浅葱家、留美奈の部屋。  
 AM.6:00。  
 床に敷かれた布団から、もぞもぞとシエルがはい出す。  
「くか〜…………」  
 隣のベッドの上で、留美奈がまだ寝息を立てていた。  
 シエルはそっと布団をたたんで部屋の端に寄せると、できるだけ音を立  
てないように、留美奈の部屋を出る。そこでドアに寄りかかって軽くため  
息を着いてから、ぐっ、と表情を引き締める。  
「よしっ」  
 気合いを入れるようにそう言って、階段を降りていく。  
 
 1時間後……  
 ジリリリリリリリリリリ!!!!  
 盛大な目覚ましの音が留美奈の部屋に響き渡る。  
「んにゅぅ……」  
 寝ぼけ眼で、頭をかきながら身を起こす留美奈。くるり、と首を横に向  
ける。  
 そこには、寝ているはずのシエルの姿がなく、シエルの布団が既にたた  
まれていた。  
「シエル?」  
 訝しげに思いながら、部屋を出る。階下に人の気配があった。  
 ――あの放任ジジィは全国秘湯めぐりだとか抜かしてまた寺放り出しっ  
ぱなしのはずだし……って、まぁ、シエルがいるはずだが……  
 強盗なんて頭は最初から留美奈にはない。第一、よほどの事がない限り  
シエルが強盗風情に負けるはずもない。  
 だらだらと階段を降りていくと、台所でパタパタとスリッパで移動する  
音が聞こえた。  
「シエル?」  
 暖簾をかき分けて、年季の入ったダイニングキッチンを覗く。  
「あ、留美奈、おはよ〜」  
 そこにいたシエルが、留美奈の顔を見るなり、にこっ、と笑顔を見せた。  
 髪の毛をツインテール……ではなく、襟元で1本にまとめたしっぽ型の  
髪型にしている。白のワンピース姿に、エプロンをつけていた。  
 テーブルの前で何やらやっていたが、留美奈が顔を見せると、戸棚から  
皿を出してそれを手に、オーブントースターに向かって背伸びをして、そ  
の中から2枚のトーストを取り出す。冷蔵庫からマーガリンを取り出して、  
キツネ色のパンに素早く塗った。  
「はい、朝御飯♪」  
「お、おお……」  
 
 呆気にとられた表情のまま、留美奈はトーストの皿が置かれた席に座っ  
た。トーストを手にとり、口に運ぶ。  
「…………」  
 留美奈がトーストを食べている目の前で、シエルが弁当箱を包んでいく。  
「これ、お弁当ね?」  
 そう言って、包まれた弁当箱を差し出した。  
「お、おう……」  
 留美奈は唖然とした感じで、生返事を返してしまう。  
 ――なーんか、妙な感じだな……  
 そう思いながら、留美奈はシエルの顔を見る。無邪気な笑顔が、そこに  
あった。  
 ――まぁ、いっか……  
 そう思いながらトーストを食べ終えると、再び階段を上がり、自室に戻  
っていく。  
 パジャマを脱ぎ捨て、制服を身に付ける。  
 脱ぎ捨てたパジャマを丸めてつかみ、部屋を出て、バタバタと階段をお  
りる。一旦洗面所へ言って、洗濯カゴに放り込む。それから、玄関に向か  
って行く。  
「おっとっと」  
 玄関に向かって駆けて行く途中、その姿勢で走るペースのまま台所の所  
まで戻ってくる。  
「せっかくつくってくれたんだし……な」  
 そう言いながら、留美奈はずっしりした弁当箱をカバンにしまいこみ、  
台所を後にする。  
「いってきまーす!」  
 ガラガラガラガラ、ピシャン。  
 威勢よく声を上げて、留美奈は家を出て行った。  
「…………ふぅ」  
 それを見送ったシエルが、その場で軽くため息をついた。  
 
 2度目の高校1年生。  
 留美奈は入学早々の騒ぎとその後の行方不明が新入生にまで知れ渡って  
いるのか、妙に居心地悪そうにしていた。  
 一方、同じクラスであるものの、ずいぶん離れた席にいる銀之助の方は、  
ひとつ年下のクラスメイトと談笑している。  
 ――こーいう時、昔は逆だったんだけどな……  
 ひとりごちて、はぁ、と軽くため息をつく。  
 そんな1日が始まって、やがて昼休み。  
「……そーいや、弁当があったんだっけな」  
 そう思いながら、カバンから包みを取り出す。  
「あれー、浅葱先輩、弁当なんスか?」  
 と、斜前から声をかけてきたのは、新しいクラスメイトの1人。手近な  
机に手をついて立ったまま、パンをかじっている。  
「ひょっとして、彼女の手作りってヤツですか? 浅葱先輩、もてそうだ  
からな〜」  
「もてる? 俺が?」  
 弁当箱を包んでいる布を解きながら、相手の言葉を聞いて、少し吃驚し  
たような表情で相手を見上げる。  
 その相手も結構いい男、どこかテイル似なのは個人的にひっかかるもの  
の、身長なんかは自分より5センチ以上は高そうだったが……  
「ええ、あんまり大きな声じゃないですけど、一部の女子にすっごい人気  
あるんですよ、浅葱先輩。気付いてなかったんですか?」  
「いや、そ、そんな事ねーけどよ。あはははははは……」  
 笑って誤魔化しながら、弁当箱を開ける。  
 ――ま、期待はしてねーけど……  
 そう思いつつ中を覗き込むと、おかずは一口ハンバーグを中心に充実さ  
せていた……が、問題は御飯の方。  
 黒胡麻で、デフォルメされた留美奈とおぼしき顔が描かれている。  
 
「うげ――――」  
「うわぁ、すっげぇ」  
 弁当箱を覗き込んだ、目の前のクラスメイトが声をあげる。  
「浅葱先輩、アツアツっすね〜」  
「あははは、まーな」  
 顔を赤らめながら、留美奈は乾いた笑いを上げた。  
 するとそこへ、留美奈の背後からひょこっ、と銀之助が顔を出した。  
「あれっ、留美奈、そのお弁当、もしかしてシエ――」  
 銀之助がすべてを言い終える前に、留美奈の強烈な裏拳が銀ノ助の顔面  
を捕らえていた。銀ノ助はマヌケた表情でひっくり返る。  
 身体のあちこちを机や椅子にぶつけながら床に軟着陸した銀ノ助は、あ  
る事を思っていた。  
 ――やっぱ、あの事気にしてんのかな、シエルちゃん……  
 
 3日ほど前。浅葱家、留美奈の部屋。  
「へぇ、じゃあ今、シエルちゃんが留美奈と一緒に暮らしてるんだ」  
「ん」  
 留美奈が用足しに席を外した時のこと。  
 床にあぐらをかいている銀之助が、ベッドの上に腰掛けて、後ろに手を  
ついて寄りかかるようにしているシエルに問いかけた。  
 シエルの肯定の言葉を聞いて、銀之助はなにかを考えるように視線を宙  
に泳がせた。  
「じゃあ一応……野望達成、ってことになるのかなぁ」  
 そう言って、銀之助はニヤニヤと笑う。  
「え? 野望……って?」  
 事情を知らないシエルは、キョトン、と目を円くして、銀之助を見た。  
「んー」  
 さすがに知らないか、と銀之助は思いつつ、にやりと笑って、シエルに  
耳打ちした。  
「実はね、留美奈は――――」  
 
「くー……すー……」  
 夕方の縁側。  
 洗濯して干した後、既に取り込んでたたまれたタオル類を傍らに、シエ  
ルは大の字になって寝ていた。  
 そこへ、  
 ガラガラガラガラ……  
「ただいま〜」  
 どこか間延びした声を出しつつ、留美奈が帰宅してくる。  
「はっ」  
 その声に気がついて、シエルは目を覚ますと、一瞬おいて慌てて飛び起  
きた。そこに留美奈が通りかかる。  
「あ……わ、たし、寝ちゃってた。ごめん、すぐ御飯の支度するから……」  
 と、駆け出そうとするシエルを、留美奈は手を伸ばし、肩を抑えて制止  
した。  
「ちょっと、待てよ……」  
「へ?」  
 制止されたシエルは、その場に立ち止まり、留美奈を見上げるように振  
り返る。  
「なんか……メシ以外にもいろいろ家事……やってあるみたいだし、一体  
……どうしたんだよ?」  
 留美奈は綺麗にたたまれたタオルを見て、少し困ったようにそういった。  
「うんっ」  
 シエルは留美奈に向き直り、満面の笑顔で応えた。  
「洗濯もしたし、掃除もしたよ。留美奈のうちって凄く広いね〜、私、疲  
れて寝ちゃったよ……」  
「掃除したって……全部の部屋をか!?」  
 シエルの言葉に、留美奈が驚いたように聞き返す。  
 
「うん、といってもはたきかけて掃除機かけただけだけど……地上の掃除  
機って原始的だね、ONとOFFしかできないんだ」  
「いや……そりゃうちの掃除機がボロいだけだ……」  
 けろっとして言うシエルに、留美奈は唖然としながら淡々と応える。  
「そうなの?」  
 シエルはきょとん、とする。  
 一瞬おいて、留美奈は膝をついて、シエルを抱き締める。  
「わ、留美奈……?  
「一体どうしたって言うんだよ、急に……こんな事やり始めて……」  
 留美奈が柔らかく問いただす。するとシエルは、困惑したように、ども  
りがちに言う。  
「だって……留美奈、こういうの憧れてたんでしょ? 『バラ色の同居生  
活』とか言って…………」  
 シエルがそう言うと、留美奈はシエルを解放して、その場でオーバーリ  
アクション気味の、身体を横に向けた上体で手足を上げたポーズをとる。  
「だ、誰にそのこと……聞いた?」  
 こっぱずかしさに留美奈は、顔を真っ赤にしつつ、シエルに問いただす。  
「え……銀のにーちゃんだけど……?」  
 シエルは少し焦り気味に、留美奈に応える。  
「あのヤロー、余計な事吹き込みやがってぇ……」  
 怒りの形相で握りこぶしを固める留美奈。その拳のまわりに、風の渦巻  
きが発生する。ほとんど留美奈を殴る時のチェルシーの勢いだ。  
 それを見て、シエルは慌てて、  
「ちっ、違うのっ、これは……私がやりたくてやったんだから。私っ……」  
 シエルが声をあげるのに、留美奈はその怒りの形相を解いて、シエルを  
見る。  
「シエル……」  
 
「せっかく……その……こ、恋人、同士、なん……だし……やっぱり、こ  
ういう事……してあげたいよ……私……まだ子供だけど、お、女だもん!」  
 シエルがどこか寂しそうに、俯きがちにそう言うと、留美奈は優しげに  
苦笑して、シエルの頭を撫でた。  
「あ……」  
「ありがとな、その、俺も嬉しいぜ? ただ、ま、無理はしない程度にし  
てくれよ、俺にとっても、シエルは大事な存在……なんだから、よ?」  
 途中から自分の言葉が気恥ずかしくなって、留美奈はシエルから視線を  
反らしてしまう。  
「留美奈……」  
 少し赤らんだ顔で、シエルは留美奈を見上げる。  
「とりあえず、掃除は俺の部屋と今と台所、それと廊下まわりだけでイイ  
からな? 他はほとんど使ってねぇし」  
「ん、わかった」  
 照れ隠しにおどけたように留美奈が言うと、シエルは苦笑しながら応え  
た。  
「じゃあ、御飯つくるね? 簡単なものしかできないけど……」  
「お、おうっ」  
 パタパタと台所にかけて行くシエルを見送りながら、留美奈は内心、複  
雑な気持ちになった。  
 ――そもそもルリはろくすっぽ、料理もできなかったんだがなぁ〜  
 シエルとルリを比較する事に少し罪悪感を感つつ、しばし呆然とその場  
に立ち尽くす留美奈。  
 そして、浅葱家の陽は暮れて行くのであった。  
 

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