機械兵器としての人形に、余計な自我は要らないそうです。  
しかし、機械にも心があり、人形が生きていたらどうでしょう?  
ましてやそれが少年少女だったら、それには造り物を超える何かが宿るはず。  
下手な機械よりも優れ、下手な人間よりも人情にあふれる事でしょうね。  
 
パルタスクの保健室に、何人かの生徒が強張った面持ちで居合わせていた。  
ある少年は落ち着きなく足を遊ばせ、隣の少女は眼を瞑って何かを祈っている。  
やがて保健室の扉が開き、保険医のジョルーと一人のディアボロスが現れた。  
「なんとか蘇生は成功なのね。いやー、灰になっちゃった時はどうなるかと思ったけどね」  
笑い事では済まないが、生き返ったならここは良しとしよう。  
ディアボロスの少年が出てくると、彼が喋るより早くノームの女子が抱きついて来た。  
「お、おい・・・」  
「お帰りなさい」  
「・・・ああ。ただいま」  
二人は以前から交際していて、今では相思相愛のカップルとして自他共に認める存在である。  
チームメイト曰く、排他的なディアボロスの彼に最も早く心を開かせたのがノームの彼女だったらしい。  
以来彼も他の仲間もお互いを理解するようになり、学内でも有数の実力者組となりつつあった。  
「いやーお二人さん、今日も青春真っ盛りだねぃ」  
「彼女をいたわってやれよ。お前が死んだ時もそうだけど、灰になった時は泣きそうだったんだぞ?」  
ノームの身体は人工物なので改造するか故障しない限り涙腺から水は漏れない。  
それでも傍から見た限りでは、もう泣き崩れんばかりだったそうな。  
「そうなのか?」  
「当然よ。回路がショートしそう」  
「もう大丈夫だ。俺はまだ生きてるぞ」  
「そうね。身体が温かいもの」  
「悪かったな、心配掛けた」  
「ええ。でも良かった・・・まだ、隣にいられるのね」  
生死の境目から生還した、感動の一場面。  
その場にいた全員が、言い知れぬ感動に包まれた。  
「フン・・・下らないな」  
通りすがりの何者かが、水を差したりしなければ。  
 
「そこの貴方。下らないってどう言う事?きちんと説明願おうかしら」  
「おや、聞こえてしまったか。聴覚器官が敏感だな」  
無関係な通行人でも、自身の感情を否定されるのは許せなかったのだろう。  
彼氏の腕を掴んだまま、無神経な相手に食ってかかる。  
「良いだろう。解説してやろう」  
「おい、よせって。面倒な事になるぞ」  
「構わない。既に面倒は起きている」  
仲間の静止を振り払う男子の種族は、彼女と同じノームだった。  
「僕達は冒険者だ。常在戦場の僕達に、戦闘行為と無関係なメモリーは必要無い」  
「どうかしら。戦闘経験だけでは冒険者は務まらないわ」  
「その御認識が迷宮での死亡、果てはロストに直接関係する。所属部隊員一人の死で士気最低になりかねない」  
「ならその人を想い守ろうとするのはいけない事?好意のある人がいるのはそんなにマイナスな要素なの?」  
「どちらも肯定する。思考回路に支障をきたす可能性は極めて高い。従って、そのメモリーはジャンク同然だ」  
この一言に彼女は驚愕した。  
大好きな、愛していたとまで言える感情を屑同然と否定された。  
驚きが頭脳を支配し、やがて嫌悪感が沸き上がる。  
「そこまで言うなら試してみる?」  
「おい、いい加減にしろ」  
「僕と直接対決を望むか?では宣戦布告を受諾しよう」  
「お前もそろそろやめとけよ!」  
周りの意見ものれんに腕押し。勝手に話が進んでしまう。  
「武器防具と装飾品、魔法や各種特技に頼らず、制服装備で一対一だ」  
「戦場設定は正方形の平地が良いわ。できれば温度環境も快適な場所が理想的ね」  
「火薬類や回復系統のアイテム使用は一切厳禁。素体性能で勝敗を決する」  
「ついでに助言は反則にしない?戦場離脱も即敗北で」  
「野次馬は望まない。火炎ビン等を投げ込まれない様、観衆はチームメイト限定だ」  
すでに戦闘態勢の二人。目線の火花はこういう時に出てくるのだろう。  
眼の奥が燃え上がったり、背景に龍や虎なんかが出て来てもおかしくない。  
「それならパルタスク中央の小部屋が最適な戦場だね。チミらだけだと危ないから審判をさせてもらうよ」  
「先生!止めて下さいよ!」  
「ムリムリ。もう近頃は歳でね。それにこういう場合は殴り合うのが一番なのね」  
どうしてジョルーは乗り気なんだとか、一応男と女だろとか、そんなツッコミは無駄な気がする。  
眼の前にいる当事者が、これ程殺る気満々だから。  
関係者となってしまったお互いのチームメイト達は、図らずも同時に溜息を吐いた。  
 
パルタスク地下道の中央、狭くも無く広くも無いと言った場所が戦場に選択された。  
小部屋の入り口正面にジョルーが審判として立っている。  
聖術学科の課外授業という建前で、チームの一行も同席していた。  
「両者とも依存は無いね。一応最後の確認をお願いするのね」  
審判員を務めるジョルーの声はやけに落ち着き、普段と変わらない様子で口を利く。  
「戦場情報解析。各部パーツ接続状況良好。感覚器官及びバランサー正常」  
「武器、防具、装飾品、並びに火器、回復アイテム禁止。特技、魔法による特殊攻撃行為禁止」  
「勝利条件、敵性体の死亡、気絶、戦闘不能。投了行為と室外逃走は反則事項」  
「増援期待値0%。現在士気最大。攻撃目標捕捉、シュミレーションスタート」  
だが決闘を目前にした二人は完全に本気でいた。  
敵対した二人の視界には、最早他の生徒など映っていないだろう。  
チームメイトがたじろぐ中、ジョルーだけが冷静だった。  
「じゃあ用意はいいのね・・・始め!」  
「バトル・オン」  
「コンバット・オープン」  
戦闘開始を宣言すると、両者共に突撃を掛ける。  
最初に拳をぶつけたのは、ノーム男子の方だった。  
「くっ!右下腹部損傷・・・!」  
「攻撃が遅い。リーチも短い」  
入りが浅かったせいか、彼女はすぐさま反撃に転じる。  
種族特有能力は反則にならないため、身体を浮遊させ素早く背後に回る。  
再び拳を握りしめ、彼の後頭部を狙う。  
「無駄だ」  
それでも彼は難なく彼女を弾き飛ばしてしまう。  
裏拳で肩を殴られると、反対の壁まで吹き飛ばされた。  
「重力無視の浮遊移動は安定性を犠牲にする。白兵戦では推奨しない」  
「どうして・・・戦闘経験は、貴方と大差ないはずなのに」  
「素体の性能が違うからだ。貴女の素体を歴戦連勝とするなら、僕の素体は最新最強」  
彼はゆっくりと向き直り、起き上がる彼女に言う。  
「精霊媒体製造企業――G.V.P.Eが社運をかけて造り出したこの身体に、旧式の貴方は勝てない」  
 
「そろそろ諦めたらどうだ?各部間接の動作効率が40%低下している。無理をすれば廃品になるぞ」  
「まだ・・・まだよ・・・まだ戦える」  
先の攻防から一方的な試合が展開されている。  
彼女が攻撃を仕掛けると、彼の反撃でダメージを受ける。  
この流れが繰り返され、見るも痛ましい状況だった。  
「僕には理解不能だ。そんな状態になってまで、あんなメモリーを上位優先で保存する意味が解らない」  
「・・・・・・」  
「実際状況として僕に明確な損傷は無い。貴女は故障しているか、でなければ思考回路が異常だ」  
最新の素体を持った彼は、見下すように結論付ける。  
そんな彼の肩越しに、戦況を黙って見守る恋人の姿を見受けた。  
「・・・先生、いえ審判員さん。反則なのは『火薬系、回復系の道具を使用する』でしたね?」  
「え?確かにそう聞いてるけど」  
「補足しておくが、武器防具を道具として使用する事で補助効果を得る事も禁止だ」  
「そう。じゃあコレは違反じゃないわね」  
彼女はそう言ったかと思うと、腰に手を伸ばし何かを取り出す。  
「それは何だ?」  
「リミッターの鍵」  
言い放った彼女の手には、サイズの大きいガラス瓶。  
中には液体が入っているが、見た目やラベルから判断して火薬とも回復とも違う。  
「貴方に一言、情報提供」  
「何?」  
「恋する乙女は、無敵なのよ」  
瓶の栓を取り去ると、軽快な音が響いた。  
首を上向きに傾けた彼女は、喉を鳴らして中身を飲み干す。  
彼の嗅覚反応と、周りの者達の記憶より打ち出される鍵の正体。  
「あのさ、あの瓶のラベル・・・『新月酒』って書いてあるよな?」  
「肯定する。あれはアルコールだ」  
やがて全ての内容量を体内に流し込むと、彼女の身体がふらついた。  
 
「・・・・・・ヒック」  
紅潮した顔でふらつきながら、空き瓶を放り投げる。  
狙ったか適当に放ったかは解らないが、彼女からチームメイトの元に空っぽの瓶が投げ渡された。  
「先生、これ大丈夫なんですか?」  
「ノームのボディだったら、後で洗浄すれば問題ないのね」  
「つーかいつ持ち出したんだ?オレのコレクションだったのに・・・」  
仲間内でブツブツと話し声が聞こえてくる。  
面と向かった彼にさえ、この行動は不可解だった。  
これがリミッターの鍵になるなど、彼は聞いた事も無かったのだ。  
「飲酒行為は確かに抑制を解除するが、運動性能や感覚器官に大なり少なりエラーが出る。安定性も失うだろう」  
彼の分析もほどほどに、彼女は再び攻撃を仕掛ける。  
足下がおぼつかず、踊るような動きになっていた。  
「あ〜あ〜、あんなのでまともに戦えるワケ・・・んん〜?」  
しかし、彼はなかなか反撃に転じない。  
少し距離を取ろうとして、彼女から離れた位置に下がる。  
ろくに攻撃を繰り出さないまま、二人の位置に間隔を開ける。  
「そうか、運動パターンを初期化したか。だが無意味だな。この素体は学習能力にも優れている」  
また彼の素体自慢が始まった。  
言い終わったとほぼ同時に、彼女が再び襲いかかる。  
彼は特に反撃もせず、動向を探っていた。  
ところが、次第に彼女の攻撃が惜しい所をかすめ始める。  
かする程度の当たりだが、徐々に彼の余裕がなくなって見えた。  
「まさか、馬鹿な。予備動作が測定できない・・・パターン学習が追い付かない!」  
あれほど自慢していた最新鋭の性能をもってしても、彼女の動きが読めないというのだ。  
やがて彼女は飛び上がり、かかと落としをお見舞いする。  
彼も防御せざるを得なかったが、それ以上の驚きが見えた。  
「何故だ、何故対応が遅れる?いや、そんな事よりも、女性型がスカートで脚技を!?それは禁則事項の筈だ!」  
「何それ?さっきの話聞いてた?」  
言葉が終わるよりわずかに速く、彼女は彼の背後を取る。  
ついさっきまで見切っていた彼女の浮遊を、今の彼は捉えられなかった。  
「恋する乙女と酔っ払いに、リミットなんか無力なのよ」  
焦る彼の振り向きざま、彼女の回し蹴りが炸裂した。  
 
素体を持った女性系ノームは、あからさまに下半身が無防備になる技は厳禁らしい。  
しかし今回の決闘ルールにそんな条項は挙げられていない。  
完全に不意をつかれた彼は、みぞおちを綺麗に蹴り飛ばされた。  
「うへ・・・あいたたた・・・」  
「見てるだけで痛い一撃だな」  
観衆でさえこれなのだから、食らった本人はたまらない。  
力一杯壁に叩きつけられ、軽い吐血に見舞われる。  
「弱点に的中、損傷は重度、バランサー機能不全、内部機関被害甚大・・・」  
際限なく打ちのめされ、彼の頭脳、最新のOSが算出した結論。  
「ぐっ・・・現時点では戦闘不能・・・っ!」  
「あそう。んじゃ勝負あったの――」  
だが酔いが周り加減と判断が難しくなった彼女は、倒れた彼に追い打ちを掛ける。  
あまりに突然の追撃に、彼も審判も対応ができない。  
「待て。もういいだろう」  
全員が動けない中そう言って割り込んで来たのは、彼女の交際相手、ディアボロスの男子だった。  
彼氏は彼女を押さえつけると、口に手を当て何かを飲ませる。  
手の中にあった物は、錠剤の様な形をしていた。  
「んん?!んむ、んーっ!」  
「我慢しろ、そのまま飲み込め!」  
それなりの抵抗を見せた彼女だが、やがて大人しくなった。  
「んくっ・・・はぁ、はぁ、ふう・・・強引な酔い覚ましね」  
「仕方ないだろ。薬の方が早い」  
「それはそうだけど、ちょっと乱暴よ」  
「気を悪くしたなら謝る。だが、今のは危険だった」  
「そう・・・ありがとう」  
倒れたままの彼を尻目に、早くも二人の世界に入っている。  
やがて彼女は振り返り、抑揚の付いた声で告げた。  
「ジャンクメモリー?否定するわ。あのメモリーも加算して、これが私の実戦力よ」  
仰向けに横たわる彼には、返す言葉も計算できなかった。  
 
その夜は満月で、雲一つ無い星空だった。  
こういう美しい月夜には、菓子を持ち出し屋外で月見をする。  
彼氏の昔からの趣味であり、夜の楽しみの一つだった。  
彼女が校舎の屋上に行ってみると、案の定彼氏と遭遇した。  
「今夜のお供はあんまんかしら?」  
「ん、緑茶もある」  
彼女はそのまま彼氏の横に腰かける。  
昼間の戦闘による損傷は、回復魔法で治っていた。  
「後で聞いたの。彼、対迷宮戦特化型の素体だったんですって」  
彼が使用していた素体、それは冒険者である事を前提とした兵器としての身体だった。  
個人としての強さに特化した、迷宮戦闘用の存在。  
戦闘に勝利し、生き残る事だけを保障されるべく造られた者。  
「悲しいわね。戦うためだけの身体なんて」  
「それは俺達も同じだ。冒険者に求められるのはいつだって強さからな」  
「貴方もそんな事を言うの?」  
「あくまでも表面上の話だ。人に知れるのはそのくらいだろう」  
「・・・そうね。それは否定しないわ」  
「でも、他に何かが無いとこの世界はやっていけない。例えば・・・そうだな、相棒とかな」  
相棒。その遠回しな表現は、彼氏なりの『大事なひと』だろうか。  
「そう言えばお前、あの時本気で壊れるところだったろう」  
「そうね、あれは本当に危険だったわ。あそこまで無理したの、久しぶりよ」  
「何でそこまで頑張る?ほんとに壊れた後の事を真剣に考えたか?」  
彼氏がこれほど露骨に怒る事も滅多にない。  
言われてみると、彼女はここまで必死になった覚えもあまりない。  
それでも、メモリーを否定された事が、恋心を踏みにじられた事が、彼女にはとても耐え切れなくて。  
「ごめんなさい。確かに無茶したわ。けど、私はあのメモリーを、思い出を、諦めたくなかったの」  
その全ては、貴方の為に。  
「貴方の事・・・好きだから」  
耳元で静かに告げて、彼氏の頬に接吻する。  
造り物の身体でありながら、同級生に想いを馳せて、愛する人に心を託す。  
思い出を守り切った彼女の勝利を称える様に、今宵の月は美しい。  
悪魔らしくない笑顔を浮かべ、彼氏はそっと彼女の肩を抱く。  
 

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