-サッカーワールドカップ-  
 4年に一度行われるサッカーの祭典。世界中の市邑が選りすぐりの選手団を送り込み、  
その技を競い合う。クロスティーニ学園でも、開幕一ヶ月前には人が三人集まれば  
この話題で持ちきりとなった。校内の至る所で戦力分析と結果予想の議論が  
戦わされ、普段は視線すら合わせないセレスティアとディアボロスが同郷と知った途端  
肩を組んで故郷の歌を合唱したり、あれほど仲の良かったフェアリーとヒューマンが  
お互い因縁のある地方出身ということで口を利かなくなったり、というような光景が  
見られるようになった。  
 
−初出場ザバイオーネ大金星!!優勝候補ポレンタ港無念!!カウンター一発に沈む!!-  
学科種族問わずハイタッチを交し合って喜ぶザバイオーネ出身者達..  
−伝統の堅守健在!!"氷壁"グラニータ、宿敵"砂嵐"カッサータを完封!!-  
掲示板の影で一人静かに涙を流すカッサータ出身のエルフの女の子..  
開幕すると授業も冒険も手につかなくなった生徒達が広場前の特設速報掲示板に集まり、  
随時更新される故郷のチームの結果に一喜一憂していた。  
 食堂では、冒険のついでに試合を見物した先輩生徒達が、自ら目の当たりにした  
スーパープレーを誰彼とも無く語り聞かせ、その周りでは実力不足で会場まで行けない  
後輩生徒達が目を輝かせてその話に聞き入っていた。  
 
「俺たちもサッカーやろう!!」  
 ここまで盛り上がると見ているだけでは物足りなくなるのが若者達の情熱。そこでクロスティーニ  
学園生徒会体育委員会は、クロスティーニを訪れているパニーニ、ブルスケッタ両校の生徒有志に  
協力を求め、クロスティーニ対パニーニ&ブルスケッタ連合の対校戦を企画した。体育祭以外では  
存在しているのかどうかすら怪しいほど存在感が薄かった体育委員会だが、ここでは驚異的な  
活躍を見せ、大量に応募のあった選手のセレクション、審判確保や会場設営などの運営管理、  
生徒への広報などを三日間徹夜でやり遂げ準備を調えた。  
 
対校戦当日。  
 その日はワールドカップ決勝戦の前夜に当たり、仮想決勝戦に見立てた三校の生徒達の熱気で  
スタジアムは早くも燃え上がっていた。母校への熱いメッセージを書き連ねた横断幕や大旗が  
スタンドを彩り、試合開始を待ちきれないサポーターたちが校歌を歌いながら飛び跳ねていた。  
スタジアム上空では浮遊能力を持つ魔法使い科と賢者科の生徒達がボランティアでライトルを  
唱えながら飛び回り、ピッチを明るく照らしている。  
 やがてその明かりが薄暗く落とされ、スタジアムに一時の静寂が訪れると、アイドル科の  
DJヒューマンの渋い低音が響いた。  
「ただいまより、2010サッカーワールドカップ記念対校戦、クロスティーニvsパニーニ&ブルスケッタの  
試合を開始します。選手入場!!」  
その言葉を合図に精霊使い科の女生徒達がハープで奏でるアンセムが流れ、正義と公正を重んじる  
竜騎士科の主審と剣士科の線審を先頭に両チームの選手がスポットライトを浴びながら入場してくる。  
「本格的だな、おいw」  
「うん、俺も驚いた。うちの体育委員会もなかなかやるもんだなw」  
規模は小さいながらも本物のワールドカップに勝るとも劣らない演出に、スタジアムにいる全員が  
酔いしれていた。  
 
 三校の校歌の斉唱の後にピッチ上でキャプテン同士がペナントの交換とコイントスによるボール&エンドの  
選択を行っている最中、DJヒューマンによる選手紹介が行われていた。  
「..以上パニーニ&ブルスケッタチームのスタメンでした..続きまして、我らがクロスティーニ学園、  
スターティングメンバーの発表です!!」  
大地を揺るがす大歓声が沸きあがる。  
「ゴォールキーパァ、背番号1!!クラ子ーぉ!!..クラ子!?..ディッフェンダー、背番号2!!フェア男ーぉ..フェア男!?」  
スタンドからどっと笑いが起こる。  
「クラ子がキーパーで、フェア男がディフェンス?マジ!?」  
「親善試合だってば親善試合。あっちはアウェイの連合チームだし、このくらいのハンデは当然でしょ?」  
身長が130cmにも満たないクラッズがどうやって高さだけで230cmもあるゴールを守るというのか?  
ボールの直径ほどの身長しかないフェアリーがどうやってボールを蹴るというのか?  
困惑するサポーター達の不安と心配をよそに、当のクラ子は自分の頭ほどもあるGKグラブを頭上で  
ぽんぽんと叩き合わせながら、にこやかにスタンドの声援に応えている。  
 
 スタメンで多少のサプライズがあったものの、一通り選手紹介が終わると、両チームの選手たちは  
それぞれのポジションに散っていった。  
ピィーッ!!  
 キックオフ。  
 主審のホイッスルを合図に、真っ先に飛び出していったのはパニーニのFWクラ男だった。キックオフと  
同時にクラッズ特有のスピード豊かな重心の低いドリブルで、虚を突かれたクロスティーニディフェンス陣を  
切り裂いていく。  
「ボール!!ボール!!僕のボール!!」  
それに真っ先に反応したのはクロスティーニのFWドワ男だった。狂戦士の彼は文字通り狂ったように  
ボールを追いかける。  
「んもう!!これだから野獣は困りますわ。FWならおとなしく前線で待っていてくださらないと、システムも何も  
あったものではありませんわ!!」  
クロスティーニ左サイドDFのエル子が憤慨する。  
「今からそんなに怒っていると、これから90分持たないよw」  
笑いながら隣のクロスティーニのセンターDFのエル男がなだめる。  
「それに良く見てごらん。彼も闇雲に追いかけている訳では無いようだよ。彼はきっと前世は優秀な牧羊犬  
だったに違いない。さあ行こう。最初の戦場は君の担当エリアだよ」  
 
「さあ、ここから先は通しませんわよ!!」  
ドワ男に追い立てられ、巧みに左サイドに追い詰められたクラ男の前にエル子が立ちはだかる。足を止めた  
クラ男を、エル子とエル男とドワ男の三人で取り囲む。ジリジリと包囲の輪を狭める三人。困ったように  
周りを見渡したクラ男はリフティングでボールを軽く弾ませると、三人の頭上を越えるようなふんわりとした  
山なりのクロスボールをゴール前に蹴りこんだ。  
 
(いやぁああ..本当にボールが来ちゃったわ..)  
 クラ男がボールを蹴りこんだ先にはブルスケッタのFWフェア子がいた。  
運動には全く自信の無いフェア子だが、ワールドカップのお祭り騒ぎに煽られて対校戦選手に応募したところ、  
なぜか当選してしまい、そのままスタメンに起用されてしまった。当然サッカーは体育の授業以外経験は無い。  
(ああ、これってきっと絶好球なのでしょうね..外したら皆さんにどんなお叱りを受けるか..)  
 場の雰囲気に流されて応募した自らの軽率さを後悔し、半分泣きそうになりながら、ボールに向かって自信なさげに  
ぱたぱたと羽ばたくフェア子。彼女の身長と同じくらいの直径のボールがぐんぐんと迫ってくる。  
(..やっぱりダメ!!怖い!!皆さんごめんなさい!!)  
恐怖のあまり空中で頭を抱えてうずくまるフェア子。  
「うぎゃ!!」  
 次の瞬間、フェア子の頭上で悲鳴が上がった。恐る恐る顔を上げてみると、フェア子と同じくらいの背格好の  
クロスティーニDFフェア男が全身でボールを受け止めていた。  
呆然とするフェア子のそばを、ボールと共に墜落していくフェア男。  
「ナイスディフェンス!!サンキューフェア男!!」  
クロスティーニGKクラ子がすかさず飛び出してきてこぼれ球を大きくクリアする。  
 
「あ、あの..大丈夫ですか?フェア男さん..」  
目を回して地面に伸びているフェア男を介抱するフェア子。  
「だいじょびだいじょび..で、ボールはどこ?」  
「さっき、味方の方が大きく蹴り出しましたわ」  
「良かったー!!..でも僕たちフェアリーにはサッカーは厳しいなあw」  
(私と同じくらいの背丈なのに、身を挺してゴールを守る真の勇気のあるお方..素敵!!)  
フェア男の振る舞いに感動したフェア子は、フェア男に手を差し伸べ、立ち上がるのを助けた。  
「あ、あの、フェア男さん..もしよろしかったら、試合の後、お時間とって頂けませんか?」  
手を握ったまま俯き加減でフェア男に話しかけるフェア子。頬が真っ赤に染まっている。  
「???別にいいけど..」  
「..ありがとうございます。それでは試合後に、ゲート前でお待ちしております..」  
軽くお辞儀をして、はにかみながらぱたぱたと自陣へと帰っていくフェア子。フェア男はボールが直撃  
してほてった頬を撫でながら、ぼんやりとその後姿を見送った。  
 
GKクラ子がクリアしたボールの落下点では通称「クロスティーニの剃刀」MFのノム男が待っていた。  
(クラ子からのボールが到達するまで約2.42秒今の僕の位置座標はX=22.42mY=34.28m周囲の味方は  
MFのディア男がフリーで僕のX=-3.20mY=-2.28m右サイドのフェル子がX=8.22mY=2.44m敵マーカーの  
ドワ子が更にそのX=-0.98mY=1.56m前線にはFWバハ男がX=58.42mY=-1.85mで張っているがその半径  
2.26m以内にマーカーが二人僕のキック力ではいずれかにカットされる確率が94%そこからカウンターで  
敵FWクラ男に繋がる確率は67.87%バハ男を使ったポストプレーは選択すべきではない一方右サイド前方の  
18.22m×24.18m範囲のフリースペースに蹴りこんで加速度8.7m/秒最高速9.7m/秒のフェル子と推定  
加速度8.1m/秒最高速9.86秒を反応アドバンテージ0.2秒で競らせた場合フェル子がボールを確保する確率は  
彼女のトラップミス確率13.11%を加味しても66.20%こちらの方がベターだな)..0.98sec.  
 
「フェル子Let's Go!!」  
0.98秒で計算を済ませたノム男がクロスティーニの右サイドMFフェル子に向かって叫ぶ。  
「にゃっはー!!Sir Yes Sir、ノーム!!」すかさずフェル子が弾かれたようにスペースに向かって走り出す。  
「あ、待ちやがれ!!」慌てて追いかけるパニーニ左DFドワ子。  
(現在ボールは対地速度で6.23m/秒仰角52.0°で落下中これを先ほどのスペースにダイレクトでパスを出すには  
僕の右足を右18.2°に開いて左34.2°の方向に向かって2.3cm/秒の速さで押し出すように当てれば77.62%  
確率で通せるはず..)..0.24sec.  
 
「いっけぇ!!」  
ノム男がワンタッチでボールを裁くとぽっかり空いている無人のスペースにボールが転がった。それを追って  
二人の駿足女サイドプレーヤーがプライドの火花を散らす。  
「うおおお!!やるじゃんか、うちのおちびさんたち!!」  
DFフェア男の特攻ディフェンス、GKクラ子の鋭い飛び出しとクリア、MFノム男の正確無比なダイレクトパスで  
繋がった稲妻のようなカウンターアタックにクロスティーニスタンドが沸き上がる。  
「待てったら待て!!この泥棒猫!!」  
全速力で追いかけながらフェル子のシャツの背中を引っ張ろうと手を伸ばすドワ子。  
「泥棒猫とは失敬千万!!しかし待てといわれて待つ泥棒はいなーい!!」  
自分のシャツの胸元を引っ張って、背後のドワ子につかみ所を与えないフェル子。  
「ぬぉーずるがしこい奴。こうなったら実力で抜き去るまで!!」  
「でも残念でした!!私のかちーw」  
間一髪でフェル子がボールを確保するとスタンドから拍手が湧き起こった。しかしそれを見届けたノム男が  
小さくガッツポーズをしたことに気がついた者はスタジアム内には誰一人いなかった。  
 
「さてと、泥棒猫としましては、このお巡りさんをどうやってぶち抜いてやろうかしら?」  
ニヤニヤと舌なめずりしながらボールを両足の間でキープし、ちょこちょことフェイントを仕掛けるフェル子。  
「へへ..そんな寒いフェイントに引っかかるかよw」  
どっしりと低く構え、動じないドワ子。  
「じゃ、こんなのはいかが?」  
そう言ってさっと身を翻すフェル子。すばやく対応するドワ子だったがその時一瞬開いた彼女の股間を  
フェル子は見逃さなかった。その股間を、フェル子がしっぽを使ってはたいたボールがスッと転がり  
抜けて行く..。  
「あ"ーっ!!どこまでも汚ねぇやつ!!審判ファールファール!!」  
「ノーホイッスルプレーオーン!!"神のしっぽ"作戦大成功!!にゃっはっはー!!」  
歌うような勝利宣言を残してドワ子の傍らをすり抜けると、フェル子は軽快なステップでゴール前へと  
切り込んでいった  
 
「ボール!!ボール!!僕にボール!!ニアにボール!!」  
さっきまでクラ男を追いかけていたドワ男がいつの間にかゴール前に走りこんできている。  
「..やらせない」  
パニーニDFノム子がドワ男にぴったりマークに付く。  
それを見たフェル子はゴール前にクロスボールを上げた。  
「..どけ、雑魚ども!!」  
クロスティーニ"不動の電柱"FWバハ男が厳しいマークをものともせずにジャンプする。  
「高さでは負けない!!」  
パニーニDFセレ男が純白の翼を羽ばたかせて飛び立つ。  
「意地でもさわる!!」  
セレ男と二人でバハ男を挟み込むようにブルスケッタGKディア子がボールに飛びつく。  
(ボールには触れそうだが、シュートは無理だ..さて、どうしようか?)  
空中で二人と競り合いながら、そう思ったバハ男の耳に味方の叫び声が聞こえた。  
「スルーだ!!バハ男!!」  
とっさに首をすくめ、ボールをやり過ごすバハ男。その先ではオーバーラップしてきたクロスティーニ  
MFディア男が頭からボールに飛び込んでいた。  
「行け!!ディア男!!ぶちかませ!!」  
総立ちになるクロスティーニスタンド。  
「いやぁあああ!!らめぇええええ!!」  
頭を抱え悲鳴を上げるパニーニ&ブルスケッタスタンド..  
 
-ボン!!-  
 
突然鳴り響いた爆発音で、スタジアムは一瞬にして静まり返った。  
「..あれ、みんなどうしたの?ボールはどこ?」  
事態が飲み込めず、頭から滑り込んだ格好のままきょろきょろと辺りを見回すディア男の右角に、  
つい先ほどまでボールだったと思われる粗末な皮がぶら下がっていた..。  
「貴様!!ディアボロスのくせにヘディングとは何を考えてやがる!!」  
「だから帽子被るなり、カバーつけるなり、角をヤスリで削るなりしておけって言ったっしょ..」  
ディア男を取り囲んでぽかぽか殴りつける男性選手陣。  
「あーあ、最近ボール品薄で高いのよねー。魔女の森がアレだから」  
「..どうしよ、これ..錬金で再生できるのかな?」  
破裂したボールをつまみ上げ、ため息をつく女性選手陣。  
「いたいいたいいたい!!ごめんなさい、ごめんなさーい!!」  
フルボッコにされるディア男を見て、事態を把握したスタンドからのブーイングがスタジアムを包んでいった。  
 
「..もう、ほんと馬鹿ね。あなたもキーパーやればよかったのに。手が使えるんだから」  
スタジアムの地下の医務室で、ディア男は診察台に腰を掛け、ディア子の手当てを受けていた。  
「ごめん..でも君まで試合を抜けることは無いだろう?キーパーやりたがる人ってそんなにいない  
から、君のチームの人だって困ってるんじゃ..」  
ディア男の頭に包帯を巻きながら、小さく首を横に振るディア子。  
「いいの。学校は違えど同郷同族の子が殴られてるの、見過ごせるわけ無いじゃない..ワールドカップ  
期間中なんだし..はい、おしまい」  
プレーが再開したのか、頭上からかすかに歓声が聞こえてくる。いつの間にかディア子がディア男の  
隣に腰掛けている。  
「..かっこよかったよ、さっき」  
「え?」  
「ボールに飛び込む瞬間の必死な顔..ドキッとしちゃった」  
両足を所在なげにぶらぶらと揺らしながら、頬をほんのりと赤らめてディア男の顔を覗き込むディア子。  
「あ、ありがとう..き、君だってかっこよかったよ。うちのバハ男に立ち向かっていくなんて。..その、  
女の子に"かっこいい"って言っていいのかどうか分からないけど」  
ドギマギしながら、頬をかくディア男。  
「..ありがと」  
ディア男の言葉に真紅の瞳を細めて微笑むと、ディア子はディア男の首へ両腕を回し、顔を近づけた。  
「試合、再開されたみたいね..私たちもさっきの続き、しない?」  
「さっきの続き..って?」  
「あなたの"ボール"を私の"ゴール"にぶち込もうとしたその続き、よ」  
そういうとディア子はディア男に口付け、そのままベッドに押し倒した..。  
 

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