「よぅ、どうだった、エル?」  
 「その浮かない表情からすると、もしかしてダメだったのかしら?」  
 寮の自分の部屋では、兄貴分&姉代わりがエルファリアの帰りを待っていてくれた。  
 もっとも、ヒューの方は元々同室のルームメイトだし、アップルも恋人である彼と一緒にいただけかもしれないが。  
 「ううん、一応、ボクの気持ちは受け入れてもらえたんだけど……」  
 ただし、少々厄介な条件がついていたのだが。  
 この際なので、エルファリアは、ふたりにも相談してみることにした。  
 
 「4人目のメンバーとして、キルシュトルテ様のパーティーに入れ……ですか」  
 「ふむ……少々ワガママだが、その条件自体は、まぁ納得できないでもないかな」  
 恋人同士であるヒューとアップルとしても、時には命の掛かった冒険行で愛する人が身近にいることの幸せは常々感じている。「恋人(候補)にそばにいて欲しい」という気持ち自体には理解できた。  
 そう言わせるほど弟分が相手に思われているなら、むしろ歓迎するべき事態だろう。  
 「そして、冒険に関する事項は、パーティーリーダーたる王女の言う事に従うこと、か。ワンマンなあのお姫様らしい言い草だよな」  
 「でも、意見を言うことはできるのでしょう?」  
 「う、うん、一応……」  
 告白時のキルシュトルテの言い草を思い出して、口籠るエル。  
 「ただし、わらわのパーティーに入った以上は、冒険に関するいっさいの事柄はわらわの方針に従ってもらうぞ。  
 相応の理由があるなら、意見くらいは聞いてやらんでもないが、それでも最終的に判断を下すのはわらわじゃ。そのことを肝に銘じておくようにな」  
 (それって「異論は受け付けない」のとほぼ同義じゃないのかなぁ……)  
 と思いつつ、幼馴染ふたりを心配させないために、詳しくは説明しない。  
 「じゃあ、そっちはいいとして、ふたつ目の条件てのは何なんだよ?」  
 ヒューレットの問いに、目に見えてエルファリアはモジモジし始める。  
 「? どうした?」  
 「もしかして、大きな声では言いにくいことなのかしら?」  
 「……うん。実は……」  
 アップルタルトの助け舟に乗って、彼女の耳元でヒソヒソと囁く。  
 「えーーっ、キルシュトルテ様の前では女装しろ!?」  
 ──もっとも、やや天然なアップルが、素っ頓狂な声をあげたため、その心遣いも無駄になってしまったが。  
 
 「クックックッ……あの王女が男嫌いという噂はあったが、まさかソチラのケがあったとはな」  
 「うぷぷ……確かにそれなら、エルっちに「女装しろ」って命じるのも道理よね」  
 「フフッ……でも、よいではありマセんか。幸いエルファリアさんは中性的、いえ、どちらかと言えば女顔な少年です。これまで女性用装備もそれなり以上に似合ってマシたし」  
 あのあと、他のパーティーメンバーも集めて協議することとなったのだが、マイクロフトたちの反応は、以上のようなモノだった。  
 「三人ともヒドいや〜! ボク、本気で悩んでるのにィ」  
 と、半ベソをかくエルファリア。  
 一方、幼馴染ーズのカップルふたりは対照的に真面目な顔で考え込んでいる。  
 「エル……少し考えてみたんだがな」  
 珍しくシリアスな顔つきで彼の両肩に手を置くヒューレット。  
 「うぅっ……ヒュー兄ィ」  
 それほど自分のことを心配してくれるのかと、ちょっと感動するエル。  
 「お前が今さら女装するかどうかで悩むなんて、ハッキリ言って無意味だ」  
 「えっ!?」  
 「だって、そうだろう? さっきメグも言ってたが、この学校入ってから冒険実習時に着ていたお前の防具のコト考えてみろよ」  
 一番長く愛用していたのは貴婦人の衣装+5(HP増加機能付き)だが、それ以後も……。  
 ・ブルーインナー+1  
  →水色のタンクトップ&ボクサーショーツ。手足はほぼ剥き出し。  
 ・着物+4  
  →ピンクの花柄で明らかに女物の浴衣。帯は着付けの出来るアップルが蝶結びにしてくれてた。  
 ・魔女っ子ローブ+4(MP増加付)  
  →膝がギリギリ隠れる丈のローブ……というよりワンピース? 魔女っ子ぼうしとセットで。  
 ・千早+2(回避増加付)  
  →現在の装備。いわゆる巫女さんの正装。袖が長いのになぜか邪魔にならない。  
 「──い、言われてみれば……ボクの冒険時装備って、もしかして大抵女物!?」  
 「そもそも狩人のお前に後衛女性陣のお古が回ってくるのも仕方ないだろ」  
 「そ、それは……そうだけど」  
 「それに、お前だって別段に気にしてなかったじゃないか」  
 そう言われるとグゥの音も出ない。  
 「ううっ、ボクってもしかして、とっくに変態さんだったの?」  
 ガックリと肩を落とすエルファリア。  
 
 「まぁまぁ、ヒューくんも、あまりエルちゃんを追い詰めないで。ね?」  
 orzな姿勢で落ち込むエルを見かねたのか、アップルタルトがなだめる。  
 「アップル姉ぇ……」  
 半ベソをかいてるエルの頭をアップルがよしよしと撫でる。  
 「済んだことより、これからのことを考えましょ。  
 キルシュトルテ様には、パーティーに参加する気があれば、特別棟に引っ越すよう言われているのでしょう?」  
 「うん……通行証も、もうもらってるし」  
 ドラッケン学園の学生寮は、男子棟と女子棟に別れているが、そのどちらにも属さないのが、特別棟だ。  
 本来は学園に訪問してきたVIPのゲストルームとして使われるべき場所なのだが、キルシュトルテ一行(と言っても3人)は、昨年の入学以来、「王女の保安」を理由に、ここを占拠して使っている(もちろん、学園側の許可は得ている)。  
 「そして、エルちゃんは姫様のおそばにいたいんですよね?」  
 いつもはニコやかな笑みを絶やさない姉代わりの少女が、真剣な瞳をしてエルの顔を覗きこんでいた。  
 「──うん。確かにみんなが言うような欠点もある女性だけど、ボク、できればそばで支えてあげたいんだ」  
 多少の気遅れや躊躇いを振り払い、はっはりそう告げるエルファリアは、小柄で女顔ながら、その瞬間、確かに「男の子」に見えた。  
 「そう。だったら、自分のやるべきコトは何かわかるんじゃないかしら」  
 「うんっ!」  
 パアッと晴れやかな表情になって力強く頷くエル。  
 「子供だとばかり思ってたけど、エルちゃんも大きくなったんですね。  
 ──それじゃあ、皆さん、今夜はエルちゃんの送別会ということで、よろしいですか?」  
 幼馴染の弟分を一度だけギュッと抱き締めると、アップルは明るい声でパーティーの面々に尋ねる。  
 「おぅ! じゃじゃ馬王女のお相手は大変だろうが、頑張れよ、エル!」  
 「──かげながら、応援してマス」  
 「うむ。惚れた女性を護り抜くのも男子の本懐。その初心忘れんようにな」  
 「あ、コッチのことは気にしないでいいよン。今ちょうどダーリンがフリーだからに、ウチに入ってもらうから。エルっちが抜けても戦力ダウンはしないはずだしね!」  
 なんだかんだ言って自分のことを思い、暖かく送り出してくれる仲間の温情に、感激屋のエルファリアは、早くも目がウルウルになっていたのだ──その時は。  
 
 翌朝早く、自室の荷物をアップルからもらった大きめのトランクに詰め込み、いざ思い人の待つ特別棟へ赴かん! と気合を入れていたエルファリアだったが、まさにそのタイミングでドアがノックされた。  
 「? どなたですか?」  
 「アップルです。エルちゃん、開けてもらえるかしら?」  
 「あ、うん」  
 相手が姉代わりの少女なら否やはない。同室のヒューレットは彼女の恋人なのだし、別に部屋を見られて困るということもないだろう。  
 「……もしかして、エルちゃん、そのまま出るつもりだったでしょう?」  
 部屋に入って来るなりアップルタルトにメッと指を突きつけられて、エルファリアは気まずそうに視線を逸らした。  
 「う……だって、なんだかわざわざ挨拶するのもヘンな感じだし。そもそも部屋が変わるだけで、これからも同じ学園には通ってるんだし……」  
 と、言いつつ、実は自分の涙腺が一番心配だったからなのだが。  
 
 ところが、アップルは緩やかに首を横に振った。  
 「いいえ、そうではなくて、「その格好」で行くつもりなのかって聞いたのですよ」  
 「??」  
 どういう意味だろう? キルシュトルテの「女装して来い」という指示どおり、現在冒険時に愛用している千早姿に、サークレット(と言うより前天冠?)を着け、足袋を履いている。  
 タカチホ辺りの学生が見たら、エルの学科は完全に「巫女」だと勘違いするだろう。  
 「それはそれで可愛いですけど……」  
 と困ったようにアップルは口ごもる。  
 「ニシシシ……お姫様から、エルっちの嫁入り衣裳が届いてるんだよん」  
 「あ、ブリギッタ、それにメグさんも」  
 「──おはようございマス、エルファリアさん」  
 人の悪い笑みを浮かべているフェアリー娘と、いつも同様無表情だが、ほんの僅かに頬が紅潮しているように見えるノーム娘が入って来たことに戸惑うエル。  
 ブリギッタの言う通り、メグが何やら白い衣装ケースのようなものを抱えていた。  
 「えっと、コレって……?」  
 タラリとひと筋の冷や汗を流しながらアップルの方を振り返る。  
 「昨晩の送別会のあと、わたくしの方からキルシュトルテ様に「エルちゃんをよろしく」ってご挨拶に行ったのですけど……」  
 右掌を頬に当てて首を傾げるアップルタルト。  
 「キルシュトルテ様は、すこぶる上機嫌になられて、わたくしにその服を渡されたんです。エルちゃんに着て来なさいって意味だと思いますわ」  
 まさかウェディングドレスでも入ってるのでは……と危惧しつつ、衣裳ケースを開けたエルファリアだったが、幸いにしてその悪い予想は外れた。  
 
 「コレって……プリシアナ学院の制服!?」  
 その斬新な教育方針から、他の古手の2校からは「イロモノ」扱いされることも多々あるプリシアナ学院だが、少なくともオシャレな制服については他校も含めて定評がある。  
 問題は──その学院制服が女子用であることくらいか?  
 (だ、だいじょうぶ! このくらいは覚悟の範囲内だよ。大体、恥ずかしさからしたら、フリフリヒラヒラ度の高い貴婦人の衣装のほうが上だし)  
 クラシカルなパーティドレスと言ってもよい「貴婦人衣装」に慣れてるんだから、コレくらい……と思ったエルファリアは、しかしながらまだ甘かった。  
 
 着ている和装を脱ぎ捨てて、まずはブラウスに袖を通そうとしたエルに、アップルが待ったをかける。  
 「エルちゃん、制服以外もキチンと着替えないといけませんわよ」  
 「え?」  
 ニコやかに微笑む姉貴分が手にしているモノ。その正体をエルは理解できなかった──いや、理解してはいたが、理性が認めることを拒んでいたのだ。  
 ──それが、純白のショーツとブラジャー、スリップという女物の下着一式だとは。  
 「ささっ、あんまり時間もないことだし、パパッとマッパになっちゃいなよ、エルっち」  
 彼の葛藤を微塵も一顧だにせず、カル〜い口調で促すブリギッタ。  
 「──仕方ありマセんね。私たちで着替えさせマシょう」  
 それでも動かないエルに痺れを切らしたのか、珍しくメグが強行手段に出る。  
 「わーーーーッ! ちょ、タンマぁ!!」  
 3人の少女に迫られて、ようやく再起動したエルファリアが、悲鳴を上げる。  
 「……ンだよぉ、ウルセぇぞ、エル。まだこんな時間じゃねーか」  
 と、ちょうどその時、隣のベッドでグースカ寝ていたヒューレットが寝ぼけまなこをこすりつつ、目を覚ます。  
 天の助けか、と一瞬期待したエルだったが……。  
 「ごめんなさい、ヒューくん。今からエルちゃんのお着替えタイムなので、しばらく席を外してもらえないでしょうか?」  
 「んー、りょーかい。食堂でお茶でも飲んでる」  
 頼りの兄貴分は、恋人に優しく言いきかされてアッサリ部屋を出ていってしまう。  
 パタン! とドアの閉まる音が、エルには猛獣を捕える檻が閉じる音のようにも聞こえた。  
 「では、エルちゃん……」  
 「──覚悟はよろしいデスか?」  
 「ま、覚悟できてなくてもひん剥くけどさ!」  
 その直後、早朝の学生寮に、絹を裂くような悲鳴が響くのを聞いたという学生も数名いたが、真偽のほどは確かではない。  
 
-つづく-  
 
 

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