「なあ、今度は何を錬成してるんだ?」
「...」
「今度俺にも何か錬成してくれよ。同じルームメイトだろ?なあ、頼むよ」
「...」
「..(けっ!!ガン無視かよ、このケチンボ)」
ギロッ!!
「ななななんだよ、俺は何も言ってねーぞ!?」
「..朝ごはん..食べてきます」
キィー..パタン
「..一体何があったってんだよ?錬金術師なんて錬金してなんぼだろ?何考えてんだ?あいつ..」
ハニートーストとカリカリに焼き上げたベーコン、カイワーレのサラダでいつもよりかなり早めの朝食を
済ませた後、ノームはぼんやりと食堂を眺めながらコーヒーをすすっていた。
朝早くから冒険に出かける学生のために食堂は夜明けと同時に開店しているが、その他の学生の
朝食ラッシュにはまだ早いせいか、人影はまばらだった。
今日は冒険の予定が無いノーム。一旦部屋に戻って、授業開始の時間まで二度寝しても良かった
のだが、ルームメイトのドワーフと半ば喧嘩別れ状態で出てきた手前、部屋に戻るのは気が重かった。
カップの底に薄く残ったコーヒーを暫く名残惜しげに眺めていたノームだが、意を決して飲み干すと
食器とトレイを下膳口に下げ、食堂を出た。
「ぃえあああああああ!!」
突然気合とも悲鳴ともとれる奇声が剣士科棟の方から聞こえてきた。戦士系の学科の朝は早い。
気候が良くなり日も長くなった今日この頃、早朝稽古が始まったのだろう。
(フェルパーさんも参加しているのだろうか?)
食堂を出たものの行く当てが無かったノームは、剣士科棟を覗きに行って見ることにした。
剣道場の中庭では二人の生徒が練習用の木刀を構えにらみ合っていた。ふよふよとタイミングをとるかの
ように上下に揺れながら浮遊するフェアリーと、肩で息をしながら中段の構えで相手を見据えるフェルパー。
道場の縁側の上ではロッシ先生が、稽古というには殺気がみなぎりすぎている二人を悠然と眺めていた。
一つ長く息を吐き呼吸を整えると、フェルパーは八双の構えに木刀を振り上げた。それを見て構えなおす
フェアリー。何かが身体に満ちるのを待つかのように動かないフェルパーの瞳孔がクワッと散大する。
「..ひぃああああああああ!!」
鋭い気合と共にフェルパーらしい俊敏な動きで間合いを詰め、真っ向から木刀を振り下ろすフェルパー。
すんでのところで見切っているのか、それとも単に風圧に煽られただけなのか、ふらふらとよろめきながら
木刀をかわすフェアリー。
すばやく向き直り、今度はすぐに八双の構えに入るフェルパー。一気に勝負をかけるつもりのようだ。
「きぃえええええええ!!」
フェアリーに立ち直る隙を与えずに再び一気に間合いをつめるフェルパー。木刀を振り下ろそうと一歩踏み込んだ
瞬間、その動きがぴたっと止まった。
「なああああ!!フェイントアルかー!!」
木刀が振り下ろされるタイミングを見計らって身体をかわしたつもりのフェアリーが一転窮地に立たされる。
「ぅるあああああ!!」
無防備なフェアリーに向かって、フェルパーの木刀が渾身の力で振り下ろされた。
「そこまでっ!!スフォリアの勝ちだ!!」
突然、道場の縁側の上でロッシが裁定を下す。
(えっ!?)
意外そうな表情で固まるフェルパーの首筋につんつんとスフォリアの木刀が当てられる。
(そんな、いつの間に..)
愕然とするフェルパー。
「両者別れ!!向かい合って、礼!!」
「ありがとアルね!!」
「..ありがとうございました!!」
(..今日もスフォリアさんに勝てなかった..)
悄然として道場の縁側へ引き上げてくるフェルパーの頭上からぱちぱちと拍手の音が降ってきた。
はっとして縁側の上を見上げると、いつの間に来ていたのか、ロッシ先生の隣でノームが穏やかに微笑みながら
手を叩いていた。
「粗茶ですがどぞアルね。熱いから気をつけルね」
「いただきます。身体が暖まります」
茶碗を配るスフォリアに軽く一礼をして一口お茶をすするノーム。
「突然お邪魔しまして申し訳ありません、ロッシ先生。まさかこんなに真剣な稽古をしているとは
思いませんでした」
「はっはっは!!いいってことよ。むしろどんどんうちの稽古を見に来て欲しいもんだ。仲間に見られている
という緊張感がさらに本人の力を引き出すってこともある。なあ、フェルパー?」
話を振られたフェルパーはというと、耳を伏せ真っ赤になって俯いて座布団の角の房をいじっていた。
「どうしたね?フェルパー。いつもならムキになって悔しがルね?」
「いえ..その..まさかノーム様が来ていただなんて..それにあんなみっともないところを見られちゃって..」
「何を恥ずかしがってルね。今日もいい稽古だったアルよ。クラスで一番怖い対戦相手、フェルパーアルね」
「でも..私今まで一回もスフォリアさんに勝ったことないし..それにあんなはしたない声を上げてるところを
見られただなんて..」
と、チラッとノームの方を見た後、両手で顔を覆ってしまうフェルパー。
「いえいえ、ああいうのを"裂帛の気合"と言うんでしょうね。見ていた僕の方が気圧されてしまいましたよ。
..どうですか?先生。剣士としてのフェルパーさんの腕前は?」
「..そうさなあ..」
顎をさすりながら、暫くフェルパーを眺めるロッシ先生。
「ここへ入る前は独学でやってたみてぇで、ちょっと変な癖がついちまってるな。ここで一から修行を積んだ
スフォリアに今一歩勝ちきれねぇのはその辺りが原因なんだろうが、稽古は熱心だし、"二の太刀知らず"
の心意気は悪くはねぇ。口で言って癖を直すのは簡単だが、今は好きにやらせて自分の考えでどこまで
やれるか見ているところだ。スフォリア如きに勝てないからといって、くじけて転科なんかするんじゃねぇぞ?
こら!!」
そう言ってカラカラと笑った。
「もう..先生ったら..」
真っ赤な顔のまま横目で先生をにらみつけ、自分の前の茶碗に手を伸ばし口を付けるフェルパー。
が、次の瞬間..
「ぶは!!ぅあっちいいいいいい!!」
「あちちちち!!なにしやがんでぇ、フェルパー!!茶碗落とすな!!」
「淹れてからずいぶん時間経つアルね!!どんだけ猫舌アルね!?」
「だだだ大丈夫ですか?フェルパーさん。お水、雑巾、お水、雑巾、あわわわわ」
「..本当にご迷惑をおかけしまして申し訳ありません..ノーム様」
「ううん、気にしないで下さい。フェルパーさんこそ舌、大丈夫ですか?」
ぼちぼち朝食ラッシュが始まりかけた学生食堂の片隅で、アイスクリームを舐めながらやけどした
舌を冷やすフェルパーと、それに付き合うノーム。
「はい、何とか..あーんもう私恥ずかしくて死にたくなります。ノーム様の前では本当にドジばっかり!!」
白衣と黒袴の練習着姿のままテーブルの上に突っ伏し、足袋に草履履きの足をパタパタさせて
身悶えるフェルパー。
実戦さながらの真剣な稽古中の姿とのギャップにノームの表情も思わず緩んでしまう。
「でも死なないでくださいね。お願いしますよ」
「はい..頑張ります」
むっくりと起き上がり、憮然とした表情で答えるフェルパー。今日は朝からついてないな、という
気持ちが包み隠さず顔に表れている。
(何とかご機嫌を直してやらないと..)
そう思ったノームは話題を変えることにした。
「..ところでフェルパーさんはどうして剣士科に入ろうと思ったんですか?」
「はい?」
突然の質問に目を丸くするフェルパー。
「ロッシ先生の話では以前から剣を学んでいたそうですが..」
「あー、その話ですか..」
少し気まずそうに目をそらし、苦笑いしながら頬を掻くフェルパー。
「ええと昔ですね、ガキ大将のバハムーンとか、上級生にいじめられてひねくれちゃった手下の
ディアボロスとかがいてですね、弟妹ともどもいじめられていたわけですよ」
意外な告白に今度はノームが目を丸くした。
「そこへどこからとも無く転校生がやってきたんですね、それも七人」
「ぷっ!!」
思わず噴き出すノーム。
「それ、一体どこの世界のクロサワですか?」
「あ、判っちゃいました?」
そう言って悪戯っぽく笑うフェルパー。
「...で、その子達とチャンバラして遊んでいただけなんです、実は」
懐かしそうな目をして続けるフェルパー。
「でも、それなりに真剣でしたね。"あいつら火を噴くから火を噴く前に一遍に叩きのめさないと
だめだ"とか、いろいろ戦法を研究しました。で、ある日田んぼの真ん中で弟がガキ大将軍団に
取り囲まれていじめられているのを見て、無我夢中でやっちゃったんです、物差し一丁で」
「..やっちゃったんですか」
「もう研究どおり、一気呵成にね。後で額をカチ割られたバハムーンの親が怒鳴り込んで
来たので、いやいやながら頭を下げたんですけど、翌日からはいじめられなくなったんです。
いつもいじめていたフェルパーの女の子に額を割られた上に親に告げ口して怒鳴り込んだと
噂が立って威張れなくなっちゃったんでしょうね。怪我をさせたのはやりすぎかな、と思いました
けど、連中を追い払った後泣きながら"姉ちゃん!!姉ちゃん!!"って抱きついてくる弟を見て
悪いことをした、という気は起こりませんでした。原点といえば、それが原点だと思います
..あ、乱暴者はお嫌いですか?」
急に不安げな表情になり、ノームの顔色を伺うフェルパー。
「いえいえ」
ノームは大きく首を横に振って否定した。
「そこで弟さんを見捨てるような意気地なしの方が嫌いです。フェルパーさんの強さと優しさ
の一端を見た思いがしました。いい話だと思います」
ノームの言葉に一瞬パッと顔を明るくしたあと、ほんのり赤くなって俯くフェルパー。
「..でも、強くなりたいのでしたら、剣士科ではなくビースト科という選択肢もあったと思うのですが..」
「うーん..」
ノームの問いにフェルパーは首をかしげてちょっと考え込んだ。
「それはそうですけれども..私は先祖返りして半野獣化してまで強くなりたいとは思いません。
知恵やプライドを捨て、目の前の相手を本能の命ずるまま力ずくでねじ伏せる強さにどんな
意味があるのでしょう?一生懸命考えて研究し、自分以外の誰かのことを思いつつ力を振るう..
そうでなければ、弟を助けたときのような充実感は得られないと思うのです。私もフェルパーですが、
種族としての私のフェルパーらしさは、本能的な強さではなく、もっと別のところで発揮されるべきだと
思うのです..」
ノームの目をまっすぐ見つめ、右手を胸に当て、一語一語自分に言い聞かせるように語るフェルパー。
その瞳にノームは釘付けになってしまった。
(..かなわない。僕はこの人に全然かなわない..)
「..ノーム様?どうかなさいましたか?」
フェルパーの問いかけに、はっと我に返るノーム。
「ごめんなさい。私ばっかり長々と話しちゃって..つまらなかったでしょう?」
「いえ、そんなことは無いです。またフェルパーさんに一歩近づけた感じがして嬉しかったです」
「そんな..」
そう言ってまた赤くなるフェルパーを、ノームは今まで以上に愛しく感じた。
「..ところで、このあとのフェルパーさんのご予定は?」
「私の予定ですか?ええと、午後一番に出て魔女の森経由でプルスケッタへ赴く予定です。仲間の
鍛練が目的なので帰る予定や目的地は決まっていませんが、一週間はかからないと思います」
「そうですか..」
俯いて何事か考えてたノームだが、やがて顔を上げて言った。
「あの、出発前にもう一度お会いできませんか?」
「え?ええ、構いませんけれども..」
期待と疑念が半ばする微笑を浮かべてフェルパーは答えた。
「それでは正午過ぎくらいに、裏門前で」
「..はい、お待ちしております」
自分の部屋に戻ると、ノームは自分の部屋の道具箱をひっくり返した。
(ドワーフの奴、勝手に持ち出していきやがったな)
先日錬成したばかりのバグナウとヌンチャクが無くなっているのに気づき、舌打ちをした。が、今は
それどころではない。部屋中に散らばった道具の山の中から一本の刀を探し出すと、それを
抱えて裏門へ急いだ。
息を切らせながら裏門へたどり着くと、一分の隙なく旅装を調えたフェルパーが待っていた。
「ノーム様!!」
「はあ、はあ、早かったですね、フェルパーさん..はあ、はあ..」
「そんなに慌てなくても..どうしたのですか?一体..」
「こ、これ、使ってください..」
と、息を切らせながら刀を一腰差し出すノーム。
「まあ、これを私に?」
差し出された刀を受け取り、鞘から抜くフェルパー。しばらく刀身を眺めたあと、一歩下がって
居合いの型を一通り試してみる。
「すばらしい刀です。"鬼切"ですね。ノーム様が錬成なさったのですか?」
こくりと頷くノーム。
フェルパーはしみじみと鬼切を眺めていたが、やがて鞘に収め、静かにこういった。
「ノーム様のお気持ち、大変嬉しゅうございます..が、今の私にこれを受け取る資格は
ございません」
意外な返事にノームは大きく目を見張った。
「ごめんなさい。突然こんなこと言うと驚きますよね..私の話をお聞きいただけますか?」
呆然としながらも、ノームは頷いた。
「以前、ロッシ先生はおっしゃいました。身の丈に合わない道具はやがて自分の身を
滅ぼすと。剣を手に入れたらその切れ味に目を奪われるな、まずはその剣の切れ味に
見合う相手がどのような相手か想像しなさい、想像がつかないなら、その剣を使うには
まだ早いのだと、そう教えてくださいました。さらに先生はこうもおっしゃいました。自分の
実力が上がれば、自分の実力に見合った道具と出会えるはずだ、と。使い手が剣を選ぶ
ように、名剣名刀も使い手を選ぶのだと」
そう言うとフェルパーは腰に下げた自分の刀を取り出し、ノームに渡した。
「私の刀です。見てのとおり、量産型の日本刀を私が自分で実験室で錬成したものです。
これ以上の刀とは未だめぐり合ったことはありません。つまり、学校での成績はどうあれ、
これが今の私の実力なのです」
鞘から刀を抜き、刀身を改めるノーム。錬成と強化を繰り返したせいか、きれいに輝いていた
はずの刃は濁り、刀身も幾分か痩せているように見えた。
「あなたほどの方が、いくらなんでもこの刀では..」
「はい。私自身そう思わないでもありません。実際この刀では攻撃力不足なので、前に所属
していた同級生のパーティから外されました。しかし新しい刀と出会うには、私にはまだ
何かが足りないのでしょう」
涙をはらはらとこぼしながら続けるフェルパー。
「今所属しているパーティは下級生ばかりのパーティです。他の同級生が広い世界に冒険へ
出て行く中、カッサータや古代の迷宮辺りをウロウロしているのは正直口惜しいです。でもこれは
剣の神様の思し召しなのです。下級生とともに行動し、弟のために物差し一本で立ち向かった
あの頃に帰りなさいと。そこに今の私に足りない何かがあると、きっとそういう思し召しなのです」
くすんくすんと鼻をすすりあげるフェルパー。そして無理やり作ったような笑顔をノームに
向けた。
「だから、ごめんなさい。せっかくのノーム様のご厚意ですがこれは受け取れません。ノーム様に
嫌われても仕方ないと思います。本当にごめんなさい」
そう言うとフェルパーは深く頭を下げた。
「..僕の方こそ心無いことをしてしまいました..ごめんなさい。フェルパーさん」
てっきり別れの言葉を切り出されると思っていたフェルパーは、思い掛けないノームの言葉に
驚いて頭を上げ、ノームを見つめた。
「僕はとんでもない思い上がりをしていました。たまたま成績が良くて、ノームだけの専攻科だ
という理由で錬金術科に入学し、パーティの役割の中で、自分の人生の中で、錬金術をどう
生かすかを考えることなく、自分の能力をおもちゃにして錬金を続けてきました..」
呆気にとられながらもノームの告白に聞き入るフェルパー。
「それなのに、たまたま良い刀を見つけて錬成できたからといって、フェルパーさんのお役に
立てたような気になって勘違いして..僕はとんでもない大馬鹿者だ!!その刀だって、僕よりも、
フェルパーさんに拾ってもらった方がよっぽど幸せだったろうに..」
「..ノーム様..」
「僕の方こそ大変な失礼をしました。だから、僕がフェルパーさんのことを嫌いになっただ
なんて思わないで下さい。むしろ、こんな愚かな僕を見捨てないで下さい。お願いします..
お願いします..」
と、涙をこらえるように堅く目をつむり、身を震わせ頭を下げるノーム。
「そ、そんな、ノーム様、頭を上げてくださいまし..」
慌ててフェルパーがその肩を抱え起こす。そしてしどろもどろになりながら言葉を繋げた。
「あー、えーっと、この冒険..いや今回はちょっと無理かな?その..近いうちに必ず良い刀の
素材を見つけて来ますから、その時は錬成をお願いいたします。よろしくお願いします」
「..はい。今からどれだけ修行できるか判りませんが、フェルパーさんにふさわしい
刀を錬成できるように精進します。だから..だから、必ず生きて帰ってきてください」
「はい..必ず..」
手を取り合い、至近距離で見つめあう二人。どちらからとも無く目を閉じ、やがてゆっくりと
二人の唇が重なりあった。
「せんぱーい!!フェルパー先輩、いますかーあ?」
フェルパーを呼ぶ声に、我に返って唇を離す二人。もじもじと照れくさそうにお互いを
見つめあう。-
「..行ってらっしゃい。フェルパーさん。刀をお返しします。百戦錬磨の良い刀です。きっと
あなたのことを守ってくれると思います。頑張って下さい」
穏やかに微笑みながら、フェルパーに日本刀を返すノーム。
「..行ってきます。ノーム様が錬成するのにふさわしい素材を見つけて帰ってきます」
同じように微笑みを返しながら、ノームに鬼切を返すフェルパー。
「せんぱー..あ、ここにいたんですか。みんな揃いましたよ」
門柱の影から人形遣い科の制服をまとったクラッズの少女が顔を覗かせた。
「そう..じゃ、少し早いけど出発しましょうか?それでは失礼します、ノーム様」
「はい!!..それでは、失礼します」
フェルパーに向かって元気に答えると、クラッズの少女はシルクハットを取って胸に当て、今度は
ノームに向かってぴょこんとお辞儀をした。礼儀正しいフェルパーの薫陶が行き届いているかのような
さわやかな振る舞いだった。
クラッズの少女はフェルパーの手を取ると仲間の方へと引っ張っていった。白銀の長い髪、すっと
伸びた背筋、リズミカルな足取りに合わせて小さく揺れる長いしっぽ。ノームの目にはフェルパーの
後姿がとてもまぶしく見えた。
(そろそろフェルパーさんたちが戻ってくる頃かな?)
実験室の壁に張られているカレンダーを見てノームがつぶやいた。フェルパーと別れて6日目。
その間ノームは自分のパーティ仲間と共に古代の迷宮や氷河の迷宮などで素材を集め回っては
実験室にこもり、実験室のジョルジオ先生や同じノームのヴェーゼ先生の指導の下、錬金術に
磨きをかけていた。
「最近良く頑張っていますね、ノーム君。さあ、一休みしましょう」
ヴェーゼ先生がティーポットとカップをお盆に載せて実験室に顔を出した。
「ほーんと。前は"クールな孤高の天才錬金術師"って感じだったのに、どんな心境の変化
なのかしら?」
実験室の台所で手を洗いながら意味ありげな視線をノームに向けるジョルジオ先生。
「..もしかして、恋なの?それなら先生、全面的に応援しちゃう」
肩を抱き、耳元で熱くささやくジョルジオ先生の問いに動揺のかけらも見せず答えるノーム。
「否定はしません。ある人のために役に立つ何かを作りたい、その人に認められるような物を作りたい、
そう思い立っただけです」
その言葉にヴェーゼ先生がおおーっ!!と目を丸くしていると、トレネッテさんがやってきた。
「教頭先生、こちらにおいででしたか。ジョルジオ先生も。ちょうど良かったです。プルスケッタ学園事務局
から緊急の回覧が回ってきました」
そう言って回覧板を差し出すトレネッテさん。覗き込む一同。
「魔女の森にて魔族が謎の大発生。生徒一般通行者中心に被害急増中。警戒されたし」
先生たちが顔を見合わせている中、ノームは席を蹴って立ち上がり、猛然と実験室を飛び出していった。
「あっ!!待ちなさい、ノーム君!!無茶をしてはいけませんよ!!」
背中越しに聞こえるヴェーゼ先生の忠告に後ろ手で応えながら、自分の部屋へと全速力で
戻っていった。
学生寮の自分の部屋の扉をバーンと蹴り飛ばすように開くと、ルームメイトのドワーフが
帰ってきていた。血相を変えて飛び込んで来たノームに驚きおののくドワーフ。
「わあああ!!ごめんなさいごめんなさい!!道具を勝手に持ち出したのは謝るから許して。冒険中手に入れた
もの全部あげるから、勘弁..」
「そんな話は後だ。僕が持ってる道具どれを使ってもいいから今すぐ武装して出発準備して!!」
「..へ?」
事情が飲み込めず、キョトンとしているドワーフの襟首を掴み、怒鳴りつけるノーム。
「いいかい?一度しか言わないから良く聞いて。"魔女の森で遭難している僕の彼女を助けに行くから
一緒に来い"わかったら復唱!!」
「魔女の森で遭難しているノームの彼女を助けに..って、なんだってー!?」
その頃、フェルパー一行はセミフレッド村を出るところだった。日は傾きかけてはいるが、戦闘を最小限に
抑えれば日が暮れるまでに初めの森の安全なところまではたどり着けるはずだった。この冒険中、
パーティの訓練の成果は上々だったが、フェルパー自身の思いは複雑だった。
(はぁ..今回の冒険でも良い刀は見つからなかったわね..ノーム様、がっかりするだろうな..)
足元をこしらえながら小さくため息をつくと、隣からクラッズの少女が覗き込んできた。
「どうしたんですか?先輩。ため息なんかついちゃって」
「ううん、なんでもないわ..。それより入山者名簿への記帳は済ませた?道具袋の点検は?帰還札と
けむり玉は誰でもすぐに取り出せるところにしまっておくのよ?」
「はい。大丈夫です。先輩のご指導どおりに、ほら」
そう言って道具袋を差し出すクラッズ。
「よろしい..ふふ、あなたもだいぶリーダーらしくなってきたわね。頼もしいわ」
「そんな..先輩のおかげです。私知ってます。本当は下級生に混じってこんなところにいる人じゃないって。
だから、今のうちにいろんなことを教えてください」
シルクハットで半分顔を隠しながら照れるクラッズの少女の頭をいとおしげに撫でるフェルパー。
「さあ、出発しましょう。日が暮れるまでに魔女の森は抜けたいわね」
「はい!!」
セミフレッド村の門を出る直前、フェルパーたちは白い布を被せられた担架の行列とすれ違った。
大方カイワーレ辺りに不覚を取ったのだろうと、大して気にも留めなかったが、もしその時彼女たちが
白い布の下を見ることが出来たのならば、その時点で出発を思いとどまったかもしれない。その時
担架に乗せられていたのは、腹を大きくえぐられ頭をものすごい力で叩き潰された、今までに見たことの
無いような凄惨な遺体ばかりだったからである。
その日の魔女の森は鬱陶しい霧雨だった。
多くの魑魅魍魎が蠢く魔女の森。それでもこの日は天気がすぐれないせいか、フェルパーたちは
モンスターたちに気取られること無く順調に歩みを進めていた。
(静か過ぎるわね)
帰路を急ぐ一行にとって、戦闘無しでこの難所を抜けられるのはありがたいことのはずだったが、
フェルパーには、視界が利かずモンスターたちにとって冒険者を餌食にするには申し分無い状況
でもあるのに、これほどまでに襲撃が無いのはかえって不自然に思われた。
あとゲート二つくぐれば魔女の森を抜けられるところまでたどり着いたときに、それらは現れた。
白く閉ざされた霧の向こうからひたひたと近づいてくる、山のように大きな黒い影..。
「そ、そ、総員戦闘準備。魔法壁展張します」
相手の圧倒的な存在感に気圧されたかのように上ずった声で、リーダーのクラッズが指示を出す。
「..先輩、相手の正体わかりますか?」
不安げに震える声で尋ねるクラッズに、刀を構え相手を見据えながら小さく首を横に振るフェルパー。
「ごめんなさい。わからないわ..前方止まりなさい!!これ以上近づくと攻撃します!!」
警告にも構わず近づく影。大きな影の腕らしき物が明確な敵意を持ってゆっくり振り上げられた。
「こ、攻げk「喰らえ!!サンダー!!」
クラッズの攻撃指示が下されるや否や、魔法使いのフェアリー渾身のサンダーが落ちる。
「ぃえああああ!!」
それを合図にフェルパーも未知の生物へ真っ向から切り掛かって行った。
先頭のグレーターデーモンが倒れて動かなくなったのは、フェアリーが放った八発目のサンダーが
炸裂した後だった。
(つ、強い..)
一体を倒すまでに、前衛は格闘家のバハムーンと戦士のセレスティア失い、後衛も魔法使いの
フェアリーの魔力が尽きかけていた。クラッズの魔法壁は一撃で砕かれ、樹上から狙撃していた
ヒューマンも有効打を与えられず、二人とも青い顔をしている。
倒された死体を踏み砕き、背後に控えていた大きな黒い影が前へ歩み出てくる。
「せ、先輩ぃ..に、逃げませんか?」
蚊のなくような小さな声でクラッズが切り出す。
「..良い判断です、リーダー」
自信無さげなクラッズを励まし支えるかのように、穏やかに丁寧な言葉で返事をするフェルパー。
「全員にけむり玉と帰還札を配ってください。一人でも発動させることが出来れば逃げられます。
私はここに踏みとどまり、時間を稼ぎますから、その間に..」
「そんな!!」
「私ならあと一撃には耐えられるでしょう。しかし後衛の皆さんに攻撃が及ぶとなると一度で全滅
しかねません。私が相手の攻撃を引き受けますから、早く..」
「先輩..」
なおも何か言いたげなクラッズの肩をぽんぽんと叩くと、身を翻しグレーターデーモンへ向かっていった。
「きぃえああああ!!」
迫り来るグレーターデーモンに真正面から切りつける。しかしグレーターデーモンは片腕で刀を
受け止めると、そのままフェルパーごと振り払った。きれいなバック宙で体勢を立て直したところへ
グレーターデーモンの長い腕が伸びる。
「..秘剣..つばめ返し!!」
好機とばかりにカウンターを繰り出すフェルパー。しかし、次の瞬間見たものは、砕け散る愛刀の
姿だった。
(そ、そんな!!)
一瞬の動揺。と、突然腹部に激痛が走り、口から鮮血がほとばしる。気がつくと、三体目の
グレーターデーモンの腕がフェルパーの腹を貫いていた。
「ぐ..は....ふ、不覚..」
身体を貫いた腕が引き抜かれると、フェルパーは雨で泥だらけの地面に崩れ落ちていった。
かすんで行くフェルパーの目に、フェルパーの名を泣き叫び駆け寄ろうとするクラッズと
それを引き止めるヒューマン、けむり玉を地面に叩きつけ発動させようとするフェアリー、そして
彼らに迫るグレーターデーモンの後姿が映った。
(ごめんね、クラッズ..ごめんなさいね、みんな..)
そして、帳が下りたかのようにフェルパーの視界が暗転する。
(ノーム様..せっかくクリスマスの夜に命を救っていただいたのに、粗末にしてしまいました..
約束を守れずに申し訳ありません..)
真っ暗な世界にノームの顔が思い浮かぶ。
(..一度でいいから..ノーム様の刀を振るってみたかった..あの時素直に受け取っておけば..よかった..な..)
頬を伝わる冷たい流れの正体が雨のしずくなのかそれとも自らの涙なのか。それを確かめる時間は、
彼女には与えられなかった。
ノームとドワーフがジェラートタウンにたどり着いたとき、町は混乱の坩堝であった。魔女の森に繋がる
ゲートからは遺体や重傷者を載せた担架が続々と運び込まれ、入れ代わりに眦を決した救助隊らしき
冒険者たちが突入していく。診療所の周囲には治療を待つ患者や遺体が並び、ロストした遺体に
すがり付いて泣き崩れる犠牲者の仲間や家族の姿もあった。
宿泊所では、飛竜便で届けられた各地の入山者名簿と到着者の照合作業が行われていた。しかし、
普段は入山者名簿に記入はしても到着時に届けを出すものは少なく、また手続きを軽視し入山者
名簿に記帳すらせずに入山したものも少なくないために、安否確認作業は難航していた。
「なあノーム、早く森に入らないと日が暮れちまうぞ?」
「いや、あのフェルパーさんのことだから、必ず名簿に記帳しているはず。むやみに森に入るのは
危険だ。ドワーフは到着者名簿の方を探して。僕は入山者名簿の方を探すから」
ノームは、フェルパーが魔女の森に入っていないことを願っていた。
(もしかしたら、日程が遅れてまだプルスケッタ学園やセミフレッド村にいるのかもしれない。
あるいは早めに森を抜けてパニーニ方面へ向かっているのかもしれない)
しかしノームの願いは程なくして打ち砕かれる。
「魔女の森 入山者名簿(セミフレッド口)
時刻:本日15:11 行先:ジェラートタウン 入山者:クラッズ(代表:クロスティーニ学園) フェルパー(同左)…」
がっくり肩を落とすノーム。到着者名簿を探しているドワーフの元へ向かう。
「だめだ。今日の三時過ぎに森に入ってる。ドワーフの方は見つかったかい?」
力なく首を振るドワーフ。
「..どうする?今からだと日が暮れちまって捜索どころじゃなくなるぞ。明日にするか?」
しばらく腕組みをして考えていたノームだが、何を思いついたか、道具袋から液体が入った
小瓶を二つ取り出し、右手と左手の甲にそれぞれの液体を塗りつけて、ドワーフの目の前に突き出した。
「嗅いでみて」
ノームが差し出した両手の甲を交互に嗅ぐドワーフ。
「ん?..右手が"想星恋慕"で、左手が"やさぐれ淑女"だな。それがどうかしたのか?」
答えを聞いて、ノームはにニヤッと笑った。
「さすがドワーフ、大正解。さ、行こうか」
ドワーフの首根っこをつまみ上げ、魔女の森へ通じるゲートへと向かうノーム。
「ちょっと待ておい!!俺は犬じゃねーぞ!!離せ嫌だやめろ馬鹿ヤローぉ...」
(そういえばクリスマスの夜も満月だったな..)
魔女の森を探索中、歩みを止め、ふと空を見上げたノームは思った。しかし、あの夜と違って、今夜の月は禍々しいまでに赤かった。
(..やめよう、縁起でもないことを考えるのは)
そう思い、軽くかぶりを振っていると、遅れていたドワーフがぶつくさ言いながら追いついてきた。
「あのなあ、お前さんは浮遊できるからそんなに疲れないんだろうけど、足で歩くこっちは大変
なんだからな?パワーには自信あるけど、その分燃費良くないんだからその辺りよく考えて..」
「..そこ」
「あん?..ぐぎゃああああああ!!」
一瞬ドワーフの毛が全部逆立ち、ぶすぶすと音を立てて焦げていった。
「..電気床なら早く言ってくれよ」
「学校出るとき言っただろ?"僕の持ってる道具何を使ってもいいから"って。魔女の森に行くのに
なんでタケウマも天使のカフスも身に着けないでくるかなあ..あったでしょ?道具箱に」
「や、やかましぃ!!..それにしても、腹減ったなあ..」
とへたり込むドワーフ。
「もう、しょうがないなあ..。はい、おにぎり」
道具乱舞で強引にドワーフの口におにぎり10個を叩き込む。
「お、おはへ、いいはへんにひろお!!」
「え?お茶?ごめん、持って来てないんだ。これで我慢してね」
そう言ってドワーフの目の前に差し出したノームの両手の指の間には、"筋肉増強剤J"が八本
きれいに挟まれていた。
「あが〜!!ほれはへはあめへ!!おへがひ!!」
涙目になりながら、おにぎりを詰め込まれた口をもしゃもしゃさせているドワーフを置いて、ノームは
周囲の探索を始めた。
-こつん-
何かが足に当たったような気がしたので、かがんでみる。よく見るとシルクハットのようだ。手に取って
みると真っ赤な布地に赤と白のアーガイル模様の帯が巻かれているシルクハット。ノームには見覚えが
あった。
背筋が凍る思いで目を凝らし、周囲を見渡してみると、広場の別の出入り口付近に折り重なって
倒れている人影があった。
「ドワーフ、ちょっと来て」
「あん?..うわ!!こりゃひでえ!!」
クラッズとヒューマン、フェアリーがお互いをかばいあうように倒れて死んでいた。
「..あっちからも嫌な臭いがするぜ」
そう言ってドワーフが顎で差した先には、散乱した真っ白い羽が月の明かりでぼぅっと浮かび上がって
おり、その中心では剣を握ったままのセレスティアと首のないバハムーンが倒れていた。
(フェルパーさんは?フェルパーさんはこのパーティにいるはずだ)
そう思い、さらに周囲を見回してみるが見当たらない。モンスターに発見されるのを覚悟でたいまつに
火をつけようとしたその時、ドワーフが何かを拾い上げた。
「なんだこりゃ?折れた日本刀か..」
ノームが慌てて駆けつける。
「待てドワーフ。捨てるんじゃない!!」
ドワーフから日本刀の残骸をひったくると、月明かりにかざして改めた。
-使い込まれて細身になった刀身と濁った刃-
(フェルパーさんの刀だ。間違いない!!)
「嗅げ!!そして探せ!!」
ものすごい形相で折れた日本刀をドワーフの鼻先に突きつける。
「は?だから、俺は犬じゃないって何度言えば..近い!!こっちだ!!」
ドワーフの後を付いて広場の隅へ向かうと、闇の中に、泥沼の中でうつぶせに倒れている人影が浮かび
上がってきた。
-白い東洋風の装束、細長いしっぽ、そして白銀の長い髪と特徴的な形の耳-
「..フェルパーさん..?」
ノームが静かに近づき、声をかける。そして肩を揺すり再度呼びかける。
「フェルパーさん、フェルパーさん..」
ピクリとも動かないフェルパーの傍に跪き、肩を抱いて、仰向けに起こす。
「!!」
うっすらと見開かれた焦点の合わない瞳、泥にまみれた白い頬、口元には赤い筋が
こびりつき、身体に目を移すと腹部には大きな穴が穿たれていた。
「..フェルパーさん..フェルパーさん..ふっ..くっ..う、あ、ああ..」
力なくもたれかかるフェルパーの頭を抱き、声にならない慟哭を上げるノーム。
残酷なまでに血の色をした月が不気味な静けさで二人を照らしていた。
粛然としてしばらくその光景を眺めていたドワーフだが、意を決したように口を開いた。
「で、どうするんだ?死んだといってもまだ回復不能なわけじゃない。行動するなら早い方がいいぜ。
雨も上がっちまったし、血の臭いが充満すればモンスターどもが死体をたかりにやってくる」
「..そのとおりだ」
服の袖で目元を拭いながら、フェルパーの亡骸を抱え、ノームが立ち上がる。
「パーティ全員をとりあえずジェラートタウンに運ぼう。診療所も一杯だろうけど、天使の涙を
沢山持ってきているからそこで何とかしよう」
「でも一度には収容しきれないな。どうする?」
「ドワーフはバハムーンを頼む。僕はクラッズたち3人を連れて行く。セレスティアとフェルパーさんは
二回目にしよう」
「いいのか?フェルパーってお前の..」
「構わない」
きっぱりと言い切るノーム。
「フェルパーさんが生き返った後、他の仲間が後回しにされたことを知ったら、きっと悲しむと思うから..」
唖然とした表情でしばらく口をぱくぱくさせ、何か言いたそうなドワーフだったが、結局観念したように
言葉を飲み込んだ。
「..そか..だったらなおさら急ごうぜ。お前のことだから、転移札帰還札もたんまり持ってきてるんだろな?」
「大丈夫。その辺は抜かりはない」
ふっと微笑を浮かべるノーム。ドワーフが何を言いたかったのかおおよそ見当は付いていたが、
一刻を争うこの時に、敢えて口に出さず不毛な論争になりそうなのを抑えてくれたドワーフの心遣いが
ノームには嬉しかった。
抱き上げたフェルパーをセレスティアの隣にそっと横たえる。
(..すぐ迎えに来ます。もう少しの辛抱です)
フェルパーのまぶたを閉じ、冷たくなった唇にそっと口付けるノーム。
「ひーぃ、生きてれば生きていたで態度でけぇし、死んだら死んだでクソ重てぇし、バハムーンて
ほんと世話の焼ける連中だな..。ノーム、こっちは準備OKだ」
「..わかった。今行く」
そして、フェアリーを腹の上に乗せたクラッズを抱き上げ、肩の上にヒューマンを担ぎ上げて
バハムーンを抱えたドワーフの隣に並び、帰還札を地面に叩きつける。
パン!!と乾いた音が響いた瞬間、周囲の景色が一転した。
ジェラートタウン診療所周辺の治療待ちの列に4人の遺体を並べると、今度は転移札を使い、
遭難現場へ戻る。
先程と寸分変わらぬ姿で横たわる二人の遺体を見て、ノームはホッと胸をなでおろした。
が、遺体の傍に歩み寄ろうとしたその時、二人の目の前に巨大な黒い影が立ちはだかった。
「うぎゃあああああ!!で、で、出たあ!!」
今までに見たことのない巨大な異形の怪物に腰を抜かすドワーフ。
(こいつが..フェルパーさんたちを..?)
立ち尽くしてグレーターデーモンを見上げるノーム。
「おおおおい、こいつはヤバいって。に、に、逃げようぜ」
「..もちろん、やりあう気は無いよ。でもフェルパーさんたちを残したまま逃げる気も無い」
そう言って道具袋からけむり玉を二つ取り出し、一つはドワーフに渡す。
「僕が助からなかったら後はよろしく。君がダメだったときは後は任せて」
そういい残すとノームは相手に向かって歩いていった。
大きく振り上げられるグレーターデーモンの腕。ノームもけむり玉を掴んだ右手を構える。
(こいつを前にして、フェルパーさん、どんな気持ちだったんだろうな..)
そして、ノームに向かってものすごい風切り音を残して腕が振り下ろされた。
(思ったほど速くないな..ギリギリ助かるかな?)
-ドン!!-
次の瞬間、ノームの首が千切れ飛んだ。同時に残されたノームの胴体がけむり玉を地面に叩きつけ、
発動させる。立ち込める白煙。むせ返るように吼えるグレーターデーモン。
濛々たる白煙が夜の微風に吹き流された後、広場にはグレーターデーモン一匹だけが取り残され、
ノームもドワーフも、フェルパーとセレスティアの遺体も消えうせていた。
「お前バカだ!!ほんんとバカだ!!どうしようもないバカだ!!」
ドワーフが半べそをかいているのを尻目に、ノームは吹き飛ばされた頭を胴体に乗せ、トントンと
叩きながら据え付けていた。
「..そんなバカバカ言わないでくれよ..結構傷つくんだから」
「じゃあもう一つおまけにくれてやる、このバカ!!..もうだめかと思ったぞ..」
「..なんかカラカラ音がするけど、とりあえず修理完了..と。では次の仕事に取り掛かりますか」
「..話聞けよ、まったく..」
深夜になっても診療所はフル回転で、彼らの順番は回ってきそうに無かったので、自前の天使の涙で
復活させることにした。
クラッズ、フェアリー、バハムーン、ヒューマン、セレスティア..遺体の口に天使の涙を含ませると、
次々と蘇っていった。
(フェルパーさん、今助けますからね..)
最後に静かに横たわるフェルパーの口に天使の涙をそっと流し込むノーム。
するとフェルパーの遺体から猛烈な白煙が吹き上がった。そして白煙が収まるとそこには白い
灰の山だけが残されていた。
(そんな..なぜ..?)
言葉も無く大きく目を見開き、自失状態になるノーム。何事かと覗きにきたドワーフやフェルパーの仲間
たちも状況を見て言葉を失った。
「ノームさん..ノームさん..」
石のようにずっと動かないノームにクラッズの少女が静かに話しかける。
「まずは、お礼を申し上げます..私たちを助けてくださってありがとう..」
「..」
「..その..どこからどうお話したら良いのか..昨日、魔女の森で怪物に遭った時、私は相手のことを何も
知らないのに、攻撃させてしまいました。最初の一体を倒すのにセレスティアとバハムーンを犠牲に
してしまって..そこで初めて逃げようとしたら、フェルパーさんが自分が時間を稼ぐから、と一人で
怪物に立ち向かわれて..」
次第に涙声になるクラッズ
「..でも、結局私たちは全滅してしまいました。フェルパーさんの犠牲を無駄にしてしまったんです..。
全部リーダーの私が悪いんです。フェルパーさん、年下で未熟な私の指示にも率先して従ってくれて、
そして後で付きっ切りで色々指導してくれたのに..でも私、全然それが生かせなくて..こんなことに..
ごめんなさい..ごめんなさい..う..う..」
ノームの傍らにへたり込み、泣き崩れるクラッズ。
「..諦めるには、まだ早いと思います..」
それまで固まっていたノームが口を開く。
「チャンスはあと一回しかなくなってしまいましたが、まだ蘇生の機会はあります。大事なのは、今
ここで僕たちが後悔しないような選択が出来るかどうか、だと思います..」
涙目でノームを見つめるクラッズ。一同の視線がノームに集まる。
「..僕はガレノス先生にお願いしたいと思います。今ここで僕たちがどうこうするより、先生に
お願いした方が、例えどんな結果になっても、納得できるのではないかと..僕はそう思うのですが..」
お互いの顔を見合わせたあと、頷きあう一同。
「..よし決定!!一粒残らず灰を集めてビンに詰めよう。先生が寝てたら俺がぶん殴ってでも起こしてやる!!」
ドワーフの一言でそれぞれが動き出す。
「..あの、その..ノームさん..」
真っ赤に目を泣き腫らしたまま、話しかけるクラッズの少女。
「本当に..ごめんなさい..フェルパーさん、ノームさんにとって大切な人..なんですよね?」
「..はい..大切な人です..」
穏やかな微笑を向けながら、ノームはクラッズの少女の頭を撫でる。
「でも、それは君にとっても同じことでしょう?大丈夫..大丈夫..なんとかなりますよ」
フェルパーの灰を一粒たりとも逃すまいとかき集める仲間たちを見ながら、自分自身に言い聞かせる
ようにつぶやいた。
「キシシシ..これはすばらしい灰ですね。純白を通り越して銀色に輝いていますよ。故人の人柄が
偲ばれる灰ですね..早速これを使って実験を..」
と言いかけたところで、14個の瞳から発せられる冷ややかな視線に気づくガレノス先生。
「..オホン。冗談はこれくらいにして、校医としては報酬さえ頂ければいついかなるときでも最善を
尽くします。キシシ..」
ノームとクラッズの少女がそれぞれ金貨が一杯に詰まった皮袋を無言で取り出す。
「..では早速手術に入ります。皆さんは待合室で待っていてくださいね..キシシ」
待合室で皆が所在なさげにしていると、何か思い立った様にノームが立ち上がった。
「ん?どこ行くんだ?付いていてやらなくていいのか、ノーム?」
待合室の長椅子に座り、腕組みをして目を閉じていたドワーフが薄目を開き、尋ねる。
「うん..大事な用事を思いついたんだ。実験室か自分の部屋にいると思う。手術が終わったら教えて」
「..ここにいるより大事な用なのか?」
無言で小さく頷くノーム。ドワーフはしばらくの間ノームの顔を見つめていたが、
「..自分の彼女の救出を一番後回しにするわ、大事な手術中席を外すわ、ノームの考えることは
さっぱりわからんな..。ま、好きにしろや」
そう言うとまた腕組みをして目を瞑ってしまった。
ノームは自分の部屋に戻ると、鬼切一腰と持てるだけの素材を持って実験室へ向かった。
錬金術師のノームは、本来なら実験室の道具を使わずとも錬金出来るのだが、今は時間が
無いのと、より錬金精度を高めるため、実験室を使うことに決めていた。
深夜にも構わず、ジョルジオ先生の部屋をノックする。
「..だあれ?こんな真夜中に来るなんて..寝不足はお肌の大敵なのよ?」
ピンク色のネグリジェにナイトキャップ姿のジョルジオ先生が、不機嫌そうな顔を出す。
「夜分遅くに申し訳ありません、先生。実験室を使いたいので、鍵を貸してくれませんか?」
「んもう..夜が明けてからにしてくれないかしら?」
明らかに不機嫌そうなジョルジオだが、ノームは少しもひるまない。
「先生のお手は煩わせません。それに先生は先日、僕を全面的に応援すると仰いました」
「..もう、しょうがないわね、そういうことなら。はい、鍵。後は何があっても自分で何とかするのよ?」
「ありがとうございます。失礼します」
実験室の電源を入れ、部屋から持ち出した道具や素材を作業台の上に並べる。
錬金用の釜が暖まると、まずは鬼切をくず鉄レベルにまで分解した。そして、自分の在庫を含め
膨大な数のくず鉄一つ一つの材質、重さ、形を吟味し、フェルパーが使っていた日本刀の感触と
剣道場で見たフェルパーの太刀捌きを思い出しながら完成品のイメージ通りの形に並べていく。
(フェルパーさんは言った。剣士は剣を選び、剣は剣士を選ぶのだと。そこで、僕が出来ることといえば、
フェルパーさんに選んでもらえる刀、フェルパーさん以外には使いこなせない刀を作ること..それには
教科書どおりのやり方だけではダメだ..)
並べたくず鉄を順番どおり粗末な鉄へ、粗末な鉄を鉄へと精錬し直す。そして、最後に
折れた鬼切を加え、錬金釜へ納めて扉を閉じた。
(フェルパーさん..)
閉じた釜の扉に額を押し当てると、ノームは一心に手術の成功を祈った。
朝もやが漂う中、ロッシ先生は生徒達の朝稽古を見るために生あくびをしながら剣道場へ
やってきた。
(んあ?誰だ?こんな朝早くに)
目を凝らすと、ノームが刀を一腰携えて、道場の門の前にたたずんでいた。
「こんな朝早くから何の用だ?朝稽古つけて欲しいなら、まだ誰も来ていねぇようだから、
俺が直々相手してやってもいいぜ?」
それには答えず、ノームはロッシ先生に刀を差し出した。
「..先生、この刀を見てくれませんか?」
「ん?鬼切か?どれどれ..って、おめぇさん、こいつは..」
鞘から半分抜きかけたところで、ロッシ先生はノームの顔をまじまじと見つめた。
「..もし良かったら、今から保健室にお付き合いいただけませんか?今、フェルパーさんが入院
しているんです」
ノームとロッシ先生が保健室の扉を開けると、ベッドを囲んでみんなが顔を揃えていた。
ベッドではフェルパーが静かに横たわっていた。
「キシシシ..手術は成功です。大分身体に無理がかかっていたようで難儀しましたが、あとは
しっかり養生して身体を固めれば、すっかり元通りです。会心の手術でした。キシシシ..」
台所で手を洗いながらガレノス先生は嬉しそうに報告した。
ノームはガレノス先生に深くお辞儀をすると、ドワーフやフェルパーの仲間たちに促されて
フェルパーの枕元へ行った。
「あ、そうそう。身体はまだプリンのように柔らかいですから、あまり強く触れないでくださいね。
下手するとへこんだまま固まってしまいますから気をつけてください。それでは私は寝ます。
皆さんごきげんよう、キシシシ..」
そう言い残して部屋を出て行くガレノス先生にみんな改めて深くお辞儀をした。
「..ノーム様..」
目に涙を一杯浮かべ、そう言ったきり、言葉が出なくなるフェルパー。
「..お帰りなさい、フェルパーさん..」
そう答えるノームの傍らからクラッズの少女がそっとハンカチを差し出す。
「ノームさん、フェルパーさんはまだ身体が固まっていないので身体を動かせないんだそうです。
だからこれで..」
ハンカチを受け取ると、ノームはフェルパーの目元の涙をそっと拭った。
幸せそうに眼を細めるフェルパー。
「..この度は、パーティの仲間ともども大変お世話になりました..その..なんとお礼を申し上げたら
良いのやら..」
「皆さんが無事で何よりです。あなたの喜ぶ顔が一番のお礼です」
その一言でフェルパーの顔がくしゃくしゃになってしまう。
「あ..う..あう..あうう..」
「ほらほら、泣かないで下さい。そのまま顔が固まってしまったら困ります」
ノームの冗談に、フェルパーは無理やり顔をほころばせた。
「..あの、こんな時になんですけれど..これ..」
そう言ってノームは、一本の刀を差し出した。
「これは..?」
「鬼切です。フェルパーさんが手術を受けている最中に打ち直しました。使ってくださいとは
言いません。でも、せめてお守りとしてそばに置いてくださいませんか?」
「で、でも..私..この間、あんな偉そうなこと言っちゃって..その..」
目を逸らし、困惑するフェルパー。
「なあ、受け取ってやんねぇか、フェルパー」
ノームの後からロッシ先生が口を挟む。
「その..なんだ、確かに俺はおめぇさんに"分を過ぎた剣は身を滅ぼす"とか、"実力が付けば
相応の剣と巡り合える"って教えたけどな、冒険に出てモンスターの遺体や宝箱を漁るだけが
剣との出会いなのか?..まあ、確かに俺はそういう事を念頭に置いて言ったつもりだったけどな。
最近は修行もせずに、金で何でも解決したがる連中が増えちまったし..」
そこで表情を改め、真顔でフェルパーを見据えるロッシ先生。
「だけどな、おめぇさんが普段から一生懸命稽古に励んで修行して、その姿に惚れこんで、おめぇさんの
ために刀を作りてぇ、使ってもらいたいってぇ奴が現れたとしても、それはおめぇさんにとっては出会いの
一つにはならねぇのけぇ?」
フェルパーは大きく目を見開き、ロッシ先生を見つめる。
「受け取ってやんな..。一足先に刀を見せてもらったが、素晴らしい出来栄えだ。そしておめぇさんの
師匠として贔屓目無しで言うが、今のおめぇさんにはこの刀を使う資格は充分にある。パーティ辞め
させられたことも、下級生の面倒見てることも、おめぇさんの苦労は俺には全部お見通しだ。今まで
本当によく頑張ったな」
「うわああああああ..あ、あ、あ..!!」
堰を切ったように号泣するフェルパー。
「..私、私、死ぬ時本当に後悔したんです..うっく..うっく..ノーム様の刀を一度でいいから使ってみたかった
って..あの時素直に受け取っていれば良かったって..。ひくっ..何故あの時あんなこと言って断ってしまったんだろう
って..だから..だから..」
「いいんです、いいんです」
ハンカチでフェルパーの目元を優しく押さえながら語りかけるノーム。
「..その、あの時の刀は単なる習作みたいなものだったんです。あの時フェルパーさんの話を聞いて、
今まで自分は真面目に物を作ったことが無いことに気付いて..。だから僕も、フェルパーさんが遭難したとき、
後悔で気が狂いそうになりました。毎日厳しい修行を積んでいるフェルパーさんの姿を見ていながら
僕は全然進歩が無かったじゃないか、と。あと一度でいいから、僕の仕事を見て欲しかった、と」
ひとしきり、フェルパーの目元を拭うと、ノームはフェルパーの目を見つめた。
「..今回はフェルパーさんのことだけを考えて作りました。今の僕の精一杯です。一度試してみて
くれませんか?」
「..はい..喜んで..」
潤んだ瞳そのままでフェルパーもノームを見つめ返した。
「..まあなんだ、実物見てもらおうじゃねぇの。ノーム、ちょっと貸せ」
ノームはロッシ先生に刀を渡し、フェルパーの枕元で一緒に眺める。
すらりと鞘から刀が抜かれる。
「..きれい..素敵な..刀です..」
「使ってみて気がついたことがあったら何でも言って下さい。一緒にこの刀を育てましょう」
「..はい..はい..」
フェルパーの視界が、今日は白くまばゆく塗りつぶされていった..。
始業時間となり、ロッシ先生やドワーフ、フェルパーのパーティ仲間は三々五々保健室から去って
いき、フェルパーとノームだけが残された。フェルパーのベッドの枕元には刀掛けが置かれ、ノームの
刀が飾られている。
「お体は大丈夫なんですか?」
ノームが尋ねる。
「はい。ガレノス先生の話だと後遺症も残らず、傷口もきれいに塞がったと。あとはじっくり固めるだけだそうです。」
「そう..それは良かったです」
穏やかに微笑むノーム。
「それで..あの..一つお願いがあるのですが..よろしいでしょうか?」
「ええ、何でもおっしゃってください。何ですか?」
なぜか目をそらし、真っ赤になるフェルパー。
「ええと..私、見てのとおり全く動けません。ですから、私はまこだ自分の体がどうなっているのか
見る事ができないのです。」
うんうんと頷くノーム。
「でも、体は動かないのですが、布団をかけられているとか、涙を拭われているとか、感触
自体はあるのです。ですから..」
少しためらったフェルパーだが、ノームの目を見て続けて言った。
「ノーム様にこの体を触っていただきたいのです。そうすれば今の私の体の様子を確かめる事が出来るのでは
ないかと思いまして..お願いできないでしょうか?」
フェルパーの言葉を理解した瞬間一気に頭の中が沸騰し、クラクラとめまいを感じるノーム。
「あの、鏡を持ってくるとか、そんな野暮な事はおっしゃらないでくださいまし。今は、
鏡に映った自分の姿より、ノーム様が触れてくださる感触とお言葉の方が信じられます..」
顔を真っ赤に染めながらも、真剣なまなざしで懇願するフェルパー。
「..ダメでしょうか?」
深呼吸を三回繰り返したあと、緊張した面持ちでノームは答えた。
「いいえ。フェルパーさんがそう望むなら..」
フェルパーが嬉しそうに微笑むのを確かめると、ノームはフェルパーの掛け布団の襟に
手をかけた。
無言で見つめ合う二人。
しばらくの静止と沈黙の後、ノームの手でゆっくりと布団が引きはがされて行った。
肩、胸元、両腕、腹、腰、太もも、足首..
やがてフェルパーの体全体があらわになる。
「...」
無言のまま、潤んだ瞳でノームを見つめるフェルパー。
「..確かに、傷一つ残っていません。きれいに塞がっています」
淡々と述べるノーム。そしてため息一つつくように、
「..とても、美しいです」
と付け加えた。
「..では、触りますね。右足から..」
「はい..よろしくお願いします」
そっとフェルパーの右足の甲に手を触れる。しかし想像以上に柔らかく、簡単にへこんで
しまい、ノームは慌てて手を離した。
「..どうかしましたか?」
「いえ、思った以上に柔らかくてびっくりしちゃって..大丈夫。行きます」
「はい..お願いします」
へこませた所が、ゆっくりと元に戻っている事にホッとすると、今度は産毛をなでるような繊細さで
足に触れた。
「..触れているの、分りますか」
「はい..はっきり、感じます」
頬を赤らめて答えるフェルパー。
「あの..遠慮なく、まんべんなく..お願いします」
その言葉に心臓が跳ね上がる思いのノーム。両手の指で体のラインをなぞるように撫でて
いった。
足の裏に触れる。
「あっ..」
フェルパーが反応する。
「くすぐったいですか?」
「はい..でも、嬉しいです。生きていることを実感します..」
「では、続けますね」
穏やかな微笑みを返しながら、ノームは続けた。
戦士系の学科の生徒とは思えないほど細く締まった足首からふくらはぎへと撫で上げる。
そして膝から細いながらもふっくらとした柔らかさを感じさせる太ももへと移って行く。
「はうっ!!」
フェルパーの声に思わず、びくっとして手を離すノーム。
「ご、ごめんなさい..その、私、殿方に触れられるのが初めてで..」
「大丈夫ですか?すこし休みますか?」
「..いえ、大丈夫です。落ち着きました」
やがて、太ももの付け根付近に到達する。
股間の森のあたりで、ノームが戸惑っていると、
「お、お、お願いします。手の届く範囲は出来るだけ..」
と、フェルパーの蚊の鳴くような小さな声が聞こえて来た。
深呼吸一つすると、ノームは覚悟を決めたように、両太ももの間の空間に指を慎重に潜らせて
いく。
森の中はかなりの湿り気を帯びていた。しかし、ノームには昨日の魔女の森のようなじめじめと
した陰気な湿気ではなく、熱帯雨林のような圧倒的な生命力を秘めた湿気のように感じられた。
太ももを圧迫しない程度まで股間の奥に指を差し込むと、ノームはゆっくりと指を鍵状に
曲げて行った。やがて秘裂と思われる部分に触れると、そのラインをなぞるように指を
抜き上げて行った。
「(んー..んんんー..)」
顔を真っ赤にして一杯一杯になりながらも、ノームに心配をかけまいと溢れそうな喘ぎを
押さえるフェルパー。やがてノームの指が下腹部まで出てくると、安心したかのように、
ほうっとため息を一つついた。
額にじっとり汗をにじませいているフェルパーに声をかける。
「大丈夫ですか。これ以上強くは、お体を..」
「は、はい..大丈夫です」
フェルパーの返事を聞くと、ノームは昨日まで大穴が穿たれていたウエストラインとへその
付近を撫でた。
「わかりますか?本当にきれいに塞がってますよ。おへそも無事です」
と、へその穴の周りをくるくると撫でてやると
「はい、分ります。くすぐったいです」
と、恥ずかしそうにフェルパーは笑った。
脇腹の辺りから脇の下へ向かって十本の指で撫で上げる。
「んーっ、ふーっ..」
フェルパーの呼吸が次第に荒くなり、顔の赤みも濃くなってくる。
乳房の隣まで来たとこで、乳房の下のラインをなぞるように体の中央部へ切れ込む。そして
乳房の周りを一周するように撫でると、乳丘の麓から乳頭へ向かって撫で上げた。
「ひゃあ!!」
ノームの指が既に固くなっているきれいなピンク色の乳首に触れると、フェルパーは
こらえきれなくなって声を漏らした。
フェルパーの乳首の周りをくるくると指で回す。
「ああ、ノーム様、ノーム様..私、私..もう..」
虚ろな目で、うわごとのように繰り返すフェルパー。ノームは手を止めハンカチを取ると、
フェルパーの額の汗と目元の涙を拭いながら、荒い息の合間に漏れるフェルパーの言葉を
うんうんと頷きながら聞いた。
フェルパーの呼吸が落ち着いてくると、ノームは胸元から肩へと手を回し、肩から
両腕の先へとなで下ろした。そして、うっとりとノームを見つめるフェルパーに、ノームは
ささやくように尋ねた。
「お顔にも触れていいですか?」
こくりと小さく頷くフェルパー。
両手を顎の両側に差し入れ、頬を伝って鼻の方へ向かって優しく撫でると、今度は髪の生え際
あたりに十本の指を並べ、まぶたの上を伝って顎に向かってゆっくりと撫で下ろした。
目を瞑り、恍惚とした表情のフェルパー。
最後に両耳を代わる代わる撫でると、ノームは静かな声でささやいた。
「これで、全てです、フェルパーさん。本当に、本当にきれいです」
「ありがとうございます、ノーム様。幸せです..」
ノームは、目を閉じながらフェルパーの口元に顔を寄せる。フェルパーも静かに
目を閉じながらそれに応じる。本当に軽く触れる程度の口づけであったが、昨日と違って、
ほんのりと暖かいフェルパーの唇と息遣いに、ノームも無上の幸せを感じていた。
フェルパーに優しく布団を掛けた後、ノームが自室に戻ると、ドワーフがいた。
「もう良いのか?」
「うん、疲れたから休むって」
「そか..。でも良かったな。これで一件落着だ。これ、返すよ」
そういうと、ドワーフは借りていた道具をノームに返した。
返された道具をノームはしばらく見つめていたが、
「ドワーフ、ちょっと」
と呼び止めた。
何事かと不思議そうな顔をするドワーフの腕や肩、背中を撫で回したあと、、
手の平の中で道具をこねくり回した。
「これ、ちょっと使ってみて」
言われるがままに、差し出された道着、クラブ、バグナウなどを身に着けるドワーフ。
「どう?」
「軽い!!こんなに使いやすかったっけ?」
空手の型を演武しながら軽く驚くドワーフを見て微笑むノーム。
「ちょっと寸法を取り直して形を直しただけなんだけどね..良かったらやるよ」
「いいのか?お前、他人のためには一切道具を作らない奴だと思ってたのに..」
「そうだったけど..でもそれは自分の道具を使った人が死ぬのが嫌なだけで..」
少しはにかんだような苦笑いを浮かべ、ノームは答えた。
「だから、絶対死なないでくれよ?..いや、死んでも良いけどロストは勘弁、ということで」
「..わかった。約束するよ」
微笑みながらドワーフが差しだした右手を、ノームは堅く握り締めた。
一週間後
剣道場の中庭では二人の生徒が練習用の木刀を構えにらみ合っていた。ふよふよとタイミングを
とるかのように上下に揺れながら浮遊するフェアリーと、肩で息をしながら中段の構えで相手を見据える
フェルパー。
「それにしても、回復がえらい早かったな。2-3週間はかかるんじゃなかったのけぇ?ガレノス先生」
道場の縁側で二人の稽古を見つめながら問いかけるロッシ先生。
「そのはずだったんですがねぇ。私にも原因が良くわからないのですよ。何らかの刺激で
再生活動が活性化したと思われるのですが..キシシシ..」
「これは、久々に知的好奇心が刺激される研究対象にめぐり合えましたね..
うーんなぜかしら、ううーんなぜかしら、うううーんなぜかしら..」
盛んに首をひねるヴェーゼ先生を見て、ロッシ先生はクックッと笑った。
「まあ、最終的な答えはわかってるけどな、なあ、ジョルジオ先生?」
「もっちろん!!それはこの世でもっとも強くて素敵なち、か、らのおかげね」
「..おっといけねぇ。こいつらちぃっと熱くなりすぎだ」
自分の世界に浸り身をくねらせるジョルジオ先生をよそに、ロッシ先生は木刀片手に縁側から
中庭へ飛び出していった。
一つ長く息を吐き呼吸を整えると、フェルパーは八双の構えに木刀を振り上げた。それを見て構えなおす
フェアリー。何かが身体に満ちるのを待つかのように動かないフェルパーの瞳孔がクワッと散大する。
「..ひぃああああああああ!!」
気合と共にフェルパーらしい俊敏な動きで間合いを詰め、真っ向から木刀を振り下ろすフェルパー。
カーン!!
鋭い音とともに、フェルパーが振り下ろした木刀が受け止められる。
「そこまで!!..勝敗はわかってるな、スフォリア」
フェルパーの木刀を受け止めたロッシ先生が呆然と浮かぶフェアリーに尋ねる。
「はい..参ったアルね..」
震える声で小さく答えると、地面にぺたんと落ちるスフォリア。
(..勝った?..私が?)
信じられない、といった表情でロッシ先生を見るフェルパー。
木刀を肩に担ぎ、トントンと肩を叩きながらロッシ先生は言った。
「もともとおめぇさんの剣は単純なんだ。相手よりも先に剣を当てたら勝ち。それだけ。だから、
フェイントなんて小細工なんざぁ考えずに、ひたすら剣先のスピードを上げることだけ考えりゃあ
よかったんだ」
フェルパーから木刀を取り、自分の木刀と較べてみせるロッシ先生。
「これはおめぇさんの刀に合わせてノームに作ってもらった練習用の木刀だろ?反りが少なくて
若干細身で、重心が少し先の方にある。俺が止めに入ってなけりゃ、今頃こいつの頭は..」
はっ、としてフェルパーが縁側の片隅に向かって振り返ると、そこではノームが穏やかに
微笑みながら手を叩いていた。
「..どれ、一休みするかい。スフォリア、お客人方に茶をお出ししろ」
「粗茶ですがどぞアルね。熱いから気をつけルね」
道場の板の間に座布団を敷き、輪になって座っている一同に、いつもより少し元気が無い
スフォリアがお茶を配る。
「今日は朝からいいもん見たぜ。生徒が一皮向けた瞬間を見るてぇいうのは教師冥利につきるってもんだ」
ロッシ先生がそういいながら、口元に茶碗を運んだ。
ガレノス先生、ヴェーゼ先生、ジョルジオ先生が同意したように頷く。
フェルパーはしばらくの間、稽古の後の心地よい余韻に浸っていたが、ふと思いついたように、フェルパーはお茶を配り終えたスフォリアに言った。
「あの..これからもお稽古にお付き合いお願いしますね」
「ふ、ふん。私だってこのまま負けてないアルね。明日はきっと一泡吹かせてやルね」
「はい、よろしくお願いします」
仲の良さそうなフェルパーとスフォリアのやり取りを微笑ましく思いながら、ノームは
お茶を口に含んだ。
(..あれ?このお茶すごくぬるい..)
そう思った瞬間、隣のフェルパーが吹き出した。
「ぶは!!ぅあっちいいいいいいい!!」
「あいやー!!フェルパーに出す茶碗間違えたアルねー!!」
「スフォリア貴様!!それはフェルパーへの意趣返しのつもりかぁ!?」
「誤解アルぅ!!ホント単純に間違えただけアルね!!」
「だだだ大丈夫ですか?フェルパーさん。お水、雑巾、お水、雑巾、あわわわわ」