すう、と、バハムーンが大きく息を吸い込む。直後、紅蓮の炎が吐き出され、一直線に標的へと向かって行く。  
橋の上から放たれたそれは、渓谷を飛び越え、木々の上を通過し、目標に命中した。  
ジュウ、と音が響き、水のカーテンの如き滝に穴が空く。しかしそれも一瞬のことで、滝はすぐに元の姿へと戻っていた。  
「んんー!やっぱり入学した頃よりはずっと強いなー!」  
「まったくトカゲは、いつまで経ってもガキなんだからー」  
嬉しそうなバハムーンに、ドワーフが呆れ切った声を出す。  
一行は今、古き聖戦士の渓谷に来ていた。それは拠点の移動と、鍛錬の目的と、そして以前ノームが腐った牛乳を飲んで迷惑を  
かけたということで、お詫び代わりにいくつかの武器を作ったため、それの試しも兼ねている。  
「……ま、ちょっと楽しそうだと思ったけど」  
「だろー?」  
「………」  
楽しそうに言うバハムーンを、ディアボロスはじっと見つめていた。そしてやおら息を吸い込むと、彼女のブレスにも負けない猛炎を  
吐き出した。  
ジュッと、かなり大きな音が響き、滝に大穴が空く。やはりすぐに水は流れ始めたものの、一瞬滝の音が止まるほどに強力なブレスだった。  
「おおー、すごいなー!今音止まったよなー!?」  
「まったく、ディアボロスまでー。トカゲ調子に乗りそうだから、あんまり乗らないでね」  
そんな三人の様子を、フェルパーは尻尾をピンと立てながら見つめている。  
「……ク、クラッズ、あれ俺も参加していいのかな…?」  
「気持ちはわかるけど、君がやると滝ごと吹き飛ばすでしょ。そんな尻尾ブルブルさせて、絶対力加減間違うから、やめた方がいいよ」  
「……ちぇ」  
「小さいの、フェルパーに意地悪しないでよ。その村雨、また分解するよ」  
「ノーム、ノーム、別にそいつのは意地悪じゃなくて、結構的確な忠告だから、突っかかるなって。それにまあ、目の青い子供じゃ  
あるまいし、魔法を無闇やたらに使うわけにもいかないしな」  
そのフェルパーの言葉に、バハムーンが首を傾げた。  
「……『目』の青い?お尻の青い、じゃないのかー?」  
「え?言わない?え、何?もしかしてこれ、普通違うのか?」  
「ああ、僕は君と一緒だったからあんまり疑問に思わなかったけど、それ君の種族の言い回しだよね」  
「あ〜、フェルパー族ってその辺も猫と一緒だもんねー。私のとこだと、牙も生えてない、とか言うかなー」  
「それ、言われた覚えあるな俺…」  
「私のとこだと、ブレスも吐けない、とか言うなー。へぇ〜、結構言い回しって違うんだなー」  
一行の会話は、いつもより多い。それは新たな武器にはしゃいでいるという面もあったが、根底は全く違う部分から来ている。  
二日ほど前、突然の日食が起こった。珍しい現象に怯え、あるいは浮かれていたのも束の間。その日食は、彼が思うより遥かに大きな  
意味を持っていたのだ。  
中央の大陸に位置する、始原の学園。そこへの扉が開かれる合図。それが、今回の日食だった。  
当然の如く、学園でも有数の力を持つ彼等は招集を受けた。つまりそれは、現在のパーティを解散し、フリーランサー、リトルブーケ、  
六傑衆に戻らねばならないということである。  
とはいえ、すぐにという話ではない。他の二つのパーティも迷宮にいたり、課題をこなしている真っ最中だったりと、それぞれに  
事情がある。そのため、集合までに一週間の猶予を与えられたのだ。  
必ず訪れる時ではあった。しかし、それはずっと先のことのように思っていた。だが、今それは目の前にあり、厳然たる事実として  
目の前に付きつけられている。  
 
突然ではあった。しかし、いつかは来ると思っていたのも事実。彼等の選んだ行動は、悔いの残らないように徹底的に遊ぶという  
ものだった。幸い、少しずつこなしていた課題のおかげで、単位不足を気にする必要もない。そのため彼等は、一週間を丸々全部  
遊びに費やすことにしていた。  
現在、彼等の行先はタカチホに向けられている。というのも、プリシアナの個室の風呂や、ドラッケンの大浴場と違い、タカチホの風呂は  
天然の温泉なのだ。つまりは、温泉に入りにタカチホへ行こうという話である。  
そこまでの道のりは、あえてスポットや飛竜を使わず、徒歩で移動していた。魔法や飛竜を使えば、確かに目的地へはすぐに着く。  
しかし、あえてその足で歩き、モンスターを警戒し、協力して戦いながら進む道のりは、今の彼等にとって仲間との大切な時間なのだ。  
とはいっても、もはやそこらの迷宮では役不足と言えるほどに実力を付けた一行である。タカチホへは思いのほか早く着いてしまい、  
彼等は温泉が混みだす前に用事を済ませることに決めた。  
「……なあ、クラッズ。俺達って何か避けられてるとか、他の人が嫌う臭い出してるとかあるのかな?」  
「いや、単に運だと思うけど。空いてるのはいいことじゃない?」  
ドラッケンに続き、なぜかタカチホにおいても貸切状態である。こちらも最初は数人の生徒がいたのだが、先客は彼等が入るのと  
すれ違うようにして上がってしまった。  
それは女湯の方も同じだったらしく、そちらからは仲間の三人の声しか聞こえてこない。  
「気持ちいいな〜、温泉。これ、うちの学校にも欲しいな〜」  
「ちょっと熱いけどねー。う〜、私ちょっとダウン…」  
「あたしもちょっと熱い……肌ピリピリする…」  
「お前等、暑いのに弱いんだなー」  
「あんたが強すぎるの、このトカゲ」  
話の内容と聞こえる位置から察するに、どうやらノームとドワーフは暑過ぎて湯から上がっているらしかった。クラッズはそれを  
聞くともなしに聞いていたが、不意にフェルパーが肩を叩く。  
「ん?」  
「………」  
フェルパーは何も言わず、尻尾で男湯と女湯との仕切りの壁を指した。最初はわからなかったクラッズだが、よく見れば彼が指した  
ところには、小さな穴が開いていた。どうやら木製の壁なのをいいことに、誰かが節をくり抜いたらしい。  
「……!」  
二人は顔を見合わせ、同時に頷く。そしてその穴を覗き込もうとした瞬間、二人の前にぬっと手が伸びた。  
「……!?」  
ディアボロスは無言のまま、二人の行く手を遮る。それに身振りで抗議しようとすると、ディアボロスは手で離れるように示した。  
意味のないことはせず、また微妙にずれた善人でもあるため、二人は渋々それに従う。すると、ディアボロスは髪を留めていた  
タオルを外し、その長い髪を穴の前に垂らした。  
 
タンッ、と乾いた音が響き、その穴から打ち根の鋭い矢尻が覗いた。  
「うわあっ!?」  
「ノーム、ナイスショット」  
「ん、小さいのそっちにいたんだ」  
ノームの無表情な声が響く。どうやら本気の殺意を込めて投げつけたらしい。  
「な、何考えてるんだノーム!?」  
「だって、急に静かになって気配が消えて、そこの穴が暗くなったから、覗きかと思って」  
「………」  
ディアボロスは黙ったまま、二人に笑いかけた。  
「そ、そんなことないぞ!それに、その覗いたのが俺だったら、どうするつもりだったんだよ?」  
「っ!?」  
姿が見えなくてもわかるほどに、女湯から動揺した気配が伝わった。  
「そ、そんなに見たいんだったら、別に覗かなくたってここ分解してっ…!」  
「ちょっと、ノームストップ、ストップー!ノームは良くても、私はよくないってば!」  
「ノームやめろー!私も嫌だぞそれはー!」  
途端にうるさくなった女湯に苦笑いを浮かべていると、ディアボロスが二人に手招きをする。何かと思って近づいてみると、そこには  
節の穴ほど大きくはないが、小さく縦に亀裂が入っていた。覗こうと思えば、十分に覗けるぐらいの穴である。  
「………」  
「………」  
三人はそれぞれに親指を立て合い、クラッズとフェルパーは早速覗きを開始する。そんな姿を微笑ましく見つめつつ、ディアボロスは  
黙って湯に浸かっていた。  
 
温泉から上がった一行は、タカチホで早めの夕食を取ると、飢渇之土俵へと向かった。既に時刻は夜に近いが、そのまま寮で一夜を  
明かすなどということは時間の無駄にしか思えなかったのだ。  
とはいえ、夜の砂漠は非常に寒い。おまけにだだっ広い砂漠とあっては、たとえモンスターが弱かろうと、次の拠点まで辿りつくのは  
時間がかかる。結局、彼等はトコヨに辿りつくことができないまま、辺りは真っ暗になってしまった。  
氷点下にまで下がった気温は、温泉で温まった彼等の体を容赦なく冷やす。特にフェルパーとバハムーンが寒さに弱いため、一行は  
先に進むことを諦め、そこで野宿をすることに決めた。  
幸い、近くにはオアシスがある。そこからトコヨまではもう一歩というところだが、六人揃っての野宿というものは経験したことが  
なかったため、彼等はわりと楽しげに準備を進めていた。  
フェルパーが火を起こし、バハムーンがあり合わせの材料でお菓子を作り、ノームは周囲に簡単な柵を設置する。その間に、他の仲間は  
寝袋や毛布などを取り出し、寝る準備を整えておく。  
「見張りは最初、僕でいい?この刀、本当にいいね」  
「ずっとやっててもいいよー。それにしてもノーム、クラッズに村雨、トカゲにマカーナ、ディアボロスにチャネリウィップなんて  
作ってるのにさ、なんで大好きなフェルパーには何もなしなの?」  
「だ、だって……いい杖作りたいけど、素材ないんだもん……あんたのせいなの、この白髪犬!」  
「まあまあ、ノーム。俺だって何も貰ってないわけじゃないし…」  
「ってことはやっぱり……か、体で……払ったん、ですか…?」  
「………」  
顔を真っ赤にして黙りこむノームは、彼女の言葉を肯定しているも同然だった。  
「と、と、とにかく!あんたにパリパティなんて買ってやったせいで、お金なくなったんだからね!」  
「別に頼んでないけどねー。それはともかくとしてさ、みんなもう寝るの?」  
できたてのあんまんを頬張りながら、ドワーフが尋ねる。  
「ん、何かするのかー?」  
「いや、別に私が何するわけじゃないけど。ちょっともったいない感じがしてさ」  
そんなドワーフの言葉は、バハムーンの作ったあんまんのせいでほぼ掻き消えている。  
「あ、この漉し餡うまい。バハムーン、前にこっち来てから妙に腕上げたよな」  
「そりゃなー!タカチホって、パティシエのいい先生いるだろ!?」  
「パティシエの…?誰だろ、和菓子作れるの?イワナガ先生かウヅメ先生?」  
「いや、違う違う。あのー、ほら、ドワーフのでっかい……そうだ!サルタ先生だサルタ先生!」  
「校長先生!?君、校長先生に直接教わってたの!?」  
「え、あれ校長先生だったのか?すごく丁寧で、優しく教えてくれて、でもお菓子に関してはすっごく厳しくて、いい先生だったぞ」  
「そういえば、和菓子職人だって聞いたような覚えもある……知らなかった…」  
ほぼ無視を食らったドワーフの隣に、ディアボロスがそっと座る。  
「あ、ディアボロス。ねえ、何か寝るのもったいなくない?」  
「………」  
「だよね!せっかくだから何かしたいけど、何かいい案ない?」  
「………」  
 
ディアボロスは黙ったまま、道具袋を漁ると二つの空き缶を取り出した。そしてその中に砂を入れると、ドワーフに渡す。  
「……何、これ?」  
「……マラカス」  
「まら…」  
「……楽器」  
空想の世界に旅立ちそうになったのを見て取り、ディアボロスは即座に言い直した。  
「楽器?あ、ダンス見せてくれるの?」  
ディアボロスは例によって、黙って頷いた。  
「えーっと、じゃあどんな感じ……こう、シャンシャカシャンシャン、って感じでいいかな?」  
「………」  
ディアボロスは黙って頷き、激しく燃える火の前に立った。しかし何か足りなかったらしく、再び道具袋を漁ると、透明な布を  
取り出し、それを背中に回して両手首に縛りつけた。  
「準備いい?」  
「………」  
「よーし、それじゃ!」  
ドワーフが空き缶を鳴らし始めると、ディアボロスはふわりと腕を広げ、大きく腰を振って踊りだした。それに気付き、他の仲間も  
そちらへ目を向ける。  
「お、さすが本職の踊り。あいつもうまいよなあ」  
「タカチホのとは違うけど、ああいうのもいいね。ただ……どう見ても、女の子の踊りだけど」  
薄布をひらりひらりと舞わせ、悩ましげに腰を振るディアボロス。微かに俯き、腕を掲げて交差させ、指先を腰の動きに合わせて  
揺らめかせる姿は、もはや一つの芸術作品のようにも見えるほど美しい。  
「……ふん、悪魔の踊りはどうでもいいけど……せっかくなら、もっと楽しい方がいいんじゃない?」  
そう言うと、ノームは道具袋からいくつかの素材を持ち出し、あっという間にチターを錬成した。そしてドワーフのマラカスに  
合わせ、エキゾチックな音楽を奏で始める。それはディアボロスの踊りと、非常によく合っていた。  
「お、この曲知ってるぞー。それじゃ、私は歌担当なー!」  
実に楽しげに言って、バハムーンもその曲に合わせて歌い始める。  
「あなたを照らす月になりたい 明るく輝く太陽は あなたを焼いてしまうから あなたを冷たく照らしていたい 温められなくたって  
いい あなたと一緒にいられれば」  
演奏と歌を担当する女子連中に目をやり、ディアボロスはほんの一瞬、笑顔を浮かべた。その表情はすぐに消え、心持ち口角の上がった  
無表情のまま、ディアボロスは踊り続ける。無表情故に、顔を上げれば笑顔に見え、俯けば悲しげに見える。  
「雲が出れば姿が陰り 太陽が出れば消えてゆく それでも私は月になりたい あなたを静かに見つめていたい」  
大きく左右に腰を振り、透明な布を閃かせるディアボロスの姿は、指先の動き一つすら艶めかしく映る。さらに、時折見せる儚げな  
表情がまた、見る者の心を惹きつける。  
「……なあ、クラッズ」  
その踊りから目を離さず、フェルパーが口を開く。それに対し、クラッズも目を離さずに答える。  
 
「何?」  
「風呂の時も思ったけど……本っ当に、男なのが残念な奴だな、あいつは…」  
「あ〜……あれで女の子で、バハムーンいなかったら、確実に僕惚れてると思う」  
「同じく……極めて残念な男だよ、ほんと……ドワーフはあいつのどの辺が気に入ったんだろうな?」  
「意外と男らしいところもあるんじゃない?あるいは、男だったら誰でもいいのかも…」  
そんな男二人の会話などつゆ知らず、その本人はこれまで培ってきた全ての技術を注いで踊り続ける。表情こそ踊りと歌に  
合わせているものの、本人もどことなく楽しそうだった。  
「ま、いいか。さぁて、俺もちょっと盛り上げるの手伝うかな!」  
「いいなあ、そういう技能あって。じゃあ僕は、手拍子でも入れようか」  
意識を集中し、フェルパーは燃え盛る火の勢いをさらに上げてみせる。炎に照らされるディアボロスの姿は、より一層美しく映える。  
「でも一つ 私のわがまま許されるなら 時々私を思い出して 光に消えていたとしても 雲に隠れていたとしても 私はずっと  
ここにいるから」  
妖艶な踊りと、それを盛り上げる歌と演奏。結局、彼等はその後大いに盛り上がり、夜が白々と明け始めるまで遊び続けるのだった。  
 
あっという間に五日が過ぎ、パーティ解散の日まであと二日となった。だが正確に言うと、七日目には元のパーティに戻っていなければ  
いけないため、実質はあと一日である。  
さすがにここまで来ると、一行の会話も減っていた。口を開けば別れの話になってしまいそうで、全員が何ともなしに話すことを  
敬遠していた。一緒に朝食を取りながら、これからどうするかと全員が考えていると、ノームが口を開いた。  
「あたし、今日一日フェルパーと二人で過ごしたい。ていうか、過ごす」  
「確定!?」  
有無を言わさぬ口調に、異論を許さない内容であった。とはいえ、その気持ちは全員よくわかり、またそれも一つの案かと、全員が  
納得していた。  
「まあ、ゆっくりできるのは今日が最後になるしねえ……うん、いいんじゃない?あ、じゃあ僕もバハムーンと一緒にいようかな」  
「お、兄ちゃんと二人?へへー、私もちょっと嬉しいな」  
「みんな二人で過ごすんだー。じゃ、私もー」  
話はあっさりとまとまった。無論、他の面子も大切なパーティの仲間だが、やはり恋人となると、また違った思いもある。  
その後、各自朝食を済ませると、それぞれ思い思いの場所へと向かった。フェルパーとノームはスポットを唱えてどこかへ行き、  
クラッズとバハムーンは徒歩でどこかへと旅立つ。ただ、荷物の中にはいくつかの転移札が入っていた。  
残ったドワーフとディアボロスは、行先をどうするか悩んでいた。少し考え、ドワーフがディアボロスの顔を見上げる。  
「じゃあディアボロス!ローズガーデン、行かない!?ローズガーデンの、宿屋に、行きま、せんか!」  
「………」  
相変わらずだと、ディアボロスは苦笑いを浮かべる。しかし断る気もなく、ディアボロスは快く承諾した。  
飛竜召喚札を使い、二人はローズガーデンへと向かう。風を切って飛ぶ飛竜の背中の上、ドワーフはディアボロスにぴったりと寄り添い、  
目が合うとにっこりと微笑みかける。それに対し、ディアボロスは注意しないとわからないぐらいの笑みを返し、頭を軽く抱き寄せる。  
上空から眺めるローズガーデンは、えもいわれぬ程の美しさだった。しかし、ディアボロスはともかく、ドワーフはそれを鑑賞するという  
趣味は欠片もないらしく、ただディアボロスの腕の中で鼻息を荒くしているばかりである。  
 
眼下に広がる一面の花畑が、少しずつ大きくなる。やがて、視界に入りきらないほどに広がり、花の香りが届くほどになったところで、  
二人は飛竜を飛び降りた。  
「ん〜、変わんないねここも。あの時と一緒」  
「………」  
ドワーフの言う『あの時』とは、フリーランサー、リトルブーケ、六傑衆が一堂に会し、現在のパーティを組んだ時のことだろう。  
だが、ディアボロスがそのことに思いを馳せる間もなく、ドワーフががっしりと腕を掴む。  
「それはともかくとして!早く行こ!宿屋、早く、行きましょう!」  
ずるずると引きずられるようにして、ディアボロスはドワーフと共に宿屋へ向かう。  
必要な時すらほとんど喋らないディアボロスに代わり、ドワーフが部屋を取り、代金を自分とディアボロスの財布から払い、  
部屋に荷物を投げ置くと、あとはもう当たり前のように、二人ともベッドの上にいた。  
獣のような視線でディアボロスを見つめ、服を脱ぐドワーフ。ディアボロスも既に慣れ切っており、脱いだ自分の服とドワーフの服を  
丁寧に畳んでベッドの脇に置いておく。  
「ふふふ〜、ここ一週間ご無沙汰だったから、楽しみー!それに…」  
そこまで言うと、ドワーフの表情が少し曇った。  
「……今日で、最後だしね…」  
「………」  
「だからっ!今日は思う存分、ヤりましょう!」  
「………」  
言うなり、ドワーフは尻尾をぶんぶん振りながらディアボロスに抱きついた。それに押し倒される形で、ディアボロスは仰向けに  
転がる。  
「ふふー、今日もきれい……肌もすべすべー」  
「っ…!」  
ドワーフはディアボロスの胸にキスをすると、そのまま胸からうなじまでを丁寧に舐め上げる。最初のうちこそ、そうされても  
くすぐったいだけだったが、何度も同じ愛撫を受けているうち、ディアボロスはその刺激を快感として感じるようになっていた。  
「あ、お尻に当たってる……ふふ、もっと舐めちゃお」  
「くっ…!」  
一度舌を離し、もう一度首筋に舌を這わせ、尖った耳を舐める。いつも通りの、ドワーフが主導権を握った行為だったが、  
不意にドワーフが体を離した。  
「あ、そだ。ねえディアボロス、せっかく最後なんだからさ、何かしたいことない?」  
「………」  
ディアボロスは少し荒い息をつき、胸の上のドワーフを見上げている。  
「何でもさせてあげるよ。あんまり大きくないけど、おっぱいで挟んであげてもいいし、尻尾で扱いてあげたっていいよ。だから、ね?」  
「………」  
しばらく何かを考えていたが、やがてディアボロスは体を起こし、ドワーフを押し倒した。そして体を持ち上げてうつ伏せに直すと、  
まだ何もしていないにもかかわらず、すっかり濡れそぼった秘裂に自身のモノを押し当てる。  
「あっ、後ろから…?ん、いいよ。攻められてるって感じで、いいかも…」  
腰を持ち上げると、ドワーフは自ら尻尾を上げる。そんな彼女を焦らすように、ディアボロスは先端で何度か割れ目をなぞると、  
ゆっくりと腰を突き出した。  
 
「あうっ……うわぅぅ…!す、すごい……変な感じだよぉ…!」  
なおドワーフを焦らすように、ディアボロスは極めてゆっくりと腰を進める。ドワーフは何度か腰を押しつけようとしたが、その度に  
ディアボロスは腰を止めてしまい、結局は余計焦らされる結果となってしまう。  
「あ、うぅ……焦らすのダメぇ…!奥まで突いて……あう!あっ……お、奥来たぁ…!」  
ようやく、ドワーフの中に根元まで入り込む。それをぎゅっと締め付け、ドワーフは早速その感触を楽しむ。  
だが、それも束の間。ディアボロスはしばらくそのままにしていたが、やがて不意に彼女の中から引き抜いた。  
「あんっ!や、抜いちゃやだ…!ディアボロスぅ、早く入れ……きゃあっ!?」  
突然、後ろの穴に何かが押し当てられ、ドワーフは悲鳴を上げた。  
「ディ、ディアボロス、そこ違うよぉ!もうちょっと下……ひっ!?ちょ、ちょっとディアボロス!?」  
最初は、単に間違っただけだと思っていた。しかし、ディアボロスは入れ直すどころか、ドワーフの腰をしっかりと拘束し、グッと  
腰を突き出してきた。  
「ちょ、ちょっとディアボロス!ダメ!そこはダメだよぉ!!お、お尻は入れるところじゃないし、雑菌だらけで汚くてっ……それに、  
えっと……アナルセックスなんて、ディアボロスも病気に……ひいっ!?やだ、やだぁ!!そんなとこ入れないで!入れちゃダメぇ!!」  
ドワーフは体を捩って逃げようとし、それが無理とわかると、その手を引き剥がそうとするが、背後を取られていては本来の力など  
全く出せない。  
「嫌っ、嫌ぁ!!ディアボロスやめてぇ!!な、何でもいいって言ったけど、お尻だけはダメなのぉ!!やだっ、お尻なんてやだぁ!」  
尻尾を下げようとし、逃げようとし、ドワーフは必死に暴れる。ディアボロスはそれを力づくで押さえ込み、さらに強く腰を突き出す。  
「やっ!い、痛いっ!!痛いよっ!!ディアボロス、やめてぇ!!無理だよ、無理だよぉ!!そんなの入らない!!やだ!!嫌だぁ!!」  
もはやろくな抵抗もできず、ドワーフは必死に穴を締め付け、侵入を拒もうとする。元々力の強い種族であるため、実際にそれは  
多少の効果はあった。しかし、ずっと締めつけていることはできず、一瞬でも力が抜けると、ディアボロスのモノが無理矢理肉を  
押し分け、めり込んでくる。  
「やだ……やだぁ……お、お尻なんてやだぁぁ…。やめて、やめてよぉ……あぐうぅぅ!!やだあああぁぁぁ!!!そ、そこ以外なら  
何でもするからぁ!!何でも言うこと聞くからぁ!!いぎっ……やめて!!もうやめてぇぇ!!」  
まるでドワーフをいたぶるかのように、ディアボロスのモノがじわじわとめり込んでくる。痛みと恐怖と嫌悪感に、ドワーフは  
とうとう泣き出してしまい、必死に逃げようとする。ベッドを引っ掻き、蹴飛ばし、四つん這いで逃げようとすると、ディアボロスは  
いきなり腰から手を離し、ドワーフの両腕を後ろ手に捻りあげた。  
「い、痛っ!!ひぅ……や、やだ、こんなのぉ……お尻裂けるっ……ほ、ほんとに、何でもするからぁ…!だ、だから……ひっ、ぎっ!  
だ、だからぁ!!もう入れないでぇぇ!!!」  
ドワーフの懇願を無視し、ディアボロスは力の緩んだ瞬間を逃さず、強く腰を突き出した。そしてとうとう、亀頭部分が彼女の腸内に  
めり込んだ。  
「あっ……がっ…!い……痛いぃぃ…!」  
あまりの痛みに、全身を強張らせるドワーフ。ディアボロスはそんな彼女の腕をそれぞれの手に持ち直すと、腰を突き出すと同時に  
強く腕を引いた。途端に、一気に根元までが彼女の腸内に侵入した。  
「い、痛あああぁぁぁっ!!!!」  
一際大きな絶叫。ドワーフの全身はぶるぶると震え、無理矢理押し広げられた腸内はディアボロスのモノをきつく締め付ける。  
そこでようやく、ディアボロスは彼女の腕を放した。ドワーフはそのままベッドに突っ伏し、ただただ震えながら激痛を耐える。  
「い……痛い、痛いよぉ……痛い、痛い、痛いぃ…!」  
ぽろぽろと涙をこぼし、うわごとのようにそれだけを繰り返す。そんなドワーフを無表情に見つめながら、ディアボロスはしばらく  
じっとしていた。  
やがて、再び彼女の腰を掴むと、ディアボロスは大きくゆっくりと腰を動かし始めた。途端に、ドワーフは悲鳴を上げる。  
 
「痛いっ、痛いっ!う、動かないでぇ!お尻裂けるっ……痛いのっ!本当に痛いのぉ!!」  
しかし、彼がドワーフの哀願を受け入れる様子はない。腸内のきつい締め付けを楽しむかのように、ディアボロスはゆっくりと  
引き抜き、強く突き入れる動きを繰り返す。  
引き抜かれるときには、排泄に似た感覚が襲い、突き入れられれば無理矢理広げられる激しい痛みと、内臓を突き上げられる鈍痛が  
襲いかかる。その感覚全てが、腸内を犯されているのだという実感を与え、ドワーフに強い嫌悪感と苦痛を与える。  
「痛いいぃぃぃ……痛い、痛い、痛い、痛い…!お、おね……が……も、もう抜いてぇ…!抜いて、抜いてよぉ……抜いてぇ…!」  
ディアボロスのモノが愛液に塗れていたため、滑り自体はそれほど悪くない。しかし、自身で弄った経験もない肛門に、慣らしもせず  
太い物を無理矢理突き入れられ、その筆舌に尽くしがたい激痛にドワーフはただただ痛みを訴え、通じぬ哀願を続ける。  
「痛い……痛いよぉ……ぐすっ、ひっく…!痛い……痛い……抜いて……よぉ…!」  
その言葉を無視し、ディアボロスは少しずつ腰の動きを速めていく。それに比例して苦痛も跳ね上がり、ドワーフの悲鳴も大きくなる。  
「痛い痛い痛い!痛いよ、痛いよぉ!!お願っ……ぐぅぅ!!お、お願いだからもうやめてぇ!!お尻痛い!!熱いぃ!!」  
裂けそうなほどの痛みと、体内に感じる鈍痛。それらから逃れようと、ドワーフは暴れ、叫び、哀願する。  
再びディアボロスの腕を外そうとし、体を捩り、尻尾で彼の胸を叩き、腰を引く。だが、それらは苦痛を強める結果にしかならず、  
また痛みと激しい動きによる疲労で、ドワーフの動きはだんだん小さくなっていく。  
一方のディアボロスには、それらは心地よい刺激となっていた。また、彼女の腸内は非常にきつく、しかし滑り自体はいいため、  
それは大きな快感を与える。  
しつこく胸を叩く尻尾を、ディアボロスはぎゅっと握った。そして、今度は尻尾を乱暴に掴んだまま、ドワーフの腸内を荒々しく  
突き上げる。  
「い、痛い痛い痛い痛い!!!もうやめて!もうやめてぇ!!痛いよ、痛いよおぉ!!うわぁぁーん!!」  
大声で泣き出すドワーフ。激痛と嫌悪感に加え、今や彼女はディアボロスに強い恐怖を覚えていた。だが、逃げることもできず、  
されるがままになるしかなく、ドワーフはただ泣き喚く。  
ディアボロスの動きが、だんだんと荒くなる。その意味はドワーフもよくわかり、あと少しで終わるかと思った瞬間、ディアボロスは  
突然、ドワーフの中から引き抜いた。  
「あうっ……う、あ…」  
途端に、ドワーフはベッドに突っ伏した。だが、終わりと思ったのも束の間。ディアボロスは彼女を仰向けに直すと、再びドワーフに  
のしかかった。  
「……うぅ〜…!」  
その胸を、ドワーフは両手で必死に突っ張った。そして、子供のようにかぶりを振り、涙に濡れた目でディアボロスを見上げる。  
「やだ……もうやだ、もうやだぁ…!」  
それに対し、ディアボロスは無表情のまま、ドワーフの両腕を掴み、ベッドに押さえつけた。  
「やだ、やだ、やだぁ!お尻やだ!痛いのもうやだぁ!」  
もはや暴れる体力もなく、乱暴に犯された肛門は力が入らない。ディアボロスは再びそこにあてがうと、一気に腰を突き出した。  
「い゛っ……あ、がっ…!はぐっ……う、ぅぅ…!」  
再び襲う激痛。あまりの痛みに声すら奪われる彼女を気遣うことなく、ディアボロスは荒々しく突き上げる。  
ベッドの軋む音と、粘膜の擦れる音、そしてドワーフの切れ切れの悲鳴が部屋に響く。一突きごとに、ドワーフは短い悲鳴を上げ、  
同時に中がぎゅっと締め付けられる。抜かれれば肛門が捲れ上がりそうな痛みと錯覚が襲い、泣き声を上げる。  
そんな彼女の姿を楽しみながら、ディアボロスは少しずつ腰の動きを強めていく。一度抜いたとはいえ、ドワーフのきつい締め付けに  
長く耐えられはせず、ディアボロスも低い呻き声を漏らす。  
 
「痛ぁい……やめてぇ……ぐすっ……もう、やめてよぉ…!」  
涙で滲んだ視界の中、ドワーフはディアボロスがかなり追い込まれた表情になっていることに気付いた。そして、彼が射精すれば、  
もうこの拷問のような時間は終わりだということにも気付く。  
「んう……ううぅぅ〜…!」  
激しい痛みを堪え、ドワーフは必死に彼のモノを締めつける。それによって、突き入れられる時の痛みは跳ね上がり、ドワーフは  
ぽろぽろと涙をこぼしつつも、ただ早く苦痛から逃れたい一心で、それを続けようとする。しかし、あまりに乱暴に犯されすぎ、  
締めようにも力が入らなくなってくる。ドワーフは文字通り全身を使い、足全体を閉じるようにして何とかそれを維持する。  
「くっ……う…!」  
ディアボロスが呻き、さらに動きが乱暴になる。それこそ、裂けるような痛みが走り、ドワーフは思わず力を抜きそうになるが、  
辛うじてその痛みに耐える。  
「い、痛い、痛いぃ…!は、早く……お願い、だからっ……ぐすっ……早く、出してぇ…!」  
たまらずそう口にし、ドワーフは必死に力を入れる。  
「ぐぅ……う、あっ!」  
一際強く、ディアボロスが腰を叩きつける。彼のモノを必死に締めつけていたドワーフは、それが自身の腸内で動いていることを知る。  
「えぅ……だ……出し、たの…?」  
まるで、そうであってくれと哀願するように尋ねるドワーフ。ディアボロスは答えず、ただ彼女の腸内に精液を注ぎ込む。  
締め付けが強いだけに、射精が終わるまでには時間がかかった。普段の倍ほどの時間をかけ、完全に出なくなるまでドワーフの  
腸内に流し込むと、ディアボロスはようやく腰を引いた。  
「あうっ!」  
ディアボロスが引き抜くと同時に、ドワーフの体がビクンと震える。相当に消耗したらしく、ドワーフはしばらくの間、目を閉じて  
荒い息をついていたが、やがてうっすらと目を開けた。  
見下ろしていたディアボロスと目が合う。そこでようやく、ドワーフは自身が何をされていたかを実感し始めた。  
「う……うぅ…!」  
たちまち、ドワーフの目に涙が溜まった。  
「ふ、ふええぇぇ〜〜〜ん!」  
大きな声で、ドワーフは再び泣き出した。肛門を犯され、あまつさえ腸内に射精されたという事実は、ドワーフにとってひどく  
ショックだった。まして、それがディアボロスとなればなおさらだった。  
わんわん泣き喚くドワーフを、ディアボロスは無表情のまま見つめていた。その目には、彼女を強姦したことに対する罪の意識も、  
また彼女を気遣うような光も見えなかった。  
「ふええぇぇ……ぐす、ひっく…!ど……どう、してぇ…?う、うえぇ……私……私、何もしてないよぉ…!なのに、なんでぇ…?  
う、うえぇ〜ん!」  
ディアボロスは、受けた仕打ちは何倍にもして返す男だということは知っている。しかし、ドワーフにはこれほどの仕打ちを受ける  
理由がまったくわからず、それがまた彼女にひどいショックを与えていた。  
なおも、ディアボロスは泣き続けるドワーフを見つめていたが、やがて静かに口を開いた。  
「……初めて、お前としたとき……お前は、俺のを思いっきり握った」  
「……ひっく……ひっく…!」  
「ものすごく、痛かった。それに対して、お前から謝罪を受けてもいない」  
「……ぐすっ…」  
言われてみれば、覚えがあった。ただ、自身が達しかけていた上での行動だったせいで、今まで完全に忘れていた。  
 
「だ、だからってぇ……なんで、今ぁ…?」  
「お前は、何してもいいと言った。お前との間に、遺恨を残したくなかっただけだ」  
「………」  
ディアボロスの言葉は、いくつかの取り方ができる。ドワーフは一瞬悩み、震える声で尋ねた。  
「私の、こと……嫌い、だった…?嫌いに、なった…?」  
「………」  
ディアボロスは答えなかった。その沈黙が肯定のように感じられ、ドワーフはまた泣き出しそうな表情になった。  
その瞬間、ディアボロスはドワーフの隣に寝転がると、彼女を胸の上に抱き上げた。  
「……好きだから、遺恨を残したくなかった」  
「……!」  
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔に、ぱあっと笑顔が浮かぶ。そして、ドワーフはディアボロスに思い切り抱きついた。  
それに応えるように、ディアボロスも強くドワーフを抱き締める。その力は意外と強く、ドワーフは何となく対抗意識を煽られ、  
もっと強く抱き締めてみる。  
「……えへへ」  
「………」  
ディアボロスは全力でドワーフを抱き締める。その腕はぶるぶると震え、かなりの力が加わっていたが、元々が筋肉質なドワーフは、  
それを上回るほどの力で抱き返した。あまりに強く抱き締めたため、ディアボロスの背中がコキリと鳴る。  
「………」  
「へへ〜」  
にんまりと笑うドワーフ。ディアボロスは少し不満そうに彼女を見つめていたが、目の前にあった耳を突然ぱくりと咥えた。  
「ひゃっ!?」  
思わず力が緩んだ瞬間、ディアボロスはドワーフの顔を思い切り胸に押しつけた。こうなっては抱き返そうにも、うまく力が入らない。  
「………」  
上目遣いに不満を訴えるドワーフに、ディアボロスはニヤリと笑いかける。すると、ドワーフは視線を落とし、少し顔を傾けると、  
彼の乳首にぺろりと舌を這わせた。  
「うあっ…!?」  
思わず怯んだ瞬間、ドワーフは体勢を立て直し、ディアボロスの体をぎゅっと抱き締めた。  
目と目が合う。二人は同時に笑いかけ、改めて普通の力で抱き合うと、そっと目を閉じた。  
直接感じるお互いの体温。それは二人に大きな安らぎをもたらし、疲労感が眠気を誘う。しかし、それに屈する前に、ドワーフは  
自身の気持ちに気付いた。  
これほどまでに、離れたくないと思う相手。これほどまでに、嫌われたくないと思う相手。そして、これほどまでに、好きな相手。  
―――遊びのつもり、だったのになあ。  
気付けば、こんなにも彼に惚れている。それはドワーフ自身、驚くべき変化だった。  
ただ単に、見た目が非常に女っぽく、しかし男のモノがあり、それが非常に良かったから、付き合ってきた相手。  
だが、今は違う。今はそれらと関係なしに、彼のことが好きだった。  
―――覚悟……決めようかな…。  
一人そう心に決め、ドワーフは意識を手放した。胸に感じる体温が、とても暖かかった。  
 
変な時間に寝てしまったため、二人は夜になってから目を覚ました。とはいえ、疲れのせいかまだ多少眠く、全身がひどくだるい。  
おまけに、二人して汗をかいていたせいで、かなり臭いが強い。  
そんなわけで、二人は宿の共同浴場へ向かった。ディアボロスは例によって無駄毛の処理をし、長い髪を洗っていたが、そこに誰かが  
入ってきた。その人物はディアボロスと二つほど空けて座り、シャワーで全身を流し始める。  
お互い、特に意識はしていなかった。しかし、彼が尻尾を軽く振った拍子に、水滴がディアボロスに飛んでしまった。  
「あっ、すいませ……ん?あれ?もしかして、ディアボロスか?」  
「………」  
見れば、それはタカチホのフェルパーだった。先客が仲間だったと知ると、フェルパーはディアボロスの隣に席を移した。  
「お前もここ来てたのかー!てことは、ドワーフも?」  
ディアボロスは答えず、黙って頷く。  
「そうかそうかぁ。考えは一緒だったってことか」  
二人は体を洗うと、揃って湯船へと向かった。そんなに金の掛けられていない設備らしく、男湯と女湯は簡単な仕切りで  
区切られているだけで、湯船の底の方は繋がっている。おかげで、隣の声はよく聞こえる。  
「あれー、ノーム?ノームも来たんだ」  
「ん、ドワーフ。奇遇ね。いや……奇遇でもないのかな」  
女湯の声は、いつにも増してよく聞こえる。それを聞くともなしに聞いていると、ドワーフが大きな声を出した。  
「ちょっとーぉ!なんでトカゲまで来るのー!?」  
「おおー、ドワーフー!あ、ノームまでー!」  
その言葉に、フェルパーとディアボロスは顔を見合わせた。  
「……バハムーンまで?て、ことは…」  
ガタンと浴室のドアが開けられ、小さな人影が入ってくるのが見えた。その人影に、フェルパーは声を掛ける。  
「おーい、クラッズ。お前だろ?」  
「え?フェルパー?あ、じゃあまさか、脱衣所にあったスカートは、ディアボロス?」  
「そう、こいつ。いやー、やっぱりみんな、考えることは一緒なんだなー、ははは」  
ここ、ローズガーデンは、一行の出会いの地でもあった。そのため、全員自然と、最後の時間をこの地で過ごすことを選んだのだ。  
「兄ちゃんと二人も良かったけど、やっぱりお前達も一緒だといいなー!」  
「私はうんざりだよー、このトカゲー。なんで最後の最後まで、あんたと一緒なのよー」  
「お似合いじゃないの。最後くらい仲良くしてやれば」  
実に仲のいい男湯と違い、女湯は相変わらずの雰囲気である。  
「やだよ、こんなのとー!あ、でも、ノームとなら……いい、ですよ?」  
ドワーフがいつもの調子で言うと、ノームはおもむろに近くの桶を取り、意識を集中した。すると、それは見る間に形を変え、  
いくつかの球が連なった物に変化した。  
「それ以上近づいたら、これをあんたのお尻に突っ込むけど」  
「っ!?」  
ビクウッ!と、傍目からもわかるほどにドワーフの体が震えた。その目は真ん丸に見開かれ、耳は完全に垂れ下がり、尻尾までもが  
完全に内側に丸めこまれている。  
「あんたが書くいかがわしい本の参考にしたいならいいけど、そうじゃないなら寄らないでね」  
「は……はい…。わかり……ました…」  
「……?」  
 
予想以上の反応に、ノームは訝しげな顔をする。ノームは再び錬成し、手に持った物を元の桶に戻しても、ドワーフはまだ震えていた。  
試しに、手を顔の前でひらひらと動かしても、ドワーフの反応はない。  
「ドワーフ、生きてる?」  
「えっ!?だ、大丈夫大丈夫!心配……ないよ!」  
頭の回転に関しては、ノームは一行の中でも随一である。おおよそ何があったかを理解し、ノームは溜め息をついた。  
「最後の最後にトラウマ作るとか、あんたとあの悪魔は何やってるんだかね…」  
「ん?ドワーフどうしたー?なんかボーっとしてるぞー?」  
「え、う、ううん!そんなことないよ!わふっと元気だよ、わふっと!」  
ようやくいつもの表情を取り戻したドワーフ。彼女達の細かい会話は聞こえていなかったらしく、男湯の方からは呑気な話声が聞こえる。  
「何だかんだで、あいつら仲いいよなー。ノームも、もっと笑えばいいのなあ。笑った顔、一番可愛いのに」  
「僕、ノームの笑った顔なんてほとんど見たことないよ……そういう意味では、貴重だからよりよく見えるっていうのもあるかもね」  
可愛い、と言われたノームは、ポッと顔を赤らめ、湯船に顔半分ほどを沈めてしまう。  
「ああ、でもバハムーンはよく笑ってるけど、それでも笑った顔が一番好きかなあ、僕は」  
「やっぱり笑った顔が一番可愛いよなあ。ディアボロスもそうじゃないか?」  
話を振られたディアボロスは、ほんの一瞬考え、口を開いた。  
「……泣き顔が一番可愛い」  
「な、泣き顔……いや、まあ、ドワーフの泣き顔見たことないけど……ていうか、何して泣かせたんだよお前は」  
「う〜ん、た、確かに貴重ではありそうだけど……君ってほんと、色々基準が違うね」  
その泣き顔が可愛いと評されたドワーフは、女湯で一人どんよりとした表情を浮かべていた。  
「あ、あんな顔気に入られても……ディアボロス、考え直してくれないかなあ…」  
「大丈夫かドワーフ?いじめられたのか?」  
「いや、そういうわけじゃ……そう……うん、いじめではないんだけどね…」  
本気で心配そうなバハムーンに、ドワーフは歯切れ悪く答える。そんな彼女を、ノームは呆れたように見つめる。  
「……ご愁傷様」  
「うう、ノーム慰めてくれる…?じゃ、じゃあせっかくだからもっとわふっと体で慰め…!」  
「これで慰めていいなら」  
「……いえ……ご、ごめんなさい…」  
初めて顔を合わせた時と、彼等は同じ場所にいる。しかし、その時からは想像もつかないほどに、関係は変わった。  
今や、彼等全員が、入学当初からの仲間だったかの如く、固い絆で結ばれている。  
だが、それも夜が明けるまで。明日になれば、彼等は元のパーティに戻る。  
どんな思いがあろうと時は流れ、彼等は風呂を上がるとそれぞれの部屋に戻った。  
月が昇り、星が巡り、やがて月の光は、太陽の光に取って代わられる。とうとう朝になり、宿屋を出た六人は、それぞれの学校の  
組へと分かれていた。  
「それじゃ、ディアボロスとノーム……気を付けてな」  
「……フェルパーも」  
ローズガーデンは、プリシアナの隣である。なので、二人はここで別れ、徒歩でプリシアナに帰ることになっていた。  
「またねー、ディアボロス。じゃ、フェルパー、送るのよろしくねー」  
「ああ……それじゃ、行くぞ」  
いつもよりやや遅い詠唱で、フェルパーがスポットを唱える。たちまち四人の姿は消え、次の瞬間にはドラッケン学園の正門前に  
辿りついていた。  
 
「うー、兄ちゃんとはここまでかぁ…」  
「まあ、ね……バハムーンも、ドワーフも、またね」  
「はいはい、またねー。二人も気を付けてねー」  
ドワーフの言葉を聞きながら、フェルパーは再びスポットを唱える。そして、フェルパーとクラッズはタカチホ前に立っていた。  
「……なあ、クラッズ。ちょっといいか?」  
「ん、何?」  
「あのな、昨日ノームと話したんだけど…」  
すると、クラッズは目を丸くした。  
「あれ、君も?僕も、バハムーンと遅くまで話してたんだけど…」  
その頃、ドラッケンの二人も、同じようなことを話していた。  
「なあドワーフ。あのな、昨日兄ちゃんと話したことがあるんだけど…」  
「あれ、奇遇。私もディアボロスと話したんだけど…」  
一方のプリシアナ勢は、歓迎の森を実に険悪な雰囲気で歩いていた。  
「………」  
「………」  
二人に会話はない。そんな二人の前に、一匹の一つ目魔道が現れた。  
「雑魚が……うざったいのよ…!」  
「………」  
ノームとディアボロスが同時に構える。そして、二人は同時に攻撃を繰り出した。  
「龍虎双天牙ああぁぁ!!!」  
お互い嫌っているはずだったが、その攻撃はなぜか妙に息が合っていた。その犠牲になった一つ目魔道は、不幸としか言い様がない。  
申し合わせたわけでもなく、ごく自然に合ってしまう行動。それは、この二人に限った話ではない。  
彼等が話し合った末、どのような答えが出たのか。その答えを示す時が、近づいていた。  
 
 

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