「クラ子、生徒会から小包が届いているわよ。”召集令状在中”ってあなた何やらかしたの?」 
その日、クラ子が授業から戻ると、ルームメイトから小包を一箱受け取った。早速嬉々として小包を開くクラ子。 
-クラ子殿。貴殿をサッカークロスティーニ学園代表に招集する。明朝8:00にトレーニング可能な状態でグラウンドに参集されたし。 
その際同送したウェアを着用のこと。クロスティーニ学園体育委員会-  
手紙の下には黒を基調にオレンジと白のラインが入ったトレーニングウェアが入っていた。早速取り出して拡げてみると胸元には大きく「Crostini」の文字が。 
背中を見ると”1”と書かれた背番号の上に”Khulaz”の文字が入っている。しばらく感無量の面持ちで眺めた後、そっと胸元に抱きしめるクラ子。  
「へぇ..あなたサッカーやるの?良かったじゃない。試合、私も見に行くわよ。頑張ってね」 
ルームメイトからの祝福にうんうんと頷きながら、いつまでもいつまでもウェアを抱きしめていた。 
 翌朝、集合時間よりも一時間早くグラウンドに行ってみると、既に同じウェアを着た選手が何人かランニングをしていた。クラ子も早速ストレッチで身体をほぐす。 
「代表選手の皆さーん、集まってください!!」 
集合時間となり、体育委員会の者とおぼしき堕天使科のセレ男が選手達を呼び集めた。選手は全員で 20人ほどだろうか。 
「おはようございます。体育委員会のセレ男です。今回は君たちの監督..というか、アドバイザーを務めることになりました。よろしくお願いします」 
堕天使科なのに、意外に腰の低いセレ男。その礼儀正しさが却って不気味に思われた。 
「では早速トレーニングに移ります。午前中は体力強化、午後はミニゲーム、夜は詳しいルールの説明と戦術の講義をします。 
あと、こちらで皆さんのポジション希望を参考に紅白戦用にチーム分けをしました。今日と明日の練習試合でのパフォーマンスを見てスタメンを選抜します。では皆さん頑張ってください」  
「やっぱり堕天使は堕天使だ。腰は低くてもやることはえげつない..」 
 
 午前中、長距離走と短距離走とステップワークのトレーニングで散々走らされ、全員がへろへろになりながら昼食をとっていると、午後の紅白戦のチーム分けが発表になった。 
クラ子はBチームに配属となった。早速チームメイト同士で挨拶をする。 
「DFやることになりました。魔法使い科のエル男です」 
「同じくDFの精霊使い科のエル子ですわ。お見知りおきを」 
午前中のトレーニングからぴったり寄り添って離れないエルフのカップル。 
「DFのアイドル科セレ子でーす。よろしくね」  
無邪気な笑顔でウィンクをするセレ子。 
「ええと、”どこでもいいです”と書いたらDFにされてしまいました。賢者科のフェア男です」 
あはは..と半分困ったような笑い顔を浮かべるフェア男。 
「キーパーのクラ子です。専攻は人形使い。よろしく」  
と、一人一人に握手を求めるクラ子。 
「あらまあ、うちのディフェンスチビばっかじゃん。お願いだから足を引っ張らないでよね」 
ディフェンス陣が和やかに自己紹介をしている頭上から高飛車な声が降って来た。 
見上げるとFWのバハ子が薄ら笑いを浮かべながら見下ろしている。 
「でも、あんた達がディフェンスなら自分で活躍しないとスタメンにはなれそうにないわねぇ。まああんた達には期待していないから仲良くやっててよ、じゃね」 
お互い顔を見合わせて肩をすくめる。Bチームは一筋縄では行かない編成となったようだ。 
 
「あんたたち、本当にやる気あるの?ほとんどザルじゃない。ボールが回って来なければ私だって点の取りようが無いの。 
あんた達はどうでもいいけど、私がレギュラーにならなければ学校が恥をかくことになるのよ? そこんところ分ってるの?」 
 夜の戦術講義の後の寮のロビー。FWのバハ子が真っ赤になって大声で説教している。 
午後の紅白戦の結果は散々だった。20分の試合を3本行ったが、クラッズ達のBチームは0-3、0-2、0-5と完敗してしまったのである。 
 硬い表情のままバハ子を睨みつけるエル男と不安げな表情で彼にぴったりと寄り添うエル子。申し訳無さそうにションボリと俯くセレ子。 
ディフェンスの穴と目を付けられ、散々相手に吹っ飛ばされ、突破されたフェア男は悔し涙をポロボロとこぼしている。  
「泣いた所でいきなり背が伸びる訳じゃないわよ?あなた。いっそのこと代表辞退して頂けないかしら? そうすればもう少しまともな選手が補欠から..って、そこ、ちゃんと聞いてるの?」 
 どっかりと椅子に座り、グラスに入った氷入りの飲み物を飲みながら、説教をどこ吹く風と聞き流しているクラ子にバハ子が絡んだ。  
「だいたいあなたその体格でキーパーに志願するなんて、何を血迷ったのかしら..きゃ!!酒臭い!!」 
 威圧的に顔を寄せるバハ子にアルコール臭のする息を吹きかけるクラ子。 
「..で?あんたがここでヒステリックに説教すれば点を取られずに済むようになるわけ?」 
完全にクラ子の目が座っている。 
「あなたお酒飲んでるの?」 
「おうよ、文句あるんか?」 
そう言って生徒手帳を放り投げる。それを開いて覗き込む一同。 
(最上級生でその上留年3回って..) 
 呆気にとられた表情で見つめる一同を他所に、涼しげな顔でグラスをあおるクラ子。 
「..まあ私の歳なんかどうでもいいけどね。くだらない八つ当たりならそこいらの森の中のモンスター相手にやりなよ..さてと、そこのバカの説教よりもう少し身のある話をしようか」 
そう言ってふらふらと立ち上がり、一同の輪の中を歩き出す。 
「残念ながらこの中にバハ子の説教に反論できる者はいないはずだ。第一にそこのバカップル」 
そう言ってエルフ達の前で立ち止まる。 
「どちらかがボールに絡むとすぐもう一方が駆けつける。麗しい恋人たち..と言いたい所だが、DFが簡単にマークを捨てて行ってしまうのはキーパーとしては非常に困る。 
愛し合うのは結構だが、グラウンドの中ではもう少し別の愛の形を考えてほしい。べったりくっつくばかりが愛ではなかろう?」 
真っ赤になって俯くエルフ二人。 
「そしてちょっと足を出せばボールに届くのに、相手の勢いに気圧されてボールを取られるアイドルのお嬢ちゃん。せっかく180度開く長くて柔らかい脚を持ってるのにもったいない」 
うなだれた首をさらに深く下げるセレ子。  
「さらに体格では絶対勝てないと解っていながら真っ正面からぶつかり合って玉砕を繰り返す蝶々さん。君の所属学科、どこだったっけ?」 
うわあー!!とさらに大声を上げて泣き出すフェア男。  
「では、あなたはどうだというのですの?さっきから他人ばかりをあげへつらってますけど」  
怒り半分の口調で尋ねるエル子に、クラッズは涼しい顔で答えた。 
「私?私は朝に自己紹介した通りただの人形使い。戦うのは人形たちであって私ではない」 
「な、なんですって!?」 
「誤解の無いように先に言っておくけど、私は君達のことはまんざらじゃないと思ってる。4人ともド素人で先入観が無くて、そこそこ頭がいい。 
もし君達が私に忠実な操り人形に徹するなら、きっと強力な”魔法壁”がゴールを守ってくれるはず」 
「..でも、プレー中は魔法は使用禁止のはずですよね?」 
頬に人差し指を当て、首を傾げるセレ子。 
「..オフサイドトラップ..ですか?」 
真っ赤に泣きはらした目で答えるフェア男にクラッズはウィンクを投げ掛け、グラスを掲げてみせた。氷がからからと涼しげな音を立てる。 
「さすがは賢者様。ご名察ー」 
クラッズの剽軽な演技と意図に一同の顔に明るさが戻ってくる。  
「ただ、この三日間でラインディフェンスを完成させるのは並大抵のことじゃないけどねー。やる気、ある? 私の可愛いお人形さんたち?」 
意地悪そうに一同を見回すクラ子の目に、このままでは終われない、と決意の表情を浮かべた4人の顔が映っていた。 
 
 翌朝、代表選手たちがグラウンド出てみると、クラ子と可愛い人形たちが早くも練習を始めていた。 
「何やってんだ?あれ?新手の二人三脚か?」 
見ると、4人がローブで身体を結びつけ合い、横一列になって短距離ダッシュを繰り返している。  
「はいダメ!!フェア男が遅れてる。速く走ればいいってもんじゃない。”揃って走る”ことが大事なの!! 隣同士をよく見てもう一回!!」 
クラ子が鬼軍曹のように怒鳴っている。 
 短距離ダッシュが終わると、今度はロープで身体を結びつけたままステップワークの練習に入った。 
「前っにっさんしっ!!右っにっさんしっ!!後ろっにっさんし!!ちゃんと隣と等間隔保って!!」 
操り人形のラインダンスのような練習を笑いながら見つめる他の代表選手達。 
その中でAチームMFのノム男はしばらくその光景を眺めていたが、同じチームのFWドワ男のそばに行くとその耳元に何かをささやいた。  
 練習二日目の午後は1本45分の練習試合を3本行う予定であった。 
「腰が高いまま足を出すから蹴られたとき力負けして怪我をするの。腰を下ろして低い姿勢から押し出すように足を出せばタイミングも取りやすいし、怪我もしにくいんだよ。さあもう一本!!」 
 昼休みの間も時間を惜しんで、セレ子に1vs1のディフェンスを教えるクラ子。 
セレ子の額には玉のような汗が噴き出し、アイドルの身だしなみとして丁寧に手入れしてきたであろうきれいな純白の羽は芝生にこすれて緑色のシミが付いている。 
「そろそろ昼休みも終わりね。ここまでにしよっか。セレ子は足が長いし身体も柔らかいから焦らず恐れずタイミングを計れば誰からでもボールを取れるよ」 
セレ子にタオルを手渡し、笑顔で労うクラ子。 
「はい..頑張ります」 
汗を拭いながら充実した微笑を浮かべるセレ子。二人がみんなの集まっている木陰に帰ってくるのを待って、監督のセレ男が言った。 
「では、午後は予定通りAとBに分かれて練習試合をします。そこでのプレーを参考に今夜スタメンを決める予定です。 
そして明日の午前はスタメン組と控え組とで練習試合をして最終調整を行いますから頑張ってください。」 
「さあ行ってみようか?私の可愛い人形たち!!」 
(今日のプレーでスタメンが決まる..) 
 緊張した面持ちでそれぞれのポジションに散る人形たち。今日はクラ子の意見を採り入れて、左からエル子エル男フェア男セレ子の順でディフェンスラインを作った。 
 AチームFWバハ男にぴったり寄り添うフェア男。  
「なんだ、泣き虫蝶々君が俺のマークか?押しつぶされないように気をつけろよw」 
余裕のバハ男にフェア男が負けずに応じる。 
「それはやってみてのお楽しみ。僕のせいで君がスタメン取れなくなっても怒らないでね」  
(これは昨日と勝手が違うぞ) 
 Aチームの選手たちがそう感じ始めたのは試合が始まって15分経った頃だった。 
前線のバハ男に出すパスがことごとくオフサイドトラップに引っかかるのである。 
バハ男へのパスが出る瞬間、素早く身をかわしてバハ男をオフサイドポジションに取り残すフェア男。その”魔法壁”を操っているのは.. 
「ライン前!!..よし!!フェア男ナイス!!」 
一秒たりとも声を切らさず、コーチングするクラ子だった。クラ子の指示に合わせて綺麗なラインを保った人形たちが、あたかも意志を持った一枚岩のように動き回る。 
オフサイドを警戒して下がるバハ男だが、ボールの扱いが大雑把なバハ男がゴールから遠い場所でボールをもらっても怖くは無い。 
無謀なドリブル突破やロングシュートを試みては自滅を繰り返していった。 
 
ピッピッピー!!  一本目終了。 
0-0。昨日トータル60分で10点失った同じメンバーで45分を守りきってしまった。  
まるで試合に勝ったかのように喜んでクラ子の周りに集まる人形たち。昨日バハ子に戦犯呼ばわりされたフェア男は既に泣いてしまっている。 
「ありがとう、クラ子さん..僕..僕..うわああーん!!」  
フェア男を抱き上げ、愛しげに頬ずりするクラ子。 
「よくやったね..頑張った頑張った..でもね、あれを見てごらん」 
クラ子がAチームのベンチに目をやる。 人形たちもそちらに目をやると、AチームのMFノム男がFWのバハ男とドワ男、右MFのフェル子を前にちらちらとこちらを見ながら 
身振り手振りを加えて何かを説明している。その真剣な雰囲気に息を呑む人形たち。 
「私たちはようやく噛ませ犬の立場から彼らと同じスタートラインに立っただけ。次からはきっと本気で来るね、あの顔は」 
 そしてみんなを見回しながら続けるクラ子。 
「次の試合は敢えて今まで通りやる。向こうはありとあらゆる手段を使って私たちの"魔法壁"を崩しに来ると思うから、そのパターンをしっかり覚えて三本目に繋げるの。 
多分次の試合は大負けするかもしれないけれども、そこで心折れたらダメ。次の試合で相手の手の内を全部引き出して、勝負はあくまで三本目。いいわね?」 
 クラ子の言葉に力強く頷く人形たち。さっきまで泣いていたフェア男も含めて、全員が戦士の顔になっている。 
(..みんな、いい顔になったわね..) 
顔にも口にも出さず、心の奥底でクラ子はそう思った。 
 
 二本目はクラ子の言うとおり、一方的な展開となった。司令塔ノム男の指示を受けたAチームは多彩な攻撃で人形たちの”魔法壁”を打ち砕いていった。 
 下がるFWバハ男に合わせてラインを上げた瞬間、入れ替わりに飛び出したFWドワ男に決められ0-1。 
 MFノム男と右MFフェルパーのパスワークで左DFエル子を散々翻弄したあとのクロスボールをFWバハ男がヘッドで決めて0-2。 
 ドリブルで強引に突破してきた右MFフェル子をDFエル男が押し倒してしまいPK。MFノム男が冷静に決めて 0-3 
(エル男はフェル子とエル子から両頬に一発ずつ"レッドカード"をもらうも、退場なし)。 
 FWバハ男の威力あるロングシュートを辛うじてGKクラ子が弾くも、こぼれ球をDFセレ子がクリアしようとして空振り。ボールをFWドワ男に奪われ0-4。 
 それでも人形たちは美しいラインを崩さず、ぼろぼろにされながらも自分達の"魔法壁"を武器に戦い抜いた。 
「案の定散々だったわね」 
 腰に手を当てサバサバとした表情で人形たちを見回すクラ子。それぞれ顔に悔しさをにじませながらも三本目に向かって復讐心に目をギラつかせる人形たち。 
「..でもやる気は充分みたいね。ここで私が三本目の指示を出す前に、まずは二本目の感想を聞きたいな」  
 早速エル子が手を上げる。フェル子とノム男に遊ばれたことがよっぽど悔しかったらしい。 
「..今度ああいう場面の時は、私は一番外側の選手に集中しますから、中はエル男さんお願いしますわ」 
「ああ、任せておくれ..それが君への愛の証となるのなら僕は死んでもやり遂げるよ..」 
と、エル子にもらった"レッドカード"の跡をさするエル男。 
「..ごめんなさいね、エル男さん。私ったら上手くプレーできなくてイライラして、つい..」 
と、二人だけの"倍化魔法陣"が形成されかかったところにおずおずとセレ子が手を上げる。 
「..ごめんなさい..私、あんな大事な時に空振りするなんて..恥ずかしい..」 
そう言うと手と翼で顔を覆い隠してしまった。 
「ああいう時は力一杯蹴る必要は無いと思うよ」  
フェア男が慰めるように言う。  
「焦らずに無理しないで落ち着いて軽くボールを蹴り出すだけでいいと思うよ。相手のスローインになっても気にすることは無いさ。 
ほら、スローインならグラウンドの中は味方11人で、相手は10人になるでしょ? 大したこと無いよ」 
「..おまえ頭いいなあ..」 
エル男が目から鱗が落ちたような顔をする。 
 クラ子が彼らの話し合いを穏やかに見守っていると、突然後から声を掛けられた。 
「ごめんなさい、クラ子さん。最後の失点はバハ男へのチェックが遅れた僕のせいです..」 
振り向くとMFのディア男が申し訳なさそうに頭を掻いている。 
「う、うん、気にしてくれてありがとう。前の人が早めにプレッシャー掛けてくれるととても助かるな。特に向こうのノム男、彼が攻撃の起点になってるみたいだから彼を自由にさせないで」 
驚きつつも微笑みながら答えるクラ子に小さく頷くディア男。その背後では同じくMFのフェル男が何か言いたそうにもじもじしている。 
早速人形たちの話し合いの輪に二人を加えるクラ子。 
 昨日は一人一人がなすべきことを知らず、ただの噛ませ犬だったBチーム。それが今、人形たち以外の選手をも巻き込みつつ、一つの目標へ動き出そうとしていた。 
-全ては対校戦出場のために- 
 長くて短い15分間の休憩が終わった。 
 お互いの持ち手を出し尽くした後の三本目は壮絶な試合となった。巧みなライン操作で"魔法壁"を築く人形たちと、早いパス回しと個人技でそれを切り崩そうとするAチーム。 
しかし二本目は好き放題にパスを回していたAチームも、人形たちの"魔法壁"の前でMFのディア男とフェル男が守備に加わったせいで攻撃の選択肢と精度を著しく落としていた。 
 ゴール前で泥沼の攻防を繰り返し続け、残り10分を切ったときのことだった。 
「エル男!!ドワ男の突破注意!!きっちりマークして絶対離すな!!」 
「セレ子我慢我慢我慢..クロスのコース切ってボールだけ見ていればいいから!!」 
「ライン上げ!!..ようしオフサイド!!」 
 指示を出すだけでなく、自分から積極的に飛び出して"魔法壁"の綻びを繕うGKクラ子。 
その時、今まで "魔法壁"の大黒柱として支え続けながらも、45分の試合の三本目で足が言うことを聞かなくなってきた DFエル男の背後に、 
相手のMFノム男から容赦ないスルーパスが放たれた。 
歯を食いしばり、思うように動かない両脚に鞭打って必死にボールを追うエル男。 
(今のエル男では追いつけない)  
とっさに飛び出すGKクラ子。スルーパスに反応したFWドワ男も突っ込んでくる。 
シュート体勢に入ろうとするドワ男の足元に、クラ子は一瞬のためらいも見せず飛び込んでいった。 
−ゴッ!!- 
 鈍い音を立てて交錯する二人。ドワ男は足を引きずりつつもすぐに立ち上がったが、クラ子はうずくまったまま動かない。 
慌てて駆け寄る人形たち。 
「う、うーん..」 
顔を押さえてうずくまるクラ子の頭の周辺には流れ出た鼻血で血の池が出来ていた。 
(..うっ..) 
凄惨な光景にみんなが目を背ける中、セレ子が血の池の中に膝をつき、クラ子の肩を揺すって呼び起こす。  
「クラ子さん、クラ子さん、しっかりしてください!!..誰かヒールを!!早く!!誰でもいいから!!」 
悲痛なセレ子の叫びにフェア男とエル男が我に返ったようにメタヒールを詠唱する。 
「あーあ、たかが練習試合で何熱くなってんだか..こんなところで大怪我してりゃ世話無いねぇ」 
 クラ子を心配して取り囲む人形たちの頭上から嘲るような声が降ってきた。振り返るとBチームのFWバハ子が薄ら笑いを浮かべて見下ろしている。 
「..何ですって?」 
セレ子とともにクラ子に寄り添い、その手を握りしめていたエル子がゆっくり振り返って立ち上がる。普段は薄い萌黄色の両眼が怒りで真っ赤に染まっている。 
「..あなたは一体何様のつもりなの?点取って来るわけでもなければ守備を手伝うわけでもない。ただ前線をふらふらと歩き回って、ボールが来ない来ないと愚痴るだけ。 
チームメイトが大けがをしても”大丈夫?”の一言も無し。そういう図体がでかいだけの役立たずを世間一般に"独活の大木""山田の案山子"って言いますのよ?」 
「なんだと..」 
バハ子の目が釣りあがる。 
「自分では才能に自信があるのかも知れませんけどね、毒にも薬にもならない今のままではスタメンはバハ男さんのものですわ。 
あなたなんか、居ても点は入らないし居なくても守備には影響無いのですから、さっさとお引取り願いたいですわね。そうすれば補欠から少しはまともな方が..」 
「..きっさっまぁ!!黙っていれば調子に乗りやがって!!」 
昨夜フェア男に吐いた自分の台詞を逆手に取られたことに逆上して拳を振り上げるバハ子に対して、一歩も退かないエル子。 
「さあ殴るならお殴りなさい!!私の頬と引き換えにあなたをチームから追い出せるのなら安いものですわ!!」 
「..あ、もう大丈夫だから。心配しないで」 
 二人のメタヒールを受けて、もっさりとクラ子が起き上がる。バハ子を睨みつけながらその元へ歩み寄るエル子。 
「..大丈夫ですか?クラ子さん..今日はもう安静にしてくださいな。後は私たちが..」 
「それはダメ」 
あっさり否定するクラ子。  
「あなたたちは私の可愛い操り人形。大事な試合の大事な時に私が操り糸を離すわけにはいかない。それに..」 
鼻をクシュクシュとすすった後続けるクラ子。 
「この試合、とても楽しいから..。フェア男がバハ男を抑えて、クラッズの私がゴールを守って互角の戦いをしてるんだよ? 
エル子だってエル男だってセレ子だって、サッカー経験者じゃないし体格的に恵まれてるわけじゃない。 
それなのにこんなに素晴らしい試合してるんだもん..。ただの練習試合だけど..きっと今日の試合は一生の思い出になると思う..」 
嬉しそうに話すクラ子を見つめ、大きく頷く人形たち。 
「..このメンバーでサッカーするのは、今日で最後かもしれないし..だから、この試合だけは最後までみんなの人形使いでいさせて..お願い」 
そう言ってぺこりと頭を下げるクラ子。 
「..さ、立てますか?僕らの可愛いご主人様」  
 しばらくの沈黙の後、背後からエル男がクラ子を優しく抱え上げる。 
「残り7分だそうです..最後まで操り糸を離さないでくださいね」  
セレ子の言葉に頷くフェア男とエル子。 
「..ありがと..私の可愛い..お人形さんたち..」 
そう言って目を伏せ口元を押さえると、クラ子はくるっと背中を向けてゴール前へと駆け戻って行った。 
「Bチームボールのフリーキックで..」 
(あと、7分か..) 
 審判のセレ男の言葉を合図に、乾き始めた血の池に縁にそっとボールを置くエル男。名残惜しげに少し長めの助走を取ると、 
頭上に広がる青空に向かって思いっきりボールを蹴り上げた。 
 
「まずは対校戦の概要を説明します。ベンチ入りは20人。つまりここにいる全員が入れます。そのうちスタメンが11人で、途中交代は3人までです..」 
 夜、学生寮の会議室ではスタメンの発表が行われようとしていた。結局三本目は0-0の引き分け。 
体育委員のセレ男の説明を聞く人形たちの顔には、何かを成し遂げた充実感と一抹の寂しさが浮かんでいる。 
「..ではスタメンを発表します」  
会議室に緊張が走る。  
「ゴールキーパーはクラ子」  
信じられないと言った表情で目を丸くするクラ子。周りの人形たちから祝福の拍手が起こる。 
「ディフェンダーは左から順にエル子、エル男、フェア男、セレ子」 
きゃあ!!と短い歓声を上げるセレ子。お互い顔を見合わせ、手を取り合って喜ぶ人形たち。まさか全員がスタメンに選ばれるとは..。 
「またやれる..またみんなでサッカーやれるよ!!」 
「..はい、そこ静かに。選ばれなかった者の気持ちも考えるように。..中盤は..」 
 セレ男に注意され、口元を押さえて静まる人形たち。次々とスタメンが発表される中、エル男はエル子の肩を強く抱き寄せ、エル子はエル男の腕の中ではらはらと涙を流す。 
フェア男は止まらぬ涙を腕で拭い、セレ子はそんなフェア男の頭を優しく撫でる。 
クラ子はそんな人形たちを感慨深げに目を細めて眺めていた。 
 クロスティーニ学園代表の最終的なスタメンは次の通りとなった。 
 
FW:バハ男、ドワ男(以上A) MF:ヒュマ子(A)、ディア男(B)、ノム男、フェル子(以上A) DF:エル子、エル男、フェア男、セレ子(以上B) GK:クラ子(B) ゲームキャプテン:ノム男 
 
 今日の練習試合で激戦を繰り広げたAチームの攻撃陣とBチームのディフェンス陣の組み合わせである。 
「..予定通り、明日はこのスタメンとそれ以外の控え組とで最終調整の練習試合を行いますから、心身ともに準備しておいてください。以上、解散」 
 書類をまとめ、会議室から出ようとする体育委員のセレ男をAチームのディフェンス陣が取り囲む。 
「監督、納得いきません。僕たちはこの二日間Bチームに得点を許していません。なのになぜ..。一体どういう基準で選抜したのか、説明してもらえませんか?」 
「そう..君たちは確かに失点していない..しかしそれだけだからだ」 
きょとんとするAチームディフェンス陣。 
「今までの試合を冷静に振り返ってみるといい。君たちが失点しなかったのは攻撃陣が圧倒的に攻めまくっていたからであって、君たちが優秀だったからではない」  
「な..」  
「さらに君たちは、相手が守備に追われてボールが来ないことをいいことに、特等席の観客になってしまった。選手としてやるべきことはまだまだたくさんあったはずだ。 
今日サイドバックは何回クロスを上げた? センターバックはセットプレーで何回上がった?今日の一本目と三本目、君たちの意欲次第で結果はどうにでもなっていた。 
君たちが落選した一番の理由は、グラウンドに立っていながら全く試合に参加していなかったことだ」 
言葉を失う抗議者たち。 
「まだ文句があるというのなら、明日のスタメン組と君たちとの試合の中で表現してもらおう。この二日間、君たちが何を考え何を為したか、スコアは正直に答えてくれるはずだ」 
そう言い残すと、踵を返して生徒会室の方へ歩いて行ってしまった。 
「時間、いいかい?」 
 人形たちと喜びを分かち合い、明日の練習試合と対校戦に向けての反省ミーティングをしたあと、寮の自室に戻ろうとしたクラ子をノム男が呼び止めた。 
「何か用?」 
「まずはスタメン選出おめでとう..君と君の仲間たちに」  
「ありがとう。レギュラーを争うライバルとしては怖かったけど、今からは頼もしいチームメイトだね。よろしく」 
そういって握手を交わす二人。 
「で、用件はそれだけ?」 
「いや..少し長くなりそうだから..」 
そう言って椅子を勧めるノム男。クラ子も椅子に腰を掛ける。 
「ところで君はザバイオーネに行ったことがあるかい?」  
「..それが何か?」 
「僕、ワールドカップ開幕戦のザバイオーネとボレンタ港の試合を見たんだ。そのとき見たザバイオーネの守備が君たちのやり方とそっくりでね。 
きれいなラインを作って積極的にオフサイドを狙う所が特に」 
「..」 
「それで気になって最近のサッカー関連の資料を調べてみたら、ちょくちょく君の名前を見かけたんだ。ザバイオーネの選手やスタッフとして、ね」 
「..そこまで調べてたんだ..さすがだね。勝てない訳だ」 
まいったな、という顔で頭を掻くクラ子。 
「..最初はね、冒険のついでだったんだ。村祭りのイベントでサッカーの試合をしたいんだけど、人数が足りないから手伝ってくれって。 
それで、今みたいに村人集めてちょこちょこっと練習やって..。お祭りが成功すると今度はワールドカップに挑戦したいから力を貸してくれって頼まれて。 
私、頼まれると断れないから、パーティを抜けてボランティアで手伝うことにしたんだ..。それが4年前」 
懐かしそうな表情で語り始めるクラ子。 
「手伝うって言っても、コーチの仕方なんて知らないから、選手の一人として一緒にボールを追いかけながらの指導だった。 
あの極端なラインディフェンスは体格や技術の差を少しでもカバーしよう思って取り入れたの。試合が終わると反省会を開いて、 
みんなで約束事を作って、練り上げていくたびにだんだん試合に勝てるようになるのがとても楽しかった」 
 ふっと笑顔を見せたクラ子だが、やがて寂しそうに俯いてしまう。 
「..でもね、何回か勝って自信がつくと約束事が煩わしくなっちゃうんだね。勝つために決めた約束事なんだからきちんと守ろうよ、って言ったら 
”お前の操り人形なんてまっぴらごめんだ”って言われて..結局私、正式な指導者資格持ってないから、それを理由に去年予選直前に追い出されちゃった..三回留年してまで 
尽くした結果がこれだよ..」 
ぐすっと鼻をすすり上げて続けるクラ子。 
「..今日は本当に楽しかったな。みんなもすごい自信になったと思う..でも、明日の朝になったら、やっぱり自分たちの足で歩き始めるようになるのかな..そうなったら私、 
またひとりぼっちだ..」 
「..そんなことは無いと思うな」 
静かにクラ子の話に耳を傾けていたノム男が言った。 
「僕が見たザバイオーネのサッカーは確かに君のサッカーだった。きっと彼らは自分で操り糸を断ち切った後、バラバラに崩れ落ちて動けなくなって、 
そこで初めて失ったものの大きさに気がついたんだと思う。それでもワールドカップに出て勝てたのは、君が積み上げて来た”クラ子サッカー”という立ち返る場所があったから。 
僕はザバイオーネのワールドカップ初勝利は君のものだと信じてる。だからもう一度ザバイオーネを訪ねてみて。きっと村人たちも君のこと心配していると思うよ」 
まんまるに見開かれた琥珀色のクラ子の瞳から止めどなく涙が溢れ出る。 
「..それに、君の仲間のことは心配しなくてもいいよ。あれだけ厳しい戦いをみんな楽しんでプレーしているように見えたから..。僕も敵としてプレーしていてとても楽しかったし。 
操られているように見えて、実は自分の意思で踊ってたんじゃないかな?そうでなければあんなに楽しそうには踊れない」 
そう言うと、ノム男は再び右手をクラ子に差し出した。 
「今度はチームメイトとして一緒に戦えるのを心から楽しみにしている。だから、僕にも君の仲間と同じように接してほしいな」 
目頭を何度もこすった後、クラ子はその手を握りしめた。 
「..それって、君のことも私の人形扱いしてもいいってこと?」 
「..その昔、僕たちノームがなんと呼ばれていたか知ってるかい?”生きた人形”だって」 
 
 翌朝、クラ子がグラウンドに出てみると、人形たちは既に短距離走を終えステップワークの練習をしている所だった。 
「おはよう..みんな早いじゃない?どうしたの?」 
「ええと..スタメンに選ばれたらなんかこう..落ち着かなくなっちゃって..」 
照れたような笑顔を浮かべ、信頼しきったまなざしを向ける人形たち。その顔を見て、昨日ノム男が言ったことは本当なのかもしれないな、とクラ子は思った。 
「そう..じゃ、時間が出来たから今日はセットプレーの対処法を練習してみようか?私たちの中で高さを期待できるのは、長身のエル男と飛べるセレ子だから、二人に頑張ってもらうね」 
「「「「はい!!」」」」 
元気よく答えると、人形たちはグラウンドへ散って行った。 
 
 スタメン組対控え組の練習試合は、スタメン組の圧勝だった。控え組の守備陣はノム男の繰り出す正確無比なスルーパスとドワ男とフェル子のスピードについて行けず、 
攻撃陣は人形たちが仕掛ける”魔法壁”に全くなす術がなかった。 
 起死回生の逆転を狙いながらかなわず、グラウンドに崩れ落ち、がっくりうなだれる控え組。 
その脇を通り過ぎる人形たちの頭の中は、既に明日の対校戦のことで一杯だった。 
 
 対校戦前夜。  
 全体のミーティングを終え、人形たちと守備戦術の最終チェックを終えたクラ子は、自室のベッドで寝転がりながら、対戦相手のパニーニ&ブルスケッタチームのリストを眺めていた。 
(知ってる人、誰もいないな..当たり前っちゃ、当たり前か) 
研究のしようが無いことに気付くと、リストを放り投げ、ベッドの上に大の字に伸びた。 
 試合には応援に行くと約束したルームメイトはいない。ワールドカップ決勝戦のチケットが手に入ったから、といって急遽旅立ってしまった。 
「ごめんね、クラ子。せっかくのチャンスなの。クラ子も試合、頑張ってね」 
申し訳無さそうに頭を下げつつ、喜びを隠せない彼女の顔が思い浮かび、苦笑する。 
-とんとん- 
 その時、ドアをノックする音が聞こえた。誰だろう、と思いつつ部屋のドアを開けるとフェア男が立っていた。 
「あら、どうしたの?」 
「..あの、ちょっといいですか?」 
何か思い詰めたような表情のフェア男を部屋に招き入れる。フェアリーサイズの椅子が無いので、手頃な大きさの辞典を組み合わせて椅子を作り、フェア男にすすめる。 
「で、用件は何かな?」 
顔を赤くして、しばらくもじもじした後、話し始めるフェア男。 
「その..実は..緊張して眠れないんです。ベッドに入って目を閉じても不安になっちゃって..。昨日今日はみんなのおかげで上手くプレーできたと思うんですけど、 
初日みたいにボロボロにやられちゃったらどうしよう.. とか考えると..」 
「そう..じゃ、バハ子と代わる?あの子とても試合に出たがっているから..。それにみんな寂しがるだろうな.. フェア男がいないラインなんて、 
なんとやらが入っていないコーヒーみたいなものだよ?」 
しゅんとなって俯いてしまうフェア男。その柔らかそうな椿色の髪を優しく撫でる。 
「..大丈夫よ。昨日のAチームより強い所なんて、そうそうある訳じゃないんだから。それを相手に0点に抑えたんだから、自信もっていいよ。 
私も今になってフェア男がいなくなると、却って不安になっちゃう」 
「..本当?」 
「もちろん」 
相変わらず表情が晴れないフェア男。  
「..僕、クラ子さんには、本当に感謝しています。対校戦に応募したのは、もっとお気楽なお祭りみたいなものだと思ったからで、まさかあんな本格的にやるものだとは思ってなくて..。 
でも、クラ子さん、僕みたいにまともにボールを扱えない種族でもチームに貢献できることを教えてくれて..他のみんなも僕のことを選手として、仲間として認めてくれて..だから 
みんなのために、みっともないプレーはしたくないんだけど.. そう思ったらどんどん不安になっちゃって..」 
「..フェア男は優しいんだね。気持ち、嬉しいよ」 
微笑みながら続けるクラ子。 
「でもね、そんなに自分一人で考え込むことは無いよ。同じことは私もみんなも考えてる。チームメイトだもん、対策もミーティングで散々考えたし、ここはみんなを信じましょ?」 
「うん..」 
頷きながらも、あまり納得していない様子のフェア男。 
「しょうがないなあ..じゃあ、二人で明日の試合のイメージトレーニングでもしよっか?ぼんやりした不安でうだうだ悩むより、具体的な試合のことだけを考えた方が、気が紛れるかもよ?」 
ぱっと顔が明るくなるフェア男。それを見て、思い出したようにクラ子が言った。 
「..その前にシャワー浴びてもいいかな? 実は私、まだなんだ。イメトレ、結構時間かかるから先にサッパリしたんだけど..」 
「え?あ、ど、どうぞ..ぼ、僕もまだだから部屋で浴びてきます」 
と、真っ赤な顔で答えるフェア男。それを聞いてふーむ、と思案顔になるクラ子。 
「面倒だから、一緒にお風呂入らない?部屋のお風呂だから狭いけど、フェアリーとクラッズだったら二人でも大丈夫だよね」 
「 は い !? 」 
 
(結局一緒に入ることになってしまった..) 
 クラ子の膝の上でシャンプーとボディソープで泡だらけにされ、頭からシャワーのお湯を掛けられるフェア男。 
 なし崩しに服を脱がされる段階でフェア男のモノはギンギンになってしまっていたが、先に一糸纏わぬ姿になったクラ子に、 
「大丈夫。気にしないで..。こんな洗濯板みたいな胸と幼児体型に反応してくれるなんて..実はちょっと嬉しいかな..とか?」 
と、ほんのり頬を染めて囁かれると、フェア男の緊張は一遍にほどけてしまった。 
(クラ子さんの部屋を訪れるとき、こうなることを全く期待してなかった訳じゃないけど..これは奇跡だ。僕がスタメンに入ること以上の奇跡だ..) 
思いがけない展開に呆然とするフェア男。  
「はい、おしまい。タオルこれね。先に湯船に入ってて。私が身体洗い終わったらゆっくりイメトレしよ?」 
「お、お、お風呂の中でですか?」 
「あら?ぬるめのお湯に長く浸かるのは疲労回復にいいんだよ?」 
そう言ってフェア男を湯船の縁に抱え下ろすと、クラ子は自分の身体を洗い始めた。 
「..背中、流しましょうか?」 
その様子をしばらく眺めていたフェア男が何気なく尋ねる。 
「あ?お願いしていいかな?」 
一片の遠慮もなく、そう言って泡だらけのスポンジを手渡すと、自分はシャンプーを手に取るクラ子。 
クラ子が頭を洗う動きに合わせて、白い小さな背中にうっすらと浮かび上がった背筋や肩甲骨がぴくぴくと動く。その動きにドキドキしながらスポンジで背中をこする。 
「シャワー被るよ、いい?」 
「あ、どうぞ。終わりましたから」 
 一通り頭と身体を流し終わると、クラ子はどっかりと湯船につかり、 
「さ、一緒にはいろ?フェア男」 
と自分の胸元へ招きいれた。遠慮がちにクラ子の胸に自分の背中を当てるフェア男。頭がボーッとしてきたのはお湯のせいなのか、それともクラ子のぬくもりのせいなのか、 
はたまた緊張のせいなのか、良く分らなかった。 
「..相手のFWの一人がポストプレーヤーなら、フェア男のやることは今までと一緒だけど、うちのドワ男のようなスピード系のFWを二人並べてきたら要注意だね。 
後から一か八かでどんどんラインの裏にボールを入れてくるかも知れないから、どんなに遠くても絶対ボールから目を離さないようにね」  
 胸元のフェア男の目の前で、手振りを交えて解説するクラ子。何かを説明するたびに素直にこくこくと頷くフェア男。 
(..可愛いなあ..弟がいればこんな感じなのかな?) 
ほんわかした気持ちに浸っていると、フェア男がポツリとつぶやいた。 
「..クラ子さん..どうして僕にこんなに親切にしてくれるんですか?」 
俯いて、何かをこらえるような表情で続けるフェア男。 
「..僕、初めの日に選手辞めようと思っていたんです。サッカー甘く見てたって。あれは僕にとっては、やるものじゃなくて見るものだって、諦めていたんです。 
”オフサイド”のルールは僕も知っていました。けれども、それを武器にすることまでは思い浮かばなかった。でもクラ子さんはみんなを統率して、立派な武器に仕立ててくれました。 
ボールを蹴るだけがサッカーじゃないんだよ、フェアリーでも立派にサッカーやれるんだよって、示してくれました。だから、ボールより小さい僕がバハ男のマークを任されたとき、 
うれしかったけれど..同時にショックでした。僕なんかよりクラ子さんのほうがよっぽど賢者の名前にふさわしいんじゃないかって..」 
だんだんと涙声になるフェア男。 
「だから、試合中はいつも思ってました。”ボールは蹴れないけれど、クラ子さんを信じてプレーしよう、そして僕がゴールを..クラ子さんを守るんだ”って。 
そして、昨日の三本目の試合でクラ子さんが大怪我したとき、自分の気持ちにはっきり気がつきました。僕、クラ子さんに憧れてます。尊敬してます。いつもそばにいたいです。 
クラ子さんのこと..大好きです..。クラ子さん、何を考えてこうしてくれてるのか解らないけど、僕、もうこの気持ち、我慢できない..」 
クラ子の胸の中でうずくまって震えるフェア男。落ちる涙のしずくが立てる波紋が湯船に広がっていった。  
「..め、迷惑ですよね。大事な試合前なのに、こんなこと言われて..あの、イメージトレーニング、ありがとうございました..」 
 突然そう言って立ち上がり、羽ばたいて風呂から上がろうとするフェア男の足をクラ子が掴む。そしてそのまま再び自分の胸元に引っ張り戻す。  
「く、クラ子さん?」 
「ご、ごめんね。乱暴なことして..。でも、ありがとう..嬉しい..」 
そう言うと、フェア男をしっかり抱きしめた。  
「私ね、フェア男に謝らなきゃって、ずっと思ってたんだ..。初日の夜、フェア男のこと酔っ払った勢いでバカにしちゃったけど、ちゃんとオフサイドトラップのこと、知ってたんだね。 
でも、試合中周りが初対面の人たちばかりだから何も言えなくて、仕方なく独りで体当たり繰り返してたんだね..気がつかなくてゴメンね」  
そう言って頭を下げるクラ子。 
「..だから、次の日バハ男に真っ向からオフサイド仕掛けるフェア男を見て、とても嬉しかった。ラインディフェンスを一番理解していたのはフェア男だし、そのフェア男が頑張れば 
周りのみんなも負けずに頑張ってくれる。後ろで見ていて、とても頼もしかったよ」 
そして、フェア男の両脇に手を移して、目の前に支え上げる。 
「私もフェア男のことが好き..。優しくて、負けず嫌いで、健気で勇敢で賢くて..一番小さくて一番頼りになる、一番大きな”魔法の壁”..」  
目を閉じてフェア男を自分の頭の方へ引き寄せるクラ子。フェア男も同じように目を閉じて、やがて訪れるであろう暖かく柔らかい感触を待ち受けた..。 
 
 数瞬、二人の時間が止まった後、クラ子とフェア男の顔が離れる。 
「..寒くない?」  
「大丈夫。風邪は引かないと思う..賢者科だけど」 
「そう..」 
フェア男の冗談に、クラ子は安心したように微笑むと、今度はフェア男の腰を持ってさらに高く支え上げる。そしてその下半身に顔を寄せていった..。 
「くくくくクラ子さん?いいいい一体なにを..あぅっ!!」 
フェア男に抵抗する暇を与えず、彼のモノを口に含むクラ子。 
「や、や、や、やめ..ひゃあっ!!」 
羽と両手をばたつかせ抵抗するフェア男。足は顔を蹴り飛ばすかもしれないので使えない。それをいいことに、大胆に攻め上げるクラ子。  
(くちゅ..はん..あむ..ん) 
裏筋を根元から舐め上げ、鈴口をなぞり、舌をカリ首の周りでくるくると回し、時に思いっきり吸い上げる..。 
「あ..ひゃ..あぅ..だ..め..あ..」 
 あまりの快感に言葉が出なくなるフェア男。両腕でクラ子の頭にしがみつくので精一杯になる。次第にしがみつく腕の力が強くなる。 
「いっ、ひっ、あ、あ、だめ..あ、や、ああぁ!!」 
クラ子の口腔内でフェア男のモノが跳ね回り、生暖かい液体が注ぎ込まれていった。 
 フェア男のモノの躍動が収まるのを確かめると、先端を一通り嘗め回してから口を離すクラ子。そして口に含んだ液体をこくん、と飲み干すと、 
フェア男を再び湯船の中の自分の胸元に下ろした。 
「..大丈夫?」 
「う、うん..」 
クラ子の問いに泣き出しそうな顔で頷くフェア男。 
「..ごめんね、恥ずかしい思い、させちゃったかな?」 
「うん..で、でも、気持ち、よかった..」 
「そう、よかった」 
穏やかに微笑むクラ子だが、フェア男は俯いたままだった。  
「..けど..僕..クラ子さんをどうやって悦ばせたらいいかわからない..」 
一瞬ぽかんとするクラ子。  
「..そういう知識が全く無いわけじゃないけれど、でも、フェアリーとクラッズの間じゃ役に立ちそうにないことばかりで..本当の賢者ならこういうときでも 
機転を利かせなきゃならないのに..僕は..僕は..」 
そう言って、二日前と同じように悔し涙を流すフェア男。一瞬噴き出しかけたクラ子だが、すぐに表情を引き締め、愛しげにフェア男を抱きしめる。 
「気にしないで気にしないで..私も充分に気持ちよかったし、それに愛の形なんていろいろ。くっついてエッチするばかりが愛じゃないんだから..」 
 
-(はっくしょん!!×2人)@エル子の部屋- 
 
「..私たち、もう恋人同士なんだから、焦る必要は無いよ..だからフェア男なりの愛の形、ゆっくり探して.. 待ってる」 
そうささやくクラ子に、頬を赤らめて頷くフェア男。 
「さ、身体温めてあがろっか?もう落ち着いて眠れるよね?」 
そう言うと、抱き合ったまま二人で熱めのシャワーを浴びてバスルームを後にした。 
 風呂から上がったあと、フェア男はクラ子に勧められるがままに彼女の部屋に泊まっていくことにした。 
「バスタオル、一枚貸してもらえますか?」 
新しいバスタオルをフェア男に一枚渡すと、器用に折りたたんで簡単なバスローブをこしらえてしまった。 
「..準備いいですよ」 
(か、可愛い..) 
バスタオルのローブに身を包むフェア男にときめきながら、クラ子は自分のベッドに彼を迎え入れ、部屋の明かりを落とした。 
暗がりの中、お互いの息遣いが感じられるほどの至近距離で見つめあう二人。 
「明日、いい試合ができるといいね..」 
「クラ子さんがご主人様なら、僕は何も怖くは無いですよ」 
「あら?この部屋に来たときの泣き言はどこへ行ったのかな?私の可愛いお人形さん?」 
微笑みながらそう言ってフェア男の額に軽く口付けをすると、二人は静かに目を閉じた。 
 
「へくちっ!!」 
自分のくしゃみでフェア男は目を覚ました。 
外がうっすらと明るくなっているのがカーテン越しにわかる。 
起き上がって見回してみると、クラ子が掛け布団をごっそり持って行き、フェア男に背中を向けて抱き枕を抱くようにして眠りこけている。 
(参ったな、どうしよう..) 
 半分寝ぼけ眼で自分のおでこに手を当ててみる。熱は無い。寝冷えはしていないようだ。 
「クラ子さん、クラ子さん」  
「あ..ん..むにゅむにゅ..」 
声をかけても揺すってみても簡単には起きてくれそうも無い。髪をかきながら途方にくれるフェア男。 
(..いい機会だから、じっくり眺めちゃおう..) 
こっそりと近寄り、クラ子の寝顔を間近で見つめるフェア男。よだれを垂らしながら、すやすやと眠っている。 
(クラ子さん、可愛い..) 
 暫く眺めた後、垂れているよだれを指で拭うフェア男。銀色に輝く指を眺めた後、はむっと口に含む。 
(..クラ子さんの味..) 
あんまりピンとこないような表情を浮かべて首を傾げたあと、また自分の枕元へ戻り、クラ子の背中を見つめる。布団を股の間に挟んで抱きしめ、うずくまるようにして眠っている。 
鳥類の卵のように滑らかな腰回りのライン。薄いピンク色のパジャマの上着とズボンの間から覗く腰周りの白い肌。フェア男ののどがごくりと鳴る。  
(ぼ、僕たち、もう恋人同士、なんだよね?) 
意味も無く左右を見回し、緊張で顔を赤らめながら再びそろそろとクラ子に近づく。パジャマの上下の間の白い肌をつついてみる。 
-つんつん-  
(..柔らかい..) 
親指と人差し指を出してつまんでみる。 
-ぷにぷに- 
(..柔らかい..) 
再びクラ子の顔を覗き込んでみるが、すやすやと眠っていて起きる気配は無い。 
フェア男はしばらくその場に座り込み、何やら考え事をしていたが、意を決したようにそろそろとパジャマのズボンに手を伸ばしていった。 
パジャマのズボンに手を掛けてからも迷っていたようだが、やがて腰周りを締めるゴムを静かに引っ張り上げ、ゆっくりとずり下ろし始めた。  
 臀部の丸みの峠を越えたところでゆっくりを手を離すと、フェア男は考え込んだ。 
(もう半分はどうしようか..) 
賢者のプライドをかけて頭をひねったフェア男だが、良い案が思い浮かばなかったので、魔法に頼ることにした。 
(..我らを地なる水なる災いより守りたまえ..フロトル) 
眠った格好のまま、クラ子の身体がふわりと浮き上がったのを確認したフェア男は、両手の指をぱきぱきと鳴らしてパジャマのズボンに手を掛ける。 
その瞬間、精霊かなにかの声が聞こえたような気がした。 
-毒を食らわばなんとやら-  
(..全てを素に帰せ..インバリル) 
キシッと、小さな軋み音を立てて、クラ子の身体がベッドの上で再びその重さを取り戻す。 
そして額の汗を拭うフェア男の前には一個の大きな白桃が包装材を脱ぎ捨て、安らかな寝息を立てて横たわっている。 
(ぼ、ぼ、僕たち、本当に恋人..同士..なんだよね?) 
とりあえず、白桃の表皮をそっとなでまわしてみる。柔らかくひんやりとした感触がみずみずしさを感じさせる。 
 一通りさわさわとなでまわしながら、腰の方から太ももの裏側の方へ移動しかけたとき、無意識のはずのクラ子から突然反撃を受けた  
-バフッ!!- 
口と鼻を押さえ、こみ上げる咳をねじ伏せながら悶えるフェア男 
(ひどいよクラ子さん..宝箱開ける前に毒ガス攻撃ですか?) 
ぱたぱたと羽を羽ばたかせて瘴気を払い、咳が落ち着くのをまって探索を再開した。 
(”アンロック!!”ってやっても開くわけ無いよね)  
ぴったりと閉じられた秘裂を覗き込み、思案するフェア男。さらっと合わせ目をなぞってみる。 
「あ..うーん..むにゅむにゅ..」 
一瞬フェア男に緊張が走る。心臓が止まるかと思われるほど驚いたが、一番恐れていた寝返りを打たれることも無く、再び安らかな寝息を立て始めたことに、ほっと胸をなでおろす。 
(あんまり遊んでる暇は無いな)  
多少強引に秘裂をこじ開けてみると、そこにはきれいなピンク色をした鍵穴が待っていた。 
前方の肉芽にも多少興味はあったが、前夜クラ子が言ったとおり焦る必要は無いだろう、と判断し、後日の楽しみにとっておくことにした。 
 先ほど表皮をなでまわした際に無意識であっても多少感じていたのか、鍵穴はしっとりと湿り気を帯びていた。  
左手で開いた秘肉を支え、自分の右手と鍵穴の大きさを見比べてみるフェア男。 
グー、チョキ、パー、と出したあと、グーに戻し鍵穴を見据える。そして狙いを定めると目の前の鍵穴に自らのグーをぴったりと押し当てた..。 
 
 試合中、クラ子は妙な違和感を感じていた。 
目の前に並ぶ四人の人形たちは、いつもと同じように鉄壁の ”魔法壁”を築き上げ、敵の侵攻を防いでいる。クラ子自身の調子も悪くは無い。 
試合展開も波乱を感じさせるものは何も無い。しかし、妙に下半身がふわふわして落ち着かないのである。 
(何か嫌な予感がする..一見順調に見える時にこそ突発的なアクシデントが良く起こるから気をつけないと..) 
そう思った次の瞬間、突然身体に強烈な圧迫感を感じた。 
(な、何?) 
周りを見回しても、何も異常は見えない。しかし”存在はするけど見えない何か”が、圧倒的な存在感を持って迫ってくるのを感じて、クラ子は恐怖した。 
(いや..いや..何?この感じ..フェア男はどこ?..助けて..フェア男..) 
 
「フェア男おぉ-っ.!!」 
「痛たたたたーっ!!」 
ガバッと起き上がるクラ子。同時にフェア男の悲鳴が上がる。  
「フェア男!?どこ!?」 
クラ子が見回すと、クラ子の足の下でフェア男が足と羽をばたつかせもがいている。  
「わわわ、フェア男、だ、だ、大丈夫?」 
フェア男を押しつぶしてしまったと思い込んだクラ子があわてて身体を浮かせると、フェア男の身体が現れた。右腕がじっとりと濡れ、相当な量の血が付いている。 
「大変!!怪我してる!!大丈夫?」 
取り乱しながら問いかけるクラ子に、苦痛に顔を歪めながらフェア男が答える。 
「ちょっと肩を脱臼しただけです..それより、クラ子さんの身体の方が..」 
「..え?」 
一瞬ぽかんとした後、自分の下半身に目をやるクラ子。いつの間にかパジャマのズボンと下着が脱がされており、股間からにじみ出た血の混じった液体がシーツを濡らしていた。 
あれほど苦しかった身体の圧迫感がいつの間にか消え、おなかの中には重々しい鈍痛が残っている..。  
「..ご、ごめんなさい..僕、クラ子さんの処女、もらっちゃったかもしれない..」 
フェア男の言っている言葉の意味が次第に頭の中ではっきりとした形になるにつれて、クラ子の顔が次第に歪んで行く。 
「..え?..ぇえ?.. ぅっ..ぇっ..えっ..うえええぇ..ん!!」 
「ごめんなさい!!..本当に、本当にごめんなさい!!」 
ただただ大泣きするクラ子。自分の脱臼の治療も忘れ、ただひたすら謝るフェア男。決戦の日はとんでもない喧噪で膜..いや、幕を開けた。  
 
「..ごめんなさい..」 
 ベッドの上で正座してうなだれながら、本日253回目の”ごめんなさい”をするフェア男。 
その前では、ぺたんと座り込んだクラ子が目元を涙で濡らし、頬を膨らませて、じとーっとフェア男を見つめている。 
「..あのね..フェア男..」 
事件発生から1時間12分後にしてようやくクラ子が言葉を口にする。恐る恐るクラ子の顔を見るフェア男。 
「..確かにね、私たち、昨日の夜から恋仲になったよ..でもね、ちょっとこれは図々し過ぎると思うの..」 
「..ごめんなさい..」  
「男の子にとっても初めてのエッチの時って大事なのはわかるよ..。でも、女の子の場合は特別なの。身体に痕が残っちゃうから..」 
「はい」  
後悔の念で一杯となり、うなだれて目を堅くつむり、膝の上の両手を固く握りしめるフェア男。 
「..私ね、フェア男が私のことを想ってしてくれることなら、何されてもいいと思ってた..。腕でも、足でも、頭でも..」 
「..はい..」 
こらえきれなくなり、ぽろぽろと涙を流すフェア男。クラ子も押し出すように言葉を続ける。 
「..でも..初めての時は、大好きな人と一緒に分かち合いたかったな..痛みも..喜びも..」 
クラ子の瞳からも大粒の涙が溢れ出る。向かい合ったまま、しばらく音も無く静かに涙を流す二人。  
「..だからね、今度何かしたくなったら、ちゃんと言ってね..フェア男の望みを断るなんて、私、あり得ないから..時と場所にもよるけど..恋人同士..なんだから..」 
「..え?」 
 長い沈黙のあとのクラ子の言葉に、フェア男は驚いて顔を上げた。 
「..せっかく好きになったのに、今日いきなり嫌いになることなんて、出来ないよ..」 
涙でくしゃくしゃの顔のまま、必死に笑顔を作るクラ子。フェア男の羽が今にも飛びつきたそうにぱたぱたと震えているのを見て、おいで、と言わんばかりに両手を拡げる。 
「..クラ子さん!!」 
脱臼した肩の痛みも忘れ、クラ子の首に飛びつくフェア男。首元でフェア男を抱きしめ愛しげにほおずりするクラ子。 
カーテンのわずかな隙間から、夏の日差しが差し込み、二人を照らし始めていた。 
「..さ、シャワー浴びよっか?私、汚れたシーツ片付けるから、その間フェア男は肩の治療してて」 
しばらく固く抱き合ったあと、身体を離す。クラ子はベッドからシーツをはぎ取ると丸めて洗濯かごに放り込み、フェア男は自分の肩にヒールを掛けた。 
「..でも、よく考えたら私も悪いんだよね..」 
  部屋のバスルームでフェア男の身体を洗い流しながらクラ子がしみじみとつぶやく。 
「昨日、お風呂で強引にフェア男にあんなことしたの、私なんだし..。先に私がフェア男のこと、おもちゃ扱いしちゃったんだから、私だっておもちゃ扱いされても仕方ないよね..」 
「そんな..それでもクラ子さんは僕を気持ち良くしてくれました..でも僕はクラ子さんの気持ちを踏みにじって..」 
「ううん..気持ちいい悪いの問題じゃないの..お互いのこと、大切に想えるかどうかの問題だから..」 
シャワーのお湯を頭から浴びながらクラ子がにっこりと微笑む。 
「..だから、昨日はごめんなさい。..もし、許してくれるなら..また、フェア男のモノ..欲しいな..」 
そう言って俯き、上目遣いで物欲しそうに人差し指を唇に当てるクラ子。それを見て、かぁっと頭がのぼせ上がるのを感じながらも、フェア男はこくりと頷き、目を瞑って全身の力を抜いた。 
 
「..相手のFWはクラ男とフェア子の2枚。実際のプレーは見たことは無いけれども、公式データでの体格の数字を見る限り、フェア子はジョルジオ先生級の体格ではなさそうだから、 
二人ともスピード系と仮定しておこう。練習試合では無かった組み合わせだけど、対策は昨日のミーティングで話した通り。大丈夫!!」 
 スタジアムの控え室。相手選手の名前とフォーメーションを書き込んだ黒板の前で、クラ子が人形たちを前に試合前のレクチャーをしている。 
「マークはエル男がクラ男。足は速そうだけど、裏を取られるのを恐れて下がり過ぎたらダメ。エル子と私のフォローを信じて。で、フェア男がフェア子。 
同じフェアリー同士、負けたら許さないからね!!」 
「「はい!!」」 
自信たっぷりの表情で、二人に檄を飛ばす。頼もしそうな顔でその様子を見守る監督のセレ男とキャプテンのノム男。 
「クロスティーニさん、そろそろ時間です」  
 試合進行担当がドアから顔を出す。  
「さ、行こう!!」 
 お互いにお互いの肩を叩き合い、声を掛け合いながら選手たちが控え室を出て行く。グラウンドへの出口の前でパニーニ&ブルスケッタチームの選手と隣り合う。 
クラ子の手にはめられたグラブに気がついたのか、一瞬驚いたような顔をしたディアボロスの女の子が、同じようにグラブをはめた手を差し出す。 
「よろしく」 
「こちらこそ」 
微笑みながらグラブを合わせ、短く挨拶を交わす。 
 やがて、ハープの音色で奏でられるアンセムが鳴り響き、先頭の各校の校旗と審判から列が動き出す。目にまぶしいスポットライトと大歓声、そしてほのかに漂う芝生の香り。 
クラ子の目の前では、フェア男がフワフワと浮遊している。 
(大好きな人と一緒の..私だけのワールドカップ..か) 
一足先に、一回り大きな舞台で同じ経験をしたであろう、遥か遠くの空の下のかつての仲間たちを思い出し、クラ子は天を仰いだ。 
 審判団と相手選手と握手を交わし、ベンチ前でスタメンの写真を撮る。粛々と進むセレモニー。一通りそれが済むと、選手達がグラウンドの真ん中で肩を組んで円陣を作る。 
キャプテンのノム男が活を入れる。 
「いいかい?短い間だけれども、僕らがやれることは全部やり尽くした。敵にも味方にも遠慮することは何も無い。みんな、思い切って楽しもう!!」 
「はい!!」 
 一斉にそれぞれのポジションに散らばって行く選手たち。ゴールマウスの前でスタンドのクラ子コールに拍手で応えながらグラウンドの中央に向き直ると、 
人形たちが既にきれいなラインを整え、お互い身振り手振りを交えながらポジションを確認している。 
 一通り人形たちがコミュニケーションを取り終えると、フェア男がクラ子を振り向いて親指を突き立てる。手を挙げて応えるクラ子。 
センターサークルの中央では、相手のFW二人がボールのそばに控えており、審判がホイッスルをくわえ、右手を挙げて周囲を確認している。 
-ピーッ!!- 
スタジアムにひと際高いホイッスルが鳴り響き、大歓声とともにボールが動き出す。ぱん!!と両手のグラブを叩き合わせると、クラ子は見慣れた人形たちの背中にむかって叫んだ。 
「さあ行け!!私の可愛い人形たち!!」  
 

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