とある夜のこと。もう幾度目かになる行為で、望美と春香はベッドを軋ませ  
ていた。  
「――っ、あ、や、だめだ……って!!」  
「何が、だめなんですか?」  
 春香の首筋に唇を寄せた望美は、未だ抵抗しつづける彼女のそこに舌を這わ  
せた。  
「あっ……も、ほんと……」  
 それだけで、春香の唇から吐き出される言葉と息は更に甘さを増す。望美は  
くすくすと笑いながら唇を当てると、きつく皮膚を吸い上げた。ちゅ、と音が  
立って春香の体がこわばるのがわかる。  
「……ん、すいません、付けちゃいました」  
 春香の首筋から顔を離して、望美は悪びれもせずに口先だけで謝った。少し  
体を離すと、春香の顔が視界に入ってくる。その顔は、いつものように快感に  
浸かっては、いなかった。  
 
「……あれほど首筋に付けるなって言ったのに……本当、あんたは聞き分けが  
ないわね。どーすんのよ、これ」  
 眉間にしわを寄せて、春香は望美を睨み付けてきた。ようやくそこで、やっ  
てしまったと望美は思ったが、今更その痣を消すこともできない。首筋を押さ  
えて眉をしかめる春香を見ながら、どうしようかと考えをめぐらせる望美だっ  
た。  
 
 
 ――その翌日。  
『皆さんこんばんは。椿木春香です。今日のトップニュースは……』  
 小型テレビの画面に、きっちりとスーツを着こなした春香が映っている。TH  
E NEWSの放送時間、望美は副調整室でスタジオの様子をうかがっていた。生放  
送ということに対しての緊張感と、また別のものとで、望美は普段以上に真剣  
に画面を覗き込んでいる。その隣で、取締役の結城雅人が不思議そうに顎を撫  
でていた。  
 
「……なあ、飛鳥君」  
「……はい? 何ですか?」  
 不意に名前を呼ばれて、望美はぎくりとしながら隣を振り返る。どうしたん  
だろうか。まさか、とは思いながらも望美は普段どおりを装って返事をした。  
「……何で椿木君はこの暑いのにタートルネックなんか着てるんだ?」  
 雅人の問いかけはまさしく、望美が今一番聞かれたくないものだった。  
 
「……虫にでも、噛まれたんじゃないですか?」  
 望美は焦りながら返事をする。やばい、と思いながら雅人の顔をちらりとう  
かがうと、彼はその答えに納得したらしかった。どことなくすっきりしたよう  
な表情で、再び画面に視線を戻している。  
「あんな奴の血を吸いたがるなんて、変な虫もいるもんだな」  
 雅人がぽつりと呟いた台詞に、望美がぎくりとしたことは、――言うまでも  
ない。  
 
 終  
 

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