「春香……」
耳に響くは、彼の切な声。
ムード作りのために回されたレコードは、小さなノイズ交じりのメロディーを奏でる。
「…こっち向けよ」
「…イヤ…」
彼に背中を向けていても判った。今、フッと柔らかな笑顔で私を見てる。
「今更何恥ずかしがってるんだよ。思春期の乙女じゃあるまいし」
「…んなっ!!何よっっ。どうせ私は歳くってるわよ!!」
いつもの食ってかかる癖。思わず大きく振り返ってしまった。
私が振り向いたと同時にスッと一歩踏み出した彼の顔が目の前にあった。
背が高い私が上目遣い出来る数少ない相手……。
「君は扱いやすい」
クスクス笑いながら彼が顔を覗き込む。
「人をおもちゃみたいに言わないでよっ」
恥ずかしさと悔しさで顔が赤くなってくるのが自分でもハッキリと感じられた。
「あぁ…。…おもちゃにしたい気分だ。今夜は」
「…ちょっ…あっさり認めた上に何爆弾発言してンのよっ」
「冗談じゃない。君が欲しい」
真直ぐな目と憂いを帯びた低音の声。
反則よ。抵抗する気にもなれないじゃない。
「………」
いつもの調子に戻れればいいのに。
いつもみたいに言葉のぶつけ合い出来たらいいのに…
間が…持たない…。
「ふがっ!!!」
突然、視界が乱れた。
彼が私を押し倒したのだ。
「………」
「………ぷっ」
一瞬、間をおいて彼が笑った。いや、私に背を向けて笑いをこらえて小刻みに震えていた。
「何よっっ!!!」
「いくらなんでも、『ふがっ!!!』は無いだろぉ??………ふっ…あははっ…」
雰囲気はぶち壊し。
レコードから流れる音楽は、もはやコントの一部に成り下がった。
「変な気起こすからでしょっ ホントに…ばっっっかみたい!!」
「退屈しないよ。春香といると」
目尻に涙を浮かべながら、彼が言う。
「そりゃどうもっ …って、それ褒めてる??」
「褒めてるつもり」
私の額にキスをひとつ落とし、微笑んだ。
愛しい貴方。唇から伝わる温かさ。
「………私、ずっと貴方の隣にいる気がする」
「僕も、そんな気がするよ」
二人で微笑むと、再び甘い空気が漂う。
夜はこれから。ゆっくり愛し合いましょう?