『幸福の代償』 
 
「ローラちゃんとレジーの結婚式、すっごくよかったー。ローラちゃんてば  
幸せそうだったし、レジーも式の衣装に文句言いながらもすごく似合ってたし、  
いいなぁ、ああいうの。うらやましいっていうか。ねぇ、パナカ……ナ……」  
遠くを見つめているパナカナに、言葉を失う。  
またどこかを見ている。あたしの知らない、何か。  
魔導王グラムとの最後の戦いで何かがあったのだろうと思うけど、パナカナは  
何も言わないし、無理に聞き出そうとしてもきっと何も教えてくれない。  
いつか話す気になってくれたら、教えてくれると信じたい。  
だけど、そんなに遠い瞳でいられると、あたしの存在を忘れてしまったかのようで  
不安になる。ふたりでいても、心が遠い気がして……。  
「……ん? なんか言ったか、ノーチェ」  
やっとあたしに意識を向けてくれても、もう笑うことしか出来なかった。  
「晩ごはん、何がいい?って訊いたのよ」  
 
あたしがパナカナと過ごせるのはお日様が出ている間だけ。  
夜は身体を共有している犬のハジャの時間になる。  
こんな身体になってしまったのは、一度は落とした命をパナカナが禁断の魔法で  
繋いでくれたから。不便だけど、仕方がないよね。  
だけどきっと、夜になったらますますパナカナは遠い存在になる。  
完全にあたしの存在しない世界へ行ってしまう。  
そう思えば哀しくなった。  
 
「なんだ、またシチューかよ」  
昨夜からずっと食べ続けているシチューに、パナカナがうんざりした顔で文句を言う。  
「だってもっと食べてくれると思って、たくさん作っておいたんだもん」  
「手抜きじゃないのか?」  
そう言われればムッとくる。ちっとも食べないパナカナの食欲のほうが手抜きなのに。  
「いやならオレンジでも食べてれば!」  
言い捨てて家を飛び出す。ちっともこちらを見ようとしないパナカナに、胸が痛んだ。  
どうして、なにも言ってくれないんだろう。本当に胸が痛そうなのはパナカナなのに。  
そして心の内を言って貰えない自分に苛立つ。これはただの八つ当たりだ。  
「パナカナのバカ……」  
しゃがみ込んで膝に顔を埋める。こんな不甲斐ない自分が一番キライ。  
晴れ渡った空はどこまでも青く、広い。こんなふうに彼を包み込めたらいい。  
ただそこに在るというだけで全てを許せる大きな心が欲しい。  
ひとしきり外で泣いて、目の充血が取れた頃にそっと家の中に戻った。  
そこで目にしたのは、空になった大鍋……。  
「けっ。今夜の分まで食ってやったから、晩メシは違うメニューにしろよなっ」  
満腹になって踏ん反り返るパナカナを呆然と見つめる。  
「……ほんとに全部、食べたの?」  
「他に誰が食うっていうんだよ」  
「魔法で消したとか」  
やっぱりまだ、八つ当たりしたい気分から抜け出せない。  
「ああ? なんだよそれ。なんで突っかかってきやがる」  
パナカナは不機嫌な顔になる。当たり前だ。  
どんどん深みに嵌まってゆく。いたたまれなくなってノーチェは自室へ逃げ込んだ。  
 
「おいノーチェ! 言いたいことがあるならハッキリ言え!」  
ドンドンとドアを叩く音がする。  
どんなに耳を塞いでも、その音と声はどうしても聞こえてくる。  
安普請のドアは遂に蹴破られた。  
「なんなんだよ、おめぇはよっ」  
ずかずかと近寄り、ベッドの上で必死に耳を塞ぐノーチェを揺さぶる。  
「だって……、パナカナはあたしじゃない誰かを見てる……!」  
思わず口をついて出た言葉に、ノーチェ自身も愕然とする。  
……そうだ、あたしは気がついてた。あたしじゃない誰か。  
たぶんそれは、グラムもろとも消滅魔法で死んでしまった、宵闇の魔女。  
情けなくて涙が零れた。死んでしまった人には勝てない。  
一瞬でパナカナの心を奪った彼女に嫉妬している。  
「………………」  
沈黙が流れる。やっぱりそうなんだと余計に哀しくなった。  
「もういいよ……。パナカナが誰を好きになったって、あたしには関係ないもん」  
寂しく思いながら無理矢理に笑顔を作れば、パナカナは険しい表情になった。  
と、強引に抱き寄せられる。  
「……バカ言ってんじゃねぇぞ。なにを根拠にそんなことを言いやがる」  
「わかるよ……女だもん」  
パナカナに自覚はなくても、好きな人の小さな変化くらい嗅ぎ分けられる。  
昼間しか自分でいられなくても、心だけはあたしのままだから。  
「ハッ、わけわかんねぇ。ちっとも説得力ねーよ」  
抱きしめるパナカナの腕に力がこもった。  
あの人は、完全な人間だった。パナカナが魔力を注いでくれないと生きられない  
あたしと違って、健康な身体を持った女性だ。  
あたしは普通の幸せは望めない。結婚も子供も、女の幸せと呼べるものは何一つ  
手に入れられない。パナカナと一緒に過ごせればそれだけで構わないと  
思ってきたけど、そんなのは嘘。本当は寂しくてたまらない。  
 
「パナカナ。抱いてって言ったら、抱いてくれる?」  
「な……っ!?」  
パナカナは動揺を隠せない。  
「……そうだよね。半端な身体のあたしなんか、抱けるわけないよね」  
笑顔を作って冗談みたいに言いたかったのに、強張った表情しかできなかった。  
こんな顔で泣くのは卑怯だとわかってる。それでも心が壊れてしまいそうで、  
溢れる涙を止めることができない。  
「ごめん、あたし……今は話せないから、ひとりにして」  
そう告げるだけで精一杯。  
「明日になったら、ちゃんといつものあたしに戻るか、ら……」  
言葉の最後は唇で塞がれた。長いキスに静かに目を閉じる。  
これは同情なんだと自分に言い聞かせる。それでもいいと思っている自分がいる。  
あたしの身体が完全でないことに、魔法を施したパナカナは責任を感じている。  
そこに付け込んだ、いやなあたし。  
たとえ叶えられない幸せでも、その片鱗を掴むことができたら、すこしは  
普通の女に近付けるかもしれないと、微かな希望に縋りたいと思っている。  
ずるいよね。こんなあたしを誰が好きになれるのだろう……。  
口付けを交わしたまま、ベッドへと横たえられる。舌を絡めるように発展したキスは  
初めて味わうものだった。身体の芯が火照りだす。  
求めても得られない心。行く宛もなく漂う自分。  
パナカナの手が胸元を探る。唇は首筋へと移り、舌で舐め上げられる。  
耳朶を噛み、耳の中まで舌で探られる。かかる吐息にぞくぞくと震え、  
パナカナの身体を抱きしめた。  
ところが、ふいにパナカナの動きが止まる。  
「…………だめだ。こんなことでおめぇを抱けない」  
絶望感があたしを犯す。もう、一緒にはいられない……。  
 
あたしはもう普通の女の子じゃないから、好きな人に抱いてももらえない。  
望んだらいけないんだ。幸せを夢見てはいけない……。  
泣くかと思った。けれど絶望が強すぎて、涙すら出ない。  
このまま消えてしまえるなら、そうしたかった。  
「いいよ……あたしが悪いの。パナカナがどれだけあたしのために尽くしてくれたか  
わかってる。パナカナは何も悪くない。我儘言って困らせて、ごめんね」  
「ちがう、そうじゃない!」  
パナカナが怒鳴った。どうしてそんなに苦しそうな顔をするのだろう。  
「そうじゃない……。ローラにも言われた。マドレーンと何かあったかって。  
何があったわけじゃない。あいつの、最期が忘れられないだけだ……」  
『おまえの恋人なんか、死んでも助けてやるもんですか』  
そう言って自分の身代わりになった女を、忘れられない。  
鮮烈な印象が脳裏に焼き付いて、離れない。  
「心の何処かで、あいつとおめぇを秤にかけた。そうしてあいつを見殺しにした。  
俺は自分の望みさえ叶えば誰が死んだって構わない……」  
いつだってパナカナは同じ言葉を言っていた。そうしてあたしを選び続けた。  
そのことに罪悪感を抱いている。あたしを選んだことを後悔してる……。  
かけるべき言葉がみつからない。あたしがいるから、パナカナは誰も選べない。  
「……もう終わりにしよ。あたしを、解放して」  
ようやく言えた。そうすればきっと、しばらくはパナカナは罪悪感に囚われても  
自分の道を歩んでいける。あたしのいない、元の自由な人生に。  
「バカ言うな。そうじゃないって言ってんだろうが」  
パナカナの言ってる意味がわからない。  
「他の何よりもおめぇのことが大事だ。それ以外考えられねぇ。どんなに罪悪を  
感じても、他は何もいらない。それなのに、おめぇは自分が半端だと言う。  
投げやりな気持ちで抱けとか言うな、バカ野郎っ」  
希望を抱いてもいいのだろうか。本当に求めても、構わないのだろうか……。  
 
「パナカナ、あたしでいいの? 本当にパナカナを求めても、構わないの?」  
「だーかーらー、おめぇしかいらねぇって何度言わせやがる!」  
歯がぶつかり合う強さと早さで唇が重なった。  
パナカナには敵わない。もう離れられない。大好きでたまらない。  
知らずに涙が頬を伝う。あたしもパナカナ以外、なにもいらない。  
世界中があたしを拒んでも、パナカナだけは信じていたい。  
「パナカナ……っ、好き。大好き。ずっと一緒に生きていきたい……!」  
「ったりまえだ。一生離してやるもんか」  
再度、口付けを交わす。今度は甘いキス。  
パナカナの優しさが伝わってくるようでうれしい。  
今度こそ、強く抱きしめあう。お互いを確かめるように。  
生きる歓びを、分かち合うように。  
「泣くな。これからは悲しませたりしないから」  
パナカナの唇が涙をすくう。そのまま瞼を通り、額に口付けた。  
膝の間にパナカナの足が割り込む。スカートの裾がめくれて腿までが露になり、  
パナカナの手はあたしの背中のファスナーを下げる。  
滑る指で素早く服を脱がせ、下着から零れた胸に唇で触れる。  
胸の突起はやさしく撫でられ、痛いくらいに張り詰めた。  
「柔らけぇな、おめぇのここ」  
乳房をやわやわと揉み、突起を口に含む。舌で先端を軽くなぞられれば、  
身体が竦んだ。パナカナが触れる場所全てが、熱を帯びてゆく。  
ぞくぞくする感覚に身を委ねながら、パナカナの指は下のほうへと降りてゆく。  
お腹を撫で、腰のラインを辿り、着ていた衣服を全て取り払ってゆく。  
腿を撫でられれば身体の奥に電流が奔り、下半身がじゅんと潤うのを感じた。  
 
胸の突起を吸っていた唇は、今は脇腹を辿っていた。  
指は脚の付け根の茂みを探り、その奥に秘められた泉を見つけた。  
中から湧き出す水を指ですくい、ぺろりと舌で舐めると、今度はいきなり  
泉に唇を寄せた。  
「や……っ、なにを……」  
手でパナカナの頭を遠ざけようとするあたしの手を掴み、パナカナは不敵に笑った。  
「邪魔すんな」  
舌で開き始めたばかりの蕾を刺激する。くちゅくちゅと淫猥な音を立てながら  
花芯をすすり、入り口に舌を挿し入れる。  
「あ……ああ……」  
頬を紅潮させ、震えながら登りつめる感覚に翻弄されてゆく。  
脚を閉じたくてもパナカナの肩に脚を乗せられて、内腿で彼の頭を挟み込んでいる。  
まるで離さないように。もっとしてほしいと、ねだるかのように。  
甘い刺激にびくびくと身体が跳ねる。どうすればいいかわからないまま、  
気がつけば自分の胸を自らの手で弄んでいた。  
パナカナの唇の刺激と、自分でする胸への愛撫。彼の指は舌とともに秘所をまさぐり、  
こみあげる快感に悲鳴を挙げたくなる。  
「パナカナ……っ、あたしもう……!」  
びくびくと身体が痙攣する。こんな姿態を晒して恥ずかしいのに、身体の奥が  
疼いて止まらない。もっともっとと求めている。  
荒く呼吸をしながら胸を揉みしだくあたしにパナカナは身体を重ね、そんなあたしの  
顔をまじまじと見つめる。  
「すげぇかわいいな……」  
そんなことを言われたのは初めてで、顔が一気に火照る。  
「キスして、パナカナ」  
首に腕を回してキスをねだれば、彼は応える。舌を絡めあい、貪りあう。  
 
帯を解けば、彼の服は簡単に脱げる。  
魔法使いとはいえ肉体派の彼は、惚れ惚れするくらいに綺麗な筋肉を持っていた。  
彼の肌に唇を寄せる。しっかりとしがみついて、耳元で囁いた。  
「大好きよ……あたしの魔法使い……」  
「ノーチェ……」  
パナカナの硬くなった怒張が秘所に触れる。脚を持ち上げられ、じわりと  
割り込んでくる。  
「あ……はぁ……っ」  
めりめりと食い込む痛みに眉を顰める。  
ゆっくりと沈み込んでゆく塊を阻むようになかなか先へは進めない。  
「力を抜け、ノーチェ」  
「どうやって力を抜けばいいかわからない……っ」  
そう言えば宥めるように髪を撫でられた。焦る気持ちを抑え、呼吸を整える。  
「そうだ、それでいい……」  
最奥まで届いたそれを、肉襞が強く握り締めているのを感じる。  
気がつけばパナカナの背中に爪を立て、傷を付けていた。  
「あ……ごめん、痛かった?」  
「バカ。それはこっちのセリフだろうが」  
くすりと笑ってキスをくれる。じんじんと痺れる痛みは続いていても、  
こんなキスをされたら苦しさも忘れられるような気がした。  
「慣れてきたか?」  
「うん……」  
「動くぞ」  
 
緩やかに律動が始まり、繰り返す。  
締めつける力は一向に弱まる気配はないけれど、その中をパナカナは懸命に  
奔らせてゆく。抜け落ちてしまいそうなところまで引き抜いて、  
また奥へと挿入する。それを繰り返し、抽送し続ける。  
奥まで届くたびにあたしは声を挙げ、パナカナを強く抱きしめた。  
「あ……、や……っ、あ……あ……あ……っ」  
せつない溜息が零れる。あたしの中はパナカナでいっぱいになった。身も、心も。  
痛みはずっと続いている。擦り切れるような痛みが動きと共に重なっても  
彼を受け入れる為の痛みと思えば、耐えることができた。  
動きが一層大きくなり、彼は更なる奥を叩き始める。  
貫かれる振動が脳髄まで痺れるように届き、もう何も考えられない。  
聞こえるのは彼の息遣いだけ。  
「あは……んっ……あぅ……っ」  
身を捩り、手探りでシーツを掴む。その手にパナカナの手が重なった。  
指を絡めて唇を重ねる。その合間にも律動は続く。  
彼の大きな塊でいっぱいに広がったあたしの入り口は歓喜の音を立て、  
唇は吐息と唾液を、下の入り口は体液をかき混ぜあう。  
「ノーチェ、いくぞ……」  
急激にパナカナはスピードを上げる。彼の腰で開いた脚が諤々と揺れる。  
「パナカ……ナ……!」  
夢中で彼に必死に縋り付く。  
あたしの中で、熱い何かが迸った。  
 
パナカナの肩に、玉の汗が光っていた。  
長い溜息をつきながら、彼はあたしの中に挿し込んでいたものを引き抜く。  
ひとつになれた充足感に満たされながら、彼が導くままに腕の上に頭を乗せる。  
「あのね、パナカナ。あたし今、すごく幸せなの」  
「なに言ってんだ」  
照れ臭そうにぽりぽりと頭を掻くその仕草でさえ愛おしい。  
「だって生きてるってこんなに感じられたのは初めてなんだもん。最初に  
生きてたときだって、こんなに実感することなんてなかった」  
「けっ。そりゃつまんねぇ人生だったな」  
「うん。パナカナのおかげ。ありがとう」  
身を乗り出して、彼にキスをする。パナカナが生き返らせてくれたおかげで、  
こんな幸せを知ることができた。  
「ずっと求めてたのは、あたしが人間だって知ることだったのかもしれない……」  
そう呟いて、ノーチェは静かに目を閉じる。  
「おめぇはちゃんと、人間だよ……」  
そう言ってパナカナは自分の腕を枕にして眠る、犬の背を撫でた。  
「ちっ。もう夕暮れか」  
ノーチェと過ごせるのは半日だけ。その僅かな時間をこれからも大切に紡いで  
ゆきたいとパナカナは思う。  
「それにしても、犬に腕枕をする姿なんぞ誰にも見せらんねーな」  
陽が沈み暗くなる部屋の中で、パナカナはひとりごちた。  
 
 

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