燦々と輝く太陽の下、乾いた風が吹き抜ける。  
乾ききった砂の上であれば、それはこの上もない苦痛をもたらすが、水辺と木陰、それに日除けの木でも存在していれば、  
むしろ心地よい刺激となる。  
それを体現するかのように、飢渇之土俵にフェルパーの喉を鳴らす音が響く。  
「グルルルル、フルルルル……グルルルル……フルルルル…」  
半分眠っているらしく、その音は途切れがちである。だが、彼に膝枕をしているノームが頭を撫でると、思い出したように再開する。  
その二人の傍らでは、ドワーフが気持ちよさそうに寝そべっていた。  
「ん〜〜〜、もうちょっと上……あ、そこそこ〜。いい気持ち〜…」  
「………」  
制服を捲り、背中にブラシを掛けるディアボロス。黙々と作業をこなしているようにも見えるが、既に何十分もそれを続けているため、  
本人も嫌ではないのだろう。ばっさばっさと揺れる尻尾に、たまに手を止めつつも、文句の一つすら言わない。  
そんな四人を、バハムーンは少し離れた所に座り、どんよりとした目で見つめていた。  
「……いいなあ、あいつら……どうして私だけ、触っちゃいけないんだよぉ…」  
「だって、君、構いすぎだもん。そりゃ逃げるって」  
「む〜〜〜…」  
拗ねた子供のように唇を尖らせ、直後、バハムーンは思いっきり叫んだ。  
「私だってフェルパーなでなでしたいーっ!!ドワーフふかふかしたいーっ!一緒にお昼寝とかしたいよぉーっ!!!!」  
言い終えると、バハムーンはバタッとうつ伏せに倒れ込んだ。クラッズは隣で、それを呆れたように見つめている。  
「……くすん」  
「大丈夫?」  
「……なでなでして…」  
「よしよし」  
「ありがと…」  
頭を撫でてやると、少しは気が紛れたのか、バハムーンはのそりと体を起こした。だが、自分を見つめる視線にクラッズが  
不安を覚えた瞬間、彼女の手が伸びた。  
「お前だけだよぉー!私に優しくしてくれるのー!」  
「おぐぁっ……く、苦しっ……て、手加減っ……手加減してっ…!」  
思い切り抱き締められ、背骨がゴキリと音を立てる。さらに腰もパキポキと音を立て、クラッズの顔が苦痛に歪む。  
「え?あ、ごめん。ポキポキ言ってたな」  
解放されると、クラッズはハアハアと荒い息をつく。彼女はたまに加減ができなくなり、こうしてクラッズやフェルパーを  
負傷させることもある。ドワーフはというと、そもそも抱き締める以前に逃げられるため、被害には遭っていない。  
「いったたた……だから抱っこさせてもらえなくなるんだってば、もう…」  
「じゃ、じゃあ、もっと優しくしてあげたら、抱っこさせてくれるかな…?」  
「いや、それ以前に構いすぎっていうのが大きいよ、君は」  
「ちぇ〜…」  
言いながら、バハムーンはクラッズを膝の上に乗せ、後ろからギュッと抱きしめた。これは反省していなさそうだと、クラッズは  
彼女の腕の中で、大きな溜め息をつくのだった。  
 
見た目とは違い、バハムーンはひどく子供っぽいところがある。可愛いものや小さいものが大好きで、そういうものを見ると  
抱き締めずにはいられないのだが、そのせいでフェルパーやドワーフなどからは敬遠されている。クラッズはというと、  
さすがに全員が嫌ってはかわいそうだと思い、バハムーンの為すがままになっている。おかげで最近は、バハムーンも  
捕まえにくいフェルパーやドワーフではなく、最初からクラッズを標的にすることが増えてきた。  
ただ、行動は非常に子供っぽいが、何から何までがそうというわけでもない。  
「お、フェルパー!ちょうどいいところに!」  
早めに探索を終え、学生寮に戻った一行。フェルパーはノームから本でも借りようと来客用の部屋へと向かったのだが、  
そこで部屋から出てきたバハムーンと鉢合わせした。  
「あ、ああ。バハムーン、どうした?」  
「あのなあのなー!今、餡子っての作ってみてるんだけど、味見してもらえないかな!?」  
「餡子?まあいいけど……俺でいいの?気の利いた感想言えないと思うけど」  
「なんで?気ぃ利かせる必要なんてないだろ?」  
バハムーンは、いかにも不思議そうに聞き返す。  
「そりゃ、アドバイスもらえるなら嬉しいけどさ。でも、味付けがどうこうとか調味料のバランスがどうこうとか言われたってさ、  
うまいと思ってるかどうか、全然わかんないんだもん。バランス良くたって、まずかったらそれまでだろ?だから、うまいかどうかだけ  
聞かせてくれればいいからさ!」  
「うーん、なるほどね。そっか、じゃあ俺でよければ」  
「やった!うまくできてると思うんだけどなー!」  
バハムーンは嬉々として部屋に戻り、フェルパーもその後に続く。部屋の中には小豆の匂いが立ちこめ、鍋がぐつぐつと音を立てている。  
「結構煮込んでるから、そろそろいいと思うんだけど……水分飛んだら出来上がりだよな?」  
言いながら、バハムーンは鍋を火から上げ、机に布巾を敷いてから、その上に鍋を乗せる。  
「……これを食えと?」  
「あ、お前猫舌?」  
「猫舌じゃなくたって、こんな煮えたぎった餡子食えるかっ!」  
「あはは、スプーンはあるって!適当に冷ましてから食べてみてくれよ!」  
バハムーンはフェルパーにスプーンを差し出す。それを受け取り、餡子に突っ込んだ瞬間、フェルパーは僅かに首を傾げた。  
部屋に、フーフーフーフーと息を吹きかける音が響く。たっぷり一分ほどをそれに費やしてから、フェルパーは餡子を恐る恐る  
口に運んだ。  
「どう?うまい?」  
それなりに自信はあるらしく、バハムーンは笑顔を浮かべている。だが、フェルパーは難しい顔で答える。  
「……なんか、ぐしゃってしててうまくない…」  
「えええー!?嘘ぉー!?ちょ、ちょっといいか!?スプーン貸して!」  
フェルパーからスプーンを受け取ると、バハムーンは餡子をろくに冷ましもせず口の中へ放り込んだ。それでも熱いと言わない辺り、  
恐らくはブレスで慣れているのだろう。  
「……うわ、ほんとだ…」  
見る間に、バハムーンの表情が曇っていく。それはまるで、楽しみにしていたおやつを、目の前で取られてしまった子供のような  
表情だった。  
 
「なんでぇ…?作り方、間違ってないはずなのにぃ…」  
「う……バ、バハムーン、そこまで気を落とさなくても…」  
だが、慰めようとした瞬間、バハムーンの顔が職人の顔になった。  
「いや……間違ってなきゃ、おいしくできるはずだよな……きっとどこかで、作り方間違ったんだ……砂糖入れるタイミングか…?」  
バハムーンはぶつぶつと呟き、そしてハッとしたようにフェルパーを見た。  
「あ、フェルパーごめんなぁー、うまいの食べさせてやれなくって。次は絶対うまく作るからさ!その時は、またお願いしてもいいか?」  
「ああ、いいよ。俺も楽しみにしとくよ」  
「おう!楽しみにしといてくれ!悪かったなー、引き止めて!またな!」  
お菓子作りに関してだけは、彼女は妥協しない職人の顔を持っていた。クッキーやケーキを作るのは得意らしく、たまに宿屋でそれを  
作っては、仲間に振る舞うことも多い。ドワーフもお菓子作りの腕は純粋に評価しているらしく、彼女が作ったものの半分以上は  
ドワーフの胃袋に納まるのが常である。また意外なところでは、ディアボロスも彼女のケーキが気に入ったらしく、ドワーフに  
取られる前にしっかり自分の分を確保するようになってきている。  
そんな所がある故か、彼女は仲間の多くに嫌がられつつも、心底嫌われているというわけでもない。その証拠に、部屋を出る  
フェルパーの顔は、次の味見への期待に満ちた笑顔だった。  
 
翌日、一行はタカチホ義塾を出てトコヨへと向かった。フェルパーとクラッズにとっては家みたいなところだが、他の仲間にとっては  
自分達が明らかに異邦人だと感じられてしまうため、落ち着かないのだ。なので、学園ではない中継点ならば、まだその感覚も  
薄れるということで、気晴らしも兼ねている。バハムーンにとっては、お菓子作りの素材調達でもある。  
「いやー、やっぱりここも暑いよね。タカチホが天国に思えてくるよー」  
「寮は涼しいもんなー。私は暑いの好きだけど」  
特に目的があったわけでもないため、一行は全員で交易所に来ており、各自好き好きに物色している。  
少し離れたところでは、ここに住む子供達が物珍しそうに一行を見ていた。フェルパーとクラッズ以外は制服が違うこともあって、  
制服の違う冒険者というものが珍しいのだろう。  
「……後ろの子供達、こっち凝視してるな。あんなに見られると、少し落ち着かないや」  
「子供可愛いよなー!少し遊んでやろうかな…?」  
「あんたが遊ぶと、確実に怪我人出るでしょ。頼むから、こんなとこに来てまで余計な事件起こさないでよね」  
「ちぇ〜、可愛いのになあ」  
冒険者は子供にとって憧れであることも多い。この子供達もそうらしく、その手には木製の剣や、背中を撃っても怪我すらさせない  
銀玉鉄砲が握られていた。  
「元気そうな子達だね。玩具とか持って…………さ、さてと、僕は先に宿屋でも行ってようかな」  
「お?どうした?疲れたのか?」  
「………」  
明らかに態度のおかしくなったクラッズを、フェルパーはじっと見つめていた。その目はクラッズだけでなく、後ろの子供達にも  
油断なく注がれている。視線の先では、子供達が何やら相談しているらしく、顔を寄せ合って話し合っている。  
「フェルパー、どうしたの。何かあった」  
「え?あ、ああ……いや、別に何でも…」  
一瞬、気を抜いた瞬間だった。何やらじゃんけんをしていた子供の一人が走り出て、クラッズに銀玉鉄砲を突きつけた。  
「バンバーン!」  
恐らく、じゃんけんで負けた者が、冒険者の一人に対して攻撃の真似事をしてみせるという、他愛もない遊びだったのだろう。  
 
しかし、途端にフェルパーの顔がさっと青ざめた。  
「……やべえ…」  
聞いたこともないほどに、深刻な声。そして、クラッズは異様な殺気を放ち、その子供を睨みつけていた。  
「え…?あ、うあぁ…!」  
それに恐れをなし、子供が逃げようとした瞬間。  
「うおおぉぉあああぁぁ!!!」  
抜刀とフェルパーが飛び込むのは、ほぼ同時だった。子供に向けられた抜き打ちの一閃を、フェルパーは危ういところで跳ね上げた。  
「ノーム!ディアボロス!子供達を頼む!」  
「任せて」  
「クラッズ!やめろ!やめろって…!」  
「ああああああああ!!!!殺す殺す殺す殺してやる殺してやる殺してやるあああぁぁぁ!!!!」  
もはやその目に理性はなく、焦点すら失っている。狂気の叫びと共に繰り出される斬撃は、風切り音すら立てないほどに鋭い。  
それをフェルパーが何とか凌いでいる隙に、俊足の二人は子供達を連れて安全な場所へ退避する。  
「うわぁーん!!僕、ちょっといたずらしただけだよぉ!!なのになんでぇ!?」  
「さあ。とにかく、死にたくなければ逃げた方がいいと思うけど」  
「……行け」  
何とか避難が済んだのを見ると、フェルパーはクラッズと距離を取った。  
「おい、よせ!あいつらは違う!あいつらはただの子供だぞ!」  
「うるさいうるさいうるさいどけよ黙れ邪魔するなああぁぁ!!!」  
「馬っ鹿野郎ぉ!!!」  
首目掛けて飛んできた一撃を引いてかわし、追撃の前に杖で相手の腕を封じる。それでもなお攻撃しようとするクラッズの鳩尾に、  
フェルパーは渾身の蹴りを叩き込んだ。  
「がはっ!?ぐっ……うああぁぁ…!」  
普通ならば、敵の存在すら忘れて悶絶するほどの威力がある一撃だった。だがクラッズは倒れもせず、目の前のフェルパーを睨みつけた。  
そこでようやく相手が誰かを認識したのか、クラッズの顔に狂気を孕んだ笑みが浮かんだ。  
「……あはははぁー、フェルパーじゃない?どうしたんだよそんなどうしたのそんなとこでさあ、なんで僕の邪魔するのさなんで…」  
「おいっ!!!!」  
腹の底から怒鳴り付け、フェルパーはクラッズの肩を強く揺さぶった。  
「ここはどこだ!お前は何をしてる!しっかり目を開けて、周りを見ろ!!!」  
「え…」  
その言葉に茫然と立ちすくみ、やがて少しずつ、クラッズの顔から狂気が消えていく。周囲を見回し、自分を見つめる仲間を見、自分を  
見て怯える子供達を目にし、その顔に強い戸惑いと悲しみの表情が浮かびあがる。  
「あ……あ、あぁぁ……ああぁぁ…!」  
刀を取り落としたクラッズを、フェルパーは優しく抱きしめた。仲間が声を掛けられずにいると、フェルパーが静かな声で言う。  
「悪い……ちょっと、二人だけにしてくれ」  
「……わかった。あとの始末はこっちで付けとく」  
 
ドワーフとバハムーンが子供達を宥めすかし、ノームとディアボロスが交易所の者に謝りに向かう。その間も、フェルパーはクラッズの  
頭を胸に抱き寄せ、クラッズはずっと胸の中で震えていた。  
あらかたの始末がついたところで、四人は宿屋で待っていようということになり、それぞれに部屋を取る。だが、一人ずつで  
いるわけもなく、全員でドワーフの部屋に集まった。  
「あいつ、いきなりどうしたんだろうな…?あんな怖いの、初めて見た」  
「何か、トラウマでもあるのかもね。あんなの、普通じゃない。ドワーフはどう…」  
そのドワーフは、一人どこか遠い目で、ぶつぶつ呟いていた。  
「どうって……おいしいよね……幼馴染で、あんな優しく抱きしめて……二人だけに…」  
「不謹慎も何のそのね、毛むくじゃら」  
「え!?あ!?はい!?な、何ですか!?何でもないですよ!?」  
「ドクターの分析はどう。あの小さいの、明らかにおかしかったでしょ」  
そう言われると、ドワーフの顔は一転して大真面目に変わった。  
「ん、心的外傷後ストレス障害だろうね」  
「し、しんてき…?」  
「心的外傷後ストレス障害。ま、トラウマでも間違ってないよ。それのもっとひどいやつね。状況から判断すると、  
子供が銃を向けて撃つ真似したら、我を忘れるどころか、幼馴染の存在も忘れて大暴れする始末。となると、あの子供のせいで、  
フラッシュバック引き起こしたんだろうね。フェルパーも『あいつらは違う』って言ってるから、何か知ってるんでしょ。  
ディアボロスの予想、大当たりだったねー」  
「……嬉しくはない」  
その時、部屋のドアがノックされた。ノームが出ると、そこにはフェルパーが一人で立っていた。  
「フェルパー、お帰り。小さいのは」  
「ん、少し一人にしてくれって言うから、俺だけ帰ってきたよ」  
フェルパーが言うと、バハムーンが驚いたように聞き返す。  
「ええー!?置いてきちゃったのかあ!?」  
「ああ……そっとしておいてやった方がいいと思って」  
「そんなこと言ったって、あんなになってたあいつ、ほっといていいのかー!?」  
すると、ドワーフが呆れたように溜め息をついた。  
「一人の方がいいと思うよ。向こうが一人にしてくれって言ってるんだしさ。大体トカゲ、構いすぎなの。構ってほしくない時も  
あることぐらい、いい加減わかってよね」  
「け、けどさぁ〜…」  
「付いていたいってのは、トカゲの勝手な希望でしょ。向こうは一人になりたいって言ってるんだよ?」  
バハムーンは叱られた子供のようにしゅんとしていたが、やがて顔をあげた。  
「……でもやっぱり、こんなときに一人になんてさせられないよ。誰かいてやった方が…」  
「今までフェルパーがいて、その上で言ったってことは理解してる?幼馴染で、一番仲のいい……大好きな……愛する…」  
「ん?」  
「え?あ、何でもないですよ!?とにかくフェルパーにだって一人にしてくれって言ってるんだから、トカゲが行って  
どうこうなるものでもないよ」  
「……でも、行く」  
「はぁ……じゃ、勝手にすれば。追い返されても泣かないでよね」  
説得を諦め、ドワーフは虫でも追い払うように腕を振る。バハムーンが出ていくと、残った面子は大きな溜め息をついた。  
 
「……なんか、ごめんな。あいつのことで、色々ごたごた…」  
「フェルパーのせいじゃないよ。でも、何があったのかは、聞かせて欲しいな」  
「……やっぱ、話しとくべきかなあ…」  
頭をがりがりと掻いてから、フェルパーはもう一度深い溜め息をついた。  
「えっとな……あいつ、妹がいたんだよ。二歳年下の、可愛い子がさ。あいつとは、昔から家族ぐるみの付き合いで、その妹は  
俺の妹みたいなもんでもあってさ、よく三人で遊んでたよ」  
「へえ、初耳。そういえばクラッズって、トカゲなんかにお兄ちゃんオーラ出してるよね」  
「だよな。でな、六年前にな……俺達の住んでたとこに、冒険者が来たんだよ。まあ、今の俺達と似たようなもんだ。  
中継点に、ちょっと補給に寄ったって感じ。その中の一人が、銃を持ってて……持ってて…」  
当時のことを思い出したのか、フェルパーの顔に悲痛な表情が浮かぶ。  
「……何してたんだか知らないけど、暴発させやがった。俺達は、外で遊んでて、いきなりあいつの妹が血、噴いて…!  
すぐに処置すれば、助かってたかもしれないんだ。なのに、あいつらはっ……自分達だけ逃げやがって、妹は結局っ…!」  
抑えきれなくなってきたのか、フェルパーの表情は鬼気迫るものになっていた。だが、フェルパーは左手を広げると、そこに炎を  
浮かべた。最初は、その炎はフェルパーの内面を示すように激しく燃え盛っていたが、少しずつ勢いが衰え、やがて蝋燭のように  
静かな火になると、フェルパーは左手を握ってその火を消した。  
「ふーっ……以来な、あいつ銃がダメなんだ。銃を向けられると、そのこと思い出して、ああなる。だから俺も、炎術師なのに、  
サブ学科で格闘家のままじゃなきゃいけないんだよなあ。じゃないと止められる奴いないしさ」  
最後は冗談を言う余裕もできたのか、フェルパーはそう言って笑う。  
「……すまなかった」  
突然のディアボロスの言葉に、フェルパーはぎょっとして振り向いた。  
「な、何が!?」  
「ずっと、おかしな学科の取り方をしてると思ってた。理由があったなら、おかしなことなど一つもない」  
「あ、ああ……いや、実際変だから、気にしないでいいよ」  
「ふぅん……そんな理由があったんだね。でも、それで同じ冒険者になったのはどうして?」  
ドワーフの質問に、フェルパーは事もなげに答えた。  
「復讐。あいつらを、見付けて殺す。冒険者なら、三つの学校のどれかを出てる可能性は高い。それに、力もつけられる。うってつけだ」  
「……フェルパーも、そのつもりなの」  
ノームが尋ねると、フェルパーは少し考える仕草をした。  
「……まあ、できることなら。でもそれ以上に、あいつを一人にできないだろ?今だって、夜中にうなされることもあるんだ。  
妹のこと、本当に可愛がってたから、俺よりよっぽど辛いんだよ、あいつは。暴れられても困るしさ。だからあいつは、  
俺がいなきゃダメなんだよなあ」  
「フェルパー…」  
彼の言葉に、ノームは固い友情に対する感動を覚えたようだったが、ドワーフは全く違う感動に打ち震えていた。  
「ふ、二人とも、自分がいなきゃダメなんて……共依存、ですね…!身近にこんなっ……学園祭で、本が出せる…!」  
「……あれ?ディアボロスはどこだ?」  
その言葉に、全員がハッと我に返る。見回しても、ディアボロスの姿はいつの間にか消えていた。  
「あれ?ほんとについさっきまでいたのに」  
「なあノーム、あいつ本当にダンサーだよな?忍者学科に転科とかしてないよな?」  
「……たぶん、ね」  
 
その頃、バハムーンは外でクラッズを探していた。交易所の近くを探したが見つからず、宿屋付近にもおらず、町の外れまで来て  
ようやく彼の姿を見つけた。  
だが、すぐには声が掛けられなかった。というのも、クラッズは地面に座り込み、俯いたまま小声でぶつぶつと呟き続けているのだ。  
「死ねばいい死ねばいい死ねばいい死ねばいい殺してやる殺してやる殺してやる…」  
そんな内容の言葉を、途切れることなく呟き続けるクラッズの姿は、ひどく不気味だった。  
「お、おい、クラッズ…」  
バハムーンは散々迷いつつも、彼に近づき、何とか声を掛ける。それに気付き、クラッズが顔を上げた。  
「ひっ!」  
途端に、バハムーンは腰を抜かしてへたり込んでしまった。  
その目は、もはや人の目ではなかった。うつろな視線に深い殺意が宿り、目が合えばたちまち相手を殺さんばかりの、底の見えぬ狂気が  
漂っている。今まで見たこともない、深い闇のような、焦点の合わぬ目に射竦められ、バハムーンは歯の根も合わぬほどに震えだす。  
しゃあ、と小さな水音が響き、バハムーンの下の砂が黒く湿っていく。同時に、バハムーンの顔はくしゃくしゃに歪み、  
唇はへの字に結ばれる。  
それと同時に、クラッズの顔から一瞬にして狂気が消え失せた。  
「……あ……あ、ああっ!?ご、ごめんバハムーン!ほんと、ほんとごめん!」  
「ふ……ふえぇ〜…!」  
完全にいつもの彼に戻り、バハムーンを宥めるクラッズ。バハムーンはベソをかきながら、クラッズの顔を見つめている。  
「驚かすつもりなんかなかったんだけど……ほんとに、ごめん!」  
「うぅ……ぐすっ……お、お漏らししちゃった……もうお嫁さんいけない…」  
「そこなんだ……いや、誰にも言わないから安心して。ちゃんと秘密にしとくから」  
ともかくも手を差し伸べ、クラッズはバハムーンを立たせてやる。涙を拭う彼女にどう声を掛けたものか思案していると、  
不意にディアボロスが姿を見せた。  
「あれ、ディアボロス?」  
「ええっ!?あ、あのっ、お前っ、そのっ…!」  
慌てるバハムーンに、ディアボロスは黙って下着を渡した。  
「俺のでよければ」  
「……あ、ああ……ありがと……って、お前見てたのか!?見たんだな!?」  
ディアボロスは答えず、黙って頷く。  
「絶対言うなよ!?他の奴には絶対に言うなよな!?いいな!?絶対だぞ!!」  
やはり答えず、ディアボロスはこっくりと頷いた。それでようやく満足したのか、バハムーンは手渡された下着に目を落とす。  
「……トランクス?」  
「………」  
「男物だよな、これ……ま、いいや、ありがと。借りるな」  
「ね、ねえディアボロス……まさかそれ、今脱いだんじゃないよね…?」  
その言葉に、バハムーンも一瞬手を止めてディアボロスを見たが、彼はぶんぶん首を振っている。  
「あーよかった。んじゃ、私穿き替えるから、絶対こっち見ないでな……あ、濡れたのどうしよ…」  
「ちょっと干しとけば、すぐ乾くよ。それ乾いたら宿屋戻ろっか?みんな心配してるかもしれないし、迷惑かけちゃったし…」  
クラッズの言葉通り、乾燥した空気の中で太陽に晒しておくと、ものの五分程度ですっかり乾いてしまった。それを確認してから、  
三人は宿屋へと戻った。  
 
宿屋に残っていた三人は、いつもと変わらぬ態度でクラッズを迎えた。既に彼がそうなる理由を聞いていたこともあり、またフェルパーは  
元々それに慣れている。ノームは彼のことなど大して気にしておらず、ドワーフは彼をあまり刺激しない方がいいと判断していた。  
仲間が揃ったことで、他の面子は好き勝手に過ごしていたが、フェルパーはクラッズと同じ部屋で、彼の相手をしていた。  
「は〜ぁ……バハムーン、せっかく心配して来てくれたのに……怖がらせちゃって、ほんと悪い事したよぉ…」  
「でも、それに関してはあいつも根に持ってはいないんだろ?そこまで気にしなくたって…」  
「あの子は仲間で、純粋に心配してくれただけなんだよ?なのに、あんな態度……ああ……ほんと、悪いことしちゃった…」  
クラッズは子供達を殺しかけた以上に、バハムーンを怖がらせたことを相当に気にしているらしく、理由こそ変わったものの、  
やはりひどく落ち込んでいた。  
「バハムーンだって、お前を落ち込ませるために行ったわけじゃないよ。そんなに気にしてたら、逆にあいつに悪いぞ」  
「……ありがとね、フェルパー。でも……はぁ〜…」  
「ま、いいさ。今のうちに、思う存分沈んでおけよ」  
少しそっとしておいてやろうと思い、フェルパーは部屋を出た。するとちょうど、色々な食材を買い込んできたバハムーンと出会った。  
「お、バハムーン。お菓子の材料?」  
「おう!饅頭だけじゃなくって、ケーキもまた作りたいしなー!タカチホだと、お菓子の材料少ないんだよなー」  
そのまま少し立ち話をして、話題がクラッズのことになった時、フェルパーは表情を改めた。  
「それにしても、君すごいよね」  
「え?何が?」  
「俺さ、クラッズがああなったのは見慣れてるけど、あんなに早く元通りになったの見たのは初めてだよ。どうやったのか  
教えて欲しいぐらいだよ、ほんとに」  
「ど、どうって……そ、それはいいだろ別に!?ちょっと話しただけだよ!」  
「ああ、話したくないんならいいけど。でも……俺のやり方、間違ってたのかなあ…?」  
そう言って遠い目をするフェルパーに、バハムーンは少し慌てた。しかし何をする間もなく、フェルパーはすぐいつもの表情に戻った。  
「君とクラッズは、相性いいのかもね。無理矢理にでも構うぐらいが、あいつにはちょうどいいのかも」  
「……誉められてる?」  
「感想を述べたまでで、特に他意はないかな。とにかく、あいつのことよろしくな」  
「おう、任せ…!」  
続くはずの言葉を飲み込み、バハムーンは一瞬考えるような仕草をした。  
「……って、なんで私に言うんだ?お前の方が適任じゃないのか?」  
「そういえばなんでだろ…?なんか、当たり前みたいにそう思ったんだよね。でもまあ、あいつのこと宥められる人が増えるのは、  
俺もありがたいからさ。嫌じゃなければ、よろしく頼むよ」  
その日は、それで終わりだった。後は各人、思い思いに一日を過ごし、夜には完全にいつも通りの雰囲気で食事をし、部屋に戻る。  
昼間に思わぬ事件はあったものの、それでも普段の日常から見れば、平和な一日だった。  
 
それから一週間後。仲間達にとっては、不意の大事件が、当事者にとっては、追い求め続けた事態が起こった。  
その日、彼等は炎熱櫓にいた。別に探索というわけではなく、ヨモツヒラサカへ向かおうという話になったためである。転移札や  
飛竜召喚札はやはり高いため、どうしても徒歩が多いのだ。また、ドワーフとフェルパーも徐々に気候に慣れ始めたので、  
多少は無理が利くようになったことも大きい。  
道程の半ばまで差しかかった頃、彼等の前から別の冒険者が来るのが見えた。それ自体は特に珍しいことでもなく、彼等はすれ違いざまに  
軽く挨拶をして、そのまま通り過ぎようとした。  
その時、クラッズとフェルパーの足が止まった。  
「……待てよ」  
ゾッとするほど冷たい声に、全員が足を止める。しかもその声は、明らかにクラッズの声だった。  
「……俺達に、何か用かい?」  
別の冒険者の一人、ドワーフの男がそれに答える。口調こそ比較的軽いものの、その手はランスの柄をいつでも掴めるようになっていた。  
「ああ、こいつと、俺も用事があるな」  
今度はフェルパーが口を開いた。  
「……あんたら、六年前に、ここらの小さな村にいなかったか?」  
「………」  
「いや、聞くまでもない。いたはずだ。ヒューマンにドワーフにセレスティアの三人組。ヒューマンは銃を持ってた。それに、そこの  
ナイトのあんた。あんたは匂い強いからな」  
言われて、ドワーフの男は自分の体の匂いを嗅ぐ。  
「は、はは、は、はははは、はは。こんなに早く会えるなんてね。会いたかったよ会いたかったずっと会いたかったよ」  
じわじわと狂気をまとい始めるクラッズを、フェルパーが手をあげて止める。  
「あんたら、覚えてるだろ?まさか、忘れちゃいないよな?そこのあんたが、銃を暴発させて、一人の女の子を死なせたこと」  
途端に、ヒューマンの顔がサッと青ざめ、その顔に怯えの色が浮かぶ。  
「久しぶり。こいつは、その女の子の兄貴。俺はこいつの幼馴染。あの時、その子と一緒にいた子供だよ」  
いつもの口調に、笑みすら浮かべながら、フェルパーはそう言った。だがそれが逆に、彼の内の狂気を強く表していた。  
「あの子は、死んだ……のか…」  
「死んだんじゃない、殺されたんだ。街中で不用意に銃をいじった冒険者のせいでな。で、ここまで言えば、俺達が何したいか、  
わかるよな?」  
その一言に、全員が戦闘態勢を取った。しかし、フェルパーは仲間を押し留める。  
「フェルパー、どうして…」  
「みんな、悪い。みんなは仲間だけど、これは俺とこいつの目的であり、ここまで冒険を続けた理由。何より、俺達の手で為すべき仇討。  
だからここは、俺達だけでやらせてくれ」  
「……そっか。じゃ、私は後ろで見てるよ。死にそうになっても助けないけど、いいんだよね?」  
「ああ、頼む」  
「待ってください!」  
 
その時、セレスティアが両者の前に飛びだした。  
「セレスティア、君は下がって…!」  
「いえ、言わせてください!あの日からずっと、彼も苦しみ続けてたんです!あの場から逃げ出したことを、ずっと後悔して……だから、  
お願いです!彼を許して下さい!彼ももう、充分に罰を受けたはずです!」  
「そうなんだ苦しかったんだあ。僕はもっと苦しかったよずっと忘れられないよ……ねえわかる?妹がさあ、腕の中でさあ、  
死んでいくんだよ。冷たくなってくんだよ。おかしな痙攣して血ぃ吐いて『痛いよ死にたくない助けて』って言い続けながら  
死んだんだよお!!貴様等のせいでええぇぇ!!!」  
今にも斬りかかろうとするクラッズを、フェルパーは危ういところで捕まえた。そこに、今度はナイトのドワーフが口を開く。  
「……俺がこんなこと言えた義理じゃないけど、あんたの妹さん、自分のせいで兄貴がそんなんなってるのは、辛いんじゃないか?」  
「ああ…?」  
「あんたをそこまで狂わせたのは、俺達だ。それは否定しない。だけど、そこまで狂った兄貴を見て、妹さんはどう思うよ?  
そんなの、誰だって見たくないだろ?」  
「っ…」  
その言葉に、クラッズの表情が歪んだ。  
「あんたの妹さんを死なせた上に、あんた自身をそこまで狂わせたことは詫びる。だけど、こいつもずっと苦しんできた。  
だからもう、許してやってくれねえか?あんたの妹さんだって……きっと、狂った兄貴が人殺しするところなんて、見たくねえだろ?」  
「………」  
噛みしめたクラッズの唇から、血が流れる。変わらず強い狂気を宿しつつも、彼は迷っていた。  
だがそこで、ディアボロスが口を開いた。  
「それで納得できるのか」  
「え?」  
「お前がじゃない、妹がだ。身内である兄が『復讐など馬鹿げてる、お前が正しい』と言って、自分を殺した殺害者と手を取り合って、  
それで妹は納得できるのか」  
余計なことを、とでも言いたげな顔で、ドワーフは小さく舌打ちをした。  
「……どう……だろうね…」  
小さな小さな声で、クラッズは呟いた。  
「あの子……優しかったんだよ……すごく優しくて……だから、僕がそう言ったら、納得するかもしれないね…。でも……もう、  
それを聞くこともできないんだよ…」  
「なら、お前はどうしたい」  
ディアボロスの言葉に、クラッズは顔を上げた。  
「死者は何も答えない。何も言えない。何も感じない。なら、お前はどうしたい。妹を殺した殺害者を、六年も追い続けたお前は、  
今ここでどうしたいと思うんだ」  
全員が、クラッズを見つめていた。彼の行動次第で、この後に起こる全ての事態が変わるのだ。  
やけに静かだった。時折マグマが噴出する音がする以外は、モンスターの鳴き声一つ聞こえない。まるで、彼等の周囲全てのものが、  
クラッズの言葉を待っているかのようだった。  
その沈黙を破ったのは、フェルパーだった。彼はクラッズの肩に優しく手を置き、言った。  
「俺は、いつでもお前の隣にいるよ」  
その一言は、クラッズに最後の決断をさせるのに十分なものだった。  
 
ハァハァと荒い息遣いを背中に感じながら、クラッズは顔を上げた。気配は既に以前のような狂気をまとい、その目は待ち望んだ瞬間への  
期待に炯々と光っている。  
「なら……決まってるよね。その首、刎ねさせてもらう!」  
もはや説得は無駄だと悟ったのか、相手は再び身構えた。そして、フェルパーもクラッズを放し、杖を構える。  
「いつかこうなると、思ったよ」  
溜め息をつきながら、ヒューマンが口を開く。  
「ただ、一つ頼みがある。セレスティアだけは……見逃してやってくれ」  
「そんな、ヒューマンさん…!」  
クラッズはセレスティアを一瞥すると、鬼切を抜き放った。  
「それで二対二。ちょうどいい」  
「悪いな。なら、始めようか」  
「お前、俺は巻き込む気満々かよ……ま、言われなくてもやるつもりだけどさ」  
もはや介入することはできない。四人とセレスティアは後方に下がり、クラッズはヒューマンと、フェルパーはドワーフと睨み合う。  
「君にはつくづく悪いけど、俺はここで死ぬ気はない。来るというなら、君も殺す」  
「妹も、僕も、殺すって?ははっははは!死ぬのは貴様だぁ!」  
クラッズが踏み込む瞬間、ヒューマンは銃を抜き様に発砲した。  
目にも留まらぬ早撃ちだったが、クラッズはそれを刀で流し、真っ向から斬り下げた。ヒューマンは半身になってかわし、左手でさらに  
銃を抜くと、すぐさま引き金を引く。今度はクラッズが半身になってかわし、さらに戻る勢いを利用して斬り付ける。  
ヒューマンは左手を上げ、刀をトリガーガードで受け止めた。そして放り投げるように流すと、右手でクラッズの額を狙った。  
瞬間、クラッズは刀を引き戻し、再び刃で銃弾を受け流す。その状態から素早く斬りあげると、さすがに避けきれず、ヒューマンは  
腕を軽く斬られた。  
しかし、飛び退りながら発砲する。直撃こそ免れたものの、クラッズの左腕を銃弾が掠めた。  
「……強いな。まさか刀でいなされるとは」  
「………」  
クラッズは答えなかったが、彼も内心驚いていた。相手は思った以上に、強い。  
これはもしかすると、逆に殺されるかもしれないと思いながらも、クラッズは僅かに笑顔を浮かべていた。  
 
一方のドワーフとフェルパーは、お互いに微笑を浮かべつつ対峙していた。  
「あいつの邪魔はさせない。そして、あんたを許す気もない。ここで死んでもらうよ」  
「俺は、あいつを死なせる気はない。お前を殺したくはないけど、来るというなら殺す。お互い、譲れねえんだよなあ」  
ドワーフは耳を畳んでバルビューダを被り、盾とランスを構えた。だが、その時既に、フェルパーの詠唱は完成していた。  
「燃えちまえ……ファイガン!」  
杖を一振りすると、途端に巨大な炎が噴き出し、ドワーフに襲いかかる。しかし彼は盾を構えると、その後ろに姿を隠した。  
そのまま盾で体を庇いつつ、ランスを構えて突進する。一気にフェルパーへ肉薄すると、ドワーフはランスを突き出した。  
間一髪、フェルパーはその一撃をかわす。だがそのまま懐に飛び込み、反撃しようとした瞬間、盾が唸りをあげて襲いかかった。  
「ぐあっ!?」  
たまらずよろめき、膝をつく。そこを狙ってランスが突き出されたが、フェルパーは地面に身を投げて距離を取った。  
「……魔法の盾、か。厄介だな」  
「炎術師じゃ、俺相手は荷が重いだろ?諦めてくれねえかな」  
「俺もあいつも、諦めだけは悪いんでね」  
今度はフェルパーが間合いを詰める。突き出されたランスをかわし、さらに襲い来る盾を屈んで避ける。  
直後、フェルパーの掌打がドワーフの腹に打ち込まれた。鎧越しとはいえ、その衝撃は並ではなく、ドワーフはたまらずよろめいた。  
フェルパーは背を向けると、大きく杖を振りかざした。そして、それを思い切り後方へと突き入れる。  
「がはっ!」  
再び襲いかかった衝撃に、ドワーフは辛うじて耐え抜いた。膝すらつかず、即座に体勢を整える相手を見て、フェルパーは皮肉っぽい  
笑みを浮かべた。  
「衝撃は鎧も突き通せるぜ。にしても、なんで倒れないかなあ」  
「炎術師にして格闘家、か。思ったよりいい腕だ。ならこっちも、全力でいくぞ」  
身を屈め、盾で全身を庇うドワーフ。その陰から覗く目が、虎視眈々とフェルパーの隙を窺う。一方のフェルパーは、杖を両手で  
構えつつ、更なる詠唱を開始する。  
「おらぁ!」  
「ブラストォ!」  
守りたい者、殺したい者。譲れない者同士の戦いが始まった。  
 
彼等の戦いを、仲間達はじっと見守っていた。助太刀に行きたいという思いはあるが、そうすれば彼等の意思を無視することになる。  
それ故に、歯痒い気持ちを抑え、ただ見ているしかない。  
状況としては、両者の実力は拮抗しているようだった。しかし、始まったばかりではその判別もつかない。  
「……変わった方達、ですよね」  
不意に、セレスティアが四人に話しかけた。  
「ん〜?何が?」  
「そちらのお二人は、プリシアナ。あちらの二人はタカチホ。あなた達お二人は、ドラッケンの制服ですよね」  
「ああ、なんかそんな話になってねー。何だかんだで、仲良くやってるよ」  
戦いの様子からは目を離さず、ドワーフが軽い調子で答える。  
「ドラッケンは、わたくし達の母校でもあるんですよ」  
「へ〜、じゃあ先輩なんだ」  
「ええ。三人で、入学した時から、ずっと…」  
そう言い、セレスティアは目を瞑った。  
 
「……ですから……わたくしは、彼等を失いたくないんです」  
独り言のように呟くセレスティア。だが、ドワーフはその口がもごもごと小さく動いているのを見た。  
「……っ!?みんな、気を付け…!」  
直後、セレスティアが大きく翼を広げた。途端に、四人に異変が起こった。  
「な、何!?や、やだ!やだぁ!怖いよぉ!!」  
「ぐっ……うっ…!」  
「嫌……嫌っ……フェルパー、助けてっ…」  
「うわぅぅ…!」  
恐怖に震える四人に、セレスティアは憐れむような視線を向ける。同時にその翼が、見る間に黒く染まっていく。  
「ごめんなさいね。わたくしは、絶対に彼等を失いたくないんです。負けることはないと思いますけど……万一に備えて、あなた達を  
人質にさせていただきます」  
彼女達を捕縛しようと、セレスティアはゆっくりと四人に近づく。だが、あと一歩というところまで迫った瞬間、ドワーフが走った。  
「おぅりゃあー!」  
「くっ!?」  
目の前をクリスが斬り裂く。大きく羽ばたいて体勢を立て直すセレスティアに、ドワーフは笑顔を向ける。  
「惜っしいなあ。あとちょっとで頸動脈もらえたのに」  
「わたくしの魔法が、効かなかったんですか」  
「そりゃあねー。後衛が、そんな簡単に無力化されても困るでしょ?それに、その程度の恐怖、私には効かないよ」  
クリスを構え、ドワーフはセレスティアと対峙する。大きく息をつくと、セレスティアはどこからか大きな鎌を取り出した。  
「なら……これはどうですか?」  
「させない!」  
新たに詠唱を始めたのを見て、ドワーフは走った。しかし、瞬発力に欠ける彼女に対し、セレスティアの詠唱はあまりにも速かった。  
「パラライズ!」  
「うわっ!?あっ……が、ぅ…!」  
たちまち全身の力が抜け、ドワーフは顔面から地面に倒れ込んだ。  
「あなたは、何かと厄介な存在みたいですね。なら、麻痺だけでは物足りないかもしれませんね?」  
セレスティアが、鎌を振りかざす。ドワーフは避けることもできず、倒れたままでそれを見つめるしかない。  
だがその瞬間、ディアボロスが猛然と走った。  
「なっ!?」  
セレスティアが飛び退くのと、ディアボロスが回転しながら突っ込んでくるのはほぼ同時だった。一瞬でも反応が遅れていれば、  
今頃は回転するタルワールの餌食になっていただろう。  
「ディ……ア…」  
「バハムーン、ドワーフを頼む。連れて下がれ」  
「ううぅぅ……そ、そいつ怖い……ち、近づけないでぇ…!」  
恐怖に支配されながらも、バハムーンは何とかドワーフを抱きかかえ、後方へと下がった。  
「うう……せめ、て、ノー……ム、に…」  
「………」  
もはや恐怖など完全に消え失せたらしく、ディアボロスは怒りに満ちた目でセレスティアを睨む。  
「これは驚きました。これほど早く解けてしまうなんて……それにあなた、男の人だったんですね」  
「………」  
「まあ、いいでしょう。あなたも、そのドワーフと同じ状態に…」  
 
そこまで言った瞬間、ディアボロスは一瞬にして間合いに飛び込んだ。  
左下からの切り上げを下がってかわし、回転しながらの薙ぎ払いを鎌で受け止める。そのまま角度を変えて突き刺しにかかると、  
ディアボロスはひらりと身を翻し、その一撃をかわす。  
両者は素早く距離を取り、再び武器を構え直した。  
「ダンサー、ですか。無駄な動きが多いですよ?」  
「仲間を裏切り、ドワーフを傷つけたお前を、生かしておく気はない」  
「格好と違って勇ましいですね。ですが、わたくしも負けられません。わたくしも、仲間が大切なんです!」  
再び、両者が距離を詰める。本来ならば起こってはいけない戦いが、非情にも幕を開けた。  
 
最初こそ拮抗していた戦いも、徐々に変化を見せ始めていた。  
続けざまに響く銃声。五発目の銃声が鳴ったところで、クラッズの悲鳴が響き、血飛沫があがる。  
「ぐぅぅ…!くそぉ…!」  
「敵うわけないんだ。お前は確かに強いけど、所詮は学生だ」  
「ふざ、けるな……天剣、絶刀ぉ!」  
クラッズが叫ぶと同時に、天からいくつもの剣が降り注ぐ。さすがにそれをかわすことはできず、ヒューマンはいくつかの傷を負ったが、  
そのどれ一つとして決定打とはなりえないものだった。  
そこに、クラッズがさらに飛び込む。逆脇構えからの斬り払いを下がってかわし、ヒューマンはさらに銃を撃ち込む。  
咄嗟に首を曲げるも、銃弾はクラッズの耳の一部を抉り取った。  
「はぁーっ、はぁーっ……負ける、かぁ…!」  
「……狂気も積もれば、ここまでなるかよ…」  
もはやクラッズの構えは、侍らしさなどまったくない。背は丸まり、足運びも滅茶苦茶になり、刀はだらりとぶら下がっている。  
だが、その品格の欠片もない構えから繰り出される斬撃は、異常なまでに速い。むしろ、構えが崩れれば崩れるほどに、技の切れと  
威圧感だけは増していく。  
「絶対に……殺してやる!!」  
「悪いが、返り討ちだ!」  
再び響く銃声。二人の戦いは、未だ終わる気配を見せない。  
 
一方のフェルパーも、予想以上の苦戦を強いられていた。元より、魔法のろくに効かない相手であり、重装備に身を固めた相手では、  
圧倒的に不利なのだ。しかも肉弾戦を挑めば、正確なランスでの突きが襲いかかり、懐に飛び込めば盾で殴り返される。  
その上で、ドワーフは徹底的に持久戦の構えを崩さない。いくら鍛えているとはいえ、フェルパーは種族的に持久力がない。  
それに比べ、無尽蔵とも言える体力を持つドワーフは、こうなると恐ろしく強い。  
「はっ!」  
「ぐっ!?ぬ、う……ファイガン!」  
灼熱の炎が襲いかかる。しかし、ドワーフは盾に身を隠し、それを容易く凌いでしまう。全く効いていないわけではないが、  
消耗の度合いで言えば、フェルパーの方が圧倒的に不利だった。しかも、ドワーフは絶対に無理をせず、小さな隙を見付けては  
ランスで攻撃できるところを攻撃するという戦法を取っている。細かい傷でも血は流れ、それは確実にフェルパーの体力を奪っていく。  
「……なあ、もうわかったろ?相性が悪すぎるんだよ、頼むからもう諦めろ」  
「………」  
既に、フェルパーは肩で息をしている有様だった。しかしドワーフの言葉に、彼は口元だけの笑みを見せる。  
 
「火は水に消え、水は風に巻かれ、風は土に押し留められ、土は火に溶ける。光は闇を切り裂き、闇なければ光はなし。されど  
侮るならば、火は土に覆われ、土は風に散らされ、風は水に押し流され、水は火に焼き消される。あんたも習っただろ?」  
「諦めるつもりはないってことか。殺したくは、ないんだけどな」  
「へえ。俺とは気が合わないな」  
「言ってくれるよ、牙も生えてねえような若造が。けどな、その体たらくで、どうやって俺に勝つんだ?」  
「……舐めんなよ」  
フェルパーは一度、大きく息を吐き、肺の空気を残らず押し出してから、大きく息を吸い込む。次に細かく二度息をつくと、  
最後に大きく息を吸った。  
シュッと音を立て、一際鋭く息を吐く。すると、あれだけ乱れていた呼吸が、すっかり治まっていた。  
「へえ……大した集中力だ」  
「毛の一本も残らず、焼き尽くしてやる!」  
今度は肉弾戦を挑むフェルパーに、ドワーフも応戦の構えを見せる。しかし、その四人とも、仲間達の異変には気づいていなかった。  
 
セレスティアとディアボロスの戦いは熾烈を極めていた。  
大鎌を振り回し、背中の翼で宙を舞うセレスティアに、二本の剣を全身で扱うディアボロスの姿は、ともすれば剣舞でも  
しているかのように、華麗で見応えのあるものだった。  
鎌が弧を描き、ディアボロスの腹に迫る。その切っ先をくるりと回ってかわしながら、その勢いで両手の剣で斬り付ける。  
セレスティアは宙に飛んでかわし、真っ向から斬り下げる。揺らめくような動きでそれをかわすと、今度は攻撃をせず、  
癒しの踊りのステップを踏む。  
一見すると、互角の勝負にも見えた。だが、両者ともほとんど傷ついてはいないが、ディアボロスの場合は癒しの踊りによって  
傷が回復しているというのが大きい。また、疾風の踊りを踊ってからの攻撃は苛烈を極めるが、それすらもセレスティアに有効な  
攻撃とはなっていない。逆にセレスティアの攻撃は、ちょっとやそっとの攻撃は全て見切ってしまうディアボロスをもってしても、  
避けきれるものではなかった。  
言い換えるならば、自己の強化を行ったディアボロスが、彼女と同等よりやや下という程度なのだ。  
「そこです!」  
「ぐっ!」  
鎌の切っ先が、ディアボロスの腹を掠める。多少の傷なら、癒しの踊りで治るのだが、その表情は硬い。  
踊りとはいえ、それは魔力を使う一種の魔法である。もう何度も踊っているために、残りの魔力は少ない。  
次の手をどうするか、考えた一瞬。その隙を、セレスティアは逃さなかった。  
鎌が唸りをあげ、襲いかかる。ディアボロスはすぐに避けようとしたが、一瞬遅かった。  
「ぐあっ!!」  
「終わりです!」  
太股が、骨までざっくりと切り裂かれる。たまらず膝をついたディアボロスに、セレスティアは鎌を振り上げた。  
避けようにも、足を深く切られ、動くことができない。防ごうにも、鎌が相手では止める前に刃が突き刺さってしまう。  
だが、勝負が決したかに見えた瞬間、セレスティアは不意に鎌を取り落とし、口元を押さえた。  
「うっ…!?うえっ……げほっ!うっ……おえ…!」  
突然、嘔吐するセレスティア。他の仲間達は訳も分からずそれを見つめていたが、ドワーフだけはその原因を推察できた。  
「……つ、わり…?」  
「………」  
セレスティアはしばらく喘いでいたが、ようやく吐き気が治まったのか、顔を上げた。  
 
その眼前に、ディアボロスが剣を突きつけていた。  
癒しの踊りの効果は、まだ切れていなかったのだ。骨まで達したほどの傷も、今はやや出血が多い程度の傷でしかない。  
ただでさえ顔色の悪くなっていたセレスティアの顔が、たちまち真っ青に変わる。そして、その顔がくしゃくしゃに歪む。  
「ああ……お、お願いです…!どうか、許してください…!謝ります、ごめんなさい…!もう二度と、あなた達とは関わりませんから、  
どうか命だけは……今、わたくしのお腹には子供がいるんです!」  
そう言い、セレスティアは両手を合わせ、涙を流す。だが、ディアボロスは表情一つ変えず、また剣先を動かすこともない。  
「お願いします……お願いします…!」  
縋りつくような目で必死の哀願をする彼女を、ディアボロスは黙って見つめていた。  
やがて、ゆっくりと剣先が下りていく。セレスティアの顔に、僅かながらも喜びの表情が浮かぶ。  
トスっと、小さな衝撃。セレスティアの体がガクッと震える。  
一瞬、唖然とした表情を浮かべ、セレスティアは恐る恐る、視線を下げていく。  
「これで、未練もないだろう」  
湾曲した剣が、彼女の腹を貫いていた。  
 
「……ぐ……ぶはあっ!」  
フェルパーは大きく息を吐きだし、体勢を崩した。そこに、ドワーフが盾を構えて突進する。  
「これで終わりだ!」  
「ハッ、ハッ……くそ……がは!」  
残った体力の全てを使い尽したフェルパーは、もはや避ける力も残っていなかった。直撃を受けて吹っ飛ばされたフェルパーに、  
ドワーフはさらに槍を突き出す。  
「あがぁ!!ぐっ……あぐっ!」  
腕と足と尻尾までもを使い、辛うじて直撃は避けた。しかし、鋭いランスの穂先は、フェルパーの脇腹を貫き、肉の一部を引きちぎった。  
「まだ避けるかよ……お前、もう体力使い尽しただろ?俺は、敵をいたぶる趣味はない。諦めるか、大人しくやられてくれ」  
相性の悪さもさることながら、実力差がありすぎた。精神力だけで残る体力をかき集め、起死回生を狙うも、現状はこの有様である。  
ドワーフはフェルパーが気力だけで戦っていることを見抜き、徹底的に防御を固めた。その結果、フェルパーは攻めきることができず、  
結局はこうして最後の体力まで使い切ってしまった。しかしそれでも、フェルパーは戦闘の構えを崩さなかった。  
「誰がっ……ハッ……がはっ……殺したきゃ……っく……殺してみろ…!」  
「……なら、次は外さない」  
ドワーフは盾とランスを構え、狙いを定めた。もはや、フェルパーにはそれを避ける体力もなく、起死回生の策もない。  
その時だった。  
「いやああああぁぁ!!!!あああああああぁぁぁ!!!!いやあああああぁぁぁ!!!」  
突如響いた絶叫に、二人は驚いて振り返った。その視線の先では、いつの間にか翼を真っ黒に染めたセレスティアが、ディアボロスに  
腹を貫かれていた。  
大きく開いた口に、ディアボロスは躊躇うことなくもう一つの剣を突き刺した。途端に声は止まり、セレスティアは数回痙攣を  
繰り返し、その動きを止めた。  
「セレスティア!?馬鹿なっ、どうして…!?」  
 
注意が逸れた一瞬の隙を、フェルパーは逃さなかった。最後の気力を振り絞り、フェルパーは静かに、しかし強く地面を蹴った。  
「ぜやぁ!!」  
「なっ!?うあっ!?」  
直前まで声も足音もなかったため、ドワーフはその接近に気付かなかった。渾身の体当たりを食らい、さすがによろめいたものの、  
ドワーフは何とか体勢を立て直そうとした。  
フェルパーは杖を捨てると、そのまま深く腰を落とし、右手を伸ばした。そして、空気を引き寄せるように腕を引くと同時に踏み込み、  
両腕を大きく開いてドワーフの腹に左の掌打を叩きこむ。  
「くっ…!」  
再びよろめいたものの、ドワーフはやはりその衝撃に耐え抜いた。  
「この程度、なめるな!」  
しっかりと地面を踏みしめ、盾を振りかざす。だがフェルパーは避けようとせず、自身の左手に右手を添えた。  
「……防いでみろよ」  
その時既に、詠唱は完成していた。フェルパーは手先に意識を集中し、ドワーフの体内に直接火球を叩き込んだ。  
ドワーフの体が、雷にでも打たれたようにガクンと震える。  
「ぐっ……ごぼっ!」  
フェルパーが体を引いた瞬間、ドワーフの口から真っ黒に沸騰した血が吐き出される。体内から直接焼かれ、ドワーフは全身から  
煙を噴き上げ、息絶えた。  
「……奇跡だ、な…」  
一声呟くと、フェルパーはとうとう力尽き、その場にばったりと倒れこんだ。  
 
クラッズとヒューマンの戦いも佳境を迎えていた。足を撃たれ、動きの鈍ったクラッズは、もはや格好の的でしかなかった。  
それでも、急所への直撃だけを防ぎ、クラッズは何とか耐えていたが、もはや殺されるのも時間の問題と言ったところだった。  
そこに、突如セレスティアの悲鳴が響いた。慌てて振り返ったヒューマンが見たものは、腹と口を刺し貫かれたセレスティアの  
無残な姿だった。  
「うわああぁぁ!!セレスティア!!う、嘘だああぁぁ!!」  
思わず、そっちに意識が向かった瞬間、クラッズは撃たれた足で思い切り地面を蹴った。  
「うりゃああぁぁぁ!!」  
銃創から血が噴き出す。しかしその痛みは、彼を止めるものにはなり得なかった。  
「くっ!?こいつっ!」  
真っ向から振り下ろされた刀を、辛うじて銃で受ける。その瞬間、クラッズは左手を離した。  
脇差の鯉口を切る。ヒューマンはそれに気付き、咄嗟に下がろうとした。  
柄を逆手で掴み、抜き打ちに斬り上げる。同時に、血が舞った。  
「ぐああっ!」  
ヒューマンの右手の親指が地面に落ちる。それでもなお飛び退り、左手の銃を構えようとしたが、クラッズは鬼切を振りかぶった。  
「食らえぇ!!」  
そのまま鬼切を投擲する。それは狙いを外さず、ヒューマンの爪先を地面に縫い止めた。  
「つっ……まずいっ…!」  
「そっちも、もらうよ!」  
 
構えられた銃の射線から体を外し、再び脇差を振り上げる。ヒュッと風を切る音と共に、左手の親指が斬り落とされた。  
「くそっ……うああああ!!」  
まともに把持できない状態ながらも、ヒューマンは狙いを定め、両手の銃の引き金を引いた。  
銃弾が、クラッズの眉間と左胸目掛けて襲いかかる。だが、その狙いはあまりに正確すぎた。  
体を開いて心臓への一撃をかわし、脇差をかざして眉間への銃弾を受ける。細くも強靭な刃は、その角度も相まって、銃弾を  
容易く受け流してしまった。  
乾いた破裂音と共に、銃が吹っ飛ぶ。二丁の銃が地面に落ち、あとには荒い息遣いだけが響いていた。  
足を地面に縫い付けられたヒューマンと、刀を突きつけるクラッズ。その近くには、未だ煙のくすぶるドワーフの死体と、  
力尽きたフェルパーが横たわる。そして、少し離れたところでは、ようやく恐怖から解放されたノームが、他の仲間の回復を始めている。  
「……殺せ。銃を握れない体にされて、ドワーフにセレスティアまで殺されて……これ以上、抵抗する意味もない」  
そう呟くヒューマンを、クラッズはじっと睨みつける。刀は突きつけられたまま、微動だにしない。  
やがて、迷いを断ち切るかのように刀が振り上げられた瞬間、後ろから声がかかった。  
「それで満足なのか」  
「え?」  
見れば、後ろにはまだ所々に怪我の残るディアボロスが立っていた。ドワーフはフェルパーにヒールを唱え、その傍らではノームが  
泣きそうな顔をしている。バハムーンはまだ恐怖が残っているのか、治療を行うドワーフにべったりと張り付いている。  
「妹を殺し、お前まで殺そうとした相手を、あっさり殺してやる理由がどこにある。考えうる限りの苦痛を与えた上でも、  
遅くないと思うぞ」  
「お?何、何?拷問でも始めんのー?」  
ドワーフの耳がピコリと動き、続いてトコトコとクラッズに走り寄る。  
「せっかくだから私も混ぜてよ。人間の限界って実際に見てみたいし、私がいたら簡単には死なせないよ!」  
まるで楽しい遊びでも始まるかのように言うドワーフ。そこに、さらにノームが近づいてきた。  
「拷問器具がいるなら、いくらでも作るけど。幸い、素材は多いしね」  
「な、な……お、お前等っ…!」  
当のヒューマンの顔は真っ青になり、引きつった顔で彼等を見つめる。そんな相手を見下ろし、クラッズは禍々しい笑みを浮かべた。  
「……はははは、それもいいかもねえ。この脇差が、どれくらいで切れなくなるかも試せそうだし」  
「ちょ、ちょっと待てよお前達!いくら何でも、そんなことっ…!」  
 
唯一、バハムーンが四人を止めようとしたが、もはや彼女の言葉は誰の耳にも届いていなかった。  
「さぁって、何から始めるー?意識朦朧としちゃうから、血の出るやつは後に回した方がいいよー」  
「なら、吊り落としはどう。そこの木も使えそうだし」  
「……僕は、指先から刻んでやろうと思うけどなあ」  
「プロドキンを履かせてやる…」  
異様な気配にバハムーンが怯えていると、回復したフェルパーが彼女の肩にがっちりと腕を回し、歩き出した。  
「ちょっ、おい、フェルパー!?」  
「この先は、君みたいな子が見るもんじゃないよ。先に宿屋で待ってよう」  
「あれ、フェルパー行っちゃうんだ…」  
寂しげに言うノームに、フェルパーは軽く手をあげる。  
「疲れたし、な。君等は、存分に楽しんでくれ」  
「楽しむって……フェルパー、いいのか!?ほんとにそれでいいのか!?」  
「君は優しいな。でも、忘れないでくれ。俺もあいつには、殺しても殺し足りないほどの恨みがあるんだよ」  
そう言われてしまうと、もはやバハムーンは何も言えなかった。同時に、隣のフェルパーに対して、言い様のない恐怖が湧き上がる。  
「……俺のことも、やっぱり怖いか?」  
「………」  
「まあ、そうなんだろうな。でも、それでいいよ。こんな気持ち、わかる奴なんて……いない方がいいんだ」  
その悲しげな声は、いつまでもずっと、バハムーンの耳にこびりついていた。  
 
 

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