「はい、今日の勉強はおしまい。このままがんばれば次かその次にレベルアップしたら転科できそうだね。」
「おぉ!40Lv近くなって基本学科に転科できなかった時はさすがにどうしようかと思ったが
ヒュムのおかげでなんとかなりそうだな。」
「私もいい勉強になってるよ。ラグナロクは全員使えたほうがいいし・・・バハムーンくんと仲良くなれたしね。」
教科書を手際よく鞄にしまいながら、ヒューマンがはにかんだようにほほえんだ。
以前は、勉強中は内容を理解しているかノートを覗くため隣に位置取り(バハムーンの書く字は反対から解読するには個性的すぎた)、
休憩中や雑談時には机を挟んだ対面に移動してたが、ヒューマンの告白を経て一応恋人同士ということになってからは勉強が終わっても
そのままにしている。まだ告白前との変化はないに等しいが、距離が縮まるだけでも結構照れくさい。
「尻尾、いつもは足に絡めてるけどかなり長いんだね。」
「フェルパー程自在には動かせなくて邪魔だからな。その分自分の体重程度なら踏んづけても痛くもないが」
「今日のアレ二人とも痛そうだったよねぇ。」
うっかりフェルパーの尻尾を踏んだフェアリーが報復の鬼人切りをもらうという一幕を思い出してヒューマンは顔をしかめる。
「そんなわけで足に巻いたまま尻に敷いてるやつも多いが座り心地が悪くてな。ヒュムなら試してみてもいいぞ。」
「ことわる。でも自在に動かせないって言う割りに今日はずいぶん・・・」
先ほどから少しうるさく感じるほどに床の上を往復している。
これまでの補習でもバハムーンは時々尻尾をほどいていたが、動くところをみるのは初めてだ。
「うー、ちょっと緊張しているんだ。恋人とかいってもいまひとつ良くわからんからな。」
ふてくされたような表情と口調には不釣り合いに素直な告白に赤面したヒューマンは、二人の間に拳二つほどあいていた距離を詰め、
揺れ動く尻尾を捕まえると自分の膝に挟み込んだ。
「か、かわいいなぁもう!だったらこうだよ。」
「のごっ!」
バハムーンが悲鳴を上げる。
「わ、ごめん!痛かった?」
「いや、大丈夫。」
「ごめんね、ごめんね。」
バハムーンが心なしか涙ぐんでいるように見えて、ヒューマンの目に涙が浮かぶ。
「痛くない、びっくりしただけで。っそうじゃなくて、あの、・・・・・・・」
「あぁっ、まだ持ったままだ!ごめん、気づかなくて」
「違うんだ!あの・・・、うれしいから、・・・もっと・・・して、くれ」
予想外の懇願に、涙目のヒューマンの口がぽかんと開いた。
「え?」
「・・・もう言わせんな。」
バハムーンは消えそうな声でつぶやくと、恥ずかしさが限界にきたのかヒューマンに抱きついて頭頂部に顔を埋めた。
おおらかであっけらかんとした性格の種族に属する彼にしては珍しい反応だ。
ヒューマンは自分のそれよりも二回り大きいバハムーンの手を取り、もう一方の手で先ほどよりは丁寧に拾い上げた尻尾を膝に乗せた。
先ほどの反応を見てしまうと足に挟むのはためらいがある。
(成り行きで愛撫しているのが彼らにとって“そういう”部位だったらどうしよう、今はまだ覚悟が、でもやっぱり)
などと悩んでいるのを察したのか、かすれた声を絞りだすようにつぶやく。
「うぅ、尻尾なんて踏んづけても尻に敷いても平気な鈍感なとこなのに・・・
・・・なんでヒュムが触るとこんなうれしいんだ・・・」
「わ、私も、バハムーンくんに触れると、うれしい、よ?」
ものすごく恥ずかしい逡巡を遮られて、それはそれで恥ずかしい本音が思わず口に出た。しかも声が裏返っている。
バハムーンがヒューマンを抱く指に力が入った。
「もう俺興奮しすぎてブレス吐きそう」
「嘘!」
「嘘じゃない。ヒュムのせいだ」
「やぁん」
「困るか?」
「困るすごく」
「じゃぁ、塞いで」
「・・・・・・ふさぐ?」
バハムーンの言葉の意味を理解して、ヒューマンは耳まで真っ赤になった。
挑発しているのか本当に興奮のせいか半開きになったバハムーンの唇を睨むように見つめた後
眉根にしわが出来るほど硬く目を閉じて、自分の唇を押しつける。
「ぷはっ、これでいい?」
ヒューマンが息苦しさから身を離した瞬間、バハムーンは彼女の唇にちろりと舌を這わせた。
「ひゃん!!」
背中を駆け上がる快感に仔犬のような声が漏れた。目が潤み、膝から力が抜ける。
バハムーンが肩を抱いていなければ長いすから崩れ落ちそうだった。
自分の声が恥ずかしい。蕩けきった顔を見られているのが恥ずかしい。こんなに気持ちよくて恥ずかしい。
それなのにもっとしたいのが一番恥ずかしい。しかもきっとバハムーンにはその気持ちを知られている。
「もうブレス吐いてもいいか?」
甘い羞恥心に身動きがとれないヒューマンをからかうように挑発するバハムーン。ヒューマンは挑発に乗った。
――憎たらしい恋人に同じ気持ちを味合わせてやるために、と自分に言い訳をして。
後日、ブレスについてディアボロスに相談したヒューマンは
『種族が違うから断言は出来ないけど』
『相手をすごく好きになったらそうなるのかも。わたしがそんな気持ちになったことがないだけで』
という優しくも暖かいフォローを受けることになる。
しかも立ち聞きしていたクラッズのせいで尾ひれがつくこともなくほぼ原文のまま噂が広がり
彼女は在学中ことある毎に「脳筋バハムーンの策略にはまった」「ブレスの人」と呼ばれ、身をよじったのだった。
バハムーンの転科は成功した。
噂を聞いたPTメンバーの男たちに「そんな策略を練る頭があるなら魔法を覚えろ」とタコ殴りにされたが本人は全く気にしていない。