炎熱櫓を抜け、宿屋に着いてからも、バハムーンの表情は晴れなかった。もっとも、今この瞬間にも、仲間が一人の人間に
地獄の責め苦を与えているのだと思えば、晴れる方がおかしいだろう。
フェルパーの方も、また声を掛けあぐねていた。元々が、クラッズ寄りの思考をする人間なのだ。仲間の蛮行に狼狽する彼女を
宥めることなど、できるはずもない。それ故に、フェルパーは黙って彼女といることを選んだ。
だが、時計の長針が半周ほどしたとき、不意にバハムーンが席を立った。
「……やっぱり、私あいつら止めてくる…」
「どうした、いきなり?それに、止めて止まるような奴等じゃ…」
「それでもっ!」
必死の表情で叫ぶ彼女に、フェルパーは続く言葉を飲み込んだ。
「あんなこと……ダメだよ……誰も喜ばないよ…」
「誰も……か」
フェルパーは目を瞑り、その意味をじっくりと噛み締める。
正確には、喜ぶ人間はいる。知的好奇心を満たせるドワーフと、錬金術の練習台にできるノーム。そして普通とは違う善意の塊である
ディアボロスに、追い続けた妹の仇をいたぶることのできるクラッズは、それこそ大喜びだろう。
だが、彼女が言いたいことは、そうではない。
「私、戻る!」
そう言って、バハムーンは走り出した。その後ろ姿を見て、フェルパーは笑う。
「……よく、似てるんだよなあ」
どこか寂しげに呟き、フェルパーも彼女の後を追って走り出した。
炎熱櫓に飛び込み、先程の場所まで戻る。そこで繰り広げられている光景を見た時、バハムーンはあまりの凄惨さに絶句した。
さっきまでは、まだまともな姿だったヒューマンは、今や血塗れになっていた。地面には爪と肉の間に針を刺された指が落ち、
足はもはや元の形を失っている。その上で、彼は後ろ手に縛られ、そこだけで木にぶら下げられていた。
「……ひ、ひどい…!」
恐怖か、それとも同情か。バハムーンは震える声で呟き、しかしそれではダメだと、大きく首を振った。
「ク、クラッズ!もうやめろよぉ!」
その声に、四人が振り向く。特にクラッズの顔は、以前のような狂った笑みが浮かんでおり、バハムーンは萎縮しかけた。
だが、持てる勇気を振り絞り、さらに続ける。
「もう十分だろ!?それ以上、そんなひどいことして……何になるんだよぉ!?」
「まだこいつ死んでないし、私にはいい実験台なんだけどな。で、何?トカゲは邪魔しに来たわけ?」
「お、お前じゃない!私はクラッズに言ってるんだ!」
いつもとは全く違う様子のバハムーンに、ドワーフは開きかけていた口を閉じた。
「……僕に、何?」
ゾッとするほど冷たい声。それでも、バハムーンは怯まなかった。
「もう、やめろよ……こんなの、もうただの弱い者いじめじゃないかぁ!」
「それが何?」
「だって……お前は、妹の仇取りたかっただけなんだろ!?でも、それを言い訳にして、こんなことして…!」
そこで一度言葉が途切れ、バハムーンは俯き、固く目を瞑る。そして顔を上げ、クラッズを正面から見据えると、堪えきれずに
涙が溢れた。
「私っ……お前のそんな姿見るのやだよ!それに、もし私がお前の妹だったとして、そいつに殺されててもっ……自分の仇討ちを
言い訳にされて、兄ちゃんがそんなことしてたら、私嫌だよぉ!」
「っ!」
その言葉に、クラッズはビクッと震えた。同時に、表情から狂気も笑みも消え失せ、代わりに深い苦悩が浮かぶ。
そんな様子を、他の三人はじっと見つめていた。
「……で、どうすんの?私は、もうちょっと色々試したいんだけど」
「あたしもいい練習だから、やめたくないけどな」
「………」
クラッズはそっと、抜き身の脇差を持ち上げ、血と脂ですっかり汚れた刀身を、丁寧に布で拭った。
「……もう、いいや。十分だよ、ね。これで、終わらせる」
クラッズは顔を上げた。その気配に気づいたのか、ヒューマンが消え入りそうな声で呟く。
「も、う……殺、して……くれ…」
「言われるまでもない。ただ……一太刀では終わらせない!」
いつもの逆脇構えから、クラッズはヒューマンの腰のすぐ上を薙ぎ払った。光が一閃したかと思うと、両断された下半身が地面に落ちる。
途端に、後ろ手で吊られていた体はバランスを失って反転し、今度は頭が下になる。その時既に、返す刃が首筋に迫っていた。
僅か一秒にも満たない時間だった。その一瞬で、ヒューマンの体は首と上半身と下半身とに切り分けられていた。
「……生吊るし胴、三段斬り。お目汚し、失礼」
再び刃を丁寧に拭い、クラッズは刀を鞘に収めた。傍らではドワーフが、斬り落とされた首に大声で呼びかけている。
「小さいのにしては、大した技ね。脇差で両断なんて、できるものなのね」
「持ってる技術は、全部使ったよ……本当に、終わったんだなぁ…」
どこか気の抜けた表情で、クラッズは呟いた。
「おーーーい!!!……反応なし、か。約十五秒ってとこかなー?うふふー、貴重な経験できたなあ!」
それとは反対に、ドワーフは満面の笑みである。そんな彼女を、ディアボロスは呆れたように見つめていた。
「やあ、クラッズ」
今まで黙っていたフェルパーが、声を掛ける。すると、クラッズは寂しそうな笑顔を見せた。
「……終わったね、フェルパー。ようやく、全部…」
「そうだな、やっとだ。……あ、バハムーン」
「え?」
「クラッズ頼む。俺は後片付けするから」
「あ、ああ…」
バハムーンにクラッズを任せ、フェルパーは転がる死体とその一部を溶岩の中へ放り込み始めた。そこにドワーフが慌てて、
解剖してみたいから大きな部分は後回しにしてくれと告げる。
殺伐とした後片付けを尻目に、バハムーンはおずおずとクラッズに近寄る。すると、クラッズは自分から彼女にもたれかかった。
「あっ…」
「ごめん……ちょっと、こうしてていいかな…?なんか、疲れちゃったよ…」
「……ああ、いいぞ」
思わず抱き締めると、クラッズはそのまま体を預けてきた。普段であれば、発狂しかねないほどに喜ぶ場面ではあるが、
今はそんな気も湧かない。ただ、以前見たフェルパーがしていたように、バハムーンはずっとクラッズを抱き締めていた。
その後、後片付けという名の証拠隠滅を終えた彼等は、ヨモツヒラサカの宿屋へと向かった。バハムーンはずっとクラッズに
ついていたかったのだが、部屋割ではクラッズ自身がフェルパーとの相部屋を望んだ。
バハムーンと、なぜかドワーフがそれを承諾し、二人は早々に部屋へと引き上げた。それが、今から一時間ほど前の話である。
部屋の中では、クラッズが俯き、ベッドに座っており、隣にフェルパーが黙って座っている。
「僕は……正しかったのかな…?」
震える声で、クラッズが呟く。フェルパーは答えず、黙って彼を見つめている。
「人を斬ったのは、初めてだった……そのために鍛えた技術だったけど、初めて斬って…」
「………」
「あの感覚、手から消えない……だって、すごくっ…!」
「………」
「ああ、フェルパー……妹の仇っていうのは、言い訳だったのかな?それを言い訳にして、僕は…!」
苦悩の表情を浮かべ、絞り出すような声で言うクラッズ。そんな彼に対し、フェルパーはようやく口を開いた。
「言い訳じゃあないさ。きっかけではあるだろうけど。それに、正しいか正しくないかなんて、俺にはわからない」
「………」
今度はクラッズが口を閉じる。
「それはお前の中の問題だからな。班長だったら、正しくないって言うだろうね。エルフなら、正しいも正しくないもないって
言うだろうし、あいつ、ディアボロスなら正しいって言うだろうな。けど、お前自身言ってただろ?モノノケを斬るのはよくて、
子猫がダメってことはないか……ってさ」
「けどフェルパー、僕…!」
言いかけたクラッズの肩を、フェルパーは強く抱き寄せた。そして、優しく声を掛ける。
「邪道も、また道。外道に堕ちることがあれば、その時は俺がお前を焼き殺す。道を歩く限りは……俺は、ずっとお前の隣にいるよ」
「……ありがとう」
フェルパーはクラッズに笑いかけ、軽くポンと肩を叩くと、ベッドから立ち上がった。
「さて、他の奴も心配してるだろうし、ちょっと出てくる。適当にぶらぶらしてるから、何かあったらいつでも呼んでくれよ」
「うん、ありがとう」
ドアを開け、廊下に出る。すると、部屋のすぐ脇にドワーフが立っていた。
「お、ドワーフ」
「ごちそうさまでした」
「なんだお前は」
「それはともかく、クラッズはどう?カウンセリング必要?」
「ん、あー、いや、たぶん平気だろ。色々迷ってはいるみたいだけど」
それを聞くと、ドワーフはつまらなそうに溜め息をついた。
「なんで迷うんだかねえ?たかだか人一人殺したくらいで、そこまで気になるかなあ?」
「その発言は医者としてどうなんだ」
「確かに仕事は人の命を救うことだけど、敵なら私だって殺すよ。別に、人が救いたいからこの仕事選んだわけじゃないしねー」
「割り切ってるなあ。あいつもそれぐらい、すっぱり割り切れればなあ」
話をする二人に、誰かがおずおずと近づいてきた。そちらに目を向けると、見覚えのある尻尾と翼が目に入る。
「あの……クラッズ、平気か?」
「ああ、バハムーン。一応な。色々気にはしてるみたいだけど」
「そうかあ…」
不安げに答えると、バハムーンは部屋のドアを見つめる。
「……入っちゃダメ?」
「ようやく落ち着いたとこだから、一人にしてやってくれ」
「わかった……またあとで来る」
珍しく聞きわけの言いバハムーンの背中を見送ると、フェルパーは不意にドワーフの方へ向き直った。
「ま、君にもバハムーンにも、クラッズは大丈夫って言ったけど……実は、ちょっと心配なんだよね。宿屋で腹切るような真似は
しないって信じてるけど」
「それ、気にしまくってるよね?腹切りはちょっと見てみたいけど、死なれるのは困るしなー」
「そこでなんだけど……ちょっと耳貸して」
フェルパーは極限まで抑えた声で、ぼそぼそとドワーフに耳打ちする。最初は訝しげだったドワーフの表情も、それを聞くにつれ、
少しずつにんまりとした笑顔へと変わっていった。
その頃、バハムーンは部屋で休むこともできず、かといってクラッズの元へ行くわけにもいかず、悶々とした時間を過ごしていた。
何をするでもなく廊下をうろうろしていると、そこにノームが通りかかった。
「大きいの、そこで何してんの」
「あ、ノーム。何って……何もできないから、何もしてない…」
「部屋にでも戻れば」
「……それも、なんか、やだ…」
「死ねば」
「やだよっ!ひどいなあ!それより、お前はクラッズのこと気にならないのか!?」
その言葉に、ノームは馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「あの小さいのがどうなったって、あたしには関係ない」
「仲間だろ!?関係ないわけないだろ!?」
「そんなに気になるなら、あんたが何とかすればいいのに」
「何とかって……どうすんだよ…?」
「そうね…」
少し考えるような仕草をしてから、ノームはバハムーンの顔をまっすぐに見つめた。
「小さいのだって男なんだから、あんたが恋人にでもなってやれば」
「え、ええっ!?」
途端に、バハムーンの顔が真っ赤に染まった。
「なっ、なっ、なんでそんなっ!?」
「気が紛れるでしょ」
「気が紛れるったって……だからってそんなっ…!」
「それより、あたしはあんたと話すために来たわけじゃない。じゃあね」
一方的に言って、ノームは去ってしまった。バハムーンは何か言いたそうだったものの、無視されてはどうにもならない。
逡巡の末、結局は出来ることもなく、また出歩いている意味もないため、バハムーンは部屋に戻ることにした。
ベッドに寝転び、ごろんごろんと寝返りを打っていると、部屋のドアがノックされる。一体誰かと思いながら出迎えると、
そこにはドワーフが立っていた。
「やっほー、トカゲ。お邪魔するよー」
「え、ドワーフ!?あ、うん、別にいいけど…」
バハムーンが答える前から、ドワーフはさっさと部屋に入っていた。そんな勝手なところはいつものことなので、バハムーンは特に
気にすることもない。
「あの……どうしたんだ?」
「ん?いや、ちょっとクラッズ心配かなーってさ」
「だよな!?心配だよな!?」
途端に、バハムーンは身を乗り出して食いついてきた。
「だってあいつ、あんな顔でっ……それに、すっごく辛そうでっ…!」
「うん、そうだね。辛そうだね。でもさ、私は『ちょっと心配』なんであって、すごく心配してるわけじゃないんだけど」
「え〜…」
「……そんなに気になるの?」
そう尋ねるドワーフの顔は、何かを企んでいるような笑みが浮かんでいたが、バハムーンは気づかない。
「気になるよ!だって、あいつ、その…!」
「じゃー慰めてあげればいいんじゃない?」
事もなげに言うドワーフに対し、バハムーンは少し困った表情を浮かべた。
「慰めるって……でも、どうやって?」
「そりゃ、女の子が男の子慰めるって言ったら……一つしかないですよね?」
にまーっとした笑みを浮かべ、ドワーフはバハムーンに恐ろしいほど純粋な目を向けた。
「一発ヤッてきちゃってください」
「やる?何を?」
「男と女がやることなんて一つですよ!つまり、抱くの!セックスするの!」
それを聞いた瞬間、ボッと音が出そうなほどの早さで、バハムーンの顔が真っ赤に染まった。
「なっ……ちょ、ちょっ……と、それ、は……おま、何を…!?」
「馬鹿にしてるかもしれないけど、男なんて大体性欲の塊ですよ!?あのクラッズだって一皮剥けば……やっぱり、剥くんですかね…?」
「な、何なんだよ!?いきなり何言い出してるんだよ!?お前っ、常識で考え…!」
「何のためにおまんこ付いてると思ってんですか!?そこに、おちんちんを入れるためですよ!?」
ドワーフは右手の親指を人差し指と中指の間に挟み、グッとバハムーンの目の前に突き付けた。
「で、で、でも、そんなの慰めるのと違う…」
「自分を慰めるって書いてオナニーなんですよ!?だからセックスは相手を慰めることになるんですよ!?」
「ええっ!?そ、そうなのかっ!?」
「そうですよ!大体、男は性欲の権化なんだから、一発抜いとけばすっきり冷静になるんですよ!むしろ抜かないといつも獣ですよ!」
「な……何を抜くの?その……えっと……おち…」
「精液ね精液。そっち抜いたら男は死ぬよ。割と本気で」
普段口に出さないどころか、耳にもしないような言葉を連発され、バハムーンの顔は羞恥のあまり泣きそうなほどになっている。
だが、妙なところで純真すぎる彼女にとって、ドワーフの言葉は無視できない響きを持っていた。
「……そ、それで……ほ、ほんとに元気になる?エッチなことするだけで?」
「なるなる、絶対なるから。だから頑張って行ってらっしゃい」
半ば無理矢理送り出され、バハムーンは廊下に出た。だが、さすがにまだ決心がつかず、その足取りは重い。
だからと言って部屋に戻るとなると、それはクラッズを見捨てるような気もしてしまい、戻る気にもなれない。
迷子の子供のように廊下をうろうろしていると、そこに一人の生徒が通りかかった。一瞬誰かわからなかったものの、それが男物の
部屋着に着替えたディアボロスだと気付くと、バハムーンは急いで駆け寄った。
「ディ、ディアボロス!あの、ちょっといいか!?」
「?」
返事こそないものの、ディアボロスは大人しく立ち止まり、バハムーンの言葉を待つ。
「あ、あの……こ、こ、こんなこと聞くのって、ちょっと、あれだけど…」
「……?」
小首を傾げるディアボロスに、バハムーンはやっとの思いで言葉を絞り出した。
「え……エッチなことすると、元気って出るのか…?」
「っ!」
途端に、ディアボロスの顔がかあっと赤くなった。だが視線を泳がせつつも、ディアボロスは遠慮がちに頷いた。
「ほんとに?ほんとにそれだけで、落ち込んでても元気になれるぐらい?」
「……げ、元気になるというのは、語弊があるかもしれないが……男としては、その、嬉しい……人にも、よるとは思うが…」
「や……やっぱりそうなのか…。あ、ありがとな」
「………」
お互いに顔を真っ赤にしつつ別れると、バハムーンは大きく深呼吸をした。
正直に言えば、そういった行為への恐怖はあるし、恥ずかしいという気持ちもある。だが、それでクラッズが元気づけられるのならば、
もはや迷ってなどいられなかった。
今までと違い、バハムーンはしっかりとした足取りで歩き出した。そしてクラッズの部屋の前に立つと、コンコンと軽くノックする。
「ん、誰?」
「私だけど、入っていいか?」
「バハムーン?あ、うん、ちょっと待ってね」
ドアが開き、クラッズが姿を見せる。それを見た瞬間、バハムーンは胸が締め付けられるような感じがした。
声の調子や表情こそいつも通りだが、その目はどこか虚ろで、生気も狂気も感じることはできない。
「どうしたの?急に来たりして」
「あ、ごめん……ちょっと、その、話とか……したい…」
クラッズは拒否することもなく、すんなりとバハムーンを部屋に通した。もしかしたら追い返されたりしないかと、内心不安に思っていた
バハムーンは、ホッと安堵の息をつく。
勧められた席に座り、改めてクラッズを見つめる。
とても小さな男の子だった。今までに、彼がこれほどまで小さく、また頼りなく見えたことはない。
「クラッズ……平気か?」
掛ける言葉が見つからず、とりあえず無難にそう尋ねた。すると、クラッズは明らかな作り笑いを浮かべた。
「大丈夫だよ、ありがとう。心配してくれるのは嬉しいけど、気にするほどじゃないって」
言葉と実情が正反対なのは、誰の目にも明らかだった。ならば、もう手段に迷ってなどいられない。
「ク、クラッズ!」
いきなり大声で呼ばれ、クラッズはビクッと体を震わせた。
「な、何いきなり?」
「そ、その……え、えいっ!」
突然、バハムーンは目をぎゅっと瞑り、上着を捲り上げた。しかも、勢い余って下着ごと掴んでいたらしく、大きな胸がクラッズの
眼前に惜しげもなく晒される。
唐突すぎる上に全く意味不明な行動に、クラッズはしばらく固まっていた。そしてバハムーンも顔を真っ赤にしつつ、そのままの格好で
固まっている。
「……バハムーン」
空恐ろしいほどに優しい声と表情で、クラッズが声を掛けた。
「正直に答えてね。それ、どちら様の差し金?」
「え?え、え……えっと……ドワーフとかノームとか?」
「……よし、ちょっと待っててね。今日は斬る相手が多いなあ」
「ま、待って!待ってよっ!」
割と本気でドアに向かいかけたクラッズを、バハムーンは慌てて捕まえた。
「な、なんで無視するんだ!?わ、私じゃダメか!?ノームとかドワーフとか……それとも同種じゃないとダメか!?」
「いや、その……そういうんじゃなくてね?」
「お、男って、エッチなことすると気が紛れるんだろ!?な、ならこれぐらい、わた、わた……私、は、平気、だぞ!」
「誰よ、そんな間違ってないけど微妙に歪んだ情報吹き込んだの」
「ま、間違ってないんだろ!?じゃあ、その……私、じゃ……ダメ、か…?」
悲しげな目つきで見つめられ、クラッズの表情が本気で困惑したものになっていく。
「いや、だからその……そういうんじゃなくて…」
「私……お前の辛そうな顔、見るのやだよ……でも、手伝えることなんか全然なくって……今まで、ただ横で見てるばっかりでっ…」
じわっと、バハムーンの目に涙が浮かぶ。
「だからっ……だから、これぐらい手伝わせてよぉ……何もできないなんてやだよぉ……これぐらいしか、できることないのに……
それもしちゃダメなんて、言わないでくれよぉ…」
これが誰かに用意された言葉だったのなら、容易く跳ねのけることも出来ただろう。しかし困ったことに、その言葉は全て彼女の
本心であり、涙の浮かんだ純真な瞳がそれを裏付ける。
「わ、わかったよ……でも、その、もうちょっと別の手段とかないの…?大体、その、そういう初めてっていうのは、女の子にとって
大切なもので、えーっと、そう、慰めとかじゃなくって本当に好きな人相手に…」
「お、お前のこと、嫌いなわけないだろ!?大好きだぞ!」
「……いや、その好きとは違…」
「そ、そういうこと言って、結局私に何もさせてくれないつもりだろ!?わ、私そんなの絶対やだよ!絶対やめないからな!」
どんどん墓穴を掘り進めていることに気付き、クラッズは口を閉じた。もはやここまで来ると、彼女の説得は無理だろう。
ならばいっそ、彼女の気が済むまで適当に少し相手をすればいいかと考え、クラッズは軽く息をつく。
「ふう……わかった、わかったよ。じゃあ、その、本当にいいんだよね?」
「え…」
そう聞き返すと一転、バハムーンの顔が真っ赤に染まる。しかし、今更引くわけにもいかず、バハムーンはやや表情を
引きつらせつつも頷いた。
「じゃ、こっち来て。立ったままじゃ落ち着かないし」
「う、うん…」
クラッズはバハムーンの手を引き、ベッドに座らせる。バハムーンは不安げな目でクラッズを見つめ、尻尾が落ち着きなく太股に
巻きついたり、腰に巻きついたりと動いている。
「その、じゃあ……えっと、胸……さっきみたいに、見せてくれる?」
「わ、わかった……けど、あ、あんまり、見ないで…」
さっきの勢いはどこへやら、バハムーンは震える手で服を捲り、目をぎゅっと瞑りながら胸が見えるギリギリのところまでたくし上げる。
改めて見た時、クラッズは彼女が着痩せする方なのだということを悟った。
思った以上に大きく、張りのある胸に、クラッズは目を奪われた。本人が全体的に大きい方なので、服を着ると余計に目立たないのだが、
恐らく彼女と同種族でも手に余る大きさだろう。しかし形は崩れておらず、乳首は割と小さいが、可愛らしくつんと上を向いている。
「うぅ〜……も、もういい…?」
「まだダメ」
反射的にそう答え、クラッズは手を伸ばした。それに気付き、バハムーンは慌てて体を引く。
「さ、触るの!?」
「え、あ、うん。嫌だった?」
「あっ……い、嫌じゃない……で、でも、あんまり変なことしないで…」
顔だけでなく、全身を赤く染めながら、バハムーンはグッと胸を突き出してみせる。そこまでしなくてもいいのにな、と思いつつも、
クラッズは改めて彼女の胸に手を伸ばした。
片手で、全体を包むようにそっと触れる。
「はぅ…!」
驚いたようにバハムーンの体が跳ねる。
「なんか、肌の感じは硬いけど……柔らかいね」
「うぅ……ふあぅ…!」
胸を触られるという初めての経験に、バハムーンは激しい羞恥を覚える。だが手を振り払ったりはせず、微かに震えながらも、
彼の為すがままになっている。
一方のクラッズは、その初めての感覚を存分に楽しんでいた。乳房を覆う指に力を入れれば形を崩し、その隙間から肉が溢れる。
反応を探るように、ゆっくりと手を動かしてみる。
軽く触れただけでは、種族ゆえの硬質な皮膚と相まって硬く感じるものの、彼女の大きな胸は、その手の動きに合わせて
柔らかく形を変え、力を入れれば適度に押し返してくる。力を抜いてやれば、そうして崩れた形もすぐ元へと戻る。
全体を丁寧に揉みほぐしつつ、クラッズは指先で尖り始めた乳首を撫でた。
「あうっ!」
途端に、バハムーンはビクッと体を震わせ、反射的に体を引いた。
「ごめん、平気?」
「あ……へ、平気……ごめん」
バハムーンは再び、胸をクラッズの手に押し付けるように突き出す。もはや片手で触るようなことはせず、クラッズは両手でしっかりと
彼女の胸に触れた。
ふにふにとした感触を味わうように指を動かし、その隙間からはみ出る肉の感触を満喫する。そして、小さくもはっきりと存在を
主張する乳首を軽く挟み、あるいは指の腹で撫で、徐々に硬くなる感触を楽しむ。
そうしてクラッズが手を動かす度に、バハムーンは小さな声をあげ、未知の感覚に体をくねらせる。
「んっ……あっ、うっ…!やっ……な、なんで声がぁ…!あんっ!」
「……気持ちいい?」
少し意地の悪い笑顔を浮かべ、そう尋ねると、バハムーンは震える声で何とか答える。
「く、くすぐったい……のに、くすぐったいんだけど……なんか、それが、変な、体があっつくなるみたいなっ……んんっ…!」
必死に答えるバハムーンの姿は何とも可愛らしく、羞恥に耐えながら必死に尽くそうとしてくれるところもまた、健気でもあり、
扇情的でもあった。
徐々に、自分の中で抑えが利かなくなっていくのを、クラッズははっきりと感じていた。初めこそ、適当に触らせてもらって
終わりにしようと考えていたのだが、実際にこうして触れ、それに対する彼女の反応を見ていると、男としての欲望がむらむらと
頭をもたげてくる。
左手を胸から離し、下へと滑らせ、腹を撫でる。戦闘中心の学科ではないためか、彼女の腹は適度に肉が付いており、触るとふにふにと
柔らかい。とはいえ、その下には筋肉がしっかりと付いており、彼女もいっぱしの冒険者なのだとわかる。
その手触りも心地よく、クラッズはそのまま腹を撫で回す。胸よりは恥ずかしくないのか、バハムーンは口をやや歪んだ一文字に結び、
黙ってその刺激に耐えている。
「ん……はふ……は、はぁ…」
少し呼吸が落ち着いてきたのを見計らい、クラッズは不意打ちのように左手を彼女のスカートへと入れた。
「きゃあっ!?」
途端に甲高い悲鳴を上げ、バハムーンはクラッズの手を尻尾で絡め取ってしまった。
「そそそそんなとこも触るの!?触らなきゃダメか!?」
「うん、普通はね」
「う…」
さらりと答えられ、バハムーンは続く言葉を失った。やがて、尻尾がするするとクラッズの腕から離れていく。
完全に尻尾が離れると同時に、クラッズはスカートに入れた手をそっと動かす。が、途端に動きが止まった。
「……あれ?君、何か変な…」
「え?あ、あのっ……えっと、それは…」
一度手を抜くと、クラッズはバハムーンのスカートを捲ってみる。その下にあったものは、いわゆる女物のショーツなどではなく、
明らかに男物のトランクスだった。
「こ、この前、あいつに借りた時、履きやすくって……だから、その…」
「……うん、まあ、いいんだけどね。びっくりしたけど」
とはいえ、これはこれでいいかとクラッズは思っていた。
スカートの下から手を入れ、トランクスの裾を除けると、クラッズは直接彼女の秘部に触れた。
「うあぁっ!?やっ……くっ……うぅ〜…!」
再び、尻尾がクラッズの腕に巻き付くが、すぐにその力が緩む。心臓はバクバクと早鐘のように胸を打ち、そこに触れている
右手を通して、その鼓動がクラッズにもはっきりと伝わってくる。
「バハムーン、大丈夫?辛い?」
クラッズが尋ねると、バハムーンは顔を歪めつつも、ふるふると首を振る。
「はっ……はぁっ……へ、平気……はっ……ふっ…!」
だいぶ辛そうではあったが、もはやクラッズは彼女を本当に気遣えるほどの余裕がなくなってきていた。
彼女のそこは、意外なことにまったく毛が生えていない。その周囲を撫で、割れ目をそっと開く。
「ふあぅ…!」
泣きそうな声を出し、バハムーンの体が強張る。それでも、クラッズの手を止めようとはしない。
彼女自身、かなり緊張している上に、こういった経験は初めてなのだろうが、快感がないわけではないらしい。事実、クラッズが
手を伸ばした時から、既にそこは湿り気を帯びており、優しく開かせれば微かな水音が鳴る。
目をぎゅっと瞑るバハムーンを見つめ、抵抗の意思がないことを確認すると、クラッズはそこに人差し指を差し込んだ。
「いっ、痛ぁっ!!」
途端に、バハムーンは悲鳴をあげてクラッズの腕を掴んだ。それに驚き、クラッズもすぐに指を抜く。
「ごめん、痛かった?濡れてるから大丈夫だと思ったんだけど」
「い、痛かった……びっくりした…。あんまり、痛いことしないで…」
突然の痛みに怯えてしまったらしく、バハムーンは不安げにクラッズの顔を見つめる。普段ならば、そんな顔をされたらすぐにでも
やめるところなのだが、今の彼にはそれすら扇情的な表情としか映らなかった。
もはや我慢も限界だった。多少の罪悪感を覚えつつも、クラッズは自分の腕を掴むバハムーンの手を、そっと放させた。
「バハムーン……僕もう、我慢できないよ。ちょっと痛いとは思うけど、その……この先、いいかな?」
一瞬意味を考え、それを理解すると、バハムーンの顔はいよいよ怯えたものになる。しかしそれでも、彼女は首を振らず、
泣きそうな顔になりながらも頷いた。
それを受けて、クラッズは彼女のトランクスを脱がせ、自身も服を脱ぎ始める。上着を脱ぎ、袴状のズボンを脱ぎ、さらに下着を
脱いだ瞬間、バハムーンはのしかかるクラッズを大慌てで押さえた。
「ちょちょちょ、ちょっと待てぇ!」
「な、何!?」
「そ、それ…!」
震える手で、バハムーンはクラッズの股間を指差した。
「……それ……入れるの…?」
「う、うん」
「お前の指、見せて…」
「ん」
彼の人差し指と股間のモノとを、交互に何度か見比べる。それが終わると、バハムーンは一気にベッドの端まで後ずさった。
「無理無理無理ぃ!!そんなでっかいの入るわけないだろぉ!?ゆ、指であんなに痛かったのに、そんなの入れたら死んじゃうよぉ!!」
「いや、大丈夫だから。その、さっきはびっくりさせちゃったと思うけど、ゆっくり入れるし…」
「い、痛いのやだよぉ!無理だって!やっぱり無理ぃ!」
「あの……ほんとに大丈夫だから。痛いのは最初だけだとも聞くし、死ぬようなことじゃないから……ほら、大丈夫。よしよし」
とりあえず落ち着かせるのが先決だと判断し、クラッズはバハムーンの頭を優しく撫でてやる。最初は近づかれただけで怯えていた
バハムーンも、少しずつ震えが治まっていく。
「ほ……ほんとに、痛いの最初だけ?」
「だと思う……うん、最初だけだよ。ダメだったら、言ってくれれば何とかするから」
痛みへの恐怖が和らいだところで、バハムーンはようやく、彼を元気づけるのだという決意を思い出した。怖いものはやはり怖いが、
彼が望んでいるというのであれば、それを断るという選択肢は消え失せる。
「わ、わかった……でも、ほんとに優しくして…」
「うんうん、わかってる。大丈夫。じゃ……足、開いて」
言われて、バハムーンは大人しく足を開くが、股間にしっかりと尻尾を回してしまう。クラッズは黙ってそれを掴み、横にどけてから
足の間に体を割り込ませた。
震えるバハムーンの頭を優しく撫で、自身のモノをバハムーンの秘裂にあてがう。そして、クラッズはゆっくりと腰を突き出した。
「あっ…!くっ、う…!」
途端にバハムーンの体が強張り、その顔は苦痛に歪む。それでも少しは健気に耐えていたが、先端部分が入り込んだところで、
とうとう大きな悲鳴をあげた。
「いっ、痛いっ!!痛いよ!!やっぱり無理ぃ!!クラッズ、もう抜いて!!無理っ、無理だよぉ!!」
「バ、バハムーン暴れないで!もうちょっと、もうちょっとだから…!」
「痛っ……う、うああぁぁ…!」
既にベッドの端まで逃げていたため、無理矢理抜こうにも下がることができない。かといってクラッズを突き飛ばすような真似もできず、
バハムーンは痛みに涙を流しつつ、クラッズを受け入れるしかなかった。
一方のクラッズは、ぴっちりと閉じられた肉を無理矢理押し広げつつ侵入するその感覚に、大きな快感を覚えていた。彼女の中は
熱く、きつく、その感覚は今までに味わったことのないものだった。
だが、ふと顔を上げれば、バハムーンの泣き顔が目に入る。さすがに罪悪感を覚え、クラッズは半ばまで入ったところで腰を止めた。
「大丈夫、バハムーン?痛い?」
「うう、ぐす……痛いってばぁ……お腹が裂けちゃうよぉ…」
さすがに、こんな時どうすればいいかなどはわからず、クラッズはまた頭でも撫でてやろうと手を伸ばした。そこでふと、彼女の
大きな胸が目に入り、標的を変更する。
そっと、全体を覆うように手を触れる。バハムーンの体がピクンと震え、震える吐息に僅かながらも違う色が混じる。
「あうっ……また、くすぐったいのっ……やっ……ダメぇ…!」
「……どう?少しは痛くなくなった?」
「うえ…?い、痛いよ……でも、くすぐったいのも……あくっ…!な、なんか、くすぐったいの、強くなってきたよぉ…」
試しに、少し腰を突き出す。しかし、バハムーンが痛みを訴えることはなかった。
「それじゃ、少しこうしてよっか」
「あうっ……う、うん……あふ…!」
再び、両手で胸を包み、ゆっくりと捏ねるように手を動かす。バハムーンは切れ切れに息を吐き、交互に来る苦痛と快感に
戸惑っているようだった。しかし、若干快感が勝っているらしく、それまでのように逃げようとはしない。
尖った乳首を、触るか触らないかといった強さで撫でる。
「あんっ!やぁ……あん…!」
途端に、バハムーンは艶っぽい声をあげ、身を捩る。それを見計らって、クラッズは再び腰を突き出すが、バハムーンは一瞬ピクンと
体を震わせただけで、痛がる気配はなかった。
胸を優しく揉みながら、ゆっくりと腰を突き出していく。バハムーンは僅かに顔を歪めるものの、胸への愛撫による快感が強いらしく、
痛みを訴えることはない。
程なく、クラッズのモノはバハムーンの中に根元まで入り込んでいた。
「くうっ……バハムーン、入ったよ…!」
「ふえ…?あ……腰、くっついてる…」
どこか呆けたように、バハムーンが呟く。同時に、そこを意識したためか、クラッズのモノが急に強く締め付けられる。
「うあっ!?バ、バハムーン、そんな締め付けたら…!」
「あつっ…!お、お腹になんか、はまってるみたい……変な感じ…」
「……ごめん、バハムーン、動くよ。少し、我慢してね」
とうとう我慢の限界に達し、クラッズは彼女の背中を抱くと、腰を動かし始めた。途端に、バハムーンの顔が苦痛に歪む。
「あううっ!い、痛っ!ま、待ってぇ!まだ、そんな……くうっ!い、痛いのばっかりはやだよぉ!せめて、お、おっぱい触ってぇ…!」
「ん……わかった、ごめん」
強く動くことはできなくなるが、あまりバハムーンを苦しめるのも本意ではない。クラッズは背中に回していた腕を放し、
再び彼女の胸を揉み始める。
「くっ……はぁ、う…!ク……クラッズぅ…!」
切なげに彼を呼び、バハムーンは足と尻尾を彼の腰に絡めた。しかし動きを邪魔することはなく、彼女はただただ彼の動きに耐えている。
突き上げる度にくちゅっと小さな音が鳴り、腰を引けば結合部から愛液と僅かに血が零れる。それでも、バハムーンは彼を
ただ受け入れ、クラッズは欲望のままに腰を叩きつける。
やがて、その動きが激しさを増し、腰のぶつかり合うパン、パン、という音が部屋の中に響く。クラッズは限界が近いのか、
バハムーンの胸を掴むようにして腰を打ちつけている。
「あうぅ……クラッズぅ…!」
「く……ああっ…!バハムーン、もう出そう!」
「いいよっ……が、がまん、するからぁ…!好きに、してっ…!」
「くぅぅ……バハ……ああっ!」
切羽詰まった声をあげ、クラッズは思い切り腰を叩きつけた。同時に、一番奥まで突き入れられたモノがビクンと跳ね、彼女の中に
熱い精を放った。
「うあ……おなか、あったかいのが……なんか、でてるぅ…」
流し込まれる度に、バハムーンはピクリと体を震わせ、同時に彼のモノを締め付ける。それを何度か繰り返し、彼女の中に全てを
吐き出したクラッズがモノを引き抜くと、バハムーンの全身から力が抜けた。同時に、まだひくひくと震える秘部から、精液と
血が混じったものが零れる。
「お……おわ、り…?」
「バ、バハムーン、平気!?ごめん、その、僕…!」
一度射精して冷静になったクラッズは、ようやく事の重大さに気付き、バハムーンを抱き起こそうとした。しかしバハムーンは
疲れ切っていたらしく、ぐったりと体を横たえると、そのまま気を失うように眠りこんでしまった。
「………」
起こそうとして、しかしそれも可哀想だと思い直し、クラッズは彼女の体を軽く拭いてやり、布団を掛けてやった。そして自身の体も
拭いてから、彼女の隣に潜り込む。
「……ありがとね、バハムーン…」
小さな声で呼びかけ、頭を優しく撫でてやる。すると、バハムーンは少し嬉しそうに息を吐き、クラッズに擦り寄った。
「……ダメだよなあ……この子に、こんなことまでさせてるんじゃ……僕が、しっかりしなきゃ、ね」
そう呟くと、クラッズも目を瞑った。隣のバハムーンの温もりが、何だかとても暖かく感じられた。
「ヤッたな」
「ヤッたね」
「ハァハァハァハァハァハァ…!」
「………」
その頃、隣の部屋では四人の仲間が、揃いも揃って壁に耳を押し当てていた。本来、この部屋は見ず知らずのドラッケンの生徒が
使っていた部屋なのだが、無理を言ってドワーフの部屋と変えてもらったのだ。しかし、訳のわからない四人組が突然現れ、
部屋の交換を持ちかけた挙句、四人揃って一つの部屋に消えていく光景を見た彼の心境はいかばかりか。
「とりあえず、これでクラッズは平気だろうし、バハムーンもあいつだけにくっついてくれるかなー」
まだ耳を壁に押し当てつつ、フェルパーは軽い調子で言う。
「そうだといいね。たぶん、うまくいくと思うな」
ノームは彼の下で、手を筒のようにして、そこに耳を押し当てている。
「トカゲ、初々しすぎっ……クラッズも童貞らしいがっつきぶりでっ……ああ、トカゲの声可愛すぎですよっ…!」
「………」
ドワーフはもはや何も目に入っておらず、それこそ貪るようにして聞き入っている。その下で、コップを壁に当て、
そこに耳を当てていたディアボロスは、上から降ってくる彼女の涎で頭をべとべとにされていた。しかし彼も楽しんでいたのか、
それについての文句は一言もない。
「ま、たぶんうまくいくとは思うけど……もうちょっと、ダメ押しの一発が欲しいかなー」
「ダメ押し……あ、それなら、あたしに考えがあるよ。悪魔、あんたの手貸して」
「………」
ディアボロスは何も言わず、黙って頷いた。そしてこの後、部屋の中では仲間四人の密談が夜遅くまで続いていた。
翌日、一行はノームとディアボロスが久しぶりにプリシアナに帰りたいということで、行先をそこに決めた。
ヨモツヒラサカにいたため、さほど長い道のりではない。また実力も十分すぎるほどに付いているため、一行はその日のうちに
プリシアナに辿りつき、そのまま寮で一泊した。
その翌朝。学食に一人二人と集まり、揃って食事をしていると、バハムーンが血相を変えて飛び込んできた。
「お前等ぁー!!!」
「お、トカゲおはよ。どうしたの?」
「どうしたもこうしたもあるかぁー!」
バン!と大きな音を立て、バハムーンは紙切れを机に叩きつけた。
「どうして私が、妹学科の授業を受けることになってるんだよっ!?私こんなの申請した覚えないぞ!?」
「えー、いいじゃん。行ってくれば?」
「やだよっ!どうして私が、そんな訳のわからない学科っ…!」
言いかけて、バハムーンは慌てて口をつぐんだ。周囲からの冷ややかな視線が、バハムーンに突き刺さる。
「ご、ごめんなさい……えと、その、そんな内容のわからない学科っ…!」
「わからないなら受けてくれば。うちもれっきとした冒険者養成学校だから、悪いようにはならないはずだけど」
「やだってば!何だよノームまで!ていうか、大体私はこんなの申請した覚えはないってばっ!」
「ふーん。でもこんなのあるけど」
そう言って、ノームは一枚の紙切れをバハムーンに突き付けた。それはバハムーンの筆跡による、他学校の授業の受講届だった。
「え……えええっ!?何これ!?わ、私の字だけど……こ、こんなの書いた覚えないぞ!?誰だよ、こんなの作ったの!?」
「………」
すると、黙々と食事をしていたディアボロスが、誇らしげに親指をグッと立てて見せた。
「お前かああぁぁ!!!」
「すごいよねー、ディアボロス!みんなの筆跡、完璧に真似できるんだもんねー!」
「変わった隠し芸よね。使い道も色々だし」
「そんな隠し芸、こんないたずらに使うなっ!とにかく、私は絶対行かないからなっ!」
「ん、行かないのか?」
そこに、今まで黙っていたフェルパーが声を掛けた。
「行かないよっ!」
「そうか……まあ、確かに、妹とか弟学科って言うと、ドワーフとかクラッズとかフェアリーとか、そういう小さい種族の方が
多そうだし、君だと浮いちゃうかもね」
「ん…?」
ピクッと、バハムーンの眉が動いた。
「まあ色んな種族の人はいるだろうけど、全員可愛さに磨きをかけようって人達だろうしねえ。俺としては、君も行けるとは
思うけど……まあ、本人が行きたくないなら、無理にとは…」
「ちょ、ちょっと待てっ!」
フェルパーの言葉を、バハムーンは慌てて遮った。
「え、えっと……その、受講届は、もう出しちゃったんだろ!?なら、その、キャンセルってのもあれだし……一回くらい、
出てみようかな……あっ!べ、別に、興味湧いたってわけじゃないからな!?受講届出しちゃったから行くだけだからな!?」
はいはい、とでも言いたげな様子で、クラッズを除く全員が頷いた。
「……じゃ、その、朝ご飯の前に、正式な手続き行ってくる。またあとでな」
そう言って去っていくバハムーン。その背中を見ながら、ディアボロスがぽつりと呟いた。
「……ツンデレ学科でもいけそうだな」
その言葉に、やはりクラッズ以外の全員が頷いた。
「ねえ、君達……一体何考えてるの?」
どことなく責めるような響きを持って、クラッズが尋ねる。
「ん、べ〜つにぃ。ただ、似合いそうだよな?」
「いや、それはそうかもしれないけど…」
「あの学科は、意外と戦力としても侮れない学科よ。パーティの戦力が充実するのが不満なの」
「いや、そんなことは言わないよ!けど……なんか、裏がありそうな気が…」
「気のせい気のせい。さ、トカゲが来るまでに、今後の予定少しぐらい話しとこうよ」
ドワーフが無理矢理話題を打ち切り、クラッズの疑念は結局、解消されることがなかった。そしてその後、バハムーンが意外と
授業を気に入ってしまい、一週間ほどプリシアナに滞在することに決まるのだった。
バハムーンが妹学科の基本的な授業を終えたところで、一行は再び冒険へと旅立つことにした。今度は近くにある冥府の迷宮に
行ってみようという話になっており、拠点は一行の出会いの地、ローズガーデンである。
「それでトカゲ、どうだった?妹学科って楽しかった?」
「ん〜、なんか、思ったより体育会系だった……発声練習がすごかったなー。あと、私は純情型健気系ギャップ類の妹属性らしくって…」
「何、そのヒト科ヒト目ヒューマン種みたいな分け方」
そんな話をする二人とは別に、クラッズは腰に差していた鬼切を手に取り、何やら思案していた。
「どうした、クラッズ?」
「ん?いやね……考え事」
一度鯉口を切り、少し刃を出してみる。しかしすぐにパチンと元に戻し、クラッズは大きな溜め息をついた。
「……ノーム、ちょっといい?」
「やだ」
「………」
「ノーム、聞いてやってくれよ」
「フェルパーが言うなら…」
「……君の基準は全てがフェルパーなんだね…」
物悲しい思いを覚えつつ、クラッズは彼女に鬼切を渡した。
「これ、分解してくれないかな」
「侍は、大小差すんじゃなかったの」
「ははは、いいんだ。だって、切腹にしか使えない刀持ってたって、しょうがないでしょ?」
ノームはしばらくクラッズの顔を見つめ、やがてフッと笑った。
「わかった。それじゃ、分解するよ」
ノームが意識を集中すると、たちまち鬼切はねじ曲がり、いくつかの鉄片と用を為さなくなった本体とに分解された。
「意外と粗末な素材使ってたのね。そのうち、新しい武器作るときの足しにでもする」
「うん、そうして」
うきうきとした足取りで素材をしまいに行くノーム。それを見送ってから、フェルパーはクラッズに声を掛ける。
「……迷いは、無くなったみたいだな?」
「うん」
「新しい目標、できたのか?」
フェルパーは優しい笑顔と、僅かな殺気をクラッズに向ける。それに対し、クラッズも笑顔を返す。
「……あいつを殺すのは、楽しかったよ。思えば、モノノケと戦って、それを斬り捨てて、自分が強くなったって実感するのも、
楽しかった。根本は、きっと同じなんだよね」
「………」
「でも、それに溺れるつもりはないよ。それに、敵意のない相手を殺すのは、気分悪いだけ。君のお世話になることはないから、
安心して」
「そうか……残念だな、はは」
「何だよー、僕に何か積もる恨みでもあるわけ?」
殺気を消して笑うフェルパーに、クラッズも楽しげな笑顔を返す。
「とにかく、僕は強くなる。あのときだって、ディアボロスがいなかったら僕は負けてた。もう二度と、負けない。
誰にも負けないぐらい、強く強く……邪魔をする者は、全部斬り捨てられるくらいに」
「それで、誰かを守るのか?」
「そんな下らない理由で、強くなろうとは思わないよ」
あっさりと、クラッズは言い放った。
「誰かを守れるくらいなんて、そんなところで止まる気はないよ。強くなれば、そんなの自然にできるようになるしね。もちろん、
守りたい相手がいないわけじゃないけど…」
そう言って、クラッズはちらりとバハムーンを見た。
「……ま、それなら安心だな。俺もついてく。頑張ろうな、クラッズ!」
「後ろは任せるよ」
二人はがっしりと腕を絡め、笑顔を交わした。そこに、バハムーンが近寄ってくる。
「なあなあ、クラッズー。あとでお菓子の味見頼んでもいいかー?」
「ん、いいよ。何作ったの?」
「えっとなー、大福だっけ?タカチホの方のお菓子。餡子っての、やっとそれなりにできるようになってさ。あ、フェルパーも一緒に
食べてみてくれるか?」
「ああ、いいよ。今度はおいしい餡子なんだろ?」
「そうだぞー!頑張ってうまいの作れるようになったんだからなー!」
「……トカゲー、妹学科の授業受けてきたんでしょ?その成果、クラッズに見せてあげれば?」
そう声を掛けると、バハムーンは一瞬躊躇い、少しもじもじしながらクラッズを見つめた。
「あ、あの……恥ずかしいな……そ、それじゃあ、頼むな、兄ちゃん…」
兄ちゃん、と言われると、一瞬クラッズの表情が引きつった。だがそれも一瞬のことで、すぐに困った笑顔へと変わる。
「そ、その呼び方はあまりしないでほしいな…」
「なんでー?私は平気だぞ?」
「その〜……色々罪悪感が出てくるからさ、普通に呼んで、普通に…」
「そっか……でも、ほんとに兄ちゃんみたいでぴったりなんだけどなあ」
「だぁかぁらぁ、それはやめてって…」
仲良く話し始めた二人を置いて、ドワーフとフェルパーはそっとその場を離れた。そこに、素材を置いてきたノームも合流する。
「うまくいったみたいだね、代理の妹作戦」
「バハムーンには悪い事したけどなあ……でも、毎回骨が折れそうなほど抱き締められるのもうんざりだし、まあいいよな」
軽く息をついて、フェルパーは続ける。
「にしても、俺の判断、間違ってたのかなあ」
「ん、何が?」
「あいつ……クラッズに必要だったのはさ、俺みたいに面倒を見てやる奴じゃなくって、むしろあいつに手を掛けさせる
存在だったんだよな。そんなことも気づかないでさ……あいつのこと、余計に苦しめさせちまったかなあ…」
「ううん、フェルパーは間違ってないよ」
ノームが珍しく、強い口調で断言した。
「フェルパーがいなかったら、あの小さいのはとっくの昔に潰れてる。今までフェルパーが支えてたから、あの小さいのは
今まで生きてこられたんだよ。だから、フェルパーは間違ってないよ」
「そっか……そうかもな。ありがとな、ノーム」
お礼を言われると、ノームは恥ずかしげに目を逸らした。
「はいはい、惚気るのはその辺にしてね。今度行くとこって、行方不明者とか結構出した迷宮でしょ?少しは緊張感持って行かないとね」
「それもそうか。おーい、クラッズ、バハムーン。準備はできてるか?」
「あ、うん。僕はもう平気。バハムーンは?」
「私も大丈夫だぞー」
「よし、じゃあ全員準備よしかな。ディアボロス……も、いいみたいだな」
もうとっくの昔に準備を終えていたらしく、ディアボロスは荷物を椅子代わりにして座っていた。
「それじゃ、そろそろ行くかー。バハムーン、探索終わったら饅頭よろしくな!」
「おう!まっかせろー!」
元気よく答えるバハムーンを、クラッズは微笑ましい思いで見つめていた。するとふと、彼女と目が合った。
「……それにしても、よかったー。お前が元気になって。ほんとに男って、エッチなことすると元気になるんだな」
「だから、その知識は微妙に間違ってるってば。君のおかげなのは確かだけど…」
「お前元気なくって、ほんと心配だったんだからなー。あの……その……ま、また兄ちゃん元気なくなったらさ、痛かったけど、その、
またああいうのしてもいいからな…」
「やめてバハムーン……兄ちゃんって言葉とその言葉組み合わせて使わないで……死にたくなるから…」
いきなりとんでもなく暗い顔になったクラッズに、バハムーンは大慌てで声を掛ける。
「わ、わかった!わかったよ!と、とにかくおいしいお菓子なんかも作るからな!その……お、お前が元気になるんなら、私、何でも
頑張るからな!」
「……いや、その必要もないよ。君に心配させたり、手かけさせたりするようなことは、もうしないって決めたんだ」
「そうなのかー?でも、ほんとに辛いときは頼ってくれよな。何か手助けできるって、嬉しいんだぞー」
「わかったよ。その時は、よろしくね」
「おう!」
偶然と策略によって築かれた、二人の変わった関係。兄妹のような、恋人のような、しかしそのどちらとも言い難い間柄。
ともあれ、二人はそれで満足だった。そのどちらであっても、大切な存在であることは変わらない。
この時、彼等の道ははっきりと変わり始め、また一連の事件により、仲間達の結束はさらに固いものとなっていた。
共犯という名の結束。クラッズの底知れぬ狂気の中に、一筋の光明を投げかけるバハムーン。恐らくは元の仲間達が望まぬ方向へと
進み始めたクラッズとフェルパー。
茨と闇に包まれた道。その中へと、彼等は確実に一歩を踏み出していた。