「(ブッ)なにィーーッ!? 正気か、エル?」  
 弟分とも言えるエルフから相談を受けたヒューマンの少年は、思わず飲みかけていた紅茶を吹き出した。  
 「しょ、正気かって……ヒドいや、ヒュー兄(にぃ)」  
 「いや、だって、なぁ?」  
 振り返って他の仲間に意見を求めようとしたヒューマンの少年だったが。  
 「あぁ、ダメですよ、ヒューくん。今拭きますからじっとしていて下さい」  
 傍らにいたディアボロスの少女が、少年を制止して、甲斐甲斐しくその世話を焼く。  
 「あ、すまん、アップル。せっかく淹れてくれたお茶を……」  
 「いえ、それは別によろしいんですけれど……」  
 とりあえず少年の服とテーブルに飛んだ液体を拭き取った少女は、ナプキンを傍らに置くと、少年の隣に腰かけた。  
 
 少年と少女、そしてエルフの少年は、幼い頃からの友人──いわゆる幼馴染というヤツだった。  
 たまにやんちゃや無茶もするが、基本的には頼りになるリーダー格のヒューマンの少年ヒューレット。  
 淑やかで優しく、オマケに美人で有能という、天が二物も三物も与えまくったようなディアポロス貴族の娘、アップルタルト。  
 ひとつ年下で、ふたりを兄・姉と慕う、ちょっと内気だが頭の良いエルフの少年、エルファリア。  
 父親同士が旧友──青年時代にパーティーを組んで冒険していたという彼らは、物心つくかつかないかの頃からの15年越しのつきあいであり、血の繋がりこそないものの、本当の兄弟のように仲がよかった。  
 そして、今から一年程前、エルファリアが16歳の誕生日を迎える年に、揃ってドラッケン学園へ入学し、本格的に冒険者としての勉強と修行に取り組むようになったのだ。  
 幸いにして、入学後間もなく3人の気のいい同級生と出会い、無事に6人パーティーを組むことができ、これまで順調に冒険者(候補生)としてのキャリアを重ねてくることができた。  
 もっとも、幸か不幸か、入学直後に図書委員長にしてこの国の王女たるキルシュトルテ・ノイツェシュタイン達とも遭遇することになったのだが。  
 ──余談ながら、エルファリアは、貴族やディアボロスと言えば、それまでアップルタルトやその家族にしか知り合いがいなかったため、キルシュトルテの我儘で傍若無人な態度に、大いに度肝を抜かれるコトとなる。  
 もっとも、世間一般的にはアップルタルトの生家ノヴァシュタイン伯爵家のごとく「気さくで慈悲深い貴族」という方が少数派だろう。  
 
 閑話休題。  
 ヒューレットたちのパーティーは、同期の中では頭ひとつ抜けた存在としてすぐに頭角を現し、ついには三校合同戦において最優秀生徒に選ばれるまでに成長した。  
 パーティ内の人間関係も良好で、単位の履修も順調。何も障害はないかと思われたのだが……ココへ来て、ひとつ困った問題が露呈することとなった。  
 彼らのパーティは、男女3人ずつで構成されている。  
 内訳は──  
 ヒューマン・男・ガンナー/盗賊  
 ディアボロス・女・ヴァルキリー/普通科  
 エルフ・男・狩人  
 ノーム・女・錬金術師/予報士  
 バハムーン・男・竜騎士  
 フェアリー・女・賢者  
 ……といった組み合わせだ。  
 この内、ノームのメグとバハムーンのマイクロフトはパーティーに参加した当初から仲が良く、二週間もしないウチに恋人になっていた。  
 また、ヒューレットとアップルタルトの関係も、長らく「友達以上、恋人未満」のハッキリしない状況だったが、三校戦の少し前にようやくヒューが告白して(無論アップルはずっと待っていた)、正式にカップル成立となった。  
 ふたりをやきもきしながら見守ってきたエルとしては、ひと安心といったトコロだったが、いざそうなると今度は自分の色恋沙汰にも頭が回り始める。  
 (ちなみに、フェアリーのブリギッタは、パーティ外にフェルパー侍のボーイフレンドがいたりする)  
 イチャつく幼馴染や仲間達から少し距離をとり、ひとりになって自分の感情を見つめ直してみたところで、エルファリアは自分にもずっと気にかかっている女性がいたことを、改めて自覚したのだ。  
 
 「──それが、キルシュトルテ王女、というわけデスか」  
 やれやれと肩をすくめるメグ。あまり感情を顔に出さない彼女にしては珍しく、「呆れた」という表情になっている。  
 「えー? いろいろ悪い噂もあるけど、彼女は決してそんな人じゃないよ!」  
 おとなしいエルにしては珍しく力説しているが、仲間達は顔を見合わせるばかり。  
 「……確かに、キルシュトルテ様は、上から目線で物を言われることが多いため誤解されやすいですが、本質的には決して悪い方ではありませんわ」  
 ただ、ヒューの分の紅茶を淹れ直していたアップルのみが、静かにうなずく。  
 「ですが同時に、言葉は悪いですが「甘やかされた我儘姫」という評価も、決して的を射てないわけでもありません。エルちゃん、あなたはそれにキチンと対応できるのかしら?」  
 「アップル姉(ねぇ)……」  
 彼女の場合、この学園に来る前にも伯爵令嬢として王女と面識があった分、その人物評には説得力があった。  
 「第一、お前、どうやって相手に気持ちを伝えるつもりだ? こう言っちゃナンだが、相手はお姫様なんだぞ?」  
 「あ、その点は大丈夫だよ、ヒュー兄。お付きのシュトレンさんに手紙を渡してあるから」  
 「ふむ。いきなりラブレターとは……エルファリアにしては珍しく積極的だな」  
 皆から一歩引いた位置に座り、腕組みしていた竜騎士が、感心したように言う。  
 「ニヒヒ〜、これが恋する男のコっていうヤツなのかしらん」  
 対照的にワクワクと目を輝かせて話を聞いていたブリギッタの表情は、誰が見ても正しく「悪戯妖精」そのものだ。  
 「ブリギッタ、あんな相手でも一応エルの初恋なんだ。とっかかりからブチ壊すようなことはやめてくれよ?」  
 「しっつれーねぇ。恋のキューピッドたるあたしが、そんな無粋なコトするワケないでしょ」  
 ヒューが釘を刺すと、フェアリー娘はプンプンと憤慨する。  
 
 「まぁまぁ、ヒューくんもブリギッタちゃんも落ち着いて……でも、エルちゃんが、シュトレンさんに手紙を渡せたのは運が良かったですわ。あの方、軽佻浮薄に見えて、頼まれた仕事はキッチリこなす方ですから」  
 これがもしクラティウスさんでしたら、途中で握り潰されたでしょうし……と続けるアップル。  
 「──確かに、あのメイド剣士には「姫様命」的な昏い執着が感じられマスね」  
 メグが同意し、ブリギッタもウンウンと頷いている。女性陣の意見が一致しているところからして、あながち見当違いというわけでもないだろう。  
 「で、エル、お前、手紙になんて書いたんだ?」  
 兄貴分の問いに、とたんにモヂモヂし始めるエルフ少年。  
 「そのぅ……「明日の放課後、図書室裏の中庭に来てください」って」  
 「呼び出しか。普通の相手なら、そう悪い手じゃないんだが……」  
 あのお姫さんが、素直にやって来るモンかね、とヒューは首をかしげる。  
 「仮に本人が興味を持たれても、お付きの方々が止められるかもしれませんね」  
 「──あるいは、ふたりを従えて堂々と来るというケースも考えられマス」  
 頼りになる姉貴分たち(無論お気楽妖精は除外)の冷静な指摘に「ぇえ〜」と涙目になるエルファリア。  
 「ま、今ココで議論していても始まるまい。我々はせめて、明日のエルファリアの健闘と幸運を祈ろうではないか」  
 「だな。おし、明日の探索は丸々休みにするぞー。各自十分な休養をとるように!」  
 落ち着いたマイクロフトの言葉を受けて、リーダーのヒューレットが解散を宣言し、夕食後のひとときはそれでお開きとなった。  
 

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