送信
― 住吉先生、今度の日曜日
どこかへ行きませんか?
いい雰囲気のお店見つけました
いっしょにディナーしましょう!
・・・・
着信あり
― なんで、私が
田村とどこか行かなきゃならないの
ふざけないでよ
田村、
あんな子供みたいなキスで
私がときめいたと思った?
・・・・
いい香りがする。
カウンター前の鉄板で、広島風お好み焼きがふっくらと焼けている。
ここは大野事務所なじみのBAR「女郎蜘蛛」。
ふだんは先輩たちや会社員の客でにぎわっているこの店も、今夜は珍しく田村一人だ。
「ふうん、たむたん、住吉先生にキスしたの」
いつの間にか、女郎蜘蛛ママが、田村が持つ携帯に顔をよせている。
「ちょっと!ママ!他人の携帯を勝手に見ないでください」
「なに言ってるの。メール画面開きっぱなしにして、そんな格好してたら、いやでも気になるわよ」
「女郎蜘蛛」のママは、チャイナ風ファッションのゴージャスな雰囲気の美女。
硬派の上司・大野大先生も鼻の下をのばす妖艶なママだが、見かけによらず、案外、気のいい相談相手だ。
「住吉先生とうまくいってないの?」
「最近、避けている雰囲気が・・・おれ、そんな嫌われることやったかな?」
「パーカーの重ね着がいけなかったんじゃないの?」
とホステスの まゆが口をはさむ。
「住吉先生、『あれ、私服?』って眉をひそめたし」
「酔ったとき、先生に すずみたん!って抱きつこうとして、パンチくらってたし」
美寿々の前での田村の失態を、指折り数えている。
「まゆちゃん、たむたん追いつめてどうするのよ。ほおら、また落ちこんじゃった」
「だって、たむたん、かわいいんですもの」
ファッションも中身も、小悪魔な美少女だ。
田村は、カウンターに横顔を密着させたまま、携帯を片手にぼやく。
「住吉先生と おれの関係って、どうなんでしょうね〜」
「・・・はたからみると、じゃれあう相思相愛のカップルにしか見えないんだけど」
ため息まじりにママが言う。
「素直になれないのね、住吉先生」
支払をおえると
「たむたん、いつもごひいきにありがと」
田村は、まゆから白い粉が入った小さな四角い紙袋を手わたされた。
「何?まゆちゃん、これ・・・風邪薬?」
「つまらないものよ、ただの、び・や・く」
「ああ、び・やく。・・・び薬って?・・・・・・・び!媚薬!?」
「そうよ、女をその気にさせる魔法のくすり」
「冗談!・・・なんで、そんなもの、持っているの!」
「支払の悪い客に、一服もって うっとりさせてご清算、男にも効くのよ〜」とまゆ
「ネット通販って、なんでも売っているのね」と女郎蜘蛛ママ
「・・・・・」
手の中の小袋をまじまじと見つめる。
「そ、そんな!薬の力で思いをとげろって、住吉先生にそんな卑劣なこと」
「そうよ、今、たむたん の頭に浮かんだ その使い方でOK」
意味ありげにまゆが、にっこりと微笑む。
「い、いやいや、ボクはそんなこと・・・」
「今のあなたたちには、一歩ふみ出す きっかけが必要なのよ」とママ
「はい、『きっかけ』」
田村はママから、薬をのせた手のひらをグーの形にされた。
「がんばってね」
・・・・・
数日後の夜、田村勝弘と住吉美寿々の二人は大野事務所に残業で居残っていた。
美寿々は、相変わらず田村を避けている雰囲気だ。
仕事先で、狭い事務所の中で、ずっと一緒だが、業務連絡以外はなんだか声もかけづらい。
田村は思いをめぐらす。
キスの件、そして先日のメール。
おれがいけなかったのかな。
二人の間によどんだ空気を作り出したことで、田村は自責の念にかられている。
でも、あのとき告白したこと、キスしたことは後悔していません。
・・・すぐでなくてもいいんです、住吉先生、おれの気持を受け止めてください。
心の中で強く念じ、仕事に没頭する。
田村は今の忙しさをありがたく思った。
不意に、背中合わせに座っていた美寿々がつぶやいた。
「田村、つきあってあげてもいいわよ」
えっ・・・・今なんて?
「めどがついたし、喉、乾いてない?」
「え、うれしいです。どうしたんですか急に?それに、さっき・・・」
問いかけには答えず、美寿々は白い缶チューハイを二つ、事務所の冷蔵庫から取り出してきた。
「おつかれさま」
艶めくショートカットの黒髪、ふとみせる、ふんわりとした年相応の可愛い笑顔。
・・・きれいだ。
今日、一緒に依頼者のもとへ出向いた時も、男たちが何人も彼女を振り返っていたな。
一人は、「女優の堀北真希さんじゃないですか?」って声をかけてきたっけ。
よく似ている。
住吉先生のほうが可愛くて、きれいだけど。
思わず見とれていたら。
「・・・なによ、ジロジロ見て」
上目づかいでにらまれた。
「セクハラよっ、田村、あんた、ヤらしいこと考えてるでしょ?」
にらむしぐさも、小動物を思わせるような愛らしさだ。
どれだけ可愛いのだろう、この人は。
「かっ、考えすぎですよ!急にやさしくして、先生こそ、なにか 企んでいませんか?」
「ふん、私があんたなんかに、なにを企むっていうのよ」
美寿々は突然立ち上がった。
「どうしたんですか?」
「お手洗い」
一口飲んだところで、美寿々は用足しに席をはずした。
よかった、いつもの調子がもどってきた。田村は少し胸をなでおろす。
つめたく冷えた缶を口にかたむけた。
乳酸入りの缶チューハイは、ほろあまく、疲れた頭と心を癒してくれる。
・・・・・
田村の目は、目の前にある、開いたままの美寿々の缶の飲み口に釘付けになった。
脳裏にママの声がよみがえる
「一歩ふみ出す きっかけが必要なのよ」
はからずも・・・チャンスが到来した。
媚薬をとりだし、震える手で薬を美寿々の缶チューハイの中に入れる。
飲み口に白い粉がすべてのみこまれるのを見届け、冷たい缶をゆらし、袋をゴミ箱に捨てる。
とたんに動悸が早くなり、わきあがる後悔と罪悪感が田村の胸を刺した。
せっかくいい雰囲気になっているのに、大切な人にこんなことしていいのか?
媚薬に効き目があるとして、ここで彼女を押し倒すつもりか?
そんなこと、自分に出来るのか?
・・・はやく距離を縮めたいとはいえ、われながら、なにをあせっているんだ。
美寿々はまだ戻ってこない。
来客用のソファーに深々と腰掛け、そのまま天井を見上げる。
すると、よほど疲れていたのか、知らないうちに睡魔が襲ってきた。
暖かな泥の中に、体がゆっくりと沈みこんでいく気がする。
・・・だめだ。
やっぱり、怪しげなものを、みすずに、のませちゃ、・・・いけない・・・・・
・・・・・
「いやっ、やめてっ!」
美寿々の悲鳴だ。
壁際に追いつめられ、おびえ、身をよじる。
悲痛な表情で、目に涙を浮かべている。
彼女は裸にされていた。
必死で迫りくるものから逃れようとしている。
けだもの!?いや、・・・・現れたのは、たくましい黒人男だ。
荒縄をたばねた様な黒い筋肉が身体を覆い、陵辱への期待に目をぎらつかせている。
男の声が聞こえてくる。
キレイナ、シロイ、メス。ウマソウ。
厚いくちびるを舌なめずりして、黒く太い腕をのばす。
白く か細い身体が引きよせられる。
彼女は、さらに悲鳴をあげる。
「先生っ!住吉先生っ!」
田村は自分の声で目が覚めた。
驚いた顔でこちらを見つめる美寿々は、今、まさに薬入りを飲もうとするところだった。
「あっ!それ、飲んじゃだめだ!」
田村はソファーから飛び起き、あわてて、缶を取り上げようとする。
「きゃっ!何するのよ、田村!」
驚いて、美寿々の手は缶を離した。
テーブルに落ちたはずみで、チューハイは美寿々の服を濡らしてしまった。
「あッ、すみません!」
「もうっ、お気に入りなのに!なに寝ぼけてるの、クリーニング代だしてよっ」
あわてて、給湯室からおしぼりを取ってくると・・・。
美寿々が白いのどをのぞかせて、缶の残りを飲み干していた。
「あっ!先生・・・・」
「田村がそそうするから、これだけになってるじゃないか」
そのころ、BAR「女郎蜘蛛」では、まゆとママのおしゃべりに花が咲いていた。
「あの若さで、22才でバツイチですよね、住吉先生って」とまゆ。
「気の毒に、ご主人は亡くなったって」とママ。
「たむたんに素直になれないのは、前の旦那さんへの気持が整理できないからかな・・・」
まゆの話は、ママの小さな悲鳴でさえぎられた。
「変な声出して、どうしたのママ!?」
「・・・たむたん に説明するのを忘れていたわ」とママ。
「あの薬、全部飲んじゃうと、強い副作用があるのよ」
美寿々の様子が変わったのは、田村が自分の缶を飲みほしたあとだった。
「はぁ・・・っ」
「住吉先生、どうしたんです?顔が赤いですよ、熱でもあるんじゃ?」
「・・・・・やっ・・!」
美寿々はビクッと体を震わせ、田村の手を払いのけた。
顔を真っ赤にし、目を潤ませている。
田村は、はじめて見せる美寿々の表情に驚いた。
・・・はじめて見た、住吉先生のこんな顔。
「か、風邪でもひいたのかな・・・体が火照ってるの・・仕事は、ここまでにしましょ」
「本当に、大丈夫ですか?」
まさか、あの媚薬の効果が?
ふらつきながら美寿々は、田村が耳を疑う言葉を口にした。
「田村、・・・私を部屋に送ってくれる?」
・・・・・・・
キーを預かり、ドアを開ける。
「おじゃまします」
靴を脱ぎ、脱がせ、明かりをつけて、部屋のソファーに美寿々をおろして一息ついた。
「あれ・・・意外とキレイ?」美寿々の部屋の様子を見て、田村は思わず口にした。
「どうした・・・のよ」
「いえ・・・偶然、お友達の岡本さん、いや、おケイさんに会ったとき、言われたんです。
先生の部屋に遊びに行くことがあっても、部屋の惨状は大目に見てあげてね、って」
「あ、あいつぅ・・・・余計なことを」
「先生もおちついたみたいだし、じゃあ、僕はこれで」
「待ちなさいよ!せっかく私んちに上げてやったんだから、お茶ぐらい飲んでいきなさいよ」
「え・・・うれしいけど、先生、ほんとに大丈夫ですか?」
「イエス?それともハイ?」
お酒がこぼれたブレザーの下に当て布をし、タオルでたたいて応急処置。
しみになりませんように。
キッチンで陶器のふれあう音がするのを聞きながら、田村は安どのため息をもらした。
よかった・・・心配ないようだ。
それにしても・・・事務所で住吉先生がみせたあの顔が忘れられない。
けっこう腹黒な法律家だけど、見かけは かなり清楚で可愛い顔立ちの住吉美寿々。
その人が、顔を真っ赤にし、おびえたように目をうるませていた。
・・・・すごく色っぽかったな。
あれが、媚薬の効果だろうか?
思い出したとたん田村の股間に急激に血液が集中し、みるみる欲望を形作ろうとする。
よりによって先生の部屋でっ?
これ・・は・・・ちょっとマズイぞ、あそこがいつもに増して元気だ。
さらに追い討ちをかけるように、この部屋に送り届けるまでのことが頭に蘇ってきた。
これ以上に無いほど身体を密着させて感じた、軽い体重、身体のやわらかさ。
胸をくすぐる、十代を抜け出したばかりの女性のほのかな甘い香り。
田村のものはますます硬く、大きくなり、それは今や痛いほど勃起している。
「一歩踏み出す」ために媚薬をもった事はどこへやら、行動は日頃の悲しい習性そのままだ。
急激に形状が変化した自分の一部を、着衣の上から、安定した方向に整えようと股間をもぞもぞ いじくっていたら、いきなり、背後から声がした。
「やっぱり・・・・ヤらしいこと考えてる。エロ田村・・・・」
・・・甘い、優しげな声がこれほど恐ろしく聞こえるとは、・・・神様!
「ちっ、ちがいます、これは・・・あ」
おそるおそる後ろをふりかえり、田村は思わず息をのんだ。
香ばしいココアの香り。
湯気の立つカップを乗せたトレイを持ち、住吉美寿々がそこに立っていた。
一糸まとわぬ姿で。
全裸で・・・。
つづく