ディモレアの一件以来、各地の冒険者学校の交流は盛んになっていた。地下道を進む学生たちの中には、学校の垣根を越えたパーティも  
珍しくない。  
 そんなよくあるパーティのひとつが、探索を終えてランツレート学院に帰ってきた。パルタクス学園の制服を着たドワーフの女子生徒は、  
上機嫌に尻尾を振りながら早足で先頭を歩く。  
「どーぉしておっなかっがへっるのっかなっ!」  
「ドワちゃん、そんなに急がなくても、カレーはなくならないよ」  
 呆れたように微笑んでその後ろを追うのは、青い制服のクラッズだ。彼女にしてみれば何かと危なっかしいドワーフの面倒をみている  
姉貴分のつもりなのだろうが、端からみれば必死に後をついて回る妹である。  
「クラッズ、ドワーフ、僕たちの席も取っといてねー」  
「カレーもなー」  
 のんびり歩いているフェアリーとヒューマンが、少しばかり小さくなった二人の背中に声をかける。ドワーフは振り返らずに、両手と尻尾  
をブンブン振って軽く答えた。  
 調子に乗ってスピードをあげたドワーフに、小走りでついていくクラッズ。小さな二人は校舎に入り、あっという間に見えなくなってしまった。  
 ヒューマンはフッと息を吐いて、隣のノームの顔をのぞきこむ。ドワーフと同じ黒い制服に身を包んだノームは、凍り付いたような無表情  
でドワーフたちの行ってしまった方を眺めていた。  
「ノーム。あとで道具の鑑定を頼んでも良いか?」  
「……」  
 ノームはガラス玉の目でヒューマンを見つめ、小さく頷いた。ヒューマンはそれ以上ノームにかける言葉もなく、なんとも言えない苦笑  
を浮かべたのだった。  
 
 探索で腹ペコになったドワーフがカレーをおかわりして戻ってきたとき、ヒューマンはコホンとわざとらしく咳払いをした。彼がこういう  
仕草をするときは、大抵重要な話があるときである。  
「あー……食べながらで良いから、聞いてくれるか」  
 クラッズとノームは食べる手を止めて、ドワーフとフェアリーはカレーを口一杯に頬張りながら顔をあげた。  
 食べながらで良いとは言ったものの、口元にカレーがべったりとついたドワーフとフェアリーを見て一瞬言葉を失う。  
 ドワーフが口の中の食べ物を飲み込み、また目一杯に詰め込みながら話を促した。  
「んぐ。ヒュマ、なぁに?」  
「……あ、ああ。ええと、やっぱり、前衛を任せられる人をもう一人探したいんだ」  
 
 現状五人であるこのパーティでは、僧侶学科のヒューマンが前衛についている。彼はリーダーとして全員に指示を出しながら、傷付いた  
者を素早く回復するのが主な役目だ。  
 そこに前衛として後衛を守る役割を与えられれば、ヒューマンの負担は増すばかりである。ドワーフのように体力のある種族ならばまだ  
しも、ヒューマンの中でもやたらとひ弱な彼には、それはあまりにも重荷であった。  
「さんせーい。手頃な人が見付かると良いねー」  
 ドワーフがパタパタと尻尾を振りながらふたつ返事で頷いたので、ヒューマンはほっとしたように表情を緩めた。ドワーフはそれきり再び  
山盛りのカレーに集中してしまう。  
 代わりにフェアリーが食べる手を止めて身を乗り出した。  
「前衛って言ったら、やっぱりドワーフと同じ戦士かな?」  
「うーん。俺としては、魔法が使える人が良いかなって。とりあえず侍学科とかをあたってみるつもりだな」  
 すると今度はクラッズが嬉々としてスプーンを振り回す。  
「じゃあさ、君主なんかは?後衛を狙ってくる敵も増えてきたし、いてくれたら心強いなー」  
「君主がいたって修道士の僕の邪魔にしかならないね。いっそ忍者とかくの一とかはどうかな?」  
 フェアリーが反論すると、二人はヒューマンそっちのけで議論をする。今までその一人が見付からなくて五人編成だったのだが、そんな  
ことはすっかり忘れて勝手なことを言っていた。  
 クラッズがあの学科が良いと言えば、フェアリーがこの種族は嫌だと文句をつける。結果まとまったのは、明るく愛想が良くて彼らの後輩  
にあたる神女学科のヒューマンの女子生徒、ということだった。  
 そのあまりにも具体的すぎる注文に少し呆れたような笑顔を浮かべながら、ヒューマンが何でもないように言う。  
「ああ、それから。明日あたりから空への門を目指そうと思うんだけど」  
 それを聞いた瞬間、確かに時が凍り付いた。ドワーフのカレーをすくっていた手とパタパタ揺れていた尻尾が止まり、今まで関係ないと  
いうように黙っていたノームも、感情のこもらない目でヒューマンを見る。  
 クラッズとフェアリーも目を丸くして一瞬静まり返った。ヒューマンは皆のその反応に驚いて言葉をつまらせたが、気をとりなおすよう  
に咳払いをする。  
「コホン……今の俺たちなら、ラーク地下道を歩くことも、空への門に辿り着くことも、可能だと思うんだ」  
 
 それでも固まったままの一同に、ついにヒューマンが困惑の表情を浮かべたとき、フェアリーとクラッズから歓声があがった。二人は揃  
って目をキラキラと輝かせ、身を乗り出してヒューマンに詰め寄る。  
「うんうん、行こうよ!僕たちだって、もうだいぶ強くなったもんね!」  
「ラーク地下道かあ……きっと凄い宝物が手に入るんだろうね!」  
 ヒューマンたちはあまり優秀な方とは言えない方ではあったが、それでもれっきとした冒険者である。やはり未知の迷宮に挑む不安より  
も、好奇心が勝る。  
 賛同を得られたことでヒューマンも楽しそうに目を細めて、まだ見ぬ場所へ思いを馳せた。  
「先輩から聞いたんだけど、空への門の景色はそりゃあもう凄いらしいんだ。雲に触れるんだっていう話で…」  
「……あ、あのっ…」  
「あ。そういえばさ、空への門にディアボロスの錬金術師が住み着いてるって話、知ってるかい?」  
 ドワーフが遠慮がちに何か言いかけたのを遮ってしまう形で、フェアリーが噂話をはじめた。  
「何でも元は優秀なパルタクスの生徒だったらしいんだけど、今は空への門でずーっと怪しい研究をしてるって噂だよ」  
 フェアリーとしてはあまり気にならないのだろうが、やはりヒューマンとクラッズはディアボロスと聞いただけでちょっと嫌な顔をする。  
 そこでふとヒューマンは、ドワーフが耳と尻尾を垂らしていることに気が付いた。ノームも表情を凍らせて、虚ろな視線をさ迷わせている。  
 ヒューマンはそれを不思議に思いながらも、フェアリーの話を促した。  
「はあ…。で、そのディアボロスはどうして探索をやめたんだ?」  
「さあ?学園を追放されたとか、気が振れたとか、色々言われてるけど……全部噂だしねぇ」  
 そう言ってフェアリーは話を適当に切り上げた。「実際会ってみればわかるんじゃない?」と付け加えたが、ヒューマンは気のない返事  
をしただけである。  
 クラッズもスプーンをくわえながら、まるきり興味がないといったようである。彼女の言葉には隠しきれない嫌悪感が滲んでいた。  
「ふーん……まあ、でも、ディアボロスだもんね。暗いし、そのくせ好戦的だし、どうせパーティにも捨てられたんじゃ…」  
「ディアボロスのことを悪く言うなっ!!」  
 怒鳴り声が誰のものであるのか、誰もが一瞬わからなかった。ノームがきつく拳を握り、目を吊り上げて、クラッズを睨み付けていたのだ。  
 
 初めて聞いたノームの怒鳴り声に、クラッズはただただポカンと口を開けている。それはヒューマンを含めた他の者も同様で、驚きに満  
ちた四人分の視線がノームに集中した。  
 ノームはハッとしたように席を立ち、弾かれたように学食を出ていってしまった。彼女が消えてからしばらくして、ようやくクラッズが  
口を開く。  
「え……私、何か悪いこと言っ……え、あ、もしかして知ってる人、とか…?」  
 ノームが行ってしまった方に集まっていた視線が、ゆっくりドワーフに移される。ノームと同じパルタクス学園出身のドワーフは、耳と  
尻尾を下げてただうつむいてしまった。  
「ドワ…?」  
 ヒューマンの力ない呼び掛けにも、ドワーフは応えない。  
 
 何も語ろうとしないドワーフになし崩しにパーティは解散し、なんとなくぎこちない空気を引きずって誰もが部屋に帰っていった。  
 ヒューマンはひとつため息を吐き出して、自室のベッドに寝転んだ。ノームの怒鳴り声とドワーフの悲しそうな表情が何度も頭の中を廻る。  
 ドワーフとノームは素性こそパルタクス学園の生徒であるが、今では殆んどそちらに行くことはない。理由をきけばドワーフはカレーが  
美味しいからだと答えるだけで、うまくはぐらかされてしまう。  
 パーティのあるランツレート学院に馴染んでいるのもあるのだろうが、近寄りたくないという雰囲気さえ出しているように思うのだ。ヒ  
ューマンとしては彼女たちが話してくれるまでと、今まで深い事情は訊かなかったが……ひょっとしたらとんでもなく深刻な事情なのでは  
ないだろうか。  
 そんなことを考えていると、控え目なノックの音がした。ゆっくりと三回ドアを叩くのは、ヒューマンの恋人の癖である。  
 ベッドからおりてドアを開けると、そこには不安そうにヒューマンを見上げるドワーフがいた。  
「ドワ…」  
「ヒュマに大事な話があるの。入っても良い?」  
「……それは、パーティのリーダーに話があるのか?それとも、恋人に?」  
「どっちでも。解釈はヒュマに任せるよ」  
 一瞬眉を寄せそうになったが、ヒューマンは彼女を招き入れた。ひとつしかない椅子をドワーフに勧め、自身はベッドに腰かける。  
 しかしドワーフは何も言わずに、ヒューマンの膝にちょこんと腰を下ろした。ふかふかのぬいぐるみのような体をギュッと抱き締めると、  
ドワーフが小さな声で呟く。  
「……ねえ、ヒュマ…」  
 
 ドワーフはヒューマンの手をとり、そっと自分の胸元に導いた。ヒューマンは何も言わず、ドワーフの制服をたくしあげて手を入れる。  
 ふわふわの毛並みに覆われた乳房をそっと撫でると、ドワーフは犬が甘えるときのような鼻にかかった声を出した。  
「んぅっ……ヒュマぁ…」  
 自然とドワーフの尻尾が揺れて、ヒューマンの太ももをパタパタと叩く。偶然にも尻尾の付け根がちょうどヒューマンの股間のあたりに  
触れていたため、ヒューマンのそれも僅かばかりの刺激を受けた。  
 ヒューマンがゆっくりと乳房を扱う間、ドワーフはただ息を乱しながらうつむいている。その吐息が湿っていることに気が付かない訳も  
なく、ヒューマンはそれ以上激しくするのを躊躇っていた。  
 だが、やがてドワーフは自身の体を支えているヒューマンの手をとって、今度は秘所へと導いた。ヒューマンは促されるままにそこに指  
を這わせ、スパッツの縫い目をなぞるようにすぅっと撫で上げた。  
 途端に、ドワーフの体がピクンと跳ねる。一瞬仰け反るように顔をあげたが、すぐに前屈みになってまたうつむいてしまう。  
「うっく…!」  
「ん、大丈夫か?」  
「……っ、うん…」  
 ヒューマンの位置からはドワーフのそこは見えないが、既にじっとりと濡れているように思えた。もどかしい刺激がかえって興奮を煽っ  
たのかも知れないとヒューマンは適当に結論付け、小さく尖った陰核を軽く引っ掻く。  
 ドワーフが甘えるように喉をならし、ヒューマンを尻尾でパタパタと叩く。ヒューマンとしてはあまり乗り気でなかったのだが、身悶え  
るドワーフの姿をみているうちにもっと見たいという欲求がわいた。  
 スカートを大きくまくりあげ、スパッツの中に手を入れる。ドワーフのそこは熱く、ふわふわの毛はぺったりと濡れていた。  
 溢れ出る粘液で肌に張り付いている長い毛を掻き分けるようにどかし、直接秘裂をなぞる。ドワーフの体が強張って、一瞬尻尾の動きが  
止まった。  
 陰核を押し潰すようにし、同時にもう片方の手で乳首を少し強く摘まむ。力無く垂れ下がった大きな耳がちょうどヒューマンの口と同じ  
高さにあったので、ついでとばかりに噛んでみた。  
「きゃんっ!?」  
 それこそ子犬のような鳴き声と共に、ドワーフの全身の毛がブワッと膨らんだ。批難するように尻尾でヒューマンをバシバシと叩く。  
 
「おいドワ、怒るなよ」  
「だって、びっくりしたんだもん…!」  
 ヒューマンは舞い散る抜け毛を気にしながらも、ドワーフに腰をあげさせた。スパッツと下着を脱がせ、自身はもぞもぞとズボンを脱ぎ  
捨てる。  
 まろび出た自らの陰茎を軽く扱いてから、ドワーフの秘裂に先端を軽く擦り付けた。  
 天井を仰ぐように僅かに上体を倒したヒューマン。ドワーフは尻をやや突き出して、その膝に座るようにゆっくりと腰を下ろしていく。  
「ふ、あ……ヒュマぁ…!」  
 ドワーフのそこがゆっくりと開かれ、少しずつヒューマンのそれを飲み込んでいく。先端部分が埋まったところで、ドワーフはひとつ息  
をついた。  
 身長差のためか、あるいは戦士学科である彼女の体が引き締まっているからか、ドワーフの中はかなり狭い。十分に濡れているため熱く  
ぬるぬるとしているが、それでも痛いくらいにヒューマンを締め付けてくる。  
 ドワーフも苦しいのか、尻尾と耳を下げながら荒い息を吐き出した。ヒューマンが何か声をかけようとしたとき、ドワーフは呼吸を整え  
て再びゆっくりと腰を落とした。  
「うっ、うう…っ!」  
「ドワーフ、大丈夫か?」  
「うぅ……っふ、うくっ…!」  
 ヒューマンが彼女の肩に手をかけると、ドワーフは歯をくいしばって嗚咽を噛み殺した。時間をかけてヒューマンのモノを全ておさめる  
と、ドワーフはそれきり肩を震わせてうつむいてしまう。  
 かける言葉が見付からなくて、ヒューマンはそっと腰を動かした。ピクン、と彼女の中が収縮し、ヒューマンを締め付ける。  
 ヒューマンはドワーフの様子に注意しながら、しゃくりあげる声に合わせるようにゆっくりと突き上げる。  
「んっく、ふ……う、うっ…」  
 喘ぎとも嗚咽ともつかない声を吐き出すと同時に、ドワーフの中がギュッと締まる。その声が段々と大きくなるに従い、ヒューマンは強く  
腰を突き上げていった。  
 大きく揺さぶられるように体を揺らしながら、ドワーフはヒューマンの動きに合わせて締め付けてくる。  
「はあっ、はあっ……ドワーフ……ドワ…!」  
「んくっ、ヒュマぁ……うっ、あぁ…!」  
 ヒューマンもはじめはドワーフの腰を両手で支えていたが、遂にはドワーフの両腕を掴んで思い切り引き付けるように揺さぶった。ドワ  
ーフも天を仰ぐように顔をあげ、だらしなく舌を出して息を乱している。  
 
 ヒューマンの体はじっとりと汗ばみ、ドワーフと触れている部分には彼女の毛がはりついていた。  
 ドワーフの体毛がクッションになっているのか、どれだけ激しく突き上げても肌のぶつかり合う音はしない。ただ粘着質な水音と獣のよ  
うな荒い息遣いだけが部屋を満たしている。  
「はあっ、はあっ!ぐっ、ドワーフ……出そう…!」  
「あんっ、あぅんっ!ヒュマぁ……良いよ、中にぃっ…!!」  
 声と共に、ドワーフがギュッと締め付けてくる。ドワーフを強く抱き締めると、彼女の体は熱でもあるかのように熱かった。  
「ドワっ、もう出るっ……う、ぐあっ…!」  
 ただでさえ狭い彼女の中が更に締め上げてきたので、ヒューマンはあっさり限界を迎えてしまった。ドワーフの中でヒューマンのモノが  
何度も跳ねて、精を吐き出しているのを感じる。  
「うああっ!ヒュマ、ヒュマのがあっ……ああ、あっついぃ…っ!」  
 ドワーフも気持ちが良いのか、尻尾の付け根のあたりをピクピクと震わせていた。弓になっていた背中が戻ると、疲れたようにぐったり  
とヒューマンにもたれかかる。  
 ヒューマンはその小さな体を抱き締めて、そのままベッドに転がった。その弾みで、すっかり元の大きさに戻っていたヒューマンのそれ  
がドワーフの中から抜ける。  
 しばらく言葉もなくドワーフを抱き締めていると、次第にドワーフの尻尾がパタパタと揺れはじめた。腕の中の暖かいドワーフと、一定  
のリズムで揺れる尻尾の振動、心地好い疲労感と気だるさ。  
 ヒューマンがついうとうとしていると、不意にドワーフがガバッと身を起こした。突然のことに驚いて瞬きをしていると、ドワーフは真剣  
な目でヒューマンを見据える。  
「……どうした?」  
「あのね、話があるんだ!」  
 ある種の気迫さえ感じるドワーフの様子に、ヒューマンも思わず身を起こす。何故かヒューマンはベッドの上で正座をして、同じく正座  
したドワーフと向き合う。  
「ヒュマに、お願いがあるの。パーティのことなんだけどね…」  
 
 ベッドの中で頭まで布団をかぶって、ノームはぼんやりと考え事をしていた。クラッズに酷いことを言ってしまったという後悔だけが渦  
巻いている。  
 彼女の発言はごく一般的なディアボロス族へのイメージだ。それに、クラッズがディアボロスという種族に嫌悪感を持っているのは知っている。  
 
 また、事情を知らない者たちが彼に好奇と侮蔑の目を向けていることも、彼が良からぬことに手を出していることもノームは知っていた。  
このままでは彼が本当に壊れてしまうだろうこともわかっていた。  
 だが、わかっていながら、ノームには何もできない。もはや彼女にはその資格がないとすら思っている。  
「ディアボロス…」  
 何度思い出そうとしても、大きな手の温もりや優しい笑顔は、最後に見た彼の姿に塗り潰される。頬は痩せこけ、泣きはらした目は虚ろ  
で、ノームやドワーフに一瞥をくれることもなくブツブツと何かを呟いていたディアボロスの姿。  
 彼を助けることができたのは、きっとあのときが最後だった。  
「……ごめんなさい…」  
 自らを抱き締めるように体を丸めるが、決して涙はこぼれない。彼を思って泣くことさえ、彼女は自分に許していないのだ。  
 眠気が押し寄せてきた頭で、ふと近付いてくる足音に気付いた。バタバタとした足音はノームの部屋の前で止まり、けたたましいくらい  
に元気なノックの音が響いた。  
 
 自分の部屋で明日の準備を終えてすっかり眠るつもりだった仲間を集めて、ヒューマンたちは学生寮のロビーにいた。  
 パジャマ姿で三角のナイトキャップまでかぶったクラッズが、眠そうに目をこすっている。  
「ヒューマン、話って何?明日じゃ駄目なの…」  
「ドワーフが今が良いんだってさ。……まあ、あんまり時間はとらせないよ」  
「僕ももう眠い……ノームとドワーフはまだこないのかい?」  
 大きな欠伸を噛み殺しながら、フェアリーも時計を気にしている。消灯時間にはまだ少し早いが、早朝から探索に出ていたのでもう疲れ  
きっているのだ。  
「ノムちゃん、怒ってるのかなー…」  
 眠そうな目をノームの部屋がある方向へ向けて、クラッズがぼんやりと言った。ノームを連れてくると言ってドワーフが行ってしまって  
から、もう随分たっている。  
 ヒューマンは眠気覚ましに熱いコーヒーを二人に振る舞い、不安そうな様子のクラッズの頭をポンポンと叩いた。  
「心配すんなよ、ノームだって」「遅くなってごめんねぇ〜!」  
 ヒューマンの声を遮って、ドワーフの声とドタバタした足音が近付いてきた。ドワーフは何やらじたばたともがくノームを軽々と肩に担ぎ、  
いつもの底抜けに明るい笑顔で尻尾を振っている。  
 
 ドワーフは不満そうなノームを席につかせると、自身もヒューマンの隣に腰掛けた。  
「いやあ、ノームの説得に時間かかっちゃって!」  
「ドワーフ、これはたぶん説得じゃなくて拉致って言うんだよ…」  
 眠気などすっかり覚めてしまったかのように呆れ顔のフェアリー。ドワーフは不思議そうに首を傾げたが、すぐに気をとりなおすように  
尻尾をブンブン振り回した。  
「まあ、何でも良いじゃん。それでね、話っていうのが…」  
「待ってください、ドワーフ」  
 話はじめたドワーフを遮ったのは、他でもないノームだった。ノームは一度軽く息を吐き、ひとまずクラッズを見つめる。  
 感情のこもらないガラス玉のような瞳が向けられて、クラッズが緊張したように体を強張らせる。  
「クラッズさん、先程はすみませんでした。ヒューマンさんやフェアリーさんにも、不快な思いをさせたことでしょう」  
「う、ううん……私こそごめんね、ノムちゃん…」  
 そう言ってどこかぎこちなく笑ったクラッズの目には、隠しきれない戸惑いが浮かんでいた。ヒューマンとしても、このノームが自分か  
ら発言するのを見たのはほとんど初めてである。  
 ノームは話したそうに尻尾を振るドワーフを軽く手で制し、今度はヒューマンに目を向けた。  
「ヒューマンさん、私にもコーヒーをいただけますか」  
「あ、ああ。どうぞ…」  
 ヒューマンが差し出した缶に入ったコーヒーを一口飲んで、ノームはほっと息を吐いた。思案するように目を閉じ、ゆっくりと開く。  
「フェアリーさんが仰っていた空への門にいるディアボロスは、私たちの前のパーティの仲間で……私の、恋人です」  
 ヒューマンはドワーフから聴いていたので驚かなかったが、クラッズは目を真ん丸に見開き、フェアリーは息を飲んで気まずそうに頭を  
かいた。  
 ノームは二人に構うことなく、淡々と話を進める。その様子に、ヒューマンは彼女が感情を抑え込んでいることにはじめて気が付いた。  
「私たちのいたパーティは、パルタクス学園でもそれなりに優秀な方でした」  
 ドワーフはいつの間にか尻尾を振るのをやめて、じっとノームを見ている。  
「ディモレアに関わったいくつかのパーティのひとつであり、あの事件でロストした生徒を出したいくつかのパーティのひとつでもあります」  
 
 ある日、彼女たちはラーク地下道中央でライフゴーレムの長女トロオと戦い、パーティの半分の仲間を失った。  
 ドワーフは首を撥られ、ノームは依り代のほとんどを破壊され、空への門の治療所で気が付いたときには、全てが終わっていた。姉御肌  
のバハムーンも、お調子者のフェルパーも、聡明なフェアリーも、この世界のどこにもいなくなっていた。  
 そして、唯一生き残って空への門に皆を連れてきたというディアボロスは、すっかり心を閉ざしてしまっていた。  
 恋人であるノームにすら、彼は視線を向けることをもしないのだ。やがて彼は宿の部屋からも出てこなくなり、ノームやドワーフを追い  
返すようになる。  
「私たちは、夜毎気が狂ったように泣き叫ぶ彼を見ていられなくなり、かと言って今更パルタクス学園に戻る気にもなれず……こうして、  
ランツレート学院に逃げてきたのです」  
 そう締め括るや、ノームは言葉を失うクラッズやフェアリーに向かって深々と頭を下げた。切り揃えた前髪が影を落としているので、ノ  
ームの表情はうかがえない。  
 気が付けば、ドワーフも同じように頭を下げていた。こちらも表情はわからなかったが、ピンと上を向いた大きな耳が彼女の固い決意を  
代弁していた。  
「お願いします。ディアボロスを、このパーティに入れてください。私に、彼を助けさせてください…!」  
「私も、お願い。彼の実力は保証するからっ!だから…っ!」  
「……俺からも、頼む」  
 ヒューマンも頭を下げる。するとクラッズはわあっと声をあげて、突っ伏して泣き出してしまった。  
「わ、私っ……うわあぁ〜ん!」  
 これにはドワーフもノームもびっくりしている。  
「わたし、私っ!酷いこと、言っ……ぐすっ。ごめんね、ごめんねノムちゃあん…っ!!」  
 知らなかったとはいえ自身が言ったディアボロスへの偏見を失言だったと思ったのだろう。クラッズは鼻水混じりに謝罪を口にしたが、  
流石に泣かれるとは思っておらず戸惑うノームとドワーフ。  
 そんな中、フェアリーがコーヒーに口をつけながらなんでもないような口調で言った。  
「良いんじゃないかな。ディアボロスで錬金術師なら、前衛だって問題ないよね」  
 まるで他人事のようにそんな意見を述べるフェアリー。いまこの流れでの発言としては、随分とドライな言いぐさである。  
 
「なんで今まで言ってくれなかったのかとかはこの際良いとして。ドワーフもノームも、僕たちの仲間なんだし、それならその仲間だって  
そうであるべきだ。そうだろ?」  
 そう言って笑ったフェアリーに、今度はノームの瞳に涙が浮かんだ。つられるようにドワーフが涙ぐみ、ドワーフに触発されてヒューマ  
ンも鼻の奥にツンとした痛みを感じる。ヒューマンの目の潤みはいつしかフェアリーにも感染し、それを見たクラッズが更に声をあげて泣く。  
 消灯時間の迫ったロビーでおいおいと泣く五人組は、傍目から見れば間抜けにも見えただろう。けれども五人は互いに結ばれた強固な絆  
を感じて、いつまでもボロボロと涙を流していた。  
「ありがとう……みんなぁ、ありがとう…!」  
「ぐすっ、ヒューマンさん、クラッズさん、フェアリーさん……ドワーフも、ありがとう…!」  
 実際、ディアボロス本人がそれを承諾する保証はどこにもなかった。ドワーフには言わなかったが、ディアボロスの錬金術師にまつわる  
あまり良くない噂もヒューマンの耳に入っている。だが、仮にその噂をドワーフやノームに伝えても、彼女たちはディアボロスを助けたい  
と言うだろう。そしてその想いは、ヒューマンの中である種の確信ともなっていた。  
 ノームがディアボロスを、ドワーフがノームを助けたいと言ったように、ヒューマンもドワーフを助けたいと思う。またクラッズやフェ  
アリーも二人を助けたいという気持ちでいてくれたことに、心から幸福を感じている。  
 仲間を永遠に失ってしまったこと。一度はディアボロスを見捨てて逃げてしまったこと。どちらも覆ることのない、彼女たちの残酷な  
過去である。  
 しかし、彼女たちの隣を歩くヒューマンには一点の杞憂もない。今の彼女たちには、現実と向き合い、正面から戦うだけの覚悟がある。  
それに、共に前に歩き出す、新しい仲間もいるのだから。  
 
 こうして空への門にいる彼の時計は、少しずつ動き始めようとしていた。永遠に訪れなかったはずの朝の訪れの気配を、彼はまだ知らない。  
 

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