初夏のけだるい昼下がり...  
 
 ノームはフェルパーとの待ち合わせ場所である食堂へ急いでいた。  
(はぁ、はぁ、フェルパーさん、いつも時間前に来てるから急がないと。待たせちゃいけない..)  
ところが渡り廊下を抜け、食堂へ曲がる角を回った瞬間何者かに殴られ、気を失ってしまった。  
「ぐわ!!」  
不意をつかれ、相手を確認する間もなくばったり倒れるノーム。  
「..悪いな、ノーム。少しの間だけおねんねしててくれよ...」  
 
 目を覚ますと、自分が実験室の柱に縛られていることに気がついた。  
「う、うーん..」  
「気がつきましたか、ノーム君」  
「..ヴェーゼ先生にガレノス先生..それにお前!!」  
「すまん、ノーム。これも依頼された仕事なんだ。依頼主が依頼主だから断れなくて..」  
目の前にはヴェーゼ先生、ガレノス先生、そして両手を合わせて苦笑いするノームのクラスメイトが  
並んでいた。  
「何をするつもりですか?僕は何も悪いことはしていない!!」  
もがきながら抗議するノーム。  
「そう..あなたは何も悪いことはしていない..むしろ良いことをしてくれました。その件で  
用があるのです」  
 ヴェーゼ先生の言葉の意味を今ひとつ飲み込めないノームにガレノス先生が説明する。  
「キシシシ..先日治療したフェルパーさんの件です。あれだけの重傷ならば、いくら生命力に優れている  
フェルパーと言えど、動けるようになるまで2-3週間はかかります。しかしあの子は1週間で通常の練習に  
復帰できるほど回復してしまいました。その原因について、あなたは何か知っているのではありませんか?  
キシシシ..」  
「その秘密が解明されれば医学の進歩に大きく貢献することになります。さあ、ノーム君..、知っている  
ことがあれば話してください。私はこの疑問が気になって夜も眠れないのです」  
「そんなこと言われても..僕は特に何も..」  
と言いかけたところで、二人きりの保健室でのフェルパーとの秘め事を思い出し、真っ赤になって  
言葉を失うノーム。  
「..?なにか心当たりがあるようですね。キシシシ..」  
「どうしても話してくれないのなら、私たちも相応の手段をとらなければなりません。もし話してくれたのなら  
その功績で、次期錬金術科主任教授のポストをお約束しましょう。さあ、ノーム君、早く..」  
 
 そのころ、食堂の片隅の待ち合わせ場所では、フェルパーがぽつんとノームを待っていた。  
「フェルパー、どうしたアルね?元気無いアルね」  
「あ、スフォリアさん..実はノーム様と待ち合わせをしているのですが、約束の時間を過ぎても  
いらっしゃらないのです..何かあったのでしょうか?」  
「心配なら早速行動すルね。あの男ならきっと自分の部屋か、実験室のどちらかね。私も探すの手伝うね」  
 スフォリアに引っ張られるようにして実験室を訪れるフェルパー。  
 フェルパーがドアをノックしようとすると中から悲鳴が聞こえて来た  
「うわぁああああ!!」  
「ノーム様!?」  
 スフォリアと一瞬顔を見合わせた後、ドアを蹴破り突入するフェルパー。そこには、柱に縛りつけ  
られたノームと、彼の体をまさぐろうと迫るヴェーゼ先生とガレノス先生の姿があった。  
「先生!!なんてことをなさ..きゃ!!うぐぐぐ..」  
 フェルパーが突然背後から何者かに口元を押さえられ羽交い締めにされる。  
「悪いわね、フェルパー。これも依頼されたお仕事なのよね」  
フェルパーのクラスメイトが耳元でささやいた。  
「わわわ!!今ロッシ先生呼んでくルね!!それまで何とか頑張ルね!!」  
 襲撃者の手をひらひらとかわし、スフォリアは実験室を脱出していった。  
 
 しばらくの間激しく抵抗していたフェルパーも、やがてノームの隣に縛り付けられる。  
「これはちょうど良かったですね。ヴェーゼ先生..キシシシ..」  
「ノーム君がなかなか口を割らないので、直接あなたから話を聞きましょう。ガレノス先生の手術を  
受けた後、あなた達は何をしていましたか?」  
 ヴェーゼ先生の質問の意図を理解しかねたフェルパーはノームの顔を見た。  
「先生達、フェルパーさんが一週間で回復してしまった原因を探っているんだ」  
「そんなこと言われましても、私、ただ大人しく寝ていただけで..」  
 ここまで口にしてはっと気がついたような顔をするフェルパー。そしてやはりノームと同じように  
真っ赤になって俯いてしまう。  
「..やはり。この二人は何かを隠していますね..」  
「このままではロッシ先生が来てしまいます。時間がありません。こうなったら直接フェルパーさんの  
身体に聞くとしましょう..キシシシ」  
十本の指を妖しげにグネグネと蠢かし、フェルパーに迫るガレノス先生。  
「いやあああ!!いや!!いや!!ノーム様、ノーム様ぁ!!」  
泣き叫びながら必死にもがくフェルパー。  
「やめろ!!フェルパーさんには手を出すな!!いくら御恩がある先生でも..」  
「では全てを話すのです、ノーム君。フェルパーさんを救えるのはあなただけなのですよ?」  
「ううう、卑怯です..先生..」  
 
「おおっと、お楽しみはそこまでだぜぃ!!」  
 実験室のドアを見ると、そこにはロッシ先生率いる剣士科軍団が刃をギラつかせ押し寄せていた。  
「俺の可愛い生徒に手を出すたぁふてぇ野郎どもだ!!退治てくれるから覚悟しやがれ!!」  
「キシシシ..剣を振るうしか能のない野蛮人は黙って見ていてくれませんかねぇ..キシシシ..」  
ノームの首筋に怪しい液体の入った注射器を突きつけるガレノス先生。  
「私たちは崇高な学問の進歩のためにやっているのです。それを止めるのは学園の発展を妨げるもの  
と見なします..あなた達、お相手して差し上げなさい」  
ヴェーゼ先生の合図で、錬金術科の生徒達がわらわらと現れ、立ちふさがった。  
「ちょ、みんなグルだったのか?」  
 自分以外のクラスメイト達が全員共犯だったことを知り、愕然とするノーム。  
「ふ、一騎当千の強者ぞろいの剣士科とはいえ、手数ではこちらはあなた達の10倍。自信があるのなら  
かかって来なさい」  
 不敵に言い放つヴェーゼ先生と、手に手に10個の武器を持ち臨戦態勢の錬金術科軍団。  
「なめやがって..野郎ども!!遠慮は要らねぇ、やっちまいな!!」  
ロッシ先生の合図と同時に剣士科の生徒達が実験室になだれ込んでいった..。  
 
十分後..  
「ヤベェな..やはり手数の差はでけぇ..」  
剣技では劣るものの、圧倒的な手数と魔法で剣士科軍団と渡り合う錬金術科軍団。一旦は突入した  
剣士科軍団だが、やがてじりじりと錬金術科軍団にドアまで押し戻されてしまった。  
 傷つき這々の体で実験室から脱出する剣士科の生徒達の頭上から、突然メタヒーラスの光が降り注いだ。  
「助太刀するわ、ロッシ先生!!」  
ジョルジオ先生率いる賢者科の生徒達がロッドを振るって呪文を詠唱していた。  
「二人だけの愛の奇跡を、そして生命の神秘を穢させるわけにはいかないわ。みんな、剣士科の皆さんを  
援護して、あの二人を救出するのよ!!」  
 体力を回復し、勇気百倍で再度突入を図る剣士科軍団。しかしそこに新手が現れた。  
「キシシシ..校医という仕事柄、死体とか死霊というものにも縁が深いものでねえ..キシシシ..みなさん、  
よろしく頼みますよ」  
 ガレノス先生がバチンと指を鳴らすと、床下から死霊使い学科のディアボロス達がゾロゾロと  
這い出して来た。  
 事態は学園を真っ二つに割る紛争の様相を帯びて来た。思わぬ展開に困惑するノームとフェルパー。  
「..くすんくすん..ノーム様..どうしましょう..」  
フェルパーがか細い涙声で尋ねる。  
「もう..どうしようもないよ..。ここまで騒ぎが大きくなったら、あの時あんなことしてました、だなんて  
とても言えないよ..」  
柱に縛り付けられたまま途方にくれ、ため息をついてがっくりとうなだれる二人であった。  
 
二時間後..  
「あー、あー..てめぇらは完全に包囲されている!!じたばたしねぇで、人質を放してさっさとお縄をちょうだい  
しろぃ!!」  
「いくら医学の進歩と学園の発展のためとはいえ、愛し合う二人の生徒を弄ぶことは許されないわ!!いい加減  
やめなさい!!」  
 と、校庭からカーボンマイクで呼びかけるロッシ先生とジョルジオ先生。  
「キシシシ..この秘密が解き明かされれば、今までは助からなかった生徒の命を救える可能性があるのです。  
この功績は未来永劫語り継がれ、我が校の歴史の中で燦然たる輝きを放つことになるでしょう..キシシシ..」  
「そしてこの謎が解き明かされない限り、私に安眠の日々は訪れないのです。うーんなぜかしら..ううーん  
なぜかしら..うううーんなぜかしら」  
 二人の説得に対して、立てこもっている実験室のベランダから応酬するガレノス先生とヴェーゼ先生。  
 その間では剣士科賢者科連合と錬金術科死霊使い科連合の生徒達がにらみ合い、さらにその周りを大量の野次馬の  
生徒や教職員達が取り囲んでいた。  
「なあ、キャンティ先生や..」  
「何でしょう?ビスコ先生」  
「教育実習はうちでやった方がいい。だが就職は他の学校にした方がいい。言ってる意味、わかるな?」  
「..はい。肝に銘じておきます」  
「なあ、パーネよ..」  
「..」  
「..おまえ、この世界には征服する価値が本当にあると思うか?」  
「...」  
ダンテ先生の問いに、攻防戦の火蓋が切って落とされ喧噪と白煙に包まれゆく実験室を無表情で見つめ、沈黙で  
答えるパーネ先生であった。  
 

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