぁ………っ………」
夢にしてはリアルすぎる濡れた唇と舌の感触が、下半身を包み込み
震えが来るような強い快感が、背中から這いあがってくる。
……ちゅぽっ、ぴちゃっ、ぴちゃっ、ちゅ、くちゅ。
唾液と先走りが混ざった水音が室内に響き、耳まで犯される。
小さな口の中では舌先が踊るようにうねり、
亀頭、カリ首、裏筋、根元…と、順番に、的確に敏感な部分をくすぐりながら責め立てる。
一気に暴発してしまうのではなく、じわじわと内側から昇り詰めてくる刺激…たまらない。
………正直、もう、我慢の限界………。
「………ぐっ…ッ…住吉、せん、せぇ……、ごめん、も、無理…………ッ」
「っ…ん?んぅ…───!」
…これ以上は無理だ、と悟った瞬間、
自分の下半身に埋められていた小さな頭を慌てて引きぬく。…が。
寸での所で間に合わず、限界を迎えたペニスは、びくんっびくんと、勢いよく射精を始めた。
「……………う…っ、……あ…ぁぁ……!」
「…きゃ…!…っ…っ!!」
ぞわりと鳥肌が立つほどの快感が走り、膝が笑い、電気のような刺激と満足感が下半身を支配する。
…程無くしてようやくそれが治まった後も、暫くはじんじんとした余韻が続いた。
(…っ…めちゃくちゃ、気持ち、良かった………。)
息が乱れ、吐射の直後特有の脱力感に、このまま身を任せそうになる。
だが、虚ろな瞳で視線を移すと、そこには小さく咳をして口元を押さえ、うつむく住吉先生の姿。
…一気に頭が真っ白になり、事の重大さに気付いて、慌てて声をかける。
「っ〜〜!す、すすすいませんっ!ごめんなさい!大丈夫ですかっ、住吉先──」
「…っ…けふ……。」
……。
顔を上げた彼女を見て、また一瞬、息を飲みこむ。
ふるふると震えた先生は、瞳を潤ませ、肌全体を朱色に染めてこちらを見つめてくる。
赤く色づいた唇からは、先程浴びてしまったのであろう、白濁液が一筋こぼれ
それが口元をとろりと滑り落ち、Yシャツの中の白い胸元へ、落ちていった。
「………バッカ……田村ぁ…。…出すなら、出すって……ちゃんと、………言ってよ…。」
潤みきった大きな瞳を精一杯強気に光らせて、そう呟く彼女に
…僕のスイッチは、完全に入ってしまった。
*
「……。」
欲情した男の視線に気付いたのか、始めて彼女の方から瞳を逸らした。
その隙に、か細いシャツ越しの腕を掴んで、ぐいっと思い切り体を引き寄せる。
「ッ!きゃ、んっ」
子犬の様な声を洩らして、軽い肢体はあっさりと僕の胸の中に埋まった。
ここからだと表情が見えないが、耳や首筋はうっすらとまだ赤い。
……エリート行政書士だろうと、カバチタレだろうと、もう、知るか。
「…先生。」
「…っ……!っふ、ぅ…っ…」
顎を掴んで上を向かせると、小さな唇を無理やり奪ってやる。
ふにふにと柔らかい感触を存分に楽しみ、舌先でその真ん中をこじ開け
綺麗な歯列をなぞりながら口内に侵入すると、甘い彼女の唾液と、微かに精液の味がする。
「…んん、ぅっ……、ふ、…っぅぅー…」
…この唇がさっきまで俺のものを…とか想像すると、余計に興奮してしまう。
噛みつくような荒々しさで唇を貪っていると
先程犬だった先生の声色が威嚇した猫の様に変わり、
どんどんっと胸板を叩かれ、そこでようやく唇を離した。
「…っは…。…っはぁ、…っっあのねぇ、あんた……っっ……」
…ヤバい。我を忘れすぎた。今度こそ本格的に人生が終了するかもしれない…。
わなわなと小刻みに震える先生が、肩で息をしながら睨みつけてくる。その姿も、可愛いけれど。
「…ったく、もうっ、もうっ!!…もうちょっと優しく……しなさい…よぉっ!」
……え?
「田村は、バカで、グズで、ゆとりで、お人好しで、バカで、無謀な事にも突っ走って、バカで!
……でも…、わ、私より年上で、男、なんだから…っ。
こんな時くらいは……リードして…見せなさいよね……………。」
…バカって3回も言ったよこの人。いや、そうじゃなくて。
怒りの矛先が違う気がする。
まるで、優しくすればいいって言ってるように聞こえるんですが、それって…。
「……和姦、という事ですか……?」
──バキっ。
…気付くと鈍い音を立て、僕は床に突っ伏していた。
*************
いつも寝ているベッドへ住吉先生を寝かせると、改めて彼女は可愛いらしい…と思う。
多少皺になってしまったYシャツから、ゆるいラインを描いてまっすぐにのびる脚。
綺麗な黒髪に、すべすべした肌、つぶらな丸い瞳。
ちょっとこのまま飾って置きたい。そのくらい綺麗だ。
「住吉先生………。」
「……ん、ぅ…」
Yシャツの隙間から手を入れ、壊れ物を扱うような手つきで柔らかい乳房に触れると、
吸いつくような滑らかな弾力と、先端に突起の様な感触。
「…先生…下着、は…」
「…っ…洗濯したって言ったでしょ……。」
(…マジかよ。じゃあこの下、何も付けてないの?ノーブラでノーパンなの?…さっきから、ずっと?)
それを聞いて生唾を飲み込み、早急にボタンに手をかける。
既に優しくすると言った約束は、ぐらぐらと揺れて。
逸る気持ちを抑えてシャツの前を静かに解くと、シミ一つない柔肌が現れた。
「綺麗…だ…。」
「…ッこの…ど…すけべ……!」
見惚れるほどのしなやかな肢体に素直な感想を洩らすと、
真っ赤になって両手で胸元を隠す仕草をされる。
が、その手を掴んで阻止し、代わりに自分の顔をゆっくり乳房に埋めていった。
「…ひゃ、ぅっ!や、だ……、田村…ぁ………っ」
ぴちゃぴちゃとワザと音を立てながら、マシュマロの様な弾力の乳房を舐め上げ、先端を甘噛みすると
住吉先生の体はぴくぴく震え、面白いくらい敏感に反応を返す。
「っは、ぁ…ん……、くぅ…っ、んん……っ……」
きゅっと唇を噛み、快感に耐えながら声を出さない様にいやいやと首を振る姿は、
普段からは想像もつかない位いたいけで、劣情をこれでもかという程、煽ってくる。
硬くなっていく乳首を優しく舌で圧し潰しながら、太ももから脚の付け根へと撫で上げていくと
彼女の言うとおり…下も、何も付けていなかった。
「ふ…、あ…、そこ……ゃ………っっ……。」
「……先生、……すごい濡れ…、」
「〜〜〜言う、なぁぁ…っ!!」
すべすべした太ももの付け根に触れると、既にそこまで愛液がつたり、
ぬるりと温かいものが指先に絡みつく。
と、同時に先生が暴れ、僕の髪の毛を掴んで、頭を白い胸元にぎゅっと押しつけた。
……罰というより、ご褒美に近いんですけど、これ。
「…っきゃ、ぅぅ…、あ、ぁん…、ぁぁぁ……っ…」
くちゅり、一本指先を陰部にあてがえば、ゆっくりと奥に沈み込んでいく。
外の肌より更に高い膣内の熱と、粘膜のぬるぬるが、
まるで指の侵入を歓迎するかのようにひくひくとうねって、入口が締まる。
もう一本指を増やすと、うねりは更に複雑になって、愛液が泉の様に沸いてきた。
…駄目だ。たまらない。………挿れたい…ここに。
「……先、生…。」
「…ぁ…っ!…ひっ、あ…ぁぁああ…っ…!!」
指を引き抜き、少し解けたその場所に、ズンっ、と一気に根元まで挿入する。
途端、軽い悲鳴のような嬌声を上げ、彼女の体が弓なりにしなって、そのままベッドに深く沈んだ。
「…ッせんせ、大丈夫…です、か……?」
「ぁ…ぅ…、ふ…ゃ…ぁぁ、…っっ……」
ぎゅうぎゅう締まる内壁の圧力に、軽い眩暈を覚えながら、布団に乱れる黒髪を撫でて聞く。
小刻みに震える肢体、軽い絶頂に達したのか、薄く開いた唇から唾液がこぼれおちる。
それをあやす様に舐めとり、抱きしめてやると、細い腕にとんとん、と背中を叩かれた。
「…っ、だいじょぶ、だからぁ…。さっさと…動き…なさい…よ…っ…」
口だけ強気だが、どこもかしこも蕩ける様に潤んだ彼女の様子を見ると、
なんだか可笑しくなってきて、無意識のうちに頬が緩んでしまう。
「わかりました。じゃあ…遠慮なく…。辛かったら抱きついて下さいね。」
「…っは?誰が、っあ…!きゃう、ん…んんっ…!」
最後まで言わせない内に、腰を打ちつけると、その動きに合わせて小さな体が跳ね上がる。
それを気にかけはするものの、今度は動くのをやめず、むしろじわじわと早めて行った。
「っはぁ…んっ、ひぅ…っ、た、む、らぁ……ぁっ、も…、私……私…っ」
「…イきそう、ですか…?」
「ッッ…ち、が、……はぁっ、んん……っ!」
何度も何度も腰を動かすと、ぐちぐちと淫猥な音が響き、その度彼女はもどかしそうに身を捩る。
限界が近いのか、シーツを握っていた指を僕の首にまわし、弱弱しく抱きついてきた。
ひくつく膣壁を擦り上げる腰の動きはそのまま、
親指の腹で、切なげに勃起した肉芽を撫でてやると、きゅ、きゅ、と締め付けが断続的に強くなり。
「っ…ん、っはぁっ、ああぁ、っも……だ、め、ぇぇ…っっ…!!!」
「…ッう……住吉せん、せ……っ…〜ッ……!」
ぴん、と肉芽を弾いた瞬間、先生の白い肉体が痙攣を始め……
内壁が、それに連動してひくひくと小刻みに震える。
それに合わせて僕も限界を迎え、二回目だと言うのに自分でも驚く量の精を吐き出す。
…狭い膣内いっぱいに、どろりとした白濁が溜まっていく感触に、少しの間酔いしれていた。
*
「……ばか田村…。な、な、何、中に出してんのよ…っ信じらん、ない…ッ」
「…すいま、せん…っ。」
「ッ謝って済むかっ!…ほんとに、信じ…らんない…っ……。」
事後。我に返ると、乾いた自分の洋服をきちんと着こなした住吉先生が、真っ赤になりながら叫ぶ。
…とりあえず僕は、正座でその話を聞く。
「…ほ、ほんとにすいません、気持ちよくて、つい…。」
「つい、で中出し?あんたバカ…っ?…ああもう、どうすんのよ、もし何かあったら私…。」
「──責任は取ります!!」
「…っっっ!!」
──バキッ。
……気がつくと僕は、床に頭を強打していた……。
─────
「おい田村、これコピー取っといて、4秒以内に。」
「……はぁ。」
…あれから特に何の代り映えも無く、今日も今日とて依頼人を助けるため忙しい日々を送っている。
いや、むしろあれから住吉先生は前にもまして僕に色んな仕事を任せる様になってきた。気がする。
(…もしかして、すごく後悔して、怒ってるんだろうか。)
ぼんやりとコピーを取りながら宙を仰いでいると、バキッ!っといつもの蹴りが飛んできた。
「いって!」
「ほら、とっとと次の仕事場行くわよ、ぐずぐずしてんじゃないのっ。」
「…はい。」
「…もしも責任を取るなら、さっさと一人前になって貰わないと、ね。」
「……え?」
今、なんて?…そう聞き返そうとした僕の横を、住吉先生は颯爽と歩いていき。
結局、いつもの通りせわしなく支度をすると、その後ろを追いかけて、走った。
終。