「ここで良いか?」  
「もっと、下・・・たぶん、その辺。」  
ドワーフの問いかけにヒューマンが答えた。迷宮内の気温は低いが、ヒューマンは全身から汗を流して荒い息をついている。  
「たぶんて、おい」  
「だって私もやったことないんだもん。もう少し前、お腹側に角度付けて。」  
「よし、せーの、で入れるから暴れるなよ。余計な傷が増えるからな」  
「分かってるから、はやく。」  
「いくぞ、せー、の!」  
「痛っ!いっっったぁあい!」  
悲鳴が壁に反響する。幸い四方を壁に囲まれた小部屋なので、物音に反応したモンスターが寄ってくることはないだろう。  
「たぶん、はいった。ヒールかけるぞ」  
息を止め、ぼろぼろと涙をこぼすヒューマン。  
魔法が効き、精神を塗りつぶすような痛みが引いてようやく呼吸が出来るようになった。痛みに青ざめていた顔にに朱がさす。  
「ありがとう。・・・動けそう。うん、もう大丈夫。動くよ」  
涙をぬぐいながらほほえむヒューマンに、こちらは心配のあまり青ざめていたドワーフも、毛づやを取り戻して笑いかけた。  
 
「脱臼が治ったのはひとまずありがたいですが」  
ヒューマンの呼吸が落ち着くのを見計らってノームが切り出した。  
「今回はここまでですね。バックドアルで脱出して最寄りの魔法球から帰還しましょう。」  
「私はまだ戦える!武器だって、ほら!」  
「もちろんヒューマンの為だけに言っているのではありません。未だ迷宮中央にもたどり着かないのに魔力は残り少なく、敗走寸前。  
一度の失敗でこの有様です。これ以上続けては仲間を失うことになります。」  
 
前衛ヒューマンは誰でも全身に痣を作っている。  
学園の制服から見える肌は広くはないが袖口や襟元、女子であればスカートと靴下の間に青黒い模様が見当たらないことはほとんどない。  
バハムーンはつい最近までヒューマンにはもともと“ぶち”があるのだと思っていた。特殊代謝を持つ彼らにはそもそも傷が残るという概念がない。  
「増えてる。そんなところ攻撃されてたか?」  
先刻まで冒険していた溶岩流れる迷宮の熱が残って暑いのだろう。ヒューマンは肘まで袖を巻き上げていた。露出した部分のちょうど中ほどが縞状に変色している。  
最後の戦闘の記憶を反芻する。そのときには模様はなかったはずだ。  
 
付き合いだしてからは、自由時間は学生寮のどちらかの部屋で過ごすことが多くなった。二人並んで座り込み尻尾を玩ばれながら他愛ない雑談をして、時々口付けを交わす。  
照れくさい充実感を分かち合う幸福な時間。バハムーン自身はその関係に満足していたが、ヒューマンの中にある別の感情に気づいてもいた。  
高い繁殖力に由来するその感情は、目に見えない分、肌に残る模様以上に彼には実感しづらい。  
自分の行動で恋人がとろける様を眺めるのは気持ちいいが、食欲や睡眠欲など自分にわかる感情に置き換えて考えるとあまり刺激してはかわいそうだとも思う。  
自らの肉体を取り扱うことに関しては随一の種族故、強く求められれば応えることもできる気がしているが、今のところヒューマンにそのつもりはないようだ。  
 
「なんだろう?手形っぽい。ドワーフ君に肩を治してもらった時かな。」  
「そんなことでも跡がつくのか」  
「結構強く掴まれたからね。気にするといけないからドワーフ君には内緒ね。」  
気に入らない、と思った。何が気に入らないのかは良くわからない。わからないことを掘り下げて考える趣味はないのでその苛立ちは放置することにした。  
「俺は口が軽いからな。ふさいでおいた方がいいんじゃないか?」  
感情を上書きするべくヒューマンと指を絡める。はじめて口付けを交わして以来“口をふさぐ”は二人の合言葉のようなものだ。  
ヒューマンはばか、と悪態をつきながらも応じてくれた。時間を重ねれば、こういった合言葉も増えてゆくのだろう。  
唇をなぞり、舌を絡めるうちにヒューマンの呼吸に甘いものが混じり始め、バハムーンの膝を強く握る。彼はこの瞬間が好きだ。  
前衛を勤め上げ自主トレに励む彼女は、同種族の中で比べれば決して非力ではない。指を立てられたのがヒューマンの体であれば、くっきりと跡が残るのだろう。  
上書きしたはずの感情が滲んだ。気に入らない。力を入れすぎて白く変色した指。模様の残る腕。  
 
「バハムーン君てさ、やさしいよね」  
口付けの余韻に放心しているように見えたヒューマンが唐突に呟いた。  
「どうした、急に?」  
「結構近くにいるけど、痛くされたことってないな、と思って」  
尻尾を踏まれたフェルパーと怒りをぶつけられたフェアリー、ヒューマンの肩を癒し腕に痛みを残したドワーフ。普通なら、集団生活をしていれば避けられない痛み。  
 
バハムーンたちにとって、他者を傷付けないための努力は呼吸と同じだ。  
生命力の高い彼らにはどうという事もない怪我が他種族には致命傷になることを思えば、自分たちにとってすら危険な強い力をうかつに使うわけには行かない。  
高位次元の存在を始祖に持つ者の義務。  
 
不意に滲み出る感情が形を持った。ヒューマンの腕に残る赤黒い模様が気に入らない。わざとヒューマンの意図とは違う返答をする。  
「俺以外の男に近づいて痛くされたことがあるのか?」  
「そんなんじゃないよ。私はそんなにもてませんよーだ」  
「もてたら、どうかなるかもしれない?」  
「なんでそんな意地悪言うの?」  
 
印を刻み付けたいと思った。体と心、両方に残る刻印。外側ではなく内側に。血ではなく記憶で。それを刻むための鎚にひとつだけ心当たりがあった。  
 
覚悟を決めるために、ヒューマンの顎をつかみ唇を合わせた。反応を楽しむためではない口づけは初めてだ。  
違いを感じたらしいヒューマンが身を離そうとするのをさえぎって強く抱きしめた。痛みがあるように。苦痛がないように。  
バハムーンの体はガタガタと震えていた。刻み付けることは傷付けることになりうる。怖くてしょうがない。  
「ほんとに、今日は、なんで・・・」  
本当の気持ちは伝えられる気がしないし、説明するつもりもない。少ない語彙の中から短い言葉を選んだ。  
「欲しい。」  
腕の中のヒューマンが熱くなった。どうやら伝わったようだ。  
「なんで」  
「わからない。嫌か?」  
「・・・・・・・・・・・嫌じゃない、私も」  
欲しい、と小さくささやくのを待たず口をふさぐ。互いを確かめ合うための口付け。心がけ次第でこんなにも感覚が違うものかと驚き、ヒューマンの指を思い出す。  
膝を握りしめたくなるわけだ。これまで悪いことをしたな、となぜか思った。  
 
舌を絡めながらリボンをほどき、ファスナーを下ろす。女子の制服に触るのは初めてだが、戦闘中に脱着できる程なので思いのほか簡単に剥がすことが出来た。  
 
下着姿になったヒューマンの体は、案の定痣だらけだったが、その痛みを知らないバハムーンは痛々しいとは思わなかった。  
もうふた回りほど乳房が大きければ見たものの多くが乳牛のようだ、と思うだろう。もっとも、誰にも見せるつもりはないが。  
「私だけずるい。」  
「ヒュムも脱がせればいい。」  
同じ条件の方がいいかと思い口付けを交わす。初めのうちはおとなしく詰め襟のホックに手間取るヒューマンの背中をまさぐっていたが、  
すぐにまどろっこしくなって自分で脱いだ。  
「なんか、手馴れてて嫌かも。」  
「したいことをしているだけだが、そう感じるってことはこれでいいみたいだな。」  
「ばかぁ。」  
嫌な思いをさせたくないので、背骨をなぞり、反応のいい部分を探しながら行動の理由を言うことにする。  
「尻尾や羽がない背中はどんな感じかと思ってな。」  
「どう?」  
「かわいい」  
すでに上気していたヒューマンの頬にさらに血が上り、耳の先まで真っ赤になる。その特有の短く丸い耳先を舐めあげる。  
「ひぅっ!」  
予想以上の反応に気をよくしたバハムーンはヒューマンの耳に舌を這わせたまま床の上に押し倒し、下着を剥ぎ取りだした。  
抵抗されることも無くやすやすと脱がせた最後の下着はすでに泡立ち糸を引いていた。  
 
下着を脱ぐ。そうなっているのを彼自身初めて見る鎚は使いたい相手に対して大きすぎるような気がした。  
こちらを伺うヒューマンも怯えている様に見える。弱音がこぼれた。  
「無理そうか?」  
「わからない。でも・・・」  
逡巡。続きを聞くのか怖い。むき出しの部分が縮むような思いだが、もちろんそんな都合のいい事は起こらない。  
「私に、ちょうだい。大丈夫、赤ちゃんよりは絶対に小さいよ。」  
震える声で、ヒューマンも怖いのだとわかった。考えてみれば当然だ。怯えながらも気丈に自分を励まし、求めてくれるやさしいヒュム。  
もう一度、口づけを交わして膝を割った。熱く潤んだ中心をなぞるとヒューマンの体が跳ね上がる。  
沈めこもうとした指は、その寸前で止められた。  
「な、中は、触ったことないの」  
「やっぱりだめか?」  
「そうじゃなくて、あの、初めてだから、指じゃなくて・・・ね?」  
恐怖とは違う震えが体を駆け抜ける。  
鶏卵ほどもある先端をあてがい、息を吐くタイミングにあわせてゆっくりと沈めていった。  
幸い組織を傷つけた感触はなかったがヒューマンは痛みに息を詰め、身を硬くしている。バハムーン自身も快感より締め上げられる痛みの方が強かった。  
ヒューマンの体を抱きしめ、強制的に肺から息を搾り出す。腕を緩めるとあえぐような呼吸を始めたが、全身の強張りは抜けなかった。  
答えがわかっているので痛いか、とは聞かなかった。  
「どうだ?」  
色々な意味をこめた短い問いに思わぬ返答が帰ってきた  
「うれ、しい。」  
苦しげな笑顔と精一杯の抱擁。バハムーンは腰を打ちつけたい衝動を必死にこらえ、無意識に尻尾をヒューマンの足に巻きつけた。  
「やんっ」  
短い悲鳴とともに、痛みが消えた。ぬるり、と熱い律動に包み込まれる。快感に跳ね上がった腰を、もうとめることができなかった。  
「ヒュム」  
気遣う声は口づけでふさがれた。ヒューマンは変わらず苦しげにあえいでいたが、その息は熱く、あいまに甘い悲鳴が混じっていた。それが答えだ。  
充足感に蕩けそうなのに歯を食いしばっている自分が可笑しいと思った。覗き込めばヒューマンも同じ表情をしている。  
がくがくと震えているのは自分か、彼女か。バハムーンの腕をつかむヒューマンの指に力が込められ、筋肉に爪が食い込む。  
二人分の咆哮が溶け合うのを不思議なモノのように聞きながら、バハムーンは欲望のインクをヒューマンの中に吐き出した。  
 
 
繁殖の欲求とはかけ離れた彼の衝動は彼女に刻むには不純なモノに思えたので、心身が落ち着いた後、バハムーンはヒューマンに謝罪した。  
ヒューマンは快く許してくれた。彼らもまた繁殖とは違う衝動に駆られて動いているらしい。  
バハムーンは腕に残るの爪あとを見てニヤついた。彼女の刻印。数分後には消えるが、たいした問題ではないと思えた。この腕だって数百年もすれば消える。  
ヒューマンの模様はもう神経を逆撫でたりしない。もっと深い印をこれからはふたりで刻んでいけばいいだけだ。  
 
 

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