『俺、住吉先生のこと好きですよ。』  
 
−あの日から、私は田村と目を合わせられなくなった。  
 
 
「住吉先生?先生ってば!」  
「え?あ、…ごめんね、で……カイ君のことよね?」  
「もぉ〜…違いますよ!パパのことです!!どうしたの先生、今日、なんかおかしいよ?」  
「そ、そおかしら?」  
 
制服に身を包んだ、可愛いらしい少女は怪訝な顔で美寿々を覗き込む。  
自分でも、らしくないほど仕事にミが入らないここ数日であることはわかっている。  
それもこれも、すべてあの男のせいなのだ。  
 
「もおいいや、なーんか先生、心ここにあらずって感じだし。パパのことは、田村さんに聞いてもらお。」  
「……た、田村に?」  
 
“田村”という名前を耳にしただけで身体が熱くなるのを感じた。  
僅かに見せた、いつもと違う美寿々の反応に杏はからかうように笑う。  
 
「あれ?先生、顔赤いよ?もしかして田村さんと何かあった〜?」  
「べ、別に!あのゆとりとは相変わらずよ!相変わらず馬鹿だしゆとりだしとろいし、ほーんと、やんなっちゃう。」  
 
コーヒーカップを片手に視線をずらしてこの場に居ない相棒のことを話す美寿々。  
高校生である杏から見ても二人の間に”何かしら“あったことがわかる程に、わかりやすい。  
法律に関しては腹黒い程プロなのに恋愛に関しては中学生並みの反応を見せる目の前の女性。  
杏は田村が惚れる理由がなんとなくわかった気がした。  
 
「ふーん?でも、かっこいいし優しいよね、田村さん。」  
「え?」  
 
田村がかっこいい?  
 
「この間、友達と居る時にたまたま田村さんに会ったんだあ。一緒にいた友達、かっこいいってきゃあきゃあ言ってたもん。」  
「あ、あのゆとりに?」  
「先生から見たら情けないとこもあるのかもしれないけど、かなりかっこいいし、しかもすごい性格いいし、あーんな人なかなかいないよね〜。だから、先生も素直にならないと、田村さん誰かにとられちゃうかもよ??」  
「………。」  
 
自分の気持ちを見透かしているかのような杏の笑みに自然と顔が赤くなる。その反面、他者から見た田村のことなどこれっぽっちも考えたことがない為少しだけ焦燥感をえた美寿々は、杏と別れて自宅に帰る途中ずっと田村のことを考えていた。  
 
(…田村のことが好きなのに…なんで素直に言えないんだろう…)  
あの時…田村に好きだと言われたあの瞬間。  
 
ほんとは、自分も伝えたかった。好きだと言いたかった。だけど、言えなかった。  
自分の気持ちを曝け出したら、際限なく彼を求めてしまう気がする、それが怖いから言えなかった。  
 
(田村は……どうしてあたしを好きなのかしら…)  
 
ここのところ、業務以外で口を聞いていない田村が少しだけ自分を見つめる瞳が寂しげであることを知っている。  
 
必要以上に田村を避ける私を責めない、優しい彼であることも。  
 
美寿々は携帯を取り出し、電話をかけた。すると思っていたよりはやく応答されたことに声が震えてしまう。  
 
「もしもし、住吉先生?」  
「…あ……田村?あ、あんた今、何してんの…?」  
「何って…今、飯作ってるとこですけど…」  
「へ、へぇ〜?ゆとりでも料理とかするんだ?」  
「しますよ、先生と違ってね?」  
「な、なんであんたがそんなこと知ってるのよ。」  
「前に酔っぱらった時ぺらぺら喋ってましたから。」  
「………。」  
 
いつものように言い合いを始めた自分達に(第三者から見たらじゃれあっているようにしか聞こえないが)、美寿々はこんなことを話したいわけじゃないのに、と内心溜息をついた。  
電話だからか、いつもと違って聞こえる田村の声にもドキドキしてしまう自分。駄目だ、どうやら相当自分は彼にはまってしまっているらしい。  
 
「先生?どうしたんですか?」  
「……た、田村…あたし…あんたに…あ「逢いたいですよ、俺も。」  
 
自分が言おうとしていた言葉を先に言われて、拍子抜けした美寿々は呆然と立ち尽くす。  
 
「今どこですか?」  
「え…えっと…〇〇駅の前だけど…」  
「わかりました。じゃあ、すぐ行くんでそこから動かないでくださいね?」  
 
そう言って、ぷつっと切れた電話に美寿々は現実感ないままにベンチに腰掛けてぼうっと空を見上げた。  
 
とにかく今、田村が来る、来てくれる。  
 
―ちゃんと伝えないと、私の気持ち。  
 
 
 
最近、住吉先生がよそよそしい―  
「田村。」  
「はー…。」  
「おい、田村。」  
「はー…なんでだよ…」  
「………栄田!」  
「うっす!」  
 
大きな溜息が漏れると同時に、頭に同じく大きな衝撃が響き、勝弘は机に顔面をぶつける。  
 
「いって〜…何するんすかあ〜!」  
「溜息ついてる暇あったらこの書類コピーとっとけ!」  
「そんな、溜息ついただけじゃないっすか!」  
「溜息ついてるのが駄目だとは言ってない。仕事に集中しろと言ってるんだ、わかるか。」  
「……すいません…。」  
 
重森にそう言われ、勝弘は頭をさすりながら渋々謝る。  
だが、溜息もつきたくなる程に美寿々とぎこちなくなってしまったのだ。これならあの時言わない方が、いや、いっそキスをしなければ良かったのかもしれない。  
あの日は美寿々が戻ってきたことが嬉しくて、しかも憎まれ口だとしても自分を心配してくれたのが嬉しくて、つい衝動を抑えきれなかった。  
もしかしたら彼女も、少なからず自分を想ってくれているのかもしれない―そう高ぶってしまったところもある。  
 
「あ〜……!!!なんで言っちゃったんだ俺〜!!!」  
「なんだ、何か悩んでるのか田村は。」  
「大先生!」  
 
頭を抱えて叫べば、後ろから事務所の長である大野の声。  
聞かれた!!と勝弘は額に汗を浮かべるが、大野はぽんっと勝弘の肩をたたき笑みを浮かべた。  
 
「何があったかは知らんが…そういう時はまず―」  
「それはたむたんがいけないわよぉ〜!もぉ〜!」  
「はあ……そうですか…」  
「美寿々ちゃん、きっと待ってたわよね〜、田村さんから付き合おうって言われるの!」  
「そぉよ〜!!ね〜、大先生☆あ〜ん☆」  
「そぉだよね〜!!!あ〜ん☆」「や〜ん!きゃわゆい〜☆」  
「きゃわゆい〜☆」  
「……………」  
 
いつも通りに店に来たのはいいが、本当にここにいる人間に相談してよかったのかと勝弘は少し後悔していた。  
とはいえ、告白をしてそこから付き合おうと言わなかった自分に非があることはわかり、がっくりと肩を落とす。  
 
「でも…付き合おうって言って素直に付き合えたとも思わないっすよ〜。」  
「まあ、それは確かにあるかもなあ。なんてったって住吉先生だし…。」  
「ですよね〜?」  
「…じゃあお前は住吉先生が付き合えませんと言ったら、そこで諦めるのか?」  
 
急にいつもの口調に戻った大野を、勝弘は目を見開き見つめた。  
 
「住吉先生がお前とは付き合わないと言えば諦める―その程度の気持ちだったのか、お前は。」  
「………そんな……そんな簡単に諦められるわけないですよ!だって俺!」  
 
思わず叫んでいたことに気が付けば勝弘ははっとした。  
大野を筆頭にその場にいた全員が勝弘を微笑ましい表情で見ている。  
 
「………お、俺…………か、帰ります!!!///」  
 
視線に耐えられず勝弘はがたがたと席を立ち、急いで家に帰ることにした。  
あー、なんでこの人達に相談なんかしたんだろう、と少し後悔もしながら。  
 

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