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黒人の顔が変貌をはじめた。  
 
皮膚の色がうすれ、顔の造形が変わっていく。  
 
・・・そこに現れたのは「おれ」だ。  
 
田村勝弘、いつも鏡で見る自分の顔。  
寸分違わない。  
 
しかし違う。  
そこにあるのは魂を違えた、まがいものの田村だ。  
 
黒・田村は、もう一人の「おれ」は、にやりと笑って言う。  
 
「今日からは、お前に代わってオレが田村だ」  
 
 
現実世界で、おれと入れかわり田村として生きるというのか!  
 
それがお前のねらいなのか。  
 
「そうだ、お前のようなつまらない人間ではなく、知略に富んだ有能な男に生まれ変わる」  
冷ややかな声・・・しかし、確かにおれの声だ。  
 
「情に流されることのない野心家として、そして、この女の性の主人としてな」  
 
 
黒・田村の言葉を聞きながら、おれの心に、あるイメージが形作られていく。  
それは、黒・田村から送り込まれた幻想にちがいない。  
 
これから先、ありうる(・・・・)かも(・・)しれない(・・・・)未来(・・)の(・)「オレ」の姿だ。  
 
「オレ」は若手、気鋭の辣腕弁護士・田村勝弘として、一躍、世間の注目をあつめる。  
 
マスコミ受けするルックスと、機知とユーモアに富んだ弁舌で、今や時代の寵児だ。  
 
バラエティ番組はおろか、ニュース番組のキャスターまでつとめている。  
 
しかしその正体は、あらゆる汚い手段を使って望む結果を手に入れるハイエナだ。  
 
 
ああ、その「オレ」の姿はまるで・・・おれの親父だ。  
 
人々は、黒・田村の非人間的な酷薄さを知らない。  
 
メディアから軽妙に伝えられる、その考え方の危険性を知らない。  
 
人々は自分の考え方だと思っているものが、実は黒・田村の言葉の受け売りだということに気づいていない。  
 
社会が、この国が、おかしな方向に進んでいこうとしていることに・・・。  
 
 
「オレ」に縁談が持ちかけられる。  
 
さまざまな思惑がからんだ政略結婚。  
それは、「オレ」が政財界に太いパイプをつなぐための、またとない絶好のチャンスだ。  
 
「オレ」はためらうことなく「内縁の妻」美寿々と手を切る。  
 
視線を感じ、「オレ」は後にしようとする家のほうを振り返った。  
 
可愛い子供が、じっと「オレ」を見ている。  
 
美寿々との子供が、静かな怒りに燃える眼で「オレ」を見つめている。  
 
ああ・・・あれは・・・・あの子は、おれだ。  
 
おれもあんな風だったんだ・・・・。  
 
 
「この女にはいつでも、どこでもオレが望む時に下着を下ろさせ、足を開かせる」  
美寿々のあえぎ声が聞こえる。  
 
「誰の目にとまるかもしれぬ、外回り先の公園の中で」  
白く、か細いからだがさまざまな体位で犯され、陵辱される。  
 
「誰もいない夜の大野事務所で、床に手をつかせ裸の尻をつきださせ、犯してやる」  
 
「そうだ、この部屋で、全裸で犬の首輪を付けて鎖につないで調教してやろう」  
くさりの音、ムチのうなり、美寿々の悲鳴。  
 
「この生意気な女に、自分が男に犯されて泣きわめくただの小娘だと思い知らせてやる」  
 
黒・田村は言葉だけではなく、おれの心に数々のイメージを送り込んできた。  
 
奴隷のように、女として嬲られ辱められる、美寿々の数々の姿を。  
 
「オレがのぞむすべてのことを受け入れさせてやる」  
身体を体液にまみれさせ横たわる美寿々。  
・・・そのそばには、身動き出来ず、耳をふさぎ涙を流すしかない年老いたおれがいる。  
 
「お前は、あわれな年寄りの姿で、毎晩、美寿々がオレに抱かれ、犯されるのを見ていろ」  
 
黒・田村は黒人の姿にもどった、と、同時に陵辱のイメージもとだえた。  
 
「お願い、おねがい!やめてぇっ!いやっ!イヤっ!」  
黒人は、また美寿々をさいなみ始めた。  
 
こんどはこの場の声が、情景が、年老いて身動きできないおれを苦しめる。  
 
 
不意にある考えが生まれた。  
・・・・その方法しかない。  
 
 
黒人は、腰を激しく動かし続けている。  
 
「いやあっ!ああ、イヤああああぁ!お・・・・ね・・・が・・・い」  
美寿々の悲鳴が、あえぎ声がおれの胸を刺し、心をえぐる。  
 
 
まだだ・・・まだ、悟られてはいけない。  
 
黒・田村は心を読む。  
 
上手くいくかわからない。  
 
たとえ、上手くいったとしても・・・。  
そのやり方で、あの、黒・田村の脅威を取りはらうことは出来ないだろう。  
 
しかし、少なくとも、美寿々を逃がす時間はかせげる。  
 
部屋の反対側にある窓。  
 
女の子の部屋らしい可愛いカーテンの向こう側を、やつが壁に変えていないことを祈る。  
 
黒・田村が自分の思念を、イメージをおれに送れるということは・・・。  
 
逆もまた、そうだ。  
 
美寿々を後ろから責め続けている黒・田村の黒人が、急にこちらを向いた。  
「なんだ、死に損ない、まだ何かたくらんでいるのか!」  
 
 
今だ!  
 
おれは、あの「親父」のイメージを、砲弾のように、黒・田村にぶつけた!  
 
最近和解したとはいえ、田村がこの世で最も憎んでいた人物。  
父、辣腕弁護士・鷲塚。  
 
子供の頃に父親に感じた「恐怖」のイメージを束ね、まとめて、黒・田村に叩きつけた!  
 
「勝弘ッ!!!!」  
 
雷のような恐ろしい大声が響き、この部屋が地震のように揺れた。  
 
落雷が何本も同時に落ちたかのような衝撃!  
まさにカミナリ親父だ。  
 
それは思いがけず、いや、思った以上の効果を黒・田村にもたらした。  
 
黒・田村の巨体は部屋の端に、見えない力で吹き飛ばされ、壁に激突していた。  
 
不思議な「この場」で、強い思念の力が、物理的ショックとなって反映されたのだ。  
黒・田村が変幻自在に、おれを黒人や老人に変身させたように・・・。  
 
浅黒いとはいえ、もう、あいつは黒人ではなく、裸の田村の姿をしている。  
脳震とうでも起こしたように、うつむいて動かない。  
 
・・・・そして・・・そして!  
もとあった場所にドアが生まれ、開いている!  
 
おれは、この時生まれてはじめて、心から父に感謝した。  
 
 
わずかでも時間がかせげた。  
美寿々!  
 
美寿々!逃げるんだ!  
思いっきり叫ぶ・・・叫んだつもりだった。  
 
声が出ない!  
 
年老いた喉から漏れるのはしわがれた、うめき声のような音だけだ。  
 
そして、さらにかすむ目で美寿々のいたほうを見て、がく然とした。  
 
美寿々は、繰り返される暴行の果てに失神していた。  
力なく、うつぶせに横たわっている。  
 
美寿々!!  
 
 
・・・声は出ない。  
 
 
つづく  
 
 

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