しばしの殴り合いの後、二人は同時に距離を取った。ドワーフの方がボロボロにはなっているが、バハムーンの方もかなり
息が上がっている。むしろ、精神的には彼の方が追い詰められているようにも見える。
「貴様……なぜ倒れない」
「てめえこそ、いい加減倒れやがれ。うぜえんだよ」
「貴様なぞに、やられるものか」
「やられろよ。さすがに疲れんだよ、うざってえ。それより……って、おい!」
「む…」
二人は同時に、先ほどバハムーンが寝ていた場所に視線を移した。そこではいつの間にか、フェルパーの女の子が丸まっていた。
「てめえ、そこどけよ!そこはあたしの場所だ!」
「いつから貴様の場所になった。俺の場所だ」
二人の声に、フェルパーは耳をピクリと動かし、続いて大儀そうに顔を上げると、大きな大きな欠伸をした。
「ふあ〜〜〜〜ぁぁぁ……んむー?もう喧嘩はやめちゃうの?いいよ、続けてて。面白いもん」
「見せもんじゃねえんだよ!いいからどけぇ!!」
容赦のないドワーフの蹴りが襲う。だが、フェルパーは一瞬の間に身を翻し、それをかわした。
「速えっ…!?」
「あはははっ!遅いよ!当たらないよ!んなーぅ!」
一声、猫そのものの鳴き声を発すると、逆にフェルパーがドワーフに蹴りかかる。直後、パパパン、と小気味良い音が響き、ドワーフが
僅かによろめく。
「あはっ、あははは!私も遊ぶ!強そうだもん!だからね!私も遊ぶの!」
ドワーフから突如狙いを変え、フェルパーはバハムーンに襲いかかる。咄嗟に繰り出された拳を容易くかわし、直後フェルパーは
地を蹴り、空中で体を捻った。
「んなぉ!」
「くっ!」
首めがけて振り下ろされた足を、辛うじて防ぐ。フェルパーは蹴った勢いを利用し、そのままバハムーンと距離を取る。
その後ろに、いつの間にかドワーフが立っていた。
「んにっ!?」
「調子に乗んな、くそ猫が!」
フェルパーの体を掴み、ドワーフは軽々と頭上に持ち上げる。直後、思い切り腕を振り下ろし、地面に叩きつけた。
しかし、フェルパーは空中で身を翻し、両手足で着地してしまう。ドワーフもすぐに気付き、追撃しようとした瞬間、
背中にゾクリと冷たいものが走った。
フェルパーの腕が動く。咄嗟に体を反らした瞬間、ドワーフの頬に鋭い痛みが走った。
「つっ…!?」
思わず距離を取る。頬に触れてみると、手にはべっとりと赤い血がついていた。
「あははっ、すごいすごい!ねっ!すごいねっ、私の攻撃避けたよね!あははっ!そういうの大好き!」
フェルパーが顔を上げた。その目は異様な輝きを放ち、血の滴るダガーをより恐ろしげに見せている。
「だってだって!そういう人殺すのって、すっごく楽しいんだもん!」
「な……んだ、こいつ…!?」
「狂ってやがる…」
さすがのドワーフとバハムーンも、思わずそうこぼす。
「ねっ!あはははっ!殺すよ!いいよねっ、ねっ!?んなーぅ!」
ダガーを振りかざし、フェルパーが襲いかかる。あまりに危険な存在の乱入に、二人の関係は即座に変化した。
目の前で振りまわされる刃物にも臆さず、ドワーフはそれを紙一重で避けていく。その隙に、バハムーンはフェルパーの横に回り込み、
射程に入った瞬間殴りかかった。
その腕目掛けて、ダガーが襲いかかる。咄嗟にバハムーンは腕を引き、体ごとフェルパーにぶつかる。
「あうっ!」
「くっ…!」
吹っ飛ぶ直前、フェルパーはバハムーンの肩を切りつけていた。幸い傷は浅いものの、切られたという事実は思いの外強い衝撃となる。
「あははー!真っ赤真っ赤!血がいっぱい!あっついの、もっといっぱい出してよ!んまぁーお!」
再びバハムーンに襲いかかるフェルパー。切られた痛みが強く感じられ、バハムーンは相手から距離を取る。
「こっちも忘れんな!」
その横から、ドワーフが飛び込んだ。フェルパーはそれに応えるように狙いを変え、ドワーフに襲いかかる。
「んなぅ!!」
顔面を蹴りが襲い、怯んだ瞬間ダガーが突き出される。何とか体を捻ってかわし、ドワーフは大きく息をついた。
「へっ、ちんたらやってるんじゃねえよ。来やがれ!」
構えを完全に解き、ドワーフはフェルパーと正面から向かい合った。そんな彼女に、フェルパーは狂気に満ちた視線を送る。
「あはっ、あはははは!!殺すよ!?殺していいよね!?いいんだよね!?あははぁー!!んなぉーう!!」
楽しそうに叫び、フェルパーは飛びかかり様、ドワーフの首にダガーを振るった。
鋭い刃が首筋を捉える瞬間、ドワーフの手がフェルパーの腕を掴んだ。
「ええっ!?そんなっ!?どうして捕まるのぉ!?」
「怖がんなけりゃ、そんなもん素手と変わりねえんだよ!」
素早く腕を持ち替え、相手の肩を極める。途端に、フェルパーは悲鳴を上げた。
「いっ、痛い痛い痛いよぉー!!痛いのやだぁー!!」
「ああそうかい。その腕、へし折ってやる!!」
肩を極めたまま、ドワーフはもう片方の手を引いた。そして、肘に掌底を叩きこもうとした瞬間、フェルパーは無理矢理体を捻り、
そちらに肘の内側を向けた。
「痛ぁっ!」
「ちっ!」
辛うじて折られずに済んだとはいえ、その痛みにフェルパーはダガーを取り落とした。そこに、バハムーンが走った。
ダガーを拾い上げた瞬間、一瞬早く気付いたドワーフが顔面を蹴り飛ばす。
「ぐうっ!」
フェルパーを突き飛ばし、今度はドワーフがダガーを拾う。しかし、突き飛ばされたフェルパーは地面に手をつき、逆立ちの姿勢から
体を捻ると、ドワーフの腕に足を振り下ろした。
「うあっつ!」
「んなーぁ!渡さないよ!」
「貴様にも渡しはしない!」
フェルパーがダガーに手を掛けた瞬間、バハムーンはその刃を踏みつけた。ただ、あまりに強く踏みつけたため、その刃はぐにゃりと
曲がり、もはや使い物にならなくなってしまった。
凶器がなくなり、瞬時に三人は現状を把握した。そして、動物的直感ともいえる感覚で、次に取るべき行動が決まった。
バハムーンとフェルパーが、最も傷ついているドワーフへ襲いかかる。ドワーフは咄嗟に守りを固め、その攻撃を何とか凌ぐ。
「畜生……やっぱ、そうなるよな…!」
ぼやきつつ、ドワーフは二人の猛攻に何とか耐える。急所を守り、ただただじっと来るべき機会に備え、様子を窺う。
バハムーンの突きを受け止め、フェルパーの蹴りを避ける。さらに飛んできた肘を両手で受けると、がら空きになった脇腹へフェルパーが
蹴りを放つ。
直後、ドワーフは足を上げ、その蹴りを膝で防いだ。
「いったぁーい!!!」
「なめるからだ!」
すぐさま踏み込み、フェルパーの腹へ拳を叩きこむ。それはみぞおちへ直撃し、たまらずフェルパーはその場に崩れ落ちた。
「げほっ……おえぇ…!」
腹を押さえ、嘔吐するフェルパーに追撃を掛ける瞬間、バハムーンが拳を突き出す。ドワーフは咄嗟に向きを変え、攻撃を受け止める。
その後ろで、フェルパーが立ち上がった。だが、ドワーフは振り返りもしない。
「んなおぉーう!!」
興奮した鳴き声を上げ、フェルパーはバハムーンに襲いかかった。まともに攻撃を受け、傷ついた今、元気なバハムーンが残っては
困るのだ。となれば、必然的に次の行動は絞られる。
「ちぃ!劣等種が、使えねえ…」
ますます激化する戦闘。そして、再び三人が拳を交えようとした瞬間、突如その中心に小さな雷が落ちた。
「うお!?」
「わっ!」
「ふぎゃ!?」
三者三様の反応を示し、三人は慌ててその場を飛びのく。振り向くと、そこにはエルフとセレスティアが立っていた。
「そこまでですわ。あなた達、その大騒ぎを今すぐおやめなさい」
「なんだ、てめえ?」
ドワーフが詰め寄ろうとすると、セレスティアがさりげなく間に割って入る。
「彼女は、風紀委員長ですよ。わたくしは同じく、副委員長。風紀委員としては、このような事態を見過ごすことはできないのです」
「風紀委員だか何だか知らねえが、偉そうに」
バハムーンも不快らしく、忌々しげに呟く。
「実際偉いさ。僕等は君等の先輩だし、そっち二人は委員長に副委員長だからねえ」
「ん?」
突然上から響いてきた声に、三人は頭上を見上げた。その視線とすれ違うように、フェアリーは地面に降り立つ。
「虫けらか…」
「チビ妖精かよ…」
「んなーん、飛んでるー。トンボみたいー」
「君等こそ、トカゲに犬に猫じゃないか」
フェアリーの言葉に、ドワーフとバハムーンの眉が吊り上がる。
「貴様…!」
「よし、てめえそこに直れ」
「フェアリー、遊びにきたのなら帰ってくださらない?」
エルフが睨むと、フェアリーは肩を竦めた。
「魔が差したんだよ。わかったわかった、もう黙る」
フェアリーがセレスティアの後ろに隠れると、改めてエルフが口を開く。
「あなた達のしていた行為は、校則ではっきりと懲戒の対象になっていますわ。それはわかっていらして?」
「関係あるか、カスが」
「ぐっ……あ、あなたのような獣には、確かに関係ないし、理解もできないかもしれませんわね…!」
「てめえも喧嘩売ってんのか。やんならあたしは構わねえぞ」
どんどん泥沼化する状況に、セレスティアは苦笑いを浮かべる。
「まあ、まあ。お二方、少し落ち着いてください」
「貴様のその喋り方、何とかならねえのか。聞いててうざってえんだが」
バハムーンが言うと、セレスティアは一瞬きょとんとし、すぐにまた笑顔を浮かべる。
「あ、普通でいいかい?なら普通の喋りにしようか」
「……あ、ああ」
思わぬ変貌ぶりに、バハムーンも少し意外だったらしく、素直に頷いてしまう。
「えーと、まず君達のしてたことは懲戒の項目、7番と8番に当たるね。校内での私闘、決闘の禁止。そして武器類の必然性なき抜刀、
使用の禁止。さらに言うなら、君達は以前も騒ぎを起こしてるから、1番の、性行不良で改善の見込みがない者、にも当てはまるかもね」
「……だったら何だってんだ?退学か?あるいは停学か?」
その質問に、セレスティアは一瞬考え、そして答えた。
「いやいや、私としても君達みたいな新入生に、そんな処分下すのは気が引けるよ」
「ちょっと、副委員長…!」
小声で、エルフが話しかける。
「処分を下すのは、わたくし達でなくて校長…!」
「いいからいいから、ここは私に任せて」
コホンと咳払いをし、セレスティアは続ける。
「ただ、これが続くようなら何らかの処分は必要だよね。このままだと退学はないにしても、停学まではあり得るかな」
「そんなもの、別に怖くもないがな」
「けど、知ってるかい?停学中も寮の使用はできるけど、その間、金銭的な補助は一切なくなるんだよ」
「ちょっと待て。金銭的な補助?それ、どういうことだ?」
ドワーフが尋ねると、セレスティアは僅かに笑った。
「例えば、寮の宿泊は100ゴールドだよね。三食付きで武器の手入れ道具も揃ってる。ところが、この三食及び武器の手入れ物品が、
外部の者と同じく有償化する」
「お……おいおいおい、ちょっと待てよ!!」
それを聞いた瞬間、ドワーフは明らかに慌て始めた。
「たとえば何か!?おにぎり一個作ってもらったら、それだけで30ゴールド取られるのか!?」
「そうなるね」
「じゃ、豪華な弁当と同じだけの夕飯食ったら…!」
「もちろん、1000ゴールドだよ」
「てことは、抑えても年間最低1095000ゴールド取られて、三日にいっぺんアイスクリーム食うだけで1155225ゴールドも
かかるってことか!?」
「え?……え、ええっと、そう……だね……計算速いな…」
「しかも手入れ用具もだろ!?砥石一つ取ったって、毎日じゃあ洒落になんねえ…!それに油も…!」
今までの威勢はどこへやら。ドワーフはすっかり耳も尻尾も垂らし、怯えた子犬のような目つきでセレスティアを見つめる。
「……な、なあ、頼むからそれは勘弁してくれ…。な、何でも一つぐらいは言うこと聞くからさ…」
「さあて、ねえ。口先だけでは、私も学校側も納得させられないし…」
「本当だって!絶対嘘なんかつかねえよ!!反省文でも何でも書くから、頼むからそれだけは勘弁してくれってぇ!!」
これで一つ片付いたと、セレスティアは心の中でほくそ笑む。
「あははー!さっきと大違い!頑張って稼げばいいだけなのに、変なのー!」
その様子を見ていたフェルパーが、おかしそうに笑う。そんな彼女に、フェアリーが話しかける。
「おいおい子猫ちゃん。そう簡単に言うけどね、それだけ稼ぐのは僕等だって大変なんだぞ」
「んにーぅ、ちょっと外でモンスター殺せばさ!遊んでるうちにお金なんか手に入るよ!」
「君は遊びで生き物を殺すんかい」
「そうだよ!だってさ!強い相手殺すと、すっごく気持ちいいよ!ねえねえ!君も強い!?強いの!?」
とんでもない危険人物だと、風紀委員の三人は暗澹たる気持ちになった。こんな人物を御する手段など、思いつくわけもない。
その時、バハムーンが口を開いた。
「そうなったら、こちらから退学でもすればいいだけの話だろう。別に気にするほどのことでもない」
「でも、二度とこの学園に入学できなくなるよ。別に一人で頑張るって言うなら私も止めないけど、学校の支援がないと大変だよ」
「そうだよ、お前は余計なこと言うなよな。あたしまで巻き添え食って退学とか停学になったらどうするんだよ」
ドワーフはセレスティアの脅しに完全に屈したらしく、バハムーンに食ってかかる。
「そんなこと、俺の知ったことじゃない」
「だろうな。お前みてえな脳なしには、一歩先のこと考えるのも一苦労だろうよ」
「……貴様」
バハムーンは大股でドワーフに歩み寄ると、突然その尻尾を捻り上げた。
「あぐっ!?てっ……てめえ、卑怯だろっ……尻尾狙うとかっ…!」
バハムーンが腕を上げると、小柄なドワーフの足が地面から離れる。尻尾だけで吊るされる痛みに、ドワーフの顔が歪む。
「生意気な口をきくな。この尻尾、このまま捻じ切って貴様の口にでも突っ込んでやろうか?あるいは、下の口なんてどうだ」
ドワーフは何とかバハムーンの腕を掴み、痛みから逃れようとしていたが、その言葉を聞くと顔を歪ませつつも、にやりと笑って見せる。
「……へぇ、そりゃあいい考えだ。想像するだけでゾクゾクする。けどさ、あたしは欲張りなんでね」
自分から腕を離すと、ドワーフはバハムーンの尻尾を握り返した。
「ぐっ…!」
「前だけじゃ足りねえから、尻の方にこっちも欲しいところだな」
思わぬ反撃に、バハムーンの力が緩む。足が地面に着いた瞬間、ドワーフは彼に寄り添うように体を寄せた。
「ああ、それにちょっと口寂しいから、こいつを咥えさせてほしいなあ。それなら、あたしは構わないぜ」
もう片方の手で、ドワーフはバハムーンの股間を握りしめた。急所を強く掴まれ、バハムーンの額に脂汗が浮かぶ。
「貴様っ……本当に、捻じ切ってやろうか…!?」
「うあっ…!いいぜ、やれよ……三つ穴責めなんて、すっげえゾクゾクする。なあ、ほら、さっさとやれってば…!」
一体どこまで本気なのか、二人は人目も憚らずに応酬を続ける。その様子を、エルフは顔をしかめて見ており、フェアリーは興味津々と
いった表情で見つめている。セレスティアは、ドワーフがバハムーンの股間を掴んだ辺りから目を背けている。
その背けた先に、フェルパーがいる。その様子がおかしいことに気付いたのは、少し経ってからだった。
顔は真っ赤に染まり、目は真ん丸に見開かれている。耳の内側までもが薄っすらと桃色に染まっており、体は小刻みに震えている。
一体どうしたのかと声をかけようとした瞬間、フェルパーが叫んだ。
「やーっ!!!やぁーっ!!!エッチなのやだーっ!!この人達嫌いーっ!!!」
叫ぶや否や、フェルパーは二人に襲いかかる。突然のことに驚きつつも、二人はすぐさま手を離し、その場を飛びのいた。
「な、何だよてめえ!?」
「ばかぁ!!変態!!あっちいけー!!」
「……なーるほど。この子は意外や意外、純情系か」
そう呟くと、フェアリーはにやりと笑った。そして、後ろからフェルパーに忍び寄る。
「へいへい、子猫ちゃん。そんなに足ガバガバ上げてると、パンツ丸見えだよ」
「え…」
それを聞いた瞬間、フェルパーは顔だけでなく、全身を真っ赤に染めた。
「やだぁーっ!!!もうやだーっ!!!私転科するぅー!!!普通科に転科するぅー!!!わぁーん!!!」
本気で泣きながら、フェルパーはスカートを押さえてぺたんと座りこんでしまった。
「あー、そうそう。君みたいな問題児はさ、先輩なんかに目を付けられると厄介だよ?服全部脱がされて、購買に売られて、有り金全部
巻き上げられるとか、そんなことも珍しくないんだ」
「やだぁーっ!!!そんなのやだぁー!!!何でもするからエッチなことしないでぇー!!!うわぁーん!!!」
「……フェアリー…」
エルフはフェアリーを睨みつける。その目は『適当なことを言うな』と言っているが、フェアリーは無視を決め込んだ。
「もちろん、僕等だってそんな目に遭わせるつもりはないよ。そりゃもはやいじめだからね。でも、君が目を付けられてる可能性は、
結構高いよ。君、真剣道部で暴れただろ?」
「フェアリー」
「まあ見てなって……おほん。だから、君は僕等と共に行動するようにしてほしい。そうすれば、そんな手出しはさせないよ」
「ひっく……ひっく…!ほ、ほんと…?」
「本当だって。これでも僕は風紀委員だぜ?」
「じゃあついてく……ついてくから、エッチなことしないでぇ…」
これで二つ片付いたと、セレスティアとフェアリーはアイコンタクトを送り合う。だが、問題のバハムーンが口を開いた。
「どうやら、貴様等は俺達を従わせたいようだが、貴様等が何を言おうが、俺は従う気はない」
「へーえ。学校全てを敵に回して、やっていくつもりかい?僕達にすら勝てないのに?わざわざ自滅の道を突っ走っていくなんて、
高尚な種族様のお考えは、僕みたいな小妖精には理解できないなあ」
その言葉に、バハムーンの眉が吊り上がる。
「……貴様等如きが、俺に勝てると?」
「僕一人ならまだしも、僕等を相手に勝てると思ってるのかい?君、よくそんなおつむでこの学校に入れたよね」
「ちょっとフェアリー、わたくし達まで巻き込むつもりですの!?」
エルフがなじるように言うが、フェアリーは涼しい顔である。
「ああ、悪いね。魔が差した。まあいいじゃん、結果が良ければさ」
「だからと言って、わざわざ喧嘩を売る必要はないだろ?まったく……私は、君に喧嘩を売るつもりはないよ。できれば、大人しく
従ってくれた方が…」
言いかけるセレスティアを遮り、バハムーンが口を開いた。
「貴様等如きが、俺に意見するな。従わせたきゃねじ伏せてみろ」
既に、バハムーンはやる気である。風紀委員の三人は、お互いの顔を見合わせて溜め息をついた。
「……仕方ないね。やるしかないか」
「副委員長!これは校内での私闘、及び必然性なき武器の抜刀に…!」
「委員長〜、降りかかる火の粉は払わなきゃ。必然性もあるし、僕等は風紀委員だ。相手が暴力で来るなら、少々の暴力は仕方ない。
それに……もう、あちらさんやる気だから、止めらんないよ」
エルフはまだ何か言いたそうだったが、もはや回避は不能と判断したのだろう。大きな溜め息をつくと、仕方なく杖を構えた。
「フェアリー、私達援護はするけど、それ以上は…」
「わかってるよ副委員長。それに、殺しはしないから安心して」
「おい、でけえの。そのうるせえ羽虫ぶっ潰しちまえよー」
ドワーフもフェアリーが相当に嫌いらしく、バハムーンを煽る。
「うるさいなあ、そこの犬。弱い犬ほど……なんて、よく言うよね」
「……おいトカゲ、そいつだけは死んでも潰せ」
「黙れ。貴様の指図など受けるか。それに、言われずともそのつもりだ」
「あー、ちなみに君が負けたら、ちゃ〜んと従ってもらうよ?三対一だから、やっぱなし!なんてのはなしだぜ?」
「ふざけるな!俺がそんな真似をすると思うか!?」
「思うよ。できれば『負けたらちゃんと従います』って、誓約書でも欲しいぐらいだよ」
「誓いを立てればいいんだな?」
言うなり、バハムーンは折れたダガーを拾うと、自分の掌を切りつけた。
「おいおい、何を…!?」
「祖先の血に誓って、俺は嘘をつかん。これで満足か!?」
「……無駄なプライドの高さも、こういうときはありがたいね」
呆れたように呟き、フェアリーは笑った。
「よし、いいだろう。君から来ていいぜ」
「そうか。なら……灰になれ!」
バハムーンがブレスを吐きかける。それが目前に迫っても、フェアリーは動かない。
「二人とも、頼むぜ」
「仕方ありませんね…!副委員長!」
「いつでもいいよ、委員長」
二人は杖をかざすと、同時に叫んだ。
「絶対壁、召喚!」
見えない壁に、ブレスが弾かれる。目の前で消えるブレスを見て、フェアリーは笑う。
「おいおい、これでどうやって灰になればいいんだい?もうちょっとまじめに頼むよ」
「何だと…!?なら、直接潰してやる!」
バハムーンが殴りかかる。だが、拳がフェアリーを捉える瞬間、その姿が消えた。
「速え!?」
「おー!速い!速いねっ!んなーぅ!」
横で見ていたドワーフとフェルパーが、同時に声を上げた。直後、バハムーンの動きが止まる。
「うっ…!」
喉元に、弓が押し当てられる。弦にかけられた矢が、それ以上の行動を封じてしまう。
「動いたら手を離す。もちろん、君が攻撃しても手は離れる。君に許可することは一つだけだ」
「………」
「『参りました』って言えよ。君の負けだ」
ギリッと、弦が軋む。バハムーンは悔しげに歯噛みするが、もはや勝敗は決していた。
「…………ま……参った…」
「……ま、いいだろ。じゃあ誓いは守れよ」
踵を返し、悠々と歩き去るフェアリーを、バハムーンは何も言わずに睨みつけていた。その横で、ドワーフが苛立たしげに溜め息をつく。
「ちっ!あーあ、白けっちまうぜ。そいつぐらい潰せよな、てめえはよぉ」
「……そのつもりだったが、あいつは俺より……くっ…!」
相当に悔しかったらしく、バハムーンは他の者に背を向けると、どっかと座りこんでしまった。
「なっさけねえ。そうやって拗ねてりゃ、てめえは強くなんのかよ」
「敗者に鞭打つような真似をして、あなたは楽しいんですの?」
エルフが、実に苛立たしげな声を出す。
「強い相手には媚びへつらい、自分より弱い相手と見ると、徹底的に潰す。まさしく獣……いえ、『けだもの』ですわね」
「あ〜〜〜〜、うざってえなてめえは…!てめえこそ、権力の傘がねえと何にもできねえ、ひ弱なくそ妖精じゃねえかよ。そもそも、
てめえは委員長らしいけどよ、他の奴の方と違って全っ然仕事してねえよな。てめえみてえのが上にいたんじゃ、他の奴は大変だな」
「何ですって…!?」
「お?どうしたんだよ、そんな顔真っ赤にしてよ?図星突かれて、怒っちまったかぁ?」
「はいはいはいはい、君達そこまで。委員長、少し落ち着いて。それから君は、委員長を挑発しない。あんまりそういうことすると、
私だって怒るよ」
例によってセレスティアが間に入り、二人を窘める。さすがに彼には、二人ともあまり強い態度を取れない。
「ちっ……そんな奴を庇える、お前の気がしれねえよ」
「一緒にいるうち、わかってくれるかもね。それより、君ひどい怪我じゃないか。鼻なんか折れてるのに、よく平然としてられるね」
セレスティアはドワーフにヒールを唱え、折れた鼻を治してやる。しかしドワーフは、それ以上の治療を拒む。
「やめてくれ。情けなんかかけられたくねえ。それにこんな怪我、すぐ治る」
言いながら、ドワーフは絆創膏を取り出し、切られた頬に張り付ける。そんな彼等を尻目に、エルフはバハムーンに近づく。
「あなたも、相当な怪我をしてますわね。わたくしが治して差し上げますわ」
「……いい」
背中を向けたまま、不機嫌に言い放つバハムーン。しかし、エルフは意に介さない。
「そうもいきませんわ。これから共に行動するのですから、わたくしには前衛の状態を万全にする義務がありますわ」
勝手にヒールを唱え、怪我を治す。バハムーンは黙って、されるがままとなっている。
「……礼は言わん」
「別に、そんなものどうでもよくってよ。誓いさえ、守ってくれれば」
「………」
「んにぅー、私は?私は?」
「君、大した怪我してないじゃん」
尻尾をパタパタしながら尋ねるフェルパーに、フェアリーが冷静に突っ込む。
「お腹殴られたよ!あと肩グーってされた!」
「お腹か。じゃ、ちょっと見せてごらん。ほら、遠慮するなよ。思いっきり制服捲ってくれ」
その意味を理解した瞬間、フェルパーの顔が真っ赤に染まる。
「いい!やっぱりいいもん!自分で治すー!」
「そりゃあ残念。気が向いたら、いつでもどうぞ」
「ところで、君達はずいぶん激しい喧嘩してたみたいだけどさ、一体この大騒ぎの原因は何だったんだい?」
セレスティアが尋ねると、ドワーフはバハムーンを一瞥する。
「あいつが、あたしの日向ぼっこの場所盗りやがったんだよ」
「……俺が先に寝ていたんだ。そもそも、あそこは俺の場所だ」
「私もね!寝てたら蹴られそうになったんだよ!でもねでもね!みんな強そうだから私も遊んだの!」
「………」
つまり、日向ぼっこの場所の奪い合いである。フェルパーは少し事情が違うらしいが、そもそもの発端は変わらない。
「やはり、このけだものが仕掛けたんですのね」
「うぜえなてめえは。言いてえことがあるなら…」
「お二方、もうやめよう。とにかく、この件は私達が預かる事にして……三人とも、明日からは私達と一緒に行動してもらうよ。いいね」
セレスティアが言うと、三人は黙って頷いた。
「よし、じゃあそういうことで。三人とも、これからよろしく頼むよ」
後は問題ないだろうと判断し、風紀委員の三人は揃って階段を下りる。フェアリーはさっさと自分の部屋に戻ったが、
エルフはまた風紀委員室に戻ると言う。
「よろしければ、あなたも来てくださらない?」
「私?別にいいよ」
とくに用事もなかったため、セレスティアは二つ返事でそれを受け入れる。部屋に戻ると、エルフはしっかりと戸締りを確認し、叫んだ。
「あの獣どもはまったく…!規則を何だと思ってますの!?信じられませんわ!守るべきものを平気で破るような者達など…!
絶対に許せませんわ!」
「……ストレス溜まってるんだね、委員長。でも、彼等の言うことも、一理はあるよ」
「副委員長!」
エルフがなじるように叫ぶが、セレスティアは続ける。
「どんな正義でも、無力ならばないも同然。力こそが正しいっていうのは、あながち間違いじゃない。私達だって、『校則』という名の
力の元に、従わないものをねじ伏せてる。もっとも、こんなことを風紀委員の私が言ってたなんて、秘密だよ?」
最後に冗談めかして言うと、エルフはしばらくセレスティアを睨んでいたが、やがて小さな溜め息をついた。
「最近の君は、溜め息が多いね」
「多くもなりますわ……特に、今日みたいな日は」
「ん?」
ふと見ると、エルフの顔はどこか悲しげだった。そんな彼女に、セレスティアも表情を改める。
「……わたくしは、どうしてもあのドワーフが嫌いですわ。なのに、あなたは誰とでも平等に振る舞える…」
「ディアボロスは苦手だよ、私だって」
「わたくしは、委員長なのに……誰にでも平等であるべき立場なのに、それができない…。それに先程も……あなたやフェアリーは、
彼等を容易く従わせた。なのに、わたくしはただ衝突するばかりで……何も……な、何もっ……できなかった…!」
唇を噛みしめ、エルフは涙を流す。そんな彼女を、セレスティアは後ろから抱き締めた。
「だから私は、君を委員長に推したんだよ。その理由、わかるかい?」
「……?」
「私もフェアリーもね、彼等を従わせるために、何の躊躇いもなく嘘をついた。それに、喧嘩の仲裁にもサンダーを使ったし、
とにかく規則を破りまくってるんだよ」
「でも……でも、それは仕方のないことで……わたくしは、そういう行動を取れるあなた方が、羨ましい…」
「……委員長、君は委員長だ。頂点に立つ者が規律を守らなくては、誰に規律を守れなんて言える?」
優しく言いながら、セレスティアはエルフの涙を拭ってやる。
「でも、上に立つ者に、欠点があっては…」
「違う、違うんだよ委員長。それは欠点じゃない。それに、あまり完璧すぎる人が頂点に立てば、誰しもそれに寄りかかる。ドワーフや
ディアボロス相手にはつい厳しくなっちゃうとか、その程度の欠点なら、むしろあってくれた方が嬉しいよ。それに…」
一度言葉を切ると、セレスティアはエルフを強く抱きしめた。
「……君が間違いを犯しそうになれば、私がそれを止める。君が辛くて倒れそうなら、私が君を支える」
言うなり、セレスティアはエルフの肩を掴み、自分の方へ向けさせた。そして考える隙を与えず、その唇を奪う。
エルフは一瞬、驚きに目を見開き、しかしすぐそれに応じる。唇を吸い、互いの唾液を交換し、自身の舌で相手の舌を、歯を、
口蓋をなぞる。
セレスティアの手が、肩から腕へと下がっていく。さらに腕から腹をなぞり、腰を通り、前面の大きく開いたスカートの中へと侵入する。
「んんっ…!ん、ふぅ…!」
ピクッと、エルフの耳が震える。セレスティアの指が下着の上から割れ目を擦り、その度にエルフは抗議するように身を捩る。
そんな抗議を無視し、あるいはむしろ楽しんでいるかのように、セレスティアは指での刺激をさらに強める。軽く沈みこませて前後に
擦り、指先で小さく尖る突起を撫で、下着ごと指を中へと沈ませる。さすがに、そこまで来るとエルフも本気で抵抗し、彼の腕を
強く掴んだ。
「機嫌、損ねちゃったかい?」
「ん……もう、相変わらずですわね。そんな意地悪…」
「わかってるよ。これ以上はしない」
「それなら最初から……んぅっ!」
甘く耳を噛むと、エルフは弾かれたように体を震わせる。
「み、耳は、あまり……ふぅ、あっ…!」
噛んだまま舌で撫でれば、たちまち体を強張らせ、その手はギュッとセレスティアの袖を握る。そんな彼女の姿を楽しんでから、
セレスティアは口を離した。
「ふふ、君はやっぱり耳が好きなんだね」
再び、スカートの中へ手を這わせる。そして、ショーツの中に手を差し込むと、微かに水音が響く。
「んあっ…!」
「ここも、もうこんなになってる。……そろそろ、いいかい?」
「もう……少しぐらい、ゆっくりしようとは思いませんの?」
「場所が場所、だからね」
そう言い、セレスティアはいたずらっぽく笑う。それはエルフもわかっているようで、仕方ないというように溜め息をつく。
「……いいですわ」
エルフが答えると、セレスティアは再びキスを迫る。唇を重ね、腰を抱き寄せると同時に体重を掛けた。
抗うこともなく、エルフはそのまま机の上に押し倒される。セレスティアは彼女のショーツに手を掛け、ゆっくりと引き下ろす。
太股を通り、膝まで来ると、セレスティアは手を放した。パサリと、ショーツが足首に落ちる。
「……いくよ」
エルフは答えず、代わりにセレスティアを見つめると、こくんと頷いた。
自身のモノを押し当て、反応を確かめるように、ゆっくりと腰を突き出す。先端に秘唇が開かれ、少しずつ中へと飲み込まれていく。
「んぅっ……ふぅ、あっ…!あくっ……ああっ!」
エルフはギュッと目を瞑り、両手で口を押さえる。声を上げるまいと必死に我慢しているのだが、それでも抑えきれない声が漏れる。
その間にも、セレスティアのモノはどんどん奥へと侵入し、やがて腰と腰がぶつかりあい、パン、と軽い音を立てた。
「くっ……全部、入ったよ…」
「んうぅ…!はぁ……はぁ…」
「……動くよ、委員長」
返事を待たず、セレスティアは腰を動かし始める。部屋の中に、二人の荒い息遣いと、エルフのくぐもった喘ぎ声が響く。
セレスティアが動く度、エルフの下で机がガタガタと音を立て、同時に結合部から水音が響く。
「んん……うあっ…!あっ…!」
エルフの体はじっとりと汗ばみ、蒸れた匂いが鼻孔をくすぐる。そんな彼女の耳を、セレスティアは優しく撫でる。
「はぁ、はぁ…!委員長、気持ちいいよ」
それを聞いた瞬間、エルフは固く閉じていた目を薄っすらと開けた。
「い……やぁ…!その呼び方……んっ…!いつもみたいに……あっ!……んぅ……いつもみたいに、呼んでぇ…!」
なじるような、甘えるような、あるいはその両方を含んだ声。セレスティアは優しく笑い、彼女の頭を撫でる。
「わかったよ……可愛いよ、エルフ…」
「うぁ……セレスティア…!」
二人はどちらからともなく抱きあい、貪るようなキスを交わす。あまりに激しいため、時々カチッと歯の当たる音が響く。
しかし、二人はそれでもキスをやめようとはしない。
突き上げる度、エルフの中は強く彼のモノを締め付ける。熱くぬめった彼女の中はそれだけでも気持ちよく、また彼の動きに
必死に応えようとするエルフの姿は、何とも可愛らしい。
そんな彼女に促されるように、セレスティアの動きは徐々に性急なものとなっていき、エルフを抱く腕にも力が入る。
「くぅ……エルフ、そろそろ、私…!」
「んあぁ…!そのまま……わた……くしの、中に…!中にぃ…!」
縋るような声で言うと、エルフはセレスティアの腰に足を絡め、ぐいぐいと引き寄せる。
「はあっ……エ、エルフっ……エルフ!」
一際大きな声で彼女を呼ぶと、セレスティアは思い切り奥へと突き入れた。同時に、彼のモノがビクンと動く。
「あああっ!!……あぁ……中で……動い、て…!」
陶然とした声で呟くエルフ。体の中で彼のモノが跳ね、その度にじわりとした温かみを感じる。その温かさが、彼女に大きな幸福感を
もたらす。
全てを彼女の中に流し込むと、セレスティアは大きく息をついた。そして、未だ陶然とするエルフの頬を優しく撫でる。
「………」
それに対し、エルフも嬉しそうな微笑みを返す。言葉はなくとも、二人の間にはしっかりと心が通っていた。
どちらからともなく、啄ばむようなキスを交わす。それはお互いの立場など入り込む余地のない、純粋な恋人同士の姿だった。
ショーツを履き直し、最後に乱れたスカートの裾を直す。それを終えると、エルフはセレスティアの方へ向き直る。
「もうよろしくってよ、副委員長」
「案外早いね、委員長」
先程までの光景が嘘のように、二人はいつもの姿に戻っていた。呼び方も戻っているが、それはむしろいつもの関係に戻るため、あえて
そう呼び合ったのだろう。
「ほとんど脱いでいないからですわ。あ、でも背中の方…」
「見た感じ、平気そうだったよ。少なくとも、気になるほどの皺はないよ」
「そう、それは……って、副委員長、見たんですの!?」
「え?あ、あ〜……ははは、ごめんよ委員長。つい、ね」
「……フェアリーみたいに、『魔が差した』って言うんですの?」
「ま、そんなとこかな」
いたずらを見つかった子供のように笑うセレスティア。そんな彼に、エルフは呆れた視線を向ける。
「まあ、いいですわ。そんなことより、明日からのことを考えなくてはいけませんわね」
「大丈夫だよ、委員長なら。それに委員長だけじゃなくて、私達もついてる」
セレスティアがそう軽く言ってのけると、エルフは僅かに表情を変えた。
「……あなたはずるい方ですわ」
「え、何が?」
突然口調が変わり、セレスティアも何事かと表情を改める。
「あなたはわたくしの全てを知るのに、わたくしはあなたの心を知りませんわ」
「知る必要もないよ。私は、委員長のことを信じてる。それに、君のすることは間違いがない」
「だから、ずるいと言うんですわ。あなたはいつもわたくしを、自由という鎖と、期待という首輪で縛りつけますわ」
「でも、君はその首輪をつけない自由もある。それを望んで付けるのは、君。違うかい?」
意地悪く笑うセレスティアに、エルフも呆れた笑顔を浮かべた。
「本当に、ずるい方ですわ」
「ははは。でも、君を信じているのは本当さ。私と違って、君は必ず規律を守る。たとえそれが、君自身を縛るものだとしてもね。
そんな君を支えられるっていうのは、私にとってこの上ない幸せなんだよ?」
「……なら、わたくしはその『期待』に、応えねばなりませんわね」
一種、諦めのような表情が見て取れる笑いを浮かべるエルフ。そんな彼女に、セレスティアは優しく声を掛ける。
「大丈夫。君はうまくやれるよ」
「随分と自信たっぷりに言うんですのね」
「水は低い方に流れるからね」
その言葉に、エルフは首を傾げる。しかしその意味を尋ねても、セレスティアはただ曖昧に笑うばかりで、結局彼の言葉の真意は
分からずじまいだった。
その翌日から、風紀委員の三人と、問題児三人の冒険が始まった。委員長であるエルフが次々に課題や依頼を請け負い、問題児三人は
嫌々ながらも、それらを真面目にこなす日々が続く。
元々の実力は折り紙つきである。彼等が依頼をこなせなかったことは一度もなく、むしろほとんどが役不足と言っていいほどだった。
学校の方でも、問題児を監視し、なおかつその意識を依頼に向けさせる風紀委員のことは評価しており、彼等三人の成績にも
多少色がつくことが増えている。そのおかげで、最近はフェアリーも自身の単位の少なさを心配することは減っている。
六人が共に行動するようになり、数週間が経過した。今、一行は新たな課題を終え、次の課題までの手持無沙汰を解消するため、
初めの森へ来ている。とはいえ、一行はもはやここでは敵なしであり、実質はほぼピクニックである。
「この面子、最初はどうなることかと思ったけど、案外うまくやれてるよね」
地面に座り、おにぎりを頬張りながらフェアリーが言う。
「わたくし、未だにあのドワーフだけは好きになれませんわ。いえ、むしろ知れば知るほど嫌いに…」
「委員長、委員長、その先は言っちゃダメだよ。仮にも仲間なんだから」
苦笑いを浮かべ、エルフを慌てて遮るセレスティア。だが、そんな彼等の会話は、他の三人には聞こえていない。
木漏れ日の当たる草の上、バハムーンが大の字になって寝ている。風にさわさわと揺れる木の葉に混じり、木の上で寝ているフェルパーの
寝息が微かに響く。
そこへ、最後まで食事をしていたドワーフが近づく。しかし、木漏れ日の当たる場所は狭く、バハムーンが寝ているおかげで、
ほぼ占領状態である。
「……あたしの場所ねえな、畜生…」
そう呟くと、バハムーンが薄っすらと目を開けた。
「……隣なら空いてるぞ……寝たきゃそこで寝ろ…」
眠そうな声で言うと、バハムーンは寝返りを打つ要領で体半分ほどの隙間を空けてやる。
「うるせえ、あたしに指図すんな。寝る場所はあたしが決める」
言いながら、ドワーフは彼の隣に寝転ぶと、静かに目を瞑った。程なく、辺りに都合三人の寝息が響く。
そんな彼等の様子を見ながら、エルフがポツリと呟く。
「……最近ようやく、あなたの以前言ったことの意味がわかった気がしますわ」
その言葉に、セレスティアは笑みを浮かべた。
「水は低い方に流れるってことかい?ま、見ての通り、良くも悪くもってことなんだよね」
優しげな笑みで、昼寝する三人を見つめ、セレスティアは続ける。
「君ならわかるかな。一匹狼とはよく言うけど、別に狼だって一匹が好きだからそうしてるんじゃない。ただ、自分がいるべき群れが
見つからないだけなんだよね」
「それが僕等って?ぞっとするねえ」
フェアリーの言葉を、セレスティアは爽やかに無視する。
「彼等は、まさにそれだよ。およそ、仲間なんて望めない。でも、誰しも自分が認められる相手がいれば、心を許すとまでは
いかなくたって、多少なりとも気を緩められる。そうすれば、毒気だって多少は抜けるものだよ」
「認めているというよりは……獣同士、共通の趣味が日向ぼっこだからだっていうだけにも見えましてよ」
「ははは、可愛いじゃない。それに、趣味が共通してるなら、すぐに仲良くなれるものだよ」
フェアリーはおにぎりを食べ終えると、おもむろにフェルパーの寝る木の下へ移動した。そして、下からじっと彼女を見上げる。
「……何してるんだい?」
「いや、パンツでも見えないかなーと」
「そこの風紀委員。今すぐやめないと学校か委員をやめてもらいますわよ」
「わかったわかった、魔が差したんだって。そう怒らないでよ」
「……男子としては、正しい行動だけどねえ…」
「副委員長、何か言いまして!?」
「いえいえ、何も。な〜んにも」
恐らく、先行きは苦難の連続であろう一行。しかし、まとまることそれ自体が大いなる困難であった彼等にとって、先に待ち受ける
苦難など一片の不安にもなり得ない。むしろ、この先にはそれ以上の苦難などないかもしれない。
学園きっての問題児と、学園の秩序を預かる立場の風紀委員。
そんな、歪な一行の旅は、まだまだ始まったばかりである。