「申し訳ありません!!本当に、本当にお詫びの言葉もございません!!」
学生寮の食堂の特設舞台に隣接する楽屋でフェルパーが床に額を
こすらんばかりに土下座する。
「..いえ、大丈夫..です..から..全然気にして..ません..から..うっ!!」
言葉とは裏腹に、長椅子に横たわり、全身から脂汗を流しながら、
息も絶え絶えに答えるノーム。その隣では、ヒールの心得がある
エルフがもごもごと呪文を詠唱している。
クロスティーニ学園学生寮恒例のクリスマスパーティーでフェルパーと
ノームが披露した隠し芸はちょっとしたマジックショーであった。錬金術科の
ノームが意外な材料を使って剣を錬成し、剣士科のフェルパーが
その剣を使って樽に入ったノームを串刺しにする、という定番かつ古典的な
マジックだったのだが..。
事前にリハーサルを繰り返し、万全の準備で臨んだ本番。観客の受けも
まずまずで、ショーは成功かと思われたが、舞台の袖まで下がると、ノームが
腹を押さえて倒れこんでしまった。慌てて駆け寄ったフェルパーがノームを
介抱しながら調べてみると、その舞台衣装の胴回りにはきっかり60度ごとに
剣で刺したような穴がくっきりと残されていた。
「ごめんなさい..ごめんなさい..お願いだから死なないで..」
ノームの手を取り涙を流すフェルパー。何事につけつまらなさそうな、
斜に構えたいつもの表情はそこには無く、森で迷子になった少女のように目を
真っ赤にして泣きはらしている。
「今までも..何回か..死んだこと..あります..から、この..くらい..なんでも..」
フェルパーに心配をかけまいと答えるノーム。すると突然その体が光に
包まれた。
「..はい、ヒール完了。クリスマス特別ご奉仕で"メタ"つけておいたわよ。
これで大事に至る事は無いと思うから安心して」
一仕事を終え、安堵感を含んだ笑顔を浮かべるエルフ。
「本当ですか?ありがとうございます..うわああああ!!」
ノームの体に突っ伏して泣き崩れるフェルパー。
「ありがとう、エルフ..いたたた..痛いです、フェルパーさん..」
そしてノームの言葉にはっとして起き上がるフェルパー。そんな二人を見て
呆れたようにエルフが尋ねる。
「..それにしても、どうしてこんなことになったのかしらね?ちゃんと練習したの?」
「 し ま し た !!リハーサルもタネの確認もちゃんとやりました。それとも
何ですか?私がわざとこんなことをするとでも?そんなことする訳無いじゃないですか!!」
エルフの襟首を掴まんばかりに詰め寄り抗議するフェルパー
「..何もそこまで言ってないじゃない。そんなにムキにならなくても..ノームも
痛かったら痛いって言えばいいのに」
「あはは..」
曖昧な笑顔でごまかすノーム。
「やれやれ..後片付けは明日だから、しばらくここで休んで行ったらどう?それじゃね」
困った二人ね、といった顔でそう言い残すと、エルフは楽屋から出て行った。
楽屋に取り残された二人。イベントもあらかた終了し、辺りは静まり返っている。
「..大丈夫ですか?」
「..はい。だいぶ楽になりました」
「..ごめんなさい」
「..いえ、もう気にしてませんから.」
しばらく二人の間に気まずい沈黙が流れる。
「..あの、僕はもう少し休んでいきますけど、フェルパーさんは..」
お先にどうぞ、とノームが続けようとしてフェルパーの方を見ると、彼女は
彼の枕元で両手で顔を覆ってさめざめと泣いていた。
「..ごめんなさい..ごめんなさい..こんなはずじゃなかったのに..」
嗚咽をこらえ、一言一言押し出すように話し出すフェルパー。
「本当に..本当に今日のショーは楽しみにしていたのに..一生懸命
準備して、リハーサルも何回もやって、本番前のチェックだって..
それなのに、どうしてこんなことに..」
「..ええ。あなたの努力は僕もそばで見ていましたから知っています。
今回のことはあなたのせいでは..」
「違うんです..そうじゃないんです..」
首を振り、蚊の泣くような小さな声でノームの返事を遮るフェルパー。
「1週間前、私が誤って舞台セットを壊してしまったとき、みんなが私を取り囲んで
責める中、ノーム様だけはかばってくださいました。それだけでなく、舞台練習の
合間に率先して修理に参加して、今日の舞台に間に合わせてくださいました。
私、本当にドジで要領が悪くて人付き合いが苦手で..だから、あの時はとても
嬉しかったです」
口元を押さえ、時々しゃくりあげながら続けるフェルパー。
「以来、私は少しでもあなたにご恩返しが出来るように心がけて参りました。
でも、やっぱり舞台練習ではご迷惑をお掛けしっぱなしで..。にもかかわらず、
嫌な顔一つ見せず根気強く練習にお付き合いいただいて、丁寧に指導して下さって..。
足手まといになるばかりの私でしたけど、それでもようやく昨日縫い上げた舞台衣装を
お見せしたとき、とても喜んでくださって..これで少しはお役に立てたかと思うととても嬉しくて..」
ふと、自分が着ている舞台衣装に目をやるノーム。素人臭い野暮ったいデザインに、
良く見ると大きさがまちまちの縫い目。しかし、それが手抜きによるものではないことは
縫い目を少し撫でるだけで彼にも理解できた。
「..この一週間、ノーム様の暖かいお心遣いに触れ、私は本当に幸せでした。ショーが終われば、
またそれぞれの学科、パーティの生活に戻ります。でも、舞台では幕が下りる瞬間まで
私とノーム様の二人きり..学園生活最高の思い出になるはずだったのに..それが、この手で
あなたのお腹に剣を突き刺してしまうことになるなんて..うわあああ..あ..あ..あ!!」
再び泣き崩れるフェルパー。
どう声を掛けたらよいものやらと、ノームが思案を巡らせていると、しゃくり声が
落ち着いてきたフェルパーが再び顔を上げた。
「..私、ノーム様のことを心よりお慕い申し上げております。今回の事は決して故意では
無いことだけは信じてください」
正座に直り、両手を床について深々と頭を下げるフェルパー。
「う、うん」
「..ありがとうございます。この度は多大なご迷惑をおかけしました。今日のことは
私にとっては一生忘れられない出来事になるでしょう。本当に申し訳ありませんでした」
「うん、本当に気にしていないから..。あの..君がそんな想いを抱いていたことを、今初めて知りました。
その..こんな時に言い出すのもなんだけど、もし良かったらこれから僕と付き合ってくれませんか?」
ノームが尋ねるとフェルパーはゆっくり立ち上がり、涙に濡れた右目の目頭を人指し指でこすりながら、
微笑を浮かべて答えた。
「お気遣いありがとうございます。でも、しばらくはあなた様のお姿を見るのが辛うございます。
いずれ何らかの形でお返事したいと思いますので、少々お時間を下さいませ」
「う、うん..」
何か気まずいものを感じながら頷くノーム。
「..あの、もしお許し頂ければ私はこれで..」
「あ、うん、僕はもう大丈夫だから」
「それでは失礼します..さようなら」
深々と一礼するとフェルパーは踵を返して楽屋から出て行った。
(何だろう..この漠然とした不安感は..)
楽屋のドアが閉じられた後、ノームはフェルパーの言葉を思い返してみた。
-あなた様のお姿を見るのが辛うございます-
-いずれ何らかの形でお返事したい-
-さようなら-
(いくら剣士だからといって..まさか..まさかね..)
頭の中では半信半疑であったが、体は長椅子から跳ね起き、楽屋から飛び出していた。
楽屋を後にしたフェルパーは、小道具置き場からノームが錬成した剣を
一腰持ち出すと、その足で街道から外れた森の奥へと向かっていた。空気は
深々と冷え込み、寒空には月が蒼白く光っている。眠りを邪魔されたがぶりんちょが
二羽飛び掛ってきたが、白刃一閃で切り捨てたフェルパーは、その辺りが少し開けた
草むらであることに気がついた。
(この辺でいいわよね..)
着ている舞台衣装の上を脱いで草むらの真ん中に敷き、その上に剣を横たえ、
その前に正座する。
(辞世の句、考えてなかったな..)
月を見上げながら暫く頭の中で考えていたフェルパーだが、良い句が思い浮かばなかったのと、
書き留める筆記用具を用意していなかったことに気がつき、諦めることにした。
しばらくの間、目を瞑り気を落ち着ける。気持ちが定まるとゆっくり目を開き、横たえていた剣を取ると、
敷いていた舞台衣装を刃の真ん中あたりに巻きつけた。刃に舞台衣装がしっかりと巻きつけられ、
ずれない事を確認すると、その部分を両手に持ち替え、目をきつく閉じると剣先を下腹部に当てた。
(..!!)
正直な所、死にたくは無い。その思いで体が動かなくなる。しかし、脳裏には先ほどの舞台の様子が
鮮明によみがえる。
ノームが入った樽に剣を差した時の感触。リハーサルの時に比べて多少渋いとは思ったが、そのまま
突き刺してしまった自分。その時既にノームの体を3本の剣が貫いていたのだ。そして激痛に耐えつつ
笑顔すら浮かべて観客の拍手に応え、舞台の袖に下がり観客の目が届かない所までたどり着いた
途端、崩れ落ちるように倒れこんだノーム..。
(..私なんかに生きる資格なんて無い!!)
-私はノームと同じ苦しみを味わって死ぬべきなのだ。ならば、彼が錬成した剣で命を絶てるのは、むしろ
本望ではないか-
「ええいっ!!」
そう決意すると、フェルパーは剣を持つ両腕に力をこめ、その剣を勢い良く自分の下腹部へ向かって突き立てた。
「..フェルパーさん、大丈夫ですか?フェルパーさん」
どれだけ時間が経ったのだろうか?フェルパーは自分を呼ぶ誰かの声に気が付き、草むらにうずくまったまま
固く閉じた目をうっすらと開ける。
(あれ?..痛..くない..)
さらに下腹部からあふれ出て来ているはずの生暖かい感触も無いことを不思議に思ったフェルパーは、
ゆっくりと上体を起こした。
「..よかった..間に合いましたか..」
目の前には胸元に右手を当て、ホッと一息ついて安堵の表情を浮かべるノームの姿があった。
自分の腹に目をやると、両手には自分の舞台衣装だけが残されており、それが堅く巻き付いて
いたはずの剣の刃は一本のひもとなっていた。
「..私..死ねなかったんですね..」
冷え切った草むらに座り込んだまま力無くうなだれて涙を流すフェルパー。ノームは立膝で彼女を迎え、
両腕をその頭の後ろに回して自分の胸元で抱きしめた。
「..うくっ..ノーム様は残酷です。三本もの剣に刺されれば、並の者なら死んでおります。私はあなたを
刺し殺したも同然なのに、あなたは私をこうして優しく赦して下さる。しかし、あなたに優しく
されればされるほど、私は無能な自分を惨めに思うだけ。あなたが私を赦して下さっても、私は自責の念と
羞恥心に耐えられそうもありません。私とてもののふの端くれ。この先ウジウジと自分の感情を
持て余して生きて行くのはとても辛いです。一思いに死なせてくださいませ..お願いです..」
そう言って自分の胸元を濡らすフェルパーの耳元に、ノームは静かにささやいた。
「..あなたに剣で刺されたとき、なぜ僕は我慢していたか、わかりますか?」
ノームの胸元で横に首を振るフェルパー。その感触を確かめると、ノームは続けた。
「あなたのことが、好きだからです」
その言葉にはっとして、顔を上げるフェルパー。穏やかな微笑を浮かべ、目を閉じて回想しつつ
言葉をつなげるノーム。
「いつからあなたのことを意識し始めたのか、僕もよく覚えてはいません。しかし、練習におつきあい
しているうちに、あなたの一挙手一投足に、目を奪われるようになりました。つま先から頭の先まで
すっと芯の通った立ち姿、一切無駄のない所作、練習中の真剣で引き締まった表情と、その合間に
見せる屈託のない笑顔。朗らかで礼儀正しく、何事にも手を抜かない真摯な人柄。鍛え上げられた
華麗な剣技..。いつの間にか、僕はあなたに惹き付けられてしまったのです」
そこで静かに目を開くノーム。煌々と輝く月の光を受けて、湖の水面のように深く青く光る双眸。
「ショーを成功させたかった、という気持ちは僕もあなたと変わりません。舞台のセットが壊れたときに
率先して修理したのは、僕自身があなたが舞台に立つ姿を見たかった、その一心でした。そして今日、
あなたが仕立てた舞台衣装を纏い、並んで舞台に立つことが出来た..僕は充分満足でした」
フェルパーを抱きしめるノームの腕に力が入る。思わず身を固くするフェルパー。
「だから、最初の剣が刺さった瞬間、僕が思ったのは"このショーを壊してはいけない"ということでした。
どうしてマジックが上手く行かなかったのか、僕にも判りません。でもこの土壇場であなたと僕の努力を
無駄にしたくなかった..。幸い僕はノームです。剣の2-3本が刺さっても即死することはありません。
だからショーが終わるまで我慢すればいい..いや、しなければならない、そう思ったんです」
しばらく堅く抱きしめた後、腕を解き、フェルパーの両肩をつかんでその瞳を見つめる。
「..しかし、そこで僕が我慢したことが、却って誇り高き剣士であるあなたを傷つけてしまったようです。
ですから、どうしても腹を切りたいというのでしたら、二度と止めはしません」
ノームがパチンと指を鳴らすと、地面に落ちているひもが再び剣へと姿を変えた。そしてその剣を拾い
上げるとノームは真剣な眼差しをフェルパーへ向けた。
「しかし、ここであなたを死なせてしまったら、今度は僕が後悔と喪失感に悩まされることになるでしょう。
ここであなたを失った先、僕は生きていく自信はありません。ノームはもともと土の精霊です。この場で
あなたと共に土へと還り、その亡骸を抱いて過ごすことになるでしょう」
そう言いながらフェルパーに剣を差し出すノーム。
「..だから、もう一度..お願いします..僕に..もう少しだけ、お付き合いください..。楽屋では、おざなりの言葉に
聞こえたかもしれません..でもこれは僕の本心です。もし、聞き入れられないとき..は、先に..僕を斬ってから..」
と、深く頭を下げるノーム。その頭から光る粒が零れ落ちるのをフェルパーは見た。
-ノームが..泣いてる..-
性格上常に冷静で感情表現に乏しい上に、依代の機能に依存するため、人によっては一生見ることが
無いというノームの涙。それを今、自分の前で、自分のために流してくれている..。
「ノーム..様..」
しばらくの間呆然とその様を眺めていたフェルパーだが、突然ノームが差し出した剣を払いのけると、
ノームに抱きつき、草むらの中へ押し倒した。
「フェ、フェルパーさん!?」
突然のことに驚くノーム。しかしフェルパーはお構い無しにノームにのしかかる。ノームの両腕ごと
抱きかかえ、お互いの頬をすりつぶすような勢いで頬ずりする。そして両腕を解くと今度は手の平で
額を撫で回し、髪をかき混ぜ、頬を両手で包み込むと、潤んだ瞳であっけに取られているノームの
瞳を覗き込む。
「ノーム様..愛しゅうございます..」
そうつぶやくと静かに目を閉じ、自らの唇をノームのそれにそっと重ねた。
フェルパーの胸元から、手のひらから、そして唇から、その暖かさが伝わってくる。とくんとくんという
心臓の鼓動も聞こえてくる。ノームも静かに目を閉じ、両腕を回してフェルパーの体を軽く抱きしめ、
少し首を傾げて合わせた唇を薄く開いた。それに誘い込まれるようにフェルパーの舌がおずおずと
差し込まれてくる。軽く舌先を合わせてやると、それを合図にノームの口腔内をまさぐり始めた。
次第に気持ちが高ぶってきたのか、フェルパーの息遣いが荒くなり、合わせた体の間から汗のにおいが
漂ってくる。
しばらく抱擁と接吻を続けた後、やがてどちらともなく唇を離し、うっすらと目を開けて見つめあう。
二人の間に繋がる白銀の糸がだんだんと細くなり、途切れていく。
「..ノーム様..」
フェルパーがノームにささやく。
「今度は、あなたの"剣"で私を貫いてくださいまし..。そしてその痛みと傷をあなたの愛の証として抱いて
生きていきます..それが私の答えです」
「..ありがとう..フェルパーさん..」
穏やかに微笑みを返しながらノームが応える。
「..しかし僕はこうも思うのです。せっかくの二人のマジックショー..これを失敗のまま思い出にして
しまって良いのか、と」
その言葉に、左の胸の辺りにズキンと痛みを感じるフェルパー。
「僕としてはあなたとの思い出を汚れたままにはしておきたくない..ここまで気分を盛り上げて
おいて言うのもなんですが、来年もう一度二人でマジックショーをやりませんか?そして今度こそきっと成功
させましょう」
一瞬うつむいて考え込んだフェルパーだったが、すぐににっこり笑って大きく頷いた。
「それでは..」ノームも満面の笑みを浮かべて言った。「性交は成功の後に、ということで」
-Merry Christmas-