「──そして、男のコと女の子は幸せに暮らしましたとさ……とは、やっぱりいかないものなんだよね、やっぱり」  
 ハァ〜と、軽く溜め息をつくエルフの修道女。  
 「ん? どうかしたのかえ、エリー?」  
 食事をとる手を止めて、けげんそうに(そして心なしか心配げに)自分の方を見つめるキルシュトルテに、安心させるように微笑いかける。  
 「なんでもありませんよ、キルシュさん」  
 そう愛称で呼びかける度に王女の傍らに控える侍メイドの視線がイタイのだが、逆にそう呼ばないと、王女自身が不機嫌になるのだ。  
 アチラを立てたらコチラが立たない二律背反──であれば、想い人の気持ちを尊重するのが筋というものだろう。  
 
 エルファリアがキルシュトルテに抱かれて(まさしく、そう呼ぶべきシチュエーションだった)から、すでに3ヵ月近くの時が過ぎていた。  
 「ふむ。こうしてめでたくわらわの愛人になったからには、そなたのコトは以後「エリー」と呼ぶかの」  
 実はあの夜、同じベッドで眠りに就く前に、キルシュトルテは彼に向ってそんな言葉をのたまったのだ。  
 「えっと……私、親しい人達からは「エル」って呼ばれてるんですけど……」  
 まさか面と向かって「そんな女の子そのものな愛称は嫌です」とも言えず、そう遠まわしに異議を唱えてはみたのだが、無論、我儘王女は歯牙にもかけない。  
 「うむ。知っておる。だからこそ、ワザワザそれとは違う愛称を考えたのじゃ」  
 一瞬意味が呑み込めなかったものの、すぐにエルファリアは彼女の言葉の裏の意味を理解して、顔を赤らめた。  
 ──つまり、キルシュトルテは、みんなと違う「自分だけの呼び方」をしたいと言ったも同然だからだ。  
 「か、勘違いするでないぞ? 別にそなたが特別気に入ったとか、手放したくないとかそういうワケではないのじゃからな!」  
 そんなお約束過ぎる反応も微笑ましく愛おしい。  
 だからだろうか。ついつい調子に乗ってしまったのは。  
 「はい、じゃあ、今後はそう呼んでください……あ、それなら、ボクも貴女のことを皆と違った風に呼ぶ方がいいですかね? たとえばキルシュさん、とか」  
 無論、あくまで寝物語の合間のほんの戯言のつもりだったのだが、予想外に王女がその呼び方を気に入り、今後自分のことはそう呼べと彼に厳命してきたのだ。  
 確かに、よく考えてみれば姫君たる彼女のことを略称や通称で呼ぶような存在がいたとは思えないし、実は密かに「友人同士のあだ名呼び」に憧れていたのかもしれない。  
 とは言え、そこは腐っても一国の王女。とくに周囲の人間の中でもヤンデレ気味にキルシュトルテを慕っているクラティウスは、冒険の仲間とは言え、「彼女」がそんなに親しげな呼び方をすることにいい顔をしなかった──と言うか怒気も露わに問い詰められた。  
 その度に、腰を低くして、なだめ、すかし、頭を下げて、侍メイドのやり場のない怒りをいなすという高等技術を求められることとなったのである。  
 
 もっとも、さすがに最近では慣れたというか諦めたのか、クラティウスも表立って文句を言ってくるようなコトは無くなっている。  
 また、ふた月前に起きた「暗黒学園事件」で、(やむにやまれぬ理由があったとは言え)王女達を裏切ったことを、やはり気にしているのか多少はエリーに対する当たりも弱くなった気がする。  
 ちなみに、クラティウスが闇の生徒会側についた理由の一部として、王女の寵愛を受けるエリーへの嫉妬があった可能性も強い──対峙した時、執拗に「彼女」を狙って来たし。  
 その後、雨降って地固まるで彼女が王女パーティーに復帰する経緯は、皆さんもよくご存じだろう。  
 そもそも、エリー自身に言わせれば「むしろ普段からキルシュさんのクラティウスさんの絆の強さと深さに、いつもアテられっぱなしですよ〜」というコトなのだから、「岡目八目」、「隣の芝は青い」という好例なのかもしれない。  
 
 ちなみに、流石にキルシュトルテもコレはマズいと思ったのか、自らの閨にクラティウスとエリーを個別に呼ぶだけでなく、時折はふたりまとめて呼びつけて夜伽をさせるようになった。  
 時には、縛り上げたエリーの眼の前でふたりが絡み合ったり、逆に目隠しして正座させたクラティウスを尻目に、キルシュトルテがエリーを弄んだり……。  
 あるいは時には、メイド服を着たままで下着だけ脱いだクラティウスに対して、エリーにクンニさせつつ、キルシュトルテ自らは、エリーのアナルをディルドーで攻めたり……。  
 教師陣に知れたら「若いから仕方ないとは思うが──ほどほどにな」とたしなめられそうな性活(誤字にあらず)を送る過程で、ようやく3人の関係も少しずつ巧く回るようになってきたのだ。  
 ちなみに、この件で一番ワリを食ったのは唯一第三者の立場に置かれたシュトレンだろう。もっとも、その事で謝るエリーに対して彼女は「別にいいよ。雨降って地固まったみたいだしね」と、サバけた態度を見せてはいたが。  
 
 無論、肝心の冒険実習のほうも順調だ。  
 闇の生徒会が登場した当初こそ色々と不覚をとったものの、エリーの古巣であるヒューレット達のパーティーの尽力や、他の学校の協力もあって、そしてもちろんキルシュトルテ達の頑張りもあって、先日ついに魔王を倒すことができたのだ。  
 おかげで、戦闘に関してはすでに一流冒険者と遜色のない技量にキルシュトルテ達は成長していた。  
 もっとも、王女自身はヒューレット達のパーティに未だ勝てないことを気にしているようだが……元々4対6なのだから、仕方あるまい。  
 あとは、いくつかの座学の単位をとれば(ちなみにエリーのシスターの単位はとっくに100に達している)、めでたく学園を卒業できるのだが……。  
 
 
 部屋でひとりなった時、ふぅと再び溜め息をつくエリー……いや、エルファリア。  
 「卒業、かぁ」  
 いざ、その段になってみると、何とも実感がなく、また未来の展望も見えてこないものらしい。  
 「どうしたらいいのかなぁ……」  
 親たちの冒険話を聞いて育った子供の頃から、立派な冒険者になるのが夢だった。  
 そのためにこの学校に入り色々努力してきたのだ。  
 そして、今、当初目指していたのとはやや方向性は違うとは言え、立派な冒険者──少なくともそのとっかかりと言えるレベルには達することは出来たと思う。  
 だが……今の彼には、「冒険者になる」こと以上に気になる存在が出来てしまった。  
 王女キルシュトルテ。  
 姉貴分のアップルタルトのような貴族でもない限り、本来なら顔を合わせる機会もないはずのその存在に、彼は出会って、心惹かれてしまった。  
 さらに幸運にも、先方も自分に興味を持ち、憎からず想ってくれたようで、色々な犠牲(おもに男のプライド的な意味で)を払いつつ、彼女と想いを通じることまでできた。  
 だが、それが、現在のこの状況が「冒険者学校」という特異な状況だからこそ許されるイレギュラーであることも、聡明な彼は理解していた。  
 エルファリアの願いとしては、これからもキルシュトルテのそばにいたい。それは一番明確な希望だ。  
 はたして、それが許されるものなのか……。  
 
 もっとも、結論から言うと、その心配は杞憂だった。  
 エリーが悩んでる様子を敏感に察知したキルシュトルテの詰問によって、あっさり白状させられてしまったのだが、エリーの不安を聞いても、王女はむしろきょとんとした顔をしている。  
 「ん? そなたが身のふりかたを考える必要はないぞ。卒業後は、わらわとともに王宮に帰り、クラティウス同様、護衛兼侍女として仕えればよかろ」  
 「そ、そんな簡単に決めちゃっていいんですか? クラティウスさんの意見は?」  
 「正直、大歓迎とは言いませんが……貴女でしたら、実力は折り紙付きで、気心も知れてますし、十分許容範囲内でしょう。諸事情は踏まえた上で、すでに侍従長の許可はとりつけてあります」  
 どうやら、本人の了承抜きで既にそーゆー風に決まっていたらしい。  
 
 「で、でも、よりによって王宮の女官なんて……私に務まると思います?」  
 半ば流されつつも、問題点を指摘するエリー。  
 「ククク、心配はいらぬ。言い忘れていたが、明後日からわらわ達は交換留学生として、プリシアナ学院に編入することが決まっておるからの」  
 例の事件の際に出来た交流から、政治的理由もあってそのコトが決まったらしい。  
 「プリシアナにはメイド学科がありますので、そこでみっちりメイドの基礎を学んでください。わたくしも、及ばずながら手助けはしますので」  
 「なーに、安心せい。留学期間は半年じゃから、王宮に帰るのはまだ先の話じゃ。  
 おお、そうじゃ、せっかくじゃから、わらわもプリシアナが本場の「アイドル」にでも転科してみようかのぅ」  
 「素敵ですわ、姫様!」  
 楽しそうな主従の様子に苦笑しつつ、エルファリアも己に振りかかった運命を甘んじて受け入れることを決意する(開き直ったとも言う)のだった。  
 
 * * *   
 
 ──数年後、即位したキルシュトルテ女王の傍らには、常に影の如く付き従うふたりの侍女兼護衛の姿があった。  
 ひとりは、居合を修めた剣の達人のフェルパー、そしてもうひとりは、神の奇跡を顕現するエルフの聖女だったとされるが……真偽の程は定かではない。  
 
<おわり>  
 

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