#「王女様と私」番外です  
 
 「それでは、こちらがエルファリアさんの部屋になります」  
 敬愛する我が主たる姫様に命じられては、従うほかありません。  
 わたくしは、今日からこの特別棟の住人となったエルフの狩人を部屋へと案内しています。  
 「はい。すみません、お手数をおかけします」  
 大きなトランクを両手で体の前に提げ、ペコリと頭を下げるプリシアナ学院の女子制服を着たエルフの少女……にしか見えない少年。  
 その姿は、姫様ひと筋と堅く心に決めているわたしにさえ可愛らしく映るのは確かで、正直、素性を知っていても、時々この子が「男」であることを忘れそうになります。  
 (まったく……)  
 これで、この子が本当に女の子か、あるいは、いかにも男っぽいタイプの少年なら、ココまでややこしい話にならずに済んだのですが。  
 女の子であれば、姫様の好意を受けているという点で、多少は妬ましい部分がないでもありませんが、それでも素直に仲間として受け入れられたでしょう。  
 いかにもな男であれば、そもそも姫様がさほど興味を示したりしなかったはずです。  
 てっきり前者だと思ったからこそ、姫様が「わらわのパーティーにもうひとり仲間を加えるぞ!」とおっしゃった時、わたくしも気は進まぬながらも受け入れたのです。  
 実際、「彼女」(どうも彼と呼ぶのは抵抗があります)が今朝まで所属していたパーティーに負けた時などを鑑みても、姫様、わたくし、シュトレンさんの3人だけでは戦力不足気味なのは明らかでしたから。  
 無論、王家の権力と財力で雇った「仲間」はいますが……言うまでもなく、こちらはある意味単なる人海戦術の駒ですし、ハイレベルな戦いについて来られるとも思えません。  
 その点、「彼女」は優れた弓の使い手でしたし、エルフですから術師系の学科に転科してもそれなり以上に役立つでしょう。  
 実際に言葉を交わしたことは4、5回。それもダンジョン内での世間話が大半でしたが、頭に「ド」か「バカ」の字がつきそうなくらいの善良なお人好しであることも、推察はしていました。  
 姫様をお慕いするひとりの女としては物申したい点がなきにしもあらずですが、それでも姫様の本当の意味での「味方」が増えるのは、総合的に考えて悪いことではない。  
 そう思ったからこそ、わたくしも(こっそり涙を呑んで)、「彼女」──エルファリアさんを受け入れることに賛成しました。  
 ですが。  
 その「彼女」が本当は「彼」であると言うなら、色々話は違ってきます。  
 姫様はノイツェシュタイン王家の第一王位継承者です。将来王位に就いた暁には、しかるべき家柄の男性を王配として迎える義務があります(あまり考えたくないことではありますが)  
 その姫様が男を身近に置いていた……という情報は、一歩間違えればスキャンダルにもなりかねません。  
 
 無論、昨晩、姫様からことのなりゆきを聞かされたわたくしは、「彼」を迎えることに反対しました。ですが、姫様の意思は固く、翻意されることはなかったのです。  
 我儘気ままに見えて、姫様は存外執着心の薄い方です。あの方に、そこまで気に留めていただけたということの幸運を、この女装エルフは理解しているのでしょうか?  
 「あの、クラティウス、さん?」  
 「──何でしょう?」  
 「ボク、何かお気に障るようなことでもしましたか?」  
 何をいきなり……いえ、そうですね。以前、「彼女」と(思っていた頃)は、世間話程度ですがそれなりに気さくに会話していたのに、いきなりむっつり黙りこんでいれば、そう思われるのも無理ないでしょう。  
 実際、わたくしの機嫌が悪いのは確かで、また、その原因がエルファリアさんにあることも確か。彼に責任があるのかと言われれば微妙ですが、感情はそんな理屈では納得できません。  
 「──気にしないでください。貴方が悪いわけではありませんから」  
 できるだけ刺々しい口調にならないよう努めて、そう答えるのが精一杯です。  
 「はい……」  
 見るからにショボンとした様子は、こんな時でもなければ(そしてわたくし自身が原因でなければ)、即座に駆け寄って慰めてあげたいような気分になります。  
 「庇護欲をそそる」とでも言うのでしょうか。姫様の気持ちが少しだけわかったような気がしますね。  
 「──謝らないんですね?」  
 その点だけは少し意外です。もっと内罰的な人かと思ってました。  
 「ええ、クラティウスさんは、ボクが悪いわけではないと言ってくださいましたから。それを無碍にするようなことはできません」  
 「…………ハァ〜」  
 あぁ、もう、わたくしの負けですわ!  
 ええ、もちろんわかってはいたのです。この子が、財力や権力を目当てに姫様に近づくような不逞の輩ではないことは。  
 でも、それを認めたら、自分の居場所がなくなる──は大げさにしても、少し狭まるような、自分に向けられる姫様の情愛が少なくなるような、そんな気がして、嫌だったんです。  
 いいでしょう、姫様の側に侍る「資格」はあると、認めてさしあげましょう!  
 
 「ここが、今日から貴方の部屋になります」  
 案内したのは、元はこの特別棟付きの使用人のための控室。全体にお金のかかった豪華なこの特別棟に比して極めて簡素な造りで、広さも学生寮の普通の部屋よりひと回り狭いはずです。  
 ちょっとした嫌がらせとテストのつもりで(つまり、贅沢な生活を期待してたならアテが外れるように)、この部屋を選んだのですが、エルファリアさんの反応は予想外でした。  
 「わぁ、感じいいお部屋ですねー」  
 ……は?  
 「いえ、けっこう狭いですけど……よろしいんですか?」  
 「? 確かに男子寮の部屋よりは狭いかもしれませんけど、アッチはふたり部屋ですし」  
 しまった! 言われてみれば確かにその通り。さすがに半分の広さってわけではありませんから、ひとりで暮らすなら別段問題ありませんね。  
 客室と違って庭園が見えるわけでもない殺風景な窓に駆け寄り、「彼女」はうれしそうに窓を開けます。  
 「いい風……窓も南向きで日当たりもいいですし……」  
 なるほど、種族的に木々の緑を好むエルフにとっては、目に入るのが学園裏の雑木林でも気にはならないワケですか。  
 「それに、クラティウスさんが、キチンとお掃除や手入れをしておいてくださったのが、よくわかりますから」  
 キチンと糊のきいたシーツや、埃ひとつないテーブルを指さしてニッコリ微笑むエルファリアさん。  
 「! め、メイドとして当たり前のことをしたまでです」  
 不覚です。ちょっとどもってしまいました。これ以上部屋のことを追及するのはヤブヘビになりそうですね。  
 
 精神的な体勢を立て直すために、わたくしは今後の予定について極力事務的に伝達することにしました。  
 「起床時間は午前7時。ただし、姫様の指示で早く起きねばならないこともあります。  
 朝食と夕食は姫様次第ですが、基本的には姫様と同席して食べてもらいます。  
 昼食は自由ですが、昼休みはあまり長くないので注意してください。また、冒険に同行している間は、わたくしの作ったお弁当を差し上げます。  
 入浴は、申し訳ありませんがエルファリアさんは一番最後になります。  
 お部屋の掃除は自分で行っていただきますが、洗濯についてはお引き受けしても構いませんよ?」  
 「えっ、ホントですか?」  
 「ええ。女物の衣類の扱いは、まだご存知ないでしょう?」  
 そう言ってチラと意地悪げな視線を投げかけると、朱を散らしたように「彼女」の頬が赤く染まりました。  
 「は、はい、助かります。あ! でも、いつまでもお世話になるのは悪いので、お時間がある時にでも教えていただければ、ボクも覚えますから」  
 ふぅ……確かに、とても「純心」で「いい子」ではあるんですよね。  
 でも、そのあまりの優等生ぶりが微妙に気に障ることもあります。  
 「そうですね……いいでしょう。ですが、どうせなら洗濯だけと言わず、炊事から清掃、さらには給仕のマナーに至るまで、徹底的に叩き込んでさしあげますわ」  
 「あ、あのぅ……それ、もしかしてメイドさんのお仕事全部なのでは?」  
 「ええ、その通りですが、何か?」ジロリ……  
 別に意地悪の「ためだけ」で言ってるワケではありませんよ? 姫様の御側で仕える以上、いつなん時、姫様のご要望にお応えする必要に迫られないとも限りません。  
 あのシュトレンさんでさえ、今言ったことは一通りこなせるのですから。  
 
 「わ、わかりました! ご指導のほど、よろしくお願い致します」  
 ビシッと気をつけして返事をするエルファリアさん。  
 そんなに脅したつもりはなかったのですけれど……いえ、この流れは好都合ですね。  
 「色々言いましたが、わたくしたち姫様のパーティーに加わった人間は、基本的に起きている時間の大半を姫様とご一緒して過ごすものと考えてください」  
 「キルシュトルテさんと、ずっと一緒……」  
 「自由になる時間なぞほとんどない」と伝えたつもりなのですが、逆に何とも言えない嬉しそうな表情になるのが腹立たしいですね。  
 ここは、昨日手に入れたアレの出番でしょうか。  
 
 「……そうそう。ひとつ言い忘れていました。エルファリアさん。今後あなたは、対外的には「キルシュトルテ王女付きの護衛兼侍女のひとり」として扱われます」  
 「──はい」  
 複雑そうな顔をされてますね。確かに「彼女」の本来の性別を知ってる人間はこの学校にも多数いますし、そもそも別段女装趣味や女性化願望があるワケでもない普通の少年なのだから、当然でしょうが。  
 「とは言え、エルファリアさんも身体的には男性の端くれ。時には、よからぬコトを想像し、イケナイ妄想にフケることもあるでしょう」  
 「は、ハシクレはヒドいです」と言う小声の抗議は、この際無視です。  
 「ですが、その淫らな妄想で汚れた手で姫様に触れたり、あまつさえ姫様を思い浮かべてひとり遊びに勤しむような真似は、厳に慎んでいただかなければなりません」  
 「し、しませんよ、そんなコト!」  
 「口では何とでも言えます……しかし、たとえば姫様のあられもない下着姿を目撃して、思わず押し倒したり、そこまでいかなくとも、あとで夜のオカズにしたりということがないと言い切れますか?」  
 「う……しません。そんなコトしたらキルシュトルテさんが悲しみますから」  
 「絶対に?」  
 「絶対に!!」  
 「それでは、万が一のことがないよう、貴方にある「枷」を付けさせていただいても問題ありませんね?」  
 たぶん、今のわたくしは、すごく「イイ笑顔」を浮かべていることでしょう  
 「………わかり、ました」  
 ここで反論すると言うことは、「そういうコトをしたい」と言っているのと同意義だと気付いたようですね。一瞬ためらったものの、大きくうなずくエルファリアさん。  
 ──よし、かかりました!  
 「それでは、早速ですが、スカートをめくって、ショーツを膝まで下ろしてください」  
 
-つづく-  
 

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