ここはクロスティーニ学園からさほど離れていない所にある、初めの森。  
冒険者を目指す若者が最初に訪れる森であり、此処で戦いに慣れない自分を鍛え、仲間との信頼を築く。  
これは冒険者の避けては通れない最初の一歩であり、熟練の冒険者達の思い出として刻まれる。  
そしてまた、初めの森は新たな冒険者達を生み出そうとしていた――  
 
「うわー、うわー!」  
声の主であるフェアリーは毒針ネズミ三匹を相手に、叫びながら逃げ惑っていた。  
「えーい!落ち着けフェアリー!」  
そう言い放ち、ヒューマンは持っているダガーを大きく振りかぶり毒針ネズミを豪快に切り裂く。  
その途端残った毒針ネズミはヒューマンへと目標を変え、襲い掛かる。  
だがそのうちの一匹はヒューマンへ攻撃が届くことなく、炎に包まれた。  
「まったく、これだから……。あれ程わたくしは『一人で先に行くな』、と忠告したはずですわよ?」  
ファイアを放ったエルフはフェアリーに淡々と愚痴を並べる。  
「ご、ごめん。少し好奇心が……」  
「おい、ちょっと俺の方を見てくんねぇかな?」  
毒針ネズミの攻撃をダガーで止めつつ、フェアリーの言葉を遮る。  
攻撃を防いでいるのがダガーだけに、今にも毒針ネズミの牙が手に食い込みそうになっている。  
「待ってて、今助けるから!ファイ……」  
「や、やぁ!」  
フェアリーがファイアを唱えようとした時後ろの方で見ていたセレスティアが、持っていたマイクで毒針ネズミを強打した。  
強打された衝撃でよろけた毒針ネズミを、ヒューマンが一気にダガーで切り裂く。そしてそのまま振り向き、セレスティアに笑顔を向ける。  
「ありがとう、セレスティア。マイクも意外と鈍器になるんだな」  
「そ、そうですね」  
ヒューマンは冗談混じりに言ったのだが、セレスティアは緊張してか真面目に答える。  
「そんなに真面目だと、この先持たないヨー?ほーら、笑顔笑顔」  
いきなりかえるの人形を目の前に出され、少し驚くセレスティア。だが少し緊張が解れたように息を吐き、微笑みを浮かべる。  
「少し驚きましたけどありがとうございます、クラッズさん。」  
「ヒヒヒ、緊張が解れて良かったネー。小生はまだ緊張気味だけどネー」  
先程クラッズが言ったように緊張気味なのか、ニヤリとひきつった顔で笑いを浮かべ、セレスティアへと顔を向ける。  
その時、フェアリーが何かに気づいたように辺りを見渡す。  
 
「ん、どうした?」  
挙動不審になっているフェアリーに流石にヒューマンが気付き、声をかける。  
「いや、ね、彼女……。フェルパーがいなくなってるなって……」  
 
ガサッ。  
 
フェアリーがそう口にした途端、近くにあった木から飛び降りてきて――そして謝った。  
「ご、ごめんなさい!ゴメンナサイ!僕、どうしたら良いか分からなくって!本当にごめんなさい!」  
謝り倒すフェルパー。大丈夫、と宥めるヒューマン。しまいにはフェルパーが泣き出し始め、クラッズとセレスティアを巻き込んでの騒動になった。  
やれやれ、と言った表情でエルフはフェアリーに耳打ちする。  
「なんであんな――人見知りのフェルパーなんか連れて来たんですの?どうせならノームの方が……」  
フェアリーはエルフにされたように耳打ちを返す。  
「ど、どうせなら強い子……ノームよりフェルパーの方が良いでしょ?」  
「……はーっ。仮にも貴方がリーダー。わたくしには拒否権はありませんものね」  
「ご、ごめん」  
そう言い終わると、ヒューマン達が半ベソのフェルパーを連れて戻ってきた。  
「どうしたノー?二人で話なんかしテ……もしかして、もうそういう関係なのかナー?」  
ヒヒヒッ、と笑って二人を茶化すクラッズ。  
これに対しエルフが憤怒していたが、フェアリーは俯いていた。  
(い、言えない……)  
実はノームを探していたこと。  
学園内で道に迷っていたフェルパーのこと。  
道を教えてあげたら、俯きながらフェルパーがついて来たこと。  
――で、仕方なく彼女の了承も得ずに皆に紹介したこと。  
(皆に、言えないよなぁ……特にエルフには)  
そんなことを考えながら俯いていたら、セレスティアが声をかけてきた。  
「どうしました?具合が悪いのですか?」  
顔を覗き込みながら聞いてくるセレスティアに、フェアリーは  
「いや、大丈夫だよ」  
と答えるしかなかった。  
 
このパーティーは、リーダーのフェアリーが魔法使い学科、副リーダーのヒューマンが侍学科、クラッズが人形使い学科、エルフが魔法使い学科、セレスティアがアイドル学科、そしてフェルパーが戦士学科。  
バランスは悪くないが連携が取れない、いわば戦い慣れしていないパーティーだった。  
 
初めの森から帰還し、それぞれの荷物を置きに寮へ戻り、反省会をリーダーであるフェアリーの部屋で開いた。  
 
「えー、では反省会を始めます」  
フェアリーの締まりの無い声で始まった反省会だった。  
「まず始めに副リーダーであるヒューマンからお願いします」  
「はい、初めの森ではうまく連携が取れずにいたので、次に初めの森に繰り出す時は陣形を決め、連携に繋げられるよう心掛けたいです」  
「はい、次は……」  
このような調子で始まった反省会だったが、ヒューマン、エルフ、セレスティア、クラッズまでは何事もなかった。  
だが、フェルパーの順になり、言葉が途切れた。  
「えーと……あの、その……敵との遭遇時には、その……」  
そこまで、話すとエルフが突然立ち上がり叫んだ。  
「あーっ、もう!間怠っこしいですわ!フェアリー、なんとかなりませんの!?」  
「え、ーっと?」  
フェアリーは何がなんだか分からない、と言った顔をしエルフを見る。  
するとエルフはまた苛々とした顔をし、怒りの矛先をフェアリーへと向ける。  
「貴方が、そのフェルパーを、連れて来たんですわよ!?貴方がなんとかして頂戴!」  
そこまで言うと、エルフは部屋の扉を勢いよく開き出て行ってしまった。  
「……副リーダーの権限で今回の反省会を解散する。いいな、フェアリー?」  
「……自分は、構わないよ」  
「では……これをもって反省会を解散する。それぞれの部屋に戻ってくれ」  
その発言を境に、それぞれが自分の寮へと戻っていく。  
……ヒューマン以外は。  
「フェアリーとフェルパーはよく話し合ってくれ」  
ヒューマンは立ち上がり、扉へと歩きだす。  
フェアリーの隣で歩みを止め、小さく  
「そこからどうするかは、リーダーしだいさ」  
そう耳打ちする。  
その言葉を最後に、ヒューマンも自分の寮へ戻ってしまった。  
「にゃ……」  
フェルパーが申し訳なさそうに小さく呟く。  
「ごめん……なさい、僕、人見知りな上に臆病だから、だから僕このパーティーには」  
「勝手に入れたのは自分。それにまだ初日、皆慣れないのは当たり前さ」  
フェルパーの発言を遮り、フェアリーが淡々と話し始める。  
「それに、リーダーの権限!皆の了承も得なきゃならないし、何より初日。もう少し頑張って欲しい。……君から選んでくれたし、さ」  
フェアリーは鼻を擦り、微笑みながら「臭かったかな?」とフェルパーに言う。  
 
フェルパーはというと、伏せていた耳を戻し、尻尾の先をピクピクと動かしながら  
「全然、臭い台詞じゃないよ!」  
叫んでしまった。  
顔が赤く染まっていくのが自分でも分かったが、どうにも止まらない。  
「言ってることは正しいし、何より……」  
そこで言葉が詰まった。  
(そんな小さな優しさに惚れたなんて……言えない!)  
「にゃー!」  
再度、叫んでしまった。  
道に迷った時、人見知り故に誰にも話かけれなかった。  
そんな時に向こうから「どうしたの?」と話掛けてくれた。  
こちらが言葉を出さずに地図で説明すると、優しく丁寧に道を教えてくれた。  
そんな小さな親切に、種族は同じフェルパーではなくても惚れてしまったのである。  
「ど、どうし」  
「フーッ!」  
興奮状態のフェルパーは咄嗟にフェアリーに飛び掛かり、口を塞いだ。  
……自分の口で。  
フェアリーは唇を奪われたこともあってだが、混乱していた。  
だが、一つ言えることができた。それは……  
(あぁ……興奮してる猫の喧嘩を止めるのが危険という意味、少し分かった……)  
そのままバランスを崩したフェアリーはベッドの足に後頭部を強打する。  
フェルパーはそんなことはお構い無しにフェアリーの唇を貪る。  
舌を一方的にフェアリーの舌と絡ませ、濃厚なディープキスを味わった所で少し理性を取り戻す。  
(これって……強姦なのかなぁ……)  
冷静になり、フェアリーの上から離れる。  
フェアリーはようやく解放されたといった感じに起き上がり、ぶつけた後頭部をさする。  
「だ、大丈夫?」  
「自分は、大丈夫……それより落ち着いた?」  
フェルパーはこくんと頷く。  
どうやら冷静になったと同時に恥ずかしくもなったらしく、顔を赤くしていた。  
「じゃあ……ベッドの上で、続き、ね?」  
恥ずかしくなったのはフェアリーも一緒だったようで、ほのかに顔が赤く染まっていた。  
二人はベッドへと移動すると、どちらから言い出したでもなく軽くキスを交わす。  
最初は軽いキスだったが、時間が経つに連れ先程の様なディープキスになっていた。  
しかし、さっきと違うのはフェアリーもフェルパーの舌へと自分の舌を絡めていたことだった。  
最初はフェルパーの舌のざらざらに動きこそ止めたものの、だんだん積極的に舌を重ね、絡めるようにフェルパーを味わった。  
やがて胸に手が伸びた時――突然扉が開いた。  
 
「あー、やっぱりあったネー。心配したヨー」  
入ってきた主はクラッズ。  
どうやら人形を忘れたようで、こうして取りに来たようだ。  
急いでフェアリーとフェルパーは唇を離し、何事もなかったようにする。  
「あれ、今頃お楽しみだと思ったんだけどナー」  
クラッズはがっかりしたと言いたげに人形を拾い上げる。  
「クラッズ、計ったな……」  
「ンー、何?小生は何も知らないナー」  
クラッズがそう言った時に不意に扉の向こうから声が聞こえた。  
「おい、クラッズ……!余計な詮索はしない約束だったろ……!」  
「ヒューマン……」  
声を押し殺しているが、誰かはわかる声量だった。  
どうやらヒューマンはずっと部屋の外で待っていた……もとい、聞き耳を立てていたらしい。  
そこで人形を取りに来たクラッズと会い、余計な詮索はしないという約束で突入させたとのことだった。  
「いや、話し合いで何か現状解決してくれるかと思ったら、まさか……ねぇ?」  
「エッチなのはいけないと思うネー」  
「いや、だから自分は……」  
(は、恥ずかしい……)  
結局一晩中四人で話し合うことになり、フェルパーはフェアリーの事が好きなことと理由、フェアリーはフェルパーに対する最初の気持ちがばれてしまった。  
フェルパーはフェアリーの本当の気持ちを知った為、最初こそうなだれていたものの、「今はノームじゃなく、フェルパーを選んで良かった」と言ったことで機嫌を持ち直したのは言うまでもない。  
 
翌日、食事をとる為に食堂へ向かうと既に皆が待っていた。  
 
「皆、どうしたの……?」  
「食事を取りに来ただけですわ」  
そう言い、優雅にパフェを食べるエルフ。  
「何言ってんだよ。お前が言い出しっぺだろ、フェアリーを待とうって。コイツ、フェアリーが遅いからってパフェを三つも……」  
「そろそろ、その口を閉じなさい!」  
食べていたパフェをヒューマンの顔にぶつける。  
「目がぁぁ!」  
「……で、昨日の話し合いで何か決まりましたの?」  
ヒューマンのことなど気にもとめず、フェアリーへと質問を投げかける。  
フェアリーは昨日の一部始終をエルフに話した。  
「という訳で、エルフがフェルパーの事を嫌いなのは分かってるけど、フェルパーはもうパーティーの一員だ。抜けさせないよ」  
そこまで言うと、エルフが意外そうな顔をしながらフェアリーを見た。  
「私情を挟むのは構いませんけど、わたくしは別にフェルパーの事は嫌いではありませんわよ?」  
「へ?」  
思わず素っ頓狂な声を上げるフェアリーにエルフは続ける。  
「わたくしは別に戦闘に参加しないならいらないだけであって、連携云々、強さ云々はこれから磨いて行けば良いだけですわ」  
そこまで言うと突然エルフは目を閉じ顔を横へ向ける。  
「戦闘に参加しないんでしたら……友情云々も築いて行けませんものね」  
そして後ろを向いてしまう。  
「エルフはツンデレだな。顔が赤いぞ?」  
「うっ、五月蝿いですわ!」  
エルフは茶化すヒューマンを杖で殴る。  
直撃を受けたヒューマンもさすがに椅子に座ったまま気絶する。  
「ほ、ほらっ!今日も初めの森に行きますわよっ!」  
ヒューマンを引きずって歩くエルフをフェアリーとフェルパーは笑いながら見送った。  
 
初めの森。  
冒険者を目指す若者が最初に訪れる森であり、此処で戦いに慣れない自分を鍛え、仲間との信頼を築く。  
これは冒険者の避けては通れない最初の一歩であり、熟練の冒険者達の思い出として刻まれる。  
このぎこちないパーティーもやがてこの場所が『思い出』に変わるだろう。  
 
やがて、学園で伝説と言われるほどに強く、絆が深いパーティーなることを、まだこの時の彼等は知らない――  
 

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