「あっ、あっ、あっ、あっ……!!」
体がびくびくと痙攣するのに合わせて、声が零れる。意識の奥が白みかけて
きて、絶頂まであともう一歩のところまで来ているのを悟る。こうなれば、も
う少しもしないうちに達してしまう。早く、いかせて。春香は心の中で思いな
がら、腰を揺らす。だが、望美はここぞというところで指の動きを止めた。
(え……何でよ……何で、止めるの?)
戸惑う春香に気付かないのか、それとも気にしていないのか、動きを止めた
指を引き抜く。
「――っ!!」
指が内壁と勢いよく擦れて、ぴりっとした快楽が背筋を貫けた。だが、まだ
絶頂に達するには至らず、春香はもどかしげに股を擦り合わせる。
(もう……早く、いかせてよ……っ!)
ずるずると先延ばしにされる絶頂に、苛立って心の中で怒鳴ったが、それが
望美に伝わるはずもなく。彼女の動作を待たなければいけないということが、
酷く、もどかしかった。
「はぁ……ふ……」
春香は大きく息を吐いて、下腹に溜まった快楽を逃そうとする。望美が何も
してこないからには、自分でどうにかするしかなかった。腰を揺らして、胸に
手をやってやわりと揉む。手のひらに固く尖った乳首が触れて、その所為でわ
きあがる快感に背中を仰け反らせた。
(何で、ここまできて、自分で……っ!!)
思いながらも、手の動きは止まらない。自分の好きなように手を動かして、
絶頂への道のりを駆け上っていく。望美の目の前で自慰をしている、というこ
とを悟る余裕も、どこかに吹き飛んでしまった。
空いた手を下腹部に伸ばして、既にどろどろに溶け切ったそこへ指を這わす
。熱い液体が指に絡んで、にちゃりと音を立てた。そのまま指を、中へと差し
入れる。ねっとりと指に絡み付いてくる内壁は熱く、下手すると火傷してしま
うのではないか、と思った。
「んっ……はぁ……あ……ああっ……」
仰向けになってするのが辛くなってきて、春香は体を横に向けようとした。
だが、望美の腕がそれを阻む。彼女の目は、じっと春香を見ていた。まるで、
見せろとでも言うかのように。
「……でよ……途中で止めたくせにっ……見ないでよ……っ」
もう、寝ている振りをしていたことなど忘れていた。最後までしてくれなか
った彼女に、腹が立って仕方がない。
「……じゃあ、最後までしてあげたら、見せてくれるんですか? ……椿木さ
ん」
やけに冷え冷えとした声が聞こえてきて、春香は望美を見つめなおしたが、
望美はそれ以上何も言うことなく、再び春香へと覆いかぶさってきた。
望美の手が、春香の下腹部に伸びる。散々焦らされた春香の体は酷く敏感に
なっていて、指が僅かに触れるだけで大きく跳ねた。
「やっ、あ……んんっ!! 舐めない、で……!」
胸に唇を寄せられて先端を含まれると、それだけで快感の度合いが増した。
しつこくねぶられて、意識が飛びそうになる。
「んっ……ふぁ……あ、あっ!! ――っ!!」
固く立ち上がった先端に軽く歯を立てられて、それまで必死に掴んでいた意
識は、あっけなく飛んだ。体が一瞬浮き上がって、そして気付いたときには望
美に顔を覗き込まれていた。
「……椿木さん、大丈夫ですか……?」
心配そうに話しかけてくる彼女に、大丈夫じゃないなどと言えるはずもなく
、春香は「ん」と生返事をする。正直言って、腰が抜けたようになって動けな
いのだが、それを望美に言う必要もないだろう。
けだるさが全身に広がって、もうしばらくの間は体を動かす気にならなかっ
た。だが、体中が汗でべたついていて不快感があるのも否めない。シャワーで
を浴びたいが、今の自分の状況を思い直すと一人で風呂場まで行くのは無理に
近い。
「……あのさー、後でお風呂場行くの手伝って」
色々と考え込んだ後、ちらと望美を見て頼み込むと、彼女の顔が呆れ顔にな
るのが見えた。
「大丈夫じゃないじゃないですか……タオル持ってきますから、それで拭いて
下さい」
有無を言わせない口調に春香は少し黙り込んだが、仕方なく頷く。すると、
すぐに望美はベッドから離れてタオルを取りに行こうとした。
「待って」
言っておかなければならない事を思い出して、春香は望美を呼び止める。
「何ですか?」
くるりとこちらを振り返った望美のとある部分に目をやって、春香は口を開
いた。
「下、穿き忘れてるわよ」
途端、望美はしゃがみこんで何とも言い難い声を出しながら、その辺をごそ
ごそと探り始める。その姿が少し滑稽で吹き出した。しばらく見ていると、彼
女は下着か何やらかを見つけたらしく、それを急いで穿いて、そして半ば走り
去るように部屋から出て行く。
「……抜けてるわね……ほんと」
その後姿を見つめながら、春香はぽつりと呟いた。
そうして数分後。春香は、望美が持ってきた濡れタオルで体を拭いていた。
望美は部屋に戻っている。彼女は彼女ですることがあるのだろう。
(……なんで今更、あんな奴と……する夢、なんか)
汗で濡れた体を拭いながら、春香は思う。8年前に見ていたなら、まだ未練
が残っているのだろう、その程度で済んだはずだ。別に、それを恥じる必要も
無いだろう。なのに、何故今なのか。春香はタオルを動かす手を止めて、天井
を仰いだ。
「……まだ、好きなのかな……」
小さな、自分でもはっきりとは聞こえないほど小さな声で呟くと、溜息を吐
いて頭を振る。そして、重たい体を動かしてベッドから降りた。そこらじゅう
に散らばった服の中から下着を探し出して、身に着ける。その行為だけでもう
面倒くさくなって、後の服はそのままに、春香はベッドへ倒れこんだ。かなり
大きな音が立ったが、気にしない。
(……眠たぁ……)
体が疲れた所為か、すぐに眠気が襲ってくる。それに逆らわずに目を閉じる
と、意識はすぐに薄れていった。
翌朝。
「椿木さん!! 起きてください!!」
「んー? 何よ……まだ……」
いつもと変わらない望美の態度に安堵しながら、春香は布団にしがみついて
いた。真夜中の運動が祟ったのか、体がかなりだるい。そんなわけでいつまで
も眠っていたいのだが、それが許されるはずも無く。
「ダメです!! ほら、起きて起きて」
「んー……何かさむい……」
無理やり布団を引き剥がされて、仕方なく上体を起こす。望美の顔を見ると
、何だか目が真ん丸くなっていて、そしてその頬がだんだんと赤に染まってい
くのがわかった。
「椿木さん……服、着て……!!」
「んー……あー、着てなかったっけ……」
指を指してわたわたと慌てる望美に対し、春香は頭を掻きながら今だぼーっ
としている。眠気覚めやらぬ目でどこともつかない場所を見つめていると、ど
こから引っ張り出してきたのか、望美にブラジャーやらシャツやらを押し付け
られた。
「服着たら、リビングに早く来てくださいね……ご飯作ってますから」
それだけ言い残すと、望美は昨日と同じように足早に部屋から去っていった
。バタン! と勢い良く閉まったドアを数秒間見つめてから、春香はふと笑み
を零す。
「何から何まで、いつもありがとう……飛鳥さん」
小さく呟いて、そして手元にある服を身に着け始める。彼女に届かない言葉
はすぐに消えたが、春香の顔に浮かんだ笑みだけは、いつまでも消えなかった
。
終