照明が落とされた部屋、その部屋の入り口に映し出された大型のスクリーンには、色鮮やかな景色が映し出されていた。
次々に景色の映像は変わっていく。海を表示し、山を表示し、草原を表示し、湖を表示していく。
それらを観賞しているのは、室内の二つのベッドに座っていた二人の少女だった。
片方には、子供のように目を輝かせ、子供のように四肢をバタつかせながら興奮した面持ちで景色に見入っている長い桃色髪の少女。
桃色髪の少女は、ベッド脇ぎりぎりまで身を乗り出し、画面に顔を近づけて見ていた。
片方には、シーツを抱きしめている白髪で褐色肌の少女が壁に寄りかかって座っていた。少女は、隣で騒いでいる少女を、苦笑して見つめた。
そして画面が一羽の鳥を映したところで、桃色髪の少女……ノノの興奮は最高潮に達した。
「うわ〜〜〜、これ、これって何ですか、お姉さま!?」
頬を紅潮させてノノは振り向いた。隣のベッドに座っている白髪の少女……ラルク・メルク・マールは、漏れ出る苦笑を抑えて、質問に答えた。
「それは雲雀っていってね……地球じゃ、うっとうしいくらいにいっぱい飛んでいるんだ……よく、子供の頃は追い掛け回したりしたっけ」
「ヒバリというのですか!? うわ〜、見たい! 私も見たい見たい見たいです!」
桃色髪の少女、ノノは、子供のようにベッドのスプリングを使って跳ねた。
ノノの見た目は10代後半。身長は170cm近くで、スタイルも抜群。おまけに容姿も文句なしという、
向かうところ敵なしといってもいい少女だが、彼女の子供っぽい所作がそれらを台無しにしていた。
見た目は美しい女性なのに、中身はまだ女性らしさの一面すら見せない、幼い少女といってもいいものだった。
「はいはい……地球に寄れたときは、連れて行ってあげるから、ベッドの上で騒がない」
褐色肌の少女、ラルクは、ノノとは違い落ち着いた少女だった。
ノノよりも見た目は幼く、身長もスタイルも負けているのだが、言動の端はしに、隣のベッドで騒いでいる少女にはない知性が見て取れた。
事実、ラルクはノノよりもよほど女性としては成熟していた。といっても、肉体的なことではない。
ラルクは、画面に映し出されている雲雀の映像に夢中になり、四つん這いになって画面に顔を近づけているノノに目をやった。
ラルク自身よりも男性受けする、女性らしいプロポーションをもった女性であるノノ。
しかし、その実、彼女が人間ではないという事実に、何人の人間が気づくだろうか。
人間そっくりにつくられたアンドロイド、それがノノの正体だ。
ジーっと、ラルクはノノの後姿を見つめる。
ノノが来ている寝巻き代わりのシャツは、ラルクよりも胸の辺りが大きく盛り上がっていた。
ベッドの上ではしゃいでいる拍子にずれたせいで露になった腰も、ラルクよりも細くしなやかに見える。
ラルク自身は、腰周りは人並みより細い方だが、ノノと比べるとどうしても太く見えてしまうのだ。
体勢の関係でお尻の柔肉も、むっちりと突き出される。いくら気心がしれた相手だとはいえ、思いがけず嫉妬の感情を抱いてしまっても、誰もラルクを責めたりしないだろう。
しかし、ラルクはノノの姿を見ても、嫉妬の感情を覚えることはなかった。
いくら嫉妬を感じても、その分自分の体形が変わることはないと分かっているからだ。
もちろん、ラルク自身はちゃんと努力している。好き嫌いせずご飯はしっかり取っているし、夜更かしは出来る限りせず、睡眠をしっかり取るよう心がけている。
運動も適度に行い、酒やタバコなども絶対にしない。時々は豊胸体操なんかも人知れず行ったりもしている。
けれども、結局は運に頼るしかないのだ。どれだけ気をつけていても、ちっとも成長しない人がいることを知っている。
反対に、不衛生な生活をしている人が周りから羨ましがれる程にスタイル良く育つ人もいる。
そこらへんのことを、ラルクは重々に承知していた。ラルクにとって、育つときは育つし、育たないときは育たない、その答えが分かっているのだ。
そこらへんの精神的な分野では、ノノよりも数段大人で、同年代の少女よりも一枚大人なのだ。
「あ、あれ? おかしいな……巻き戻しにならない……どうしてでしょう?」
ハッとラルクが我に返った。ぼ〜っとノノの後姿を見ている内に、少しの間うたた寝をしていたみたいだ。
記憶にあるノノの姿は、瞳を輝かせて身を乗り出し、映し出されるビジョンに顔を近づけていたものだったが、今ラルクの瞳に映るノノは、困ったようにリモコンを弄っていた。
巻き戻しをしようと四苦八苦している姿に、ラルクは漏れ出る笑みを隠さず、横からノノの手にあるリモコンを奪い取った。
「あ、お姉さま……」
「まったく、リモコンくらい使えるようになりなさい」
ちゃっちゃと映像を巻き戻し、手際よく操作するラルクに、ノノは尊敬の眼差しを向けた。
ノノ自身よりも頭一つ分近く小柄な彼女は、ノノにとって尊敬できる人だ。
自分が知らないことを何でも知っている。自分が出来ないことを平然とやってのける。いつもクールに行動し、冷静沈着な人。
初めて出会ったあの日、宇宙怪獣を倒して自分を助けてくれた、ラルクはバスターマシン、ディスヌフを操縦して、自分を助けてくれた。
ノノにとって、ラルクは尊敬できる先輩であると同時に、いつか彼女のようになりたいと思える相手なのだ。
「お姉さま、格好良い〜です。さっすがお姉さま、リモコン捌きも凄いんですね」
「リモコン操作に凄いも何もない。ノノが操作を覚えていないだけだ」
「いいえ! お姉さまは凄い人です! お姉さま〜!」
「あ、ちょ、ちょっと、ノノ! 離しなさい、重いってば!」
ノノはラルクに飛び掛った。ボフッとベッドが柔らかく二人を受け止め、ラルクとノノの身体を優しく包む。
ラルクはノノから正面から抱きつかれ、身動きがとれなくなった。といっても、手足くらいなら動かせるが、結局は身体を動かせないので同意味だ。
ノノの方がラルクよりも10cm以上身長が高いので、必然的にラルクがすっぽりとノノの胸に頭が納まる形になった。
「こ、こら、ノノ、離せ。熱いだろ、巻き戻しすぎるから、さっさと離れろ」
「お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま〜〜」
「こら、くす、くすぐるな、くすぐったい、あははは、や、やめ、はははは」
「うりうりうり〜〜、お姉さまの弱点はわき腹でござ〜い。必殺バスター・クスグッターイ」
けれどもラルクが本気を出せば、いつでもノノの身体を突き飛ばして自由になることができるのだが、ラルクはそうせず、ノノの悪戯を受け入れる。
ノノも、ラルクが本気で嫌がればすぐさま離れるが、ラルクが口では嫌がっているが、笑顔を見せてくれるので、くすぐりを止めようとはしない。
二人にとってこれは嫌がらせではなくて、所謂ふざけ合いのじゃれ合い。用はお友達同士の遊びなのだ。
だから、くすぐられているラルクは笑顔を見せるし、くすぐっているノノも笑顔を見せる。
だって二人は友達だから。
何だかんだ言って、こんな触れ合いも友達同士のコミュニケーションの一つなのだ。
しかし、そんな二人の触れ合いは、ラルクの手から滑り落ちたテレビのリモコンが、ベッド下に落ちたときに終わりを告げた。
ベッドから落ちたリモコンのスイッチが偶然にも入ってしまったのだ。
雲雀を映していたスクリーンが切り替わり、画面には二人の女性が映し出された……まではよかった。
けれども、スクリーンの女性は二人とも裸だった。
おまけに、一人は寝そべって仰向けになり、一人は寝そべっている女性の股間に顔を埋めていた。
股間に顔を埋めている女性の頭が沈むたびに、スープをすするような音が部屋に取り付けられたスピーカーから流れる。
股間に顔を埋められている女性は、止めどないため息を漏らす。その声の意味は、年頃の少女ならすぐに分かるものだった。
そして、ラルクとノノ、二人のじゃれ合いを止めるには十分過ぎるものだった。
ノノは呆気にとられたようにスクリーンに映し出された二人の女性の営みを見つめる。
ラルクもノノにくすぐられていたことも忘れ、呆けてスクリーンを見つめる。
室内のスピーカーからは、年頃の少女には刺激が強すぎるBGMが流れる。
「……――!? ちょ、ちょっと、早く消せ、ノノ!」
先に我に返ったラルクが、ノノの腕の中で慌てる。同年代の少女よりも精神的に大人の彼女は、スクリーンに映し出される映像の意味を知っていたからだ。
既に彼女の頭の中では冷静の二文字は消え去り、突然の事態に恐慌を来たしてしまったのだろう。
ノノの下で、ラルクが必死に腕を伸ばしてベッド下のリモコンを拾おうとするが、届かない。届くわけがない。
ラルクは必死に腕をつっぱねて、ノノを退かそうとするが、ノノの体は固定されてしまったかのように、まったく動かない。
その肝心のノノは、何を思っているのか、ジッとスクリーンの女性を見つめている。
「ノノ! 聞いているのか!? 早く消せ!」
「お姉さま!」
冷や汗が止まらないラルクの鼻先数センチまで、ズズイっとノノは顔を近づける。
ノノの瞳には、スクリーンに映し出された映像による困惑も動揺もなかった。
あるのは多大な好奇心だけだった。
じわ、っと背筋を冷や汗が伝っていくのがラルクには分かった。
彼女がこういう瞳をしているときは、大抵碌なことにならない。それだけでなく、こちらの想像にも付かないことを平然とやってのける。
というより、無茶も平然とやってのけるので、色々心に負担がかかって心臓に悪いのだ。
そんなラルクの不安を知ってか知らずか、ノノは瞳に炎を燃やし、そして尋ねた。
「今の人達はいったい何をしているのですか?」
「…………は?」
ラルクの不安は的中した。自分の想像以上に、ノノの中身は幼かったことが分かり、
この後の展開が何となく想像できたラルクは、苦笑を隠すことなく前面に出した。