裏世界の戦争も終結し、世界には平和が訪れた。  
しかし、彼等の失ったものは大きい。今の二人には、ユーノやニーナの労いの言葉や、多くの者の感謝の言葉など、何の意味も  
持たなかった。  
ユーノへの報告や、ミラノの今後の処遇など、そういったものは全てオリーブやジェラートに丸投げし、二人は元の世界へと帰ってきた。  
そして、数日が経過した。バハムーンは寮を出ると、ただ一人で初めの森へと向かった。  
しばらく歩き、やがていつもみんなと過ごした場所へ出る。そこに、一人の生徒が座っているのが見えた。  
「……フェルパー、まだいるのか」  
「………」  
返事はない。バハムーンは彼女の後ろに来ると、足元に視線を落とした。そこには、腐ったおにぎりが落ちている。  
「……また食ってないのか。いい加減、おにぎりの一つぐらい食ってくれないか」  
言いながら、バハムーンは腐ったおにぎりを捨て、新しいおにぎりを置いた。だが、やはりフェルパーは動かない。  
彼女の前には、言われなければわからないような墓があった。やや大きめの石を並べてあるだけの、何とも粗末な墓が四つ、並んでいる。  
「あいつらはもう……帰ってこない。あいつらはロストしたんだ。いい加減、受け入れろ」  
その言葉に、フェルパーの耳がピクリと動く。そして、彼女はゆっくりと振り返った。  
僅か数日で、見る影もなく痩せ衰えている。その目に光はなく、顔には悲しみの表情が張り付いている。  
「……やくそく、したぁ…!フェアリーは、かえってくるもん…!」  
「………」  
今度はバハムーンが黙る番だった。うつむき目を瞑り、バハムーンは大きく息をつく。  
「……俺だって、そう信じたい…。だが、もうエルフも、セレスティアも、フェアリーもドワーフも……死んだんだ…」  
フェルパーは何も答えず、再び墓の方へ向き直った。もうかける言葉もなく、バハムーンも踵を返す。  
「だから…」  
振り向かずに、バハムーンは言った。  
「俺はこれ以上、仲間を失いたくない。その気持ちは、お前もわかるだろ…?」  
「………」  
返事はなかった。歩き出そうとした背中に、フェルパーの声が突き刺さる。  
「みんな……いっしょがいいよぉ…!いっしょじゃなきゃ……いやなのぉ…!」  
バハムーンはきつく唇を噛み締める。そして今度こそ、学園へと歩き出した。  
学園での二人の扱いは、大半が無視だった。というよりは、そうせざるを得ないのだ。元々が稀代の問題児であり、仲間を失った彼は  
異常にピリピリしている。しかも、もうそれを止める風紀委員はいない。それゆえ、極力誰も関わらないようにしようというのが、  
学園での暗黙の了解だった。  
 
とはいえ、中には少なからず同情を寄せる者や、世界を救ったという二人に尊敬の念を抱く者もいる。  
「あ、あの…」  
バハムーンの背中に、小さな声がかかった。その声の主は、小さなクラッズの女子生徒だった。  
「えっと……う、裏世界の戦争で、生き残った人ですよね!?私、その、そ、尊敬してます!」  
生き残った、という言葉が癇に障った。バハムーンは振り向きざま、彼女の顔を思い切り殴りつけた。  
「きゃあっ!?」  
吹っ飛ぶクラッズ。近くにいたノームの男子が、慌てて彼女に駆け寄る。  
「ど……どうしてぇ…!?う、うわあーん!!」  
訳も分からず殴られ、クラッズは大きな声で泣き出した。そんな彼女にヒールを唱えながら、ノームはバハムーンを睨みつける。  
「なんてことをするんですか。彼女は、ただあなたを尊敬していると言っただけじゃないですか」  
「………」  
バハムーンは何も答えず、踵を返し、寮へと帰って行った。  
彼はもはや、入学当初以上の厄介者となっていた。このような暴力事件は毎日であり、しかしもう教師ですら、彼を止めることは  
できない。戦争を生き延び、ダンテやパーネにすら勝利する彼に対抗できる者など、この世界には存在しなかったのだ。  
当然、彼を危険視する者は多い。だが、止められるような力を持っているわけでもない。それ故に、結局彼は、そのまま野放しに  
されているのが現状だった。  
誰とも話さぬまま、一日が過ぎていく。翌朝、バハムーンは再び、初めの森へと足を運んだ。  
フェルパーは、まだ座っている。おにぎりにはやはり、手を付けていない。  
「……おい、フェルパー。一つぐらいは食えって言っただろう」  
彼女は答えない。  
「フェルパー、返事ぐらいし…」  
肩に手を掛けた瞬間、フェルパーの体がぐらりと傾いた。そして、彼女はそのまま地面に倒れた。  
「……フェルパー…?」  
一瞬、何が起こったか理解できなかった。恐る恐る彼女の首に手を当ててみても、もはや鼓動は感じられなかった。  
直後、バハムーンは彼女の体を抱き上げていた。しかし、半歩踏み出しただけで、その足が止まる。  
腕の中の、あまりにも軽いフェルパーの体を見つめる。  
彼女は、自分の意思でこうなったのだ。ならば、今更生き返らせたところで、再び同じ目に遭うのは目に見えている。それはつまり、  
フェルパーを余計に苦しめるだけに過ぎないのだ。  
「……馬鹿野郎……あの世に行けば、一緒になれるとでも思ったのか…!」  
もはや物言わぬフェルパーに言うと、バハムーンはゆっくりと彼女の体を下ろした。そして、四つ並んだ墓の近くを手で掘り返し始める。  
 
フェルパーの体がすっかり見えなくなった時、辺りはもう薄暗くなっていた。そこに新たな石を置き、バハムーンは立ち上がる。  
「この墓に入ったのは……お前だけだな。あいつらは、別の世界で死んだ……それでも、墓が同じなら、一緒なのか?」  
ゆっくりと、墓に背を向ける。そして、ポツリと呟く。  
「一人、か……入学した頃に、戻っただけだ」  
歩き出そうとして、バハムーンは再び呟く。  
「なのに……懐かしくもねえ…」  
重い足取りで、バハムーンは学園へと歩き出した。  
学食で夕食を取り、寮へと帰る。その途中、行く手を数人の生徒が遮った。  
「ちょっといいかい。最近、君の行動は目に余る。何もしてないのに殴られたって生徒が、あまりに多い」  
そう話しかけるエルフには見覚えがあった。入学直後、ドワーフと喧嘩をした相手であり、同じイノベーターと呼ばれた同期である。  
「君が荒れてるのは、僕達もわかってるつもりだよ。だけど、それにしたって限度がある」  
そのノームにも、見覚えがあった。彼もやはりイノベーターであり、入学後すぐに錬金術師に転科したことで有名だった。  
よく見れば、後ろに控えるディアボロスの女子生徒もイノベーターであり、他の三人はイノベーターではないものの、ここ最近よく  
活躍を聞く生徒である。  
「……邪魔だ、どけ」  
そっけなく言うと、バハムーンは歩き出そうとした。その周囲を、六人が取り囲む。  
「君のせいで、みんな迷惑してるんだよ。機嫌悪いのは勝手だけど、少しは周りのことも考えたらどうなんだい?」  
「改める気がないというなら、僕達にも考えがある」  
「喧嘩を売ってるなら、買うぞ」  
「ノーム、待ってくれ。好き好んで喧嘩したいわけじゃない。……だから、誰彼構わず暴力振るうのをやめろって…」  
「何をしようと俺の勝手だ。貴様如きが意見するな」  
フェルパーの件もあり、バハムーンはひどくイラついていた。だが、彼等にそんなことが分かるはずもなく、エルフは苛立たしげに  
溜め息をついた。  
「は〜ぁ……まったく、なんで君が生き残ったんだか…!風紀委員の人達はみんな死んでしまって、残ったのが君とあの殺人鬼。  
ドワーフは死んでくれたって言うのにさ…」  
その一言は、バハムーンの逆鱗に触れるのに十分だった。元々、彼はバハムーンを怒らせるために、あえてそう発言したのだが、  
誤算だったのは彼の力が、予想を遥かに上回っていたことだった。  
 
バハムーンの腕が、エルフの顔を捕えた。  
「ぐっ…!?が、ああぁぁ…!!」  
「エルフ!?」  
「なんて言った、貴様…!?その口、二度と利けなくしてやる!」  
片手で顔を掴んだまま、バハムーンはエルフを持ち上げた。凄まじい痛みに、エルフは何とか彼の手から逃れようともがくが、  
力の差は歴然としていた。  
もう片方の手が、彼の口に伸びる。バハムーンは無理矢理指を突っ込むと、下顎をがっちりと掴み、そして思い切り引き裂いた。  
「がはぁっ!!」  
「うわああぁぁ!!エルフー!!」  
周囲の生徒が悲鳴を上げる。そして、彼の仲間が一斉に襲いかかってきた。  
ノームがダクネスを唱え、ディアボロスがシャインを唱える。それに構わず、手近なノームを捕まえると、その体を頭上に持ち上げ、  
地面に叩きつける。後ろから蹴りかかったヒューマンの鼻を叩き折り、とうとう刀を抜いたフェルパーの攻撃をかわし、腕をへし折る。  
「お前っ……ヒューマンは女だぞ!」  
「だからなんだ!?同情でもしろと!?貴様等にかける同情などない!」  
残るは、魔法使いのディアボロスと剣士のセレスティアである。二人は一瞬躊躇い、しかしやはり攻撃を仕掛けた。  
セレスティアの剣を容易く止め、その体を掴む。そして詠唱を始めていたディアボロス目掛け、思い切り投げつけた。  
一瞬で、イノベーター三人を含むパーティが壊滅した。動く相手がいなくなったのを確認すると、バハムーンは再び寮へと歩き出す。  
後ろでは、聖術を習った生徒が懸命の治療に当たり、何人かは保健室へと走る。その中の誰一人として、バハムーンに注意を払う者は  
いなかった。誰にも知られぬ悲しみを抱えたまま、バハムーンはただ一人、寮へと帰って行った。  
 
翌日、クロスティーニはその事件の話で持ちきりだった。当然の如く、エルフがバハムーンに暴言を吐いたことは無視され、  
彼の顎を引きちぎり、女にも構わず手をあげたバハムーンの凶暴性だけが語られている。  
そんな校舎の、一つの教室の中。六人の生徒が、話をしていた。  
「聞いただろ?昨日の話。あんなの、もう放っておけねえだろ」  
「でもねえ……だからって、できることなんてないよ。僕達だって、最初あいつに全員で負けたじゃない」  
クラッズの言葉に、ヒューマンは溜め息をつく。  
「まあ、な……けど、だからって見て見ぬふりか?」  
「そ、そうは言ってないけど…」  
「そう言うからには、あなたには何か考えがあるのですか。まさか、退学に追い込むなどと言うのではないでしょうね」  
ノームが言うと、ヒューマンは苦笑いを浮かべた。  
「いやあ、そりゃあ無理だろ。お前が風紀委員長にでもなってたならともかくさ。にしても、なんでその話蹴ったんだ?」  
「……規則は、厳正中立であるべき。そうなれない私は、長たる資格はありませんから」  
「固い奴だな……まあいいけどさ。で……考えは、ないわけじゃない。でも、大きな声で言えることじゃない。だから、皆の意見を…」  
「私は」  
言いかけた彼の言葉を、バハムーンが遮った。  
「聞くつもりはない」  
「おい、バハムーン…!」  
「私とて、あいつはこの学園からいなくなるべきだと思う。だが、お前の考えを聞けば……それが、私の予想通りならば……私は、  
それに反対しなければならなくなる。だから、私は聞かない。もっとも……この私が反対するというのも、おかしな話だがな」  
背中を向けたまま言うバハムーンに、ヒューマンは溜め息をついた。  
「……そうか、わかった。他のみんなは…」  
「僕も聞かないよ。何だか知らないけどさ」  
「私も、遠慮しておきます。風紀を乱すような行為であれば、私はあなたを止める義務がありますから」  
つまり、この三人は賛成ということだった。  
「ねえねえ、ヒュマ。私は昨日聞いたけど…」  
「ああ、君はいいよフェアリー。ディアボロス、君は?」  
「……あいつを排除できるなら、何をしようと構わないと思う。俺は聞こう」  
これで、全員の賛成を取り付けたことになる。ヒューマンは仲間の顔を見回し、頭を下げた。  
「みんな……ありがとう」  
「でも……ヒュマ、いいの?私が、代わりにやってもいいよ?」  
「ありがとな。でも、いい。これは、お前に背負わせるべきことじゃないさ」  
フェアリーの頭を撫で、ヒューマンは優しく言う。  
「……じゃあ、ディアボロス。一応、君には聞いてもらおう。あいつ、最近初めの森によく行くだろ?」  
小声で話し出すヒューマン。口調こそ落ち着いていたものの、その顔には罪を背負う覚悟が、はっきりと浮かんでいた。  
 
それから、さらに数日が経過した。バハムーンは未だ、初めの森に通い続けていた。  
もはや、フェルパーがいるわけでもない。仲間が待っているわけでもない。それでも、自然と向かう足を止めることはできなかった。  
―――俺は、何をやってるんだろうな。  
そんな自分自身をおかしく思い、バハムーンは自問する。そこに行くことに、もはや何の意味もないはずなのだ。  
しかし墓の前に行くと、不思議と心が落ち着いた。怒りも、悲しみも、そこにいるときだけは、なぜか消えてくれるのだ。  
―――俺自身、気持ちの整理がついてないのか……自分では、認めたつもりだったんだがな。  
彼としても、このままではいけないという自覚はある。探索に出かけるわけでもなく、新たなパーティを探すでもなく、日々だらだらと  
過ごし、ただここに通い詰めているだけでは、もはや学園にいる意味はない。  
退学するか、あるいは再び冒険に出るか。今、学園では新たに出現した迷宮が話題になっている。近々、そこの探索が課題として  
出されることは明白だった。自分を受け入れるパーティがあるかどうかは分からないが、少なくとも自分のような性格の者であれば、  
あるいは自分を尊敬していると言ったクラッズのような者であれば、受け入れてくれるかもしれない。  
だが、風紀委員の三人や、フェルパーとドワーフ以外の仲間を作ることにも、少なからず抵抗がある。このまま彼等との思い出を胸に、  
学園を去るということも、悪くない選択肢に思えた。  
そう考えると、やはり気持ちの整理ができていないのだろう。怒りや悲しみに染まった心で、まともな判断ができるはずもない。  
であれば、こうして墓に通うのも、悪いことではないように思えた。事実、こうして毎日通うことで、僅かずつではあっても、気持ちの  
整理がつき始めている。もう少しだけこれを続けていれば、何かしらの答えが出るような気がして、バハムーンの足取りはほんの少し  
軽くなった。  
―――もう少しだけ……こうしていても、いいよな。  
甘えだとは分かっていた。しかし、こうしていなければ、悲しみに潰されてしまいそうだった。  
そして、物思いに沈む彼は気づかなかった。木陰に潜み、自身を狙う存在があることを。  
「ヒュマ……ほんとに平気?ちゃんと逃げられるよね?」  
「大丈夫だってフェアリー。絶対に外さないし……戦うわけじゃない」  
クロスボウを構え、狙いを付けるヒューマン。引き金を引けば、矢は狙い違わず狙った場所へ到達する。威力の高い弓よりも、彼はこの  
確実性を選んだ。  
狙いを定め、引き金を絞る。バハムーンはまだ気づいていない。  
手に汗が浮かぶ。ヒューマンは大きく息を吐き、指に力を込めた。  
「ん…?」  
バハムーンが顔をあげる。直後、引き金が引かれた。  
風を切る音。そして、鈍い音。  
バハムーンの脇腹に、一本の矢が突き刺さっていた。  
 
どんなに鍛えた冒険者だろうと、あるいはどんな新入生だろうと、毒は等しく死をもたらす。  
バハムーンにとって不運だったのは、使われたのが威力の低いクロスボウであったこと。自身の鍛え上げられた筋肉が、矢の貫通を  
許さなかったこと。そして、使われた矢に毒が塗りこまれていたことだった。抵抗力というものをほとんど持たないバハムーンが、  
毒矢を体内に留めれば、その行く末など決まっている。しかも彼は、探索の用意など何もしていなかった。  
「ハッ……ハッ……うぐっ…!げほ!」  
咳と共に、血が地面に零れる。それでも、バハムーンは足を止めない。  
「ぐっ……がふ…!ハッ……ハァ…!」  
殺そうと思えば、バハムーンは襲撃者を殺すこともできた。だが、彼はそれをしなかった。  
背中を見せるヒューマンとフェアリーにブレスを吐こうとし、結局はやめてしまった。それがどうしてなのか、自分でもわからない。  
仲間の墓は、もうあと数歩というところまで来ている。なのに、そこまでがひどく遠い。  
―――エルフ……お前はいつも、ドワーフと喧嘩していたな…。  
ようやく一歩を踏み出した瞬間、景色が歪み、地面が波打つ。  
―――厳正中立と言いながら……お前自身、それが出来ていなかった…。だが、だからこそ、嫌な感じがしなかった…。  
胃からこみ上げるものを感じ、バハムーンは思い切り嘔吐した。  
大量の血が、地面に撒き散らされる。それでもバハムーンは、再び一歩を踏み出した。  
―――それに比べ、セレスティア。お前は誰に対しても、公平だった…。  
息が苦しい。呼吸しているのに、それが肺に入っている気がしない。景色が点滅し、太陽はぼんやりとした光の玉になる。  
―――だからこそ、お前にはみんな従った……お前は本当に、パーティの要だったな…。  
一歩を踏み出す。途端に地面がなくなった。  
何が起こったのか理解できなかった。気付けば、バハムーンは地面に倒れ、強打した鼻から血が噴き出していた。  
平衡感覚がない。上がどこか、前がどこかもわからない。それでも顔を上げると、いくつかの石が並んでいるのが見えた。  
―――俺はなぜ、こんなことをしてるんだ……魔が差した、か?フェアリー…。  
足の感覚がない。手を伸ばす。前がどこかがわからなくても、伸ばせば前に進めるはずだった。  
―――結局、お前には勝てないままだった…。  
「勝ち逃げ……とは、卑怯、な奴……だ…」  
いつの間にか、思ったことが声に出ていた。しかしバハムーンは、それにすら気付かない。  
草を掴み、体を引きずる。石がほんの少し、近づいた。  
「フェ、ル……パー、おま、え、も、勝手……だ…」  
口の中に血が溢れ、吐き出す。泡立った鮮血が、土に染み込んでいく。  
「自分、さえ……よければ、いいと……わ、かって、いた……つも、り、だったが、な……お前、と、あ、いつ、は、お似合い、だ…」  
体の感覚がない。もう手を伸ばすこともできない。しかし、墓は目の前にある。  
残った気力を振り絞り、バハムーンは手を伸ばす。  
「……ドワーフ…」  
届かない。指先には何の感触も残らず、もう体を動かすこともできない。  
顔を地面に擦りつけ、残った力をかき集めて首を動かす。  
僅かに体が動き、指先に何かが触れた。その感触に、バハムーンは全身の力が抜けた。  
「俺も……お前、が…」  
―――いや…。  
口に出しかけ、しかし直前で留める。  
―――お前は、俺に直接想いを伝えた。こんなところで何を言おうと、誰にも届かない。だからこの言葉は、墓場まで持っていく。  
呼吸をする体力もない。しかし、もはやそれを苦しいとも思わなくなっていた。  
胃や肺からは血が溢れ続け、口からとめどなく流れ出ていく。それに従い、体も冷たく、動かなくなっていく。  
―――今は……俺も、あの世を信じる。必ず、お前に言おう。会って、必……ず……おま……え…………に………………  
どこか満足げな表情で、バハムーンは目を閉じた。そしてもう、二度と彼が動くことはなかった。  
 
「えっ?あの人も死んじゃったの?そうなんだ、ふーん……でも、さ。正直、ちょっとホッとしてるかな。だってさ、あの人って  
すごく怖かったし、乱暴だったしねー。むしろよかったんじゃないかな……なんてね。あっ!でも私がこんなこと言ってたなんて  
内緒だよ!?それじゃ、君達あの迷宮行くんだよね?受け付け、するよ!」  
彼女の言葉を、責める者はいない。その言葉は、学園にいる者の本心を代弁したにすぎないからだ。  
初めの森で力尽きていたバハムーンは、明らかに人の手によるものだった。しかし、その犯人が探されるようなことはなかった。  
むしろ、生徒達はその誰とも知らぬ殺害者に、称賛の声すら送った。  
やがて、新たな迷宮を攻略するパーティが現れた。ヒューマンとフェアリーにバハムーン、ディアボロスにクラッズなど、本来は  
極めて相性の悪い者達でありながら、誰よりも仲がいいと噂されるパーティ。また、彼等は裏世界の戦争に参加した経験もあり、  
それでも全員が生還していた。何より、彼等は善の心を持つ者が多く、とても人当たりのいい者達だった。  
いつしか、彼等は英雄と呼ばれていた。同期にはイノベーターが数多くいたが、その一人も彼等のパーティには属していない。  
それでもなお、学園随一の実力者となった彼等は、才能がそのまま結果に繋がるものではないと、多くの生徒に希望を与えた。  
三つの迷宮を攻略し、裏世界の戦争に参加したパーティは、やがて裏世界を救ったパーティとされ、間もなく英雄と呼ばれた、  
唯一無二のパーティとなっていった。  
以前に英雄と呼ばれた生徒達のことは、いつしか忘れられ始めていた。その呼び名の、より似合う者達が現れたことを考えれば、  
それも当然なのだろう。  
彼等は、まさに流れ星のようだった。  
突然現れ、その稀代の力を必要とされたときに強く輝き、走り抜け、そして役目を終えると同時に、消えていった。  
彼等を記憶に留めるのは、彼等に直接触れる機会のあった者達だけであり、しかしそれすらも、今は消え始めている。  
今、彼等の痕跡を伝える物は、初めの森に残る五つの墓だけである。しかしそれも、風雨に晒され、長い時間の経つうち、他の景色と  
見分けがつかなくなっていった。  
かつて類い稀な力を持ち、英雄と呼ばれた生徒達。役目を終えた今、もはや彼等の居場所は、どこにも残ってはいなかった。  
 
死亡者数、7名。うち、ロスト−1名。  
強力なモンスターの生息する迷宮の探索を行い、これだけの死者で済んだのは奇跡である。  
また、神との戦いに勝利したことにより、ルオーテ、校長、ダンテが復活。  
今月は奇跡の連続であり、これといった事件もなく、まさに平和そのものの月だった。  
 

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