一行の前にそびえ立つ、神の塔。それを見上げる一行の顔は、フェルパー以外ひどく硬い。
だが、そこに恐れの色はなかった。それぞれに決意と覚悟を胸に、一行は最後の戦いへ挑もうとしている。
「ついにここまで……来たんですのね」
「そうだね。ここで、全部が終わる……いや、私達が終わらせるんだ」
神妙な顔つきのエルフとセレスティアとは打って変わって、フェルパーはもう満面の笑みである。
「ねえねえ!早く行こうよー!この中、強いのいっぱいでしょ!?あははっ!楽しみだね!強いの、いっぱいいっぱいいるんだよね!?
んにゃーう!それ全部殺してさ!パーネ先生も、殺せるんだよね!?」
「まあ落ちつけよ子猫ちゃん。最後の戦いの前に、ちょっと感慨に浸る時間ぐらいくれたって、バチは当たらないだろ?」
そんな彼女を窘めるフェアリー。彼の顔にも、いつもの軽そうな笑みが浮かんでいる。
「さぁて、さっさと終わらせようぜ。もし失敗して死んでも、悔いなくあの世に行けるぐらいには頑張れよ」
「ふん。あの世なんて、あるもんか。そんなのは貴様等のように下等な種族が、死の恐怖から逃れるために作り出した幻想だ」
これまた、普段とまったく変わらないバハムーンにドワーフ。一行の、特に問題児三人には、恐怖などと言うものは欠片も
存在していなかった。
「お?お前あの世信じてねえのか。そりゃ不幸だな」
「どこが不幸だ」
「死んだらそれっきりってことだろ。ま、それも悪かぁねえが、ちっと味気ねえよな」
「……お前の言いたいことは、よくわからん」
「わかんなくていいぜ、この低能野郎」
「おいおい、君等。始まる前から死ぬ話なんてしないでくれよ。オリーブとかジェラートだって怖がるだろ」
「うるせえ、死ね羽虫」
いつも通りの言い合い。いつも通りの雰囲気。あまりの緊張感のなさに、セレスティアとエルフまでもが表情を崩した。
「……君達は、本当にマイペースだねぇ」
「ふふ。でも、おかげで救われますわ。確かに、ドワーフの言うとおり……何があっても、悔いの残らないように、全力で行きましょう」
協調性の全くない一行は、一度仲間達と視線を合わせ、そして大きく頷いた。
「さあ、行こう!」
セレスティアの声と共に、一行は神の塔へと駆けだした。そのやや後方を、オリーブとジェラート、そして剣と化したルオーテが続く。
内部は、思ったよりも狭かった。かなりの高さを誇る塔ではあるが、広さは地下道と比べるべくもない。
だが地下道と違い、人工の建造物だけあって、先に進むための仕掛けは複雑なものもある。一階を難なく突破した一行だったが、二階を
適当に探索して三階に上がると、その先の通路に進む扉がマジックキーによって閉じられていた。
「うわ、面倒な仕掛けだな……下の階に、何かあったのか?」
「そういえば、左右に道が分かれてましたわね。あのマジックキーのあった道へ、戻ってみましょう」
結局、彼等は二階へ戻り、もう一つの階段から三階へ上がり、その階のマジックキーを解除してからまたもや二階へ戻り、三階に戻ると
いう、ひどく手間のかかる行動を取らざるを得なかった。
その間も、モンスターが次々に襲いかかる。大して問題にしていないとはいえ、戦えば戦う分だけ、疲労は蓄積していく。
三階を突破し、四階へ上がる。そこは開けた空間に、移動床が所狭しと敷き詰められていた。繋がりを見出すまでにかなりの時間が
かかり、それでも何とか二つのマジックキーを外し、五階へと上がる。
階段を上りきった瞬間、一行はモンスターの群れに取り囲まれた。
「うっ!?」
「やばい、罠か!?」
後ろからルオーテの声が響いた。しかし、問題児三人に止まる気配はない。
「だからなんだ?ここは敵の本拠地だ。そんなの、はなから予想のうちだ!」
「でも、これはまずいよ…!こんなところで、消耗するわけには…!」
しかし、敵が待ってくれるはずもない。モンスターは一斉に襲いかかってきた。
直後、そのうちの一匹が吹っ飛んだ。
「え…!?」
「お前ら、約束しただろ?危ないときはおいらが助けてやるって」
そこにいたのは、表の世界に残っていたはずのコッパとティラミスだった。
「みんなは先に行って。大丈夫、今なら負ける気しないから」
「ち、てめえに借りなんか作りたくねえが……先に進むぞ!」
「ティラミス、コッパ、ありがとう!君達も気を付けて!」
モンスターの群れを二人に任せ、一行はさらに先へと進んでいく。
六階を突破し、七階を駆け抜ける。そして八階へと上がるとき、一行は階段近くに魔法球があるのを見つけた。
「あら?こんなところに魔法球…?」
「む、なぜこんなものがあるんだ?俺達に、尻尾を巻いて帰れとでも言いたいのか?」
「うーん、意図はよくわからないけど……今の私達には、必要ないものだね。とにかく、先に進もう」
八階はほぼ全域がアンチスペルゾーンであり、さらに移動床が行く手を阻む。とはいえ、すぐに大回りすれば避けられることがわかり、
この階も問題なく突破できそうだった。だが、ふとエルフの足が止まる。
「ん、委員長。どうしたんだい、そんな所で。お腹でも痛くなったかい?」
「いえ……ただ、気になるんですの…」
「んぬー?何がー?」
「魔法球は、わたくし達を帰るべき場所へと帰してくれますわ。でも、それを使えるのは本当にわたくし達だけでして?」
その言葉に、他の仲間は首を傾げる。
「委員長、いきなりどうしたんですの?それより、早く進んだ方が…」
「……オリーブ、ジェラート、次の階へ上がるとき、あなた達はわたくし達の間に入ってもらいますわ。嫌な予感がするんですの」
言葉の端々から、彼女がかなりの不安を持っていることが分かる。実際、ここは敵の本拠地であり、いくら慎重になったところで、
それに過ぎるということはない。そのため、一行は九階へ上がる前に、オリーブとジェラートとルオーテを間に、それぞれ前方と後方とを
警戒しながら階段を上った。
階段を上がりきる。だが、特に妙なところはなかった。
「……特に、何もないねー。風紀委員長、ただの杞憂だったんじゃ…」
オリーブが言いかけた瞬間、突然周囲にモンスターが現れ、一行を取り囲んだ。
「きゃあぁ!?な、な、何!?いきなり何ぃ!?」
「くっ……なんだこいつら!?いきなり出て来やがったぞ!?」
「やっぱり…!」
後方の敵を睨みながら、エルフは後ろの仲間に声を掛ける。
「あの魔法球、あれはモンスターの移動手段ですわ!この先、わたくし達は上階に控えるモンスターと、魔法球を使って移動してくる
モンスターとを相手にしなければならないということですわ!」
「ちっ、うざってえ…!じゃあ何か、俺達はこの先、後ろから追われながら登らなきゃいけねえのか!?」
「とはいえ、わたくし達がそれぞれ所縁のある学園にしか戻れないように、移動に制限はあるはずですわ。それに、あれを使うのは
これ以下の階に住むモンスターに限られますわね。となれば、全力で走り抜ければ、追う方も限界があるはず…!」
「けっ!じゃあさっさと、こんな群れ突破するぞ!ここにいても、無駄に体力削られるだけだ!」
言いながら、ドワーフはゴーグルをかけた。そして、両手の斧を振りかざし、敵の群れへと突っ込んでいく。
「ふん、今とやることは、ほとんど変わらないというわけだ。なら、話は早い!」
「あ、二人ともずるいー!私も私も!私も殺すー!」
先頭の三人は、一気に群れの中へと突っ込んだ。それを援護しつつ、後ろの六人もそれに続く。
だが、少し歩いた瞬間、一行は突然別の場所に放り出された。しかも、そこにもモンスターの群れが待ち構えている。
「うお!?ワープゾーンがあるのか!?」
「しかもこれを見る限り、飛ばされる場所は一定みてえだな。けっ、小賢しい真似しやがって!」
一行は先頭の三人の突破力を利用し、強引にその階の探索を進めていく。やがて、マジックキーを解除し、ワープを利用して
閉じられていた扉の前に出ると、一気に階段へと向かった。
しかし、敵の数があまりに多い。待ち構えている敵はまだしも、それの相手をするうちに、後ろからの追手が追いついてしまうのだ。
背後からの不意打ちほど、危険なものはない。
それでも何とか階段の前まで到着したとき、再びエルフの足が止まった。
「おい、馬鹿妖精!何してやがる!?さっさと来やがれ!」
「……みんな、先に行ってよくってよ」
「え……な、何言い出すんだ委員長!?」
驚いてフェアリーが尋ねると、エルフは毅然とした態度で答えた。
「このままでは、体力を浪費させられるのは目に見えてますわ。だからわたくしは、ここに留まって追手の相手を務めますわ。
みんなはその間に、ダンテとパーネを…」
「おいおいおい、委員長正気か!?あの数見ただろ!?一人で相手できると思うのかい!?」
「セラフィムがいますわ。だから、心配は無用でしてよ」
「いや、僕が言いたいのはそういうことじゃ…!」
「……大丈夫、私が委員長と一緒に残るよ」
そう言ったのはセレスティアである。
「おい、副委員長まで……後衛二人が消えて、どうしろって言うんだよ!?」
「道具は、まだいっぱいあるよね?それで何とか、凌いでほしいな。大丈夫、君達ならやれるよ」
「おい、いつまでも話してんじゃねえ!こうしてる間にも、敵増えてんだろうが!」
ドワーフが叫ぶ。彼女の言葉通り、遠くから敵が近づいてくるのが見えていた。
「私達には、君達みたいな突破力はない。でも、生き残ることにかけては、ご存知の通りしぶといからね。それに、団体戦も得意だ。
だから君達は、気にせず先に行ってくれ!」
それでも、フェアリーは決心がつかなかった。しかし、状況は迷うことを許してくれない。
「……わかった、もう時間がない。委員長、副委員長……絶対に、死ぬなよ!」
「わかってますわ。あなた達こそ、気を付けて!」
「てめえに心配されることじゃねえよ!てめえらは自分の心配だけしてやがれ!」
最後にドワーフの声が響き、一行は階段を駆け上がっていった。
それを見送り、彼等の姿が見えなくなると、エルフとセレスティアは集まりつつある敵を睨みつける。
「副委員長……あなたまで残ることはなかったんですのよ?」
「言ったでしょ?委員長は、私が守る。君一人残すなんて、できっこないさ」
その言葉に、エルフは呆れたように笑った。
「もう、こんなときにそんなこと……でも、ありがとう」
モンスターの群れが襲いかかる。それをかわしながら、二人は叫んだ。
「委員長、いくよ!」
「副委員長、援護は頼みますわ!」
神の塔、九階。仲間に未来を託し、二人の死闘が始まった。
「委員長達、大丈夫かな……頼むから、ほんと無事でいてくれよ…!」
「うざってえなてめえは!そんなに心配なら、てめえも下に戻りやがれ!」
「そんなこと、できるもんか!委員長達の行動を無駄にしないためにも、さっさと決着をつけよう!」
モンスターはさらに強くなる。それでも、一行の突破力は群を抜いており、むしろ後衛の二人がいなくなったことで、その動きはより
身軽になっていた。十階は大した仕掛けもなく、楽に突破する。そのまま十一階に到達したとき、不意にオリーブの足が止まった。
「……やっと思い出した。私、あの子に一回会ってる…!」
「オリーブ、どうしたんですの?」
「ごめん、みんなは先に行ってて!すぐ追いつくから!」
そう言い残し、駆け戻ろうとするオリーブ。その肩を、フェアリーが素早く捕まえた。
「おっと、待って!走って戻るなんて自殺行為だ!だからこれ、渡しとく!」
フェアリーは懐から帰還札と転移札を取り出し、彼女に持たせる。
「ジェラートのとこに飛べば、絶対に戻れるから!何にしろ、気を付けて!」
「うん、ありがとう!」
帰還札を使うオリーブ。その直後、階段をモンスターが駆け上がってきた。
「あっははーぁ!またいっぱい来たよ!ね!またいっぱい殺せるね!んなーぅ!」
「っと、待て待て待て!そんなの相手にしてられないよ!……くそぉ、結局突破した階からは、追手が来るんだな…!」
十一階は、妙に開けた場所だった。天井が異常に高く、ともすれば屋外と間違えそうなほどに開放感のある場所である。
「なら、さっさと駆け上がるまでだ。止まってる暇はねえ!」
「やれやれ、君は……言うほど簡単じゃないのは、君もわかってるだろ?」
「じゃ、他に何か案でもあんのか、チビ妖精」
言われたところで、フェアリーは何も言えない。既に、先頭の三人は敵からの返り血で全身真っ赤に染まっている。ドワーフのゴーグルは
そのためにつけていたのかと、フェアリーは今更ながらに納得していた。
「案があったら、もう実行してる。簡単じゃなくたって、やるしかないか!」
「結局はそうだよな。じゃあ、行くぞ!」
敵はさらに強くなっている。おかげで殲滅に手間取り、その間に追手に絡まれ、それを処理していると新たなモンスターが現れる。
これでも、エルフとセレスティアのおかげで、だいぶ楽にはなっているはずなのだ。しかし、追手はますます増えるばかりである。
幸い、この階もさしたる仕掛けはなく、壁の反対側に階段が存在していた。
階段に飛びこむ一行。しかし、フェアリーは直前で足を止めた。
「んに!?フェアリー、どうしたの!?」
「……みんな、悪い。先行ってくれ」
「おいおいおい、てめえまで残るつもりか?それとも、今更あいつらの加勢にでも行く気かよ」
「いや、あの二人は大丈夫。僕はここで、新たな追手の足止めをする」
そんなフェアリーに、フェルパーが駆け寄った。
「ダメー!フェアリー、一緒に行こうよぉ!強いの、一緒に殺そうよー!」
「あー、悪いねフェルパー。でも、そうもいかない」
「じゃあ私も残るー!一緒に殺すー!」
「ダメだ!フェルパー……僕は、君達ほどの力は、ない」
わずかに声の調子を落とし、フェアリーは続ける。
「でも、僕は君達よりすばしっこいし、そもそもがレンジャーなんだ。元々、団体戦に向く奴じゃないのさ」
「でもぉ…!」
「それに、ここ。天井は高いし、柱はいっぱいだし、まさに僕のために作られた階だよ。ここなら僕は、どんな奴にだって負けやしない。
最悪の場合、さっさと逃げるのにも適してる。だからフェルパー、君は先に進んで、ダンテとパーネを頼む」
「……わかった」
小さな声で言うと、フェルパーはこっくりと頷いた。
「でも、フェアリー、絶対帰ってきてね!君殺すのは私なんだからね!他のに殺されちゃダメだよ!」
「ははは、君にだって殺されやしない。だから気にしないで、先に進むんだ!」
「……せいぜい、死なないで足止めをしてろよ。貴様が死ぬと、俺達がきつくなる」
「やれやれ……君も変わらないね。ま、魔が差して優しい言葉なんか掛けられたりしたら、鳥肌もんだけどさ」
「ほざいてろ、羽虫が。だが、貴様には負けっぱなしだ。雪辱ぐらい、果たさせろよ」
そして、四人は階段を駆け上がっていく。残ったフェアリーは周囲をぐるりと見渡した。
「さて……と。お楽しみの時間だな」
素早く飛び上がり、フェアリーはその姿を消した。あとには、そこに誰かがいたという気配すら、残ってはいなかった。
ややあって、階段前にモンスターの一団が現れる。モンスターは周囲を見回し、誰もいないことを確認すると、階段を上ろうとした。
シュン、と小さな風切り音が響いた。直後、そのモンスターに矢が突き刺さった。
悲鳴を上げ、暴れるモンスター。矢は容赦なく降り注ぎ、やがてモンスターが動きを止めると、上から声が響いた。
「その階段を通るのは、別に自由だよ。でも、ただで通してやる気はないなあ」
小さな羽音を響かせ、フェアリーが舞い降りる。その彼に、モンスターは身構えた。
「ここを通りたいなら、その命、置いてけよ。ついでに、お金もね」
おどけたように言うと、フェアリーは目にもとまらぬ速さで飛び去り、再び姿を消した。
「はははは。じゃあ通りたい奴はどうぞ。かくれんぼしたい奴も歓迎さ。でも、ちゃんと見つけられないと…」
どこからともなく響く声。モンスターの群れは階段前を離れ、その声の主を探し始めた。
「君達、死ぬぜ」
突然、矢が放たれる。それに貫かれ、一匹のモンスターが息絶えた。
「さあ、見つけてみろよ!見つけられるもんならね!この先には、行かせない!」
姿はなく、ただ声だけが響く。姿の見えない襲撃者に、モンスターは明らかに恐怖していた。
それを陰で見ながら、フェアリーはほくそ笑んだ。
「さて……あとは、どのタイミングで逃げるか、だな。早めに頼むぜ、みんな…!」
小さな声で呟くと、フェアリーは柱の陰から飛び出し、さらに一匹を射抜く。そして注意がそこに向く頃には、フェアリーは再び
どこへともなく姿を消していた。
十二階へ到達した一行。しかしそこに現れるモンスターは、これまでとは比較にならないほど強い。
竜王やティアマット、コスモサウルスなど、強力なドラゴンが当たり前のように現れ、一行を苦しめる。
「さすが、ここまで来ると敵も半端じゃねえな。おいバハムーン、邪魔すんなって言って来いよ。あいつらお前の親戚だろ?」
「お前は犬と話ができるのか?」
「あたしは犬じゃねえ。ま、ちょっと納得したけどよ」
「あははー!でもさ、強いから楽しいね!こんなに強いの、初めてだもんね!」
それでも、一行の足が止まることはない。残ったのが問題児のみであり、ジェラートは非常に居心地が悪そうだったが、だからといって
戻るわけにもいかないのが辛いところである。
「おっと、マジックキーが必要か……隣のこれじゃねえのか。また、戻れってことか?」
「……気は進まないが、そうするしかねえな。くそ、面倒な仕掛けを作りやがって…!」
戦力が落ちているため、止まることはなくとも、一行の進みは遅い。だが、ここを僅か四人で探索していること自体、普通では
考えられないことである。しかも、戦闘においては実質三人である。もはや彼等は、一人一人がドラゴンとも対等に渡り合えるほどの
実力を身につけていたのだ。
襲い来るドラゴンや悪魔を薙ぎ倒し、元来た道を戻ってマジックキーを解錠する。そして再び引き返し、モンスターの死体の山を
築きながらさらに進攻する。
「くそ、思った以上に時間食ったな。おいお前等、まだ戦えるんだろうな?」
ドワーフの言葉に、バハムーンとフェルパーはそれぞれの笑みを返す。
「俺を誰だと思ってる。こんな程度、肩慣らしみてえなもんだ」
「うん!まだ殺せるよ!いっぱい殺せるよ!んなーう!あはは!でもねでもね、おにぎり一個もらった!しゃけおにぎり!」
「ああそうかい、なら問題ねえな。さあ、次だ!」
疲労でほとんど口を開けないジェラートを無視し、一行は十三階へと進む。ここまで来ると、もう相当に余裕がないのか、明らかに
格下のモンスターが随所に待ち構えていた。
「へっ、いよいよ頂上が近いみたいだな。こんな雑魚どもまで駆り出されてるなんてよ」
「ふん、こんな奴等、足止めにもなりゃしねえのにな」
「んん〜、つまんないー。こんなの殺してもつまんないー。早く上行こうよー」
決着が近い。一行は決意を新たにすると、敵の群れへと突っ込んだ。
弱い敵とはいえ、その殲滅には多少なりとも時間を取られる。あまり時間を掛ければ、いつドラゴン達が襲いかかるとも限らない。
バハムーンがブレスを吐き、敵の群れに穴を開ける。そこにフェルパーとドワーフがなだれ込み、残った敵の相手をする間にバハムーンと
ジェラートが駆け抜ける。その強引な突破を繰り返し、マジックキーを解錠する。そして、いよいよ十四階へ続く階段が見えた。
「敵は次か、その次か……いずれにしろ、決着は近いはずだな」
「ああ……あの残った馬鹿どもがやられねえうちに、さっさと行くぞ!」
「そうだね!早く行こ!んなー!それにそれに、早く強いの殺したいもん!」
そして一行は、階段を駆け上がっていく。その胸に様々な思いと、仲間からの思い、そして仲間への思いを、密かに抱きながら。
神の塔、九階。それまで響いていた激しい戦闘の音は消え、代わりに荒い息遣いと、何かを引きずるような、小さな音が響いていた。
「はあっ……はあっ……委員長、頑張れ…!まだ、死なないでくれ…!」
地面に残る、二筋の血の跡。それを辿れば、その先には大量のモンスターの群れがおり、さらにその先に、ボロボロになった二人の姿が
あった。
「くっ……死ぬな、委員長…!」
エルフは両脚を、膝の上から切断されていた。そうでなくとも、既に全身傷だらけになっており、もはやほとんど意識もないのか、
セレスティアの腕の中でぐったりとしている。
そのセレスティアも、無事ではない。全身血塗れで、左足はあらぬ方向へ曲がり、右の翼は半ばから折れ、それでも何とかエルフを
抱きかかえ、後ろへと床を這いずっている。そうして這い進む度、エルフの両足の切断面から零れた血が、床に二筋の跡を残す。
そんな二人をいたぶるように、モンスターの群れはゆっくりと二人を追いかける。エルフの召喚獣は、既にことごとく打ち破られ、
二人にはもう、力などほとんど残っていない。
やがて、セレスティアの背中が壁にぶつかる。目の前には浮遊するマジックキーがあり、その先には向こうの壁も見えないほどの、
モンスターの大群がひしめいている。
動きが止まったのに気付いたのか、エルフが薄っすらと目を開けた。
「委員長、諦めなるな…!絶対に助け…!」
「……副委員長…」
言いかけたセレスティアに、エルフが言葉を重ねた。
「わたくしは……ううん……わたくし達は、助からない……そうでしょう…?」
ビクッと、セレスティアの体が震えた。そして、エルフを抱く力が、僅かに強まる。
「……私は、卑怯者だよ…」
セレスティアが、ぽつりと呟いた。その声には、自嘲が多分に混じっている。
「私は……君を守ると言っておきながら…!何よりも、君が大切だと言っておきながらっ…!」
声は震え、エルフを抱く腕にギュッと力が入る。そして、セレスティアは罪を告白するが如く、言った。
「この土壇場で……私は、君と世界とを秤にかけた…!」
ぽたりと、エルフの頬に冷たいものが落ちた。それは後から後から、エルフの頬に落ち続ける。
「情けない…!約束しておきながら…!好きな子一人守れず……君を逃がすことすら、できやしないっ…!私にせめて……彼等のような
力があれば……君一人だけでも、助けられたのに…」
初めて見る、セレスティアの涙。うつむき涙を流す彼に、エルフはそっと手を伸ばした。
「……ふふ…」
頬に優しく触れる、温かい手。その感触に、セレスティアは目を開けた。
「わたくし、やっぱり……あなたが、委員長になるべきだったと、思いますわ…」
「え…?」
戸惑う彼に、エルフは優しく微笑んだ。
「だって、あなたは……これほど追い詰められた状況で、私情ではなく、使命を選んだ…。立派ですわ、セレスティア……だから、
泣かないで…」
「……君の優しさが、辛いよ…!私は……君を、騙したのに…!」
「そんなこと言わないで……わたくし、本当にあなたのこと、誇りに思ってますのよ…。だから、泣かないで……ね…?」
エルフの目は、嘘など何一つ言っていなかった。セレスティアは彼女の体を、痛いほどに抱き締める。
「……ごめんよ、エルフ…」
「ううん、謝らないで…。あなたは、何も間違って、いませんわ……謝ることなんて、ありませんもの…」
「そうか……わかったよ、エルフ…」
セレスティアは涙を拭うと、残った左の翼でエルフの肩を抱いた。
「……ありがとう…」
そして、二人は顔をあげた。モンスターの群れは、もう間近に迫っている。だが、セレスティアは不敵な笑みを浮かべる。
「さて……ここまで時間をもらえて、助かったよ。君達、私がただ逃げてたとでも思うのかい?」
その言葉を理解できるモンスターは、ほとんどいない。それでも、セレスティアは続ける。
「こんな狭いところに、それだけひしめいて……ここには私達の逃げ場も、君達の逃げ場も……衝撃の逃げ場も、ない」
言葉を理解できる数少ないモンスターは、その言葉に悪寒が走った。だがその真意を理解する前に、二人は動いた。
「エルフ……最後、いけるかい?」
「ええ……もう、狙いは定まらないけれど…」
「撃てればいいんだ。どこに落ちようと、もう関係ないさ」
どちらからともなく、手を握り合う。直後、最後の気力を振り絞り、二人は同時に叫んだ。
「倍加魔法陣!!」
二人の周囲に、巨大な魔法陣が描かれる。間髪入れず、二人は魔法の詠唱を開始した。
モンスターの群れはパニックに陥っていた。言葉のわかるモンスターは、この先何が起こるか理解し、逃げようとする。だが言葉の
わからないモンスターは、二人を殺そうとする。お互いが邪魔をし、モンスターは近寄ることができない。全てはセレスティアの、
目論見通りとなった。
何とか仲間の間をすり抜け、数匹のモンスターが迫る。詠唱は、もう完成直前だった。
「エルフ」
「セレスティア」
お互いを呼び合い、二人は強く強く手を握る。
ナイトセイバーが剣を振りかざす。同時に詠唱が完成し、あとは放つだけとなる。
剣が振り下ろされる。だが、一瞬遅かった。
魔法を発動させる直前、二人は同時に口を開いた。
「愛してる」
二人を中心に、その階全てを消し飛ばすほどの、二発のビッグバムが放たれた。
その頃、十一階では変わらずフェアリーの戦いが続いていた。しかしモンスターは際限なく現れ、フェアリーはだいぶ息が上がっている。
「ちっ……そろそろ頃合いか…!?それに、今の衝撃……委員長、副委員長、頼むから無事でいてくれよ…!」
柱の陰から飛び出し、モンスターを射殺す。そのまま別の柱の陰に飛びこむと、新たな矢を番える。
だが、見つかった。もうこの階にはモンスターがひしめき、隠れる場所などほとんどなくなっていたのだ。
「くっ、見つかったか!こりゃ、いよいよ頃合いだな」
隠れることができなければ、フェアリーに勝機はない。ならば、残った手段は一つだけだ。
攻撃をかわしざま、柱の陰を飛び出して階段に向かう。素早さだけなら、誰にも引けを取ることはない。あっという間に上階への
階段の前に辿りつくと、しかしフェアリーは一瞬迷った。
―――逃げる、か……死ぬのが怖いから…。
だがすぐに、今はそれどころではないと思い直し、フェアリーは階段に飛び込もうとした。
直前、その前にモンスターの群れが立ち塞がった。
「うおっとぉ!?やばっ、塞がれたか!」
ならば階下に逃げようと、すぐさま方向転換し、その場を飛び去る。だが、辿りついてみれば、そちらも既に塞がれた後だった。
その意味を理解し、フェアリーは引きつった笑みを浮かべる。
「おいおい、冗談じゃないぜ…!くそ、魔が差したんだなぁ……あんなの、気にしなきゃ…」
そこで、フェアリーは懐に持っていた帰還札と転移札のことを思い出した。迫り来る敵を横目に、フェアリーは懐に手を突っ込んだ。
「……あぁ、そうだった…」
あるはずの物はなかった。それも当然で、彼はオリーブにそれを両方ともやってしまっていたのだ。
モンスターが迫る。首に振られた剣をかわし、突進してきた相手の頭上を飛び越えて避ける。そのついでとばかりに、フェアリーは
上から矢を放ち、コスモサウルスの脳天を射抜いた。
背中に斧が迫る。一瞬早く気付き、何とかそれはかわしたものの、そこにゴアデーモンの追撃が襲いかかる。
「どあぁ!?く……ぐうぅ…!」
避けることはできなかった。咄嗟に左腕をかざしたものの、そんな細腕で悪魔の攻撃を防ぎきることなど、出来はしない。
肘から反対に曲がった腕を見て、フェアリーは半ば放心したように呟いた。
「ああ、左腕が……もう、弓は使えない…」
レンジャーにとって、それは死に等しかった。そこに、ゴアデーモンが突進する。
直後、フェアリーは自分から相手に突進した。両者がぶつかりあった瞬間、ゴアデーモンの動きが止まった。
「……だからって、逃げるわけにはいかないんだよねえ」
ゴアデーモンがばたりと倒れる。フェアリーはその口に矢を咥え、相手の喉を貫いていた。
「もう、僕に逃げ場はない。かくれんぼも終わりだ。でも、ただで殺せると思うなよ。弓がなくったって、僕はそう簡単に
死にはしない!」
さらに右手で二本の矢を持ち、フェアリーは次のモンスターに襲いかかった。ドン・オークに咥えた矢を突き刺し、
後ろから襲いかかったハナサボテンに、逆手に握った矢を突き立てる。
矢を抜き様、順手に持った矢を振り払い、新たに襲いかかってきたゴアデーモンの目を潰す。敵の間を縦横無尽に飛び回り、次々に
攻撃を加えるフェアリー相手に、モンスターはなかなか狙いが付けられなかった。
その背中に、フレイムバードが襲いかかった。すぐに気付き、フェアリーはそれを引き剥がそうとするが、相手は思った以上に
速かった。空中での機動でまくことを諦め、フェアリーは振り向きざまに矢を投擲した。
それは狙い違わず、フレイムバードを貫いた。しかしその直前、相手はファイガンを詠唱していた。
「ぐぉあ!」
紅蓮の炎がフェアリーを包む。素早く地面に身を投げ、辛うじて火を消したものの、彼の薄い羽は大半が焼失してしまった。
それを好機と見たのか、モンスターが一斉に襲いかかる。しかし、フェアリーはニヤリと笑う。
「く……ふんっ、飛べなくなったから楽勝、って?なめるなあ!」
機敏な動作で手近な相手に跳びかかり、瞬く間に矢を突き立て、その体を踏み台に次の相手へ跳びかかる。その動きは、まるで忍者と
見紛うようなものだった。
とはいえ、もはやフェアリーは限界に来ていた。息は完全に上がり、床に降り立った彼の足は震えている。
その上、彼にとって最悪の事態が起こった。
「ん…?な、何…!?」
階下から、大量のモンスターが上がってきた。それは今まで、エルフとセレスティアが抑えていたはずのモンスター達だった。
「おいおいおいおいいいぃぃ!!!こりゃあ何の冗談だい!?い……委員長……副委員長…!二人とも……死んじゃったのか…!?」
その顔に、絶望の色が広がる。顔は青ざめ、足の震えは激しくなり、それは呼吸にも伝染する。
だが、唇が笑みの形に持ち上がる。青ざめた顔に狂気の笑顔を浮かべ、フェアリーは叫んだ。
「ふ……ふふ、はは、はっはっはーぁ!そうこなくっちゃ楽しくないぜ!さあ、二人の次は僕が相手だ!殺せるもんなら、
殺してみやがれぇ!」
―――これで…。
まるで疲労など消えてしまったかのように、フェアリーはモンスターの群れの中へ飛び込んだ。矢を投げ、突き刺し、同士討ちを誘い、
さらには蹴りや突きなどの体術までを駆使して暴れ回る。
―――これで、僕は…。
新たなフレイムバードが現れ、ファイアを唱える。フェアリーは咄嗟に顔を庇い、直後、右手に弓を持つと、口で矢を番え、
フレイムバードを射抜いた。しかし、一度に殺せる数には限りがある。フェアリーが一匹を仕留める間に、その何倍ものモンスターが
増えていく。
「さあ、まだまだこんなもんじゃ、僕は死なないぞ!次はどいつだぁ!」
―――君にふさわしい男に……なれたよな…?
血だらけになり、それでも獅子奮迅の活躍を見せるフェアリー。だがその姿は、モンスターの群れの中に消え始めていた。
―――なあ、フェルパー?
もはや手に負えないほどのモンスターの群れ。フェアリーの小さな体は、いつしかその大群の中へと呑み込まれ、見えなくなっていった。
十四階は、ただただ広い空間だった。中心には泉と魔法球とが設置され、モンスターの姿はない。
「ここは控え室みたいなもんか?モンスターもほとんどいやしねえ」
「だね!あの魔法球でさ!きっと持ち場に戻るんだね!便利だね!んにゃー!」
「この様子を見る限り、次で最後か?邪魔がいねえのも好都合だ、行くぞ!」
それでも、モンスターが全くいないわけではない。三人は天使のカフスを着けると、ディープゾーンの上を走り出した。が、ジェラートの
足が止まる。
「ちょ、ちょっと待って!あなた達は浮遊してるからいいかもしれないけど、わたくしは…!」
「……フェルパー、そいつ抱えて来い。あたしはごめんだ」
「んー?いいよー。じゃあジェラート、じっとしててね」
「え、ちょ、待っ…!」
ジェラートの意向を聞かず、フェルパーは彼女を脇に抱えると、既に先を走っている二人の後を追う。さすがにディープゾーンは
モンスターも来られず、一行はあっという間にその階を駆け抜け、十五階へと上がる。
そこは最上階だった。その中心には玉座が据えられ、そこにパーネが座っており、隣にはダンテが控えていた。
「!?お前ら…!」
一行に気付き、ダンテが声を出す。
「ダンテ先生……パーネ先生も…」
そう呟くジェラートに、パーネは冷やかな笑みを浮かべる。
「あらあら……懐かしい顔ですわね、皆さん。また会えて嬉しいわ。ダンテ、あなたの教え子達ですよ」
「……!」
そう言われると、ダンテはパーネを睨んだ。
「俺は、こいつらとは戦いたくない!」
「……良いのですか?そのようなことを言って。あなたの妹がどうなっても、責任は持てませんよ…?」
パーネの言葉に、ダンテの顔が歪む。
「くっ…!」
「この間もそう……わざと急所を外して、あえて辛い言葉をかけて……あなたは優しすぎるのです」
二人の会話を聞く限りでは、どうやらダンテは妹を人質にされているらしかった。それ故、パーネの言うことには逆らえないのだろう。
パーネは妹を脅迫材料に、一行を殺せとダンテに命令する。それを拒否することもできず、ダンテは剣を構えた。
「ダンテ先生…」
「すまない…」
そんなダンテに、三人は呆れた顔を向けた。
「……あんた、弱えなあ。妹を人質にされて、逆らえないけど悪にもなりきれません〜ってか?余計なもん背負うと、大変だなあ」
「んん〜、ちゃんと本気でこられるのー?強いのに手加減とか、楽しくないからねー?」
その時、バハムーンが二人を押さえ、前に立った。
「俺は、少なからずあんたを尊敬してる。初めて戦ったとき、あれほど完膚なきまでに叩きのめされた相手なんて、それまでいなかった。
だが……今のあんたには、負ける気がしない。ドワーフ、フェルパー、ここは俺に任せろ」
「ええー!?私も殺したいのにー!」
「まあ、ここは譲ってやれよ。あいつが本気なのも珍しい。それに、殺しちゃまずいって奴もいそうだしな」
「む〜…」
渋々、フェルパーは頷いた。それを見ると、バハムーンはゆっくりと剣を抜いた。
「……行くぜ、『先生』」
二人が同時に地を蹴り、一気に間合いを詰めた。
ダンテの剣が一閃する。咄嗟に反らした顔の数ミリ手前を、白刃が切り裂いていった。
今度はバハムーンが剣を振るう。脇腹を狙った剣は、ダンテにあっさりと防がれる。しかし、バハムーンは笑った。
「剣で受けて、これは何で防ぐんだ?」
左手の盾が、唸りをあげて襲いかかる。剣を受けて、身動きの取れないところへの一撃。それは狙い違わず、側頭部に直撃した。
「ぐっ!」
ダンテが膝をついた。倒れなかったのは、バハムーンが手加減をしたせいなのだろう。
「ハァッ……ハァッ…」
「もはやあんたには、教えてもらうこともないな」
荒い息をつくダンテを横目に、三人はパーネへと視線を移す。
「さあ、次は貴様だ」
「さって、ようやくあたし達の出番だな」
「んにゃーん!こっちは殺していいんだよね!?ね!?あっはははーぁ!楽しみー!」
「わかりました。それでは、私が直々にお相手をしてあげましょう。来なさい、私の可愛い生徒達!」
まるで三日月のような鎌を振りかざし、パーネが襲いかかった。
フェルパーの首めがけて、鎌が迫る。それをゴルゴンナイフで受け止めると、もう片方のデーモンナイフがくるりと回った。
「んなぉ!」
「くっ!」
腕にナイフが突き刺さる。続く攻撃を下がってかわすと、そこにバハムーンのブレスが襲いかかる。
咄嗟に翼を羽ばたき、何とかその威力を弱めるパーネ。だが、いつの間にか後ろにはドワーフが回りこんでいた。
「うらぁ!」
「ぐうっ!」
斧の直撃を受け、さすがにパーネは膝をついた。戦いは、それこそ一瞬で終わってしまった。
「そ、そんな馬鹿な…!」
「馬鹿はてめえだ。あたしらにかなうつもりかよ?」
嘲笑を浮かべるドワーフ。三人は止めを刺そうと、再び武器を構える。だが、パーネが顔をあげた。
「しかし……まだこれからです…」
「あん?」
「見せてあげましょう。神の力を――」
パーネは懐から三つの石を取り出した。それが何かはわからなかったが、どう考えても嫌な予感しかしない。
「させるな!ドワーフ、フェルパー、殺せ!」
「言われなくても、そのつもりだ!」
「私が殺すー!」
しかし、一瞬遅かった。三人の武器が届く前に、パーネは三つの石を体内に取り込んだ。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
次の瞬間、パーネの体が黒く輝いた。そして光が収まった時、一行は目を見張った。
「な……なんだこいつ…!?」
「おーっ!強そう!強そうだね!」
一対の悪魔のような羽根に、四対の黒い天使の翼。腕にかかった鎖は、背後の巨大な武器へと続いている。
「フフフフ……素晴らしい!想像以上の力です…!これが、石を備えた者に備わる神の力…!」
もはや原形も留めないパーネは、冷酷な笑みを浮かべて一行を見下ろした。
「さぁ、脆弱な虫達よ……来るがいい!」
圧倒的な力を感じ、一行は身構えた。それと同時に、足元から凄まじい衝撃が伝わった。
「おい、なんだ今の!?」
「まさか、あいつら……さっさとこいつを倒して、救出に向かうぞ!」
「んにぅ!殺すよ!あっははははーぁ!」
一行は同時に地を蹴った。バハムーンは剣を振りかざし、パーネの首を狙う。しかし、パーネはそれを容易くかわす。
かわした先に、ドワーフが待ち構える。両手の斧を同時に繰り出すが、パーネはそれを背後の武器で防いだ。
そこに、フェルパーが跳びかかった。だが彼女のナイフは、羽根を僅かに掠めたに過ぎなかった。
「ちぃっ、強えな…!」
「だねだね!でも、絶対殺すんだからー!」
「はははは!脆弱な虫達に、私が殺せるものか!」
「誰が虫だと?怪物の貴様に、言われる筋合いはない!」
パーネの武器が一閃する。危うくそれをかわしたものの、一行の目の前で石造りの床が爆ぜた。
「な、なんて威力だよおい!?こりゃ、食らったら危ねえな」
「次の攻撃の前に仕留めれば、そんな心配は無用だ!」
再び斬りかかろうとした瞬間、パーネの腕から槍のような雷光が放たれた。
「うおっ!?」
辛うじて身を投げ、それをかわす。直後、耳をつんざくような轟音が響いた。
「きゃあ!」
「ジェラート、てめえは下がってろ!ここはあたしらに任せとけ!」
言いながらジェラートを突き飛ばし、ドワーフは斧を振りかざす。右手の斧をパーネの頭に振るうが、あっさりとかわされる。
「かかったな、馬鹿が!」
間髪入れず、左手の斧を振り下ろす。到底避けきれる動きではなく、その一撃はパーネの体に直撃した。しかし、パーネは倒れない。
「なっ……化けもんが…!」
「じゃあこれは!?これはどう!?」
「いて!?」
ドワーフの体を無断で踏みつけ、フェルパーが跳躍する。まだ体勢の整っていないパーネの肩に、ナイフがぐさりと突き刺さる。
「そんなもの、効きはしない!」
「んにゃっ!?」
周囲に、ダイヤモンドダストが巻き起こった。だがフェルパーは、持ち前の俊敏さでそれをかわす。
「んにー!傷が治っちゃってるー!……あ、尻尾の毛が凍っちゃったー!」
「一気に叩かねえとダメってことか…!やれやれ、厄介な化けもんだ」
「これならどうだ!?」
バハムーンがブレスを吐きかける。巨大な炎は一瞬にして、パーネの体を包み込んだ。
その隙を逃すまいと、ドワーフが斬りかかった。だが、その瞬間。
「うわっ!?」
「調子に乗るな、虫め!」
パーネは怯んでいなかった。炎が消えると同時に、槍の付いた巨大な武器が襲いかかる。
ドッ!と鈍い音が響いた。
「え…?」
「う……嘘だろ…!?」
誰もが、目を疑った。目の前で巨大な槍が、ドワーフの体を貫いていた。
ずるりと、槍が引き抜かれる。それでも、ドワーフはなお立っていたが、やがて力尽きたように倒れた。
「ドワーフ!」
思わず、バハムーンが駆け寄る。そこにパーネが襲いかかろうとすると、横からフェルパーが切りかかった。
「まだ私がいるよ!んなーぅ!」
そちらに気を取られている間に、バハムーンはドワーフを抱き起こした。
「おいドワーフ!しっかり…!」
言いかけて、言葉が止まる。
ドワーフの左胸に、巨大な穴が空いていた。そこから助け起こした自身の腕が見え、バハムーンは言葉を失った。
「……く、そ……ミスっちまったぁ…!」
うっすらと目を開け、ドワーフが口を開く。
「喋るな!く……け、怪我は大したこと…!」
「がはっ!……は、は……笑わ、せんな…!これで、大、したこ、とねえ、なら……この世に、大怪我、なん、て、ねえ…!」
弱々しくも、ドワーフは笑う。その度に、口と傷口から血が溢れだす。そもそも、この怪我で僅かでも生きていること自体、奇跡だった。
消えかける生命を、彼女は驚異的な精神力で無理矢理繋ぎ止めているのだ。
「……あた、しは、もう……ダメだ…!」
「まだだ!すぐにあいつを倒し…!」
「残、念だけ、ど、よ……あいつ、は、死体をその、ままにす、るほど……甘く、ねえだろ…!ここまで、だな…」
もう死を覚悟しているのだろう。そんな彼女にかける言葉も知らず、バハムーンはただ彼女を見つめる。
「……なあ、バハムーン…」
「なんだ!?」
「もう、今しか言え、ねえ……だから、い、ま、言って、おく…」
再び、ドワーフは大量に吐血をする。それでも苦しげな呼吸の中で、ドワーフは口を開いた。
「あた、し……お前が、好きだ」
突然の言葉に、バハムーンの体は雷に打たれたかのように硬直した。
「お前、は、どうだか、知らねえけ、ど…」
ドワーフが、震える手を伸ばす。
「……あたしは……好き…」
少しずつ、ドワーフの目が閉じていく。もう、意識も消えかかっているのだろう。
かけるべき言葉が、浮かんでは消えていく。そのどれ一つとして声にならず、バハムーンはただ万感の思いを込めて、ドワーフの手を
力いっぱい握り返した。
ほとんど閉じかかっていたドワーフの目が、驚いたように開かれる。
バハムーンを見つめ、そして彼女は、満面の笑顔を浮かべた。その笑顔は天真爛漫で、彼女にとてもよく似合っていた。
不意に、ドワーフの手から力が抜けた。続いて笑顔が消え、ゆっくりと首が落ちる。
「ドワーフ…?」
もう、彼女は息をしていなかった。何の反応もなくなった彼女の体を、バハムーンは必死に揺さぶった。
「おい、ドワーフ!ふざけるな!起きろ!起きろよ!こんなところで死ぬんじゃ…!」
「んにゃー!バハムーン、危ない!」
悲鳴のようなフェルパーの声に、バハムーンは慌てて振り向いた。その視線の先では、パーネが巨大な武器を振りかざしていた。
余裕などなかった。バハムーンは咄嗟に身を投げ、急いで顔をあげた。
今まで自分のいた場所に、武器が振り下ろされていた。そこにはもう、何も残っていなかった。たった今まであった、ドワーフの体すら。
「……嘘だろ…」
呆然と、バハムーンが呟く。そんな彼をあざ笑うように、パーネが振り向く。
「フフフフ。さあ、次はあなた達の番です!」
その声を聞きながら、バハムーンは自身の左手を見つめる。そこには、彼女の体毛が数本、張り付いていた。
「……ドワーフ、約束する。俺はあいつを……必ず、この手で殺す」
直後、バハムーンは剣の刃を握りしめ、思い切り引いた。溢れる血が、瞬く間に刃を赤く染め上げる。
「祖先の血にかけて誓おう……お前の仇は、必ず討つ」
バハムーンは顔をあげた。その目は、まるで怒り狂うドラゴンの目のようだった。
「フェルパー……一度でいい、力を貸せ!」
彼の言葉を受け、フェルパーが隣に並ぶ。彼女の目も、今や獲物を見つめる獣のようだった。
「んにゃう!殺すんでしょ!?あいつ殺すんでしょ!?いいよ!手伝う!殺そう!絶対殺そう!」
「死になさい、虫達!」
パーネが突進する。二人は左右に跳び、横からフェルパーが跳びかかる。
武器の上を駆け上がり、パーネの顔にナイフを振るった。
それを翼で受ける。だが視界が塞がれた瞬間、フェルパーはその顔面に思い切り蹴りを放った。
「うっ!?」
思わずよろめく。さらにフェルパーは顔を狙って肘を叩き込み、膝で顎を打ち上げ、止めに顔面をナイフで切り裂いた。
悲鳴をあげ、パーネはフェルパーを振り落とす。そして彼女を潰そうとした瞬間、背中に凄まじい痛みが走った。
「なにぃぃぃぃっ!?」」
「敵が一人だと思ったか。これで終わりだ」
背中に突き立てた剣を、思い切り振り抜く。半身を切り裂かれ、パーネは悲鳴を上げた。同時に、その体が崩れ始める。
「馬鹿な……こんなはずが…!力を――力を取りこまなくては…!」
「ダンテ先生!」
その時、背後からオリーブと見知らぬ少女が現れた。それを見た瞬間、ダンテの表情が変わる。
「ミラノ…!」
その時、パーネの体からダンテ目掛け、無数の触手が伸びていった。
「っ!お兄ちゃん、危ない!」
「ダンテ、私の力になりなさい!!」
「くっ!……っ!!!」
パーネの触手は、ダンテを庇ったミラノの体を捕えていた。
「おに……い…」
パーネの触手がミラノの体を吸収していく。
「やめろぉぉぉぉぉぉっ!!」
一声叫ぶと、ダンテはパーネに斬りかかった。だがそれもむなしく、ダンテの体は剣ごとパーネに吸収されていった。
「ダンテ先生!!」
「アハハハハハハッ!!私は神!全ての世界を滅ぼし、新世界の神となる!」
その言葉と共に、無数の触手が飛び出し、その場にいた全員の体に絡みついた。
「ふぎゃー!?エッチー!変なところ触んないでー!」
「ちぃっ……あと一撃……叩き込めれば…!」
全身に絡みつかれ、もはや抵抗はできない。死を覚悟した瞬間、パーネに異変が起こった。
「ぐ……ぐああああああっ!!」
急に、絡みついていた触手の力が緩んだ。
「ダンテ……あなた…!!」
パーネの体に、ダンテの顔が浮かび上がった。
「ミラノ…」
直後、パーネの体から吸収されたはずのミラノの体が吐き出された。
「お前ら、今だ!俺達を斬れ!」
ダンテが叫ぶが、オリーブは首を振る。
「そ、そんなこと、できません!」
「馬鹿野郎っ!!いいから……やるんだ……頼む…!」
それでも、やはりオリーブは動けない。その時、バハムーンとフェルパーが動いた。
「どうせ、貴様にはできねえだろう。どけ、邪魔だ」
「バハムーン!私、先行くよ!」
フェルパーが走った。そしてパーネの顔に頭から飛び込むと、顎を掴んでそこを支点にぐるりと回転し、ぶら下がる。一見すれば、
そのまま締め殺そうとしているようにも見える。だがその両手には、鈍く光るナイフが握られていた。
「楽しかったよ、強かったから。でもね、もうそんなのどうでもいい。お前、ドワーフ殺した」
フェルパーは両手に、ぐっと力を込めた。
「死ね」
言い放つと、勢いを付けて首を切り裂く。そこへさらに、バハムーンが迫る。
「神だと…?笑わせる。貴様は神でも何でもない、ただの化け物だ」
剣を構え直し、バハムーンは冷酷な笑みを浮かべた。
「『あの世』で、ドワーフが待ってるぜ」
すれ違いざま、バハムーンは思い切り剣を振った。
「ダンテ先生ー!」
悲鳴のようなオリーブの声。それに構わず、全力で剣を振り抜く。
「あああああああっ!!」
バハムーンの剣は、その体を真っ二つに断ち切っていた。そして、パーネの体が再び崩れ始める。
「いやっ……いやだっ…!私は……神の力で…」
その言葉を最後に、パーネの体は光の粒子となり、霧散した。
「ダンテ先生…」
ぽつりと、オリーブが呟く。それを背中に聞きながら、バハムーンは剣を収め、左手を見つめた。
「ドワーフ……誓いは、果たしたぞ…」
血に塗れ、辛うじて付着していたドワーフの毛も、もはや落ちていた。
戦いは終わった。だが、失ったものがあまりに大きすぎた。
誰も、動く気力などなかった。だがそこで、フェルパーが叫んだ。
「バハムーンバハムーン!みんな、助けに行こうよ!まだ戦ってる!早く助けなきゃ!」
「っ!?そうか、そうだったな。フェルパー、急…!」
そこまで言った瞬間、階段から無数のモンスターが上がってきた。
「きゃあ!?こ、こんなにいっぱい…!」
途端に、フェルパーの動きが止まった。
「……うそ……うそだよ……こんなの、こんなの嘘だよぉ!!!」
叫ぶと同時に、フェルパーは階段へ走りだそうとした。バハムーンは慌ててその体を掴む。
「フェルパー、待て!」
「放して!!放してよお!!フェアリー、約束したぁ!!絶対死なないって約束したぁー!!!」
その言葉が、バハムーンの胸に突き刺さる。
「もう……諦めろ!!あいつらはもう、手遅れだ!お前まで死ぬ気か!?」
「放して!!放してよぉ!!放せぇー!!」
「ぐあっ!」
フェルパーはバハムーンの腕に、思い切り噛みついた。その鋭い牙は容易く骨まで達し、あまりの痛みにバハムーンは手を放しかけた。
だが、再び強く掴む。もう誰も、失いたくはなかった。
「オリーブ!ジェラート!帰還札ぐらい持ってるだろう!?さっさと逃げるぞ!!」
「わ、わかりましたわ!あ、オリーブ!ミラノを頼みますわ!」
どんどんモンスターは増えていく。一行は既に、最上階の隅まで追い詰められていた。
「放して!!放してぇー!!フェアリー!!フェアリぃーーー!!!」
「ぐああぁぁ……は、早くしろおおぉぉ!!!!」
「わかってますわ!いきますわよ!!」
ジェラートが帰還札を使う。直後、一行の姿はたちまち光に包まれ、消えていった。
死亡者数、52名。うち、ロスト22名。
多数の犠牲者を出した戦争も、ようやく終結した。なお、この戦いにおいて風紀委員長、副委員長、共にロスト。
至急、代わりの者を立てる必要があるだろう。