パーティー仲間達の温かい激励(その大半が玉砕前提だったのには凹んだが)を受けたエルファリアは、翌日、自らが所属する「狩人科」の午後の授業をサボってまで、中庭の合歓の木の元で想い人の到着を待っていた。  
 (とは言っても、あの人のことだから、仮に来てくれるとしても1時間オーバーとかザラだろうけど……)  
 などと思いつつ、それでも約束の時間より大幅に早めに来てしまうのが、恋する男の子の純情というヤツだろうか。  
 しかし、予想に反して、キルシュトルテは授業が終わる時間から30分足らずで中庭に姿を現す。  
 「やはり、この手紙を寄越したのはお主か……ん? なんじゃ、わらわの顔を見るなりボーッとしよって」  
 「あ、いえ、すみません。まさかこんな早く、しかもおひとりで来ていただけるとは思わなかったもので……」  
 無論、少なくともクラティウスあたりは姿を隠してコッソリ見守っているのだろうが、席を外してくれているだけでも十分有難い。  
 ちょっとした感動に身を震わせていたエルファリアだが、ここまでは前フリ、ココからが本番である。  
 「あの、キルシュトルテ先輩!」  
 あまり人の目を正面から見ない内気なエルだが、この時ばかりは意を決して、王女の瞳を見つめる。  
 「うむ」  
 尊大に腕組みをしてうなずく様ディアボロス少女の様子は、とてもこれから告白を受ける乙女とは思えないが、そういうトコロもまた彼女らしい……と思ってしまうのは、惚れた弱みだろうか。  
 頭の片隅でそんなコトを思いながら、勇気を振り絞って、告白する。  
 「好きです! おつきあいしていただけませんか?」  
 「…………」  
 10秒……30秒……1分……沈黙が辺りに落ちる。  
 そして、その沈黙に耐えきれなくなったエルが何か言おうとしたところで、キルシュトルテが口を開いた。  
 「その前にひとつ聞きたいのじゃが……」  
 「は、はい!」  
 「何ゆえ、お主、今日に限って似合わぬ男装なぞしておるのじゃ?」  
 「────え?」  
 
 さて、ココでいったん視点を王女の側に移そう。  
 エルファリアから手紙を受け取ったシュトレンは、歳の割に世知に長けた娘であり、王女のお目付け役兼保護者を自認するクラティウスの目を盗んで、キルシュトルテ王女に手紙を渡すことに成功していた。  
 エルの手紙を受け取り、目を通した時の王女の心は、「喜び」、「昂揚」、そして意外に思われるかもしれないが「照れ」といった感情に満たされていた。  
 無論、彼女は一国の王女であり、宮廷に帰ればおべんちゃらや歯が浮くようなお世辞を言う家臣その他にはこと欠かない。  
 また、この学園でも王女の覚えめでたくなろうと打算づくで近づいてくる学生も少なからずいる(もっとも、様々な理由から敬遠する者のほうが多いが)。  
 キルシュトルテとてまんざら馬鹿ではない。そういった輩がいることを承知で有象無象と切り捨て、「我儘王女」と言われようとも、あえて自らの心のままに振舞っているのだ。  
 無論、ゴーマイウェイで尊大なのが彼女の地の性格であることも確かだが。  
 さて、そんな彼女だが、(口ではともかく内心)認めている人材は決して多くはないが、いないワケでもない。  
 たとえばジークなども、どうしようもないバカだと思いつつ、自分に対して物怖じせずにズケズケ物を言うところなぞ多少は気に入っているのだ。  
 そして、入学以来何かと因縁のあるヒューレットのパーティーも、彼女が「個体識別」している数少ない学生の一団であり、さらにその中でもエルファリアとは、ひょんなキッカケから多少面識があった。  
 会話を交わした時間はそれほど多くはないが、エルファリアという狩人が純真無垢で優しい子であることは、キルシュトルテにもわかっていた。  
 そして、今、手の中にある手紙の意味も。  
 (アヤツのことじゃ。きっと、顔を真っ赤にしながら、この手紙をシュトレンに差し出したのであろうな)  
 その場面を自分の目で見れなかったのが残念だ──そう思う程度には、キルシュトルテはエルファリアのことを気に入っていたし、興味や好意も抱いていた。  
 (それに……一国の王女を手紙ひとつで呼び出す気概も気に入ったぞ)  
 ある意味、この手紙は彼女が生まれて初めてもらった「ラブレター」と言えなくもない。そう思うと、なんとなく気分が浮き浮きしてくる。  
 自分を呼び出す要件とは、まず間違いなく告白かそれに類することだろう。  
 (まぁ、なんじゃ。アヤツが頭を下げて頼むなら、わらわの側仕えに取り立ててやることも、やぶさかではない)  
 無論、単に「側に置いて仕えさせる」だけで終わりにするつもりもないが、ソレは先方とて望むところだろう。  
 「フフフ……明日が楽しみじゃな」  
 キルシュトルテは、自らの陣営にさらに一輪、可憐な花が加わることを想像し、胸を熱くしながら眠りについたのだった。  
 
 
 * * *   
 
 「何ゆえ、お主、今日に限って似合わぬ男装なぞしておるのじゃ?」  
 「────え?」  
 キルシュトルテから、その言葉を聞いた時、エルファリアは一瞬その真意が理解できなかった。  
 今日の彼は、年上の想い人(しかも一国の姫!)へ告白するとあって、入学式以来、ほとんど袖を通していないドラッケン学園の制服と製靴に身を包み、長い髪にも綺麗に櫛を入れて、精一杯正装っぽい格好をしているのだ。  
 確かに、プリシアなのオシャレな制服と比べると、ドラッケンのそれは「古臭い」と言われることも多いが、種族を選ばず着映えがするし、華奢な自分の体格にだってフィット……いや、待て!  
 エルファリアは、再度キルシュトルテの言葉の意味を考え直してみた。  
 「今日に限って」──彼女に制服姿を見せたことは入学式の一度しかないし、あの時の王女は主にヒュー兄やアップル姉と話してたから、ボクのことなど印象に残っていないのだろう。  
 「似合わぬ」──確かに少し大きめで、とくに肩のあたりなんかも余ってるし、その意味では、認めたくないがあまり似合ってないのかもしれない。  
 「男装なぞ」──いや、男が男の服を着るのはあたり前……って!  
 エルは重大な事実を思い出した。  
 彼がこれまでキルシュトルテと顔を合わせたのは、たいてい冒険中かその直後で、それ相応の装備に身を固めていたのだが……。  
 その7割以上が、パーティー内の都合で「貴婦人の衣装+5」を着せられていたコトを!  
 おまけに、それ以外の時も「着物+4」とかの性別がわかりにくいものだったし、頭部防具も、「うさみみ+5」とか「魔女っ子ぼうし+3」とかの萌え系ばかりだ。  
 前衛に立つものから優先的に良い防具を装備するのは冒険者の常識だし、また後衛の中でも体力の低いフェアリーの術者などからを補強するのがセオリーだ。  
 エルフとは言え、狩人でそこそこ体力のある彼は、それ故、「みんなのお下がり」を身に着けざるを得なかった。  
 で、運が悪いと言うべきか、彼用には「貴婦人の衣装+5」を超える体装備が長らく出なかったのだ。  
 実際、学生の間でも、エルファリアのことを「エルフの美少女狩人」と誤解している人間は少なくなかったりする。おそらく、キルシュトルテも、そのクチなのだろう。  
 「あのぅ……ボク、男なんですけど」  
 しかし、そうとわかっていても、彼としてはココでソレを言わないワケにはいかなかった。  
 
 「はぁ? 何、バカなことを言ってるのじゃ」  
 と、最初は冗談扱いしていたキルシュトルテも、エルファリアの態度が真剣なので、徐々に信じ始める。  
 「ふむ。そうか、男、とな……それでは、残念ながらお主の気持ちを受け入れるワケにはいかぬ。  
 聡明なお主ならわかるであろうが、わらわはノイツェシュタインの王女。その王女のそばに素性が確かならぬ男を侍らすのは外聞が悪いでな」  
 「そ、そうですか……」  
 半ば覚悟していたこととは言え、想い人本人の口から改めて宣言されると、やはりダメージが大きい。  
 悄然として立ち去ろうとしたエルファリアだが、「待て!」とグイと襟元を引っつかまれる。  
 「──と言うのは建前じゃ。本当のことを言えば……わらわが、男が嫌いだからじゃ!」  
 「……へ!?」  
 「男なぞ、ゴツくて、毛むくじゃらで、汗くさくてたまらん! 「でりかしー」に欠けておるし、すぐに女を見下しおるからな」  
 「は、はぁ」  
 力説する王女の様子にエルとしては相槌をうつしかない。  
 「しかし」  
 キルシュトルテはそこで言葉を切ると、チラと流し目でエルファリアの方を見た。  
 「幸いにしてお主は、そういったむくつけき男共の範疇にはまったくと言ってよいほどあてはまらぬ。ゆえに──今からわらわが出すふたつの条件を守れるなら、そばに置いてやってもよいぞ。  
 下々の言う「おともだちからはじめましょう」というヤツじゃな。単なる取り巻きで終わるか、わらわの想い人になれるかは、お主次第じゃ」  
 と、そこで急に顔を赤らめ、モジモジし始めるキルシュトルテ。  
 「か、勘違いするでないぞ? わらわはどちらでもよいのじゃ。しかし、絶世の美姫たるわらわの魅力の虜となったお主を哀れに思うてじゃな……」  
 恋愛関係にはいまひとつ不慣れなエルファリアだが、それでも王女が言いたいことの真意は理解できた。  
 何か条件付きではあるが、自分にそばにいて欲しいと思ってくれているのだ。  
 惚れた女の子にそこまで言わせて応えないのは、男が廃る!  
 そう思ったエルは、即座に了承したのだが……。  
 ──その直後に出された「条件」を聞いて、「早まったかも」と後悔するハメになるのだった。  
 
-つづく-  
 

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