死亡者数、11名。うち、ロスト3名。  
この月は死亡者数、ロスト人数ともに少なく、とても平和な月だった。  
 
新入生の訪れる季節。毎年のことながら、この時期は新入生のことが話題となる。この年は、新入生の当たり年だともっぱらの噂だった。  
それというのも、イノベーター、あるいは特待生と呼ばれる生徒が、一挙に七人も入学したのだ。年に一人いるかいないかという逸材が、  
これほど大量に来ることは珍しく、在学者にしろ教師陣にしろ、彼等にはそれなりの期待というものがあった。  
だが程なく、彼等は再び違う話題で盛り上がることとなる。  
必ず数人はいる、極端に素行の悪い生徒。もちろん、度が過ぎれば学校側としても何らかの処置は下し、そもそもが血の気の多い生徒の  
多い学校である。新入生が粋がったところで、先輩連中の痛烈な洗礼を浴びるのが常である。しかし、この時ばかりは勝手が違った。  
その、才能溢れるイノベーターと呼ばれる生徒のうち、三人が恐ろしいほどの問題児だったのだ。  
 
冒険者養成学校という、一般の学校とはまた違った教育を施す場所とはいえ、やはり学校には違いない。そのため、ここにもいくつかの  
委員会が設置され、多くの生徒はその中のいずれかに所属している。  
そのうちの一つ、風紀委員。そこに与えられた部屋の中で、一人の女子生徒が頭を抱えていた。彼女の前にある机には、いくつかの  
書類が重なっている。  
「……まったく、本当に…!今回ばかりは、手を焼きますわね…!」  
エルフらしい端正な顔を歪め、彼女はそう独りごちる。いくつかの書類を手に取り、パラパラとめくった後、再び頭を抱える。  
「新年度早々、こんな問題を……何を考えているんですの、まったく…!」  
いくら読み返したところで、問題がなくなるわけでもない。それでも、彼女は書類をめくり、ぶつぶつと独り言を呟いていた。  
その時、コンコンと控えめなノックの音が響いた。  
「どうぞ、開いてますわ」  
「失礼しますよ、委員長」  
現れたのは、柔らかな笑みを湛えるセレスティアだった。その腕には新たな書類と、湯気を立てるカップがある。  
「紅茶でもいかがですか?働き詰めでは、疲れますよ」  
「……できれば、その紅茶だけ頂きたいところですわね」  
「すみませんが、こちらも預かっていただかねばなりません」  
大きな溜め息をつき、エルフは紅茶と書類を受け取る。  
「加害者と被害者の資料です。目を通すのが面倒ならば、わたくしが説明いたしますが」  
「しばらく書類は見たくないですわ」  
「そうですか、わかりました。では…」  
「その前に、ちょっとよろしくて?」  
口を開きかけたセレスティアを遮り、エルフが口を開く。  
「その堅苦しい喋り方、何とかなりませんの?」  
「一応、業務中ですので」  
苦笑いを浮かべつつ答えるセレスティアに、エルフはまた溜め息をついた。  
「今は、わたくしとあなたの、二人しかいませんわ。どうか、いつもの口調に戻してくださらないかしら?」  
その言葉に、セレスティアはどこか軽く見える笑みを浮かべた。  
「……それも、そうですね。では、改めまして…」  
「おーっと、委員長に副委員長、デートの最中お邪魔するよ」  
突然、窓際から響いた声に、二人は驚いて振り返った。するとそこには、一人のフェアリーの男子が座っていた。フェアリーとはいえ、  
大きさはクラッズと同程度であり、種族の中では比較的大柄な部類である。  
 
「フェアリー!あなた、また窓から入ってきたんですの!?」  
「やれやれ、君も風紀委員だろう?風紀委員が風紀を破るって、どうなんだい?」  
それまでと全く違う口調で、セレスティアが尋ねる。口調としては普通なのだが、それまでの言葉遣いと比較すると異様に軽く聞こえる。  
「あ〜、魔が差した。で、お二方。それは例の話かい?」  
「大体、デートの最中って……わたくしと彼は、風紀委員としての話をしてたんですの!」  
「あーそう。悪い悪い、魔が差したんだよ。で、例の話なんだね?風紀委員として、僕もその話を聞く権利があるよね?」  
強引に話を捻じ曲げ、フェアリーは当たり前のように席に着いた。  
「……まあいいですわ。では、副委員長、お願いしますわ」  
「わかった。じゃ、まず最初の件から行こうか。私の持ってきた資料で言うと、一枚目と四枚目から九枚目だよ」  
しばらく見たくないと言っていたにもかかわらず、エルフはしっかりと資料に目を通す。  
「まず、加害者はバハムーンの男子。戦士学科所属。この間の入学生、イノベーターの一人だね。ヒューマンの男子と口論になり、  
そこから乱闘に発展。きっかけは、バハムーンが彼をゴミ呼ばわりしたことらしいね。結局、ヒューマンとそのパーティは、  
彼一人の手によって壊滅。全員が保健室送りだって」  
「へーえ、六人相手に勝ったんだ。さすが、イノベーターだね」  
フェアリーも勝手に資料を取り、エルフと一緒に眺めている。  
「次、二枚目と十枚目。加害者はドワーフの女子。学科は戦士で、さっきと同じくイノベーターの一人」  
「……野蛮な種族らしいですわね」  
エルフが眉をひそめ、呟いた。  
「被害者はエルフの男子。きっかけは……面会謝絶だから、まだわかってない」  
「面会謝絶だって?すごいな、それ」  
「まあ、ねえ?エルフとドワーフは、種族的に気が合わないから……きっと喧嘩の理由は、大したことじゃないんだと思うよ」  
「あら?この男子……え、この被害者もイノベーターですの!?」  
エルフの声に、フェアリーも驚いて資料を覗き込む。  
「そう、イノベーター同士の喧嘩なんだ。彼は私と委員長と同じく、魔法使い学科だったから、肉弾戦では分が悪かっただろうねえ」  
「これだから、この種族は嫌いですわ!後衛の学科に、平気で手を上げるなんて…!」  
「あ、ちなみに彼女もファイアを撃たれて怪我をしてる。どっちが先に手を出したかはわからないけど、怒るのも無理はないね」  
「新入生にファイア…」  
それが何を意味するかは、エルフにもよくわかっていた。いくら初歩の魔法とはいえ、ほとんど訓練を受けていない新入生に放てば、  
一撃で死に至ることもあるのだ。まして、校内でファイアを詠唱するのは、立派な校則違反である。  
「わお、やるねえ。どうだい、委員長?同種族がそんな真似をしたっていうのは、どんな気分だい?」  
皮肉っぽく尋ねるフェアリーを、エルフは睨みつけた。  
「……う、うるさいですわ。きっと、向こうが先に手出ししたに決まってますわ」  
「ま、これはこれでいいだろ?次、最後。三枚目と十一、十二枚目」  
「さぁて、今度はどんな化け物かなー」  
楽しそうに言うフェアリーを、エルフがギロリと睨みつける。  
 
「加害者、フェルパーの女子。格闘家学科。やっぱりイノベーター。被害者は……私達と同じ学年の二人」  
それには、エルフもフェアリーも驚いた。一年もこの学校にいれば、新入生相手など怪我一つせずに勝ててもおかしくはないのだ。  
「この子はちょっと特殊で、真剣道部に顔を出したらしいよ。で、稽古を見学していたところ、突然ダガーを抜刀。瞬く間に二人を  
切り伏せ、三人目に襲いかかったところで、部員総出で取り押さえたって話」  
「ちょっと待って。ダガー?二年の、真剣道部の部員が、ダガーで?」  
「そう、ダガー。被害者二人の得物は、日本刀にサーベル。一人は油断してたにしろ、もう一人は実力で負けたってことだね」  
説明が終わると、エルフは深い溜め息をついた。そして、疲れた目でセレスティアを見上げる。  
「それで……わたくしが一番気になることは、どうしてこの三人が、今も野放しになってるんですの!?」  
「そこだよねえ、問題は」  
今度はセレスティアも、エルフと共に頭を抱える。  
「バハムーンは、相手が多勢に無勢ってことで。ドワーフも、相手がファイアを詠唱したことで。フェルパーも、相手が  
真剣道部員であったこと、場所もその道場だったことで、全員が厳重注意で済んでるみたいだよ」  
「まして、学校としては貴重な特待生。そう簡単に、手放したくないんだろうさ」  
軽い調子で言うフェアリーの言葉は、二人の気をさらに重くさせた。  
学校側から処分が下っていれば、それで話は終わりなのだ。しかし、実質ほとんどお咎めなしの状態であり、風紀委員としては、  
この危険人物達を野放しにはしたくない。また問題を起こされれば、それはこちらも少なからず責任を問われるからだ。  
となると、彼等が再び問題を起こす前に、何とかしなければならない。かといって、こんな相手を何とかできるほどには、  
まだ実力がない。  
二人が悩んでいると、フェアリーはおかしそうに笑った。  
「いいじゃん、僕達で何とかすれば。お目付役がいれば、学校側にも面目は立つしさ。ていうか、あっちもそれを望んでるんだろうし。  
そうでもなきゃ、こんな資料は寄越さないだろ?」  
「私達がかい?けど、この三人をどうやってまとめるって言うんだい?」  
「それは、これから考えることさ。ま、力でまとめるなんて真似、魔法使い二人とレンジャー一人じゃ無理だろうけど」  
そう言ってフェアリーは笑うが、その目は本気だった。  
 
「それに、考えてみなよ。人数差を跳ね返す戦士に、同じイノベーターを瀕死に追い込む戦士、そして武器を持った先輩二人相手に、  
ダガー一本で勝つ格闘家だぜ?こんな実力者、滅多にいないよ」  
「……つまりあなたは、この三人の力を利用しようって言うんですの?」  
エルフのなじるような声に、フェアリーは笑顔で答えた。  
「いいんじゃん?あいつらの力、利用させてもらおうよ。僕らだって旨みがなきゃ、やってられないって。押し付けられた難役も、  
見方を変えりゃチャンスだってこと」  
「自己の打算だけで、何かを利用するなんて論外ですわ!わたくし達が為すべきことは、彼等を更生させることでなくって!?」  
「ははは、あんな問題児を更生ねえ。鉄拳制裁でもするのかい?返り討ちが関の山だと思うけどねえ。それよりは、僕ならうまく操って  
利用するよ。それとも、委員長は規律の名のもとに、力無き正義を信奉し続けるかい?ははは」  
エルフは悔しさに歯噛みするが、言い返すに足る案もない。結局、この問題児達を力で従えるなどというのは、到底無理な話なのだ。  
「まあまあ、二人とも。あまり熱くなりすぎないように」  
そこへ、セレスティアがやんわりと間に入る。  
 
「委員長、私も彼の案には賛成だよ」  
「副委員長、あなたまでっ…!」  
「いやいや、誤解しないで。私達に大きな権限や力があるなら、彼等を従えることはできると思うよ。でも、力で従えたとしても、  
それは永続的なものじゃない。それよりは、彼等に手綱を付けて、それを握ってしまうのがベストだと思うんだ」  
「それは……確かに、できるならそれがいいとは思いますわ」  
「よしっ、話は決まりだね!」  
そう言うと、フェアリーは早速窓から外へと飛び出した。  
「だからフェアリー、君も風紀委員なんだから、窓から出入りしないの」  
「魔が差した。まあとにかく、そうと決まったら早いとこ、あいつら見つけなきゃね。これ以上、被害が出る前にさ」  
フェアリーが飛び去ってしまうと、残ったエルフとセレスティアは軽い溜め息をついた。  
「……彼って、きっと悪の実一口齧っただけで、性格『悪』に変貌するよねえ」  
「あれで中立的だというのが、信じられませんわ」  
「でもまあ、彼みたいな人材も必要だよ。善にしろ悪にしろ、中立的にしろ、一面だけでは風紀なんて守れないし、作れない」  
そう語る彼を、エルフは何とも言えない目で見つめる。  
「……わたくし、今もあなたが委員長になればよかったのにと思ってますわ」  
「私?はは、それはダメだよ。君みたいに、しっかり規律を守ろうという人が、頂点にいなきゃね」  
「もう……あの時と同じこと言うんですのね」  
僅かに非難の色を込めて、エルフはセレスティアを見つめる。そんな彼女に、セレスティアは優しく微笑みかけた。  
「まあ、この話はまた今度にしようよ。今は、私達がやるべきことをしなくっちゃ」  
「それもそうですわね。さあ、大仕事が始まりますわ」  
そして、二人は揃って風紀委員室を出ていく。外は春らしく、暖かな陽気に満ちていた。  
 
春の陽気に誘われ、外へと出て行くのは、何も虫や草木だけではない。  
とある校舎の屋上に、一つの影が現れる。真っ赤な尻尾をゆっくりと揺らめかせ、のんびりした足取りで歩く姿は、人によってはトカゲを  
連想させるだろう。あながち遠いわけでもないが、それを本人に言えば、恐らく次の瞬間にはブレスによって灰にされるだろう。  
ゆっくりと、バハムーンは屋上を歩く。そして、入り口からちょうど死角になっている部分に来ると、ごろりと寝そべった。  
しばらく、彼はそのまま空を見上げていた。やがて、その目がゆっくりと閉じられ、呼吸も小さな寝息となる。  
それは実に平和そうな、まさに春の一コマだった。その、僅か数分後までは。  
突然、彼は髪を掴まれる痛みに飛び起きた。しかし立ち上がるより早く、そのまま何者かに引きずり起こされる。  
「てめえ、誰に断ってここで寝てんだよ」  
「ぐっ…!?」  
「邪魔だぁ!!」  
次の瞬間、バハムーンは床に投げ出された。だが、即座に受け身を取り、突然の襲撃者を睨みつける。  
「……なんだぁ、その目?あたしとやる気かよ?」  
小柄で、ふさふさした体毛に包まれた、獣のような種族。女ながらにバハムーンの巨体を片手で投げ飛ばす辺り、いかにもドワーフらしい  
怪力の持ち主である。  
「貴様……死にたいのか」  
「てめえがあたしに勝てるつもりか?はっ、てめえの脳みそ、どんだけイカレてんのか、頭カチ割って見てやるよ」  
言うが早いか、ドワーフはバハムーンに殴りかかった。だが、バハムーンは彼女の拳が届く前に、その顎を蹴りあげた。  
「ぐあっ!?」  
「チビの劣等種が、粋がるな!」  
彼の拳は、相手が女であろうと容赦はなかった。直後、彼女の鼻面に拳が叩きこまれ、鼻血が噴き出す。  
完全に、意識まで断ち切ったはずだった。しかし、次の瞬間。  
「何…!?」  
不用意に突き出していた腕を、ドワーフはしっかりと捕えた。そして、未だ闘志を失わぬ目でバハムーンを睨むと、思い切り腕を  
引っ張る。咄嗟に踏ん張ってそれに耐えた瞬間、彼女はその勢いを利用して拳を突き出した。  
「ぶあっ!!」  
今度は、バハムーンの鼻面に拳が叩きこまれる。一瞬飛びかけた意識を辛うじて繋ぎ止め、バハムーンは何とか床を踏みしめる。  
二人はしばし睨みあった。お互い、必殺の拳を叩きこんだはずなのだが、相手はまだ立っている。  
「……へえ、少しゃあやるみてえだな」  
「劣等種が……ここで倒れていれば、余計な苦痛もなかったものをな」  
二人は同時に距離を詰め、お互い一歩も引かずに殴り合った。  
状況は、一見バハムーンが有利だった。さすがに身長差がありすぎ、ドワーフの拳が届かない範囲からも、彼の拳は届いてしまうのだ。  
だが、よく見ればバハムーンも決して余裕ではなかった。  
どんな攻撃を叩きこもうと、ドワーフは決して倒れなかった。普通の者ならとっくの昔に失神しているような攻撃に、  
彼女は耐え抜いてしまうのだ。それどころか、無理矢理耐えることで作り出した隙を突き、逆にバハムーンを殴り返している。  
そもそも失神以前に、彼の拳は相手の闘志を砕いてしまうほどの威力がある。しかし、ドワーフの目は決して闘志を失わない。  
 
 

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