着物を着て部屋から出てきた春香と、望美はしばしの間口論になったが、結
局春香はラフな格好で見合いに行くことになった。
これは、そんな事があってから、見合いに行くまでの話である。
「……椿木さん、とりあえず着物脱いでください」
「……分かったわよ……」
呆れたように言う望美に、春香は少し拗ねたような表情で着物の帯に手を掛
けた。どう考えたらそんな結び方になるのか、と望美は思ったが、口にするこ
とはしない。しゅる、という衣擦れの音に望美がちらと視線をやると、春香は
長すぎる帯に苦戦しているようだった。
「……手伝いましょうか?」
望美がそう申し出ると、意外にも春香は素直に頷いて動かしていた手を止め
た。
「着慣れないもの着ようとするからですよ……普通にスーツとかでいいじゃな
いですか」
「……だってさあ……こういうのって、おめかし位していった方がいいんじゃ
ないの?」
春香はソファに座って、望美の手がすばやく動くのを見つめている。
「おめかしして行っても、話して駄目だったら無駄じゃないですか。普通の格
好で行って、普段どおりにしたらいいと思いますけど」
「……何であんたってこんな事は詳しいんだろうねー。帯解くのも慣れてるみ
たいだし……帯引っ張って『あーれー』とかやってんの?」
自分の無知を認識させられて焦ったのだろうか、春香はおどけたように望美
の顔を覗き込んだ。覗き込んだその顔は、眉間に皺が寄っていて、一目で怒っ
ていると分かる。春香は慌てて口を押さえたが、遅かった。
「……して欲しいんですか? 椿木さん」
普段よりも数段低くなった声で、望美が呟いた。
「……やーねー、冗談じゃない……まさか、本気にしないわよ……ね?」
春香は弁解しようとするが、如何せん状況が悪すぎる。着物を脱ぐのを手伝
ってもらっている春香はソファに座っており、望美はその着物に手を掛けてい
るのだ。
「……しますよ、本気で」
その声が春香の耳に届くと同時に、着物の袷から望美の手が差し入れられた
。手が直接胸に触れて、春香は顔を真っ赤にして黙る。
「……お見合い、あるんだけど……」
必死になって絞り出した声は、情けなくなるほど小さく、弱々しかった。
「椿木さん、嫌がってたじゃないですか」
「――そりゃあ嫌だけど、局長の顔を立てて……」
「とりあえず、って訳ですか? まあ、どうせ椿木さんがお見合いしてもぼろ
ぼろになるのは目に見えてますし……行かなくてもいいじゃないですか」
望美は意地悪い笑みを浮かべながら、やわやわと春香の胸を揉んでいる。
「何、言ってんの、っ!! 止めてよ、着替えて行くんだから!」
春香は強気な物言いをしているが、胸を揉まれて僅かな気持ちよさに浮かさ
れつつあった。
「……駄目です。私うっぷん溜まってるんで、ついでに晴らさせてもらいます
ね、椿木さん」
耳元で望美に囁かれ、とどめとばかりに耳を舐められると、春香は反論する
気すら失ってしまう。
「……お見合いには、行く、からね……っ」
せめて、と思って言ったはいいものの、
「どうぞ、ご自由に。間に合ったらいいですねー」
――こう切り返されては他になす術はなかった。望美の言葉が終わる前に手
の動きは激しさを増して、春香はとうとう陥落してしまうのだった。
「――っ、あ、やだっ……どこ、触って、んっ!! 駄目だって、ばぁ……!!」
「普段からこれ位素直になったらどうですか、椿木さん」
「そんな事、できる訳……っ! あ、駄目、ホント、おねが、い……」
……
「椿木さんってすっごいエッチですね。ほら、もうどろどろ……」
「も、いれて……あたし、エッチだからぁ……」
「まだ駄目ですよー。もっと頑張ってくださいね、椿木さん」
……
その日、結局見合いの待ち合わせ場所に着いたのは時間を20分ほど過ぎた
頃だった。相手の男性にはすぐに断られるわ、すぐ隣で行われていた雅人の見
合いを覗いて雅人とくだらない言い争いになるわ、と春香にとって散々な一日
になったのだった。
望美はといえば、春香と雅人の言い争いをなだめつつ、春香の反応を楽しん
でいた。
その夜、望美が春香の逆襲にあったかどうかは、定かではない。
終